「虚」さんは「うつろ」さんといいます。
「……何度もいうようだが、我々はわざわざ、敵方と正面衝突する必要はない。敵味方双方の被害が少ない戦い方を心掛けねばならない。もうお前も聞き飽きたのではないか?」
昼下がり。肌に触れる外気はツンと冷えており、澄んだ晴天は秋の到来を告げている。
土塀に囲まれ、飾り気のない屋敷が立ち並ぶ集落の中に、大きな武家屋敷が鎮座している。屋敷の庭には柿の木が熟れた実をつけて、大小さまざまの鳥たちが木の枝で羽を休め、柿をついばんでいる。
穏やかな空気に包まれた縁側。そこに腰をかけているのはこの集落で権勢をふるう人物であろう。証拠に、その背には一際煌びやかに一族の紋章――三つの円が重なったようなもの――が織り込まれている。この人物こそ、虚。彼の柔和ながらも剛毅な立ち居振る舞いは見るものに安心感を抱かせるだろう。
彼は、今しがた彼のもとを訪れ、膝をついて何事かと懇願している目の前の人物に対して、諭すように語りかけた。
「もう一度説明するぞ?無体よ。忍は機動力が高く、一族単位では兵力は決して多くはない。故にその運用は騎馬に似る。基本的に忍は、その足の速さを活かして戦場へと急行し、その大きな破壊力でもって短時間で決着をつける。しかも日頃訓練し、傭兵としての招集に備えている我らは半分農民な侍とは違って速やかに動員され、且つ復員も迅速だ。故に忍一族が担当する一回あたり戦役の期間は短い。故に多くの忍一族は長期にわたる戦役に対応しきれない」
虚はじっと無体と呼んだ青年を見据える。
「だから我々虚繭一族は身を隠し、幻影を相手に見せて我らの領内奥深く、敵方の本拠地から遠く離れた場所へと敵をいざなう。敵が釣り上げられなかったら小隊で断続的に敵の陣を攻撃し、長い膠着の末、敵が撤退するのを待つ。敵が深入りしてきたら、その野営地へと続く細く伸びた補給線及び後方の陣を徹底的に叩き、孤立して敵が弱った段階で一斉に攻撃する。」
続けて発しようとした虚の言葉を無体が引き受ける。
「『忍界では疎まれる長期戦をやり遂げる忍耐力こそ、我らの力』……たしかに無敗と謳われた虚繭一族の基本戦術は地味ながらも確実なものです。しかしこれは“負けがない”だけものもの。積極的に攻撃できない我々は領地から離れた戦場へと赴けず、勇名を馳せることができないばかりかいつも卑怯な手を使う、と外聞も非常に悪くなっております」
虚は不快そうに眉をひそめる。
「『善く戦う者の勝つや、智名無く、勇功もなし』これを理解できておる聡明な大名は、なおも我らを雇っている。岩の国などが筆頭だ。他の忍どもの言うことなど気にするでない」
身をさらに低くした無体は、なおも食い下がって説得を試みる。
「『兵は拙速なるを聞くも、未だ巧久なるを賭ざるなり』とも言います。
戦役のたびに長期の労働を強いられる補給部隊や武具の作り手、そして陰湿な戦闘を長く強いられる前線の者たちの不満が噴出しております。虚様の塵遁も、後方の敵拠点の物資を夜な夜な消滅させるためだけに用いられるとあっては、せっかくの秘術も浮かばれません。」
うっ、と虚は思わず声を上げてしまう。
虚繭一族の中で渦巻き始めている不満は、虚自身が感じていることであった。それにいくら、“聡明な大名は我らを起用する”とはいえ、最近では自国にほど近い場所にいる虚繭一族を使って、岩の国が防衛戦を行う時だけ招集される始末である。
従来の戦術では、敵後方の拠点への襲撃を透明化でき、塵遁を使える虚が手ずから行っていたこともあり、味方の被害は微々たるものだった。しかしこのままでは多額の褒賞がでる大規模な戦役に参加できないために、虚繭一族が袋小路なのは間違いない。
できる限り大規模な戦闘を避けて敵味方ともに被害を減らしたい。
敵の失命さえも減らしたいと虚が考えるのは、それが特殊な血継淘汰を備える虚繭一族への憎悪を増やしたくがないためだ。もっともその血継淘汰忍術を扱えるのは、ここ数十年で虚しか現れていないわけだが。
こう考える一方で、一族の繁栄のためには多くの落命を伴うであろう派手な戦いも必要。虚は当主としての難しい判断を迫られていた。
夜、満月が照り輝き、鈴虫が鳴く縁側で、虚は酒を嗜んでいた。傍には無体を呼んでおり、彼と酒を注ぎ交わしている。
「無体よ、そなたの言うことも最もだと思う。このままでは一族の繁栄は望むべくもない故な」
無体は思いが通じたとばかりに心を躍らせて答える。
「おお、わかってくださいましたか」
「ところで無体よ。何が一番ド派手で忍たちの記憶に残ると思う?」
「は……?そう……ですね。例えば、うちはか千手の二強。そのどちらかと正面切って戦闘して、打ち負かす、とかどうでしょう」
「ふん、凡庸よな」
無体はむっとして言い返す。
「なっ‼……なら、どうしようというのです」
虚はニヤッと笑い、無体の傍に顔を寄せる。
「そいつはな……」
それを聞いた無体は呆気にとられていた。
これが、虚が柱間と対峙するまでの、事の顛末である。
ここまでで、区切りとさせていただきます。
もし好評であれば、マダラとの闘いまで描写するかもしれません。
いやぁ、物を書くってのは難しいものですなぁ…(;'∀')