勇作殿の片割れは即断即決裏目ボーイ   作:あん仔

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ゴールデンカムイ

 ──前世からの未練がある。どうしようもないほど魂に刻まれた執着がある。

 

 

 自分の名前が嫌いだった。

 だから仕事では母が好きだった花の名を使った。

 自分の容姿が嫌いだった。

 何度も聞かされてきた父に似ているという黒髪は母と同じ金色に染めてしまって、それでも瞳の色だけは母と同じ青い瞳だけは、それだけは気に入っていたのだ。

 

 

 鏡に映る、毛先のパサついた金髪の青い瞳の女を見つめる。

 ああ……美しかった母とは似ても似つかない。母の薄い化粧が好きだった。柔軟剤の優しく微かな甘い香り、短く整えられていてほんの少しだけ水仕事で荒れた指先が好きだった。

 私も母のようになりたかった。けれど鏡の中で私を睨みつける女は、そんな母とは似ても似つかない。なんと醜い女だろう。

 

 けれどこの国で、歳を重ねるにつれ思い知った。

 顔を覆う化粧は武器である。長い爪を彩るネイルは毒。身体に纏う香水は身を守る盾そのものだ。

 

 

 どうか、どうか私を見ないで。

 私に触れてくれるな。

 

 

 日本人という単一民族が支配してきた日本という国で他国の血を引く女というのはそれだけでなんとも生きづらかった。

 母は遠いロシアの地で生まれ育ったロシア人だった。

 伝え聞く父は日本人であるそうで…日本人の血が半分流れているとはいえ、この国で私はどう足掻いても外国人なのだ。

 

 

 母の人生は壮絶なものだった。

 その悲劇はウラジオストクで母が日本の留学生と知り合うことから始まる。

 

 母は私を孕み、父となるはずの留学生は母を置いて国へと帰った。捨てた男と捨てられた母子。ただそれだけのどこにでもある悲劇になるはずだった。

 

 だが母は諦めなかった。捨てられたと認めなかった。産まれたばかりの私を連れて日本を目指した。

 特別な技能もない子供連れのロシア人が日本で永住権を手にするのは難しい。

 困った母は、ロシアで出会った日本人の男と結婚をした。

 そしてそれが私の記憶の中にある〝父〟の姿となる。

 日本人配偶者として永住権を手に入れて、母は日本へと入国した。

 

 そうして関係を持った養父は最悪な男だった。

 パチンカスの大酒飲み、酔えば暴力さえ振るった。

 母が日本にいることにこだわっていたから、逃げるはずがないとたかをくくっていたのだろう。

 事実、母は耐えた。

 日本は私のもう一つの故郷だから、と私から故郷を奪いたくない、と。

 でも、そんなこといったい誰が望んだの。

 

 

 

「ロシアに帰ろうよ、ねえ! こんな国であんな男と一緒に暮らしたくない! ねえ、マーマ! お願いだから!」

「……×××、そんな悲しいこと言わないで。この国はあなたの本当のパーパが生まれ育った国なんだから、それに、もしかしたらいつか、あなたもあの人が迎えに来るかも……」

「馬鹿じゃないの!? マーマと私を捨てた男だよ!? 会いになんてくるわけないじゃん!」

「ごめんね、×××」

 

 

 母は迎えに来るはずだと信じだかったのだろう。

 そうして信じたいことを信じた母は、報われることなく死んでいった。

 

 

 ──たかだか血の繋がりごときになんの意味がある。母があれだけ信じたところで父だという男は迎えに来やしなかったじゃないか。

 

 

 

 

 前世がよぎり、ギリ…といつの間にか食いしばっていた歯が軋んだ。

 教会の中では今まさに鶴見中尉が、かつて長谷川という男としてウラジオストクで妻子を失ったこと、ウイルクとキロランケとの間に起きた出来事について語っているところだ。

 

 妻のフィーナに、娘の×××。

 十七年前という鶴見中尉の言葉に安堵する。そうだよ、ここは明治だ。かつての私が生きたあの時代とは何もかもが違ってるのだ。

 偶然なんだよ。ただあまりにも名前が同じで私が勝手に重ねているだけに過ぎない。

 

 あり得ないと知りながらも、同時にそうであって欲しいと願う自分がいる。

 どうしたって妄執だ。そして捨てきれないから未練なのだ。

 

 

「さらに言えば……フィーナと×××も」

 

 

 細く息を吐き出す。

 切り替えろ。切り替えろ。重ねるな、すがるな。

 

 

「フィーナは勘のいい女性だった。私がただの在留邦人ではないと気づいていたと思う。それでも離れなかったのは私の愛だけは信じて信じてくれていたからだ」

 

 

 軍刀に触れたままの手が震えた──全く関係のない話であるはずなのに。

 

 

「二人の骨も今日まですてられなかった。諜報活動を命じられた軍人として失格だ。『家族を愛してしまったがゆえに弱くなった』と考えればウイルクを理解できなくもないが……」

 

 

 鶴見中尉が言葉を切る。

 

 

「これは娘…×××の頭の中から見つかった弾丸だ」

 

 

 おん?

 流れ変わった?

 

 

「そう……これは、あのときあなたが持っていたベルダンの弾じゃない。ユルバルスの使った機関銃でもない。拳銃の弾だ」

 

 

 窓から教会の中を窺う。

 長椅子に並ぶアシㇼパとソフィアという女性たちに小さな何かを見せつけるよう掲げている。

 

 

「秘密警察の持っていたS &Wロシアンは44口径でこの弾より少し大きい。ウイルクが持っていたのはシュミットM1882 7,5ミリ弾……つまり私の妻と娘を撃ったのはウイルクだ」

 

 

 おおっと……。

 鶴見中尉の断言に額を抑える。うーんうーん、こりゃまた……業が深い。

 以前キロランケの言っていた意味をようやく理解した。まじでやべえやつなんだ、アシㇼパのアチャって……。

 そこで殺っちまったのかぁ、あっちゃあ……アチャだけに、なんつって。そんな場合じゃねえわな。

 

 

「×××とフィーナを殺したのはお前の父親だよ、アシㇼパ」

 

 

 遠目に有古一等卒の姿が見えて手を振り、正面玄関の取手へと手をかけた。

 

 

 

「全部…恨みだッタの? ×××とフィーナ殺した男、ウイルクの希望、私たちの未来アシㇼパ……メチャメチャに壊すために……」

「復讐ならば、いくらでも機会はあった。樺太で殺してもよかったし、網走監獄を砲撃で更地にすることだってできた。あくまで私の目的は日本国の繁栄である。ロシアの南下……他国の脅威から日本を守るために戦い続ける軍資金が必要だ」

 

 

 扉を開ける。ぎいと、扉は小さく音をたて、ゆっくりを開いていく。

 

 

「我々が進むべき道の傍らに自分の小さな小さな個人的な弔いがあるだけ」

 

 

 椅子に座る鶴見中尉と真っ直ぐに視線が交わる。

 

 

「満州で眠っている戦友たち、ウラジオストクで眠っているフィーナと×××。彼らの眠る土地が日本の領土になればという祈り──だがその個人的な祈りだけのために道をそらすなどということは断じてない」

 

 

 そらされることのない目に、笑みを返す。妻子の話はおそらく鶴見中尉……ではなく鶴見篤四郎という人間の本当の〝底〟に間違いないのだろう。

 いや、私がこれを偽りであると信じたくないだけだ。いつだって信じたいものを信じるのが人であるのだから、こればかりは仕方ない。

 

 

「日本の分断は軍人として私は許せない。父から金塊を託されたアシㇼパにはアイヌと和人の未来を選択できる──父親の罪を償えるのはお前だけだ」

 

 

 ここにきてようやく鶴見中尉の言葉を心から信じることができそうだった。

 似ただけの別人だ──それでもいい。今このときだけは都合よく解釈するさ。

 

 

 カチリとようやく、いまに何もかもが合わさる感覚がする。

 もうとうにこの生における己の役目をも定めているのだ。どこまでもくだらない女の未練など置いていく。

 

 

 私はクソみてえな人生を歩んで失望の中で死んだ×××ではなく、花沢勇作の片割れで、尾形百之介の異母弟だ。

 

 

 ──私はこの時代を生きる花沢英作だ。

 

 

 そうして鶴見中尉へと微笑んだ。

 

 

「!……キロランケや、ウイルクの危機感はわれわれ大和民族にとっても全く他人事ではないよ」

 

 

 鶴見中尉の肩がかすかに揺れる。この距離では額当てに隠れて細かな表情までは窺い知れない。はたしてどんな顔をしていることか。

 

 

「百年後の日本は他国によってすり潰されて消えているかもしれない。百年後だろうが百年前だろうが、この世界は弱肉強食……弱いものは食われる」

 

 

 ああ全くもって同感だ、と澱みない鶴見中尉の言葉に耳を傾けながら足を進める。

 

 

「触れる者に無惨な死をもたらし、どんなカムイよりも醜悪で凶暴で眩いほどに美しく黄金色に輝くカムイ──いわば…ゴールデンカムイか」

 

 

 長椅子の間を進んで、アシㇼパたちの座る椅子の背もたれへと手を置く。

 ソフィアが目を見開き勢いよく振り向いたが、アシㇼパは振り返らない。

 それどころではないのだろう。父親の犯した罪なんて、聞きたくもない真実だ。

 小さな背中に背負わせるにはいくらなんでも重すぎる。私ですらそう思うよ。

 

 

「金塊を放棄しろ、アシㇼパ。暗号の解き方はすでに知っているんだろう」

「アシㇼパ! だめ!!」

 

 

 鶴見中尉の言葉にソフィアが声を荒げる。

 

 

「中尉殿」

 

 

 本題に入るまでに随分とかかったな。

 これ以上は無駄だろうと、私は鶴見中尉へと声をかける。立ちあがろうとしていた鶴見中尉が動きを止めた。

 

 

「ここまであなたの話を聞いて、ようやくあなたを信じることができそうです。鶴見篤四郎さん」

「……そうか、ではお前はどちらを選ぶ? 花沢英作よ」

「ッ! 英作…!!」

 

 

 ここでアシㇼパが私を振り返る。やっと私に気がついたか。中尉の意識が私に──とは言えないか。きっと私の動きもアシㇼパからも意識をそらしたりはしないだろう。

 

 

「私とお前の目的は重なっている。そうだろう?」

「ええ、我々はどちらも軍人としての本懐を遂げようとしている」

 

 

 私の言葉に、ウンウンと鶴見中尉が頷く。

 

 しかしこのまま第7師団が離反すれば、中央はそれを放ってはおかないだろう。

 満州を手に入れて国力そのものを富ませることは何よりの課題であるが、それでも今の日本に内々で争う余裕はない。

 何周も遅れたこの状況で、早く欧米列強と肩を並べ、越えていかなければいけないというのに国を乱している場合じゃないのだ。

 そんなことは鶴見中尉だってわかっているだろう。

 

 

「我々は手を取り合える。だが別の道もあれば尚いい」

「ッ」

 

 ついさっき拾ったばかりのマキリを繋がれたままのアシㇼパの手に握らせる。

 

 何より今も生きる戦友たちの生存戦略のために。

 どちらかが死んだとしても残るどちらかが、残った第7師団の兵士たちを守れるだろう。

 

 

「なるほど……お前はそちらを選ぶか、残念だよ、花沢英作」

 

 

 静かな声だった。

 こうなると予見していたというように満足そうな微笑みを浮かべて鶴見中尉は今度こそ立ち上がる。

 片手をアシㇼパへと差し出し、鶴見中尉が異なる笑みをアシㇼパへと向けた。ニヤリと不気味に笑う鶴見中尉の笑い方だ。

 

 

「さあ暗号の解き方を教えなさい」

「教えなくていいんだ、アシㇼパ」

「ッ……!」

 

 

 私と鶴見中尉の言葉に、アシㇼパが目を見開き冷や汗を流している。

 

 

「父親の犯した罪を償えるのはお前だけだ」

「親の罪を子が償う道理なんてないだろう」

「ッ……ッ……」

 

 

 相対すると決めて、鶴見中尉に暗号の解き方を知られるわけにはいかないと出てきたわけだが、なんだか天使と悪魔みたいな状況になってしまっている。

 かわいそうに、とアシㇼパへと同情していると視界の端で鶴見中尉が素早く動く。意識を戻し、拳銃を抜いた。

 

 

「悩んでいるようなら、言い訳をあげよう」

 

 

 教会の床に落ちていた人間の顔の皮をソフィアへと被せたのである。

 おっと……?

 状況が読めず、一瞬思考がとまった。

 

 

「花沢英作に、ソフィアを助ける道理はないぞ」

「ッ……え、英作……」

「彼女はパルチザンだろう? 死んでももらって大いに結構、と言いたいところだが……状況が状況だ」

「フフ……──彼女は日本人ではないだろうに、ロシア人を救うために日本人を殺す気かな」

 

 

 うーん、耳が痛い。どうやら皮で口を塞いで窒息させているようだ。拘束されたままのソフィアが苦しみもがいている。

 軍人としての花沢英作に、ソフィアを助けることはできないわけだ。

 

 

「お、思い当たることはあるけれど、それはまだはっきりとは……」

「思い当たるという根拠は?」

「アシㇼパ教えなくていいって」

 

 

 さっさとソフィアを助けないとアシㇼパが暗号の解き方を鶴見中尉に教えちゃってる!?

 どーする!? (とりあえず撃って)いーよね!?

 

 

「私しか知らない、アチャのアイヌ語の名前…」

「それはなんだ、アシㇼパ。教えなさい」

 

 

 ええい状況に応じて判断できずに何が軍人。

 このままでは鶴見中尉に暗号の解き方が知られてしまう。結論を出し、鶴見中尉へ向けた拳銃の引き金へ指をかけた。

 

 

 ドガッ。

 裏手の扉が蹴り開けられ、歩兵銃を構えた月島が現れる。

 眉間に皺を寄せて、迷いのないそぶりで銃口を向けてくる。

 

 

「ホロケウオㇱコニ……」

 

 

 椅子の背へ身を屈めて月島へと発砲する。ほぼ同時に月島も発砲した。

 あっぶね! 私はともかくアシㇼパに当たったらどうする気だ!

 

 つーか暗号の解き方!

 暗号の解き方を知った鶴見中尉が銃撃戦に見向きもせず刺青人皮を広げて向かい合う。

 クソッタレ!

 ちょうど紐を切り終えたアシㇼパの両手が自由になり、すぐさま他のマキリを回収するとソフィアの紐を切り始めた。

 

 椅子の影に隠れながら、月島たちへと発砲を続ける。

 

 

「アシㇼパ、教会の外に味方がいる。そこまで走れ!」

「ッ、ああ!」

 

 

 皮をかぶったままのソフィアが長椅子を持ち上げ、月島たちの方へと放り投げる。

 どんな腕力?

 完全に暗号を解くのに集中し始めているらしく鶴見中尉はそれでもびくりとも意識を乱さない。恐ろしい。

 長椅子によって裏手の扉が半分閉じた合間に教会の正面玄関へと駆け出す。

 

 

「いけッいけッ」

「花沢少尉! 中で一体なにが!」

「いいからお前も行け!」

 

 

 待ち構えていた有古も追い立てて、教会の外へ──、すぐそばにトンチキビール瓶車が止まっていた。走り出した車にアシㇼパとソフィア、それから有古の尻を押し上げて乗り込ませる。

 

 

「英作ッ!! お前も早く!」

「いいから気にすんな! お前らは先に行け!」

 

 

 顔を青ざめさせて私の方へ手を伸ばすアシㇼパへウインクを返した。

 すでに車の奥で、馬に乗る尾形の姿を見つけている。

 私の視力の良さを舐めるなよ。明かりのほとんどない屋内でなければそこそこ遠くまで良く見える!!

 

 尾形ァ、いいタイミングだぁ!!!

 あとでキッスしてやる!!!

 

 地面に銃弾がめり込んでいく。追いついてきたらしい。いよいよ時間がないぞ。尾形のところまで走れ!

 

 

「尾形! ケツ乗せろ!!」

「は?」

「走れ!!」

「は!?」

 

 

 そうして馬のケツに飛び乗って、ギリギリの逃走劇となってしまった。もう少し私の思考が早ければ、スムーズにことは進んだろう。即断即決が長所って、もう履歴書に書けないかもな……。

 

 

「状況の説明は当然していただけるんでしょうなあ? 英作少尉殿?」

「あいあい、もちろんでありまーす。ところで尾形、勇作は?」

「そっちについても移動しながらゆっくり話しますよ……」

 

 

 

 なんだか尾形も疲れているようである。一晩のうちに色々あったからなあ。

 まだまだ一番の山場は残しちゃいるが……いよいよ金塊をめぐる争奪戦も佳境といったところだろうか。

 

 

 ゴールデンカムイ、ねえ。

 






5/13 追記 前世が明らかになったので遅ればせながら、性転換タグを追加しました。申し訳ないです。
あとたぶんあとがきの使い方間違ってる。
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