エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を   作:江藤えそら

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(非)日常編④ 今のぼくらに足りないものは?

 

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「そりゃあ君、僕達に足りていないものはスキンシップだよ」

 

 この日の出来事は、夢郷君の奇妙な一言から始まった。朝食後、今日は何をしようかと話し合う流れになった矢先のことだった。これまで寡黙に事の成り行きを見守っていた彼が唐突にそんなことを言い出したものだから、一同は俺を含め唖然としてしまった。スキンシップとは一体どういうことだろうか。

 

「…スキンシップって?」

「昨日の御堂君たちの会話を聞いて僕も思うところがあってね。ほら、昨日までは僕も少しばかり不穏な話をしてしまっただろう? その反省だよ」

「何が言いてーんだ」

「今の僕達に必要なのはゆるぎない信頼。完全に難攻不落の信頼は無理でも、可能な限りそれに近付く努力は必要と考える。そのためには互いに互いを理解し、肉迫し、触れ合うことでだね」

「なんか言い方キモくない?」

「ことに思春期の男女間においては対立や距離を生じやすい。そこで互いのことを理解し、身体を近づけ合うことでだ」

 夢郷君は意味深なことをペラペラと述べる。心なしか、その視線が女子の身体を舐め回すようにじっくり這っているように見える。俺でさえ不快に感じているのだから、女子勢が感じるそれは比較にならないだろう。

「何そのセクハラ常習犯のお偉いさんみたいな演説」

「…夢郷君、語弊のある言い方はやめてくれないかしら」

「あとさっきから脚ばっか見てんじゃねーよキモいな!」

「待ちたまえ。まずは僕の話を」

 夢郷君の謎の演説に女子勢から次々にヤジが飛ぶ。早速おかしな空気になってきたが大丈夫だろうか。無口で硬派な人物だと思っていたが…まさかこれを言うタイミングをずっと図っていたのだろうか?

「ちょっと! この際だから言わせてもらうけど、夢ちゃん昨日ずーっとあちきのお尻見てたでありんしょ!!」

「すまなかった」

「あっさり認めやがった!」

 すかさず吹屋さんが立ち上がって糾弾すると、夢郷君は頭を下げる。あっさり痴漢まがいの行為を認めたが、もともと彼はこんな人間なのだろうか、なんていうか、凄く幻滅した。

「見てたのかよ! サイテーだなコイツ」

「いや、見ていたことよりも見ていたことが吹屋君本人に感づかれてしまったことに対する謝罪だ。本人に察される時点で僕の凝視が未熟だった。次は絶対に気付かれないように上手くやると誓うよ」

「反省するところおかしいだろ!!」

「ひょっとしてアンドロイドなら性的消費してもいいとか思ってるでありんすか!? ロボット差別でありんす!!」

「待ちたまえ。昨日も不用意な発言で同じような疑いをかけられてしまったのでここでハッキリ言わせてもらうが、僕はそんなことで命や人権の差別はしない。これは単に君のお尻が『女体が何故僕の心を惹きつけるのか』という僕の哲学的主題に対する最も都合の良い題材であり、そこにアンドロイドであるか人間であるかの差異はなくグォッ」

「それ以上喋んなカス!」

 亞桐さんと吹屋さんのグーパンチに襲われボコボコにされているのに、何故がちょっと嬉しそうな顔をしている夢郷君。彼はすこぶる美形で配信動画でも非常に女性人気が高いのだが、何故浮いた話が一切無いのか分かってしまった気がする。距離が近くなればなるほど彼のこのような本性を目の当たりにするリスクを得ることに繋がるのだから、距離を置きたくもなるだろう。

 

「夢郷君、知己としてこの場でそれ以上の発言は危険であると忠告しておきます」

「どう考えても忠告が遅いぞ、入間君」

 見るに見かねて入間君がそう言ったときには、夢郷君は二人にとっちめられて顔を青タンだらけにされていた。どんなものであれコロシアイの空間で振るわれる暴力には敏感であるべきだが、この暴力に対してはみんな呆れて見守るばかりだった。

「知己…? 入間って夢郷の知り合いだったのか?」

「ええ、まあ。互いに仕事の都合で世界を巡る身ですからね。彼のスケベすぎる本性ももちろん知っています」

「”哲学的純粋さ”と呼びたまえ」

「それは……大変だね」

 古くからの友人を見つめる目線とは思えないほど冷酷な視線を入間君は夢郷君に向けている。

「彼は昔からこうなのです。魅力的な女性を目にすると何の躊躇もなく欲望を明け透けにしてしまいます。今まで炎上してないのが奇跡みたいなものですよ」

「待ちたまえ、僕はあくまでも女性本人に不快感を与えないよう十分な配慮の下グェッ」

「配慮もクソもあるか変態哲学者め!」

 亞桐さんのボディーブローが夢郷君にクリーンヒットする。この場でこんな発言をして全員を敵に回すと理解できなかったのだろうか。改めて超高校級の面々の思考のぶっ飛び方というか、頭のネジの外れ方に驚かされた朝だった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「せっかくなら2階を見てみたいんだけど、一緒に来たい人いるかな?」

 報告で間接的に状況は掴めたものの、直接探索することはできなかった2階。今日はそこを見に行きたいと提案した。やはり、自分の目で直接見ておきたいという気持ちがある。

「あちきも行く〜!」

「おっ、俺っちも連れてってくれや!」

「しれっと同行…あくまでしれっとだぞよ」

 俺の呼びかけに応じて同行を名乗り出たのは吹屋さん、土門君、安藤さんの3人だった。丹沢君や伊丹さんと比べると少し賑やかになりそうな予感はするが……土門君もいるし大丈夫だろう。

 

「いや〜、夢郷が急にあんなコト言い出すからビビっちまうよな。プールが未開放で良かったぜぃ」

 雑談がてら廊下に出ると、早速土門君が先ほどの夢郷君の奇行への素直な戸惑いを口にした。

「プール?」

「スキンシップってやつの具体的な方法だよ! アイツ、昨日の夜にモノクマに『水泳大会をしたいからプールを開けてくれ』ってお願いしてたんだよ…。せっかくオレっちはそのことを黙っててやろうと思ってたのに、自分から素性を明かしちまったんだからざまぁねぇ…」

水泳大会……。まさか女子勢の水着姿目当てで…? なんという短絡的スケベ思考だろうか。

「キモーッッ!! アイツと同じ空間で過ごさなきゃいけないの本当にキツイでありんす!!」

「吾輩は愉快で好きだぞよ~。漫画ならああいうキャラは一人はおらんとのう」

 安藤さんは歩きながら電子生徒手帳にペンを走らせている。

「安藤さん……漫画描いてるの?」

「ん。まあ流石にフリーのお絵かきアプリだとこんなもんかの~、ほれ」

 彼女が見せてきたタブレット画面には、荒々しい線で描かれた夢郷君(を美化したような筋肉質なキャラクター)が荒野のような場所で一人何かを考え込んでいる姿が描かれていた。

「ほえ~~っ!! みーちゃんすご~~~!!」

「ま、らくがき程度にの」

 吹屋さんが感嘆の声をあげる。本人が落書きというように確かに線は何本も重ねて描かれていて粗削りな印象は受けるが、むしろその粗削りさがこのキャラクターの勇壮さを引き立てている。西洋絵画のようなきめ細かさと切り絵のような線と影のコントラストが競合していて……俺如きの言語能力では言い表せないほどだ。これがプロの技なのか。

「すっげえなぁ…。本人にはもったいねぇクオリティだぞ」

「キョーム本人がええ身体しとるからの~、インスピレーションが湧いたぞい。”魔装具(インストゥルメント)”は思考操作、あるいは天啓系か……いや彼は自身で思考するタイプの方が…」

「インストゥ……何?」

「たぶん漫画の中の異能力とかの話してるんでしょ…」

 安藤さんは歩みを止めないまま一心不乱に何かを呟いている。彼女には彼女の世界があるようで、その世界に夢郷君という名の種を放り込んで何かを育てようとしているようだ。俺も創作者の端くれなので、なんとなくその気持ちは分かる。特に彼女のようなファンタジックな物語を書く人間ならばなおのことその傾向は強いのだろう。

 

「そんなこんなで二階だけどどーすんだ?」

 土門君が少し戸惑ったように尋ねる。話をしているうちに階段を上りきり、二階に到着していた。当然と言えば当然だが、一階とさほど変わらない風景の廊下が広がっている。

「ええと……まずは近くの部屋から見てみようか。といっても教室はあまり見る意味もなさそうだし…」

 一応ちらりと教室を覗いてみたものの、やはり一階の教室と何ら変わりのない光景だった。整然と並べられた机椅子、隅っこに鎮座する清掃用具入れ、不気味に鉄板が張られた窓、そして天井からアームで固定されたモニターと、その横に備え付けられた監視カメラ。…そういえば、この施設にある教室は窓が普通の教室で想定されるものよりも高い位置にある気がする。何故だろう?

 

「ユキマル~! 放送室だって! 面白そうでありんすよ!」

 と、そんなことを考えていると吹屋さんに袖を引っ張られ放送室へと引きずり込まれた。放送室には放送設備と思われるマイクやスイッチがついた機械のほかに、スピーカーや古めかしいステレオ、あげくいつの時代のものか分からないレコーダーまで置いてあった。

『ようこそ、ボクのアトリエへ』

 と、聞きなれただみ声が響く。レコーダーが置かれている机、その机に向かって置かれた椅子に腰かけながらモノクマはレコーダーを撫でていた。

「……アトリエ? 放送室って書かれてる部屋だったと認識してるんだけど」

『もちろんそうさ。でもスペースが余ったからボクの往年コレクションを置いてみたんだよね。どう、この絶妙なレトロ感! 想像してみなさいよ。レコードから流れる擦りきれた音、ざらざらした音質、しかしその向こう側から確かに聞こえてくる人間の感情。文明の進化と発展に夢を抱き、明日を楽しみにし続けた人々の希望溢れる声を』

「……?」

「うむうむ、こうやって耳を澄ませているとどことなく昭和のロマンが聞こえてくるぞよ〜」

 モノクマがペラペラと喋った内容は全然頭に入ってこなかったが、安藤さんだけはやけにテンション高く応えている。何か通じ合うものがあるのだろうか…?

『まあ君達のような無気力世代にこんなコトを説いても無駄か。だけど今から話す放送室の仕組みだけはしっかり覚えて帰るんだよ! 昨日来たメンバーはあんま分かってなさそうな感じだったし』

「仕組みぃ? オレっち達もこの放送設備を扱えるってのかい?」

『もちろんそうだよ。そのための発送設備だしね。みんなも知っての通り、この建物内にはありとあらゆる場所に監視カメラとモニター、そしてアナウンス用のスピーカーが備え付けてあります! 風呂やトイレには監視カメラはないけど、モニターとスピーカーはついてるよね。そのスピーカーから発せられる音声はこの放送室のマイクから繋がってるんだよ!』

「わぉ! あちき面白噺のストックたくさんあるでありんすよ!」

「わざわざ放送で語らなくてもいいんじゃないかな…」

 土門君の疑問にモノクマは放送設備の上を転々と飛び回りながら答える。放送設備の中央にあるマイクは建物内全てのスピーカーに繋がっているという。これを使えば、例えお風呂やトイレの中にいるとしても建物内にいる全員に即座に自分の声を届けられるというのだ。マイクの近くにはボタンがあり、これを押している間は放送が有効となってマイクに向かって発せられた音声が施設中に響き渡る。

「…ということは、毎日朝や夜に行っているアナウンスもこの部屋からやってるってこと?」

『いや、あれは別撮りの映像と音声を別ルートから自動配信してるだけだよ。ボク達管理者は監視カメラにもモニターにもスピーカーにもアクセスし放題だからね〜。でもそこで疑問が生まれない? "この放送室の放送とモノクマの放送がかち合ったらどうなるんだろう"って!』

 モノクマの得意げな口調に若干腹を立てつつも、確かに今モノクマが言った事象については気になる。

『まあクイズとかにしても良かったんだけど君らZ世代はそういう回りくどいの嫌いでしょ?』

「さっきから世代世代うるさいでありんすね。イマドキの校長ってこんなもんなんでありんすかね?」

「偏見に偏見で対抗するのは良くないと思うよ…」

『まあ結論だけ先に言っちゃうと、ここの放送は"早い者勝ち"なんだよね! 先に放送を始めた方の放送が終わるまで後から放送を始めた方の声は届かないんだ』

「…?? と言うと?」

『日本語ってムズカシイね〜。ボクもクマなりに頑張って説明してるつもりなんだけど、どーもこういうのはニガテなんだよね〜。じゃあ具体的な事例で話せば分かる? 例えば毎晩22時、ボクは自動放送で夜時間のアナウンスを流しているよね』

「夜時間は食堂が閉鎖されます〜的なヤツだろ?」

『そうそう。もし仮に21時58分に放送室に忍び込んで自分の歌声を放送した不届きものがいるとするよ。まあ校則で禁じられてはいないからこっちは何もできないんだけど、その放送が22時を過ぎても続けられていた場合、ボクの夜時間のアナウンスは流れずにソイツの歌声だけが流れ続けるってコト』

「…じゃあ、逆にその人が22時すぎ、モノクマのアナウンスが始まった後に放送しようとしたら?」

『その場合はボクの放送だけが流れてソイツの歌声は一切流れないよ! ザマーミロ! ただ、ボクの放送が終わった後も歌声を流し続けていた場合、ボクの放送が終わった瞬間にソイツの放送に切り替わるから施設内の人はビックリするかもね』

 若干ややこしい話だが、要は二つの放送が同時に行われた場合、二つの音声が重なって放送されるということはなく、開始が早い方の放送が優先されて流れるという仕組みのようだ。

「この施設にはオレっち達が使える放送設備はこれだけなんだろ? じゃあ基本的にかち合う相手はモノクマ達だけってコトになるよなぁ」

『まあ基本的にはそうだね。ただ、このルールは施設内に放送させるありとあらゆるモノに適用されるから覚えとけよルーキーども! レギュレーションの理解不足で脱落したってボクは知らないかんね!』

「急に態度悪くなってムカつくでありんすね」

 ”放送は早い者勝ち”。モノクマ達としか競合しないならこのルールがコロシアイに悪用されることはないと思いたいが…。そもそも、俺達の中にコロシアイを目論む人間が現れるはずがないのだけど。昨日のトラッシュルームと言い、意味深に仕掛けを施した部屋が多くて困りものだ。

 

 モノクマのアトリエ…もとい放送室を後にすると、廊下には様々な名前の部屋が並んでいた。化学室、技術室、そして更衣室とプール…。廊下の壁に貼り付けてある案内板を見る限り、かなり大きな室内プールがあるようだ。どれも気になる空間だが、どの扉にも「準備中」と書かれた張り紙があり、鍵がかかっているようだった。

「化学室ってこたぁ危ない薬品とかもあるんかねぇ?」

「どうだろうね……管理する先生もいない状況でそんなものが置かれていたらかなり危なそうだけど」

 中学の時でさえ、実験で薄めた塩酸や硫酸を使ったような記憶がある。高校相応の化学実験設備があるのなら、化学室にはかなり危ないものも置いてあるのかもしれない。部屋が開いていない今は心配する必要もなさそうではあるけど。

 一方、技術室には何があるのかあまり想像がつかない。中学で技術の授業なんかやったっけ…。覚えていないだけかもしれないが。工学系統の物品が置いてあるなら電圧を生じる物や鋭利な工具なんかもあるかもしれない。この「準備」というものがいつ終わるのかは分からないが…唐突にこれらの部屋が解放された時のためにいろいろと警戒はしておいた方が良いだろう。

「あ~ん、プール入りたかったな~」

 同じく「準備中」の張り紙が張られた更衣室の前で吹屋さんが残念そうな声をあげた。

「入ってもキョームにジロジロ見られるだけだぞよ~」

「あの変態はふん縛っておけばいいのでありんす! 一階があの広さってことは多分このフロアの半分近くプールでありんしょ? そんなでっかいプールなら一回は入ってみたいでありんすよ!」

「吹屋はプール好きなんだなぁ~。オレっちは昔川で溺れてからどーも水は苦手でよぉ。他のスポーツは大体得意なんだけどなぁ」

 見た目通りスポーツが得意と語る土門君も、水泳だけは苦手としているらしい。幼少期に大変な思いをしたようだ。

「あちきもこう見えて大体スポーツは得意でありんすよ! 撥水処理も完璧なので泳いでも中の機器には何も問題ナシ!」

「触れないでいたのに自分から言うのかよ…」

「ふむぅ、青春真っ盛りの男女がプールではしゃぐ姿……そそるのう~。インスピレーション湧くぞよ」

「…お前も夢郷みてぇになってねぇか?」

 三人ともプールに対して思うことがあるようだが、俺は特にいい思い出も悪い思い出もないので思うことがない。強いて言うなら父がシンクロナイズドスイミングをテーマにしたローカルドラマの脚本を書いているのを読ませてもらった記憶があるくらいだ。まだ世に出してない作品だったのに学校で話しちゃってすごく怒られたけど、あれは幼い俺に見せた父の方が絶対に悪いと思う。

 

 未開放の部屋はいつ解放されるのか…と考えながら2階のツアーを続けていると、トレーニングルーム前に辿り着いた。一昨日土門君が山村さんと出会ったと語っていた場所だ。

「そこはかとない汗と芳香剤の香り……」

「ああ、それはたぶんトモエとリュウがそれぞれ早朝と深夜に利用してるからだぞよ~」

 安藤さんが言うには、早朝には山村さんが、深夜にはリュウ君がここを利用しているらしい。室内には重量挙げのバーベルやランニングマシンといったフィジカルトレーニング機器もあれば、サンドバッグやパンチングボールといった格闘技用のトレーニング用具もある。武道の稽古用なのか、端の方には畳のゾーンもある。教室を二つ繋いだくらいの広さの空間に一通りの運動器具が所狭しと並べられていた。

「お~。昨日見た時はあんまよく見てなかったけど、こうして見てみっと結構充実してんだな~。オレっちも使いたくなってきたぜ」

「自分で使うには縁がないが、みんなのトレーニング姿を見ている分にはインスピレーションが湧くかもしれんの~」

「あちきはこういう汗臭い場所はキライ。しかもここシャワー併設されてないし! 汗かいたらプールか一階の浴場か自室のシャワーまで行けってコトでありんすか!?」

「確かにシャワー浴びるのに移動しなきゃならねぇのはめんどいなぁ~」

 吹屋さんは汗かくの?と聞こうとしたがまたやいのやいの言われそうなのでやめておいた。どちらにせよ、インドアな俺が訪れることはあまりない場所なんだろうな…。

 

 2階も一通り見終わり、階段の手前まで戻ってきた。その前に、この階で唯一確認していない部屋を見ておこう。その部屋は階段を上がってすぐの場所にある小さな部屋だ。

「購買部…」

 正直、2階の報告を聞いた時に最も気になっていた場所だ。モノモノマシーンとか、景品とか、気になることは多いが百聞は一見に如かずだ。俺は購買部の扉を開けた。

「あ~もう、またミレニアム懸賞問題!? 三つもいらねっつーの!!」

 そこは雑多にモノが散らかった、昭和の雑貨屋のようなレトロな雰囲気の狭い空間だった。部屋の奥には大きなガチャガチャが置いてあり、その前で亞桐さんが頭を抱えていた。

「うえ!? 葛西にみーちゃんに……どういうメンツ?」

「あ、いや…俺達は昨日見られなかった二階を見学しに…。亞桐さんこそここで何やってるの?」

「何やってるも何も、この部屋でやるコトって言ったらコレしかないっしょ! ”モノモノマシーン”!」

 亞桐さんはそう言ってガチャガチャを軽く叩いた。モノクマがあしらわれた悪趣味な筐体で、コインの投入口とカプセルの排出口が装備されていた。

「あぁ、昨日入間達が言ってたヤツだな。確かモノクマのコインを入れると回せるんだっけか?」

「昨日ウチらもここ来たから回してみたんだけど、釜利谷がめっちゃ美味しそうな”浮き輪ドーナツ”出してたんだよ!! ウチそれがほんとに欲しくて、今日リベンジしたんだけど全然ダメなまま手持ちのコイン使いきっちゃった」

「食べ物も入ってるんでありんすか…? こんなとこに入ってる食べ物なんて不安でありんすね……まああちきは食あたりとかしないけど」

「真空パックしてあったし流石に大丈夫っしょ。モノによってはすごいデカいカプセルで出てくるから気をつけなよー」

「実は吾輩昨日コイン拾ったぞよ! 引くぞよ!」

 いかに魅力的なお菓子が入っていようと、モノクマが用意したものだ。凶器なんかがしれっとカプセルから出てこないとも限らない。無警戒に回すのもどうかと思うが…この空気に水を差すのも申し訳ない。

 安藤さんがコインを投入してつまみを回すと、ガラガラと音を立ててカプセルが落ちてきた。興奮気味にそれを開けると、中から手のひらに収まるくらいの黄金色のおもちゃの銃が出てきた。

「おっ、これは黄金銃! レトロだのう~、ええのう~」

「こんなモンまで用意してんのか。流石にオレっち達を子ども扱いしすぎじゃねぇか?」

「まあ、モノクマのセンスにケチをつけても仕方ないよ…」

「はい、模写完了。これユキヒコにあげる」

「え?」

 安藤さんはスケッチブックに黄金銃のイラストを正確に模写するや否や、黄金銃を俺に突き出してきた。あんなに喜んでいたのにもういらないのか?

「姿を刻み込めたのでもう大丈夫だぞよ、ほれ、受け取るぞよ!」

「えぇ…ま、まあ…貰っておくよ」

「ユキマル、良かったでありんすね!」

 俺はみんなのゴミ箱じゃないんだぞ。どうしよう、捨てるのもなんとなく申し訳なさがあるし、部屋に置いとくか…。

 

 ◆◆◆

 

 二階の探索を終える頃には、時刻はすっかりお昼を過ぎていた。食堂で軽食を摂った後、俺は昨日の夜にリュウ君から借りた本……「暗号のススメ」を読んでいた。といっても全編読んでいるわけではなく、俺が注目していたのはその170ページにある「読唇術」の項だ。一応監視カメラから本の中身が見える角度ではないし、表紙にもカバーがかけられていて何の本かは分からないようになっている。自然に読書をして過ごしているように見せかけられているはずだ。

 リュウ君がジャンルとして暗号の本を持っていたことに対してはそこまで意外性はなかったものの、こんな素人向けレベルの本を持っていたことは少し意外だった。まさか俺のような人間に教えることまで想定して持ち歩いているわけはないと思うが…。

 


 

”読唇術と言っても、フィクションで描写されているように口パクでその人の発しようとしている言葉が全て分かるような魔術では決してありません。当然ながら人間の口の動きは動きが小さい上に早いため、手話に比べて大幅に視認しづらいです。また口の動きの幅も個人差に寄るところが大きく、予め相手側と示し合わせてゆっくりとはっきりと口を動かしてもらわなければ到底成立しないコミュニケーションなのです。そもそも、読唇術がそこまで万能な手法であるならば手話が発達することはなかったでしょう。読唇術だけで全ての人の発声を無音で理解することは限りなく不可能です。そのことを念頭に置いて本項を読んで下さい。”

 


 

 読唇術の項を読み始めるや否や、手厳しい現実が書いてあった。そりゃそうだ、読唇術だけでコミュニケーションを取れるなら手話の需要は大きく下がるはずだ。そうなっていない現実こそが読唇術の不完全さをこれ以上なく明確に示している。…とはいえ、その読唇術だけでコミュニケーションを取れてしまう人間がこの施設内に既に二人ほどいるんだけど。

 

”口の動きから言葉を読み取る上で、まずは母音と子音の違いを意識しましょう。母音は主に口全体の動き、形状から推察できます。一方、子音は唇や舌と口蓋の位置関係など、細かな部位の動きで推察できます。子音が分からなかったとしても、母音を確実に見分けることができればある程度文章を推測することができる場合もあります”

 

 文章を読み進めながら、脳内で思い浮かべたひらがなを発音し、口をその形にしてみる。確かに母音の「あいうえお」をはっきり発音しようとすると、口全体でその形を作る必要がある。子音は、例えば「か」行なら舌の真ん中あたりを口蓋に当てて弾くような動作が必要だが、これは口の中まで凝視しなければいけないため見分けるのが非常に難しい。本当にリュウ君や御堂さんはこんなことをリアルタイムで行えるのだろうか?

 

「………!?」

 ずっと本を凝視していて疲れたので、一度本から目を離して一休み…と思い顔を上げた俺はギョッとした。俺の向かい側に、机に上半身を突っ伏しながら顔をこちらに向けている津川さんがいたからだ。

「…ずいぶん集中してたみたいだけど、一体何読んでるなり?」

「あ、えっと…」

「別に、答えたくないなら答えなくてもいいけど」

「あいや、別にそんなものでは…。まあ、暗号の本だよ。次の脚本で使いたくて…」

 誤魔化さなければという義務感と嘘をつくことへの罪悪感が入り混じり、虚実入り混じった中途半端な回答をしてしまった。昨日は暗号の件を伝えようとしてしどろもどろの会話になってしまったため、今日こそは不自然な言動を見せないよう慎重に話さなくては。

 

「読唇術…か。面白い題材だね」

「わっ!?」

 津川さんに気を取られていると、唐突に別の刺客が現れた。夢郷君が机に手を置き、背後から俺の読んでいる本を覗き込んでいたのだ。

「ちょっと…勝手に見ないでよ…」

「すまないね。だが心配無用、例え君がどんな本を読んでいたとしても僕は君を見損なうようなことはしないよ」

 今朝あんなことがあっただけに、完全にソッチの意味で言っているようにしか聞こえない。やめてほしいな。

「そういう問題じゃないから…」

「…夢きゅんは読唇術のどこが面白いと思ったなり?」

「手話のように音声が無い前提で作られた言語ではなく、音声ありきで作られた言語を音声抜きで伝えようとする試みが僕にとって興味深く感じられてね。あと合法で唇を凝視できるというのも」

 絶対後半の方が本音だろ…と心の中で突っ込んだ。

「なに、ゆっきゅんみんなの唇眺めるために読唇術勉強してるってコト?」

「そんなわけないでしょ! コイツと一緒にしないでよ!」

 コイツって言っちゃった。まあいいか。

「葛西君、自分の欲求に素直になりたまえよ。君も本当は目の前にいる津川君の太ももを眺めたいんだろう?」

「んなワケないでしょ!! ない…でしょ!」

 一瞬心に迷いが生じた自分が恥ずかしい。確かに津川さんはスカート短いしいい脚してそうだけど。ちゃんと見てないから”してそう”としか言えないけど…。ああ、完全に夢郷君のペースに巻き込まれてしまっている。こんなスケベ野郎に堕ちたらオシマイだ。

 

「はぁ…。隠す気のないスケベって本当見てて不快なりね」

「しまった。僕としたことがまた口に出してしまった。すまない」

「できれば心で思うのもやめようね」

 こんなことを言っても彼が態度を改めるようには思えないが、こう言っておかないとなんだか自分も同類だと津川さんに思われてしまいそうだ。

「なんかさ、夢きゅん……あんま言いたくないけど、面白い感じのノリになればそういうことしても許されるみたいな空気作ろうとしてない? 本当に不快だからやめてね…」

「ウッ」

 津川さんのド正論が夢郷君に突き刺さった。亞桐さんや吹屋さんに攻撃されてた時はどちらかというと喜んでいた彼だが、こういうのは普通に食らうらしい。しかし、あれだけ笑顔が絶えない津川さんにガチトーンでこんなことを言われると確かに心に来るものがありそうだ。いつもの口調も無くなってるし、本当に心から嫌がっているのが伝わる。

「そりゃリャン様もコスプレの時は露出度高い格好もするし多少はそういう目で見られるのも覚悟はしてるけどさ……。そういう目で見てますって明け透けにされてこっちがどれだけ嫌な思いするかちょっとでも分かってほしいな」

「ウッウッ」

 大いにダメージを喰らう夢郷君だが、正論すぎて何の擁護もできない。ていうか、一昨日彼女とあんなことになってしまった俺がすんなり許されてしまっていいのかという気持ちにもなってきた。どうやら、”故意か否か”という点が彼女にとっては大きなウェイトを占めているようだ。

「ごめんね、リャン様も変な空気にしたいわけじゃなかったんだけど……夢きゅんと仲良くしたいからこそ、こういうことはハッキリ伝えておかないとって思って」

 少なくとも、ダメージを喰らう程度の良識が残っているだけ良かった…と思うべきなのだろうか。

「………」

 苦しそうに胸を抑えていた夢郷君だが、いつの間にか顔を上げて津川さんの話に聞き入っているようにみえる。津川さんのまなざしも侮蔑から真剣なものへと変わっている。

「リャン様は恰好を変えて人を笑顔にするのがお仕事だし、自分自身を一人のキャラとして演じてる部分もあるから、キャラクターとして身体とかをそういう目で見られるとかも多少はしょうがないって思ってる。でもね、やっぱりコスプレは人間がするもので、リャン様は同級生といるオフの時間くらいは”人間”でいたいから…人間としてされたら嫌なことはあるってことは分かってほしいの」

 津川さんは自身のコスプレイヤーとしての在り方を毅然と告げる。きっと、コスプレイヤーとして活動している間にも嫌な経験をたくさんしてきたんだろう。普段の可愛らしい姿しか見ていない俺達には分からない苦痛と戦い続けて超高校級の名を得たのだ。だからこそ、こうして体格の大きい夢郷君にも物怖じせず自分の考えを伝えられるのだろう。問題はこの後の夢郷君の反応だが…。

「素晴らしい。それが君の哲学(信念)なのだね」

「……え?」

「おっと失礼。順番を間違えていたね、まずは謝罪だ。本当にすまなかった。少なくとも君には二度と同じようなことはしないと約束するよ」

 意味深な笑みと共に彼はそう言って頭を下げた。先ほどまでのような嫌らしさのある笑顔ではなく、何か底の知れない深みを背後に感じる不思議な笑みだ。先ほどまでのしょうもないスケベな印象から打って変わって豹変した彼に、俺も津川さんも困惑してしまった。

「あ……うん。ありがとう。ゆっきゅんもごめんね、変な空気に巻き込んじゃって」

「あ、いや…なんかこっちこそごめんね…。この前のこと、嫌だったよね?」

「いや、気にしないで! あれは事故だって言ったなりよ!」

 俺がこの前のことを再度謝罪すると、彼女は慌ててそう取り繕った。彼女が気にしていないと分かっていても、あれだけ毅然と考えを述べた後だと平然とはしていられないものである。

「…ん、待ちたまえ。君は津川君に何をしたんだ?」

「ダメっ! 絶対言っちゃダメよゆっきゅん!」

 夢郷君の表情がまた先ほどのスケベ顔に戻るや否や、津川さんは顔を真っ赤にして俺に口止めしてきた。

「これはこれは…ただ事ではなさそうだ。この場が嫌なら後でコッソリでも」

「ダーメー!!! 絶対言っちゃダメだから!!!!」

「いやほんとに大したことじゃないから」

 津川さんのわざとではないのだろうがわざとらしい態度がますます夢郷君の興味を引いてしまったようで、俺は答えに窮した。この場を収めるのに相当苦労したが、津川さんと夢郷君のことが少しだけ分かった……ような気がする。

 

 ◆◆◆

 

 その日の夜、俺は部屋で鏡に向かって口を動かしたりひらがなを一つ一つ発音してみたりしていた。この姿を黒幕に見られたら怪しまれるだろうから、長時間はやっていられない。ある程度練習できたらベッドに潜り込み、本で復習。こんなことを繰り返していて本当に脱出に近付けるのだろうか。校内で行けるところはあらかた回ったが、結局脱出できそうな場所は見つからなかった。意思疎通ができたところで、そもそもの脱出口が無ければ何の意味もない。

 しかし、だからといってこれ以外に思いつく行動もない。もうここに閉じ込められて丸三日が経とうとしているが、誰かが助けに来る気配は全くない。世間がどうなっているのか想像もできないが、やはり助けをアテにすべきでないことは十分に理解できた。やっと自分が置かれている状況に実感が湧いてきたが、それに比例して脱出への見込みは薄れてゆく。だが、それでも自力で手段を見つけだそうとしなくては脱出は夢の夢だ。また、リュウ君に相談してみよう。

 

 そんなことを考えながら、これまでよりもすんなりと俺の意識は睡眠へと誘われた。一昨日に見た不思議な夢が再び俺の意識に現れることはなく、今夜も深く純粋な眠りだった。

 

 ピンポン、ピンポンと激しく鳴るチャイムの音で俺は起こされた。まだモノクマの放送もされていない時間だ。何事かと思い眠い頭を叩き起き起こしてドアを開けると、腕を組んだ前木君が立っていた。

「……何?」

「生存確認ヨーシ! 今日も全員無事だな!」

 前木君は嬉しそうにガッツポーズをした。背後では津川さんや釜利谷君が眠そうに目を擦りながら食堂へ向かう姿が見えた。

「はぁ……生存確認…?」

「そりゃ四日目にもなったら流石に心配だろ。これから毎日こうやって確認しに行くからな、ちゃんと出ろよ!」

 そう言って前木君は上機嫌に食堂へと駆けていった。みんなで話し合ったわけでもないのにこんなことをするとは…。善意なだけにこちらもやめろとは言えないのが辛い。せめてもう30分くらい遅くてもいいんじゃないか?

 

「おはよう」

「おはよー」

 準備を終えて食堂に行くと、今日は御堂さんを除く全員がいた。小清水さんはどこで捕まえたのか、大きなビンの中に入ったクモを愛でていた。これからご飯だってのに机に虫を置くのはやめてほしい。

 そんなことを考えながら今日の朝食を用意しようとしていると、唐突にそれは現れた。モノパンダだ。

 

「よっこいしょ!」

「わあ! モノパンダ!?」

「オメーラさぁ……ちょっと青春を謳歌しすぎなんじゃねーか? オイラがオメーラ達に何をしろって言ったか忘れたのかよ?」

 いつになくそそくさとモノパンダは喋り出す。こんな朝方に藪から棒に現れたかと思えば、何やら不穏な口ぶりで俺達の不安を誘う。

「うるせえな、オレっち達がコロシアイなんかするもんかい! オレっちたちは腰据えてここから脱出する方法を探してんだ、生き急いでコロシアイなんざする必要がどこにあるってんだい!」

 土門君が啖呵を切ると、その言葉に反応したようにモノパンダの耳がピクリと動く。

「”必要”。そう、”必要”だ。オメーラには殺し合いが”必要”と思わってもらわなきゃいけねーんだ。つまり、よう!」

 モノパンダが両手を大きく振り上げると、天井からモノパンダを取り囲うように小さなメモリが十数個落ちてきた。ちょうど、電子生徒手帳に差し込めそうな…。

 

 

「今のオメーラに足りないものは”動機”、なんだよ!!」

 




読唇術に関する記載は作者が個人的に調査して書いたものであり、必ずしも正しいとは限りませんのでご了承ください。
また、冒頭の扉絵での入間ジョーンズの前髪が生徒名簿の立ち絵と左右逆になっていますが、ただの作画ミスです。何かしらの伏線とかではありません。
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