Spirit of Shadow   作:狂愛花

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第5話

 

 No Side

 

 

「“ウォォォォォォォォォォォォォォォ”!!!!」

 

《“GRAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA”!!!!》

 

「「ッ!?」」

 

 幻進が跳び退いた直後、獅吼とレオンの咆哮が轟き、轟音が大地を抉った。

 

 ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!

 

 まるで姿の見えない大蛇が直進している様に空気の激震が空間を歪ませながら大地を抉っていく。

 

 咆哮は、戦いで荒れ果て亀裂や隆起が起きている大地に一本の太く深い線を刻み付けながら突き進み、数キロ先にある試験会場である地下空間の壁面に衝突した。

 

 ダアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!

 

 爆発に等しい爆裂音が轟き、壁面に巨大な亀裂が奔った。

 

「ふぅ~!! どうよ!? アタシの取って置き! “破壊の咆哮(デストロイ・ロア)”のお味はよっ!?」

 

《Gyao!!》

 

 自慢げに獅吼がそう叫ぶと、それを引き立てる様にレオンも高らかに雄叫びを上げる。

 

 幻進と澪子は愕然とした表情を浮かべ咆哮が通った跡を目で追った。

 

「デストロイ・ロア……。確かにこりゃ、全てを破壊する咆哮だな」

 

 冷や汗を浮かべながら幻進はそう呟いた。

 

 一瞬にして地面に刻み込まれた一本の線。それは海の様に獅吼から離れる程に深さを増していき、遂には土石の遥か下に隠されていたこの地下空間のコンクリート面を顕わにしてしまっていた。

 

 まるで大口を開けた大蛇が地面を抉り飲み込んだようである。

 

「(何て威力なの……ッ!。硬い地面がゼリーみたいに抉り取られた…ッ!? あの攻撃、今まで見た打撃や斬撃波とは比べ物にならない程に危険だわ。もし、アレを生身で食らったら……)~ッ!?」

 

 砕ける西瓜の如き光景が澪子の脳内に浮かび上がり、吐き気を誘う悍ましい想像で澪子の背中を氷よりも冷たく痛いものが駆け抜けた。

 

「んじゃ、ドンドン行くぞ!!」

 

 そんな澪子の心情など知らない獅吼は、すぐさま再び息を吸い込み今度は一人だけで破壊の咆哮を轟かせた。

 

「“ウォォォォォォォォォォォォォォォ”!!」

 

 先程よりも小さい蜃気楼のような空気の歪みが、牙剥く怪物の如く幻進に襲い掛かる。

 

「クッ!」

 

 幻進は横に飛び退き直進してくる咆哮を回避した。

 

「(やっぱり一人だと規模は縮小するな。それでも脅威的な威力に変わりはないけど)」

 

 横を通り過ぎる空気の歪みを見ながら幻進はそう思った。

 

 先程まで幻進が立っていた場所は、破壊の咆哮が通り過ぎたことで地面が抉られ一本の線が刻まれていた。

 

 しかし、その跡は先程放たれた獅吼とレオンの同時咆哮の跡と比べると規模が明らかに小さかった。

 

 刻み込まれた線の幅は狭く、また深さも浅い。まるで親蛇と子蛇の通った跡程の違いが顕著に見られた。

 

 だが、最も脅威となるその威力に差異は全くない。

 

 空間が切り取られたような跡を残す破壊の咆哮が過ぎ去った通り道。その断面はまるで精密機械を使ったかと錯覚する程に綺麗だった。

 

《GRAAAAAAAAAA!!!!》

 

 レオンの破壊の咆哮が轟く。

 

 獅吼との合わせ技よりは小さいが、獅吼一人よりは大きな空気の歪みが、飛び退いた幻進に向かって放たれた。

 

「チッ!!」

 

 幻進は咄嗟に向かい来る咆哮に右手を翳した。

 

 バシュッ!!!!

 

 翳した右掌から放水の如く大量の糸が放たれた。

 

 放たれた糸はまるで激流の川のように流れ出で、幻進へと迫ってくる破壊の咆哮と激突した。

 

 バリバリバリ!!!!

 

 雷鳴とも爆音とも取れる耳を劈く轟音が轟いた。

 

 糸は咆哮に破壊されながらも途切れることなく出続けその侵攻を押し留め、破壊の咆哮は押し寄せる糸の激流を悉く砕き散らしていく。振子が左右に揺れる様な押し引きを続け糸と咆哮は拮抗した。

 

「隙ありだぜ! “ウォォォォォォォォォォォォォ!!!!”」

 

 レオンの咆哮に気を取られた幻進の隙を突き、獅吼は幻進の背後に素早く回り込んで破壊の咆哮を放ってきた。

 

「甘い!!」

 

 バンッ!!

 

 幻進は空いている左手で地面を叩いた。すると地面から逆巻く様に鋼糸が飛び出し、幻進を包み込んだ。

 

 飛び出した鋼糸は螺旋を描きながら幾重にも重なり合い幻進を覆い隠す半楕円形の繭を形成し、拮抗していたレオンの咆哮と獅吼の新たな咆哮を防いだ。

 

 ガガガガガガガガガガガガガ!!!!

 

 前後双方からの破壊の咆哮が繭に衝突し、鋼糸が重なり鉄壁と化した繭の防壁を掘削作業の如く咆哮は抉っていった。

 

 バリンッ!!!!

 

 破壊の咆哮を防いだ鉄壁の繭も一時しのぎに過ぎず、抉られた場所から亀裂が奔り幻進を守っていた繭はあっと言う間に砕け散ってしまった。

 

「アァァァァァァァァァァ……ッ! いない!?」

 

 獅吼は目を見開き驚愕した。

 

 砕け散った繭の中に幻進の姿はなかった。まるで初めから中に入っていなかったように繭の中は蛻の殻となっていた。

 

 残されていたのは地面にポッカリと空いた穴一つだけ。

 

「っ! 地中か!!」

 

 獅吼とレオンはバッとその場から跳び退いた。

 

 次の瞬間、獅吼の予感通り彼女たちが立っていた足場が崩れた。硬い地面から何本も糸が飛び出し、ドッシリとした地面を水飴の様にスッと切り裂いた。 

 

 ドゴンッ!!

 

 そして切り裂いた地面から幻進が勢いよく飛び出して来た。

 

「ハァ!!」

 

 幻進の左右五指の先から糸が奔る。銀色に閃く極細の刃が頭上より獅吼たち目掛けて降り掛かった。

 

「舐めんな!!」

 

《Gyao!!》

 

 撓る糸の刃を獅吼の斬脚と、レオンの五指の斬爪が受け止め払い除けた。

 

「スゥゥゥ……。“ウォォォォォォォォォォォォォ!!!!”」

 

《“GRAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!”》

 

 払い除けられ空中で舞い踊る糸の刃と、未だ空中にいる幻進目掛けて獅吼とレオンの同時咆哮が放たれた。

 

「フン!!」

 

 空中を舞い踊る糸の刃を手繰り、更に新たな手を掌から放ち、幻進は自分の前方に半円状の盾を形成して向かってくる二つの空気の激震を防いだ。

 

 ガガガガガガガガガガガガガ!!!!

 

 またも破壊の咆哮が鋼糸の盾を削っていく。しかし、繭の時と違い咆哮が盾を削る度に幻進は新たな鋼糸を出して盾を内側から補強していき、盾の突破を阻止していた。

 

「アァァァァァァ……ッ!! スゥゥゥ……ハァァァァァァ……。クソッ!! 突破できなかった!!」

 

 息を出し切ったことで破壊の咆哮は止まり結果、咆哮は鋼糸の盾を突破することはできなかった。故に獅吼は息を整えながら悔し気に幻進の盾を睨んだ。

 

 咆哮を受けていたことで落下せずに空中に浮かんでいた幻進は、咆哮が止むと同時に引力に引かれ盾に姿を隠した状態で再び落下し始めた。

 

「ならもう一発お見舞いしてやらぁ!! 行くぞレオン!!」

 

 獅吼が再び息を吸い込み二撃目を放とうとした。

 

 それに反応するかのように、幻進を守る盾が蠢き始めた。

 

 まるで蛇が集団で這い回るように鋼の糸の一本一本がうねり、半円状だった盾の表面が所々螺旋を描き、突起を形成し始める。

 

「っ! ヤベッ!?」

 

 息を吸い込んでいた獅吼だが、変形する糸を目にして彼女の本能が危機を察知した。

 

 獅吼はレオンと共に幻進から離れようとした。

 

 しかし、時すでに遅し。

 

 幻進を守っていた鋼糸の盾は、らまるでヤマアラシを彷彿とさせる鋭く刺々しい突起に覆われ、その切っ先は狙い澄ましたように獅吼へと向けられていた。

 

 そして獅吼が動き出すと同時に鋼糸の針は機関銃が火を吹くように雨霰となって獅吼たちへと降り注がれた。

 

 ダダダダダダダダダダ!!!!

 

 空から槍が降ってくる。正にそんな言葉を具現化したように、針とは到底呼べない程に大きい槍状の鋼糸が、地べたを抉り叩きつける豪雨の如く大地に突き刺さっていく。

 

 槍の雨が止んだ後には一面、針山地獄のような惨状に変わり果てていた。

 

 そんな中、獅吼とレオンは貫かれることなくそこに立っていた。

 

「はぁ~あっぶねぇ~」

 

 糸の槍が乱立する中、獅吼は冷や汗を流しながら息を吐いた。

 

 獅吼とレオンは降り注ぐ糸槍を完全回避することは出来なかった。糸槍が発射されると同時に跳び退いたが、降り注ぐ糸槍はそれよりも早く広範囲に被害を与えた。

 

 だが、獅吼とレオンは持ち前の身体能力と刀剣に匹敵する爪を振るってそれを蹴散らし当然の如く五体満足でその場に立っていた。

 

 そんな彼女たちの周囲には蹴散らされた糸槍が何本も転がっており、そこだけ糸槍が突き立っておらず開けていた。

 

「いいねいいね~! 盛り上がって来たよ~!! あんた、名前は?」

 

 激戦を繰り広げておきながら獅吼は今更になって幻進に名を尋ねた。

 

「御影、幻進」

 

 幻進は曇りの無い目で獅吼の目を見ながら名乗った。

 

 獅吼の燃える様な紅蓮の瞳と、幻進の影の様な漆黒の瞳がぶつかり合う。

 

「みかげ…げんしん…。ミカゲ…ゲンシン…。御影…幻進…!!」

 

 幻進の名を噛み締める様に繰り返し呟き、そして獅吼は再び満面の笑みを浮かべ紅蓮の瞳の灯を煌々と更に燃え上がらせた。

 

「御影幻進か!! よぉ~く覚えたぜ!!」

 

 獅吼は歓喜の絶叫と共に駆け出した。

 

 大地を蹴った瞬間、風圧が巻き起こり周囲に乱立している糸槍の群れを薙ぎ倒していく。

 

「ッ!」

 

 離れても見えていた獅吼の燃える様な紅蓮の瞳。それが一瞬で幻進の視界一杯に広がった。

 

 視界の端から黄金の芝生に覆われた獅吼の拳が幻進の眼前に迫ってくる。その迫り来る獅吼の拳を幻進はキャッチボールするかのように掌で掴み受け止めた。

 

 ガシッ!!

 

 幻進に拳を易々と受け止められたが、やはり獅吼は変わらず満面の笑みを浮かべその瞳をぎらつかせていた。

 

 そして獅吼は煌々と輝き燃え盛る紅蓮の瞳で幻進の瞳にある漆黒を照らすが如く、幻進の瞳を真っ直ぐ見つめ叫んだ。

 

「アタシは千影獅吼だ!! よろしくな!!」

 

 何とも今更であり、何故今頃するのかと、冷静にその光景を見れば首を傾げざるを得ない獅吼の突飛な言動。

 

 しかし、それが獅吼という人間の在り方なのだ。豪放磊落、自由気まま、唯我独尊、破天荒を絵にしたような彼女の目には、有象無象など映らない。彼女の瞳の炎が照らすのは、“己を愉しませる強者の存在のみ”。

 

 今、獅吼は漸く幻進のことを好敵手として澪子同様に認識した。

 

「行くぜぇぇぇぇ!!」

 

 雄叫びを轟かせ獅吼は、幻進に掴まれているのとは反対の拳を振り上げた。

 

「っ!」

 

 下から凄い勢いで迫ってくる獅吼のアッパーを幻進は頭を仰け反らせ既の所で躱した。

 

「ハァァ!」

 

 幻進の頭が仰け反ったことで獅吼の拳を掴む力が僅かに弱まった。その機を逃さず獅吼は幻進の手を振り解き、逆に幻進の腕を鷲掴み遠投の如く幻進を投げ飛ばした。

 

「シャッ!!」

 

 投げ飛ばされ空中を舞う幻進目掛けて、獅吼は吹き荒ぶ嵐のように手足を振るい斬撃波を乱れ撃った。

 

「ハァァァァ!!」

 

 襲い来る蒼刃を幻進は新たに生成した鋼糸を鞭のように振るって撃破していく。

 

《GRAAAAA!!》

 

「ッ!」

 

 爆ぜ散る蒼刃の火花の向こうからレオンが牙剝き飛び掛かって来た。

 

 そんなレオンを叩き落とすべく幻進は蒼刃を撃破したのと同じように鞭を振るった。

 

《Gauッ!!》

 

 ガジッ!!

 

 襲い来る銀の一閃にレオンの顎が喰らいつく。

 

 噛み締めた鋼糸をレオンはすぐさま両前足の五指で掴み直し、掴んだその糸を力一杯引っ張り幻進を引き寄せ、ガバッと開いた口に並ぶ牙をその身体に突き立てようとする。

 

「フンッ!!」

 

 ガシッ!!

 

 腸に勢いよく喰らい付こうとするレオンの顎を幻進は糸を手放した両手で受け止めた。

 

「お前は糸でも食ってな」

 

 バシュッ!!

 

《gッ!?》

 

 レオンの顎を抑える幻進の両手から糸がレオンの口の中へと飛び込み、レオンの口内は絡まり合う糸に一瞬で埋め尽くされてしまった。更には顎にまで糸は絡み付き、レオンの口の開閉を阻害した。

 

 レオンはそれを外そうと前足で口に巻きつく糸を掴み引っ掻いた。

 

「それで落ちてろ!」

 

 そんなレオンの顔目掛けて幻進は組んだ両拳をハンマーの様に勢いよく振り下ろした。

 

 ドゴッ!!

 

《~ッ!?》

 

 鈍い音を立てレオンは地面へと叩き落された。

 

 その代わりに今度は獅吼が幻進の前へと飛び上がって来た。

 

「ウラッ!!」

 

 獅吼の五爪が青い閃光を走らせながら幻進目掛けて振り下ろされる。

 

「“鋼糸棍棒”!」

 

 ガキンッ!!

 

 幻進は瞬時に鋼糸棍棒を生成して五爪の斬撃を受け止めた。

 

「ウラウラウラウラッ!!」

 

「フッ! ホッ! ヨッ! フンッ!」

 

 獅吼の反対側の五爪が鋼糸棍棒を跳ね退け再び斬撃が幻進を襲うが、それを幻進は巧な棒捌きで襲い来る斬撃の嵐をいなしていく。

 

 グルグルと空中で絡まり合い幻進と獅吼は互いに攻撃をいなしながら地面へと落下していき、着地と同時に二人は後方へと跳び退き距離を取った。

 

「“ウォッ!!”」

 

 距離とを取った瞬間、獅吼は幻進目掛けて破壊の咆哮を放った。しかし今度のそれは短く小さい、そして早かった。

 

「ッ!?」

 

 うねる空気の球体が凄まじい速さで幻進へと迫り、幻進はその球を鋼糸棍棒で受け止めた。

 

 ガキンッ!!

 

「(砕けなかった! やっぱり小さくなった分だけ威力が落ちてる。だけど、その分早くなってるっ!)」

 

 鋼糸棍棒に衝突した短い咆哮は雪玉のように砕け散った。その威力は最初に見せた破壊の咆哮と比べると弱い。だが、速さは格段と上がっていた。

 

 幻進が見た長い方の咆哮も決して遅い訳では無い。だが、幻進や澪子並みの実力者であれば十分に回避可能な速さだ。しかし、短い咆哮はそれよりも早く、咄嗟に動く反射神経を持ってしなければ反応できない。

 

 でも、その威力は長い咆哮に比べると格段に下がっている。長い咆哮であれば、鋼糸棍棒に触れた瞬間容易く粉砕してしまうのに対し、短い咆哮は鋼糸棍棒に亀裂を走らせるくらいだった。

 

 それでも鋼鉄より硬い鋼糸棍棒に傷をつけたことから、生身で食らったら骨を砕く程度の威力はあると言える。

 

「“ウォウォウォウォウォ!!!!”」

 

 間髪入れず獅吼は短い破壊の咆哮をマシンガントークするように連射して来た。

 

「チッ!!」

 

 幻進は大きく舌打ちし、その場から跳び退いて回避する。

 

 しかし、獅吼は追撃の手を緩めず咆哮の球を連射し続けた。

 

「“ウォッ!!” “ウォッ!!” “ウォッ!!”」

 

 空気の砲弾が雨霰となって幻進に襲い掛かった。

 

「ッ!!」

 

 襲い来る咆哮を幻進は縦横無尽に跳び退き躱した。

 

 そうやって幻進に躱された咆哮は地面や木々に直撃し、直撃した地面や木々は風船の様に弾け、砕け散った。

 

「チッ!(避けられない程じゃないが、こうも連射されると厄介だな。長い咆哮より威力が落ちたおかげで直撃しても粉々になる心配はなくなった。だけど、それでも一発の威力は中々なもの。連続で食らえば確実にアウトだ!)」

 

 幻進の脳裏に空気の砲弾の集中砲火を浴び、骨が砕け、肉が弾け、原形も留めないほどにボロボロとなった自分の姿が思い浮かんだ。常人なら吐き気を催してしまいそうなスプラッタだ。

 

「ほらほらどしたどした!!」

 

 咆哮の砲弾を放ちつつ獅吼は幻進を挑発する。

 

「いい加減鬱陶しいな! このっ!!」

 

 執拗な獅吼の連撃に業を煮やした幻進は反撃に出た。

 

 幻進は右手から縄糸を放ち、それを鞭のように振るって空気の砲弾を迎撃した。

 

 バババババンッ!!!!

 

 激しい破裂音が連続で響き渡る。

 

《GRAAAAA!!》

 

「ッ!?」

 

 獅吼の咆哮の連弾を弾くのに夢中になっていた幻進の頭上からレオンが奇襲を仕掛けて来た。

 

 雄叫びに反応してバッと顔を上げた幻進の視界に落下してくるレオンの獰猛な表情が迫ってくる。

 

「邪魔だ!」

 

 落下してくるレオン目掛けて幻進は左手から縄糸を放ち、レオンの体に巻きつけた。

 

「主人の元に帰りな!!」

 

《Gyaッ!?》

 

 縄糸で縛ったレオンを幻進は引っ張り獅吼の方へと投げつけた。

 

 レオンの巨体が巨大な鉄槌のように獅吼へと振り下ろされていく。

 

「当たるか!!」

 

 獅吼はスライディングするように地面を滑り駆けてレオンの巨体を回避した。

 

 そしてそのまま幻進へと急接近する。

 

「すぅぅぅぅ……」

 

 獅吼が息を吸い込む。

 

 明らかに破壊の咆哮を放つつもりだ。

 

 幻進との距離はもう目と鼻の先といった近さ。こんな近距離であの咆哮の直撃を食らえば、確実に幻進の体はバラバラに弾けてしまう。

 

「っ!!」

 

 獅吼が咆哮を放とうと口を開けたその瞬間、咆哮が飛び出るより早く幻進が動いた。

 

「今だ!」

 

「んぐっ!?」

 

 獅吼の口の中目掛けて幻進は左手を無理やりに突っ込んだ。

 

 突然の衝撃に獅吼は面食らい出掛けた咆哮は呻きとなって不発に終わった。

 

「んがっ!!」

 

 だが直ぐに獅吼は口内に突っ込まれた異物を引き抜こうと、突っ込んでいる幻進の左腕を掴もうとする。

 

 しかし、それより早く再び幻進が動いた。

 

 バシュゥゥゥゥッ!!

 

「っ!?」

 

 獅吼の口に突っ込まれた手から糸が放ち、先程のレオンのように獅吼の口内を糸で一杯に溢した。

 

「んがっ!? んぅ!!」

 

 幻進の腕を引き抜こうとした獅吼だが、急速に口内が糸で溢れかえった所為で上手く呼吸ができなくなり、獅吼は苦しそうに呻き声を洩らし呼吸困難に陥った。

 

《Gyoッ!!》

 

 そんな主を救うべくレオンが幻進に牙を剥いて飛び掛かった。

 

「そんなに急がなくても返してやるさ!!」

 

 ドゴッ!!

 

 向かい来るレオン目掛けて幻進は獅吼を蹴り飛ばした。

 

「んぐっ!?」

 

《gッ!?》

 

 飛び掛かってくるレオンに蹴り飛ばされた獅吼が勢いよくぶつかる。

 

「おまけだ!!」

 

 バシュゥゥゥゥゥ!!

 

 衝突した二人目掛けて幻進は追い打ちの糸を放ち、二人をグルグル巻きの繭で包み込んで縛り上げた。

 

 獅吼とレオンは繭の中から出ようと藻掻いているらしく、繭がグネグネと蠢いていた。だが

 

「そして極めつけだっ!!」

 

 幻進は新たに両腕から鋼糸を放った。

 

 放たれた鋼糸は螺旋を描きながらロケットパンチの様に伸びていき、正に伸びる鉄拳と言った感じで勢いよく獅吼たちが縛られている繭に迫って行った。

 

 鉄拳が繭に直撃しようとした瞬間―――。

 

「“ウォォォォォォォォォォォォォ!!!!”」

 

 パァァァァァァァァァァァァン!!!!

 

 獅吼の咆哮が轟き、繭が内側から破裂した。

 

 咆哮の衝撃波で直撃しかけた鉄拳も吹き飛ばされてしまった。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ゴホッ! ゲホッ!」

 

 拘束を吹き飛ばした獅吼の息は荒く、更に上手く呼吸が出来ない状態から無理やり咆哮を放った所為で激しく咳き込んでいた。

 

「ゴホッゴホッ!! ハァ、ハァ、まだまだ……っ!!」

 

 強引な方法で窮地を脱した獅吼の額には球の様な汗が滲み、呼吸困難だった所為で目は少し赤く充血して涙を浮かべていた。

 

「まだやれるのか、タフすぎるだろ……」

 

 荒い息ながら闘志の衰えていない獅吼の姿に幻進は呆れと共に怖気に似た感覚を抱き、冷や汗が彼の頬を伝い落ちていった。

 

「(さてどうするか……。ん?)」

 

 未だやる気満々の獅吼をどう倒すか思案する幻進。そんな彼に彼のゲンガーが問いかけて来た。

 

「(出る? まだ一試合目なんだ、態々お前が出て行く必要はない……って言いたいけど、まさかここまで強い奴がいるとは思わなかったからな。手の内は出来るだけ晒したくないんだが、千影先輩相手にそんなこと言ってられないか)よし! 行くぞ!」

 

 その言葉に反応して幻進の影がゆらりと揺れ動いた。

 

「ッ!(何か来る!)」

 

《Grrrrrrrrrr……ッ!》

 

 獅吼とレオンは本能的に何かが来ることを察知し身構える。

 

 幻進の背後。彼の足元に寝そべる自身の影が、鎌首をもたげる蛇の如くヌッと起き上がってくる。

 

 幻進の影に潜んでいた彼のゲンガーが漆黒の中からその姿を現わそうとしたその直前―――。

 

「そこまでだ!!」

 

「「ッ!?」」

 

 突然、横槍が入って来て幻進たちは動きを止めた。姿を現わしかけた幻進のゲンガーも影を纏ったままピタリと停止してしまった。

 

「あら? 大神君。いつの間に来てたの?」

 

 横槍を入れて来たのは白狼だった。白狼はいつの間にか澪子の隣に立っていて呆れた表情を浮かべて幻進たちの方を見ていた。

 

「ちょっと前にな。それよりもお前ら、いつまでやってんだよ」

 

 澪子の問いに短く返した白狼は、呆れた表情を浮かべたまま幻進と獅吼を交互に見ながらそう言った。

 

「何だよ大神……。今良い所なんだからさぁ、邪魔すんなよっ」

 

 充血して血走ったように見える眼差しで獅吼は白狼を睨みつけた。

 

「好きで邪魔してんじゃねぇよ。ほらっ」

 

 獅吼からの眼光も意に介さず、白狼は上に向かって指を示した

 

 それを追って全員が上を見上げた。

 

 しかし、上を見上げても真っ白に広がる天上しか見えなかった。でも、目には映らなくても耳に白狼が伝えたいことが聞こえてきた。

 

『繰り返します。規定以上の参加者の脱落を確認。現時点を持ちまして試合を終了と致します。生存している参加者は即刻戦闘行為を中止してください。繰り返します―――』

 

 試合進行を担当する音羽の第一試合終了を告げるアナウンスが流れていた。

 

「試合終了? 気づかなかった……」

 

 澪子は失念していたと自責するような表情を浮かべてそう零した。

 

 特待生に選ばれる澪子は、普段の学業に置いても成績優秀な優等生として自他共に認知されている。そんな澪子が試合終了のアナウンスに気づかなかったのは、今回が初めてだった。

 

 それだけ澪子が幻進たちの戦いに魅入っていたという証拠だ。

 

「ハァ……戻れ」

 

 鎌首もたげた影が幻進の言葉に従いふっと溶ける様に地面に沈んでいき、元のただの影へと戻って行った。

 

 そして幻進は人知れず自己嫌悪した。

 

「(チッ! 終了の合図に気づかないなんて……。熱中し過ぎだ! こんな事じゃ不意打ち食らってアウトだ。腕の立つ同級がごろごろいたことに浮かれたか。改めて気を引き締めないとな)」

 

 勝って兜の緒を締める。今回、幻進は獅吼との勝負に引き分けた訳だが、それでもその言葉に倣い幻進は緩んだ気を締め直し、次戦に挑む心構えを新たにした。

 

「んなこと関係ねぇ!! こっちは火が付いちまってるんだよ! 一度燃え上がった炎は簡単には消えない。消す方法はただ一つ、勝負の決着だけだ!!」

 

 既に矛を収めた幻進とは違い、獅吼は矛を収めようとせず幻進との勝負を続ける気満々でいた。

 

「そうは言っても、もうタイムアップなんだ。これ以上続けるなら失格になっちまうぞ?」

 

 牙剥き出しで唸る獅吼の威勢に白狼は苦笑を浮かべながらそう忠告した。

 

 しかし、その忠告も今の獅吼には何の効果も示さなかった。

 

「うるせぇ!! 邪魔すんじゃねぇ!!」

 

 痺れを切らした獅吼が幻進に襲い掛かった。

 

「ッ!」

 

 向かってくる獅吼を迎撃すべく幻進も収めた矛を再び構えようする。だが、それよりも早く白狼が二人の間に割り込み立ちはだかった。

 

「落ち着けって言ってんだろ?」

 

 飄々とした口調で白狼は獅吼を嗜める。だが、口調に反して白狼が纏う雰囲気は、まるで抜身の刀の様に鋭利なものに変わっていた。

 

 そして殺気を放つ白狼の背後、地に伸びている白狼の影の中から白い影が飛び出した。

 

「ッ!?」

 

《ッ! Grrrrrrrrrrrrr!》

 

 飛び出した白い影を見て猪突猛進して来ていた獅吼とレオンは急ブレーキをかけて停止した。レオンに至っては、激しい唸り声を白い影を威嚇した。

 

《……》

 

「狼か……」

 

 白狼の背後、幻進の目の前に広がる白い背を見上げながら幻進はそう呟いた。

 

 白狼の影より飛び出した白い影、その正体はレオンに並ぶほどの巨体を持つ雪の様に真っ白な狼だった。

 

 照明に照らされその巨狼の純白の体毛が白銀に煌き、金色に煌く体毛を持つレオンと対を成し、森のフィールドで異彩を放ち際立っていた。

 

《Grrrrrrrrrrrr!!》

 

《……》

 

 巨狼を威嚇するレオンに対し、巨狼は唸り声一つ上げず青い瞳でジッと獅吼たちのことを睨みつけていた。

 

「何だよ。代わりにお前が相手してくれるってのか、大神?」

 

 ギロリと獅吼の鋭い眼光が白狼を射抜く。

 

「そんなつもりはないね。だがな、これ以上続けたらマジで失格になっちまうぞ? それはお前としても不本意だろ?」

 

「……」

 

 白狼の指摘は獅吼にとって図星だった。

 

 獅吼の当初の目的は同級の澪子と戦うこと。その過程で幻進という強者に出会った事で獅吼は幻進を標的に加えた。

 

 今の獅吼の目的は、澪子と幻進の二人と一対一で戦い勝利する事。

 

 それが達成できていない現状で、失格となって選影試合を脱落してしまっては、二人と戦う機会が失われてしまう。

 

 今後に再戦の機会が得られる可能性は十分にあり得るだろうが、闘争心に火が灯ってしまった今の獅吼は、そんなに悠長に待つことなど出来ない。

 

 だから獅吼は白狼の指摘に対して何も言えなかった。

 

 そんな獅吼の胸中を白狼は見抜いていた。

 

「何も第一試合のサヴァイヴでケリつける必要はねぇさ。考えてみろ。時間制限が設けられてて且つ一対一じゃなくて有象無象と混戦となるサヴァイブよりも、時間制限なしで絶対に一対一で戦う最終戦ソリタリアの方が、お前さんにとって都合がいいだろう?」

 

「ッ!」

 

 白狼の提案に獅吼の心が揺らいだ。

 

 ピクリと動いた獅吼の眉を見て、白狼はニヤリと薄ら笑みを浮かべ、揺れ動く獅吼の胸中をもう一押しすべく止めの殺し文句を獅吼に告げた。

 

「それとも勝ち進む自信がないのか?」

 

 何とも分かりやすい挑発の言葉。定型文のようなその言葉を白狼は、相手を小馬鹿にした表情と口調と声色の三つを添えて獅吼に言い放った。

 

 白狼の提案で心を揺さぶられていた獅吼にとって、その追い打ちは急所に一撃を入れられたが如く、とても良く効いた。

 

「……はっ! 言ってくれるねぇ! アンタにしては随分と安い挑発だが、良いさ乗ってやるよ! おい澪子!!」

 

「ッ! 何かしら?」

 

「お前なら最終戦まで勝ち進めるだろう? だからそこで待ってな! それと、御影幻進!! お前も最後まで勝ち抜けよ。最高の舞台で二人纏めてぶっ倒してやるからさぁ!! 負けんじゃねぇぞ!?」

 

 澪子と幻進にそう高らかに言い放つと、獅吼はレオンに帰るぞと言いながら幻進たちに背を向け去って行った。

 

 遠ざかっていく獅吼とレオンの背を見送り二人の姿が見えなくなった所で白狼は肩の力を抜いて大きく溜息を吐いた。

 

「ハァ~ドッと疲れた……。お前、毎年あんなのの相手してたのか?」

 

 気怠げな表情を浮かべ白狼は半目で澪子の方を見た。

 

「私の苦労がよく分かったでしょ。いつも物見雄山してた大神君?」

 

 澪子の皮肉にぐうの音も出ない白狼はバツが悪そうに苦笑いを浮かべ頭を掻いた。

 

「ハハハッ。そ、それよりも、災難だなぁ~。あの千影に気に入られるなんて」

 

「いえ、別に……」

 

 澪子からの皮肉を受け、慌てて話題を変えて幻進に話を振った白狼だが、話を振られた幻進は素っ気なくそれだけしか返さなかった。

 

「別にって、冷てぇなぁ~。まぁ、それは良いとして、どうだ? 勝ち進めそうか? 千影はあんな奴だから、約束を破るとその後が怖ぇぞ~」

 

「約束って、それはあっちが勝手に言ってることなんですがね……」

 

 幻進の言う通り。先程、獅吼が言い放った言葉は、獅吼が一方的に言ってるだけで、澪子も幻進もそれを守る義務も責任もない。

 

 獅吼から幾度も戦いを挑まれ疎んでいた澪子は、端から彼女の言いつけを守るつもりなど毛頭ない。獅吼の性格を知り、尚且つ彼女の実力と闘いぶりを知る者であれば皆、澪子と同じ行動を取るに違いない。

 

「じゃ、獅吼と戦うつもりは無いし、ソリタリアに進むつもりもないってことか?」

 

「いや、最終戦には必ず進む。それに――」

 

 そう言って幻進は獅吼が去って行った方向に目を向ける。既に姿を消した獅吼の後姿、その幻影を彼方に見ながら幻進は先程の戦いを思い返していた。

 

 四肢に残る微かな痛み、耳に残る破壊の咆哮の雄叫び、そして目に焼き付く金色の体毛と、迫り来る獅吼の鬼気迫る表情。

 

 それらを思い出し、意図せず幻進は口元に三日月を浮かべていた。

 

「フッ……」

 

「それに、何だよ?」

 

「いえ、何でもないです」

 

 そう言って幻進もその場を去って行く。

 

 返事は変わらず素っ気ないが、先程とは打って変わって何処か幻進の表情は楽し気なものだった。

 

「ヘッ、顔でバレバレだっつ~の」

 

「彼も千影さんと同じ人種って事なのかしらね? 戦ってる最中も楽し気に笑ってたし」

 

「かもな? だとしたらどうする? アイツのことも敬遠するか?」

 

「いいえ、とんでもない。千影さんを敬遠してるのは、自分が勝つまで戦いを挑んでくるからであって、彼が相手となれば話は別よ」

 

 そう言う澪子の目には静かに闘志が燃えていた。

 

 それを見て白狼もニヤリと笑みを浮かべた。白狼の目にも澪子と同じ闘志が宿っていた。

 

「ヘヘッ! 今年は面白くなりそうだぜ」

 

「ええそうね」

 

 二人は互いに顔を合わせ笑い合った。

 

 そして二人も幻進たちに続き退出する為にその場を去って行った。

 

 これにて選影試合第一回戦サヴァイブ終了。

 

To be continued

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