Spirit of Shadow   作:狂愛花

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まだまだ未熟で稚拙な文章と物語ではありますが、誤字・脱字・訂正ポイント・アドバイスなどがありましたら、一切の遠慮なくご連絡いただけると今後の励みになります。

それでは、ご覧ください。


第2話

 

 

Side 三人称

 

 選影試合は三種類の試合形式によって構成されている。

 

 第一試合の”乱戦”。第二試合の”協力戦”。そして最終試合の”個人戦”。この三種類が選影試合を代表する試合にして、選影で行われる全試合である。

 

 第一試合の「乱戦」は、その名の通り参加者全員で行われるバトルロワイヤル。通称“サヴァイブ”と呼ばれ、乱戦状態での立ち回り方が問われる試合となっている。

 

 第二試合の「協力戦」は、通称“ユナイト”と呼ばれるチーム戦。ランダムで組まれたチームで戦い、即席でのコンビネーションと作戦の立案力を問われる試合となっている。

 

 最終試合の「個人戦」は、通称“ソリタリア”と呼ばれる一対一の試合。前二試合が生き抜くことを目的としているとするならば、最終試合では純粋な戦闘能力が問われる試合となっている。

 

 これらの試合を勝ち抜いた数百いる参加者の内の一握り、僅か十二名だけが特待生に選ばれる。

 

 彼らこそがその年の始まりに置ける東影学園最強の十二人なのである。

 

 

Side Out

 

 

Side 龍夢

 

 

「龍夢も参加すればよかったのに。勿体ないなぁ~」

 

 そう言って不貞腐れているのは、初等部からの友人である“火村茜(ヒムラ アカネ)”。

 

 今日、私は選影試合の観戦に来てる。

 

 茜が言う様にオメガである私は周囲から選影試合への参加を望まれていたけど、私にそんなつもりは毛頭ない。

 

「私は別に特待生になろうと思ってないから。それに今の私はそれ所じゃないから……」

 

「……まだお兄さんを探してるの?」

 

 私は頷いた。

 

 兄さんが失踪してから三年間、私は様々な方法で兄さんの行方を追った。周りの人たちから話を聞いたり、旧家である実家の伝手を辿ったり、色んな方法で兄さんの行方を捜してる。

 

 でも、未だに兄を見つけられないでいる。

 

「できるなら、私は学校なんか行かないで兄さんを探したい。でも、それはお父さんたちが許してくれないから」

 

「そりゃそうでしょ! 義務教育として中学までは出なきゃいけないし、龍夢の家柄的にも世間体ってのがあるでしょ? 特に龍夢はオメガなんだから」

 

 そう。それが余計に私を憂鬱とさせる要因。

 

 私はゲンガーテストで幻想動物の“龍”を顕現した。

 

 幻想動物のゲンガーを持つ者は、皆「オメガ」のランクに分類され、オメガになった人たちはその時点で人生の勝ち組になったも同然。良くも悪くも色んな方面から注目される人材になってしまう。

 

 そうなることを望んでる人たちは良いけど、そうじゃない私みたいな人たちにとっては、自由を奪われる大きな枷でしかない。

 

 私がオメガだと認定された途端、いなくなった兄さんの代わりに両親は一心の期待を私に寄せた。それはもう過剰なまでに。

 

 特にお父さんは兄さんの失踪以降、輪をかけて熱心に私の教育に取り組んでいて、私の言動一つ一つに色々と口出しするようになった。その結果、私と父の間に軋轢が生まれるのは必然だった。

 

 旧家である御影家の家督を継がせる為に英才教育を施そうとするお父さんと、居なくなった兄さんを探したい私の衝突は直ぐに起きた。今じゃお父さんが一方的に口喧しく言ってくるだけで、私はそられ全てを聞き流すか無視している。

 

 旧家として嘗て栄えていた御影家は、今では珍しくない冷え切った家庭環境となってしまっていた。

 

「確かにオメガだから兄さんの情報を得る為の情報収集には大いに役立ってるけど、ハッキリ言って有難迷惑な感じなんだよね」

 

「うわぁ~贅沢な悩み! ガンマの人が聞いたら血の涙を流しそうな話だよね~」

 

 茜はジトーっとした呆れたような眼差しで私を見た。

 

 茜のランクはベータ。上位カーストのランクだけど、茜は周りの人たちみたいに差別意識を持っていない稀有な性格をしてる。

 

 だからガンマである兄の行方を捜す奇特な私のことも友人として受け入れてくれてる。

 

 今もこうやって私のことを案じてくれて色々とアドバイスしてくれて、本当に良い友人に巡り会えたと感謝しきれない。

 

「龍夢は実力あるから絶対特待生になれると思うんだけど、本人にその気がないなら無理強いしても結果出せないだろうしね」

 

「そう言う茜だって実力あるんだから出てみたりしないの?」

 

 茜は万能型であるベータを体現した様な実力の持ち主で、本気を出せばアルファに匹敵する実力者だと私は思ってる。

 

「んな訳ないじゃん! 実技と筆記の試験は三年間平々凡々。そんな強くも弱くもない半端なアタシが選影で勝ち進める訳ないじゃん。良くてサヴァイブで快進、ユナイトで足引っ張って敗退するのが関の山だよ」

 

 そんな訳ない。

 

 茜は中途半端って言ってるけど、三年間も実技と筆記の試験結果が僅差でしか変わらないのは、それはもう意図的に成績を維持しているのに違いない。全力でも手抜きでもない状態でその成績なら、全力を出せばもっと高みへと行けるってこと。

 

 でも、そうしない。茜の磊落とした性格上、彼女は必要以上の向上を望まないし、それを他者に強要したりもしない。だから、私にもアドバイスはするけど、ああしろこうしろと言ってきたりはしない。

 

 まぁ、あくまでも私がそう思ってるだけで、実際はどうか分からないけど。

 

《それでは選手の入場です!!》

 

 そんなことをやっている間に選手の入場が始まった。

 

 四方に存在する扉が一斉に開き、参加する生徒たちがぞろぞろと入場してくる。

 

「相変わらず凄い数だよね~」

 

「そうだね。年々人が増えて行ってるみた…い……?」

 

 その瞬間、私は時間が停止した様な感覚に襲われた。

 

「龍夢?」

 

 すぐ隣にいる筈の茜の声が凄く遠くから聞こえてくるように錯覚する。

 

 入場する数百の人波の動きがゆっくりとスローモーションに見え始め、私の視点はとある人物に釘付けられた。

 

「嘘……」

 

 私は自然と立ち上がる。

 

「龍夢? どうしたの?」

 

 茜が何か言っている。でも、今の私には何を言っているのかよく聞き取れない。

 

 周囲の音が遠ざかっていくように静寂が私を包み込んでいく。

 

「間違いない……!」

 

 全身が震える。

 

 目を凝らし、じっくりとその姿を嘗め回す様に見た。でも、見間違いでも勘違いでもない。それを確信した。

 

 三年の時を経て、嘗ての面影を残しつつ逞しく成長したその姿に私は感動を覚え、思わず涙を流した。

 

「ちょ!? どうしたの龍夢!?」

 

「……やっと見つけた」

 

 これは諦めなかった私への神様からのご褒美に違いない。

 

 私は漸く兄と巡り会えた。

 

 

Side Out

 

 

No Side

 

 

《これより皇総帥による選手たちへの激励と開会宣言を行います》

 

 音羽のアナウンスに従い神影が席から立ち上がり一歩前に歩み出た。

 

 たったそれだけの行動にも拘らず、観客たちはビクリとして身を竦ませた。皇財閥の基盤を一台にして築き上げた現代総帥への畏敬の念の強さが伺える。

 

「此度も無事に大会が開けたこと、そして例年通り多くの若人たちが参戦してきたこと、先ずは嬉しく思う」

 

 皆が竦んでいるのに対して、神影の声は静かで柔らかい。

 

「皆も知っての通り、選影試合は諸君の心技体を高める為に開かれている。第一の試合では降り掛かる火の粉を払いながら生き残る力が、第二の試合では他者との連携が、そして最終試合では己の全力を以て相手を倒す。そうして勝利した十二の者たちだけが、特別な師事を受け更なる高みへと昇ることができ、そうでない者たちは敗北から学び精進する」

 

 選影試合には毎年中等部から大学部までの新入生たちが、数百人単位で参加してくる。その人数は年々増加しており、今年の参加人数は約八百余人。

 

 第一試合のサヴァイブでは、参加人数の半数以上が敗退するまで続けられる。一応、制限時間は設けられているが、選影試合が始まって以来、時間内までに人数が減らないと言ったことは起こっていない。

 

 第二試合のユナイトではチーム戦になる為、脱落者の数はグンと増え、最終試合のソリタリアに進めるのは約数十名まで限られる。

 

「しかし、悲しいことに昨今、実力主義を掲げているにも拘らず、シャドウランクで優劣を測る風潮が当校でも見受けられると耳にする」

 

 ザワザワザワザワ

 

 観客席と参加生徒たちが騒めき出す。

 

 ランクによる差別は表面上のみ皆否定的ではいるが、実際はその殆どがランク差別を肯定して実施している者たちばかりだった。

 

 そのことを今まで特に触れられて来なかったのだが、寄りにも寄って皇財閥の総帥にそのことに対して苦言を呈されて、この場にいる殆どの者たちが蛇に睨まれた蛙の如き感覚に襲われた。

 

「ランクと言ってはいるが、その実態は個々のゲンガーの能力を判別する為の基準に過ぎない。戦う力に優れたアルファや稀少なオメガだからと言って、必ずしも実力がある優秀な人材であるとは限らない」

 

 声色は少し柔らかいものの神影の表情には感情の色があまり浮かんでいない。そんな表情ではいくら声色が柔らかろうが、相手にプレッシャーしか与えられない。

 

 実際、神影の指摘は的を射ている。

 

 戦闘に特化した能力を持つアルファやオメガは、国際競技シャドウや国家の防衛力としての活躍が必至。それ故に国防に携わる職に就いている者やアドミニストの大半が、アルファやオメガに分類される者たちで占められている。

 

 だが、却ってその事実がシャドウランクのヒエラルキーを形成してランク差別を生む原因となり、カースト上位のアルファやオメガに分類された者たちを驕らせる要因ともなった。

 

「努力無くして高みを目指すこと敵わぬ。そのことを努々忘れぬよう、心して置く様に」

 

 柔らかい口調なのだが、そう言い切った神影の言葉からは言い知れぬ重圧感が感じられ、皆神影の顔を直視できず自然と首を垂れる格好になってしまった。

 

 誰も何も言えず、拍手すらできずにシーンとした静寂が暫し会場全体を覆った。

 

「とまぁ、老婆心ながら小言を述べてしまったが、これを機に諸君が努力に励んで更なる高みへと昇ってくれることを願っているよ」

 

 静寂を破ったのは神影当人だった。先程まで感じられていた重圧感は一気に失せ、また柔らかな口調で神影は選手たちに激励の言葉を送った。

 

 パチ……パチパチ……パチパチパチパチ――!!

 

 再び会場を拍手が響き渡った。

 

「長々と話してしまったが、ではこれより新年度選影試合を開始する!」

 

『ウォォォォォォォォォォォォ!!』

 

 会場全体が観客と選手たちの雄叫びで大きく震えた。

 

 だが、その振動は雄叫びによるものだけではなかった。

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

 

 実際に選手たちが立っている場所が大きく振動していた。

 

 床が徐々に下がって行き、会場に出ていた生徒たちは下へ下へと向かって行き、あっという間にその姿は観客席から見えなくなってしまった。

 

 第一試合、サヴァイブが行われるのは中央大ホールの地下施設。

 

 中央大ホールの地下には、あらゆる自然環境を模した空間が幾つもあり、サヴァイブでは毎年ランダムで選ばれたその空間のどれかで試合が行われる。

 

 その空間の一つ一つが、地上の会場と同等の広さを有している。

 

 生徒たちは床と共に地下へと降下した後、そこから試合場に選ばれた空間へと生徒たちが飛び込んでいき試合が開始される。

 

 そして今回選ばれた試合場は―――――。

 

「森林か……」

 

 乱立する樹木。足下を覆う雑草。点在する倒木や岩石。所々に存在する開けた草原。天には太陽を模した疑似太陽。木々の枝葉に覆われた鬱蒼とした場所や、疑似太陽の日差しが射し込む場所。

 

 凡そ模した風景とは思えぬ程にこの空間は森林然としていた。

 

『全選手の入場を確認しました。これより第一試合“サヴァイブ”を開始します』

 

 ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!

 

 音羽とは別のアナウンスが響き、その後に試合開始を告げるサイレンが轟いた。

 

 それと同時に生徒たちが駆け出した。

 

 

■□■□■□■□

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ!!」

 

 犬苗は森の中を走っていた。

 

 いつも連れ歩いている猿渡と小森、二人の取り巻きと共に何かから逃げる様に慌ただしく走っていた。

 

 試合開始前、犬苗は試合を勝ち抜く為に中等部時代の親しい同級生たちに声を掛け味方に引き入れた。

 

 これは以前から多くの生徒がやってる作戦であり、味方を作ることで自分の生存率を高めつつ、集団で攻めることで敵が倒しやすくなる。

 

 人によって味方の人数は異なり、犬苗は取り巻き二人に加え七人、総勢十人の仲間を作った。

 

 だが、今いるのは犬苗と取り巻き二人の三人のみ。他の仲間たちは皆早々に脱落してしまった。

 

「クソッ! こんな筈じゃ!?」

 

 犬苗は悪態を吐く。

 

 試合開始前、犬苗はある一人の生徒が何処に降下したかを仲間に見張らせていた。

 

 その生徒は、控室で犬苗たちがちょっかいを掛けたガンマ、御影幻進のことだった。

 

 控室では幻進を揶揄う所か逆に威圧されてしまい、おまけに中等部の頃からの憧れだった澪子の前で赤っ恥を掻かされてしまった。

 

 だから犬苗は雪辱を晴らすべく幻進を集団で攻撃して敗退させようと画策した。

 

 しかし、現実はそうは行かなかった。

 

 試合開始後、直ぐに彼方此方で戦闘が始まった。それと同時に多くの参加者が脱落していった。

 

 選影試合の第一試合で戦闘不能になった者は、シャボンに似た特殊な保護膜に包まれ地上へと昇っていく。そしてそのまま医療室へと運ばれ治療を受ける。

 

 このシャボンは、中央大ホールに設置されているゲンガーの能力を応用して開発された特殊技術で、負傷者を覆う膜は外からのあらゆる攻撃を防ぐ防御力を持ち、膜の中では負傷者の治癒も行うことができる。全世界の国防軍でも使用されている医療技術である。

 

 犬苗が幻進を追っている最中も至る所でシャボンが昇っていく。

 

 そして遂には犬苗たちの中からもシャボンで昇っていく者たちが出始めた。

 

 最初は最後尾にいた者が呻き声を上げて姿を消した。

 

 犬苗たちはすぐさま臨戦態勢になって周囲を警戒する。だが、周囲に敵影は見当たらない。

 

 しかし、警戒も空しく一人、また一人と犠牲になっていき、とうとう味方に引き入れた七人は皆あっと言う間にシャボンに乗って脱落してしまった。

 

 残されたのは犬苗、猿渡、小森の三人のみ。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、こんな筈じゃなかった……こんな筈じゃ!?」

 

「一体何処から攻撃して来たんだ!?」

 

「分からねぇよ!? 気配すら感じなかったんだぞ!?」

 

「五月蠅い!! 黙ってろ!!」

 

 犬苗たちは狼狽し言い争った。

 

 目標に接触する所か自分たちは姿の見えない敵に翻弄され追い詰められている。

 

 焦りで気が昂るのも仕方ない。

 

「兎に角!! 俺たちがやるべきことは生き残ることだ! だが、その前にやるべきことがある。俺に恥を掻かせたあのガンマ野郎を潰すことだ!!」

 

「ハァ!? 犬苗お前、まだやる気なのか!?」

 

「集めた増援も全滅して、俺たちしか残ってないんだぞ!? お前だって控室で感じただろう? アイツはただのガンマじゃないんだ!?」

 

「んなことは分かってんだよ!! これは俺のプライドの問題なんだよ! お前ら悔しくねえのかよ! ガンマ風情に気圧されたままでよぉ!?」

 

 犬苗の中で轟々と復讐の炎が燃え盛っていた。

 

 犬苗のランクはベータプラス。ベータのランクは、現代で最も分類されている人数が多いランクで在り、世間一般的に有り触れたランクとされている。

 

 平均的な能力値もガンマと比べると少し高い程度であまり大差はないのだが、ランク差別の影響でベータでも傲慢な態度をとる者が多数いる。

 

 その中でも犬苗はその傾向が強く、おまけにプライドも人一倍高かった。

 

 取り巻き二人も犬苗と同様にプライドが高い。だから犬苗の気持ちも十分理解できている。

 

「でもよぉ……」

 

「なぁ?」

 

 猿渡と小森はお互いに顔を見合わせた。

 

 犬苗の気持ちは理解できるが、今追い詰められてる状況でも幻進に固執する必要はないんじゃないか、復讐はサヴァイブを生き抜いた後でもできるのではないか、二人はそう思っていた。

 

 しかし、当の犬苗の頭には幻進に復讐することが第一にあって、サヴァイブを勝ち抜くことは二の次になっていた。

 

 三人の連携は既にバラバラだった。

 

「ッ! 伏せろ!!」

 

「「ッ!?」」

 

 ザシュッ!!

 

 三人の頭上を何かが通過し地面に突き刺さった。

 

 それは白い棒状の何かだった。

 

「何処から!?」

 

 辺りを見渡すが敵影は影も形も見当たらない。

 

「クソが! こうなりゃ周辺全部に攻撃すりゃいい!! やるぞお前ら!!」

 

「「お、おう!!」」

 

 犬苗たちはゲンガーを召喚し、周辺の木々や木陰目掛けて攻撃を仕掛けた。

 

〈ウッキャァァァァ!!〉

 

 猿渡の猿型のゲンガーが腕をブンブン振り回しながら周囲に落ちてる木片や小石、砂などを砲弾の様に投げつける。

 

〈キィィィィィィィ!!〉

 

 小森の蝙蝠型のゲンガーが金切り声を上げ超音波を放ち、周囲の物体を振動させ破壊していく。

 

〈ガルァァァァァァ!!〉

 

 そして犬苗のハイエナ型のゲンガーが衝撃波の咆哮を放って周囲を攻撃していく。

 

 ドドドドドドドドドドド!!

 

 バババババババババババ!!

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

 

 耳を劈く轟音。舞い上がる砂煙。飛び散る残骸。周囲の青々とした景色は一気に荒野へと荒廃してしまった。

 

 ただ、それだけ周囲を破壊し尽くしても襲撃者の姿は何処にも見つけられない。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、どうだこの野郎!」

 

「これだけの攻撃だ……周りにいた奴らは皆脱落してる筈……」

 

「あぁ、あれだけの攻撃を防ぎ切れる訳なッ!?」

 

 バシュッ!!

 

 言葉を言い切る前に猿渡は吹き飛ばされた。

 

「「ッ!?」」

 

 一瞬、何が起きたのか犬苗と小森は分からなかった。

 

 漸く猿渡が吹き飛ばされたことを認識し、慌てて猿渡の姿を探す。

 

 そんな二人の前に上からドサリと猿渡が降って来た。

 

「なっ!?」

 

「さ、猿渡!?」

 

 返事はない。完全に気を失ってしまっていた。

 

「ん? 何か体に付いてるぞ!?」

 

 戦闘不能となった猿渡の体には、まるで蜘蛛の巣に捕まった獲物の様に白い糸が絡み付いていた。

 

 犬苗が糸に触れようとした瞬間、地面から保護膜のシャボン液が溢れ出して猿渡の体を包み込んだ。そしてそのままシャボン玉となって昇って行ってしまった。

 

「クッ! 一体何処から攻撃してきやがった!?」

 

「分かんねぇよ!? うわっ!?」

 

 互いに背中合わせで臨戦態勢に入る犬苗と小森。だが、途端に小森の体が宙を舞った。

 

「小森!?」

 

「何かが足を引っ張ってっ!?」

 

 猿渡の体に絡み付いていたのと同じ糸が小森の足首に巻き付き、小森の体を宙へと引っ張り上げていた。

 

「クソッ! 助けてくれ!?」

 

 小森は糸を切ろうとするが、切ることも解くこともできず小森は宙吊り状態になってしまい犬苗に助けを求めた。

 

「ハイエナ!!」

 

 犬苗はハイエナ型を救助に向かわせる。

 

 だが、小森を助ける前にハイエナ型は地面から突き出て来た“何か”に衝突して宙を舞った。

 

「何ッ!?」

 

 突き出て来たそれは円柱、それも白い糸が何重にも束になった太く長い物だった。

 

「まさか、罠か!?」

 

「おい! 早く助けングッ!?」

 

 焦り混乱する小森の顔を白い糸が巻きつき覆い隠した。

 

「こ、小森!? クッ!」

 

 犬苗は糸が放たれた方向に目を向けた。小森を捕えている二つの糸は、どちらも地中から伸びていた。

 

「そこか!!」

 

 犬苗は糸が伸びる地中目掛けて拳を振り下ろした。

 

 ドゴォォォォォォォン!!

 

 ハイエナ型のゲンガーの力を纏った犬苗の拳は、轟音を轟かせ大地を大きく砕き割った。

 

 しかし、割れた大地に切れ目には潜む敵の姿はなく、おまけに地形を変える一撃にも関わらず小森を捕えている糸を切ることさえできなかった。

 

「ウゥゥゥン!! ウゥゥゥン!?」

 

 小森は唸り声を上げジタバタと見悶えていた。どうやら糸で気管を塞いで呼吸が出来ないで苦しんでいるようだ。

 

「ウゥゥゥッ!? ウッ!? うぅ……」

 

 やがて小森の身悶えも弱くなり、遂には動かなくなってしまいシャボンとなって昇って行ってしまった。

 

 犬苗は等々一人になってしまった。

 

「クッ……!! 一体何処に隠れてやがんだ!? 卑怯だぞ!! 姿を見せろ!?」

 

 姿なき襲撃によって仲間は全滅。それも一人一人倒していくというジワジワと追い詰めるような攻撃を受け、犬苗の精神状態は非常に不安定になっていた。

 

 顕現しているハイエナ型もその影響を受け、狂った様に土を掘ったり四方に向かって唸ったり吠えたりと、情緒不安定になってしまっている。

 

 ザッ

 

「ッ!?」

 

 足音が聞こえ、犬苗はバッと振り返った。

 

 そこに幻進が立っていた。

 

「テメェ……ッ!!」

 

 犬苗は理解した。自分たちを襲撃していたのは幻進だったのだと。

 

 そして同時に激しい怒りを抱いた。

 

 

Side Out

 

 

Side 犬苗

 

 選影試合に参加するのも今年で四回目。

 

 でも、一度も特待生になったことはなかった。

 

 毎年、新しい強者が参加してくる選影試合では、特待生の権利を勝ち取るのは至難の業だ。

 

 大抵、選ばれるのは、前年度に特待生だった生徒か新入生のダークホースだ。

 

 そんな可能性を秘めた野郎に俺は早々出会ってしまった。

 

 俺が受付でエントリーしてた時、受付の先生たちがコソコソ話してるのが聞こえてきた。この選影試合にガンマ風情が参加してきたって言っていた。

 

 選影試合に今までガンマが参加したが全くない訳じゃない。でも、それは昔のことで今じゃ滅多にいない。いたとしてもそいつは無謀な愚か者だ。

 

 何故ならガンマ如きがサヴァイブを生き残ることなんて不可能だからだ。事実、過去に参加したというガンマ共は皆サヴァイブで脱落していってる。

 

 だからガンマが参加していると聞いて俺は常連として現実を教えてやろうと思って奴に声を掛けた。

 

 どうせこいつも無謀な夢を見てる馬鹿か、記念に参加したみたいな愚か者に違いない。馬鹿なら常連として辞退を勧めてやって、記念参加なら真剣に試合に臨む者として不真面目な奴を叩き出してやるつもりだった。

 

 でも、実際は全然そうじゃなかった。

 

 そいつは自分がガンマであることに対して負い目も引け目も全く感じていなかった。俺たちからの嫌味にも何一つ動じず受け流していやがった。

 

 苛立って実力行使に出ようとした俺は、逆に奴に威圧されてしまった。

 

 あの時、俺は確かに感じた。過去に選影試合に参加した時、自分を敗退させた強者たちと同じ闘気を。

 

 そんな筈はない。ガンマ風情が俺より強い実力者な筈がない。きっと何かインチキをしているに違いない!

 

 どちらにしろ俺は格下のガンマ風情に恥を掻かされた。それも憧れだった鳳先輩の前でだ!!

 

 俺は復讐を決意した。

 

 直ぐに仲間を集め、集団でリンチにする作戦を立てた。こいつらは過去にも仲間としてサヴァイブを生き抜いた奴等で、あのガンマ野郎の話をしたら快く俺の作戦に賛同してくれた。

 

 幸いなことに仲間の一人のゲンガーは捜索や監視に秀でた能力を持っていた為、試合場に入る際に奴を見失うことはなかった。

 

 試合開始直前、試合場となった森林エリアに入って直ぐ俺たちは気づかれない様に奴の周囲を陣取った。これで開始と同時に奴を包囲してそのままリンチすることができる。

 

 そう思っていたんだが、奴は俺たちの包囲網を易々と突破しやがった。

 

 方法は分からない。試合開始のブザーが轟いたと同時に俺たちは木の木陰から飛び出して奴を囲んだはずだった。でも、飛び出した俺たちの視界に奴の姿は何処にも見当たらなかった。

 

 捜索能力を持つ仲間の先導で俺たちは奴を探した。

 

 そんな矢先、隊列を組んでた最後尾の仲間が悲鳴を上げて姿を消した。

 

 第一の被害者だった。

 

 これを皮切りに一人また一人、仲間が悲鳴と共に消えていった。

 

 まだこの時は、奴の仕業だとは思ってもみなかった。他の場所でも当然のことながら戦闘が繰り広げられている。俺はこの襲撃も他の参加者によるものだと思い込んでいた。

 

 一瞬はあのガンマ野郎が俺たちを襲っているって考えが浮かんだが、所詮はガンマ。いくらインチキを使っていてもそこまでは出来ないだろうと思って、俺はその考えを捨て去った。

 

 だが結局、襲撃者の正体はあのガンマ野郎だった。

 

 俺は腸が煮えくり返る程、怒りを燃え上がらせた。

 

 控室で俺たちの嫌味を涼しい顔して受け流した所がムカつく。俺の作戦を台無しにしやがった所が苛立つ。奇襲なんて卑怯な戦法で仲間を倒していった所が腹立つ。弄ぶ様に一人一人潰していく所が癪に障る。今、俺に向けてる見下す様な眼つきが気に食わない。

 

 そして何より隠れて奇襲で仲間を倒して来たのに、態々俺の前に姿を見せた、お前なら奇襲じゃなくても倒せるとでも言いたげな舐めた態度が、俺の体を怒りに震わせた。

 

 

Side Out

 

 

No Side

 

 犬苗の怒りはもう爆発寸前だった。

 

「テメェ……!!」

 

 目を血走らせ歯を剥き出し、まるで獣の様に唸る犬苗は、今にも幻進に飛び掛かりそうな状態だ。

 

 それに対し幻進はとても落ち着いた感じで怒りに燃える犬苗のことを見ていた。

 

 枝が揺れる、小石が転がる、そんな程度の少しの切っ掛けで戦闘が始まってしまう程、この場の空気は張り詰めていた。

 

「ふー…! ふー…!!」

 

「……」

 

 睨み合いが続く中、張り詰めた空気は突然破られた。

 

「獲物見っけ♪」

 

 第三者、他の生徒が乱入して来た。

 

 それも一人じゃない。犬苗同様に仲間をゾロゾロと引き連れていた。だが、その人数は犬苗とは比べ物にならない数十人に及んだ。

 

 幻進と犬苗はあっと言う間に囲まれてしまった。

 

「お、よく見ればお前、参加者唯一のガンマじゃないか!」

 

 嘲笑が巻き起こった。

 

 どうやら幻進がガンマであることは多くの生徒たちに知られているようだ。

 

「夢見て参加したのに残念だったな。お前らはここで脱落だ」

 

「はぁ!? ふざけんじゃねぇ!! サヴァイブで脱落なんてだせぇこと出来っかよ!!」

 

「ほぅ~? 一年が随分吠えるじゃないか。ここは先輩の顔を立てるもんだろう?」

 

 横槍を入れて来た先輩に犬苗は楯突くが、状況は圧倒的に不利。

 

 幻進への怒りで反抗的な姿勢をとってはいるが、このまま戦いが始まれば犬苗の敗北は必至。

 

 だが、そうだとしても犬苗に戦う以外の選択肢は見えていなかった。

 

 犬苗がもっと自制心を強く持っていたならば、先輩側に寝返ったり逃走を試みたりとしたかもしれない。

 

 しかし、プライドの高い犬苗にとってそのどちらを取るも屈辱的。加えて、今の犬苗は幻進への怒りに燃えて端から冷静ではない。先輩の傲慢な物言いに我慢も受け流す余裕もなかった。

 

 再び張り詰めた空気が現場に漂い始める。

 

 ジリジリと連中が距離を詰めてくる。

 

 そして遂に火蓋は切って落とされた。

 

「やっちまえ!!」

 

 その掛け声と共に連中が襲い掛かって来た。

 

「上等だ!! 来やがれ!!」

 

 四方八方から襲い来る敵に犬苗は果敢にも迎え撃とうとした。

 

 静寂だった現場は一気に喧騒に包まれ、サヴァイブの趣旨に相応しい乱戦が勃発した。

 

 地を駆けるゲンガーが爪と牙と角を振るい土煙を巻き上げながら、羽を持つゲンガーは空中から投擲攻撃で犬苗に襲い掛かった。

 

 犬苗はハイエナ型と共にそれを回避する。身を翻し、半身となって、攻撃を放って受け止め、相殺して乱戦の中を勇猛に生き抜こうとしていた。

 

 流石は四度も選影試合に参加している常連なだけはある。

 

 だが、如何に経験豊富でありベータとして十分な実力を持っていようとも多勢に無勢。攻撃を完全に避けきることも受けきることもできず、どんどん犬苗の体に傷が刻まれていった。

 

「……」

 

 その様を幻進は無感情に静観していた。

 

 乱戦が起こっているにも拘らず、何故か幻進には誰も襲い掛かっていなかった。ただ幻進を囲い込んで立ち尽くしているだけだった。

 

「おい! 何やってんだよ。ガンマ相手にビビってんのか?」

 

 一人が揶揄うように言った。

 

「ち、違う……」

 

「か、体が……ッ!」

 

 軽口に対して返って来たのは、焦燥か驚愕か、将又恐怖で震える口調で言葉を返した。

 

 しかし、返ってきた言葉の意味が分からず皆首を傾げた。

 

「はぁ? 体がどうした?」

 

「ッ!? おい見ろ!」

 

 一人が指さし叫んだ。

 

 全員が指さす方へ目を向けると、彼らが言っていた言葉の意味を理解した。

 

「ッ!?」

 

 目を凝らしてよく見て始めて分かった。彼らはただ幻進を囲んでいる訳では無かった。囲んだ途端に動けなくなってしまったのだ。

 

 周囲に張り巡らされた糸に絡め捕られてしまったのだ。

 

「糸だと!?」

 

「いつの間に!?」

 

「まさか、あのガンマが!?」

 

 視線が幻進に集中する。

 

「……」

 

 幻進は答えるでもなく自分に注がれる視線を見つめ返した。

 

 何の感情も読み取れない酷く凪いだ瞳に見返され、周囲は狼狽えた。ガンマでありながらガンマとは思えない雰囲気に皆あっと言う間に飲まれてしまったのだ。

 

 しかし、それは圧倒的な強者の雰囲気に非ず。完全にこの場にいるもの全てを屈服させる力はない。

 

 故に直ぐに抵抗心が湧き上がってくる。

 

「ッ! ビビんじゃねぇ!! やれ!!」

 

 先輩たちも犬苗に負けずプライドが高い。ガンマに臆している自分に気づいた途端、犬苗同様に怒りが込み上げて来た。

 

『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』

 

 糸に縛られていない者たちが幻進に襲い掛かった。

 

 それでも幻進は表情一つ崩さず微動だにしなかった。まるで自分に害が及ばないと確信しているようだ。

 

「このッ!?」

 

 襲い掛かった者たちの動きが止まった。

 

 いや、止められた。

 

 彼らもまた同じように糸に絡め捕られてしまったのだ。

 

「な、何で糸が…!?」

 

 彼らの目には糸が映っていなかった。しかし、糸はハッキリと自分たちの体に巻きつき自由を封じていた。

 

 いつの間に糸を放ったのか、彼らの目には幻進がそんな素振りをした様子など見えなかった。

 

 では、いつ糸を放ったのか?

 

 彼らとて馬鹿ではない。幻進が事前に罠として糸を放っていたのだと、直ぐに思い至った。

 

「クソッ! 罠か!?」

 

「卑怯だぞ!!」

 

「俺たちに任せろ! こんな糸すぐ斬ってやる!!」

 

 拘束から逃れようと皆足掻いている。鋭利な刃を能力として持つ者たちは糸を切って皆を救出しようと試みる。

 

 しかし、それよりも早く幻進が動いた。

 

「罠はここまでか。次の手に移るか」

 

 幻進は手を握り締め拳を作る。

 

「うぉ!?」

 

 すると糸が引き締められ彼らの体に一層食い込んだ。

 

 どうやら皆を縛る糸は幻進の手指と繋がっているらしい。幻進が腕を振るうとそれに引かれ糸に絡まる皆の体も同様に引っ張られる。

 

 幻進は糸を下へと引っ張った。すると糸に絡まった者たちの体が樹上へと吊り上げられていく。

 

『ウワァァァァァァァ!?』

 

「フン!」

 

 バシュッ!!

 

 幻進は樹上に向かって糸を放つ。

 

 放たれた糸は網の様に広がり樹上に吊るされた者たちを一瞬にして包み込んでしまった。

 

 まるで蛸が獲物を捕食する様だ。

 

「纏めて堕ちろ」

 

 一本背負いの如く幻進は吊し上げた網糸を引っ張った。

 

 網糸に捕まり一纏めの塊となった先輩たちは遠心力によって急加速しながら大地へと向かって行く。それも犬苗たちが乱戦をしている所に向かって。

 

「ウワァァァァァァァ!?」

 

「な、なんだ!?」

 

 例えるなら分銅の付いた縄を振るって地面に叩きつけるようなもの。だが、その規模は分銅の付いた縄の数倍。巨岩を叩き付けるのと同じ、若しくはそれ以上の威力を持っている。

 

「に、逃げ――!?」

 

 ドォォォォォォォォォォォォン!!!!

 

 轟音というのか、それとも爆音というべきか。

 

 兎に角耳を劈き世界から一瞬音を消し去る程の衝撃音が轟いた。

 

 巨岩を叩きつけただけとは過小評価が過ぎた。これは正に隕石の衝突に匹敵していた。

 

 周囲の木々は一瞬にして薙ぎ倒され、犬苗たちが荒野と化した時とは比べ物にならない範囲が破壊し尽くされていた。

 

 そんな威力を間近で受けて無事でいる筈もなく、漂う砂煙が晴れたその場には死屍累々の燦々たる惨状が広がっていた。

 

 直撃を受け地面に埋まってしまっている者。直撃でなくとも衝撃波で吹き飛ばされた者。吹き飛ばされた者や物に衝突した者。そしてその場から離れた所で戦っていた他の者たち。

 

 幻進はたった一撃で数十人いた襲撃者と、周辺で戦っていた襲撃とは無関係の他の生徒たち数十人、約百人もの生徒たちを戦闘不能に追い込んだ。

 

 

■□■□■□■□

 

 

『うぉぉぉぉぉぉぉ!!』

 

 開幕早々、観客席は興奮の熱気に包まれていた。

 

 地下深くで行われている試合の模様は、試合場のあらゆる所に仕掛けられたカメラや超小型のドローンによって映像が空中に投影される。

 

 先程まで様々な生徒たちの試合が複数同時に投影されていたのだが、突然の衝撃音と衝撃波で一瞬映像が乱れた。

 

 そしてすぐに回復した映像には幻進の一撃で倒された約百人の生徒たちの姿が映し出された。

 

 ザワザワザワザワ

 

 初めは困惑して観客たちはどよめいたが、倒れ伏す生徒たちの中で唯一佇んでいる者の姿を見て困惑は驚愕と興奮へと変わった。

 

「今年もすげぇ生徒が出て来たぜ!!」

 

「あの人数を一人でやったってのか!?」

 

「一体何者だ!?」

 

 映像は途絶えてから直ぐ映した為に若干の乱れがあり、加えて砂塵が漂っていて幻進の姿は観客にはハッキリと見えていなかった。

 

《試合開始から三十分足らず、早くも百名以上が脱落しました!! あちこちで爆発と砂煙が巻き起こり、脱落者が保護膜のシャボンに包まれ昇っていく! これぞサヴァイブ恒例の光景!! 全参加者八百四十名中、残り六百九十三名。さぁ、今年は第一試合で何名脱落させられるのか!!》

 

 

■□■□■□■□

 

 

「こんなもんか……」

 

 辺りを見渡して幻進は落胆したように呟いた。

 

 恩人である究人の勧めで高校生として過ごすことを決めた幻進だが、その心は同年代の者たちと手合わせして力量を測ることにあった。

 

 控室で会った澪子と白狼。あの二人は一目で強者であることが伺えた。流石は連続で特待生になった実力の持ち主だと、幻進は二人の姿を思い浮かべた。

 

「(あの二人に比べたら何とも手応えがない。まぁ、見た感じこの連中は殆どがベータだろう。なら妥当な所か)でも、こんなものじゃ物足りない。あの二人と同等か、それ以上の強さを持つ相手と戦わなければ!」

 

 強者足る新たな敵を探すべく、幻進は移動を開始しようとした。

 

「うぅ……」

 

 微かな呻き声が聞こえ幻進は足を止めた。

 

 声の聞こえる方に視線を向けると、シャボンで次々と生徒たちが昇っていく中、満身創痍といった状態で立つ犬苗の姿が目に飛び込んできた。

 

「驚いたな。まだ立っていられるなんて」

 

「ハァ…ハァ…な、舐めんじゃ…ねぇ……ッ!」

 

 息も絶え絶え、気力だけで何とか立っている状態だった。

 

 その気力の強さに幻進は感心した。

 

「て、テメェは……この、俺…が……ッ!!」

 

「見上げた根性だ。俺はあんたを甘く見ていたらしい。なら、俺も全力を以てあんたを倒させてもらおう!」

 

 幻進は拳を突き出し構えた。

 

 犬苗もそれに続きフラフラとした状態で構えを取った。

 

 最早、犬苗に戦う余力など残っていない。それは一目見て幻進も理解している。

 

 だが、それでも戦わねばならない。それが意地と根性を見せた犬苗に対する幻進からの礼儀なのだ。

 

「行くぞ!」

 

 バシュッ!

 

 幻進は右手から糸を出す。先輩たちを捕縛した様な細い物や網状の物ではなく、縄の様に太く自身の身の丈程の長さの糸を出した。

 

「硬質化」

 

 ダラリと垂れ下がる糸はピンと伸びながら固まっていく。その姿は糸から棒へと変わっていった。

 

 犬苗たちを襲った槍の様な棒の正体はこれだった。

 

 幻進が修行で得た能力で現在サヴァイブで使用したものは二種類。

 

 一つは“糸の多彩化”。

 

 幻進はゲンガーの能力で糸を操ることができる。最初はか細い糸を出す程度だったが、今では糸の太さから形状まで自由自在に変化させることができる。

 

 そしてもう一つが“糸の性質変化”。

 

 当初の糸は少し粘着質ただの紐も同然だったが、今ではその性質は変化させ粘着性を強化したり、柔軟な糸を鋼鉄の様に硬化させることができる。

 

 その二つの能力を組み合わせて作り出したのが、鋼よりも強固な糸の棍棒。名づけるなら“鋼絲棍棒”と言った所だろう。

 

 鋼絲棍棒を構え幻進は犬苗へと向かって駆け出した。

 

「こ、来い……ッ!!」

 

 犬苗は応戦すべく身構える。

 

「ッ!!」

 

 両者が衝突する。

 

 だが、犬苗は既に満身創痍。軽く一撃受けるだけで昏倒させられるだろうが、幻進は一切の手加減などせずに全力で鋼絲棍棒を犬苗の胸目掛けて突き放った。

 

 容赦しない、それが驚異的な気力を見せた犬苗に対する幻進からの礼儀だった。

 

 ドスッ!!

 

「うごっ!?」

 

 放たれた突きは狂いなく犬苗の胸部を殴打。犬苗の体を後方へと突き飛ばした。

 

 バリバリバリバリ!!

 

 ドゴン!!

 

 犬苗の体は木々を薙ぎ倒していき試験場の壁に衝突して停止した。

 

「カハッ!? クッ……。こんな、所で……終わって、たまる…か……」

 

 常人なら木々を薙ぎ倒し壁に衝突した衝撃で直ぐに意識を手放すのだが、犬苗は驚異的な気力で数秒間意識を保った後、気を失った。

 

「大した奴だ。もし奴に実力が伴っていれば、間違いなく強敵となっていただろうな」

 

 ゲンガーの強さはアドミスの精神力に伴う。

 

 犬苗の精神力はタフネスに秀でていた。それはどんな過酷な環境下で会っても精神が崩壊し難いことを意味する。

 

 しかし、今の犬苗にはそれしかない。ゲンガー共々強力な力を得るには、精神的タフネスだけでは足りない。感情をコントロールし、それを力へと変換する技能も必要とされる。

 

 もしそれらが今の犬苗に備わっていたら、幻進は苦戦を強いられたに違いない。

 

「(今後の奴の成長が楽しみでもあり、恐ろしくもあるな)さて、ここら辺の敵は粗方倒したけど、あの一撃にさっきの衝撃。俺みたいな奴が他にもいるなら、あれを聞いてこっちに来ない訳はない」

 

 幻進の考えでは、先程の衝撃を目撃してこっちに来るのは好戦的な奴か、脅威を排除しようとする奴のどちらか。

 

 サヴァイブの試合目的上、参加者の殆どは次の試合に進む為に生き残ることを第一に考えている。本気で特待生を目指している者なら、それに加えて体力の温存と手の内を晒さないことに注意する。

 

 だが、特待生になることを目的としていない者たちはそんなことは気にしない。

 

 選影試合には、毎年必ず観客全員が大熱狂する事態が発生する。

 

 それが“戦闘狂同士の大激戦”である。

 

 彼らは皆、幻進同様に特待生になることなど二の次で、戦うことを目的に参戦している。そんな彼らは強敵と戦う為なら後の試合のことなど構わない。早ければ第一試合からデッドヒートが繰り広げられる。

 

 幻進は正にそんな連中が釣られてやって来ると読んでいた。

 

「ッ! 早速来たか!」

 

 猛スピードで幻進の方へ近づいてくる人影があった。

 

 バサッ!!

 

 前方の森林が大きく揺れた途端、影が勢いよく飛び出し、そのまま上空へと羽撃いた。

 

「ッ! 君は……」

 

「また会いましたね、先輩」

 

 人影、鳳澪子は翼を羽撃かせながら空中で静止して幻進を見下ろした。

 

 幻進の攻撃に釣られてきたのは、控室で出会った澪子だった。

 

「当たりを引いたな」

 

 幻進はニヤリと笑みを浮かべた。

 

 控室で出会った時から澪子の強さを幻進は感じ取っていた。いずれは戦うことになるだろうと思っていた矢先にこうなってしまった。

 

 幻進にとって嬉しい誤算だった。

 

「あの凄い衝撃波は君だったのね。やっぱり思った通り、君って強いのね」

 

「連続で特待生になった実力者に褒められるなんて光栄ですよ」

 

 そう言いながら幻進は改めて澪子のことを観察した。

 

「(背中から生えてるあの翼。鳳先輩のゲンガーは鳥獣型で決まりだな。警戒すべきは上空からの攻撃。翼の攻撃は勿論、足を鉤爪に変化させての蹴り技は脅威だ。突風を起こしたり真空波を放ったり、羽を手裏剣の様に飛ばしたりするかもしれない。考えられる攻撃パターンは大体これ位か。特待生になれる実力の持ち主だ。どんな戦術をして来るか予想できない)さぁて、どう戦うかな?」

 

「観察は終わったかな?」

 

 幻進の考えを澪子はお見通しのようだ。

 

 ピリついた空気が流れる。お互いにジリジリと相手の隙を伺っている。

 

「……」

 

「……ッ」

 

 痺れを切らし幻進が動こうとした瞬間だった。

 

「ちょっと待ったぁぁ!!」

 

「「ッ!」」

 

 突然の乱入によって二人の間に流れていたピリついた空気が打ち砕かれた。

 

 闖入者の方へと二人の視線が向く。

 

 そこには一人の女生徒が立っていた。

 

 金と赤が混じり合った派手色の美しい髪。澪子にも負けず劣らず端正な顔立ち。ラフに着崩された制服から覗く健康的に焼けた小麦色の肌と豊満は体付き。

 

 異性を惹きつける魅力に溢れる彼女だが、その表情はまるで唸る獣だった。血走った目は瞳孔が開き、口からは犬歯が剥き出しになり、好戦的な笑みを浮かべて幻進たちを見ていた。

 

 いや、正確に言うと澪子のことを見ていた。

 

「貴女は……」

 

 澪子は彼女を見て何とも億劫そうに眉を顰めた。

 

 どうやら澪子は彼女と顔見知りのようだ。ただ、あまり良好な関係性ではないらしい。

 

 逆に彼女の方は澪子の姿を見つけるなり、口の端を一層吊り上げ満面の笑みを浮かべて見せた。

 

「見つけたぜ澪子!!」

 

 彼女は歓喜の咆哮を上げる。

 

「また貴女ですか。獅吼さん」

 

「あぁ、またアタシさ! 今度こそ本気で相手してもらうよ!!」

 

 彼女、千影獅吼(チカゲ シホ)は闘気を放ちながら再び咆哮を上げ周囲の物を震わせた。

 

 サヴァイブはまだ始まったばかりである。

 

To be continuede




いかがでしたでしょうか?

私の妄想の具現化を少しでも面白いと思っていただけたら幸いです。

次回もよろしくお願い致します。

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