勇作殿の片割れは即断即決裏目ボーイ   作:あん仔

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 咄嗟に体を動かすとして、勇作や英作などのように体当たりをするよりは指を動かして引き金を引く方が尾形にとっては早かった。

 行動の是非はともかく、そもそも狙撃手である。慣れ親しんだ動きの方が〝咄嗟〟に出やすいのは自明だ。

 

 小さな悲鳴とともに勇作が床に倒れ込んだ。穴の空いた太ももを抑えている。

 一拍遅れて、ヴァシリの狙撃により割れた窓ガラスが雨のように降り注ぐ。

 気づけば海賊の姿がない。どうやらこの数瞬のどさくさに紛れて逃げたようだ。

 まともに呼吸さえできれば杉元がどうにかするだろう。

 そう判断して尾形も射線から逃れるように窓の下へとしゃがみ込んだ。

 そうして、しゃがみこめば煙の量も多少は柔らぐ。

 

 

「あ、兄さま……」

「謝りませんよ、俺の助ける方法は選択肢が豊富ではないんです」

「……はい、ありがとうございます、兄さま」

 

 

 尾形の放った銃弾により太ももを抑える勇作のもとへしゃがんだまま近づくと、簡単な止血を施す。

 

 

「とりあえず移動しましょう」

「はい兄さま」

 

 

 しゃがみ込んだまま、尾形は髪を撫で付ける。匍匐で移動を始めた尾形のあとを勇作もついていく。

 

 やはり先にロシア人を殺さなければ、勇作に扮して鶴見中尉と合流した英作の元へ近づくこともできないだろうと結論が出た。

 そもそも尾形との決着に執着していたあのロシア兵の様子から、はなからわかりきったことではある。

 

 

「俺はこれから英作殿の命令を遂行するつもりですが……、勇作殿はどう動くおつもりで?」

「……そうですね、できればこのまま兄さまとご一緒したいのが本音ですが……、ここまで来ればわたしも英作の都合がいいように動くべきでしょう」

 

 

 上の階よりはいくらか煙の周りが遅い地下まで移動し、尾形が勇作へと問う。

 

 

「というと?」

「この国の行く末を真に憂うならば、現況でするべきことは一つきりです」

 

 

 普段尾形に接するさいののほほんとした様子とも違う面差しで勇作が断言した。

 小さく息を吐き出し、尾形は髪を撫で付ける。

 

 

「なるほど、さすがは双子だ。以心伝心というわけですか」

「そうであれば嬉しいですが……英作の考えることはわたしにもわからないことばかりで」

「いいです。つまらんことを言いました……ではお互い別行動で構いませんな」

「ええ、仕方ありません」

 

 

 今後の動きに対する短い相談を交わす。

 尾形はロシア人の狙撃を警戒し、その対処──最初に英作からの命令を完遂すると宣言した。勇作は勇作で、少し悩み再びアシㇼパと杉元のあとを追うと話した。

 

 異母兄弟の二人はほんの一瞬視線を交わし、そのまま別行動を開始した。

 

 

 

 ★

 

 

 

 アイヌの頭巾で猿轡されているアシㇼパと目が合う。わずかに眉間に皺が寄り、なんでお前がここにいるとでも言いたげだ。

 

 

「月島軍曹、少し拘束を緩めては? アシㇼパさん…だったかな。その子が苦しそうだ」

「申し訳ありませんが、それはできません。万に一つも逃すわけにはいきませんので」

「これだけ兵士に囲まれて、その子一人に何ができるわけもないだろう……」

「その命令は聞けません」

「勇作どん! アシㇼパは非力でも杉元がいる、警戒はしすぎるくらいでちょうどいい」

 

 

 勇作ならこう言うだろう。たとえ状況がそんな余裕のない逼迫したものであってもだ。

 スン…とした面持ちの月島にツレなく首を横に振られ、横から鯉登が突っ込んでくる。へえへえ、私だってそれくらいわかってますってぇの。

 

 

 さて向こうはどうなっているのか。またしてもアシㇼパと離れされたのだ、杉元は死に物狂いで追ってくるだろう。

 瞬く間に薄野地区の消防組の見ぐるみを剥がして、ポンプ車とその装備を奪った。なんて鮮やかな強盗。まるでどこかの不死身が気球を奪ったときみたいだ。

 

 

 馬の背にちょうどアシㇼパの入っていそうなサイズのずた袋を乗せ、いざ撤収が始まる。

 

 

 撤収を始めてすぐに近づいてくるエンジン音が聞こえた。ビール瓶の形をしたトンチキ車に乗った杉元たちが追ってきている。

 

 

「追ってが来た!!」

「食い止めて撃退しろ!!」

 

 

 兵士の報告に鶴見中尉が短く指示を出す。

 すぐさま兵士たちが歩兵銃を取り出し、構えた。なんでよりにもよってあんな派手な車に乗っているのか。

 そもそもこの時代じゃ車はまだまだ珍しい部類だったか。そういやそうだった……。

 ……君ら本当に運転できるの??

 

 

「行け!!」

 

 

 鶴見中尉の号令で周囲を囲んでいた馬が散り散りに逃げていく。

 当然だが、鶴見中尉が自らを心服する部下であれ他の者に最も重要なモノを任せるわけもない。本物のアシㇼパはポンプ車に乗せられている。

 結局自分で行うのが最も効率的かつ信用できると判断する。たとえ馬の方が足が速いとしてもだ。ああ、わかる。鶴見中尉もそういう人間だよな。

 なんちゃってカーチェイスが始まった。

 護衛の一人としてポンプ車に残り、背後に迫る杉元一行withビール車へ向かって拳銃を構える。

 ハンドルを握り目を丸くする白石と目が合った。

 え〜〜本当に私がやらなきゃなのお〜???

 白石とは結構仲良くなれたから殺しづらいぜ〜〜!!!!

 

 

 まあ撃つが。

 

 

 パアンパアンと銃声が響く。不安定な足場のせいで弾はあえなくビール瓶車の車体に当たってどこぞへと飛んでしまった。もちろんわざとである。

 白石を押し除けている海賊の姿が見えるが、そもそも外してやってんだ。鶴見中尉に撃たれたようだが、すぐに治療をすれば死は免れるだろう。

 

 

「追ってこれないようです」

「よし」

 

 

 失速していくビール車に、注意を前方へともどしかけた。

 視界の端で人影が動く。振り返るとすぐ眼前に銃身ががが。

 

 

「うおッ!」

 

 

 車を飛び移っていたらしい杉元が歩兵銃で殴りかかってきた。こら!!

 つーかこっちに私がいるってことで察してほしい。

 隙を見てアシㇼパと逃げてくるって!!! なあオイ!!!!!

 

 

「不死身の杉元」

「アシㇼパさんを返せ!!!!!!! テメエら全員地獄に直行させてやるッッ!!!」

 

 

 馬のりになって押さえつけられている。どうにかやり返そうにも、狭い上に足場が悪すぎる。

 顎を押さえつけられ、車輪へと向かされる。あっぶねえなあ。

 これ私だと認識できていませんねぇ!!?

 んも〜〜アシㇼパに何かあると杉元ってば、すぐにプッツンしちゃうんだからぁ!!!

 

 

「地獄行き大いに結構。んなもんとっくに覚悟済みだ」

「エッ、えいさ──」

 

 

 押さえつけられながらニヤリと口だけで笑い返せば、杉元の目に光が戻った。遅い!!

 その一瞬の隙に、杉元の体を蹴り落とす。ゴロンゴロンと転がっていく杉元を見送り、ようやく体を起こせた。

 やっぱりいつ何時も冷静であることが何より重要よな……。頭に血が昇っているとどうしても、今後につながる機会を逃す可能性がある。

 

 別の路地から銃撃の音。

 

 

「あちらは鯉登少尉たちの方か……行くぞ、()() 殿」

「もちろんです、鶴見中尉……」

 

 

 どこまでも白々しい鶴見中尉へ私も同じように返す。

 そこからロシア人たちとの銃撃戦に加わり、鯉登と月島らとともにひとけのない教会へとたどり着いた。

 アシㇼパとともに、彼女を追ってきたふくよかなロシア人女性を教会へと運び込む。

 ついでに女性のおとしたマキリを拾った。どこかで見覚えがある……キロランケのものだったかな?

 となると、女性の正体もパルチザンか?

 ありそうだ、と一人で答えを出す。だって誰にも聞けないし……。

 

 隙を見て、アシㇼパを……と思ったが隙はそうそう生まれなさそうだな。は〜困った困った。

 杉元がまたくるかな?

 

 

「鯉登、月島、二階堂たちは別れた部下たちを探してこい。追跡者を排除するまで決して教会には戻ってくるな」

 

 

 外へ警戒をしながら、鶴見中尉の指示を聞く。どうやら旭川から応援の部下たちが到着するまではここで身を潜めるようだ。

 この機会に橋場がうまいこと連絡を回してくれているといいが……さて間に合うか。

 

 

「勇作少尉には外で待機して、教会を見張ってもらいましょう。万一近づく者がいれば……今度こそ殺していただきます」

「はい、もちろんです」

「鯉登たちが戻ってきても教会には近づけないでくだされ」

「はい」

 

 

 一体なんの話をしたいんだか、と私も教会の外へと向かう。教会の正面玄関を閉めて、そのまま聞き耳を立てる。

 鯉登たちすら近づけずに内密の会話がしたいとなったら、そりゃそうよ。もちろん、そんなことは鶴見中尉も織り込み済みだろう。

 

 

 穏やかな声音でアシㇼパへと語りかける鶴見中尉の声が聞こえる。

 こうして勇作のふりをして第七師団と行動を共にする理由の大半だった橋場への伝言はすでに叶っている。

 では何故、まだ残るのか?

 アシㇼパの奪還も後付けにはなるが、残る理由の一つである。だがそれ以前の動機として、鶴見中尉という人間の底が見たかったというのが本音となる。

 

 くだらない未練にすぎないそれを、本人の口から聞きたかったのだ。

 それがいま、明らかと──まあ鶴見中尉には聞き耳をたてている私のことなどお見通しであろうし、ここで語るモノもどこまで真実であるかはわからないがそれでも、だ。

 

 ああ、どこまでもくだらない未練だ。くだらないからこそ、ここで決着をつけられたらいい。

 静かに息をひそめる。鶴見中尉の語る金塊争奪戦の始まりの話へと耳を傾けた。




次回、英作の前世の話を少しだけする予定です。チキったらカットします……。
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