勇作殿の片割れは即断即決裏目ボーイ   作:あん仔

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杉元譲りの交渉術

 

 水風亭という洋食屋でカレーを食べることになった。

 サッポロビールを注文し、こればかりは変わらない味だと息を吐く。

 注文したカレーが届くまでの間、海賊から上エ地についての話を聞いた。

 

 天涯孤独の海賊に叔母がいると何年もかけて嘘をつき、人のガッカリした顔が見たがったという上エ地。

 それで子供を殺して回るというんだからろくでもない。しかしそうであればこそ慈悲も必要ないだろう。

 

 

 久しぶりに食べるカレーにまたほっこりとする。東京にいた頃はよく食べに行っていたな。

 そうでなくても前世でよく食べた。懐かしい味である。この時代では高級品だけども。

 

 

「ライスカレーおいしいね」

「おっとっと」

「ああんっんもうっすみませぇん。スプーン交換してくださぁい」

 

 

 スプーンを落とした杉元がテーブルの下の潜り込み、白石がお上品に店員に声をかけた。

 瞬間。

 洋食屋の壁が弾け飛び、空中をグルングルンと大の男が回転しながら通り過ぎていく。

 きりもみのように飛んでいく男に呆気に取られる。その顔に落書きのような刺青があるのが見てとれた。

 歌志内で杉元たちが見たという飴売りの男の外見情報が頭を駆ける。同時にたった今海賊の話した上エ地の……。

 

 

 男は回転したまま洋食屋の入り口をぶち破り、どこぞへと飛んでいった。

 慌てて追いかけようと立ち上がる。

 

 

「なにごと?」

「お嬢! また会ったな!」

「チンポ先生〜〜ッ!」

「牛山!?」

 

 

 吹き飛んだ壁の方からちくりとうなじに殺意が刺さった。大穴に土方が立っている。

 土方の手にするウィンチェスターM1892の銃口が杉元に向いた。

 咄嗟に近くに転がっていた椅子を奥歯を食いしばり、力一杯土方の方へとぶん投げる。銃口はそれて空中の椅子を撃ち抜く。

 

 銃剣を引き抜いた杉元が土方の二の腕を刺し、すぐさま土方も刀を抜いて応戦し始める。

 

 

「尾形、いま飛んで行った男を追え。上エ地だ」

「了解」

 

 

 尾形に指示を出してから近距離で取っ組み合う土方と杉元へと向かう。土方にはこっちも礼をしなけりゃ気がすまねえ。

 

 銃剣を抜こうと手をかけたところで軍服の襟を太く大きな手に掴まれた。

 

 

「おまえさんにまで混ざられちゃ収まるもんも収まらん」

 

 

 掴まれた襟を起点に足が浮かび上がり牛山の肩に全身を持ち上げられる。グルンと視界が回転。

 柄から手を離して床に叩きつけられる前に手のひらを床に突く。手のひらで頭を庇いながら体を丸め、両足で着地。

 すぐさま床を蹴り、牛山の首に腕を回してもう一方の片腕の肘裏を掴み締め上げようと──。

 

 

「フンッ」

 

 

 腕で絞める前に顎を引かれ、再び牛山の手に襟を掴まれる。体重差、体格差ばかりはどうしようもなく私の両足はいとも簡単に持ち上げられてしまた。

 寸前で息を止め歯をきつく食い縛る。今度は対処が間に合わず背中から床に叩きつけられた。

 受け身を取りつつも、絞め上げられねえなら急所狙いだろと、親指を立てて牛山の目に突き立てに向かう。

 しかし顔を背けられほんの少しだけずらされた。親指をくの字に曲げて、目の近くの肉を削る。

 

 ギリギリと食い縛った奥歯が軋む。牛山と組み合ったまま洋食屋の入り口をぶち抜いて通りに飛び出た。

 

 

「誰かとめて!!」

「牛山さん!」

 

 

 海賊の声。

 牛山の頭に丸テーブルが叩きつけられ、ギャグのよう頭がぶち抜く。

 

 

「よう海賊。久しぶりだな」

 

 

 海賊の巨体がこれまたギャグ漫画のように飛んでいく。あんまりなギャグに眩暈がしてきて、ほんの少しだけ正気に戻された。

 

 店内ではまだまだ銃声が響いている。どうやら制止のなかった土方と杉元がまだ暴れているようだ。

 

 

「よし、あいつらを止めるぞ」

「あ〜もう、はいはいわかりました」

 

 

 コキコキと首を鳴らす牛山と共に店内へと舞い戻った。

 

 

「オラっ! 止まれ!! スギモト!!」

「ぐるるるぅ」

「もうやめろっ! ふたりとも死ぬには惜しい!」

 

 

 脳汁を溢れさせる杉元へとタックルを食らわせた。とにかく杉元を止めれば土方はアシㇼパが止められるはずだ。

 タックルで組つかれ重心を崩してたたらを踏んだ杉元に背後から牛山が抱え込んで押さえつけた。

 前と後ろから押さえ込まれて杉元の動きが止まる。

 

 

「そうだそうだ! おまえらちょっと冷静になれ!」

「いったん話し合え!」

 

 

 店内の端で体を丸めて縮こまった白石とアシㇼパが叫ぶ。まあ、そこで止まらないのが杉元という男であるわけで……。

 なおも杉元の足は土方へと向かっていこうと動く。

 

 

「よし、絞め落とそう」

「う〜ん、仕方もない」

 

 

 杉元から離れる。牛山の太く逞しい腕が杉元の首に回され互い違いにコートを掴んだ。

 杉元の顔を覗き込みながら手を叩く。

 

 

「杉元! 上エ地! いま、そこに上エ地がいたぞ!」

「えっほんとぉ? んぐぇっ」

 

 

 杉元の目に理性が戻った。瞬間、牛山の腕が絞まった。

 チリチリとあいも変わらず土方の殺意はうなじを刺してきている。牛山はしばらく杉元で手一杯だろうと、振り向けば私たちと土方の間にアシㇼパが立ち塞がっていた。

 ゾッと背筋が凍る。慌てて駆け寄り、その小さな肩に手を置く。

 

 

「何をやってる! おまえが矢面に立つ必要はない!」

「暗号の鍵を握っているのは私だけだ。私は弾除けになれる」

「アシㇼパ! こらっ!」

 

 

 そんなこと言わないの!

 どこまでも真っ直ぐなアシㇼパに思わず声を荒げてしまった。

 とはいえ、そんなアシㇼパとのやりとりを受けてか土方も銃口を下ろしてようやく殺気を放つことをやめた。

 

 

「英作さん! アシㇼパさんをどこか安全なところへ!」

 

 

 牛山に絞められながら正気に戻った杉元が言う。

 

 

「網走じゃ嵌めてくれたな、土方歳三! 俺をアシㇼパさんから引き剥がしやがっておかげで俺も英作さんも尾形に頭を撃たれたぞ!」

「え、そうだったのか?」

「そうだそうだ! 殺せ!」

「英作ちゃん、煽るのやめなぁ?」

 

 

 杉元の怒声に乗っかる。私に関しちゃ尾形に撃たれたのは完全に別件の私情だったけど!

 それはそれとして網走で杉元と揃って土方に嵌められたのは事実である。

 白石が呆れ声を出すも、土方はスルーして鋭い目で私と杉元を睥睨してきた。

 

 

「どちらも網走で殺してもよかった」

「やってみろよ、クソジジイ」

「テメエ、こっちが今はまだ殺さねえでやるって見逃してやってんのにぶっ殺されてええのかゴラ」

 

 

 土方の言葉にピキれば無言でアシㇼパに手を繋がれた。今は大人しくしておけということだなあ……。

 

 

 

「おまえたちは邪魔になるとわかっていた」

「そりゃ邪魔するさ」

 

 

 話し合いを続いているが、私は他でもないアシㇼパに止められてしまったためやる気を失くした。

 辺りに視線を巡らせ、上エ地の確保を命じた尾形の姿を探す。

 気がつけばヴァシリの姿もなくなっている。自然と眉間に皺が寄った。

 面倒くせえなあ。

 

 

「私の考えは少し違う。女子供の兵士は必要ない。だが自分の民族の未来がどうでもいいのなら山で呑気に暮らせばいい」

「じゃあ三人とも殺し合う必要はない!」

 

 

 えっ私もか?

 突然頭数に私を入れたアシㇼパに目を剥く。いやでも確かに杉元はアシㇼパを守りたいだけで、私はアイヌ独立の御旗になられる前に殺すことを決めちゃいる。

 そこで土方にそのつもりがないのなら三つ巴で殺し合う必要は……いや、土方の目的が変わらずならばいずれ我々と殺り合うことは確定ではあるのだが。

 もちろん、ここで言う我々に杉元たちは含まれていない。中央のことだ。

 

 

「……聞いておきたい。土方歳三と花沢英作の考える未来でアイヌはどうなっているのか」

 

 

 アシㇼパの目が真っ直ぐに私と土方に向けられた。

 このタイミングでそれを聞いてくるのか。

 

 

「北海道の森林資源はこのままでは枯渇する。蝦夷共和国の経済基盤は炭鉱に置く。炭鉱開発諸外国から移民を募って国力増大を目指す。大和民族だけで暮らしてきた内地人より古くから極東の少数民族やロシア人と共に暮らしてきたアイヌなら多民族国家の”つなぎ“となる。北海道アイヌと樺太アイヌ、そして帝政ロシアに迫害された青い目のポーランド人。それらの血が混ざり合ったアシㇼパこそ多文化国家を象徴する主導者として最適である」

 

 

 長いッ! 3行で説明してッ!

 ギャンと内心で叫ぶ。もちろん顔には出さない。だってカッコ悪いし……。

 当然、理解できてますよという顔で土方を睨んでおく。

 いや、ようは蝦夷共和国の主導者にアシㇼパをおくというだけの話なんだけどな。そうなると私はやっぱりアシㇼパを殺さなきゃならんわけ。

 それを嫌がっているのだから、私はやっぱりアシㇼパを殺したくないと願っているのだ。

 

 

「そうだな……ここでは正直な話をしておこうか、アシㇼパ」

「英作…英作は」

「鶴見中尉よりも先におまえが金塊を得たとして、あるいは鶴見中尉の目的を無事に阻んだとしてだ。その次には中央政府がおまえから金塊を奪うためにやって来る」

「ッそれは…!」

 

 

 青い目を丸く見開いたアシㇼパの前に跪いて目を真っ直ぐに合わせる。視界の端で杉元が銃剣に手をかけるのも見えている。

 

 

「もしも貴様がアイヌ独立のために金塊を軍資金として奮起するなら俺は敵として貴様らの前に立ち、日本帝国軍人として貴様ら日本の敵を殺さなきゃならん」

「……英作」

 

 

 アシリパの顔が苦渋に歪む。視界の端に見えている杉元からバチバチと殺意が向けられているのがわかる。

 牛山、そいつのこと絶対に離さないでね。

 

 

「ただ知っておいてくれ、アイヌのアシㇼパ。俺という軍人は護国のために存在している、誰がなんと言おうとも貴様らアイヌは──」

「……わたしは、私もアイヌを護りたい」

「──アイヌが日本人であろうとする限りは貴様らも俺の護るべき者だ。和人の俺が言えることではないだろうが、アイヌへと向けられる我々の不理解、無知、差別、蔑視、迫害は一朝一夕ではなくなるものではない。だがもしおまえが“戦わない”ことを選ぶなら……」

 

 

 真剣な顔で改めて宣言をするアシㇼパへと笑いかける。

 侵略者である和人がアイヌにこんなことを言うなんて何とも厚顔無恥も甚だしい。なんてお笑い種だろう。

 それでもどうか、アシㇼパも北海道で出会ったアイヌたちも日本人で在り続けてくれと願ってしまう。

 日本国の日本人であるなら、それは私の護るものであるのだ。

 

 

「私はおまえの味方になれる」

 

 

 息を飲み目を丸くしたアシㇼパの頰を指先でなぞった。それから立ち上がって全員から背を向ける。

 

 

「ここで別れよう。アシㇼパたちと手を組むことは可能だが、土方とは無理だ。目的が目的だからな、そいつらとは殺し合うしかない」

「まッ……!」

「待ってくれ、英作さん。アンタと尾形の二人きりだけで鶴見中尉の率いる第7師団を相手にできるのかい」

「どうにでもなる」

 

 

 すこぶる冷静な杉元の指摘に肩をすくめて、距離をとりつつまた一行を振り向いた。

 牛山が杉元を離したのか、コートから砂を払いながら杉元が立ち上がるところだった。

 も〜〜、ソイツのこと離さないでよッ!

 

 

「それでもまだアシㇼパさんの話の途中だろ、最後まで聞いていきなよ。英作さん」

「杉元……第7師団にアイヌの埋蔵金を奪われる事態だけは避けたい。杉元が持っていた刺青人皮はすべて鶴見中尉に網走で奪われた」

 

 

 杉元がアシㇼパへと笑いかける。応えるようにアシㇼパも嬉しそうに杉元へ頰を緩ませ、頷いてから口を開いた。

 

 

「でもこちらには新たに鶴見・土方、どちらの勢力も把握してない刺青人皮がある。それと英作、今後中央が金塊を狙いにくるのなら、やっぱりおまえも私の側にいたほうがいいんじゃないのか」

「そうとも言えるな」

「我々は手を組むしかないが、刺青人皮の暗号を解く鍵は私の頭の中にしかない。だからこの同盟の主導権は私にある。……私たちと手を組みたいのならおまえたちも手を組むんだ、英作、土方」

 

 

 アシㇼパの言葉に思わず口笛を吹いてしまった。

 

 

「ははあ、大した恫喝じゃねえか」

「……杉元の影響か」

 

 

 

 その後、合流した尾形が上エ地を連れてきたため表向き英作一派にも刺青人皮が一枚ということになった。

 いやまあ……。

 

 

「……埋まってるな」

「見事に埋まっとりますな」

 

 

 いざ皮を剥ぐという段階で、その上半身のほとんどが落書きじみた刺青で上書きされてしまっていたのが判明したのだ。

 

 

「若山の親分ってのが言ってた面白半分で台無しってコレのことだったわけか」

「どうされます、これでは交渉が……」

「いやいい。上エ地の刺青人皮がおじゃんになってると知るのは私とおまえだけだ。あたかもある程でやっていこう」

 

 

 上エ地の皮を剥ぎつつ、作戦会議を行った。情報を他より多く握るというのはそれだけで有利に進められる。

 そもそも暗号を解くのに刺青人皮を全て集める必要がないことなどおそらく誰もが知っている。

 問題は暗号を解くのに最低何枚必要であるのかだ。そしてより多くを集めようとするのは、そうすることで他陣営の邪魔をできるというだけに過ぎない。

 

 

「結果はどうあれだ。尾形、よくやった」

「……はい」

 

 

 尾形の肩を叩いて労う。それから刺青人皮(めちゃくちゃ)を手に土方の隠れ家へと戻った。

 

 

「それよりヴァシリは?」

「さあ……はぐれたんですか」

「……おまえも知らないのか」

 

 

 てっきり隙を見つけて尾形を狙いにいったものと思っていたが……。熟練の狙撃手が野に放たれたのなら狙撃の警戒を常にしなければならないなあ。

 はえ〜〜、めんどくさっ。やっぱ殺すべきだったな、クソ頭巾。

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