勇作殿の片割れは即断即決裏目ボーイ   作:あん仔

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回想 01

 

 その放たれた銃弾に殺意はなどというモノはほんの一欠片も込められていなかった。

 ただ一人へ向けてだけ、脇目も振らずに一心に放たれた銃弾(それ)

 

 

 

 では、その銃弾に込められていたものは一体なんだというのか。

 

 

 何も分からず、けれど俺はそれ(何か)が欲しいと強く思った。

 

 

 ★

 

 

 

「今日は届け物はあった?」

 

 

 父に捨てられた母は毎日、口癖のようにそう聞いてきた。

 お前の母親は毎日飽きもせず、遠い東京にいる自分を捨てた男へ手紙を送っているのだと尋常小学校の同級生が小馬鹿にしたように教えられた。

 同級生の父親の職業が郵便配達員だった。

 

 

 母宛に手紙が届いたことはない。

 きっとこれからも届くことはないのだろう。

 

 俺はそう思いながら、母に問われるたびに母宛の手紙がないかと見に行くのだ。

 母は冬が来ると毎日あんこう鍋を作り続けるような人だった。

 

 

 けれどある日、手紙が届いた。

 

 尾形トメサマ、と流麗な文字で記されて差出人は花沢英作。

 

 父の苗字が花沢であると、母はいつだか寝物語として話してくれた。

 

 

 母に手紙を渡した。

 けれど母は喜ばず、ただ言葉を失った様子で唇をワナワナと震わせる。

 ジッと、差出人の名を見つめ続ける母の目は、酷く濁っていた。

 

 

 そして幾日かをおいて母がまた手紙を出す。

 返信のようにまた、数週間、長いときには数ヶ月をおいて花沢英作から母宛に手紙が届いた。

 

 きっと手紙のやり取りをしているのだろう、となんとなく思っていた。

 その手紙のやりとりが一年続き、母がその冬にあんこう鍋を作ることはなかった。

 

 

 

 母の足元に花沢英作からの手紙が山のように重ねられていた。

 手紙の上でブラブラと真白い足が揺れている。

 

 

 梁に縄が結ばれていた。

 そこから縄は垂れ下がり、普段より高い位置で項垂れた母の頭が──。

 

 

「見るな! 百之助!!」

 

 

 駆けつけた祖父に目を塞がれた。

 真っ青な顔の祖母に抱きしめられ、祖父が母を降ろすのをジッと見ていた。

 母はどうしたんだろう。

 気になったのは、母の足元の手紙だった。

 

 

 祖父母は動かない母を見つめて呼びかける。

 母に意識がいっていて、手紙に気づいていない。

 気づかれる前に、手紙を自分の懐に仕舞い込んだ。

 

 

 

 やがて開かれた母の葬式。

 慰問客は地元のものたちだけで、父の姿はない。

 父は母の葬式に訪れることもしない。

 

 その夜、忙しそうな祖父母の目を盗み花沢英作の手紙を初めて読んだ。

 全ての手紙の封は切られており、母が目を通していたことも分かっている。

 

 

 全ての手紙には共通して、父上のしたことの謝罪が、付け加えるように異母兄に会ってみたい、と宛名と同じ流麗な文字で記されていた。

 ごく数枚には手紙の返信が欲しいとも記されていて、母の手紙を花沢英作が読むことはなかったのだとも理解する。

 

 そしておそらく、この手紙の群れで母も理解したのだろう。

 父が、花沢幸次郎が、母に会いに来ることは決してないのだと悟ってしまったのだろう。

 

 

 だから死を選んだ。

 母の死のきっかけに対して、けれど不思議と恨みはなかった。

 母の死後にも数週間、数ヶ月と時間をおいて花沢英作からの手紙は届き続ける。

 

 

 母を終わらせた手紙が少しずつ増えていく。

 

 

 母の死を知らない手紙の送り主に、母はお前の手紙のせいで死んだと告げればどうなるだろう。

 この手紙は二度と届かなくなるのだろうか。

 

 

 陸軍士官学校に入学できる年齢になった年、祖父母がいなくなった。

 きっかけも何もなく、忽然と消えていなくなった祖父母になんとなしに祖父母にも捨てられたのだと思った。

 

 結局祖父母も俺を捨てるのか、と力が抜けた。

 祖父母へ大した情を持たずとも肉親であるという僅かな期待も四散した。

 祖父母の失踪で、周辺の親戚連中とも色々とごたついてついぞ士官学校へ挑戦することも叶わなかった。

 

 

 

 その年の秋のことである。

 尾形トメを訪ねて東京から花沢家の使いだという青年がやって来た。

 

 

 背が高く、洋装を嫌味なく着こなしている。

 東京者は使い風情でも洒落たもんだと内心で悪態をつく。

 

 

 母の死を教えてやれば、ひどく驚いたという顔をして、それでも青年は母の墓前で手を合わせた。

 その背中に滲む後悔に、なぜ青年がそんなものを抱くのだろうかと疑問に思った。

 

 

 

 青年伝いに花沢英作も母の死を知るだろう。

 ならば、もう東京から手紙が届くこともない。

 

 母も、祖父母も、手紙もなくなって俺には何もない。

 何も──。

 ふと思いつくものがあった。

 

 長らく手紙を送ってきていた当人である花沢英作に会ってみたい、というものだ。

 

 俺たちの父上とは、英作の片割れという勇作とはどんな人間なんだろう。

 

 そう考えて、軍への入隊を決めた。

 士官学校には行けなかったけど、志願兵にはなれるから。

 

 

 

「やあ、初めまして。君が尾形百之助だね」

 

 

 

 そして鶴見中尉殿と初めて出会った。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 帝国ホテルにて、花沢勇作を名乗り全裸で暴れた男は結局替え玉であったらしい。

 

 

「百之助、あそこにいるのが話題の勇作殿だよ」

 

 

 宇佐美がニンマリと笑って、囁く。

 帝国ホテルの廊下の向こうに士官学校の制服を着た二人組が歩いていた。

 

 

「あっ行くんだ? やっぱ気になる〜?」

 

 

 宇佐美を無視して、二人組に近づいていく。

 近づくと二人の話す言葉が聞こえた。

 

 

「──母上の気持ちも汲んでやってくれよ、勇作」

「それは……」

 

 

 そこで近づく俺に気がついて、二人は会話を止めて敬礼をした。

 通りすがり、目線だけ二人の方へ。名を呼びかけられた体格のいい方が勇作なのだろう。

 呼びかけたもう一人は軍帽を目深に被っており顔は見えない。

 さほど興味もなかった。

 

 

「……僕は戦争の最前線で国を守れることを誇りに思うよ。もしも聯隊旗手に選ばれたならそれほど名誉なことはないし、それが正しいことだと僕も信じている」

「……そっかぁ」

 

 

 そんな声を聞いた。

 なんて清い人間なんだ。俺とは全く違う。……あれが、あれこそが祝福されて生まれてきた子供……。

 では、……花沢英作は?

 

 

 花沢英作と出会う機会は早々巡っては来なかった。

 勇作殿と知り合い一年が経過した頃だ。

 

 

「英作!」

 

 

 兵営で勇作殿が声をかけたのは任官したての少尉だった。

 少尉が振り返る。軍帽により顔が窺えない。

 

 

「どうしたんだ、勇作。そちらは?」

「この方は尾形百之助上等兵殿で、わたしたちの兄さまだよ」

「アニサマ」

「……お初にお目にかかります、花沢英作少尉殿。勇作殿がどうしても、とおっしゃるもので、こうして顔を見せに参りました」

 

 

 ニッコリと作り笑いをして、花沢英作へ挨拶をした。

 答えるように軍帽が持ち上がる。

 ようやく見えた顔には、見覚えがあった。

 入営前に、母の墓参りにやって来た花沢のもの……。

 

 

 

「初めまして尾形上等兵殿。そこな勇作の双子の片割れをしております、花沢英作と申します」

 

 

 片割れとよく似た微笑みを浮かべて、花沢英作が自己紹介をした。

 俺に気づいていないのか?

 尾形トメの墓参りは記憶に留めるのに値しなかった、と?

 こっちは一晩泊めて鴨鍋まで作ってやったんだが?

 

 

「ところで俺もアニサマとお呼びしたほうが良いですか?」

「……ご遠慮ください。勇作殿にも規律が乱れると何度も頼んではいるのですがね」

「あはは、けれど人がいないときは構わないでしょう? 兄さま。わたしたちは兄弟なのですから、ぜひそうお呼びしたいのです」

「……そうですかぁ」

 

 

 勇作殿の言葉に思わず遠い目をしてしまう。

 この件に関して、勇作殿に何を言っても無駄なのだろうか。

 兄というなら話を聞け。

 

 

 

 ズダァン。

 道場の床が揺れた。

 

 宇佐美が顔を赤黒く染め筋を浮かばせて、自分を投げ飛ばした相手を床から睨みつけている。

 その相手は花沢英作だった。

 

 

 道着をひどく乱れさせて、同じように青筋を浮かばせながら宇佐美を見下ろしている。

 

 

「次!」

 

 

 鋭く力強い声が修練場に響き渡った。

 その日、花沢英作が受け身を取ることはついぞなかった。

 

 

 

 

「花沢英作少尉は、陸士候補生の時分から、軍人である父君と祖父君の血を色濃く受け継ぐ俊才の持ち主だと名高いのだ」

 

 

 脳髄を揺さぶるように鶴見中尉の声が囁く。

 

 

「剛毅果断にして冷静沈着。情動よりも合理を好む、まさしく軍人の鑑。あるいは軍神の再来ともいわれるお方だ」

 

 

 挑発するように細められた鶴見中尉の瞳に、映り込んだ俺はいつもと変わらぬ無表情だ。

 内心で、ハテと首を傾げた。

 

 軍人の鑑。軍神の再来と謳われるような人物が電車に乗り遅れて田舎に一泊することになるだろうか。

 

 あのとき、お互いに名乗ることをしなかった。

 兵営で再会した際には自己紹介のみで、とくに会話らしい会話をしていない。

 それでも、その評価は高すぎるのではと思わずにいられない。

 

 

「あ、兄さま」

 

 

 兵舎の廊下を歩いていて、聞こえた声にうんざりと足を止めた。

 廊下の奥で肋骨服の勇作殿がはにかみながら手を振っている。

 何故話しかけてくる。

 そうつっこみたい気持ちを抑える。

 

 

「何か御用でしょうか、勇作殿」

「ええ、あの、兄さまにお会いしたかっただけで、用事というほどのものは何も……だめでしたか?」

「ははあ、それはそれは……」

 

 

 なんと返すべきか浮かばずに曖昧に笑っておく。

 決して喜ばしいものではない、と態度にあらわしていたつもりだった。

 しかし勇作殿は人の心の機微に鈍くあられるのかいつまでも「兄さま」「兄さま」と呼び慕ってくる。

 

 

 最終的に勇作殿を避け続けることで、兵舎内でも人の通りの少ない場所をおそらく誰よりも把握するようにまでなっていた。

 ひとけのない、勇作殿のいない兵舎のある一室での出来事だ。

 兵舎の端にある小さな物置部屋である。

 いつものように勇作殿を避け、そこへと身を寄せた。

 鼻腔を煙草の煙がくすぐる。

 珍しく先人があった。

 

 

「おや……」

 

 

 そこで煙草を咥える人物に思わずうんざりとした感情が顔にでかかった。

 花沢英作がそこに佇んでいた。付きの軍曹はおらず、一人きりだ。

 また花沢か。

 

 

「ああ、敬礼はいらん。ただのサボりだ」

「はあ……」

「騒がれては、軍曹に見つかってしまう」

 

 

 新任とはいえ上官へ礼を行おうと息を吸い込めば、出鼻を挫かれる。

 本人もこう言っているし人気もないのだ。

 多少の規律違反もたまにはよいか、と無言で立ち尽くす。

 

 

「ふーっ」

 

 

 興味が失せたというように俺から目を逸らすと、花沢英作は白い煙を口から吐き出している。

 軍神と謳われていても、煙草は吸うのか。

 

 

 窓の枠に背を預けて、煙草を吸っている。

 

 

 窓から差し込む日差しが逆光となり、えらく眩しかった。

 それに対して俺は何をするでもない。

 勇作殿を避けて、逃げてきた結果であるので当然だ。

 静かな先客に居づらくなったが、ただここを離れるのも勇作殿に見つかりそうで動けずにいる。

 

 

「はぁあ………、」

 

 

 白い煙と共に花沢英作の口から大きな溜息が漏れる。

 ビクっと、肩が震えた。

 居ない方がいいだろうか。逆光となり花沢英作の表情は窺えない。

 

 

「まっず……」

 

 

 煙草の火を消すと、花沢英作が動き出す。すれ違いざま煙草の箱を胸へと押し付けられた。

 少し高い位置から花沢英作が俺を見下ろす。

 

 

「邪魔した。残りはやる」

「えっ、と、?」

「大変ですなあ、アニサマは」

 

 

 窓の外から勇作殿の兄さま、という声が聞こえてきた。

 そんな片割れの声に柔く微笑み、嫌味を残して花沢英作は立ち去っていく。

 その背を見送り、残されたのは煙草の臭いと手の中の一本だけ消費された煙草の箱だけだ。

 

 

 完全に背中が見えなくなったのを確認して、手の中の煙草を握り潰した。

 正直なところ、花沢英作という男を俺は計りかねていた。

 

 

 兵営での花沢英作少尉と、あの日母の墓前に手を合わせた花沢の使いの者はあまりにも印象が違っていたからだ。

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