勇作殿の片割れは即断即決裏目ボーイ   作:あん仔

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こうふく

 他でもない私はここにいる。

 このタイミングで私と間違える相手なんてそりゃあ、一人しかいないよな。

 足が止まる。私の発した声にギョッと振り向く菊田特務曹長へ手のひらを挙げて、制止をかけた。

 視線をぐるりと回転させて、アシㇼパたちへと振り返れば白石が勇作へと話しかけている。

 

 

「ちょっ、英作殿…」

「尾形、勇作は私の〝都合がいいように動く〟と言ったんだな?」

「はい」

「よし、信じるぞ」

 

 

 言いながら足を進めた。

 本当に何もかも私の思い通りには行ってくれない。慌てて私を止めようとする菊田特務曹長を振り向き指示を出す。

 

 

「菊田、いま決めた作戦はお前が一人で実行しろ。無理なら諦めろ」

「いやいやいやいや、ちょっと!?」

「手を組んでそうそう悪いがこの泥舟は沈む」

「ちょ、あ゛ぁー!!! ンもうッこの兄ビイキ!!!」

 

 

 なにを言うのか。兄とは贔屓するものだ。もう少し先の時代ではブラコンと呼ばれるだろうという自覚も大いににある。

 視界を戻す。アシㇼパたちから少し離れた位置にいた土方が刀に手をかけて、勇作の方へと向かっていくのが見える。

 さらに近づく足を早めた。

 急がなければ、だが尾形にも何かを残さないと。だって尾形って目を離すと死んでしまいそうで──やっぱり私はどう足掻いてもお前が心配なんだな。こりゃあ死ぬまで続くぞ。へへ。

 

 

「尾形」

「ハハァ……アンタ」

「俺は約束を必ず守る。わかるよな?」

「……」

「お前はお前の好きにしたらいい。私が許すよ」

「……ええ、そうしますよ」

 

 

 そうして、すれ違いざまに尾形の肩へ手を置いて横を通り過ぎた。短く言い残し──勇作の方へと一気に駆ける。ベルトに差した軍刀へと手をかけた。

 

 

「ンあれェ? 英作ちゃん?」

「あ、あの…わたしは」

 

 

 近づくと白石と勇作のやりとりがはっきりと聞こえた。私だと思い込んで声をかけてくる白石に勇作は──おそらく間違われるのも初めてなため──なんとも困ってしまっている。

 

 そんな勇作へ向かって、ついには駆け出し抜刀する土方から目を離さない。

 

 

「エッ」

「えいさ」

 

 

 アシㇼパと杉元の真横を通り過ぎた。

 雨粒が目に入ってくるが、いまはどうでもいい。他のことは一切、なにも、見ない。

 

 瞬きほどの、それこそ一瞬の出来事だった。

 

 ガギィン。

 鞘をつけたままの軍刀で、振り下ろされた刀を受け止めた。響く衝撃にジンジンと腕が痺れる。

 

 目が合う。土方の目が細められ、その口の端が持ち上がるのが見える。気持ちはわかるが楽しむなよ。

 土方の腹を思いきり蹴り飛ばす。鬼の副長も寄る年波には逆らえないようで、随分と軽い。

 土方がじゃり道にあとをつけながら、後退する。

 

 

「土方さんッ!」

「英作ちゃんッ!?」

 

 

 周りから各々が驚愕の声があがる。

 いま何が起きたかを正しく理解している奴なんて、おそらく永倉ぐらいなもんかもな。なんて考えながら帯刀ベルトを外し、しまっていた拳銃を取り出す。

 よろりと土方が背を伸ばし、また刀を構える──その前に、軍刀と拳銃を地面へと投げ捨てた。

 

 

「降伏する」

 

 

 そして空となった両手をあげて宣言すれば土方の動きが止まる。

 

 

「装備は全て外した。信用できないなら牛山にでも身体検査をさせればいい。この場で全裸になってやってもいいが」

「何故」

「何故もなにもない完全無条件降伏だっつの。命より大事な双子の片割れがアンタの前にいたら、そりゃあな」

「……」

「こっちは腹に穴が空いていて単純に無勢でもある、勝算なしで命を張れるか?」

 

「土方……やめろ!」

 

 

 アシㇼパの声が土方を制止する。

 土方が背筋を伸ばす。鋭い視線で私を睨みつけ、その視線が私の背後の勇作へと一瞬だけ向けられた。それでも刀から手を離していない。

 殺した方が確実に安全だ。でも殺せないよなぁ?

 私はこれまで伊達にアシㇼパたちと行動していない。杉元ならばともかく、アシㇼパとは味方のように過ごした──それも武装を解除し争う意思も見せない──人間が死ぬのを見過ごせるような性格はしていないだろう。

 それも刺青人皮の暗号を解き、いざというこの場面でアシㇼパからの悪感情を進んで買えるほど考え無しでもないはずだ。

 少なくとも私はそう信じてる。人心掌握も上に立つ人間の素養ってこと。

 

 

「アイヌも北海道も金塊も日本のことも最早どうでもいい。お前らの好きにしたらいい」

「……」

「花沢幸次郎の息子は明治政府へ……少なくとも軍部の薩摩派閥の人間には人質として有効だ。だがそれも一人いれば十分だろう。より御し易い勇作を生かすことを薦める」

 

 

 考え無しだった可能性も考慮して、殺すなら勇作ではなく私にするべきだと言い募る。

 すると無言で土方が納刀した。ギロリと睨まれた。

 新撰組にはお覚悟案件でしょうねえ。

 やだぁ〜、士道不覚悟ってことで斬首されちゃいそお〜。って私は新撰組じゃないから、そうはならないかぁ!

 

 そこでようやく土方から視線を逸らし、周囲で呆然としている一同へと視線を巡らした。

 いやあ突然現れてなに言ってんだコイツ? って感じだな。自分でも呆れてる。

 でも仕方ない、とりあえず勇作の生存が第一だから。

 土方が地面に転がる軍刀と拳銃を拾い上げる。

 

 

「大義より身内の情を選ぶか」

「あいにく、その情こそが国を守りたい理由なもんで」

「いいだろう……花沢英作」

 

 

 あらあら、鬼の副長ともあろう方がお優しいことで。意外なことに見逃してくれるようだ。

 

 

「牛山、花沢英作の望み通り身体検査をしてやれ。まだ武器を携帯しているか怪しいそぶりを見せれば殺していい」

「あ、ああ……いいの? いや、いいならいいけど……」

 

 

 きょとんとした顔のままの牛山が私の隣へとやってきた。徒手なら牛山なんだよなあ。

 さすがに武器なしじゃ私も相手なんて無理無理。

 呆然としていた勇作が我に返ったようにハッとした顔をして、私の方へと駆け寄ってくる。

 

 

「英作っ! 悪い、お前の都合がいいように、と思っていたのに余計なことを……!」

「別にいいよ。お前に詳しい事情を話さなかった私が悪いんだ」

 

 

 牛山からのクソ雑身体検査を受けながら軍帽を被り直した。

 ぐっと眉を八の字にする勇作へと笑いかける。

 そもそもアシㇼパたちの方へと言ったのは私だしな……あれはビール工場での話だが、アシㇼパたちの元に私もいると勇作が思ってしまっても仕方ないことだろう。

 あのときは随分と状況が込み入っていたとはいえ、だ。

 いやはや伝達の徹底って大事だねえ……。

 

 

「え〜〜?? じゃあ英作チャンは金塊でガッコー作る〜とか言ってたのも諦めちゃうの〜?? ほんとにぃ??」

 

 

 今度はニヤニヤと笑いながら海賊が近づいてきた。勇作が小さく声を上げ、私と海賊の間に立ちはだかる。

 勇作……! 庇うような動きで流石にときめく。

 そういや工場で一瞬戦ったんだっけ?

 海賊の視線が私から勇作へと移り、面白いものを見たように口笛を鳴らした。

 なんだよ。勇作に手を出したらさすがに殺すぞテメエ。私だって徒手には少しばかりの自信があってだな……。

 

 

「あ、勇作。そいつ、いまはとりあえず平気なやつ!」

「す、杉元……、ああ……もう一体なにがなにやら……どうなってるんだ?」

「うんうん…いい機会だし、これまでのことを簡単に整理してこうぜ」

 

 

 杉元が勇作へと声をかけてくる。

 

 

「おーい、本当に武器は持ってなかったぞ」

「そうか」

「ったく、なんでってんだよ」

 

 

 クソ雑身体検査を終えてボリボリと頭をかきながら牛山が去っていく。

 アシㇼパと白石に、有古にと、知った顔がようやく集まってきた。

 

 

「英作、さっきはありがとう」

「気にするなよ。しかし有古、本当に土方一派に仲間入りするとはな」

 

 

 少し悩んでいるように思えたのに、と声をかけた。土方の仲間なら助ける必要もない。

 教会では敵意を感じられず、ついつい一緒に逃してしまった。有古を見上げる。

 

 

「いえ、俺は……アイヌです」

「ははあ、なるほどな」

 

 

 有古がアシㇼパを真っ直ぐに見つめた。小さな体でアイヌのためにと動くアシㇼパがきっと眩しく思えたのだろうなあ。

 生まれも親の思惑も関係ないアシㇼパ個人の求心力だ。アシㇼパは随分と頑張っていたから……一心に捧げられた努力は報われてほしい。

 

 

「ところで尾形は? てっきりお前らと一緒にいるのかと思っていたんだが?」

「あ」

 

 

 すっとぼけて尾形の行方を問い掛ければ、杉元が声をあげた。

 

 

 

 どうやら本当に殺されないらしい。アイヌが最初に金塊を隠した場所──とやらに向かう汽車に私と勇作も一緒に乗り込んだ。

 まあ、機を見て始末するつもりなのかもしれないが。もちろん、そうなる可能性の方が高い。

 その前にどうにか勇作だけでも逃さないとならない。

 

 

「お前、そんな情報をつかんでたのかよ」

「まあね」

 

 

 一等客室の座席に座り、向かいの席で杉元からこれまでのあらすじをおおまかに教えられている勇作を眺める。

 これまでの旅の様子にいちいち声をあげて反応を見せる勇作に、語る杉元も時おり言葉を挟む白石も饒舌になっている。

 反応があると話すのも楽しくなるよなあ。

 

 

「よぉ、英作チャン」

 

 

 何故だか隣に座った海賊を肘でこづく。距離が近え。

 函館までは汽車で十二時間ほどか。途中で寄る小樽で降りられたらいいのにな。

 

 最初の金塊の隠し場所は海賊が掴んでいた情報らしい。

 鶴見中尉に撃たれたときにこりゃ死ぬわと思って白石に教えちゃったんだってさ。

 

 

「ハッ、間抜け」

「あはは。ぶっ殺したろかな」

「なっ! ちょっとキミなあ…ッ!!」

 

 

 こっちの声が聞こえたのかムッとした顔の勇作が私と海賊のあいだに割ってはいってきた。

 無理やり真ん中に座った勇作が海賊を睨みつけている。

 向こうで杉元たちに〝これまでのゴールデンカムイ!〟について教えてもらってろって。

 

 

「コイツの口癖みたいなもんだから、ほっといていいぞ。勇作」

「でも」

「本当に殺す気なら、言葉にする前に実行してる」

「あら、俺のこと理解してくれてんだ?」

「抜かせ。ところでお前、ビール工場で勇作に投げ飛ばされたって? その体格は見かけ倒しかよ、雑魚」

「やっぱ殺すかあ?」

「え、英作……」

 

 

 あはは〜、と笑いあう。あいだに挟まって、無言で慌てる勇作になんとも申し訳ない気分になった。

 品行方正な勇作には、冗談でも殺すとか死ねとか言うのが信じられないんだろうなあ。

 

 

「勇作、お前は向こうでこれまでのことを聞いてろよ。足りない部分があれば補足するから」

「……う、ううん……なんかあったら呼んでくれよ、英作」

「わかってるって」

「悪い、杉元。話の続きをお願いできるかな」

「おう、もちろんだぜ。勇作」

 

 

 同じ環境で育ったはずなのに、どうして私だけ……フン(そりゃ前世のせいだろ)!

 尾形も汽車のどこかに乗り込んでいるだろう。菊田特務曹長は……とりあえず中央に連絡をつけてくれていると助かるが、どうかな。

 

 

「で? 英作ちゃんは本当に金塊を諦めちゃうの〜? ほらガッコーがどうのこうのとか言ってたじゃん」

「要らねえよ、金塊なんて。そりゃあぐだぐだ言ったがよ、そんなのより大好きな兄弟が生きてる方がずっと大事なんだから」

 

 

 フラフラと何年も迷走して、どう動くべきかと悩んだり、ただ流れに身を任せたこともあったけれど、これだけは決して間違えない。

 

 

「うんうん、じゃあさ〜、次の仕事は俺の家臣とかどうよ?」

「……」

「英作チャンだけじゃなくってさあ、もちろん勇作チャンと、尾形のこともまるっと俺が引き取ってやるよ。どうだい、俺の家臣にならない? もう日本のことはどうでもいいんだろ?」

「……」

 

 

 海賊が私の視界を塞ぐように顔を覗き込んできて首を傾げている。カーテンのように長い髪が垂れ下がり、見事に視界が真っ黒だ。

 腕を組み、背もたれに体を預ける。

 

 

「なあ俺の家臣になれよ」

「一応聞いてやるが、どこが刺さった?」

「お前らが優秀な軍人さんで、それ以上に家族思いなところ。家族は何より大事だ。俺の家臣になるなら、そういうやつらじゃなくちゃあなあ」

 

 

 海賊の髪をかきわけると、不安そうにチラチラとこっちの様子を窺う勇作が見えた。

 敵対していた相手とほんのひととき手を組んだり、殺意を隠して利益を優先させたりとか、そういう感覚が勇作はまだわからないのかもしれない。

 中央の魑魅魍魎と関わればいずれ嫌でも知っていくことになる。

 

 

「俺は金塊を奪って国を作る。誰も俺と俺の家族を疎まない〝帰って来れる場所〟だ。故郷を作るってことさ、お前も家族になろうぜ、英作」

 

 

 海賊が声を小さくして告げてくる。これまでのニヤケ面はどこに行ったのか、真剣そのものな面持ちだ。

 

 

「俺は……大好きな家族にただ毎日を心穏やかに健やかに生きてほしいだけなんだよ。わかるか?」

「ああ、わかる」

 

 

 ビールの臭いとともに鉄錆の臭いが香ってくる。血の臭いだ。

 これまで欠片も興味がなくて気づかなかったが、よく見ると海賊も随分と満身創痍だった。つい呆れてしまう。

 

 

「……お前、その状態でまだ金塊を狙うとかよく言えるな」

「俺は王者になる男だぜ? この程度なんてことねえよ。それに英作チャンだって、腹に穴が空いてんだろ? お揃いだね〜」

 

 

 あはは〜と笑う海賊の肩を押し除けた。さっきから近えんだよ。

 

 

「返事は?」

「保留な。いざってときの選択肢の一つとしては数えといてやる」

「マジか」

 

 

 もちろん嘘です。いや、本当にいざとなったら考慮はする選択肢は多ければ多いほどいい。

 目を丸くする房太郎から視線を勇作たちへ、耳をアシㇼパたちへと集中させる。

 一晩で目が回りそうなほど色々なことが起きた。

 

 またすぐに慌ただしくなる。だから……今は少しだけ休んでおこう。

 

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