勇作殿の片割れは即断即決裏目ボーイ   作:あん仔

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杉元一行と小樽のコタン

 改めて協力を申し出れば尾形にツレなく振られた。

 なら自分から金塊争奪戦に首を突っ込んでいくしかない。

 

 尾形と別れたその足で、アシㇼパの村へと向かった。

 

 アシㇼパはいつものように一人で山へ行って、しばらく帰ってきていないらしい。

 アシㇼパの叔父マカナックルからそう聞かされた。

 

 

「アシㇼパに用事があったか?」

「ん、近くに来たから顔を見ておきたいとおもっただけさ。マカナックル、しばらく居てもかまわんか?」

「うむ」

 

 

 村での仕事を手伝いながら、アシㇼパの帰りを待っていた。

 数日して、ようやく帰ってきたアシㇼパは軍帽の男を連れていた。

 男の懐には小熊が顔を覗かせている。

 

 

「飛び降りシサム! 来ていたのか!」

 

 

 私に気がついたアシㇼパが笑顔で駆け寄ってくる。

 初めて会った頃の警戒はどこへやらだが。

 これは私が年月をかけて積み重ねてきた交流の成果だ。

 

 

「よう、アシㇼパ。でもその呼び方やめて〜〜〜??」

 

 

 そしてアシㇼパは飛び降りシサムという呼び方をなかなか改めてくれない。不名誉すぎて泣きそう。

 軍帽の男もまたアシㇼパを追い、私の目の前で立ち止まる。

 この距離まで近づくと男の顔の傷がよく見えた。

 

 不死身の杉元。

 旅順の野戦病院で、何度か姿を見かけた。

 さてまずはどう話しかけるべきか。ここで迂闊に元軍属だとバラせば、杉元に警戒されてしまうかもしれない。

 杉元の不死身ぶりを知っているので、出来れば避けたいところだ。

 

 

 杉元の目が見開かれる。

 

 

「アッ……あんた、花沢英作、か?」

「私を知っているのか?」

「あぁ、いや……旅順で、何度か、……」

「俺も見たぜ、おまえは第一師団の不死身の杉元だろう……」

「お、おお、あの英作少尉に知られてるとは、光栄ってやつ、だな」

「は、はは、俺もまさか不死身の杉元に顔と名を知られている、とは……」

 

 

 言葉を濁すように杉元は軍帽を被り直す。

 私も詳細を突かれると痛いところしかないため、口を閉ざすしかない。

 なんとも気まずい空気が流れ出したところで、眉を僅かに寄せたアシㇼパに思い切り脛を蹴り上げられた。

 

 

「ッ〜!? アシㇼパぁん!?」

「変な空気を出すな、飛び降りシサムに杉元」

「英作です〜〜〜〜!!!!」

「わ、わぁ、アシㇼパさん、乱暴はやめよぉよぉ……!」

 

 

 脛の痛みにしゃがみ込んだところ、アシㇼパがさらにストゥを振り上げるので、思わず悲鳴をあげて頭を庇った。

 杉元は杉元で乙女のようにアワアワとしている。

 

 

「おまえたちは知り合いだったんだな」

「俺もこんなところで英作に会うことになるとは思わなかったぜ」

「あははぁ、」

「私は英作が戦争に行っていたことも知らなかったぞ」

「いや、それはわざわざ言うようなことでもないだろ? 話して聞いて、楽しい話でもないしな」

 

 

 駆けつけたマカナックルの仲裁でどうにかフチの家に上がり込むことが出来た。

 頬を膨らませて私を責めるように見てくるアシㇼパに言い訳をした。

 アシㇼパの目が鋭さを増していくのを見て、誤魔化すことにする。

 

 

「そんな顔しても可愛いだけだぞぉ〜。ほぉら、たこちゅ〜」

 

 

 アシㇼパの膨れた頰を鷲づかむ。むぎゅ、とアシㇼパの頬にためこまれていた空気がタコのように突き出た唇から抜けていく。

 アシㇼパの眉が吊り上がって、ポコポコと私を抗議するように叩き始める。

 

 

「やめろ! 飛び降りシサム!」

「あ〜いていて、ごめんってごめんごめん」

「あらぁ、仲良しなのねぇ〜」

 

 

 微妙にキラキラとした目で杉元が呟くのが聞こえた。

 フチの鍋を囲みながら、アシㇼパが金塊について話してくれる。

 おかげでとっかかりやすい。ナイスだ、アシㇼパ。

 

 

「へー、アイヌの金塊か。あれだよな、アシㇼパの父上がってやつ。そんで刺青人皮に、それを追う第7師団? きな臭いってもんじゃねえな」

「第7師団にいたあんたなら何かわかることがあんじゃねえか? どうだい、英作さんよ」

「杉元……!」

 

 

 殺気混じりに問いかけてくる杉元へ肩をすくめて見せる。

 杉元の手は腰の銃剣に添えられており、答えによっては殺すというのが目に見えていた。

 

 

「無茶を言うな。俺が第7師団にいたのは奉天会戦までだ。あれから一年以上。そんだけ離れてりゃ中で何が起きてても分かりっこねえさ」

「……やっぱあんた、脱走兵なんだな。逃げたのか、戦争から」

「……!」

「そうさなあ、そういう言い方も出来る。色々事情があんだが……おまえの言う通りだ。俺は一人尻尾を巻いて戦争から逃げ出した臆病者だ」

「……え、英作……」

 

 

 間に挟んだアシㇼパが可哀想なことになってきた。

 話に入ることも出来ず、かといって重要そうな会話を止めることも出来ない。

 先ほどのようにストゥで空気を入れ替えられるような雰囲気でもない。

 杉元の顔は軍帽の影に隠れて窺えない。

 

 

「俺がいちゃアシㇼパと作戦会議が出来ねえってんなら、席を外すぜ。そんな臆病者と仲良しこよしが出来るような性根じゃねえんだろ、おまえ」

「……俺はあんたが戦死したって聞いてたんだ。生きてるなら、なんで家に戻らねえんだよ、英作さん」

 

 

 顔を上げた杉元の目は予想よりも真っ直ぐだった。

 杉元が懐から何かを取り出す。黒い物体が見えた。

 軍人スイッチが入っていた私は身に染み付いた癖で咄嗟にアシㇼパを庇おうと体をズラす。

 取り出した、それを杉元が投げた。

 受け止めた手に硬い感触。

 

 

 双眼鏡だった。

 戦地で置いてきたはずの、500円の双眼鏡だ。なぜ、杉元がこれを?

 

 

「……勇作からもらった、北海道に行くっていったら自分は使うことがないからって、きっともっとたくさんのものを見たかったはずだからってな」

「ゅ、勇作……」

 

 

 勇作。

 ツンと鼻の奥が痛んだ。

 戦場に置いてきたはずの双眼鏡。それを勇作から渡されたのならば、それは戦後の出来事だ。

 

 

「……生きているのか、あいつも」

 

 

 手の中の双眼鏡を見下ろす。

 なんで杉元と交流があるのか、とか疑問もある。

 それよりも、勇作が生きている事実が嬉しい。

 

 

 双眼鏡に水滴が落ちた。濡れてしまわないようにそれを指で拭う。

 

 

「……帰れない事情はいくつかある。どんな理由があるにしろ、戦地から脱走したのは間違いない事実である。俺が生きていると公になれば花沢の名に泥を塗ることになる。──勇作が生きているならなおさら、俺は帰れない」

「名前に泥とか、そんなの関係あるかよ!! あんたの死を悲しんでるやつがいるんだぞ!!!」

 

 

 吠えた杉元へ微笑む。

 

 勇作のために本気で怒っていることが伝わってくる。

 そうだ、杉元は基本的に優しい良い奴だった。

 原作で囚人や敵に対して一切の躊躇いなく殺しにかかるから忘れていたけど。

 

 なぜかそこで、杉元が口をつぐんだ。

 

 

「おまえらがどこで知り合ったかは知らねえが、勇作は良い友人を持ったようだな。喜ばしいことだ」

「……あの、なぁ!!」

「勇作と仲良くしてくれてありがとな」

 

 

 しかし、困った。

 杉元が勇作の友達だとなると、私は杉元のことを殺せなくなってしまった。

 でも尾形に協力するって決めているし……、どうにか尾形と杉元が敵対しないように出来ないものだろうか。

 

 

「はなし、おわった、か?」

「おお! アシㇼパ! わりいわりい、わすれてた!」

「アシㇼパさん……ヤダ何その変な棒!!」

「ストゥだ。私を置いてけぼりで盛り上がる二人組を殴るためにある」

「いやちげえだろ!?」

 

 

 パシパシと手にストゥをゆっくりと叩きつけて威嚇するアシㇼパに必死でツッコミをいれた。

 ストゥ痛いのでやめてください!

 

 ※ストゥの乱用は決して許されていない。

 

 

 

 ★

 

 

 

 アシㇼパの村では主にマカナックルの家で世話になっている。

 アシㇼパがカワウソを獲ってきてオハウを振る舞ったその日に杉元は出て行ってしまった。

 私は普通にマカナックルの家で寝ていた。

 

 

「杉元のやつ許せん……黙って出ていくなんて」

「まあ、あいつにも考えがあるんだろう」

「杉元の味方か! 英作! それでも勝手すぎる、私にも理由があるから一緒に行動してたのに!」

「ん〜、それは、まあ。そうかもだけどなあ」

 

 

 ぷりぷりと怒るアシㇼパに着いていく。

 杉元にとってアシㇼパは小さな女の子だ。刺青人皮を追えば、自ずと狙うもの同士が殺し合うことになる。

 巻き込みたくはなかったんだろう。

 

 

「レタㇻ、この匂いだ」

 

 

 手にするボロボロの靴下をアシㇼパはレタㇻに嗅がせた。

 臭そう……。

 フレーメン現象のように口を開けるレタㇻに少しだけ同情する。

 狼もフレーメン現象って起こるの?

 夜を待ち、レタㇻとアシㇼパとともに小樽の街に降りた。

 

 

 しかし見つかったのは白石である。

 

 

「第7師団の兵舎にいるんじゃないのか?」

「あ〜第7師団なら私は近づけんな〜。あ、そうだ。アシㇼパ、今度はこれで探してみたらどうだ」

「双眼鏡か」

 

 

 アシㇼパに昨夜もらったばかりの双眼鏡を渡す。懐にしまっていたから、多少は杉元の臭いがついているのではなかろうか。

 

 

 そうしてレタㇻのあとを追い、辿り着いたのは結局第7師団の兵舎だった。

 逃れられない……。私が生きていることを知られるのはかなりまずいのだが。

 

 

「分かった。鉄格子に馬を繋げるのは私がしよう。多分だが、レタㇻの臭いで馬は興奮しちまう」

「ん、じゃあ英作、頼む」

「任せとけ」

 

 

 作戦が決まり、私は馬小屋へ向かう。

 東京の実家には馬小屋があって、馬の扱いには慣れている。

 近場になら馬に乗っていく程度には……現代でいうところの自転車みたいな感覚なんだよな。

 

 

「出来れば度胸のある馬がいいな……、と」

「おい、誰かいるのか?」

 

 馬の選別をしようとしたところ、松明が馬小屋の中を照らしだす。

 見回りの一等卒が馬小屋の入り口に立っていた。

 肩に三十年式歩兵銃を担いで、私に気がつくと顔色を変えた。

 

 

「うまどろぼ──ッ」

 

 

 歩兵銃を構える前に、駆け寄って背後に回ると首を腕で絞める。

 兵の手が腕を引き剥がそうと動く。

 腕に力を込めて、絞め落とした。殺してはいない。

 

 

「ふー……、……一応、貰っておくかぁ」

 

 

 意識を奪った兵士を馬小屋の藁の中に隠して、馬を連れてアシㇼパの元へと戻った。

 馬がレタㇻに気がつく。

 暴れ出そうとしたその横面をじっと目を見つめながら撫でる。

 鼻息は荒いものの、どうにか落ち着きを取り戻してくれた。

 

 窓の鉄格子に繋げた縄をさらに馬に繋いでいく。

 

 

「英作は馬の扱いに慣れているんだな」

「まあ、自転車みたいなもんさ」

「自転車?」

「そういう乗り物があんのよ」

 

 

 鉄格子を外そうとしたところで、部屋の中から話し声が聞こえた。

 どうやら杉元に客だ。

 唇の前に人差し指を当てて、アシㇼパに静かにするように合図を送る。

 

 

 乱闘が始まり、騒ぎを聞きつけた兵士たちが集まってきた。

 

 

「作戦変更だな。馬は離すぞ」

「うん、杉元はどうする」

「平気だ、アシㇼパさん、英作さん。この死体を使って自力で出るよ」

「白石、おまえは俺と残れ。騒ぎに乗じて刺青人皮を探すぞ」

 

 

 窓から覗き込みながら、改めて作戦を話し合う。

 物陰に隠れていた白石がぐええと情けない顔をした。

 

 

「えぇ〜〜〜、おれぇ??」

「さっきの馬小屋に兵士を一人隠してる、そいつから軍服を奪え」

「んいぇえ〜〜」

 

 

 もう一度、鉄格子を抜けて、外に出た白石とともに馬小屋へ向かう。

 藁の中から兵士を出して、軍服を脱がした。

 

 

「鶴見中尉殿の部屋は向こうの建物の2階右奥だ。10分後に火を放つ、その間に見つけろ」

「は〜〜い、って英作ちゃん、やたら詳しいねえ?」

「古巣だからな。よし、行け」

 

 

 馬橇の準備にやってきた兵士と入れ違いになるように馬小屋を出た。

 

 

 十分が経ち、建物の端に火をくべる。

 兵舎から十分に距離をとってから、屋根の上に乗り万が一に備えてついさっき鹵獲した歩兵銃を構える。

 ……久しぶりに撃つ。

 

 

 松明のおかげで、兵舎での様子がよく見えた。

 杉元が馬橇に乗せられて、出発する。

 すぐに馬橇から兵士を蹴り落として、杉元が……あ〜〜ん、馬の扱いが下手!!

 爆走するだけの馬を杉元は乗りこなせていない。

 素っ頓狂な方向へ走る馬。あんまり離れられると合流が大変だぞ〜〜。

 

 

 引き金を引く。

 馬の走るすぐ足元の雪が飛び散り、驚いた馬が道を曲がってくれた。

 鶴見中尉まで馬に乗り、追いかけていく。

 あっちも止めるか?

 でも出来れば鶴見中尉との関わりは最低限にしたいのだけども。

 鶴見中尉殿は勘が鋭い。

 

 

 

 視界の端で雪でない白が見えた。

 

 

「……俺がしなくても平気そうだな」

 

 

 レタㇻの背に乗り弓を構えるアシㇼパにあとは任せて、屋根から飛び降りた。

 

 

 すきやき!!

 

 

 

 ★

 

 

 

「鶴見中尉殿! ご無事ですか!!」

「うむ。……この銃痕を、どう思う?」

「は……、中尉殿が不死身を追っているときについたものでは……」

「いや、あれは違う……」

 

 

 雪に残った銃痕の角度を確認して、鶴見中尉が振り返る。

 聞こえた銃声と、その後の衝撃波の時間差から狙撃距離が分かる。

 

 

 その距離、おおよそ500。

 

 

 ちょうどその位置に二階建ての家屋の屋根が存在していた。

 そこに兵士を送り、屋根の上に人がいた痕跡の残っていたと報告を受ける。

 ともすれば逃げる杉元本人か馬に当たるかもしれない可能性のあった狙撃である。

 500メートル先への精密射撃。

 己の腕によほどの自信がなければ出来ない芸当である。

 

 

「尾形上等兵は目を覚ましたのだったな」

「は、はい! まさか、奴が? ですがあの重傷では……」

「なるほどぅ? では杉元一味には腕のいい狙撃手がいるらしい」

 

 

 ふんふんと頷きながら、鶴見中尉は口の端をニンマリと持ち上げた。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

「白石は街に情報を集めにいくらしい。あんたはどうする英作さん」

「私は一度アシㇼパのコタンに戻る。杉元は元気だってフチに伝えておきたいしな、おまえ。今度出ていくときは世話になった人らに挨拶しろよ」

「あはは……それに関しちゃ反省してるさ。じゃあ、英作さんは村に戻るんだな」

「おう、アシㇼパのこと頼んだぜ」

 

 

 白石とともに杉元から離れた。

 少し進んだところで白石とも別れて、村に戻った。

 

 

「英作」

「おう、マカナックル。杉元はアシㇼパと一緒にいる」

「そうか、再会できたか。よかったな」

「本当にな」

「その銃はどうした?」

「街でちょっとな、……弾はまだ残っているし、猟でもするか?」

「助かるぞ」

 

 

 フチやマカナックルにアシㇼパと杉元の続報を話して、猟などを手伝う。

 そうしているうちに、白石を加えた三人が谷垣を連れて戻ってきた。

 仕掛け罠に引っかかったらしい。ウケる。

 

 

「よお谷垣」

「ッ!! あなたは、花沢英作少尉殿!!? 生きて、生きていらッ……!!」

 

 

 顔を覗き込めば、顔色を変えて起きあがろうとする谷垣を布団に押し留める。

 谷垣とは兵営で数度、話をしたことがある程度なのだが、それでも一目で私だと気付かれてしまうわけか。

 やっぱり出来る限りの接触は控えたほうがいいのだろう。

 

 

「なぜ、あなたがここに……戦死したと聞きました……」

「事情がある。ここに俺がいることは黙っていてくれ、谷垣源次郎」

「……そ、それは、ですが……」

 

 

 胸の上に手を置いて、口止めを試みた。

 谷垣は真面目で実直な男だ。真正面から頼み込めば誰かに漏らすことはないだろう。

 

 谷垣の耳元に口を近づける。

 

 

「俺は命を狙われている……」

「ッ」

「どうか頼んだぞ、谷垣」

 

 

 これは嘘である。

 ていうかまあ、実際のところ父は政治的な理由で殺されているわけだから、息子の私も狙われていても不思議ではない。

 

 熱に浮かされる谷垣から、金塊の本当の量を聞き、そして鶴見中尉の目的も。

 

 

「ほう、父上は割腹か」

「あ、そうか。花沢中将って英作さんの父親か」

「……政府内部では、花沢中将が自刃したのは部下たちの落ち度とし……勲章や報奨金はおろか陸軍内でのわれわれ第7師団は格下げ扱いされ冷遇された……」

「ふん、()()共通の敵を作って集団の結束を高める、か。常套手段だな」

 

 

 そもそも父の自死も鶴見中尉の暗躍だからなあ。

 それを知っていると改めて谷垣からの情報が全く別の意味を持って聞こてくる。

 

 

「どういう意味だ、英作さん」

「俺の知っている父上は割腹などなさるはずがない、ということだ」

「え? え、っと? どうゆうこと?」

「俺の知っている父上ならば、自分は死なずになんとしても他で罪悪感を払拭しようとなさるだろう。……自分の息子を聯隊旗手なんぞに推挙したようにな」

 

 

 今ならばわかる。

 あれは、父が国中の息子たちを戦地に送った罪悪感から逃れるために、己の息子を戦地に送ったのだと。

 

 

「そも俺が戦死したと聞き誰よりも安心したのは父上だろう。国中の息子たちを己の無能な作戦で殺したが、自分も息子の一人を亡くしたとなればいくらか罪悪感は薄ら──」

 

 

 と、そこで、自分に注がれる視線たちに気が付き言葉をきる。

 いかんいかん。父の話になるとどうしても不信と嫌悪が顔を覗かしてしまう。

 父への信頼というのは、妾を捨ててその息子を放置していた時点で地の底である。

 誤魔化すように笑顔を浮かべる。

 

 

「話が脱線したな? すまんすまん、話を戻そう。そんなわけでな、花沢幸次郎が自ら死を選ぶことはない、と俺は思うわけだ。では何故、自死したか、と想像してみてくれ」

「……鶴見中尉か?」

「そうなるな。鶴見中尉殿は第7師団を乗っ取りたい。となれば、師団長の父上は邪魔になるな? まあ、なんだ。さすがに他にも殺して得があったんだろうが、まず俺はそう考える」

「は、花沢少尉殿、鶴見中尉は、そんな人では……」

「結構な忠誠心だな。いいことだぞ、谷垣」

 

 

 上官を庇おうとする谷垣の頭を撫でる。

 日露戦争で上が無能だったのは事実であるので、己が上に代わろうとするのも概ね理解は出来た。

 兵営では、鶴見中尉には何度か口説かれたことがある。

 

 師団長の息子を手中に入れておきたかったんだろうとも容易に想像ができた。

 もちろん、あくまで想像だけどね〜〜。

 

 

 谷垣の世話は私が務めることにした。

 元同じ師団に所属していた縁である。

 フチだけじゃ大男の世話は大変だろうしな。

 

 

「あなたが、生きていらっしゃるとは……このことは尾形上等兵はご存知なのですか……」

「ふふ馬鹿か。何故、ここで尾形上等兵が出てくる?」

「い、いえ、勇作殿も含めて仲のいい兄弟だと、おもっておったんですが……、違うのですか」

 

 

「俺はまた何もわかって……」と呟き谷垣がしょんもりと太い眉を下げる。

 かわいい。

 私は大男がかわいい仕草をするのに非常に弱い。

 大体勇作のせいだ。

 

 

 谷垣の頭を撫でながら微笑みかける。

 老若男女あらゆる人間に効果抜群の勇作スマイルである。

 見るものに好印象を与える効果がある。

 

 

「そんなことはないさ。俺と奴は仲良しだったとも。余計なことで頭を悩ませずに今は回復に努めなさい。早く元気になれ、谷垣よ」

「……は、はい」

 

 

 谷垣のような真面目一辺倒な男を味方にするには情に訴えるのが最も効果的だ。

 甲斐甲斐しく世話を焼き、好意を隠さない。それだけで十分、絆されるだろう。

 

 

 そして杉元たちが白石の持って帰ってきた刺青囚人の情報をもとに海に向かったのを見送った。

 

 そして村に帰る途中。

 

 

「あ、尾形だ!」

「……」

 

 

 ポンチョのフードを頭から被り、物陰に隠れて村を観察する尾形を見つけた。

 振り返った尾形は歯茎を見せて威嚇するように白目を剥いていた。

 

 

 すげえ顔するじゃん……。

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