エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を   作:江藤えそら

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牛歩の進みで申し訳ありません。


(非)日常編③ その唇をよく見せて

 

「ふぅ~……」

 その夜、俺は大浴場で体を清めていた。ありがたいことに大浴場は夜時間でも使うことができる。あまり大人数で風呂に入るのは好きではないが、自室のシャワーで済ませるのも味気ない。この大浴場はかなり広く浴槽も多い。電気風呂やジェット風呂のような特殊な浴槽もあるし、なんならサウナまである。本格的な銭湯施設のようだ。どうしてこんなところで至れり尽くせりなのか謎が深まるばかりだが、今は厳しい現実は忘れて心ゆくまでこの風呂を楽しもう。

「邪魔するぞ」

「わっ!?」

 と、おもむろに低い声とともに風呂の扉が開いたので、俺は仰天して飛び上がってしまった。湯煙に包まれて立っていたのは……リュウ君だった。筋骨隆々の引き締まった肉体美には、いつついたのか分からない古傷が散りばめられている。とても普通の環境を生きてきたようには見えない。そして……何がとは言わないが、ソッチもとても立派だ。……ちょっと悔しい。

 と、そんなしょうもないことを考えている場合ではない。誰も来ないと思ってこんな深夜帯を選んだのだが、完全に気が抜けていた。今はコロシアイの最中だぞ。彼のような強者と二人きりになるということは、即ち―――。

「まあ、そう慌てるな。ただ雑談ついでにひと風呂浴びに来ただけだ」

 そんな俺の警戒をよそに、リュウ君は俺に背中を向けて体を洗い始めた。完全に無防備だが、これは敵意の無さをアピールしているのだろうか。いや、しかし油断はできない。自身の安全が確保されているうちに上がってしまおう。そう思って俺はそそくさと浴槽から身を持ち上げたが…。

 

御堂のメッセージには気付いたか?

 リュウ君が背中を向けたまま放ったその言葉が、俺の動きを止めた。

「御堂さん……? どういうこと?」

 気になってしまった。俺達に微塵も関心などなさそうな彼女が、俺達にメッセージを? 一体いつどうやって? 一度気になってしまうと浮かびあがった疑問は輪っかを描いて俺の脳内をぐるぐると回り続けた。

「やはり気付いていなかったか。まあ、湯船に戻ってゆっくり聞いてくれ。身体を冷やすと悪い」

「………」

 俺はリュウ君から離れた、しかし声ははっきり聞こえるくらいの距離にぽちゃんと身を浸からせた。

「まず前提として、この大浴場には監視カメラがない。見えそうな範囲はあらかた調べたが、盗聴器のような機械もなかった。無論、見えない範囲に埋め込まれている可能性は否定できんが。少なくとも、トイレとこの場所が施設内で最も連中に会話を傍受される可能性が低い場所であることは確実だ」

「そんなに大事な聞かれたくない話ってこと……?」

 リュウ君は慎重に言葉を選んでいるように見えた。そこまで周到に確認して何かを伝えたいということは、よほど大事なことなのだろう。俺の身体に緊張が走るのを感じた。

「この施設から脱出するためにはあのヌイグルミどもを出し抜いてコロシアイ以外の方法で脱出する手法を見つけることが必要だ。それには当然、奴らに傍受されない場所で意思疎通をする必要がある。だが、何かあるたびにこうして風呂に駆け込むのは手間がかかるだろう? それに、異性間での意思疎通も不可能だ」

「確かに……」

「そこで御堂はそれに代わる意思疎通の方法を俺達に示したのだ。俺達と協力してこの学園から脱出するためにな」

「え!? 御堂さんが!?」

 御堂さんは今朝、俺達を口汚く罵った上で協力する気はないと言ってのけた。そんな彼女が、俺たちとの協力の意志を示していたなんて俄かには信じられない。

 

「昨日、御堂が食堂で告げた言葉を覚えているか? あの言葉の中に奴は今後、ヌイグルミ達を出し抜くためのコミュニケーション手法を織り交ぜて伝えていたのだ」

「え……? なんて言っていたっけ…」

 物凄い罵倒を言っていたような記憶しかないが…。

「よく思い出せ。奴が俺達に何を語ったのかを」

「ごめん、彼女の言ったこと全く覚えてない……」

「………」

 身体と頭を洗い終わったリュウ君は浴槽の少し離れた場所に漬かり、呆れ顔をしながらも昨日御堂さんが発した言葉を一つ一つ教えてくれた。

 

 


 

 

「どうしようもない連中だな。下らん妄想に囚われおって」

 

「死んでいないことをこうして証明しに来てやったのに歓迎の言葉の一つも出ないのか?」

 

「自由に捉えてもらって構わんが、私は自分の物差しから脱却できないお子様が幼稚な勘違いをするからわざわざ訂正しに来てやっただけだ。つまるところ、貴様らと関わる気はないが、害を与える意志も暇もない。()()()()()()()()()()()()()()

 

「五月蠅い手合いもいたものだな。私は私のスタンスを伝えると同時に害意がないことの証明としてせめてものアドバイスを与えに来たのだ」

 

「賢いものなら誰でも理解できる話だ。即ち、自分達の物差しで相手を測るなと言っているのだ。ただでさえ思春期の子供というものは妄想一つでいくらでも自己の世界を肥大化する生き物だ。ましてや我々は皆"超高校級"、常軌を逸した感性の一つや二つ珍しくはなかろう。少なくとも貴様らも、リュウや私を見てそう感じたはずだ」

 

「このコロシアイという異常な状況でそういった感性、価値観の差異がどのような事故を生み出すか頭を働かせて考えてみろ。そうした事故のリスクを最小限化するために、私は貴様らと積極的に関わらないと宣言しただけの話だ」

 

「当然だ。あのヌイグルミはそれをさせたくて私達を集めたのだろう? ならばどんな手段を用いても我々の心情を翻弄し、殺人に駆り立てようとするだろう。私は初めから貴様らのような未熟な子供が語る浅はかな団結など微塵も信用していない。己の心の真髄すらも信用していない。だからこそ、物理的に殺人が起き得ぬよう、誰とも関わらず、近付かないのが最適解なのだ。ここまで嚙み砕けば流石に理解もできるだろう?」

 

「貴様らの小賢しい知恵を振り絞って出し抜けるような敵とは到底思えんがな。例えば昨日見た落雷。あれはどういう原理でどのようにして落としたのだ? どうすれば対処できる?」

 

 

「我々の知性など所詮はそんなものだ。こんな大掛かりな施設まで用意して狂ったゲームを仕掛ける黒幕など、我々の知性で推し量れる相手ではない。だからこそ、今を凌いで機を待つのが最善なのだ」

 

「また出過ぎた勘違いをしたな。私は私のスタンスを伝えに来ただけだ。貴様らにああしろこうしろなどと指示するつもりは毛頭ない。仲良くしたいのなら仲良くすればいいだろう。私抜きでな」

 

「言いたいことは言った。後は好きにするといいさ。…せいぜい長生きすることだな」

 

 


 

 

「……こんなところか」

 思い返せば思い返すほど、トゲのある言葉しか出てこない。しかし、罵倒の中に彼女自身の信念や哲学のようなものも垣間見られるようにも思えて、単に感じの悪い言葉という風にも思えなかった。…まあ、今は内容よりもそこに何を隠したのかが大事だ。

「さて、この一連の言葉を見て違和感を覚えはしないか? 御堂はかなり早い段階で『私が伝えたいことはここまでだ』と言った。しかし実際に会話の内容を思い返せば、奴が伝えたいメッセージのように思える箇所はその言葉よりも後にあっただろう?」

「そういえば、確かに…」

 言われてみればおかしい。彼女が自分のスタンス、つまり協力しないとか感性の違いがどうとかを語ったのは、『私が伝えたいのはここまでだ』という言葉の後だった。会話の意味を考えれば、『私が伝えたいのはここまでだ』というセリフは矛盾しているようにしか思えない。

「即ちこの言葉は、『私がお前達に伝えたいメッセージはここまでだ』という奴からの意思表示。さらに言うなれば、あの言葉よりも前の部分に御堂からの暗号が隠されていたのだ」

「暗…号……? あの短い言葉の中に? どこをどうやって暗号にするの…?」 

 いろんな題材で作品を書いてきて雑学に自信のある俺でも、暗号についてはほとんど知識皆無だった。『私が伝えたいのはここまでだ』という言葉の前には、御堂さんは挨拶程度の言葉しか発していなかったはず。そこに一体どんな暗号を隠せるというのだ?

 

「本来暗号というものは複雑にルール化されたものを限られた集団の中で共有し、使用する。しかし今回のように初対面の相手にどうにかして暗号を伝えたい場合は、少し頭をひねれば気付けるような簡単な”言葉遊び”で暗号を仕込むのだ。最も、あまり簡単であるか、不自然な仕込み方をしてしまうと知られたくない人間にも知られることになる。ゆえにこの暗号は極めて自然に、仕込んでいる風を匂わせないように仕込む技術が問われる」

「言葉遊び……って?」

「言葉遊びにも様々なパターンがあるが、事前の示しもなく唐突に仕込む暗号ならば、もっとも単純化されたパターンを使うことが多い。その最たる例が、語頭を取るパターンだ。奴が『私が伝えたいのはここまでだ』と言うまでに発したセリフの語頭の一文字を一文ずつ取ってみるがいい」

「………??」

 何が何だかさっぱりだが、とりあえず言われた通りにやってみよう。えーと、一文ずつと言っていたから…。

 


 

 

うしようもない連中だな」

だらん妄想に囚われおって」

んでいないことをこうして証明しに来てやったのに歓迎の言葉の一つも出ないのか?」

ゆうに捉えてもらって構わんが、私は自分の物差しから脱却できないお子様が幼稚な勘違いをするからわざわざ訂正しに来てやっただけだ」

まるところ、貴様らと関わる気はないが、害を与える意志も暇もない」

 

「私が伝えたいことはここまでだ」(暗号終わりの合図)

 


 

 

『ど、く、し、じ、つ』………。え? これがメッセージなの……?」

 言われた通りに組み立ててみたが、出てきた答えはなんら日本語の体を成していない文字の羅列だ。これのどこがメッセージというのだろうか?

「ごめん……俺にはちょっと意味が分からない……かな…」

「そうだな。これだけで意味を推し量るのは難しいが、この暗号にはもう一つ越えるべきステップがある」

 リュウ君は不敵な笑みと共にそう言うと、浴槽から立ち上がった。

「どうだ、この続きはサウナででも」

 彼はニヤリと笑みを浮かべてサウナを指差す。正直言ってサウナはあまり得意ではないのだが…。

「……あまり長居しないならいいけど…」

 

 サウナに入ると、当然だが凄まじい熱気がむわっと俺の身体を包み込んだ。銭湯のサウナによくあるようなテレビの類はなく、端に置いてあるスチーム発生装置が稼働する音以外は静かな空間だった。リュウ君は階段状になっている席の最上段に腰かけ、対象に俺は一番下の出口に近い場所に陣取った。サウナが得意でない俺にとって、一番低いこの場所に居座るのもひと苦労だ。

 

「ふぅーっ。トレーニングの後のサウナは効くな……」

「…こんな時間にトレーニングしてたんだ。それで、暗号の続きは?」

 なんだかすっかり大浴場を楽しむテンションになっているリュウ君に若干の不信感を募らせつつも、俺がそうけしかけるとリュウ君は再び暗号の解説を開始した。

「今読み解いた暗号……すなわち”語頭を取る”方式の暗号は古くから用いられ、子供同士でも使われるほど汎用性が高い。だが、文字の中にはどうしても語頭に置きづらい文字というものがある。どんな文字か分かるか?」

「ええ……? 語頭に置きづらい文字……? 助詞の『を』とか?」

「着眼点は悪くないが、大抵の場合は『お』で代用すれば音が同じであることから推測し導くことは可能だ。だが、『ん』であればどうだ?」

「『ん』か……。確かに語頭に持ってくるのはちょっと難しいかも」

 『ん』を頭に持ってこようとしても、呻き声のようなセリフが出てくるばかりで会話を成り立たせるのは難しい。伝えたい暗号の中に『ん』が含まれる場合はどうすればよいのだろう?

 

「そのような場合には別の合図を用いて特殊な読み取らせ方をするのだ。暗号を言っている間、御堂は複数回特殊な行動をしていたはずだ。もう一度、奴の行動とセリフを逐一思い返してみろ」

「……分かってると思うけど、全く覚えてないです」

「……」

 リュウ君は呆れ顔をしながらも、御堂さんの言葉とそれに付随する言動を再度教えてくれた。

 


 

 

「どうしようもない連中だな。下らん妄想に囚われおって」

 

「!?」

 

 土門君の声に応えるように御堂さんの声が響いたものだから俺は驚いた。食堂の入り口に腕を組んで立っている御堂さんは、その場にいるメンバーをジロリと見回してため息を一度ついた

 

「死んでいないことをこうして証明しに来てやったのに歓迎の言葉の一つも出ないのか?」

 

(中略)

 

 

「蚊帳の外になりたいわけではないらしいな」

 

 突如、食堂の隅の方で終始無言だったリュウ君が言葉を発した。読んでいた本を閉じ、御堂さんの顔をじっと見つめている。御堂さんは再度大きくため息をついた

 

「自由に捉えてもらって構わんが、私は自分の物差しから脱却できないお子様が幼稚な勘違いをするからわざわざ訂正しに来てやっただけだ。つまるところ、貴様らと関わる気はないが、害を与える意志も暇もない。私が伝えたいことはここまでだ」

 


 

 

 御堂さんの言葉を、その周りの行動まで併せて振り返った。彼女が行った特殊な行動というのは一体……。

 

「まさか……このため息のことを言ってる?」

「そうだ。そしてこのため息の直後に発した言葉のうち最初の言葉は、二文字目が『ん』となっている。そこから推測するに、『ため息を合図とする次の一文は語頭から二文字を取れ』という意味合いの暗号と予想できる」

「いやいやいや……そんなの初見で分かんないって!!」

 どれもこれも、言われれば確かにそうだけども……。一体誰がこんな暗号に初見で気付くっていうんだよ。まあ、リュウ君はしっかり気付いているけどさ。

「暗号の中でも初歩的なテクニックだからな、パターンを知ってさえいれば案外容易く気付けるものだぞ。それに、俺も一撃で答えに辿り着いたわけではない。いくつかあり得そうなパターンで文字を抽出し、最も日本語として成立するものを答えとして選んだだけだ。さあ、もう一度語頭を取ってみろ。ただし、ため息の後の言葉は語頭の二文字を取れ」

「は、はあ……」

 


 

 

うしようもない連中だな」

だらん妄想に囚われおって」

(ため息)

しんでいないことをこうして証明しに来てやったのに歓迎の言葉の一つも出ないのか?」

(ため息)

じゆうに捉えてもらって構わんが、私は自分の物差しから脱却できないお子様が幼稚な勘違いをするからわざわざ訂正しに来てやっただけだ」

まるところ、貴様らと関わる気はないが、害を与える意志も暇もない」

 

「私が伝えたいことはここまでだ」(暗号終わり)

 


 

 

「ど、く、しん、じゆ、つ………? えーと……読唇術…?」

 度重なる解読の結果、遂に俺はそれっぽい答えに辿り着いた。読唇術……これが一体何を意味するのかまでは分からないが。

「そうだ。それこそが今後、御堂が黒幕を出し抜くための意思疎通手段として俺達に提示した答えだ。今後、この暗号を読み解けたものにだけ、読唇術…平たく言えば”口パク”だな。それによるコミュニケーションを取るということだ」

「口パクで…? でも、それだと結局監視カメラに映っちゃわない…?」

「この学園の監視カメラは必ずしも全方向を映しているわけではない。死角になる立ち位置も存在する。それに、万が一カメラに映ったとしても、大げさな口パクでない限りはカメラ越しに内容を読み取ることは非常に難しいはずだ。筆談のように手間がかかるわけでもなく、慣れさえすれば会話と同じスピードで瞬時に情報を伝達できる優れた手法だ」

「でも、それならそうとなんでわざわざ暗号でそんなことを伝えるの…? いきなり口パクすると怪しまれるから?」

「それもあるだろうが、俺が思うに”メンバーの選抜”という意味合いもあるだろうな。デスゲームを主催する人間を出し抜くのであれば、最低でもこの程度の暗号は瞬時に見破れるくらいの人物でなくてはならんと。知恵が足りない人間にまで無駄に情報を握らせると、黒幕へ露呈し危険を招くと御堂は思っているのだろう。だからこそ、自分の暗号を見破れるほどの能力を持つ人間だけを黒幕に立ち向かう味方として迎え入れる腹づもりなのだ」

「そう上手く選別できるのかな…。それに、肝心の黒幕にも見破ろうと思えば見破られちゃう可能性があるだろうし」

「それはそれで問題はない。読唇術が伝達手法であることが黒幕に分かったところで、結局は画面越しにそれを捉えるのが難しいことに変わりはないからな。…顔が赤いな。そろそろ出るか」

「あ、え……? そういえばなんかフラフラしてきた……」

 リュウ君の話に聞き入り過ぎていつの間にか限界を超えていたようだ。俺はリュウ君に支えてもらいながらサウナを出た。

 

 

「はぁあぁんっ」

「何を卑猥な声を出しているのだ……」

 何も考えずに一気に水風呂の水を浴びたものだから変な声が出た。汗を洗い流して水風呂に入ると、体の芯まで火照った後の水風呂はとてもとても身体が引き締まる心地よい感覚だ。

「……で、読唇術って言ってたけど、どうすればいいの? 御堂さんを見つけて口パクすればいいってこと?」

 これで間違ってたら御堂さんの目の前で訳の分からない行動をしているだけの凄い恥ずかしい人になるんだけど、さすがにこれだけいろいろ根拠が揃っていて暗号が間違っていたなんてことはない…よね。

「いや、今葛西が御堂のところに行って読唇術を試みても無視されるだけだろう。何故なら”暗号を解いたことの証明”をしていないからな。御堂の中では葛西は読唇術で意思を伝えるに値する人物ではないのだ」

「えぇ…? でも、”暗号を解いたことの証明”なんてどうやってやるの…? リュウ君はそれをやったの?」

「もちろんしたさ。それも、暗号のトリックが分かっていれば簡単に行える。これも初歩的な暗号術になるが、言葉遊びの応用だ。暗号が語頭を取るなら、こちらは語尾を取ればいい」

「……? 御堂さんがやったように、語尾の文字でメッセージを送るってこと?」

「それでも良いが、それでは数文連続で言わなければ単語や文を完成できず手間がかかる。もっと簡単に、暗号同士でやり取りをする方法がある。それが”しりとり”だ」

「しりとり……?」

「御堂の語尾をこちらが語頭で拾って返答すればよい。そうすれば、それが”お前の暗号を読み解いた”のメッセージになる。ただし、一回だけでは偶然を疑われる恐れもあるからな。可能な限り多く、相手が納得するまでしりとりで返し続けることが肝要だ。それを踏まえて暗号を発し終わった後の御堂と俺の会話を思い出してみろ」

「分かってると思うけど…」

「……」

 リュウ君は呆れ顔をしながらも会話を一つ一つ振り返ってくれた。

 


 

 

(御堂)「私が言いたいことはここまで」(暗号終わりの合図)

 

→(リュウ)「いたい言いたいことは理解できた。だがそんなことをわざわざ伝える理由はなんだ? 関わりたくないのであれば一人で勝手にそうすればよかろ

 

→(御堂)「るさい手合いもいたものだな。私は私のスタンスを伝えると同時に害意がないことの証明としてせめてものアドバイスを与えに来たの

 

→(リュウ)「さんで今更そんなことを言うとも思えんな。一応話を聞いておくとしよう

 

→(御堂)「しこいものなら誰でも理解できる話だ。即ち、自分達の物差しで相手を測るなと言っているのだ。…(後略)」

 

 


 

 

「ほ、ほんとだ……」

 驚くほど滑らかに、しかし文字のバトンタッチをしながら会話は行われていた。全く違和感の無い会話を繰り広げながらこんなことをするなんて、超高校級の凄さに眩暈すら感じる。

「そういうわけで御堂は俺が暗号を解いたものと判断し、食堂を去る際に俺に読唇術で『合格』と告げてきたのだ」

「あ、そういえばあの時……」

 


 

「言いたいことは言った。後は好きにするといいさ。…せいぜい長生きすることだな」

「ちょっと、御堂さんったら」

 

 山村さんの呼びかけも空しく、御堂さんはチラリとリュウ君の方を見た後、食堂を後にした。

 


 

「ちらっとリュウ君の方を見たように見えたけど……あの時に口パクもしてたってことか」

 傍目では全く分からなかった。確かにそれくらい小さな動きであれば監視カメラに映っても気付かれなさそうだ。…問題はリュウ君ほどの動体視力がなければ誰も気づかないかもしれないことだが。

 

 数分後、最後に温かいシャワーを浴びて俺達は大浴場を出た。ここにも一応監視カメラや盗聴器の類は設置されていないが、一応声量を浴場の時より少し落とした。なんだかんだでかなり風呂を満喫してしまった気がする。…明日も来よう。

 

「だが、俺一人しか気づかなかったというのも御堂的には誤算だったろうな。恐らくは明日も同じような手口で暗号を伝えに来るだろう。先ほど俺が言ったやり方で答えてみろ。必ず反応を示すはずだ」

「そううまくいくかな……」

 リュウ君の話は全て筋が通っているが、いざ自分がやってみるとなると急に疑わしくなってしまう。それに、会話の中に自然にしりとりを仕込むなんてかなり頭が柔らかくないと無理な気がする…。

「そうだ……ずっと気になってたんだけどさ。どうして俺なんかにその暗号のことを教えてくれたの? 御堂さんの目的は”自力で気付ける人を選別する”ことだったのに」

 俺はずっと気になっていた問いを投げかけた。彼が何の意図をもって俺にこの暗号のことを、わざわざ大浴場にまで来て教えてくれたのか。その謎がまた解けていなかったのだ。

「何故、か…。正直言って俺も分からんが、何故かお前が黒幕を出し抜くうえで重要なカギとなる気がしてな」

「……? 気持ちは嬉しいけど、俺のことを買い被ってないかな。俺は脚本を書いてるだけのちょっと雑学好きな普通の高校生だし、山村さんや御堂さんのように超人的な能力があるわけでもないし、入間君や亞桐さんのように社会レベルの実績を残しているわけでもないし」

「ならば、それはお前がお前自身の価値に気付いていないだけだろう。俺は俺の勘を信じることにするさ」

 リュウ君は手早く服を着終わると脱衣所を後にした。

「お前の力を信用している。が、無茶はするなよ。良い夜を」

「………」

 俺はぽかんと口を開けたまま彼を見送ることしかできなかった。

 

 

 部屋に戻ると、あのファイルが俺を待ち受けていた。相変わらず中身は空っぽだ。不気味で仕方ない。俺は棚にそのファイルをしまうと、ベッドに倒れ込んだ。こんな状況で趣味や脚本制作をやる気にもならない。本当に一体どうしてこんなことになってしまったのか。これは本当に現実なのか、未だに実感がない。

 だが、俺が何を思おうと時間というものは過ぎてゆくものだ。歯磨きなど最低限の生活行為ののち、俺は深い眠りについた。今夜は昨夜のような悪夢を見ることはなく、比較的眠れた方だと思う。

 

 

 ◆◆◆

 

 

『オマエラ、おはようございます! 朝です! 今日も元気いっぱいコロシアイ生活を楽しみましょう!』

 7時になると同時に施設内に響き渡る耳障りなだみ声で起こされた。そういえば昨日もこんな放送してたっけ…? もしかしたら寝過ごして聞いていなかったのかも。案外昨日の方が深く寝てたのかな。

 夜更かしをしたせいか結構眠気が残っていた。身支度を整えて食堂に向かうと、特に決めたわけでもないのに昨日と同じくほぼ全員が集まっていた。

「おはよー。眠れた?」

「おはよう……まあ、昨日よりは」

 亞桐さんの問いに冴えない返事を返し、俺は食卓につく。山村さんや入間君のような早起き組が食事の用意をするのがルーチンとなりつつある。任せきりでは申し訳ないから俺も早起きして何か手伝った方が良いのだろうけど。

 

 それにしても、昨日リュウ君に言われた内容が頭の中を何度も反芻してしまう。独特の暗号術と、読唇術による意思疎通。彼が述べた暗号の意味は全て辻褄が合うと言えば合うが、こじつけと言えばこじつけにも思えてしまう。御堂さんは本当に俺達にそんなメッセージを伝えたのだろうか。今更ながらリュウ君の考えすぎではないかと変な思考が頭を支配し始めた。

 

「葛西きゅん?」

 突然津川さんに話しかけられ、俺は驚いて飛び跳ねてしまった。

「お、おはよう……。今日は時間通りに来れたんだ」

「えへ、今日は早起きしてメイクしてきたなり」

 津川さんは舌を出してピースした。目の大きさと言い、肌のきれいさと言い、漫画のキャラクターが飛び出てきたような可愛らしさだ。本当に人間なのだろうか……とか思うのは流石に失礼か。

「何か考えごとしてた?? いろいろ考えごとしてますって顔に出てるなりよ、葛西きゅん。…う~ん、ゆっきゅんの方がいいかな。ゆっきゅんで」

「ゆっきゅん…」

 吹屋さんに続いて、また変なあだ名をつけられた。最初の出会いがアレだったせいで、どうも津川さんと距離を詰めることに抵抗がある。向こうは全然気にしてなさそうではあるけど。

「ほら、ゆっきゅん! 何か悩み事があるなら全部ぶちまけちゃうなりよ! こんな状況に巻き込まれた仲間同士なんだから」

「あ、う~ん……」

 俺は回答に窮した。確かに彼女の言っていることは至極正しいのだが、そこで昨夜のリュウ君の言葉が突き刺さる。暗号を自力で解けない者に共有してはならない、という御堂さんからのメッセージ。仮に彼女が発した暗号が無秩序に仲間内に広まってしまったら、彼女は今度こそ俺達と協力してくれなくなるかもしれない。この件を伝えるには、津川さん自身が暗号に気付いてもらうしかないのだ。

 …暗号? そうだ。何も暗号を出すのが御堂さんでなければいけない理由なんてない。俺が同じ暗号を出して彼女がそれを理解できれば、自ずと御堂さんに対しても同じことができるはずだ。むしろ、俺達が同じように暗号を出してヒントを共有しうることすら視野に入れて御堂さんはこんな回りくどい暗号を発した……と考えることはできないだろうか。

 

 えっと……確か、御堂さんが伝えたかった暗号は”読唇術”……だったな。これを彼女と同じ手法で頭文字で伝えればいいわけだ。ただ、俺と津川さんは既に会話を始めてしまっている。リュウ君が解いたプロセスによるなら、明確に”ここから暗号が始まるよ”というメッセージがまず必要になるはずだよな。……えーと。

「ゆっきゅん?」

「あっ…えっ……と、とりあえず俺のメッセージを伝えるね!! じゃあいくよ!!」

「は? へ? どしたの急に」

 津川さんは思いっきり困惑している。が、一度開始を宣言した以上ここで止まるわけにはいかない。ここから頭文字で”読唇術”の暗号を伝えるフェイズに移行する。

……ど…ど……どうしようもないよね、この状況」

「急に悲観的!? ゆっきゅん、気をしっかり持つなりよ!」

 津川さんに両肩を揺さぶられる。しかし、それでも暗号は続けなければならない。

……く…苦しい状況だけど…きっと何とかなる…と思う!」

「と思ったら急に楽観的になった!? 情緒不安定すぎないゆっきゅん???」

 津川さんの表情がますます俺を心配するものへと変わっていく。明らかに不自然な会話だ。早いところ暗号を伝えきった方がよさそうだ。ここからは一気に畳みかけよう。

 次は……だけど確かその後にがあるから語頭の二文字を取らせるために何か違う素振りを入れないといけないんだった。御堂さんはどうしてたっけ…。

「はぁ~~……」

「え? 急にため息つかれた…?? なんかリャン様変なこと言った…?」

しん……しん……信用してくれるかな、俺のこと…?」

「また不安定になってる!? 大丈夫なりよ、リャン様ゆっきゅんのこと信じてるから!!」

「はぁ~~……」

「またため息!?!? ダメなの!?!? 今の返事じゃダメだったのゆっきゅん!!??」

じゆ……じゅ……十分すぎるよ。……津川さん、ありがとう」

「急にデレるのもなんか怖い!!」

「……俺のメッセージは以上です」

「だからメッセージって何!?!?」

 やってみて分かった。これめちゃくちゃムズイな!?!? 自然にやり取りしてた御堂さんとかリュウ君ってやっぱスゲーんだな……。ていうかこの疑念マシマシの津川さんを一体俺はどうすればいいんだろうか? 暗号を伝えるどころか明らかに人間関係を損なうだけの結果に終わったんだけど。

 

っかり仲良しじゃん」

 気まずさに頭を抱えている俺を嘲笑うように皮肉を飛ばしてきたのは、釜利谷君だった。昨日は全く起きることができずに机に突っ伏していたのに、今日は元気そうにヘラヘラと笑っている。

「あ、いや、これは……しがない世間話、だよ!」

 世間の話など全くしていないので、我ながら苦しい言い逃れだと思う。そもそも言い逃れなければいけない理由もないのだが…。

く喋るじゃんか。お前そんな奴だったっけ?」

「いや、そんな、俺は―――」

 釜利谷君の人を小ばかにしたような態度に少しムッとなった俺だが、すぐにその思考は新しい思考に上書きされた。彼が俺の言葉の語尾を取ったしりとり会話―――つまり、リュウ君が言っていた『暗号を理解したサイン』を送っているのだ。まさか今の会話を盗み聞きして見破ったのか? 

「―――と、とにかく! みんな集まってるしご飯食べようよ」

 俺はとりあえず明確に文章が終わるように発言し、彼が再び語尾を取ってくるかどうか見守ることにした。しかし…。

「そうそう! ご飯冷めちゃうなりよ! ご飯取ってくるね!」

「………」

 釜利谷君は両肩をすくめ、とぼけたように笑いながら厨房へと入っていった。二回、彼は俺の語尾を取った。しかし、二回きりでは偶然の可能性もある。彼は暗号に気付いたのだろうか? しかし直接聞くのは暗号の内容を暴露することになるため、それもできない。モヤモヤした感情のまま、朝食会を過ごすことになった。

 何か知っている風なことを言ったかと思えば、昨日は吹屋さんにデリカシーのないことを言っていたし、さらに今の言動。悪い人ではないのだろうが、どうも心の底から信頼することに何となく抵抗を覚えずにはいられない。

 

「………」

 食堂の入り口からこっちを見つめるような視線を感じて振り返った俺は、思わず飲んでいたお茶を噴き出しそうになった。御堂さんが腕を組んでこちらを見つめていたのだ。

「あっ、えっ、御堂さん!? ど、どうしたの…?」

 朝食時の喧騒に紛れているためか、御堂さんが現れたことに気付いているのは俺を含め数人だけのようだった。暗号のこともあり、彼女に対してもすごく気まずい。しかも御堂さんは真っすぐ俺の方を睨んでいる。ひょっとして、今の下手くそな暗号会話を聞かれていたのだろうか。

「………」

 彼女は数秒俺を睨んだのち、くるりと踵を返して食堂を後にした。その時、彼女の口元が微かに動いていたような気がした。…もしかして、読唇術で何かを伝えたのだろうか? 全く分からなかったが。食堂の隅にいるリュウ君と一瞬だけ目が合い、彼の口角が少し上がったような気がした。いや、なんか分かってるような感じ出されても困るんですけど。

 

 暗号のことよりも、俺は読唇術の勉強を早急にするべきなのかもしれない。あのヌイグルミ達を出し抜くために。そう思いながら、この施設での三日目の生活を開始することとなった。

 




特に一章はキャラがたくさんいるので、話ごとに出てくるキャラクターと出てこないキャラクターがどうしても生じます。その分一章は他の章より日常回を多めに描くつもりです。
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