エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を   作:江藤えそら

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前作についての話などは後ほど活動報告などで詳細にお伝えしようと思います。


Epilogue: 終焉、そしてハジマリの聖女
地球最後の見届人


 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 赤茶けた大地に朝日が差す。

 しかし、その光を享受する生物はいない。

 

 かつて豊饒の大地が広がっていた陸地には枯れ草が頭を垂れ、干上がった川は乾燥してひび割れた泥を晒すのみであった。

 どのような生物のものかも分からぬ骨が風化して空を舞う。

 

 

 ここは、”地球”。

 宇宙の奇跡が生んだ生命と繁栄の星。

 

 だが、繁栄を極めた生物種はもうどこにも残っていない。

 生物の痕跡も土に還り、やがて星の環境に同化していくのみだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつてこの地には”人間”がいた。

 数ある生物種の中で卓越した知性と団結を得たこの生物は僅か数千年で地上を支配し、地上に栄華を築き上げた。

 

 しかし、あまりにも優れたる知性は人間そのものを淘汰していった。

 知性と感情の弛まざる進化の果て、人間は一つの本質を得た。

 

 

 ―――”絶望”

 

 

 希望を求め、野望を抱き、渇望に溺れ、失望に震え、羨望に身を焦がし。

 ある者が笑い合うすぐ横で誰かが憎しみ涙し合う、歪な構造を本質に抱いたまま進化を続けた。

 

 そして限界を迎えた。

 

 災害、戦争、飢饉、自死。

 引き金は多々あれど、起こる過程は皆同様であった。

 

 危機的状況においても、なお人類は”絶望”に向かい続けた。

 互いを憎しみ、奪い、殺し尽くした。

 人類が種として団結を期す機会は、ついぞ訪れなかった。

 

 ―――これこそが、進化した”知性”の行き着いた結論だった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 全てが死んだ空間で、少女は自らの息遣いだけを聞いていた。

 

 遠くの空でまた一つ、破滅の”光”が瞬いた。

 一瞬の閃光の後、長大なキノコ雲が天空へ向かって頭を伸ばしてゆく。

 しばらく後にその爆風が少女のいる空間にも伝播し、弱り切った少女の体は今にも吹き飛ばされそうになりながら地面に倒れ込む。

 

 爆風が通り過ぎると、少女はゆっくりと立ち上がり、うつろな目で前方に這いずり進む。

 ボロボロに破れた軍服も、砂にまみれて乱れ切った金色の髪もそのままに。

「応答………」

 少女はかすれた声でそう呟く。

 彼女がそう呼びかけた小さいタブレットの画面には、何も映っていなかった。

「応答を……」

 漆黒の画面のまま変化のないタブレットを砂の中に取り落とすと、少女は瓦礫にもたれかかるように座り込む。

 

 少女が空を見上げると、遥か高空を”文明の残りカス”が飛行しているのが見えた。

 操作する人間も指示する人間もなく、ただ敵とみなした相手を発見しては殺すだけの無機質なガラクタ。

 そのガラクタが彼女に気付かずして高空を通り過ぎていったのは、僥倖と言えるだろうか。

 

「アルバトロスより……CP……三中隊は既に壊滅……現在…単独行動中……指示を求む……」

 誰に呼びかけるでもなく、少女は呪文のように意味のない言葉を呟く。

「応答……応答を……」

 もう何度その言葉を繰り返しただろうか。

 

 

 三日前、最後の戦友が死んだ。

 少女より二つ下、14歳の子供だった。

 髪も歯も抜け落ちた顔に涙を浮かべ、何度も助けを乞う声はいつしか虚無に置き換わっていた。

 

 それが、彼女が最期に見た自分以外の人間だった。

 

 通信機器もインフラもとうの昔に破壊され、世界の現状を窺い知る手法すらない。

 ただ”文明の残りカス”から身を潜めて荒野を彷徨うだけの日々。

 

 この星にはもはや誰もいない。

 少女以外の何者も存在しない。

 

「……誰…でも……敵でも…いい……」

 乾いた頬を伝うはずの涙すら枯れ果てていた。

「誰か……誰…か………」

 

 絶望の狭間から絞り出された声は、虚空の中にかき消され―――。

 

 

 

 

*「さァて本日はこのようなところまでお集まりいただき、まことに感謝、感謝にございます」

 

 

 

 

 

 もう一つの声となって帰ってきた。

「…!??」

 少女は最後の力を振り絞って立ち上がる。

 呼びかけることもせず、ただ声が聞こえた方向に本能のまま歩みを進める。

 

*「皆様方、さぞかし遠い遠いところからおいでになられたのでございましょう。…私は家からここまで徒歩六分でございます」

 絶望的な状況とは裏腹な明るく快活な声が響き渡る。

 

 そこは、地面から天に向かって大きな鉄骨の残骸が突き出した廃墟の中心部。

 倒壊した建物の中、瓦礫に覆われた小さな空間の中に、その声の主はいた。

 

「生存者…………?」

 少女は目の前の光景が信じられないと言った様子で小さく呟いた。

 

 少女の軍服と同じように破れてはだけた和服に、砂と煤で薄汚れた肌。

 しかし満面の笑みで語り掛けるその姿に、少女はある種の恐怖と安堵を同時に感じていた。

 

 

*「さて、まずは私を知らぬお客様のために今一度名乗りを上げさせていただきましょう」

 

 その時、少女は気付く。

 笑顔で口上を述べるその女性の首元の皮膚が裂け、機械が露出していることに。

 

「アン…ドロイド……?」

 少女は自らが見つけたものが生身の人間ではないことに失望の念を抱きかけたが、すぐにそんなことはどうでも良くなった。

 そんな少女に対して、和服姿の女は口上を続けた。

 

 

*「私は吹屋喜咲(ふきや きさき)、巷にてありがたいことに”超高校級の噺家”の称号を頂戴しております女流噺家にございます」

 

 

「超高校級…? 噺家……?」

 聞きなれぬ単語の数々に少女は首を傾げる。

 

「ええ、噺家です!」

 スピーカーのように一方的に話していた女性が突如自分に話かけてきたことに少女は驚く。

「ご存じないですか? ええ、無理もないでしょうねえ。こんな世の中じゃまともな勉学だって積めるわけわけがありませんから」

「………?」

 少女には目の前の女性が自分とは一切一線を画す存在のように思えて身構えずにはいられなかった。

 感情を持つアンドロイド自体は彼女にとって珍しいものではなかったが、人間とアンドロイドという垣根以上の根本的な違いを感じてしまっていたのだ。

 彼女は、自分の知らない世界を無限に知っている。

 

「さて本題に入りましょう。ちょっと長くなりますがお耳を拝借。

 かつてこの世界は”希望”と呼ばれる英雄たちが”絶望”と呼ばれる存在に立ち向かい、世界に希望を取り戻させることに成功しました。もう千五百年以上も前の話です。いえ…むしろ、その人たちのおかげで()()()()()()()()のでしょう。人間の知性と感情というものは、自らを制御するにはあまりにも膨大で、自由過ぎたのです」

 

「この破滅は人間の宿命です。人間が知性と感情を持つ限り避けられぬ宿命なのです。もしそれを根本からひっくり返そうとしたら……それはそれは大変なことだと思いませんか?」

 

 何が言いたいのだ、と言わんばかりに少女は怪訝そうな顔をすると、吹屋と名乗ったアンドロイドはくすりと笑いをこぼした。

 

「私はこれまで、”絶望の脚本”と呼ばれるものを語り継いできました。さっきあなたが耳にした口上も、その”枕”にあたる部分です。私はこの脚本を語り継ぎながら、あなたが来るのをずっと待っていました。まだ希望が絶望に立ち向かっていた頃……千五百年以上前から、ずっと」

「私を……? 千五百年も前から……?」

「ええ。人類最期の生き残りが”聖女”となり世にもう一度希望を満たす時が訪れたのです。

 この空間の地下に、私達が千年かけて作り出した卒業制作があります。あなたは今から私が言うことをよく聞いて、余剰人類計画(プロジェクト・エクストラ)を発動するのです」

「聖女……? 卒業制作……?? プロジェクト・エクストラ……??? 待って、全然話が分からない…。あなたは何者で、私を使って何をしようとしているの?」

 吹屋が言葉を紡げば紡ぐほどに少女の顔は混乱に染まってゆく。

 

「あちきは…いや失礼、私はこの世界に絶望を語り続けてきたもの。そして、この世界に希望を取り戻すもの。理解などできなくても問題ありません。装置が起動すれば、私たちの”認識”は全てあなたの脳内に流れ込む」

「装置……? 地下に装置があるの? まだ稼働する先端機器が?」

 少女はここ数か月、人類の統制下で稼働する機械を見ていなかった。稼働できる機械は全て人間の管理を華ね、無秩序な破壊行動を繰り返すばかり。

 人類は戦争の果てに自らが生み出した機械の制御方法すらも失ったのだ。

 

「操作は簡単です。円筒の中に入って、たった一つのスイッチを押すだけ。そして私が教える合言葉を音声認識させれば、それですべてが始まる。……くすくす、全ては脚本通り、でありんしたね」

 吹屋はいつしか少女ではなく、赤茶けた虚空に向けて言葉を呟いていた。

 

 その時、爆風が二人を不意に包み込む。

「ッ!!!」

 少女は咄嗟に吹屋を抱えて地に伏せる。

 砂埃が二人の視界を覆いつくす。

 

 上空から”文明の残りカス”が囂々と駆動音を鳴らしながら荷電粒子砲を乱射していた。

「見つかった……!」

「あはは……思ってたより早かったでありんすね」

 狼狽する少女に対し吹屋は少し儚げな笑みを浮かべる。

 続けざまに撃ち放たれる光線は、しかし二人の肉体を捉えることはない。

 長い戦乱の果てに殺人兵器すらも既に寿命を迎えつつあるのだ。

 

「さ、もう時間がないでありんすね。ゆっくり説明したかったけど、早く地下へ」

「え、!?」

 吹屋の口調がいつの間にか変わっていることに少女は違和感を覚えていたが、それを問い詰める余裕はなかった。

「あ、あなたも早く!」

 呼びかける少女に吹屋は首を横に振る。

 そして柔らかな笑顔でこう告げた。

 

 

 

「お行きなさい、キリウ

 

 

「……!! どうして私の名前を?」

 少女の言葉が吹屋に届くことはなかった。

 着弾した光線が閃光となって二人の視界を包む。

 

 

 

 ”地下に入ったら、すぐに突き当りの右にある円筒の中へ”

 

 

 遠のく少女の意識の中で吹屋の声がこだまする。

 私はまだ生きているのか、と少女が自覚するよりも先に体が動き出していた。

 

 ”スイッチは一つだけ。押したらすぐに合言葉を”

 

 何故自分がここにいるのか、何故自分が生まれてきたのか、そんなことは少女には分からない。考えたこともない。

 けれど、今この瞬間に自分に役目を与えられると、不思議なほどに盲従してしまいたくなる。

 まるでそれが自分の生まれてきた意味であると理解しているかのように。

 

 ”合言葉は―――”

 

 吹屋はどうなったのだろう。この世界はどうなるのだろう。人類はどうなるのだろう。希望は。未来は。明日は。私は。

 そんな思考も全て置き去りにして時間は進んでいく。ただ刻まれる時間と共に無慈悲に物理現象が発生していく。

 

 

 

 ”『希望の蔓に絶望の華を』

 

 

 

 少女が吹屋の声に重ね合わせるようにその言葉を呟くと、突如として周囲の時空が歪む。

 頭に流れ込む。人類が数千年かけて生み出してきた技術と知恵、その先にあるもの。

 驚愕すらも追いつかないほどの速度で全てが構築される。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 少女には夢があった。

 小さな栄養食のカケラを齧りながら、昔の人間達が過ごしていたであろうありふれた生活を思い浮かべ、夢の中だけでもそこに混じって平和に暮らそうと、そんなことを日々考えていた。

 ”娯楽”という概念を知りたい。

 昔の人間は何を楽しいと思い、何をして笑っていたのだろう。

 

 笑いたい。笑わせたい。

 自分も他人も笑顔にできるような、そんな”聖女”になりたい。

 

 

 烏滸がましくも少女はそう思ってしまったのだ。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

『やっと会えたでありんすね―――人類最期の希望、終焉の聖女”キリウ”』

 

 

 

 今ここに、人類は死に絶えた。

 

 




七年ぶりに始まります。
あらすじと全然書いてる内容違うじゃないか、と不満に思われた方はゴメンナサイ。次回こそ皆さんが思ってた感じになる…はず。

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