勇作殿の片割れは即断即決裏目ボーイ   作:あん仔

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 あの狙撃手は英作を狙うだろう。ここに来るまでの道中で、俺と殺し合うには何より先に英作を殺してしまわなければ必ず邪魔となることを理解したはずだ。

 

 

 櫓の上に陣取って麦酒工場の敷地内を監視する。英作にはまずロシア人を殺せと命じられていた。命じられずとも、そのつもりだった。

 

 洋食屋での騒動の際、どさくさに紛れて英作を狙撃しようとしたロシア人を思い出し口の端が持ち上がる。

 俺がアイツであってもそうするだろうという確信があったからこそ対処も出来た。

 

 

 英作の存在は、奴を相手取るのに囮として完璧に作用する。洋食屋でのことを英作に報告しなかったのはその為だ。

 囮が己を囮であると理解していれば、その分動きにわざとらしさが生じる。そしてあのロシア人は、そのわざとらしさに気づかない相手ではないだろう。

 

 工場内を駆ける英作の隣に、ほぼ同じ顔立ちの勇作がいるのが窓越しに見えた。

 

 

「……」

 

 

 先ほど、勇作があのロシア人と共にいるのを確認している。となれば、ロシア人は今まさに工場のどこかから俺か英作を狙撃しようと目論んでいる。

 

 

 落ちてきた髪を撫でつける。

 奴の記憶でも洋食屋での出来事が、まだ鮮明に残っているはず。ならばなおさらに英作の側に俺がいない時点で、俺が姿を表すまでは決して引き鉄を引くことをしないだろう。

 

 

 俺がいないこと自体が奴への抑止となり得る。

 ジッと銃口を英作へと向けつつ、工場内で狙撃位置となる場所にいるだろうロシア人の姿を探す。

 隠れる場所の多い森の中ならばいざ知らず、工場内とあれば狙撃に適した場所も自然と限られる。

 ──どこだ。一発でも撃ったならば、その瞬間に場所を特定できる。そして、一発程度であれば英作は避けられる、はずである。

 網走監獄のときにも避けていたし……命令通りにロシア人を仕留めたならば……囮としたことを英作も責め立てることをしないだろう。

 

 

【本当にそう思うか?】

「うッ!」

 

 

 背後に生じた気配に上体を逸らして振り返る。

 瞬間、窓を破り飛んできた銃弾が小銃を掠った。

 

 

「……先に俺を見つけたか」

 

 

 そらした上体をそのまま、窓の下に身を隠しながら狙撃位置を確認した。

 ボルトを動かそうと力を込める。しかし中の撃針がやられたようで完全に壊れてしまっている。

 ……脳裏によぎる先ほど牛山に投げ飛ばされていた宇佐美の姿。

 

 

「宇佐美が落とした38式はまだあそこにあるか?   驚いて身を引いていなければ撃たれていた」

 

 

 梯子に足をかけながら、俺以外にいるはずもない櫓をギョロリと見返す。もちろん誰も、そこにいるはずがない。

 

 

「……もうアレはいないはずだ……まさかな」

 

 

 確認した狙撃位置とは逆の壁を壊してそこから出た。しっかりと櫓の出入り口が見える方向を陣取っている。俺を殺そうというならその程度、自然としてもらわなければ。

 

 

 

「俺の邪魔をするつもりか、幻覚ごときが」

 

 

 

 呟きを残して櫓から去った。

 

 

 

 乞食のおっさんに金を渡し囮として利用した。外套を貸して、その脳天が狙撃された隙に地面に転がる宇佐美の38式を拾い上げて、割れた窓から工場ないへと飛び込む。

 

 

「ははッ何度も撃ち損じたな。機会はそうそう巡ってくるもんじゃねえぜ」

 

 

 英作の命令はあのロシア人を殺すことだ。殺すまでは合流するつもりはない。

 

 

「反撃できる場所を見つけないと」

 

 

 呟き、階段を駆け上がった。

 

 

 

 踊り場に出たとき包帯を巻く右目側に軍服がチラつく。そちらへ視線を向けようとした瞬間──脇腹を思い切り蹴り付けられた。

 すぐさま刺突をしようと迫る銃剣を躱し、壁に突き立てられたそれを床尾板にてへし折る。

 

 

「百之助〜〜〜ッ!」

 

 

 鼻腔をくすぐる濃い血の臭い。宇佐美だ。

 

 

 ★

 

 

 工場内を駆けていると勇作に肩を掴まれ引き止められる。

 

 

「英作ッ! 止血をしてくれ!!」

「平気だっていってんだろ!」

「絶対に平気じゃない! 腹を刺されているのにッ!」

 

 

 クソボケ勇作。心配してくれて嬉しい気持ちと今はそれどころじゃないという気持ちが入り混じる。

 

 勇作は勇作でテコでも引かないという目をしている。こういうときの勇作を説得するのは、ほぼほぼ不可能であるのだ。大人しく止血をしてしまった方が……。

 浅いため場所と出血の多さに比べて大した傷ではないのだが、それを伝えても無駄だろうな……。

 

 

 

 ──…之助〜〜〜ッ!

 

 

「英作、いま止血を……」

「シ、待て勇作」

「もう次はなんだよ!」

 

 

 ふと聞こえた声に、勇作に唇へ人差し指を当てて静かにするようにとジェスチャーを送る。

 プンと頰を膨らます勇作をスルーして、耳をすませる。

 

 

 工場の外からは火事を告げる鐘の音、先ほどの宇佐美の声らしきものに、おそらくもっと離れているのだろう、小さくアシㇼパと知らない男のものらしい声もしている。

 アシㇼパと共にいるのが兵士か、ジャックザリッパーであるならすぐに向かうべきだろう。それはそれとして宇佐美の方も確認したい。之助ってもしかしなくても尾形のことだろ!

 

 どちらへ向かうべきかと、選択を迫られる。アシㇼパを放っておけないが、もちろん尾形も放っておけない。エンッやっぱりさっき宇佐美も殺しておけばよかったんじゃん!!

 私はいつもそうだ! クソ…! 私が二人いれば……!!

 

 

「……英作、平気かい?」

「……勇作」

 

 

 

 隣で私を心配そうに見つめ、首を傾げる双子の片割れが目に止まった。いるじゃ〜〜ん?

 

 

 

 

 ★

 

 

 

「百之助〜〜〜ッ誰が安い駒だ? えぇ?」

 

 

 こめかみに血管を浮かばせた宇佐美に殴られている。兵病院から脱走する前に話した内容そのままでやはり気にしているんじゃないかと、薄く笑みが浮かんでしまう。

 

 拳が飛んでくる、その間に生じる隙をみて、銃口を宇佐美へと──。ボルトを抜かれ、装填していた実包がバラバラと床に散らばっていく。

 宇佐美が散らばった銃弾を足で四方へとさらに散らしていく。

 

 宇佐美の右肩には大きな刀傷があり、ピクリとも動かないくせによくやるものだと多少呆れる。

 宇佐美は肉弾戦がとくに秀でた兵士だから、俺が特別白兵戦に弱いとかそういうことではないだろう。

 

 銃があれば宇佐美にとて負けはしない。

 実包を取り出そうと、動くもその前に腕を掴まれぐるりと床に投げ飛ばされた。

 

 

 

「ぶふう」

 

 

 鼻血が口内へと流れこみ、血の味が広がる。飲み込まないように意識して吐き出していく。

 うつ伏せに寝返り、宇佐美から見えないよう口で銃弾を拾い上げる。口に含んだ銃弾を舌で動かした。

 

 

「どうした!? 立てよ…!」

「……」

「銃剣を抜いてかかってこい!」

 

 

 床を這う。

 

 

「なんだよ、結局おまえは銃にしか縋れないのか。弾の抜かれた銃でどうするつもりだ」

 

 

 宇佐美の言葉を聞き流しながら、銃へと手を伸ばす。銃さえあれば、俺は負けない。

 すぐ近くに弾薬が投げられた。

 

 

「取れよ、その弾薬を装填するのが早いか……僕がおまえの銃剣で心臓を一突きにするのが早いか……」

 

 

 脳裏に声が蘇る。

 

 

『私は日本を護りたい。それには貴様が必要だ。尾形上等兵。私の右腕として私を助け支えてくれないか』

 

 

「それにしても誰が“安い駒”だ! 馬鹿野郎がッ商売女の子供の分際で!!」

 

 

 苛立ちを吠える宇佐美を横目で振り返りながら、舌で銃弾を装填した。カチリ、と小さな音。

 

 

「……ハハッ」

 

 

 兵士として負けるわけにはいかなかった。

 

 

 宇佐美の手が俺の腰の銃剣に伸びる。同時に俺も動いて、ボルトを動かし、銃口を背後の宇佐美の方へと向けた。

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 ダンっ。銃声が響く。銃弾は宇佐美の腹へと命中した。

 

 

「……宇佐美上等兵!」

 

 

 よろめいた宇佐美を軍帽を目深に被った花沢少尉が背後から支える。

 

 

「ッ勇作、殿……!!」

「もうきみは戦えないだろう、大人しく戦線離脱してくれ…」

 

 

 その腕が宇佐美の首にかけられて、腕の筋肉が膨らむ。ガクリ、と宇佐美の身体から力が抜け落ちた。

 宇佐美を支えながら、花沢少尉が目を伏せ深く息を吐き出す。そして床に転がったままの俺を見下ろし手を差し出した。

 

 

「ご無事ですか、兄さま」

「……英作殿はどうされたんです」

 

 

 その手を無視して自ら床に手をつき立ち上がる。

 

 

「……英作はジャックザリッパーのいる方へ向かいました。ただ、…私は兄さまの声が聞こえ、心配になってついこちらへ。ですが、決して兄さまの実力を疑うわけではないのです……どうかお許しください」

「へえ……さようですか」

 

 

 花沢少尉が心底からすまなそうに微笑む。気を失っただけの宇佐美を支えたままだ。そうしておもむろにその懐に手を突っ込むと刺青人皮を回収する。

 

 

「外に鶴見中尉殿が来られているのが見えました。……私は宇佐美上等兵を連れてそちらへ向かいます。英作からの伝言です、兄さまはどうかこのままアシㇼパたちと合流しろ、と。英作たちの居場所はお教えいたします」

「……ははあ、これは一体なんの冗談なのですかね」

「何か仰いましたか?」

「いえ何も」

 

 

 小さく呟けば、不思議そうに振り返る花沢少尉。平静を保つために何度も髪を撫でつけて、小さくため息を吐いた。

 

 あまりにも普段と雰囲気が異なり一瞬、また幻覚の英作なのかと思ってしまった。

 

 

「それが英作殿のご命令ならば、俺は従いますよ」

「ああ、それは何よりですね」

 

 

 そう口だけ笑みの形を作る花沢少尉だが、軍帽の影に隠れ口元以外の表情が一切読み取れない。

 英作の指示に従い、ジャックザリッパーがいるという方へと駆け出す。背筋に走る悪寒には気づかないふりをした。

 

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