宇佐美と英作が向かい合う。ジリジリと銃剣を低く構えた宇佐美が機を探る。
示現流の初太刀は躱せ。剣術とは畑違いの銃剣道を叩き込まれた宇佐美であっても知る有名な言葉だ。
(つまり一太刀目を打たす前に殺せばいいんだ)
顔の横に軍刀を構えたまま微動だにしない花沢英作に、奥歯が軋んだ音を出す。宇佐美にとって花沢英作という男は心の底から嫌いな相手である。
そんな奴を殺せる、この瞬間をきっと何より心待ちにしていた。
「ッ」
カッと英作の目が見開かれた。
英作は床を勢いよく蹴ると真っ直ぐに宇佐美の方へ軍刀を振り上げて迫ってくる。
「チェエエエ──」
ビリビリと空気が震えるほどの絶叫。瞬間、英作の気迫によってか宇佐美の全身に圧がのしかかった。
しかし宇佐美も日露戦争を経験した歴戦の兵士である。絶叫のみで圧倒され動けないなどあり得ない。
すぐ目前へと迫る軍刀の刃。示現流の一の太刀。
腰の弾薬盒へ手を動かす。中にある弾薬を一つかみすると、それを目眩しとするため英作の顔面へと放り投げた。
とはいえそれも英作にとって大した時間稼ぎにはならないだろうという確信が宇佐美にはあった。
けれど効果はほんの一瞬で十分なのだ。弾薬を投げ捨て、英作の反応を確認する前にすぐさま一歩。奥歯が軋むほど歯を食い縛り、力一杯に宇佐美は銃剣を裂傷の残る右目側に狙いを定めて英作へと突き立て──。
そんな宇佐美の行動はさほど悪くない対応だった。
すぐ目前の宙に散らばる弾薬。
視界を塞ぐほどでないにしろ、気を散らさない者はいまい。
そして弾薬に隠れるように視力の弱い右手側より迫る銃剣の刃がある。
惜しむらくは相手が示現流の使い手であることだ。
宙に散らばる弾薬。カツかつと顔に当たるも英作の目は瞬きもせずに宇佐美を睥睨し続ける。視界の端に近づく銃剣の切っ先もまた確かに見えているはずではあるが、──当然、死に物狂いで打ち下ろされる示現流の初太刀は止まらない。
「── ストォオオオオッ!!!!!」
(あ、これはだめだ)
『時重くん』
愛しいあの人の顔が浮かんだ。走馬灯のように脳裏を駆けるあの人の記憶。
その記憶を打ち破るよう、すぐ目前へと迫る軍刀の刃。小手先の技で止まることはないと察した宇佐美はすぐさま次の行動へ移る。
ここではダメだと、思った故の咄嗟の行動である。
(まだ死ぬわけにはいかない……!)
すなわち示現流の初太刀は躱せ──。
宇佐美の身体がこれまで積まれた経験のみを頼りにほぼ無意識に動く。
今にも打ち下ろされる軍刀に細かく思考する猶予さえなく放り投げた弾薬が、そのときようやく床へと音を立て転がっていく。それと入れ替わるように大きな血飛沫が宙へと散った。
★
振り下ろした軍刀の刃が宇佐美の左肩へと沈み込んだ。肉と骨を砕く確かな感触が軍刀を通して伝わる。肉を断ったが両断とまでは流石にいかない。軍刀は鎖骨を砕いただけで止まってしまう。
勢いよく散った返り血が顔へとかかる。だからなんだ、という話ではあるが。
右目側からなおも迫りかける銃剣に気がついて、それを避けるために宇佐美から距離を取った。
即死させられなかったのが少し悔しい。
軍刀を振り、刃を濡らす血を払う。ブラン、と力なく左手を下ろした宇佐美が私をじっと睨みつけている。
まだまだ殺る気は十分という様子だ。思わず頰を緩めて峰で肩を叩く。
私もまた腹部の傷がある。先ほどの一太刀でさらに血が溢れてきている。
お互いに血を流した。
音を立てて、銃剣が床に転がっていく。宇佐美の左手はもう使い物にはならないだろう。
「これで同条件というわけか?」
「何を巫山戯たことを……!」
ギリギリと血を吐くように宇佐美が声を震わせる。
「おまえ、おまえにかまってる暇はないんだ、鶴見中尉、早く篤四郎さんのお役に立たないと、僕は、僕は……」
ブツブツと呟きながら宇佐美が肩を押さえながら、ゆっくりと後退していく。
追おうと動きかけるも、それよりも前に勇作が立ちはだかる。
なんとも深刻そうに眉を下げ、痛みを堪える顔を浮かべていた。
「英作、止血をしなきゃ」
「…ああ、まだ平気だ」
「英作!」
途端に声を荒げる勇作を避けて、先を急ぐ。おかげさまで、少しばかり冷静になれた。
今、するべきは娼婦殺しの刺青囚人の確保だ。宇佐美を追う暇はない。
片腕を失って今なお激痛が襲っているはずである。宇佐美はすでに死に駒同然だ。
「大丈夫だから、私を信じろ。勇作」
安心させようと微笑んで、その場を離れる。
むすりとブスくれた勇作があとを追ってきた。まあ、勝手にアレコレと動かれて知らん場所で怪我をされるよりはマシなのか…。
本当は安全なところにいてほしいものだけどなあ〜。