振り返った尾形は歯茎を見せて威嚇するように白目を剥いていた。
すげえ顔するじゃん……。
「なんでアンタがここにいる……」
「アイヌの村で世話になってるって話さなかったか?」
「それがここってわけか……ハッ、大した偶然があったものですなあ」
尾形が皮肉る。
皮肉っていうか、本当に偶然なんだけどね。
いや私が金塊争奪戦に自ら飛び込んでる時点で謀られた再会ともいえるのかもしれない。
「そういうおまえは随分とお友達を引き連れて仲良しだな」
遠目に軍服の男たちが見え、なんとなく口を開いた。
今の私はアイヌの服装をしている。髪も伸びていることもあり、遠目から私が花沢英作だとは流石に気付かれまい。
そうであって欲しい。
今のところ杉元にも谷垣にも一目で気づかれている。
結構人相も変わったと思うんだけどな〜!
「……ア? 二階堂か……、おいさっさと失せろ。邪魔だ」
「村に何の用だ。目的は?」
「谷垣だよ、あそこにいるんだろ」
「いるぜ、村のアイヌに迷惑はかけるなよ。世話になってるんだ、じゃあな」
「…………」
最低限の注意を告げて、尾形から離れる。
尾形はとくに振り返りもせず、何か言うこともなかった。
野糞でもしていたのか、近づいてくる二階堂が見えていた。
それを避けてすれ違い、銃を肩に掛け直す。
二階堂はごく当たり前な様子で尾形の元へ近づいていく。
では残る兵士は何をしているのか?
たぶんアレ、尾形のこと尾行してんじゃないかな。知らんけど。
それにしても、久しぶりに見た尾形はかわいかった……!!!
髪型が変わってた……!!!
似合う……!!!
チョイ悪……!!!
「くぅ……!」
尾形がかわいく見えるなんて本当にどうかしてるぞ、私!
また十分に距離を取って、木に登った。
樹上から双眼鏡を覗き込み村の様子と、尾形のあとを尾けている軍服を観察する。
ここからでは誰かまでは分からない。
尾形と二階堂がフチの家に招かれて、しばらくしたところで谷垣が戻ってきた。
一体何の話をしているのだろうか。
先んじて釘を刺したからフチに手を出すことはないだろうけど……そう信じたいものだ。
けど二階堂が一緒だからな……。
私も尾形のこと尾行してあとをついて行ってやろうかな。
そんで尾形が危ないところを助けて……、なんてそんなことで尾形が感謝とかするわけないんだよなあ〜。
助けるにしたって、感謝が欲しくて助けるわけでもないしな。
ジ、ととにかく様子を窺う。
しばらくしてフチの家から二階堂と尾形が順に出てくる。
双眼鏡を持ち上げて、光を反射させた。
「ハハッ」
すぐさま尾形が気づいて、また威嚇するように歯茎を見せてきた。
先を歩く二階堂はこれっぽちも気がつく素振りもない。
側から見ると急に変顔をする人になっているけど、それキャラ的に大丈夫?
尾行している軍服も移動を始めた。私も場所を変えよう。
「かわいい」
手負いの谷垣が頑張っている。
頑張っている谷垣を追跡する尾形たちを尾行する軍服たちの位置を確認しながら、さらに遠巻きに追跡しつつ思わず呟く。
どうやら谷垣は一発で勝負をつけるためにヒグマの土饅頭を利用することに決めたらしい。
尾形が土饅頭に近づくことがあったら、威嚇射撃で逃すかと銃を構える。
土饅頭の前の焚き火へ近づいていったのは二階堂だった。
まあそうなるか。
「早く撃て!!! クソ尾形あぁあぁ!!!!」
ヒグマに襲われた二階堂の悲鳴が私のいる位置まで聞こえてくる。
尾形はどうするかな。見捨てるかな。
尾形が撃たないようなら、私が撃ってやらないと二階堂が死んでしまう。
「おがたああああああ」
ったくしゃあねえな……と引き金を引きかけたとき尾形が先に発砲した。
発砲炎が光る。
尾形が試すように両手を広げた。
遠くから馬のいななきが聞こえた。音の方を振り返れば、山の下方を駆ける軍馬が見えた。
舌打ちをして、木から飛び降りる。
ドスケべマタギVSセクシー上等兵の観戦もここまでらしい。
早めに離れないと見つかる可能性が出てくる。
あ〜、クソ。
念のためにフチの村にはもう近づかないほうが賢明だ。
色々と荷物を置きっぱなしだ。
あとでマカナックルに使いを送って全て処分してもらわないといけない。
と、そこで黒色火薬の間延びした銃声が響いた。
手を広げていた尾形が地面に倒れている。背筋がゾッとした。
同時に銃を構える。撃ったのは谷垣だ。
感情を遠くに切り離し照準を合わせる。
谷垣の元にもう一人。……尾形を追っていた軍服がいる。
「ダメだな」
今はとにかくこの場を離れないと駄目だ。
軍に生存を知られるのも、鶴見中尉に捕まるのもどちらもよろしくない事態だ。
気がつけば倒れていた尾形が起き上がり、軍服を狙撃していた。
生きている、ならばよし!
とりあえず尾形を追うか。あんなセクシー上等兵、放って置けないだろ。
わざと重傷を与えて、逃亡を図る尾形の手管に笑ってしまった。
しばらくそうしてあとを追い、兵士の追手を撒いた尾形が足を止めたところで姿を見せる。
「よ、尾形」
また歯茎を見せて威嚇するように白目を剥かれた。
その顔、流行ってんの?
「なあなあ、尾形ぁ〜。なんで逃げるの〜? おはなししようぜぇ〜?」
「……」
「ヤダ、無視までしてくる。英作は悲しいですよ、兄さま」
「……チィッ!!!!」
「わ! でっかい舌打ちだなあ!」
早歩きで山道を行く尾形のあとを追っている。
ようやく足を止めたかと思えば、苛立ちを隠せていない表情で私を振り返る。
「なんで着いて来られるのです。あのアイヌの村で谷垣と一緒にいればいいでしょうが!」
「いや、あそこはもう鶴見中尉殿に監視を付けられてるだろうから、戻れんぞ」
「……それで行く当てがなく俺のあとをついて来ていらっしゃると?」
「そうなるな。どこへ向かっているんだ? やけに急いでいるんだ、目的地は決まっているんだろう?」
「……茨戸だ」
短く尾形が告げる。
茨戸は小樽から東へ40キロほど行ったところにある河港の街だ。
そこで刺青人皮が借金のカタにされたとの噂があるらしい。
その宿場町では、日泥親子と馬吉一味が睨み合っていた。
「跡目争いか……死ぬほどアホくせえけど、拗れるんだよな……こういうの」
理髪店で事情を聞きながら、ぼんやりと呟いた。
小学校時代の同級生に、似たような問題を抱えている奴がいたことを思い出す。
「なんか身に覚えでもあるんですか? 例えば父親の妾の息子がいらっしゃるだとか」
「ハハッ、ナイスジョーク」
「ははは」
尾形に笑えない冗談を言われた。事実だからな!
ケツアゴの分署長が理髪店にやって来て、その流れで尾形は馬吉一味に着くことに決めたらしい。
途中のケツアゴ分署長フルボッコの段は見なかったことにしておく。
はわわぁ…チョイ悪どころじゃないよ、この上等兵……。
店を出て戦いのゴングだとでもいうように、尾形が鐘を撃ち鳴らす。
やたらと目付きが鋭い老人たちが見えた。
一目で只者ではないとわかる程度の圧がある。
「英作殿、その銃は飾りですか」
「ん? ああ、弾はもうないね」
「チッ……おい、馬吉。銃剣と小銃はあんのか。あるなら、この人に渡せ」
「えへえ!?」
「ちなみに私は着替えも欲しい。アイヌの格好で狼藉はしにくいからね!」
「おら! 着替えもだ! 早くしやがれ!!」
「ヒヒイン!?」
尾形が馬吉の尻を蹴り上げて恫喝している。
なんか争いが始まりそうだから、仕方ない仕方ない。
と、その前に日泥の妾がいるという隠れ家へ。
隠れ家は妾の護衛たちの死体のみで、肝心の妾はどこにもいなかった。
銃が撃たれただろう、入り口付近には銃痕がない。
つまり妾の護衛は揃って身構える隙もなく殺されたことになる。
それが出来るのは味方くらいだ。
でも味方だったにしては撃った側に躊躇いがなさすぎる。
薬莢を回収していることから相手は随分と戦い慣れしていて、かつコイツらに対して一切の思い入れがない相手となる。
「さっき日泥の息子が爺さんを連れてたな」
只者ではない雰囲気を放っていた老人が自然と思い浮かんだ。
ごろつきにここまで出来るとは思わない。
妾の隠れ家を出て、言っておいた武器と着替えを馬吉から受け取った。
さすがに小銃を持つ奴はいなかったらしい。渡されたの銃剣一本だ。
しかも小まめに手入れがされていたとは到底思えないほど刃が鈍っている。
鈍じゃねーか!
「これならないほうがよくない?」
「武器がないよりはマシでしょうが。一応持っておいてください」
「おまえが実包を分けてくれたら、解決する話なんだぜ、尾形」
「狙撃手から弾を奪おうなど、英作殿はとんでもない要求をなさる」
「どうせ撃たす気はねえんだろ。仕方ないから見張りに徹する」
「はは……」
贅沢な花沢の使い方だなあ。我がことながらそんな風に思う。
火の見櫓に登る尾形を見上げる。
登りきったところで、「何をしてる早く来い」とでもいうように私を振り返った。
「なんか……狭くない?」
「火の見櫓に広さを求めんでください」
尾形の傍らにしゃがみ込み、周辺を見下ろす。
街を一望することが目的で建てられただけあり、街の様子がよく見えた。
「理髪師のおじさんかわいそう」
「英作殿、集中してください……やっぱジジイの変装だと思ったわ」
人質の受け渡しに現れた理髪師に思わず同情してしまう。
そして馬に乗った妾の膨らんだ腹を尾形が撃ち、事態が動き出す。
日泥側の爺さんはやはり戦い慣れしていると思わせる動きをしていた。
日泥の手下にも指示を出しているらしく、動き方が少し変わった。
それに比べて馬吉一味は……。所詮は寄せ集めのゴロツキというところなのだろう。
「民家の中を移動してるぞ。あのゴロツキ共じゃ足止めにもならん」
「チッ……まあ、所詮は博打とハッタリで生きてきたヤクザなんぞがまともに戦えるわけないか」
側面から包囲しようという動きがあるのも見つけた。
尾形の肩に手を置く。
無言で振り返った尾形の顔はなんとも苛立たしげだ。
馬吉一味が思ったよりも使えなかったという顔だろうな。所詮ゴロツキよ。
「包囲され始めてる。潮時だろう。降りるぞ」
「……」
「まともな刀があればな、俺が行ってやってもよかったんだが」
「……大人しくしとってください」
まず私が降りて、次に尾形が火の見櫓を降りた。
駆け出した尾形のあとを追う。
「次はどうする気だ」
「火をつけて、誘い出します」
なんとなく、いつかの第7師団の兵営に火をつけたことを思い出した。
今回は鰊番屋に火をつけて、女将に自ら刺青人皮を取り出させるという狙いなわけだ。
なんで他所の家のドロドロした話を聞かされているんだろう。
日泥父には種がないとか、息子の父親は別の男で、妾の孕んでる子の父親は息子の方の種だとか。
息を吸って吐いてと繰り返す。落ち着かない。気分が悪い。
どっちもどっちだろう。
日泥の方も妾を囲っている。妻の浮気を責めることは出来まい。
「ふ……」
何わろ。
落ち着かない素振りを見せれば、一緒に隠れている尾形に笑われた。
鼻で笑うという笑い方ではなく、微笑み程度の静かな笑い方ではあった。
日泥父が女将を殴り殺そうと、こまざらいを振り上げたところで体が自然と動いた。
こまざらいが振り下ろされる直前で掴み止める。
「あぁ!? んだテメエ!!」
日泥を殴り飛ばす。日泥の体は大きく跳ね飛んでいく。
こまざらいを握りしめたまま、眉間を抑えた。何をしているんだろうな私は。
「あ、あんた! あたしを殺そうとしたのかい!? なんて奴!!! 誰のおかげでこの町でデカイ顔が出来たと思ってんだい!!!!」
「おい、刺青人皮を渡せ」
「何をバカなことを──ひ、ヒィ!!!」
手を差し出して、女将に指示を出す。
吹っ飛んだ日泥から今度は私を振り向いて、女将が怒りの矛先を変えようとしたところ女将はサッと顔色を青褪めさせた。
素直に渡さなかったら、悲しいけど殺すしかない。
腕の筋肉を動かしながら、女将の抱える刺青人皮を指さす。
「刺青人皮」
「お、おっ母! とっとと渡しちまえよ! こいつ殺す気だ!」
「うるさい! 黙りな、新平! 誰が渡すもんか!!! ていうかあんたは誰なんだい!! 急に出てきてッ、え」
私が首をへし折る前に女将の額に穴が空いた。血液が飛び散って、銃声が響く。
梯子を上った中二階から尾形が発砲したらしい。
続いてもう一発。今度は日泥の額を撃ち抜いた。
「見張りに徹するんじゃなかったんですか、英作殿」
「見るに堪えねえだろ、こんなの。おいお前、さっさと消えな、おっ母みてえに殺されたかねえだろ」
「ひ、ヒイイ!」
真っ青を通り越して、真っ白になってしまっていた日泥の息子へ声をかけた。
小さく悲鳴を上げながら、息子は番屋から逃げ去っていく。
話を聞いた限りで、息子には自分の種の始末はつける気があるようなので、その背中を見送った。
「あなたが飛び出すとは思いませんでしたよ」
「飛び出す、というかなんというか。息子の前で母親を死なすのはどうにもな。寝覚めが悪くなりそうだろ」
「…………っふ、ハハッ。さすがは英作殿、全く、お優しいことで……」
何がおかしいのか。尾形は目を伏せたまま肩を震わせる。
何か大量の含みが込められている気がする。
「まあ、結局おまえが殺してるから意味はなくなったけどな。ほら、お目当ての」
「ええ、確かに」
女将の手から刺青人皮の入った箱を拾い上げて、尾形へと渡した。
箱の中身を確認して、場所を移るかと思いきや尾形は囲炉裏の前に座り込む。
「逃げないのか」
「ええまあ。床屋の前で見かけた爺さんどもに用事があるんです」
「用事ぃ?」
「今度はちゃんと静かにしといてくださいよ、英作殿」
幼子にでも言い聞かせるように言われてしまい、肩をすくめた。
そして遅れてやって来た日泥についていた爺さんたちへ、尾形が口の端を吊り上げる。
「どんなもんだい」
かわいい。
遅れて現れた老人が土方歳三だと尾形が言っていて、二人の会話を尾形の斜め後ろから聞きながらテンションは爆あがりマックスだった。
だってあの土方歳三ぞ!?
そんな思考を遠くに切り離して、どうにか顔には出さないでいられたと思う。
いやあ、あの土方歳三がねえ。この時代にまで生きているなんてにゃあ。
「腕の立つ用心棒はいらねえかい」
「その後ろのは」
「なんてことのねえ弾除けさ」
弾除けか〜〜!!
別にいいけどね〜〜〜!!
なんか聯隊旗手思い出して嫌だな〜〜!!!
そうして尾形とともに土方一派と合流した。
弾のない歩兵銃を肩にかけ直す。
私の装備は弾のない歩兵銃に、鈍な銃剣のみ。あまりにも心許ない。
少し後ろを歩いていた尾形を振り向く。すぐに目が合った。
振り向くとは思わなかったのか尾形の黒目が点となっている。
尾形の方へ手を差し出す。するとビクリと尾形の肩が揺れた。
「おい銃剣よこせ」
「……」
「どうせ使わんだろ」
「はあ…」
狙撃がメイン武器の尾形に銃剣はほぼ無用の長物である。
勿論接近されたなら白兵戦もこなさねばならないが、側に私がいるのならそれは私の役目だ。
狙撃手が狙撃に集中できるように努めるのが観測手の仕事だからね。
渋々というふうに尾形は私の手に銃剣を乗せた。
落ち着いたら元の銃剣を研ぐからそれまでは、こっちを使おう。
いや茨戸でもそうすりゃよかったわ。
水辺を通った。
人里離れて山の奥へ奥へと進んでいく。茨戸から南に向かった。
ちょうど札幌の近くかな。
頭の中で現在地を確認しながら移動を続けた。
そして辿り着いた隠れ家にて、遅れて現れた大男はパッと見て強いと分かった。体格から違う。
「牛山辰馬だ。で、おまえらは」
「私は英作、こっちは尾形。そこの爺さんに拾われた」
「おいおい…北鎮部隊じゃねえか、大丈夫なんだろうな……」
好奇心を刺激され、手のひらを差し出す。
「……」
牛山が手を握り返して、握手を交わした。
ジッと、握り合ったまましばらくお互いに見つめ合う。
牛山の目がキラキラとしている。
手のひらから体幹が伝わってくる圧倒的な強さ。わかるぜ牛山。
アンタも同じ気持ちなんだよな。俺もだ。俺もアンタの強さをもっと知りた──。
「おい、いつまでしてんだ」
尾形に「なんだコイツらキショ……」という目で見られて、渋々と手を離した。
それはともかく牛山の身体…いい……。実にいい。
鍛え上げられた鋼のような身体に、それを長年続ける鋼鉄の意思。
正直、部下に欲しい。是非とも組み手をしたい。
「なんですか、尾形さん」
「……」
ジッと視線を感じて、振り向けば尾形が私を見ていた。
問いかければ無言でそっぽを向かれる。一体全体なんだと言うんだね。
土方と尾形との会話で、網走の囚人たちに刺青を彫ったのっぺらぼうがアイヌに成りすましたパルチザンだろうという情報を聞いた。
その目的がアイヌの金塊を民族のために掠め取ることだとして、殺したアイヌたちへアイヌの弔いをするだろうか。
尾形の言う通り懺悔という感情もあるのだろうが……。
ていうかコレ、多分前世で一度読んでるんだけどな〜!!
でも流石に20ウン年前に読んだ漫画の内容とか覚えとらんわ〜〜!
のっぺらぼうが間違いなくアシㇼパのアチャであることは覚えている。
「つまりのっぺらぼうは極東ロシアの独立戦争に使うためアイヌの金塊を樺太経由で持ち出そうとして失敗したのが今回の発端なわけか」
んー……。
北海道は日本なんですけどねえ?
この爺さんと蝦夷共和国とか言ってるしさあ。
パルチザンが何を勝手にしやがろうとしてんですかねえ?
出て行ってくれませんかねえ……私の日本から……。
一般軍人思考で考える。
一般軍人思考ってなんだろう……分からない。
そもそもこの段階で目的も分からず信用もクソもない尾形に土方が正直に話すとも思わない。
むしろ誤情報を尾形へ流して撹乱させるのが目的くらいに思っていた方がいい。
「なんか大変だねえ」
「……」
火鉢で手のひらを温めながら呟けば、尾形になんだコイツという目でまた見られた。
そのあと土方からお小遣いを貰い、札幌の鉄砲屋で無事に実包を手に入れることが出来た。
銃剣も研いだ。戦いの準備は完璧である。
「尾形はさあ、将校になりたいって言ってたじゃん」
「ああ? ……ああ、まあな」
夕張に向かう道すがら、尾形へ話しかける。
土方一派の隠れ家で滞在中に話をしようしようとは思っていたものの中々きっかけを掴めずにいたのだ。
「将校になるっていうんはさ、少なからず部下たちの指揮を取らなきゃいけないってことなのよ」
「ああ……」
「孤高ぶってる尾形くんに出来るのか、ちょっと疑問なんですけど〜」
「…………」
ツイツイと尾形の頰を人差し指でつつく。
顔は前を向いたまま黒目だけを器用に動かして睨みつけられた。
無表情である。こわいこわい。
尾形の手が動き、頰をつついていた人差し指が掴まれる。
そのまま握力で握りつぶされ、思わず悲鳴が出た。
「いたいいたいいたい」
「うるせえんだ……テメエは……」
「その根暗っぽい三点リーダーやめろよ! そういうところだぞ! あぁっ! 力込めんな!!」
「これ俺もいるってこと忘れてるね……?」
牛山の呟きも聞こえていたんだけど、握りつぶされそうになっている手の保護の方を優先した。
そしてそのまま札幌ら辺にあった土方の隠れ家から夕張へ向かっていった。
(いつまで潰されてりゃいいんだ、私の手ぇ……)
(コイツら手ぇ離さねえな……)
「…………」