Spirit of Shadow   作:狂愛花

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まだまだ未熟で稚拙な文章と物語ではありますが、誤字・脱字・訂正ポイント・アドバイスなどがありましたら、一切の遠慮なくご連絡いただけると今後の励みになります。



それでは、ご覧ください。


プロローグ

 

 

 ゲンガー。それは人間の精神が具現化した存在。

 

 その歴史は古く、人類が文明を築いた時代には既にその存在が確認されていた。

 

 個々によってゲンガーの姿や能力は異なる。《アドミス》と呼ばれる主人である人間の精神状態や深層心理によってその姿を変える。主に見られる姿は、地球上に生息している動植物が多い。犬や猫などの哺乳類から、鳥類、爬虫類、水生生物に昆虫、そして草木や花と幅広い。中には珍しい姿をしているゲンガーも存在し、神話や伝説に登場する幻想生物の姿が確認されている。

 

 ゲンガーの有用性は非常に高く、狩猟・調理・採取・建築・芸能などあらゆる生活や娯楽にて活躍した。

 

 そして最も活躍したのは“戦争”だった。

 

 ゲンガーはアドミスの精神の強さによって戦闘力が決まる。精神が強ければ強い程にその戦闘能力は高くなり、ゲンガーはアドミスの命令に従いあらゆる行動が可能になる。

 

 その他にもゲンガーの戦闘能力はアドミスにも影響を与える。人体の一部分をゲンガーの身体部分に変化させたり、ゲンガーが持つ身体能力をある程度使用することが出来たりもする。これによってゲンガーを操らずともアドミス単体で一般的な人間より高い戦闘能力を得られる。

 

 やがて戦争は終戦を迎え、ゲンガー及びその能力を使用した殺傷行為の全てが禁止されることとなった。しかし、長らくゲンガーを兵器として扱ってきた為、法律で禁止されたとしても人間は変わらずゲンガーによる殺傷行為を続けた。

 

 そして生まれたのが、競技としての闘争行為“シャドウ”である。

 

 

 

□■□■□■□■

 

 

 

「……」

 

 御影幻進≪ミカゲ・ゲンシン≫は、高層マンションの屋上から夜の街並みを眺めていた。

 

 夜だというのに街の明かりは消える事無く、寧ろその輝きを一層強めているように見えた。

 

 百万ドルの夜景と評されても過言ではないそんな街並みを眺めている幻進の心は、輝く夜景とは打って変って虚無だった。

 

《ピィィ……》

 

 そんな幻進を背後から心配するように見つめる一匹の芋虫。幻進のゲンガーである“ワーム”だった。

 

 このワームが、幻進がこの場に立っている原因でもあった。

 

 幻進はこの街の中学に通う今年入学したばかりの新一年生だ。

 

 現代では、小学校を卒業した新中学生を対象に“ゲンガーテスト”と呼ばれるゲンガーを発現させる検査が行われる。

 

 ゲンガーの発現には個人差があり、早い者は新生児として出産される段階で既に発現し、遅ければ老後という段階に発現した例も見られている。

 

 時代が進みゲンガーの発現を人為的に行う技術が誕生した事で、現代では大多数がゲンガーテストによる発現を経験していた。

 

 だが、このゲンガーが現代では大きな社会問題となっていた。

 

 それはゲンガーの有能性を区分した“シャドウ・ランク”による民衆の差別意識だった。

 

 シャドウ・ランクは、個体差がバラけているゲンガーの有用性を区別する為に考案されたピラミッド構造の序列のことを指し、上に行く程ゲンガーの有用性は高くなる。

 

 更にシャドウ・ランクには、戦闘型・万能型・補助型・超越型の四つの系統が存在する。

 

 戦闘型は通称“アルファ”と呼ばれ、戦闘・殺傷の能力が高いゲンガーを持つ者が当て嵌められる。

 

 万能系は通称“ベータ”と呼ばれ、戦闘・日常作業の両方を熟せるゲンガーを持つ者が当て嵌められる。

 

 補助型は通称“ガンマ”と呼ばれ、戦闘面よりも日常の作業系統の能力に優れたゲンガーを持つ者が当て嵌められる。

 

 そして超越系は通称“オメガ”と呼ばれ、幻想生物の姿をした稀少なゲンガーを持つ者が当て嵌められる。

 

 オメガ・アルファがピラミッドの上位、ベータとガンマが下位に位置するのが、一般認知されるシャドウ・ランクでの順位である。

 

 それによってオメガやアルファに分類された者は、ベータやガンマに分類された者を見下し、それぞれの区分内に置いてもランクの序列で有能と無能を差別されていた。

 

 その差別は社会に深く浸透しており、上位のランクであれば進学や就職を自由に選べることができ、各方面からのスカウトが来るほど引く手数多な未来が確約される。

 

 反面、下位のランクであれば進学も就職も厳しくなり、ランクを下回るほど将来への道筋は絶たれたと言っても過言ではない状況に陥ってしまう。

 

 現代ではそう言った差別を撤廃する運動が果敢に行われており、表面上は差別を否定する動きが主になっているが、実際は全く変わっていないのが現状である。

 

 特に問題視されているのは下位ランク者たちの自殺問題だった。

 

 下位ランク者の進学難や就職難。進学や就職が出来たとしても、学校や職場での差別による虐め、あまつさえ家族や親戚からの抑圧を受け続け、遂には耐え兼ね自殺してしまう。近年では、ゲンガー・テストを受けた若者による自殺が非常に多く、下位ランクだと判明したことで決定付けられた暗い未来に絶望して、若者たちは自殺に奔ってしまう。

 

 御影幻進もその一人だった。

 

 幻進の家、御影家は多少は名の知れた旧家であった。特に父親は昔気質な頭の古いタイプで在り、幻進が長男であることもあって幼少期から厳しく育てられ、将来の大きな期待を向けられていた。

 

 その結果、幻進は中学の入学と同時に行われたゲンガー・テストでワームを発現し、下位ランクのガンマに分類されてしまった。

 

 幻進の世界はあっと言う間に一転し、幼少期から親しかった馴染みの友人たちからは蔑まれるようになり、家族からは叱責の罵詈雑言の嵐を受けることとなった。

 

 何より幻進の心を抉ったのは、同級生がオメガに選ばれたことだった。その同級生は、幻進の幼少期からの馴染みであり、小さい頃から周囲に虐められていた子だった。幻進は直接的に虐めてはいなかったが、間接的に虐めに加担しており、幻進本人も大人しいその子が虐められるのを自業自得だと思っていた。

 

 そんな同級生が自分より上位の存在になったと知り、幻進の目の前は真っ暗となった。

 

「……これが俺への罰なのかな」

 

 家族や友人から見放され、将来の道も絶たれたも同然。無意識に見下していた存在が自分より上位の存在である事実。それらの現実に幻進は絶望した。

 

 そしてこの現状を招いたのが自分の行いにあると思い、間接的に同級生を虐めていたこと、心の中で見下していたこと、それらの最低な行いが自分を貶める結果を招いたのだと、幻進は理解した。

 

《ピィィ……》

 

「……お前は俺の醜い心の具現化なんだな。だから、お前はそんなにも醜い虫の姿をしてるんだな」

 

 幻進は自分の後ろで蠢くワームを憎悪の籠った眼差しで睨みつけた。ワームは謝る様に身を委縮させ頭を下げた。

 

「……いや、謝って欲しい訳じゃないだ。そもそも、お前がそんな姿になったのって、俺の心が汚れてるからなんだよな……」

 

 幻進の瞳から憎悪が消え、今度は悲しみに潤みだした。

 

 絶望したことで自分という人間が最低であることを知った幻進は、感情のままにワームに八つ当たりした事実に自己嫌悪した。そして一層自分が底辺の人間であることを痛感した。

 

《ピィィ!》

 

 それは違うと言いたげにワームは頭を左右に振る。しかし、それは気休めにもならなかった。

 

「でも、もう俺には関係ないことだよな。もう死ぬんだし」

 

《ピィィ!?》

 

「お前には本当に悪いと思ってる。でも、もう無理なんだよ……。ごめんな」

 

 潤む瞳から一筋の涙が幻進の頬を伝っていく。

 

 幻進は視線をワームから戻し、自分の足元を見下ろした。彼方に広がる夜景の輝きとは違い、今立っている高層マンションの明かりはポツポツとしか灯っておらず、遥か下にある地面は闇が溜まっていてよく見えなかった。

 

 まるで奈落のようだった。

 

 しかし、今の幻進には恐れなど無かった。奈落へと飛び降りる恐怖よりも、周囲からの嘲笑と抑圧に将来を覆う漆黒の闇の方が、今の幻進にはとても恐ろしかった。

 

 幻進は躊躇いなく空中に一歩を踏み出した。その足は空気を踏み抜き幻進の体を前へと引っ張った。幻進は重力に引かれるまま奈落へと落下していった。

 

「さようなら……」

 

 虐めてしまった同級生、期待に応えられなかった両親、そして死なせてしまう自分の分身に対して謝罪に気持ちを抱き、幻進は来るべき衝撃に備えゆっくりと目を閉じた。

 

 そして幻進の体を衝撃が襲った。

 

 そこで幻進の意識は途切れ、闇の中へと沈んでいった。

 

 

 

□■□■□■□■

 

 

 

「……ん。あれ?」

 

「気がついたかい?」

 

 幻進が目を覚ますと知らない男が幻進を見下ろしていた。

 

 眼鏡を掛けた優しそうな男性だった。学校の先生をやってそうな見た目だなと、目覚めたばかり幻進はボンヤリとした頭でそんなことを思った。

 

「ッ!? 俺、何で生きて……?」

 

 意識が完全に覚醒すると幻進は飛び起きた。辺りを見渡すが、幻進が思っていた死後の世界とは全く違い、普通の部屋そのものだった。

 

 テレビやソファーといった見知った家具が目に入り、自分が死んでいないのだということを実感した。

 

「やっぱり、君は自殺未遂をしたんだね」

 

 男はそう言いながら幻進が寝かされていたベットから離れ、近くのテーブルに置かれていたマグカップを取ると幻進に差し出した。

 

「ココアだよ。少し冷めてしまったけど、まだ暖かいから飲みなさい。落ち着くよ」

 

 差し出されたマグカップからほんのりとココアの甘い香りが漂う。

 

「……何で助けたんだよ」

 

「死にそうになってる人を助けるのは、人として当然の行為だと思うよ」

 

「俺は死にたかったんだ! 助けなんて求めてない!」

 

 幻進は声を荒げ、差し出されたココアを弾き飛ばす。ココアの入ったマグカップが宙を舞いフローリングの床に落ちて砕け、中に入っていたココアがフローリングに広がる。

 

 男はその様子を静かに見ていた。

 

「本当に助けを求めてないのかい?」

 

「はぁ? 何言って……」

 

「君を助けたのは、その子なんだよ」

 

 そう言って男は幻進の腹部を手で指し示した。幻進はその先を目で追い自分の腹部を見た。そこにはワームが丸まって眠っていた。

 

「身投げした君を口から吐いた糸で引き上げたんだよ。僕は君が飛び降りようとしたマンションの住人でね。窓から飛び降りた君の影が見えて、おまけに引き上げられてるのだから本当に驚いたよ。マンションでバンジージャンプしているのか!? って思って屋上に行ってみたら、君のゲンガーらしいそのワームが、必死になって君を助けようとしていたんだよ。それで気絶した君を取り敢えず僕の部屋連れて来たって訳さ」

 

「こいつが……」

 

 幻進が戸惑いながらワームを見ていると、ワームは目を覚ました。そして直ぐに幻進を心配するように幻進の顔を見上げた。

 

 意識が途切れる瞬間に感じた衝撃。それはワームが糸を伸ばして自分の体を捕まえた時のものだったんだと幻進は理解した。

 

「何で助けたって、聞いたね? 君が本当は死にたくないって分かったから助けたんだよ」

 

 男は幻進が割ったマグカップとココアの片付けをしながらそう言った。

 

「何言ってんだよ……。俺は本当に死のうとしたんだ! 実際、俺は本当に飛び降りたんだ!」

 

 事実、飛び降りた幻進に一切の躊躇いはなかった。思い切りなどではなく、躊躇なく身を投げた。例え底が闇に覆われ不明瞭であったとしても、固いコンクリートの地面に身体が叩きつけられると分かっていても、行き着く先が死であると分かっていた為、幻進は恐怖を微塵も抱く事はなった。

 

「君は、ゲンガー・テストで下位ランクだと判断されて将来に絶望して自殺を図った。違うかい?」

 

「あぁそうだよ! あんたに分かるか!? 下位ランクになっただけで、友達が居なくなって、家族からも見放されて、将来も真っ暗になったんだぞ!? もう生きてる意味ないじゃないか……」

 

 幻進は膝を抱え涙した。

 

「……絶望するのも無理はないね。ゲンガー・テストを受けたばかりなら恐らく君は十二歳か十三歳。世間じゃまだまだ子供だ。そんな子たちが、ランクを判断されるだけで今の環境が激変して将来の夢が絶たれてしまうなんて、到底耐えきれるものではないよね」

 

 男は幻進に近づくと優しげな口調で慰める様にそう言った。

 

 だが、今の幻進にはその慰めは全く心に響かなかった。逆に自分の心を理解していると言わんばかりの男の口調に腹が立った。

 

「知った様な口利くなよ!? あんたはこんな立派なマンションに住んでるじゃないか! てことはあんたは良い暮らししてるってことじゃないのかよ!!」

 

 男は幻進が飛び降りたマンションの住人だと言っていた。この高層マンションは傍から見ても三十階以上の階数がある。この男が何階の住人なのかは幻進には解らない事だが、中々の広さがある部屋と、見るからに高そうな家具を見れば男が裕福であるということは理解できた。

 

 つまりはこの男はアルファもしくはオメガの上位ランク者だろうと幻進は思った。

 

「あんたみたいな恵まれた奴に、俺たちの気持なんか分かる訳ないだろうっ!!」

 

 そう言って幻進は男に枕を投げつけた。

 

 男はそれを避けなかった。投げられた枕はボフッと音を立てて男に当たるとそのまま床に落ちる。

 

「確かにそうだね。軽率な発言だった、すまない」

 

 男は足下に落ちた枕を拾いながら幻進に謝った。しかし、幻進は男の方を全く見ず足を抱えて顔を埋めてしまう。

 

「確かに私は君じゃないから、君が味わっている苦しみを理解することは不可能だ。でもね、君が本心から死にたくないと思っていることは分かるよ」

 

「ッ!? だから何でそう言えるんだよ!!」

 

「その子が君を助けたのが何よりの証拠さ」

 

 そう言って男はワームに視線を向けた。

 

「こいつが何の証拠になるって言うんだよ!」

 

 一度ワームに幻進も視線を送るが、男の言葉の意味がよく分からず再び男へと視線を向け怒鳴った。

 

 ワームはそんな二人を交互に見ながらオロオロと戸惑っていた。

 

 それでも男は平静のまま幻進に答えた。

 

「ゲンガーが心、つまり精神の具現化であることは君も知っているだろう」

 

「それが?」

 

「具現化したことでゲンガーにも自我が宿る。その個性は様々だが、基本的に主人である人物の性格が大きく影響を与える。しかし、どんな個性が宿ろうともゲンガーは主人と一心同体であることに変わりはない。つまりは、ゲンガーは決して主人の意思に背くことはないんだ」

 

「だから何だって言うんだよ!!」

 

 回りくどい男の言い方に幻進は苛立って怒鳴った。

 

 男の話した内容は幻進も十分に知っていることだ。幻進だけではない、この世界に暮らす人間なら物心がつく頃には教えられる内容だった。

 

「言っただろ? 君は飛び降りた後、その子によって助けたられたと。君が本当に死を望んでいたのなら、その子は君を助けたりはしなかった」

 

「ッ!?」

 

 幻進の怒りが一気に消え去った。

 

 言われて初めて幻進はそうだと理解できた。先程、男が言っていた言葉通りなら、幻進の飛び降りをワームが阻止する理由などない。幻進が本当に死を望んでいたのなら、ワームは一切の邪魔などせず、ただ見守っていただろう。

 

「いや、でも……俺は本当に、死にたくて……」

 

 幻進の心が激しく乱れる。あんなに死にたいと思っていた筈なのに、その事実を理解した瞬間、自分でもよく分からなくなって混乱してしまった。

 

 そんな幻進に気を止めず男は言葉を続けた。

 

「本当に絶望して生きる気力を失った人の心は荒み切って虚無に等しくなる。そうなれば分身であるゲンガーにも多大な影響を及ぼし、大半のゲンガーが心の死と共に消滅する」

 

「消…滅…?」

 

 その事実を知らなった幻進は絶句した。いや、ゲンガーの消滅自体は基礎知識として身についている。

 

「ゲンガーはどれだけ傷付き倒されようとも、主たるアドミスの心が健在であれば何度でも蘇る。だが、アドミスの精神が弱まれば弱まる程ゲンガーは弱くなる。そしてアドミスの精神が崩壊してしまうと、ゲンガーも消滅する。俗にいう“ハートブレイク症候群”だよ」

 

【ハートブレイク症候群】

 

 それはアドミスが精神崩壊を起こしてゲンガーが消滅してしまう症状のことをいう。軽度なものであればゲンガーの姿が消えたり現れたりを繰り返すものや、数日間ゲンガーが消滅する程度のものだが、重度なものになると数年間ゲンガーを失うものや、一生ゲンガーが戻らない場合もある危険な病である。

 

 明確な原因は定まっていないが、アドミスの精神に害を与える事象や存在によって発症するとされているのだが、その最も足る要因の一つであるストレスが溢れる現代において、必ず患う病として下位ランク者の自殺に匹敵する社会問題となっている。

 

 しかし、幻進のワームは消えたりなどせずそこに存在している。一切の違和感も感じていない様子で幻進のことを変わらず心配そうに見上げていた。

 

「俺は……本当は死にたくないのか……?」

 

 男の話を聞く度に幻進は自分の心が分からなくなっていった。

 

 確かに現実に絶望した。死にたいと思って実際に行動した。でも、ワームは自分を助けた。自分が本当はどうしたいのか幻進は分からなかった。

 

「今話題になってる下位ランク者による自殺は二つのパターンに分かれるんだ。一つ、精神崩壊してゲンガーが消滅する程に死を望んでのもの。二つ、絶望したと思い込んで自殺を図ってしまうもの。残念なことに一つ目のパターンによる自殺はとても少ない。今話題になってる自殺の殆どが二つ目のパターンで、君の自殺未遂もこのパターンだ」

 

「思い……込みだってッ!?」

 

 幻進は男の胸倉を掴んだ。

 

 男の言葉で混乱した幻進だったが、自分が死のうとした事実に変わりはなく、自殺を決行する程の苦悩を思い込みで済まされたことに幻進は再び憤った。

 

「俺が感じた絶望は思い込みなんかじゃない! 思い込みで死のうとする奴なんているわけないだろ!」

 

「勘違いしないでくれ。一言に思い込みというが、それは単純でも簡単なものでもない」

 

「また訳の分からないこと言いやがって!!」

 

「ゲンガーの存在によって人間の精神の状態をある程度は明確に判断できる。昔はゲンガー・テストなど存在しなかった為、自然発現するのを待つのみだった。ゲンガーが居なければ人間の精神状態は傍から見て判断するのは難しい。ゲンガーの存在があったとしても、人間の心は複雑かつ繊細を極めている。研究が進んでいるとはいえ、人間の心というものを我々は未だに制御することが出来ていない。言うは易く行うは難しって奴さ」

 

 分かるね、と最後に男は幻進の目を見つめながら言った。その言葉を聞いて幻進は胸倉を掴む手を放した。

 

 憤ってはいるが、幻進は馬鹿ではない。仮にも旧家出身で厳格な父の教育を受けて育った為、一般よりも幻進は頭が良い部類に入る。さっきまでは自殺を妨害されたことに怒っていた為、ワームが助けた意味について直ぐに理解することは出来なかったが、今は男が言っていることを理解できた。

 

 だが、納得は出来なかった。男の言葉は理論的で理解するのに足る内容だったが、納得できるかどうかは別の話だ。しかし、納得できないのもまた複雑な心によるものであると幻進は理解し、それが余計に男の言葉を正当化させたことを痛感させられた。

 

「死にたいと思う程、心にショックを受けたのは確かだろう。でも、ゲンガーは深層心理そのものともいえる。自殺しか救済の方法がないと頭で結論を出したとしても、君たちの心はまだ生きたいと思っているんだよ。だからその子は君を助けたんだよ。君が生きたいと思っていたから」

 

「~ッ!!」

 

 幻進は膝から崩れ落ち大粒の涙を流した。

 

 男の言葉はまるで魔法のように幻進の心の奥底に押し込まれていた本心を呼び覚ました。

 

 幻進だけではない、下位ランクになった者たち誰しもが思っている。生き続けたい、夢を叶えたい、普通に人生を歩みたいと。

 

 しかし、どれだけ願おうが現実は残酷だ。周囲の悪意がそれを許してくれない。生き続けられたとしても、悪意による理不尽の嵐に見舞われ続け、その心はやがて朽ちてしまう。

 

 彼らにとって死とは逃げ道であり、人生をリセットできる希望であった。

 

 幻進は内に溜まっていた鬱憤を吐き出す様に泣き叫んだ。

 

 小さい頃、幻進は泣くと父親に烈火の如く叱られた。昔気質な父親は、男の子が容易く泣くことを良しとしなかった。加えて泣くのは心が弱い所為であり、心を強くする為に泣くことは許さんという根性論染みた教えを幻進に言いつけていた。

 

 その為、幻進がこうやって声を上げて泣くのは数年ぶりのことだった。数年ぶりに泣く所為か、涙は湯水の如く溢れ出て来た。

 

 それと共に生きたいという思いも溢れ出て来た。

 

「本当は死にたくなんかないんだ!! 生きていたいよ!! 生きて高校に行って、大学にも行って、就職して、結婚して、幸せな家庭を作りたいよ!! 夢を追い続けたいよ!! 《アドミニスト》になりたいよ!!」

 

 幻進は思いの丈を泣き叫んだ。

 

 アドミニストとは、ゲンガーを用いた国際競技《シャドウ》の選手のことを指し、現代において将来なりたい職業第一位に選ばれている職業である。

 

 終戦以降、戦闘行為を競技に昇華させて誕生した《シャドウ》は、ゲンガー本体またはその能力を使用したアドミス自身が戦い合う競技で、一対一の個人戦やチームワークによる団体戦、戦闘ではなく技を披露する演舞などの幅広い種目を有している。アドミニストは、この競技を行うアスリート全般のことを指し、現代に置いて老若男女年齢問わず人気を博している。

 

 それに加えて、このアドミニストという役職は一介のアスリートという立場だけではなく、有事の際に救助隊員や防衛戦力という役割も持っている。所謂、公務員でもあるわけだ。

 

 アスリートであり公務員でもあるアドミニストは、収入面でとても高水準に位置しており、公務員の安定した収入に加え、アスリートとしての収入もある為、民衆の憧れの対象というだけでなく社会的信用や安定高収入という面でも、アドミニストという職業は全世代から絶大な人気を得ているのだ。

 

 幻進も例外なくアドミニストに憧れ、将来はカッコいいゲンガーと共にアドミニストとなってシャドウの世界大会で活躍することを夢見ていた。

 

 下位ランクであるガンマに選ばれた今でもその思い変わらない。

 

 幻進の慟哭は暫く続きその間、男は静かに幻進の慟哭に耳を傾け、その思いの丈一つ一つをシッカリと聞き届けていた。

 

「生きたいよ……。夢も諦めたなくない……。でも……周りがそれを許してくれない……。それでも、頑張るなんてこと、俺には……」

 

 嘆く幻進の頭を男は優しく撫でて慰めた。

 

「よく頑張ったね。もう大丈夫だよ。ここには、君を否定する存在はいないから」

 

《ピィ!》

 

 幻進の傍らまで寄って来ていたワームが、男の言葉に賛同するように元気な鳴き声を上げた。

 

 下位ランクである自分でも肯定してくれる。そんな一人と一匹の存在の暖かさが幻進の身に染み渡り、今度は感動で幻進は号泣した。

 

 そんな幻進をまるで親が子をあやす様に男は優しく抱擁して撫で続けた。そしてワームもまた、自分のアドミスである幻進に擦り寄り、自分の温もりを伝えようとする様に幻進の傍に居続けた。

 

 幻進はそのまままた暫く泣き続けた。

 

 

□■□■□■□■

 

 

「ご迷惑かけて、すみませんでした……」

 

 一頻泣き終えた幻進は男に土下座する勢いで頭を下げた。

 

 今、幻進は羞恥に苛まれていた。

 

 精神的に追い詰められていたとはいえ、幻進は多感な年頃。人前で赤子の様に泣き叫んだことが恥ずかしくて顔から火が出る思いに駆られていた。

 

 加えて容易く泣くなと父親に教えられて来た為、人前で泣いてしまったことに対して幻進は後ろめたさも感じていた。

 

「気にしなくてもいいよ。辛い時には泣くことも必要だからね。じゃないと余計に苦しくなってしまうからね」

 

 羞恥心と罪悪感に苛まれる幻進に対し、男は一切気にした様子を見せずに笑顔でそう答えた。

 

 男からして見れば、幻進はまだまだ幼い子供であり、泣くことに対して何ら変なことだとは思っていなかった。

 

「所で、君はこれからどうするつもりだい?」

 

「え?」

 

 男の言葉に幻進の中で溢れていた羞恥心と罪悪感が消え去った。

 

 自分の本心を知った今、再び自殺しようなどとは幻進は考えてはいない。では、どうするのかと尋ねられると幻進は返答に困ってしまう。と言うよりも、返答する答えを幻進自身も見つけられないでいた。

 

「……分かりません」

 

「家に帰るのは?」

 

「それはっ!ちょっと……」

 

 幻進の脳裏に両親の怒号が蘇る。自殺を思い留まったとはいえ、幻進の状況は全く好転していない。

 

 幻進はまだ未成年。自立できる年齢になるまでは、当人の意思とは関係なく保護者である両親の許に居なければならない。

 

 自殺を決行すると決めた時は、死後のことだからと微塵も考えていなかったが、そうでなくなった今、幻進の前に開けているのは帰宅するという道筋だけだった。

 

 しかし、多感な年頃に加えて両親から烈火の如き叱咤を受けた幻進にとって、帰宅することは非常に気まずい選択だった。

 

 だが、道はそれしかないことが分からない程、幻進は馬鹿ではないが、そうなのだと素直に受け入れられる程、幻進は年を重ねてもいない。まだまだ若すぎるのだ。

 

「そっか。そうだよね」

 

 男は幻進の気持ちを察していた。だからそれ以上は追及するようなことは言わなかった。

 

 その代わりに男は幻進にある“提案”を持ち出した。

 

「……もし、ゲンガーのランクを上げられるとしたら、君はどうする?」

 

「え?」

 

「心配しなくても、書類やデータ上でランクを改竄してその場しのぎをしようって訳じゃないよ。僕が言っているのは、本当の意味でゲンガーを強くするってことなんだよ」

 

「ゲンガーを強く……?」

 

 その提案は幻進にとってとても魅惑的なものだった。

 

 もし、男の言うようにゲンガーを強化できたなら、それに伴ってランクも上がるだろう。そうすればこの地獄から脱することが出来て以前の日常を取り戻せる。

 

 しかし、そんなに都合のいい話はそうそうない。

 

「もしかしてトレーニングのことを言ってるんですか? だったら無理ですよ。トレーニングすれば確かにゲンガーを強くすることが出来ますけど、ランクはそう簡単に上がりませんよ。例え上がったとしても、ガンマからベータになるなんてこと滅多にありませんし、それ以上になるなんて前例がありません」

 

「うん、君の言う通りだよ。トレーニングでは、余程過酷なものを実践しない限りワンランク上に行くことは極めて難しい。大抵が平均的なガンマより少し優れる“ガンマプラス”になるか、平均より少し劣っている“ガンママイナス”から平均になるか、またはマイナスからプラスまで上るかのどれかが一般的にトレーニングで得られる効果だよ」

 

 ゲンガーの強化については、戦争が頻発していた時代から行われていた。代表的なものは、人間の肉体と精神に負荷を掛けてそれに耐え抜くという苦行である。

 

 戦争全盛期の頃には、短時間で飛躍的なゲンガーの強化を実現させていたのだが、その方法は非人道極まりなく、それによってゲンガーを強化したアドミスは、半身であるゲンガー諸共悲惨な最期を遂げてしまうというデメリットが伴ってしまう。

 

 現代では法律でその手法は禁じられており、医学や技術の進歩によって戦争時代よりは効率的な強化方法が編み出された。

 

 その一つが“トレーニング”である。その内容は有り触れた筋力トレーニングと変わりはないが、近代になってその筋トレが齎す効能は肉体強化だけでなく、メンタルも鍛えられることが判明し、誰でもお手軽にできる点も評価され、現代ではもっとポピュラーなゲンガー強化として一般認知され皆が行っている。

 

 その他にも、“修行”や“鍛錬”といった強化方法もあり、こちらはトレーニングと比べて手軽には行えず誰でも行える訳ではないが、トレーニングよりも高い効果を得ることが出来る。

 

 しかし、これらの方法も先述した非人道的な強化法に比べるとその効果は微々たるものだと言える。過度な強化は人心に多大な負荷を与え、安全な方法での強化ではとても効率的とは言い難い強化しか得られない。

 

 医学・科学・心理学が飛躍的に進歩してどれ程知識を深めようとも、未だに人の心というものは未知で溢れている。それ程までに心というものは繊細で複雑なものだのだ。

 

「だけどね。それ以外でもっと効果的な方法があると云ってら、君はどうする?」

 

「どうするって……。もし、そんな方法があるなら、試したいです。でも、そんな都合の良い方法なんて……。あっても非合法の物じゃないんですか?」

 

 幻進は疑惑に満ちた目で男を見た。

 

 過去行われた非人道な強化方法については歴史の授業で小学校から皆習う。加えて、現代では薬物によるゲンガーの違法強化が横行しており、新聞を始めとするあらゆるメディアによってその被害の実情と警戒が報じられている。

 

 上手い話には裏がある。幻進でなくとも疑うのは当然。助けてくれた相手とはいえ、男と幻進には面識がない。余計に疑わしく思える。

 

「うん。合法的なものじゃないよ」

 

 男はニッコリと笑みを浮かべてそう答えた。

 

「……はい?」

 

 幻進は思わず聞き返してしまった。

 

 それもその筈だろう。こういうものは一般的に否定したり言葉を濁したりするものだろう。だが、男はそれに反して驚く程あっさりとそれを認めてしまった。

 

「え? あの……。非合法、なんですか?」

 

「うん。“まだ”合法的ではないんだ」

 

「まだ?」

 

「そう言えば自己紹介がまだだったね。僕は“深先究人(フカサキ キュウト)”。職業は《研究者》をやってるよ。よろしくね」

 

 そう言って男改め、究人は幻進に手を差し出し握手を求めた。

 

「研究者……?」

 

 呆気に取られている幻進は流れに呑まれ深く考えず差し出された究人の握手に応じる。

 

「そう。ゲンガーについて研究してるんだ。特にゲンガーとアドミスの関係についてね」

 

「ゲンガーと、アドミスの関係?」

 

 幻進は合点がいった。

 

 究人は研究者。それもゲンガーとアドミスの関係についての研究者。だからこそ一般に認知されている方法とは違うゲンガーの強化方法を知っているのだろうと、幻進は理解した。

 

「ゲンガーについての研究は日夜行われているんだ。世間に認知されてるゲンガー関連の情報は全て、薬品等の販売と同じで許可が必要なんだ。然るべき機関にて許可を求め審議を受ける。そしてあらゆる観点から安全であると認められた物だけが、世に開示されるのさ」

 

「それじゃ、さっき深先さんが言ってた“まだ合法じゃない方法”っていうのは、もしかして―――」

 

 究人の提案の真意を察した幻進を見て究人は首肯する。

 

「御察しの通り。君にはまだ審査が通っていない私の研究のテスターになって貰いたいんだよ。その研究の中には、君が望むゲンガー強化についてのものもある。勿論、無理強いはしない。どうかな?」

 

「俺は……」

 

 幻進は考えた。

 

 究人の手を取れば、側で自分を見つめるワームを強くしてやれるかもしれないが、安全であるという保障は何処にもない。だが、例え手を取らなかったとしても、幻進に待っているのは見下され虐げられる苦悩の居場所のみ。

 

 究人は幻進に強制はしないと言ったが、究人の手を取らなければ、今後の幻進にこれ程のチャンスが訪れることは無いだろう。

 

 そう。終わることの無い針の筵の中に居続けるか、光明が射すかも知れない棘の道を行くか、どちらか選ぶとするなら僅かな希望が残されている後者の方が、幻進には何倍もマシに思えた。

 

「……一度は死のうとした身です。どんなことでも耐えて見せます」

 

 幻進は差し出された究人の手を強く握った。

 

「これからよろしく頼むよ。少年」

 

 夢敗れた少年と研究者の男。

 

 何とも不釣り合いな二人は、こうして今ここに契約を交わした。

 

 少年は得られぬ力を得る為に、男は探求の為に。お互いに信頼などではなく、己の利害関係の為に手を取り合った。

 

 二人の利害が重なった瞬間を小さな芋虫だけが、二人の傍らでその様を見届けた。

 

 

 

To be continued




いかがでしたでしょうか?



私の妄想の具現化を少しでも面白いと思っていただけたら幸いです。



次回もよろしくお願い致します。
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