勇作殿の片割れは即断即決裏目ボーイ   作:あん仔

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大雪山越えとウコチャヌプコロ

 小樽にて。

 

 

「旭川で飛行船に乗っていたのは間違いなく尾形百之助だったんだな?」

「『はい』」

 

 

 鶴見中尉へと、月島を介して鯉登が報告をしている。

 

 

「『尾形の父である元第7師団長、花沢幸次郎中将の自刃に泥を塗る行為であります』

『私の父ですら花沢中将の自刃を第7師団の責任とした中央へ強い不信を持っているのに、尾形は一体どういうつもりなのか』」

「花沢中将と鯉登少尉の父君は同じ薩摩の生まれでご親友同士であったそうだな。父君はお元気か?」

 

 

 父の話題に自然と鯉登の背が真っ直ぐに伸びた。

 

 

「花沢中将の自刃は203高地の甚大な被害を中央がすべて花沢中将になすりつけたのが原因だ……、尾形百之助も当然父君の名誉と第7師団のために戦ってくれると私は信じていたのだが……ところで鯉登少尉。その肩の怪我は不死身の杉元に?」

「『いいえ、白い覆面を被った男に銃剣でつけられました。どうやら示現流の心得を持つ者が奴らの仲間にいるようです』」

 

 

 鶴見中尉からの問いに月島へと耳打ちをして鯉登が答えた。

 ふむ、と鶴見中尉は自らの顎を撫でる。

 

 

「示現流……鯉登少尉を相手に銃剣で、か……」

 

 

 その脳裏に不死身の杉元を捕らえた際に気配だけをわずかに残した狙撃手が浮かんだ。

 第7師団において、尾形百之助と同等の狙撃手は一人しかいなかった。

 そして彼は同時に多くの戦闘術を身につけていた、鯉登と同じく示現流の使い手である。

 飛行船にて尾形とともに杉元がいたことはすでに報告されている。

 

 

「偶然かな? どうかな? うーむ?」

 

 

『精密射撃部隊、ですか。鶴見少尉、──いえ、素晴らしいお考えです。マキシム機関銃を相手に銃剣突撃だけではあまりにも芸がな……部下共の死体の山を築くのみです。しかしこちらに精密射撃があれば、幾分か築く山も低くはなりましょう……私も共に上へと進言いたします』

 

 

 ──そらされることのない真っ直ぐな瞳。

 ──母君に似たという相貌はともすれば少女のようにも見える。

 ──長い睫毛に、彫りの深い鼻筋。白い肌はもとより。

 

 

『ときおり、あなたのような方が私の父であれば、とどうしようもなく夢想してしまいます。あなたのような、情の深い方が父ならば…きっと我が子を前線に送ることもないのでしょう。……このことはどうか父上には内密に、鶴見少尉』

 

 

 ──軍神の再来と囁かれた青年将校は似ても似つかないのにどうしようもなく──××× ×××× ××××(死んだあの子を思わせた)

 

 

「ふ、ふふ、ふふふっ」

 

 

 笑い出した鶴見中尉の額からドロリと脳漿が溢れだす。

 そんな鶴見中尉に月島も鯉登も慌てたように立ち上がる。

 

 

「うむ。花沢英作だな、奴が生きている」

 

 

 脳漿をハンカチで拭きながら、鶴見中尉は目玉だけをギョロリと動かし相対した鯉登と月島へ視線を移す。

 

 

 

「東京へ電報を送るのだ。東京の──花沢勇作殿にな」

 

 

 

 ★

 

 

 

「あ痛ぁッ」

 

 

 白石の間抜けな声が響いた。

 

 

「どうした白石。オソマをしようとして肛門に小枝でも刺さったのか?」

「野糞してて金玉を笹で切ったんじゃないか?」

 

 

 どうしてそう、シモ方面にバリエーション持たせるの?

 頭頂部から血を流す白石が姿を表す。

 

 

「転んで蛇に頭、咬まれたぁ」

「蛇!? ぎぃ〜〜!!」

 

 

 アシㇼパが顔を青ざめさせて叫ぶ。

 どうやら蝮に噛まれたらしい。

 

 

「咬まれたとこすげえ痛くなってきた。毒でしぬかも、アシㇼパちゃん吸い出してくれ!」

「いろいろと気持ち悪いから嫌だ! 蝮の毒ではめったに死なないから我慢しろ! 日が落ちて暗くなる前に薬になる草を探してくる!」

 

 

 スタコラとアシㇼパが走りだす。

 えらいねえ、なんて見送っていると地面に転がっていた白石が私の服の裾を掴んできた。

 

 

「この際、お前らでもいいから吸い出してくれよぉ!! 毒をチュッチュと!」

「…………滅多に死なねえってよ」

「………」

「あの、離してもらってもいいっすか?」

「目ぇそらさないでぇ!? 英作ちゃぁん!!」

 

 

 縋り付いてくる白石の手を裾を引っ張って、振り払う。

 ついでに白石から顔を背けたまま尾形の後ろに回った。

 ギョッと、尾形が私を振り向く気配がしたけど私は顔を背けているので詳しいことは何もわかりません。

 

 

「まれに死んだのが全員頭を咬まれたやつだったらどうすんだよ! 網走監獄を知り尽くしていて潜入できるのは俺だけだぞ。俺が死んだらこまるだろッ! だからホラッ尾形ちゃん、吸ってくれよ!」

「歯茎とかに毒が入ったら……嫌だから」

 

 

 スン、と尾形が答えてしばらく沈黙が続いた。

 聞こえるのは白石の啜り泣く声だけだ。

 

 

「うんにゃあ!! うんにゃあ!!」

 

 

 啜り泣く……?

 いやまあ、啜り泣いているんだろう、多分。

 顔どころか背中を向けているので、聞こえてくる声でしか様子が分からない。

 ふと、白石の声がやんだ。

 

 

「英作チャァン……毒、吸ってヨォ……」

「っ……」

「なんでなんでなんでっぇ!! やだやだ、死にたくないヨォ!!」

 

 

 すぐ真横で再び聞こえた白石の声に、それとは真逆の方へとまた顔を背けた。

 すると今度は足元近くで白石の声とジッタンバッタンと暴れる手足がわずかに視界の端で見えた。

 白石がめちゃくちゃに駄々をこねている。

 

 

「だ、大の大人がそんな幼児みたいに駄々こねて恥ずかしくないのかよ……!」

 

 

 今にも吹き出しそうになるのを堪えながら、震える声で呟く。

 

 

「うっせ〜〜っ! 死んで花実が咲くもんかよぉ!!! 英作ちゃ〜ん!! 大雪山のときみたくかっこよく俺のこと助けてよおぉ!!」

「げぇっ」

 

 

 ついに白石が腰にしがみついてきた。

 顔を見ないようにさらに首を背けて、白石を引き剥がそうともがく。

 なぜ、そこまで頑なに白石を見ないのか?

 顔を見たら可哀想になって吸っちゃいそうだからだよ!

 

 おそらく白石も私なら押しまくれば引いてくれるとわかっているのだろう。

 絶対に吸ってやらねえ。だってなんか……毒とか気持ち悪いし……。

 

 

「おいっ! 英作さんに迷惑かけんなよ、白石ッ!」

「じゃあ杉元が吸ってくれるのかよッ!!」

「それは……やだけど……」

「ねええ、英作ちゃぁああん!!!!」

「くそっ、いやもう本当にしつこいッ!」

 

 

 と、そこで少し離れたところからジッと視線を送る尾形に気がつく。

 白石の坊主頭を引き剥がそうと両手で押さえつけながら、尾形の方へと駆けた。

 

 

「助けて、尾形ッッ!!」

「っ!?」

 

 

 尾形に抱きつく。

 絶対に何があろうと離さないという気概で尾形の背中に両腕を回した。

 

 

「オラッ、尾形!! おまえが吸ってやれよ!! 白石、尾形が吸ってくれるってよ!!」

「ッ!? そんなこと言ってねえだろ!! さっきからふざけんなテメエッ! つーか離せッ!!」

「吸ってくれるならどっちでもいいよぉ!!!!  どっちでもいいからぁああ!!!!」

 

 

 尾形の腕が背中に巻きつく私の腕を引き剥がそうと足掻く。

 ははは、無駄だぜ。

 私には幼少時代にも幸次郎の足を折る程度の自慢の腕力がある。

 

 さらに私の腰には白石が変わらずしがみついており、状況は一気に混沌とし始めている。

 私がしたことだけど。

 

 

「えぇ〜……なんか楽しそぉ」

「待たせたな!! 草を採ってきたぞ!!」

 

 

 アシㇼパの帰還によって秩序がどうにか戻ってくれた。

 チンポみたいに腫れ上がったものの、白石が蝮の毒で死ぬことはなかった。

 よかったね。

 

 

 ★

 

 

 

 ぐぎゅるるる。

 白石の方から腹を空かせた音が聞こえてきた。

 

 

「お腹すいたね」

「そこら辺の葉っぱ食っとけよ」

「え〜やだぁん」

 

 

 野草をちぎって白石の口に押し付ける。

 イヤイヤと白石が首を振る。

 尾形と白石と3人で狩りへと出かけたアシㇼパと杉元を待っているところだ。

 3人の男が大人しく並んで体育座りをしている。

 

 

「ねえ、英作ちゃん。この間、寄ったアイヌの村で何かしてたでしょ。何してたの?」

「覚え書きだよ。ここら辺は同じアイヌでもまたちょっと様式が変わるからさ。見る?」

「え〜見して見して」

 

 

 背嚢からメモ帳を取り出して、白石へと渡す。

 尾形も気になったのか、その手元をすっと首を伸ばして覗き込んだ。

 メモには付箋に走り書きや、スケッチなどと何でも書いているためボロボロだ。

 

 

「あらあ、英作ちゃん。字が上手ね」

「ありがとう」

「いやしかし、これ、全部アイヌのこと? 結構な量あるね」

「アイヌだけじゃない。気になったことは全部書いてある、ホラ。これとか茨戸で見た鰊番屋の絡繰部屋の構造」

「はえ〜〜〜、よくやるねえ」

「知らないことを知ってくのは楽しいもんだろ」

 

 

 パラパラと白石がメモ帳を捲っていく。

 

 

「あ」

「…………」

 

 

 と、とあるページで白石の手が止まった。

 一緒に覗き込む尾形の眉間にわずかばかりの皺が寄る。

 なんだ一体と、私も覗き込み、凍りついた。

 

 

 筋骨隆々の半裸の男のスケッチだった。

 メモ帳を白石の手から奪い取る。そそくさと明後日の方向を向いた。

 

 

「杉元たち遅いなあ」

「いやいやいや、ちょっとぉ、英作ちゃん! なあに? 今の筋肉男は!」

「うっせえええ……樺太いたころのスケッチだよ……とくに深い意味はないよ……ほんとだし……」

 

 

 白石に肩を掴まれ揺さぶられた。

 正確には樺太でロシア人と殴り合いをしていた頃に描いたスケッチである。

 あのときは私もだいぶ、頭がどうかしていた。

 言い訳のため、メモ帳を捲っていく。

 

 

「ほら、よく見ろ。女も描いてる」

「あらほんとってオイッ!! 今度は半裸どころか全裸じゃねえか!! どういうことなのよ!! そんな子に育てた覚えはないわよッ!?」

「白石に育てられた覚えはない」

「それはそうだけどねえ! ……この絵、もらってい?」

「え? なんで?」

「いやあ、最近ご無沙汰で」

「はあ……キッショ。悪いけどモデルしてくれた子に悪いからそういう用途での譲渡は出来ない」

「んもうっ英作ちゃんったら真面目ぇ!!」

 

 

 白石の手が髪を掻き乱してくる。

 鬱陶しい。

 白石を押しのけて、今度は白石との間に尾形を挟んで座り直した。

 

 

「く〜ん」

 

 

 白石が鳴いている。

 

 

「…………」

 

 

 尾形は何度か自らの髪を撫でつける以外に身じろぎをしない。

 途端に沈黙である。

 本当に突然静まり返るので、もしかしてコイツら相性が悪いのかと心配になってくる。

 

 

「おなかすいたね、尾形ちゃん」

「………」

 

 

 尾形ァ!!

 白石の言葉であるが、尾形はスンとした顔のままスルーした。

 そんなだから友達が……と、そこで遠目に鶴を抱えた杉元が見えた。

 

 

「あっ! よかった、帰ってきた!」

 

 

 丹頂鶴の汁を囲んで食べた。

 口の中に泥臭さが広がる。

 

 

「うんヒンナヒンナ」

「えっ、英作ちゃん味覚大丈夫?」

「う〜〜ん……」

「泥臭いようなムッとする変な臭いだろ?」

「なんで丹頂鶴なんて獲ってきたんだ!」

 

 

 プンッと白石が唇を尖らせた。

 さきほどの沈黙からの反動なのか白石の口が勢いよく回っている。

 いや、いつものことか。

 モゴモゴと咀嚼しながら、杉元はなんとも言えない顔で呻いている。

 確かにめっちゃ美味っではないけど、食べれないほどではないからな。

 

 あとヒンナは別に美味しいって意味じゃない。

 

 

 それから話題は杉元が金塊を探す理由に移った。

 杉元の故郷にいる幼馴染の未亡人の登場に、アシㇼパは動揺を隠すようにサロルンリムセを踊り出した。

 なにぶん、突然の行動であるので全く隠せていないことは指摘しないでおいてあげよう。

 きっとそういう時期もある。

 

 

 と、遠目にこちらへ向かってきているらしいアイヌの人影が二つ見えた。

 アイヌの衣装を纏う女と子供だ。

 

 

「こっちに誰か来るぞ」

 

 

 尾形の言葉にアシㇼパたちもやって来る人影に気がついた。

 

 

「ほら見て、インカㇻマッ! やっぱりアシㇼパだ!」

「ですね」

 

 

 慌てた様子のチカパシとインカㇻマッという女から話を聞くに、どうやら谷垣が近くの村のアイヌに追われているらしい。

 なんでも「カムイを穢す人間」だと勘違いされているそうだ。

 

 

 穢す……?

 

 

 ともかく手分けをして村田銃を持ち去った真犯人を探すことになった。

 アシㇼパ、杉元とともに真犯人を探す。

 

 途中で出会ったアイヌの男から、メス鹿にオス鹿まで穢されていたと教えられる。

 そこでようやく穢されていたの意味を察した。

 つまり獣姦か。

 

 

「どうしてだ? ……杉元、英作……どうしてこんなことを?」

 

 

 アシㇼパの声は困惑からか震えていた。

 

 

「人間が鹿とウコチャヌㇷ゚コㇿしても子供なんか出来ないのに……ましてやオスの鹿とウコチャヌㇷ゚コㇿする意味がわからない。オスはメスとしかウコチャヌㇷ゚コㇿしないはずなのに、オスとウコチャヌㇷ゚コㇿするなんて……どうしてだ?」

「ウコチャヌㇷ゚コㇿ……」

「現実的な話をすると、オス同士でもメス同士でもウコチャヌㇷ゚コㇿする動物はいるし、意味は変わるけど人間でもあらゆる場面でよく見られることなんだけどな」

「英作さん、シッ!!」

 

 

 前髪を掻き上げながら話せば、杉元が血相を変えて自らの唇に人差し指を当てるジェスチャーをした。

 ウコチャヌㇷ゚コㇿの語源が心を通わす、というものだと考えれば真犯人である姉畑について語るべきこともない。

 

 

「ただのチンポに操られた下衆だろう。そんなことで悩まなくていいんだ、アシㇼパ。人間の男っていうのはただの穴にもチカパシする輩がいるもんだから」

「し、シッ!! 静かにしよっ!!」

「むぐぐ」

「そんな……」

 

 

 制止を聞かずに話し続ければ杉元の手に口を塞がれてしまう。

 真剣な顔でアシㇼパが穢された鹿を見つめた。

 

 ふと遠くから銃声が聞こえた。

 

 

「無理矢理ウコチャヌㇷ゚コㇿしてカムイを穢すやつは絶対に許せない! 必ず私たちで捕まえてやる!」

「ウコチャヌㇷ゚コㇿ……」

「むぐぐっ(いつまで口を塞いでる気だ、杉元!)」

「キラウㇱニㇱパ!」

 

 

 そこでアイヌの子供たちが駆け寄ってくる。

 鹿を送っていた男がわずかに微笑み、私たちを振り返った。

 

 

「犯人が捕まった」

 

 

 男の村へと向かうことになった。

 村では谷垣の処遇を男たちが言い争っている。

 食料庫で様子を眺める尾形までおり、場はまたしても混沌としていた。

 

 

「さっきの銃声はおまえか?」

「はっ、聞こえたのか? 耳がいいですな」

 

 

 声をかければ、皮肉げに口の端を釣り上げて尾形が笑う。

 過激な発言をする村の男と谷垣の間に杉元が割って入った。

 殴られるだけで、殴り返そうとしないので珍しく穏便に済ますのかと思いきや、一呼吸をおいてから村の男をワンパンKOで沈めてみせた。

 

 

「やるじゃねえか」

「う〜む、空気を変えるって意味では有効、なのか?」

 

 

 ともかく興奮していた村の男たちの雰囲気は変わった。

 

 

「犯人の名前は姉畑支遁。上半身に刺青のある男だ」

 

 

 杉元の指が谷垣のシャツのボタンを弾き飛ばす。

 豊かな胸毛が露わになった。

 

 

「この谷垣源次郎は寝てる間に犯人に村田銃を奪われたドジマタギだ!!」

「……うーふッ!!」

 

 

 杉元の手がその胸毛を引きちぎる。

 

 

「俺たちが必ず姉畑支遁を獲ってくる」

「くしゅんっ」

 

 

 引きちぎられた胸毛が宙を舞った。

 ……一体私は何を見せられているんだろう……。

 困惑しながらも、ちょっと面白いので小熊の檻に縛られた谷垣をスケッチしておこう。

 

 

「3日やる。3日以内にその真犯人とやらをここへ連れて来い。それまでその男は預かる、村の者たちにはその男の刑罰を待たせる」

 

 

 どうやら話はついたらしい。

 

 

 

「私と杉元が3日以内に姉畑支遁を連れて戻れなかったときは……尾形が谷垣を守ってくれ」

「あの小熊ちゃんを助けて俺になんの得がある? 奴は鶴見中尉の命令で俺たちを追ってきた可能性が高い」

 

 

 尾形の視線が小熊の檻に入れられた谷垣へと移る。

 私がフチの家で話したときは、そこまで鶴見中尉を信奉していたようには見えなかった。

 確かに庇うだけの忠誠はあったものの、それも敬愛する上官への、といった程度の印象を受けた。

 

 時間をかけて絆せば、私にも靡きそうな程度のものだった。

 

 

「アシㇼパさんの頼みを聞かねえと……嫌われて獲物の脳みそを分けてもらえなくなるぜ」

「言っとくが、俺の助ける方法は選択肢が少ないぞ」

 

 

 離れた位置で話し合うアイヌの男たちへと視線を送り、尾形はニヤリと笑ってみせた。

 わざと悪く振る舞ってるように感じて、吹き出すのを堪える。

 

 

 それを気づかれ、尾形にムッとした顔で見つめられる。

 そっと尾形から視線を外した。

 

 

「まあまあ、私がちゃんと尾形と谷垣のことは見ておくから大船に乗ったつもりでいろって、二人とも」

「英作だと余計に心配だ……」

「なんでだよ、コラ」

 

 

 不安そうにしているアシㇼパの頭を撫でる。

 すぐに唇を尖らせ、憎まれ口を叩くのでそれなりに効果はあったと思っておこう。

 

 

「おい、アンタ。そこじゃ濡れて寒いだろ、やむまでは中に入っていいぞ」

「おっとぉ、いいのかい。悪いね兄ちゃん」

「フン」

 

 

 監視についていた男の厚意で屋根のある部屋で雨宿りが許された。

 尾形へ目配せをするが、黙って首を横に振られた。

 尾形はいいらしい。背嚢にしまっておいた白石から没収した酒を取り出す。

 

 

「お礼といっちゃなんだが、とっておきの酒がある。貰ってくれ」

「賄賂は受け取らん」

「賄賂じゃねえさ、雨宿りのお礼だって。さあ、飲め飲め」

 

 

 男へ酒を注いで差し出す。

 すん、と男の鼻が動き、ゴクリと喉仏が動いた。

 

 

「じゃ、じゃあ一杯だけ……」

 

 

 酒に手を伸ばした男へ笑みを深めた。

 

 

 

 そして3日目の早朝。監視の男は酔い潰れ眠っている。

 

 

「見事な手腕ですなあ、英作殿」

「飲みニケーションは万国共通だからな、へいへい。行くぞ、谷垣」

「またわけのわからんことを……」

 

 

 暗いうちに谷垣を連れて村を抜け出した。

 

 

「結局、穏便に助けるんじゃん」

「うるさいですよ」

「杉元たちを信じて待ってもよかったのに……」

「時間が迫ればそれだけ監視も厳しくなる」

「逃げれば罪を認めたようなものだ」

「おまえの鼻を削ぐのは俺がやってもよかったんだぜ」

 

 

 冤罪をふっかけられていたのにどこまでも真面目な谷垣へ、尾形が皮肉る。

 せっかく助けてやったのに、という感じかしら。

 

 やがて日が高く昇り湿原に差し掛かった頃、銃声が耳に届いた。

 例の村田銃のものだろう。

 

 

「銃声だ」

「あっちから聞こえたぞ」

 

 

 銃声の聞こえた方へと急ぐ。遠くアイヌの衣装を着た人影が見えている。

 銃声のした方に姉畑がいるなら、そこまで村のアイヌたちを連れて行って村田銃を持つ姉畑の姿を見せるのは何よりも無罪の証明となるのではなかろうか。

 

 

 遠くのアイヌたちへ手を振った。

 

 

「何をしているんです。少尉殿!」

「今の古い銃声、十中八九向こうに姉畑がいるだろう、村の奴らをそこまで誘導すれば手っ取り早い」

「その前に俺たちが捕まりますよ、このノロマのマタギのおかげでッ!!」

「とにかく向こうまで進めッ!」

 

 

 途中でアイヌの方へ手を振りながら、銃声のした方へと駆け出した。

 体が重いのか谷垣と尾形は息も絶え絶えだ。行軍ではもっと歩き回ったでしょ!?

 

 

「何をしている、貴様ら。足が遅いぞ」

「クソ……」

「軍隊を抜けてから運動量が減って太っちゃったのかなあ。君らはぁ……ふふふっオラ! 走れ!!」

「ブヒぃッ」

 

 

 谷垣の尻を蹴り上げる。プリンッと柔らかにケツが揺れた。

 豚ちゃんのような悲鳴をあげて、谷垣の足がわずかに早くなる。

 確かに谷垣は以前よりも明らかに身体が成長している。

 なあにきみぃ、成長期ぃ???

 かわいいじゃん……。

 

 続いて尾形を見る。

 目が合うと、何をされるか察したらしく無言で尾形の足が早くなっていった。

 チッ……察しのいいやつだぜ。

 

 

 銃声の方へとアイヌを引き連れ、近づいていくと、そこで想像もしていなかった光景を見ることになる。

 

 

 下半身を露出した姉畑と思しき男が、熊の尻にしがみついて腰を動かしている。

 熊は暴れており、生きたままだ……。

 

 

「マジかよ……」

「なんてこった……」

「信じられん……みんな、見てるか?」

「ああ……!」

 

 

 状況を忘れて唖然としてしまう。

 開いた口が塞がらない。

 

 

「やりやがった!! マジかよッ! あの野郎!! やりやがった! 姉畑支遁すげえッ!!」

 

 

 杉元の吠え声に我に返った。銃を構える。

 ヒグマへと発砲した。

 

 

「ギャッ」

 

 

 右目に当たり、熊の動きが一瞬固まる。

 今度は心臓を狙って肩甲骨辺りへ銃弾を放った。

 熊の体から力が抜け地面に倒れこむ。

 命中した。

 

 

「姉畑先生! もう十分だろ! ヒグマから離れろッ!! 姉畑先生…まさか、勃ったまま死んでる……」

 

 

 ヒグマが動かなくなったところで杉元が姉畑に駆け寄る。

 しかし姉畑は答えず、ボロリと硬直したままヒグマのケツから剥がれ落ちた。

 

 

「うっっわ……」

「ウコチャヌㇷ゚コㇿして力尽きるとは……鮭みたいな奴だったな」

 

 

 思わずドン引きである。

 まあでも腹上死したと思えば

 幸せな奴だったのかもしれない。

 散々騒がせたくせに……腹立つなあ。

 

 

「あとになって殺すなら、どうしてウコチャヌㇷ゚コㇿする前によく考えなかったのか……そうすれば殺さずに済んだのに……なあ杉元! そう思わないか?」

 

 

 アシㇼパの言葉に、ぐ、と杉元が言葉を飲み込んだのがわかる。

 すなわち賢者タイムというものだろう。

 私が説明してやってもいいんだけど、また杉元に口を塞がれたら嫌だ。

 杉元の様子を静観する。

 チラリ。杉元が私の方を見た。

 

 お前が説明するんだろ? とニッコリ笑って手のひらを差し出す仕草をする。

 

 

「はあぁ……男ってのは出すもん出すとそうなんのよ」

「オイやめろッ!」

 

 

 髪を撫でつけながらため息混じりの尾形の発言に杉元が噛み付いた。

 も〜、杉元がちゃんと説明しないからいけないのよ〜??

 

 そのあとアイヌの村に戻り、獲った熊を送る儀式に参加した。

 

 

「それより英作さん、ちゃんと尾形のこと見張ってくれたんだね、村の人たちが死んでなくてよかったよ」

「いや、谷垣を逃すのは尾形が主導した。私は見張りを潰すくらいしかしてない」

「そうなのぉ!?」

「誰も傷つけずに谷垣を逃すと決めて行動したのは尾形だよ」

「そうなのか」

 

 

 アシㇼパに手の匂いを嗅がされながら、簡単に話した。

 尾形が眉間に皺を作って私を睨んでいるけど、知ったことか。

 

 

「尾形、杉元は疑ってたし私もちょっと不安だったけど見直したぞ」

「谷垣源次郎は戦友だからな」

 

 

 スッと差し出されたアシㇼパの手の匂いをクンクンと猫のような目になって嗅ぎながらの一言である。

 悪ぶってるけど色々と台無しだ。

 そんな尾形をホッコシしながら見守った。

 

 そして谷垣からフチのことを聞かされて、それでも前に進むと宣言したアシㇼパは、どこまでも真っ直ぐで眩しい。

 その姿が、聯隊旗手となっても一切揺らぐことのなかった片割れの姿が重なった。

 

 

 アシㇼパも勇作も、決して守られるだけのか弱く幼い存在ではない。

 あの多くの死体の山が築かれた203高地で、私はそれすらも見えていなかった。

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