勇作殿の片割れは即断即決裏目ボーイ   作:あん仔

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世俺正

 空気ごと揺らすような砲撃の音が響いている。五稜郭にいるアシㇼパたちのそばに英作たちの姿はない。

 函館停車場に着いてゴタゴタのあと土方たちと別れたようだった。

 

 

(政府が破棄したがってる土地の権利書……ねえ)

 

 

 勇作を庇うために迷うそぶりもなく降伏をしてみせた英作だが最後の発言から察するにまだ本気で諦めたわけではないだろう。

 まだ五体満足であるなら──いやきっと英作ならば今まさに動いているはず。

 しかし本当にそうだとして、よくもまあ土方は英作を生かしたものだ。先を考えるなら殺してしまったほうがよかったろうに……。

 

 

(もしも権利書なんてものが本当に存在するとして、それを持っているならやはりアシㇼパだろう。手に入れられたら、()()()()()()事が上手く運ぶだろうな…‥)

 

 

 旅順で爆発に巻き込まれても死なず、網走で狙撃されても生き残る。本人が知っているかはさておいて幾度となく命の危機を乗り越え生かされるからこその──か。

 

 五稜郭で行われる戦闘を遠目に監視しながら、尾形は思考を続ける。

 

 

(この騒ぎの中でも一発撃てば俺の居場所を特定してくるだろうか? うん……きっとあのロシア兵なら)

 

 

 狙撃手の戦いとは基本的に孤独なものになる。目標を狩るために何時間でも何日でも見張り続ける必要があるためだ。

 

 細く息を吐き出し呼吸を行う。目の前で行われる戦闘の監視に集中を向けた。

 

 

 やがて砲撃が止む。

 

 

 南の港に軍艦があったため、逃げるとすれば北口か東口だろうと尾形は読んでいた。双眼鏡越しにアシㇼパを後ろに乗せ、馬を走らせる谷垣が見えている。

 

 

「ハハっ」

 

 

 読みが当たったと尾形は笑いをこぼす。

 五稜郭での戦闘はまだ続いているようだが、最も重要な権利書と、それを持っているだろうアシㇼパが離脱した。

 場所を変えて、いよいよ最終局面といったところだろうか。

 双眼鏡を覗き込む左目をほんの一瞬だけ巡らせる。アシㇼパが逃げ、それを鶴見中尉たちが追っている。それ以上の動きは見えない──こうなると英作はどう動く?

 

 

(身分的には脱走兵である英作が中央へと戻るというなら醜聞以上の手柄が必要だから……)

 

 

 もちろん鶴見中尉を参謀とするのなら、それ以上ないほど役に立つだろう。

 尾形がかつて少尉となるという餌で鶴見中尉に釣られたときに、本人だったそう言っていた。

 だからだろう、英作もおそらく鶴見中尉と対面した教会ですら殺さずに逃げるだけに留まった。

 

 

(だから殺さなかった──英作の選択もまあ、理解はできる)

 

 

「でも鶴見中尉だって本当は殺した方がいいよな? ……英作が軍に戻るのなら造反の首謀者として鶴見中尉の首は必須のはずだ」

 

 

 そこにさらに土地の権利書が加わるのならば、なお……。

 

 

【そもそも前線から脱走したのはお前が私を唆したからだろうが】

 

 

 他に人の佇む余地のない樹上である。呆れを含んだ声が耳元で囁く。

 たかだか幻覚のくせに、そんな声まで出せるのか。これでは本当に英作のようだ。

 

 

【あーあ……お前さえいなければ……私も今ごろ……】

 

 

 随分と恨みがましい声である。

 

 

【生まれてこなきゃよかったのになあ、お前なんて】

「ハハ……!」

 

 

 この期におよんで幻覚に囁かれた内容に尾形の口から笑いが溢れる。

 樺太から──否、網走で英作を撃ったから見えるようになった幻覚の正体に、ようやく合点がいった。

 

 思えば、幻覚が口にする言葉は常に──。

 

 そこで思考を切り替えるために深く息を吐き出した。正体がわかれば気にする必要もない。

 優先するべきは他にある。

 

 

(あのロシア兵も、どこかでアシㇼパたちを見ているのなら俺か英作が動くと期待しているはずだ……この一発は何を撃つ一発か……)

 

 

「!」

 

 

 双眼鏡を離した。北口で動きがあると、やはりあのロシア兵も確信していた。しかし動き出す時間までは読めなかった。

 

 

(アシㇼパたちが朝……この時間に脱出してくるというのは、まさに時の運)

 

 

 東からの太陽の光がキラキラと反射している。尾形が身を隠した場所から距離およそ八百メートルほど離れた樹上である。

 

 

【祝福されずに産まれ、人間として欠けているお前を右腕になんてしない】

「英作がそんなことを言うはずがない」

 

 

 囁き声にまだいたのかと舌打ちを飲み込んだ。英作がそんな生ぬるい呪いを吐き出すだけの男であったならば、尾形もいま()()はなっていない。

 たかだか幻覚に反応するなんて馬鹿げている。所詮脳内でだけ起きていることだ。

 

 幻覚ではない、本物の言葉が脳裏に蘇る。

 

 

 ──俺は約束を必ず守る。わかるよな?

 ──お前はお前の好きにしたらいい。私が許すよ。

 

 

(英作が俺を許してくれる──運命は俺に味方した、世界が俺が正しいと言っている)

 

 

 表尺を立て、三八式を構えた。

 

 

 一瞬の逡巡のあと、尾形が狙ったのは光から腕一本分下の位置である。

 

 シュパァンッ。

 遅れて飛んできた弾丸が尾形のふくらはぎを撃ち抜いた。

 

 

「うん……仕留めた!」

 

 

 髪を撫で付け、確信する。

 

 

「もし、お前が無事なら今の一発……足で済んでるはずがない」

 

 

 狙撃音に気がついた谷垣が遠ざかっていくのが見える。

 

 

「……子熊ちゃんが逃げちまった」

 

 

 アシㇼパを追う兵士を狙撃する。馬を奪って、尾形もまたアシㇼパたちを追っていく。

 

 その目的は──鶴見中尉の首と、アシㇼパの持つ土地の権利書である。

 

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