勇作殿の片割れは即断即決裏目ボーイ   作:あん仔

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未完成

 

 

 

「………」

 

 

 髪を何度も撫でつけながら、尾形は距離を取ろうと壁際に追い詰められている。

 

 

「あ、兄さま…! そのお怪我はどうされたのですか? もしや宇佐美上等兵に? それから英作と何か話しましたか? ああ捲し立ててしまって申し訳ありません、兄さま。こうしてお会いするのも随分と久しぶりですから、つい──こうしてまたお会いできて勇作は嬉しいです、兄さま」

「………」

「ああ、兄さまも同じお気持ちなのですね」

「………」

 

 

 ふふ、とはにかむ勇作。無言のまま尾形はごく僅かに首を縦に動かして見せた。

 そんな瞬きのタイミング次第で見逃してしまいそうな反応に勇作はさらに破顔する。

 

 

「すげぇ…! やっぱすげえぜ! 勇作! あの尾形を追い詰めてやがるっ!」

「勇作、は英作の双子の兄で尾形のもう一人の異母弟、なんだよな? 話には聞いていたけど……本当にそっくりだ…」

 

 

 そんな二人の様子に状況を忘れて拳を握る杉元に英作周辺の交友関係をどうにか頭に浮かべて目を丸くするアシㇼパである。

 しかしそうこうしている内にも工場内に煙が広がり続けている。一息ついていられる場合ではない。

 

 

「やばいぞ、あっという間に煙が充満してきた…!」

「出口の位置は分かっているからわたしについて来てくれ、案内しよう」

「助かるぜ! 行こう、アシㇼパさん」

「あ、ああ」

 

 

 再会により緩んだ空気から一転、勇作を加えた一行は真剣な面持ちで廊下を進み始めた。

 ふと曲がり角に差し掛かったときである。

 

 

「ぐはっ」

 

 

 曲がり角の向こうから現れた門倉と杉元が正面衝突をした。杉元の体幹に押し負け、びしょ濡れの床に、門倉はあっさりと投げ出されてしまう。

 

 

「門倉……」

「おわっ」

「それ、おまえが預かっていたのか…」

「一部だ!」

 

 

 門倉の持っていた刺青人皮もともに投げ出され、グッショリと濡れたそれを門倉が慌てて同じく濡れたシャツで拭おうと動く。

 

 

「出口はあっちです、急いで!」

「あ、英作、出口の場所わかってんの? たすかる〜!」

「ゲホゲホッ」

「アシㇼパさん、大丈夫?」

 

 

 階段の方へ向かう勇作のハキハキとした声が響く。声の方へと門倉が進み、アシㇼパと杉元に背を向けた。

 その背に彫られた刺青にアシㇼパと杉元が気付いた。

 背中だけの筋彫りだというソレは、のっぺら坊が24番目に彫られた最後の暗号なのだと門倉は説明をした。

 

 

「……」

 

 

 その様子をジッと尾形が見つめている。

 勇作の案内があるものの、煙の広がり方が早かった。すぐに視界は塞がれてしまう。

 

 

「杉元! いるのか!?」

 

 

 煙の中、出口の方から白石の声が聞こえた。

 

 

 

 ★

 

 

 

 英作はしきりにロシア人の存在を気にかけていた。狙撃手の存在が厄介となるのは、どこの戦場でも同じことだろう。

 命令通りにアシㇼパたちと合流はしたが、あのロシア人の所在が不明のままだ。

 最初の命令は確かにそうだった。英作であればどう考えるかを思考して尾形は38式を構える。

 勇作は勇作で煙によって視界不良の建物内で、どうにか出口に杉元たちを先導しようと必死だ。

 

 煙の中に大きな人影が見えた。

 

 咄嗟に銃口を向ける。銃身を掴まれ、そのまま壁へと叩きつられた。どんな馬鹿力だと、尾形は衝撃に大きく空気を吸い込んでしまう。

 

 

「ッかは」

 

 

 煙を吸い込み咳き込む尾形の視界で長い黒髪が揺れている。海賊房太郎が冷めた目で尾形を見下ろす。

 迷いもせず38式歩兵銃を蹴り上げると、海賊は尾形に背を向け杉元たちの方へと向かった。38式は尾形の手を離れ、床を転がって遠ざかる。

 

 

「兄さまッ……!?」

「ボウタロウ……お前、助けに来てくれたのか……!」

 

 

 海賊の姿に杉元が声をあげる。海賊の手がアシㇼパを抱え──、いつのまにか手にしていたショベルで杉元を叩きつけた。ショベルの柄が折れ、

 

 

「貴様ッ! よくも!!」

「ッ!」

 

 

 横から勇作がタックルする。海賊は折れたショベルを放り投げると腰に差していた拳銃へ手を伸ばした。

 その背中を折れたショベルの刃先を拾った門倉が殴りつけるも、振り向きざまに蹴り飛ばされる。海賊の視線が門倉へと注がれる──それも一瞬のこと。

 銃剣を構えた杉元がその肩を差し貫く。ほぼ同時に勇作が海賊の腕からアシㇼパを助けだした。

 

 

 ダァンッ。

 

 

 杉元が発砲する。

 海賊の肩から鮮血が散った。勇作はアシㇼパを降ろし、その背中を押すと再び海賊と杉元との間に立ち塞ぐ。

 直後勇作の軍服を海賊が掴みあげた。

 

 

「ゲェホッ、杉元ッ…!! きみはアシㇼパちゃんを連れていけ!!」

「ッ!」

 

 

 負けじと勇作も海賊の腕を掴む。海賊と掴み合い咳き込みながらも勇作が杉元へと叫んだ。

 ハッとした表情に変わり杉元が頷いた。そしてアシㇼパの元へと駆け出した。ショベルの刃先に張り付いた刺青人皮を回収し、二人は遠ざかる。

 

 

 その背に忌々しげに見送り、海賊は勇作を睨みつける。

 険しい顔で二人は揉み合う。

 ジャキン。

 弾薬の装填される音が大きく響いた。海賊の意識が背後へ向かう。

 

 海賊へ銃口を突きつけているのは当然──尾形だ。

 

 血の塊を吐き出す尾形の姿に海賊の口の端がわずかだが持ち上がる。そんな海賊の襟首を勇作の手が握り込む。

 

 

「アッ」

 

 

 ヤベッと小さく海賊の声が響いた。意識が尾形へ移った一瞬。

 現役士官である花沢勇作が、その一瞬を見逃すはずもなく──勇作は海賊の足を払う。

 一歩。

 海賊の胸へ背中側から踏み込み、一息に海賊の身体を床へと叩きつけた。

 ズダァンッ!!!

 

 

「がふっ」

 

 

 床が揺れる。

 叩きつけた海賊を見下ろし、勇作が尾形を振り向く。その奥──窓の向こうで閃光が瞬くのに尾形だけが気がついた。

 

 

 ── 一発でも撃ったならば尾形は、その瞬間に〝やつ〟の場所を特定できる。その自負がある。

 

 

 尾形の脳裏を瞬時に駆け巡るのは、未だに決着のついていないロシア人の存在とその狙い。

 そして英作と勇作というよく似た双子のことである。

 

 

 ──あの狙撃手は英作を狙うだろう。ここに来るまでの道中で、俺と殺し合うには何より先に英作を殺してしまわなければ必ず邪魔となることを理解したはずだ。

 

 

 つい数分前までの己の考えが蘇る。

 

 ──()()は、やがて愛の喪失により真に軍神として『完成』するのだ。

 

 

 

【さて、私 を真に完成させるのは、一体どちらだろうなあ?】

 

 

 いつのまにか背後に佇む幻覚が囁く。

 

 

(クソがっ!!)

 

 

 完成などさせてやるものか、と尾形が動く。

 

 シュパァッ。

 

 

 窓が割れ、ガラスとともに鮮血が飛び散った。

 

 

 

 

 

 

 兵士たちが宇佐美へ応急処置を行なっている。

 

 

「花沢少尉。写しを」

「ええ、鶴見中尉」

 

 

 差し出された鶴見中尉の手のひらへ刺青人皮の写しを置く。

 渡す寸前に手首を掴まれ、引き寄せられた。カチ、とすぐ目の前で鶴見中尉の歯が鳴る。

 

 

「それで英作殿と話は出来ましたかな?」

「……ええ、少しですが……話し合うまでには至らず……」

「さようで……それは、残念ですな」

 

 

 真っ黒な瞳に私の顔が写り込んだ。

 軍帽を目深に被っているとはいえ、この距離で気傷の位置に気づかないはずもない。

 

 

「ところで勇作殿、あなたに弟君が殺せますか?」

「…!」

「ここまできて戻らないところを見れば弟君は向こうの手に落ちたとするべきでしょう、我々と道を同じくするにはもはや……」

「そんな! ……鶴見中尉殿」

 

 

 伏せていた顔をあげ、改めて鶴見中尉の手を握り返した。ギョロリと私を見つめる鶴見中尉を真っ直ぐに見つめる。

 

 

「必ずや英作はわたしが説得してみせます。だからもう一度猶予をいただきたい!」

「……ほほう」

「脱走兵であれ弟とて国の未来を憂う軍人です。鶴見中尉殿の〝目的〟を知るならば、きっと何が最善であるかも理解してくれるはずなのです……!!」

 

 

 なんて冷たい手だろう。

〝勇作殿〟の言葉に鶴見中尉の目が酷薄に細められる。

 

 

「では、いま一度英作殿の説得は花沢少尉にお任せいたしましょう」

「ああ……感謝します、鶴見中尉」

「期待しています」

 

 

 すげなく手を振り払われた。

 私に背中を向け、部下へ指示を出し始める鶴見中尉をなお見つめる。

 お互いにお互いの正体を気づいていながら、なんとも白々しい。

 

 

「勇作少尉」

 

 

 集まった兵士の中にいた知った顔に声をかけられた。橋場である。

 

 

「酷い怪我です。止血をいたしましょう」

「ああ、ありがとう橋場軍曹」

「いえ、仕事ですので」

 

 

 慣れた手つきで橋場に止血をされていく。

 鶴見中尉は部下を引き連れ、絶賛大火事真っ最中の建物に向かうようだ。あそこにアシㇼパがいるならそうせざるをえないだろう。

 なんであれ、金塊を求めるのならばアシㇼパの存在が必要になる。

 

 

「俺が戻ったと皆に伝えろ」

「ッ!」

「共に地獄に落ちてくれ」

「勿論です」

 

 

 声をひそめて囁く。

 わずかに目を見開いた橋場は、すぐに表情を変えると短く頷いた。

 日露とも毛色の異なる、戦友の血ばかりが流れる戦争になるだろう。

 悲しいが必要なことだ。戦争の気配はもはや目前にある。いけないことなのに沸き立つ心を抑えきれない。

 

 橋場の肩を叩き鶴見中尉の元へと向かった。

 

 

「アシㇼパ確保! 全員で死守だ!! 鉄壁の守りでここから撤収する!」

 

 二階堂がアシㇼパを捕まえ、鶴見中尉たちと撤収をする。引き際をわきまえている。

 アシㇼパが捕まってしまった。尾形と勇作……杉元たちはどうなっているのか。多少の心配はあるが、あいつらだって軍人だ。きっとどうにか無事でいるはずだ……戦争への高揚と同時に沸き起こる心配をどうにかやり過ごす。

 守られてばかりの奴らじゃないさ。そうだろ?

 

 






お久しぶりです……。戻ってきました……。
書くのも久しぶりすぎて色々忘れているので、書き直すかもしれませんがしばらくお付き合いください……。
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