エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を   作:江藤えそら

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(非)日常編⑤ ジカンの問題

 ―――動機。

 コロシアイが起こらない限り、この学園からは脱出できない。この狂ったデスゲームが成立する”動機”はそれだけで十分であるはずだった。そんな先入観を容易く撃ち砕くように、モノパンダは自らの周囲に散らばったメモリーの一つを拾い上げ、天に掲げた。

「このメモリーには”みんながコロシアイをしたくなる動機”が収録されているんだぜ。一人にひとつ配るから、自分の電子生徒手帳に差し込んで中の映像を確認しちゃってくれ!」

 メモリーには各人のイニシャルとドット絵がプリントされていた。この中に”コロシアイをしたくなる映像”が…?

「い…いきなり現れたと思ったらなんだよ、動機って! こんなもんルールに書いてなかっただろ!」

「書かねーだろわざわざ。だってこれは別にルールでも義務でもねーんだから」

 前木君の怒声にモノパンダは悠然と応じた。

「くだらねーことしやがって。何が収めてあんのか知らねーがコロシアイを促進するって言われて見るバカはいねーだろ」

 釜利谷君が机に上体を寝そべらせたまま呆れ半分に告げる。

「うんうん、最初はみんなそう言うんだよな! でもニンゲンってのは好奇心に逆らえない生き物なんだぜ。親のスマホを盗めばエッチな動画を見れる。それを知ったら、悪いことだと分かっていても盗まずにはいられないのが思春期ってモンだ」

「確かに」

「同意してんじゃねえ変態哲学者!!」

「それに、流石にオイラもただ映像を見せるだけじゃあ芸がないと思ってよ、映像をちゃんと見てくれた人にはスペシャルなサービスをしてやろうと思うんだぜ!」

 スペシャルなサービス。モノパンダはそう言うが、黒幕目線でそのように表現するものが俺たちにとって都合のいいものであるはずがない。

 

「つまり、だ。オイラの目の前で映像を観てくれた人には、どんな質問にでも一度だけオイラが答えるぜ! ただし、答えは『はい』『いいえ』『どちらとも言える』『どちらとも言えない』『分からない』のどれかだ。逆に言うとこの五択で答えられない質問には答えないぜ!! 分かったかヒヨッコども!! こんな絶体絶命のチャンスを逃すんじゃねーぞ!!」

 絶体絶命の意味を間違えていることよりも、モノパンダが言い放った内容の方が頭に染み付いて離れなかった。どんな質問でも、と彼は言った。一体どんな質問を…と思考を何度も巡らせ、その思考を行うこと自体がモノパンダの術中に嵌っている証左であると理解した。そして、こんなにもあっさりと、動機の映像に対する心証が変化している事実に戦慄を覚えずにはいられなかった。

 

「んなコト自慢げに言われたところでよう……お前が嘘をつかねぇって保証はどこにあるんだよ」

「つれねーなー土門君よ! オイラ達が主催として嘘をつかないのはこれまでに散々態度で証明してきたろ?」

「そうか? 姑息な真似ばっかしてたと思うけどな」

オメーは黙ってろボケゴラァ!!!オイラは誠心誠意オメーラの疑問に答えてやろうってんだ、質問はよーく考えて出せよ。あと、質問をしたい奴はちゃんと映像を見たって証拠を示せるよう、オイラの目の前でしっかり見るんだぞ。見たフリや実際は違う画面を開いているとかはノーカンだぞ」

 釜利谷君が入れてきた茶々に威嚇しながらモノパンダは説明した。このコロシアイは全てにおいて謎が多すぎる。その謎を解くヒントが、黒幕という絶対的な立場から与えられるというのは大きなアドバンデージだ。しかしそれ込みで考えても、コロシアイをさせるために作った映像を見るのはリスクが大きすぎる。

 

「”はい””いいえ”で答えてくれるならともかく、他の三つは答えとして曖昧過ぎないかしら? 核心をついた質問をしても簡単に言い逃れできそうに思えるけど」

 続けて異を唱えたのは伊丹さんだった。

「仕方ねーだろ、真実がモヤッとしてるのに答えがハッキリしちまってたらそれも嘘になっちまうだろ? モヤッとした真実ならモヤッとした答えを返す、それがオイラの”嘘をつかない”という言葉の意味だよ! オイラだって別に全知全能じゃねーし、知らねーコトもあるからな」

「…やっぱりこのルールをアテにして映像を見るのは危険よ、やめておいた方が良いわ」

 ため息とともに伊丹さんはそう言った。他のみんなもタブレットにメモリを差し込む者はおらず、映像を見る気にはならないようだ。

 

「じゃあ私が観るからちょっと待っててくれる?」

 不意に突きあげられた手と明るい声。その主が小清水さんであると気付くのに時間はかからなかった。重い沈黙を破った彼女はおもむろにメモリをタブレットに突き刺し、イヤホンを自分の耳に差した。

「おいおいおい、観ちゃダメだろ! コロシアイしたくなる映像だって言ってんだろ」

「別に私はコロシアイなんかしないし。何でも質問できるってんなら面白そうじゃない」

 いつもと全く変わらない柔和な笑顔で小清水さんは前木君にそう答えた。モノパンダは嬉しそうに飛び跳ねながら小清水さんのタブレットを覗き込む。

「あ、一応あなた達は覗かないでね。プライバシー情報とか入ってそうだから」

「の、覗かないけどさぁ……」

 戸惑う一同をよそに小清水さんはじっとタブレットを見つめていた。モノパンダはニヤニヤしながらその様子を見ている。一体、その画面には何が映し出されているのだろうか。

「…俺も見よう。質問の希望があれば言ってくれ」

 続けざまにリュウ君までもイヤホンを耳に差し、タブレットを触り始めた。

 

「ちょ、ちょっと! みんなアイツらの術中にハマりすぎでありんすよ!! これでコロシアイになったらどうするでありんすか!!」

「二人はそうならない自信があるのだろうね。ま、僕は自分の自我や意志というものを信用できないタチでね、見るのはやめておくよ」

 吹屋さんの言葉に夢郷君はそう返しつつメモリをポケットにしまい込んだ。俺も…現時点ではやめておこう。どんな映像を見せられても自分を制御できるという自信がない。しかし…それだけの映像がこのメモリの中に入っていると思うと質問とは別に単純な好奇心も湧き上がってきてしまう。己を戒めなければ。

「…今更ですけど、この場にいない御堂さんにもメモリは渡しているんですか?」

「もっちろんだぜ! そっちは今頃校長センセ―が直々に話してるところだと思うぜ」

 山村さんの素朴な質問にモノパンダが答える。モノクマとモノパンダはこのようにして役割を分担しているようだ。その気になればアナウンスをかけて全員を集めることもできただろうが、何か意図があるのだろうか。

 

「これで終わり?」

 そんなことを考えていると、小清水さんがあくび混じりにそう言う声が聞こえた。もう映像を見終わったようだ。彼女の様子からは、とても精神に重大な影響があるとは思えない。

「ど、どうだったの?」

「まあ、思ってたのとはちょっと違ったかな。つまらなかったわ」

 小清水さんはそう答え、イヤホンをポケットにしまう。

「な、なんだよ!! まるでオイラが滑ったみたいじゃねーかよ!」

「つまらなかったわ」

「もう一回言わなくていいんだよチクショー!! さっさと質問言いやがれ!!」

  うーん、と小清水さんは顎に指を当てて考え込む。彼女がつまらない、という映像が何なのかも気になるが、恐らく一般人とは隔絶した感性を持つであろう彼女のリアクションをもって映像の中身を推測するのは危険とも思える。

「オイ。ここに新種の虫がいるのかとかそういうのはナシだぞ。ちゃんとコロシアイ関係のコト聞けよ」

「流石にそれくらいの空気は読めるから」

 食い気味に忠告してきた釜利谷君に小清水さんは澄ました顔で答えた。

「うーん…『はい』『いいえ』『どちらとも言える』『どちらとも言えない』『分からない』の五択で答えるってことは、5W1Hみたいな質問じゃなく、選択肢のある質問じゃないとダメってことよね。ならこうしようかな」

 小清水さんは口元に指を当て、まるで新しいゲームを与えられた子供のように無邪気で好奇心に溢れた表情で告げた。

このコロシアイに参加しているメンバー16人の中に、希望ヶ峰学園に公式に認定された”超高校級”ではない人物はいる?

 

「……?」

 一瞬、彼女が告げた質問の意味が分からなかった。ここにいるメンバーは希望ヶ峰学園からの招待状を手にし、突如意識を失ってここに連れて来られているはずだ。それに、電子生徒手帳にもちゃんと才能が載っている。この中に”超高校級”じゃない人間がいるはずがない。

「な…ナルホドな! えーと…これは…どう解釈すればいいんだろうな…えーと…」

『はいはい、そういう大事な質問はボクが答えるから無能はすっこんでろ!』

 オロオロしだしたモノパンダを背後から蹴飛ばし、モノクマが現れた。御堂さんへ説明をしていたという話だったが、それを終えたのか同時に行っているのか、とにかく目の前に奴が現れたことは事実だ。

『もうね、こういうのは細かく考えだしたらキリがないから。たぶん小清水さんが意図してるのとたぶんボクが考えてる意図は一緒でしょたぶん』

「”たぶん”言い過ぎだろ」

『なので答えは『はい』ですね、はい!』

「はい……はい!?」

 その空間に衝撃が走った。どう考えても答えは『いいえ』しかあり得ないはずの質問だったはずだ。しかし現実は簡単に俺の想定を超越した。

 

「ふぅん、やっぱりそうなんだ。面白いじゃない。ありがと」

 小清水さんはにこやかな笑顔でモノクマに手を振った。

「”はい”とは…どういうことでござりましょうか…!? この中に超高校級と認定されていない方がいらっしゃると…!?」

「そういうことになるわね…。けれど、このタブレットには全員に何らかの才能が書いてあるはず…」

 丹沢君が驚愕と共に発した予想に伊丹さんが同意した。しかし、ある人物のページで手が止まる。彼女はその人物の方を向いた。

 

「…やはり、俺が疑われるだろうな」

 リュウ君はため息とともにイヤホンを外した。思い返してみると、彼のページには『超高校級の???』と記載されている。この書き方を見るに何らかの超高校級ではありそうだが、しかしこの中で唯一才能が明言されていない以上、疑う先は必然的に彼になってしまう。

「さて、俺も映像はちゃんと観たぞ。モノパンダよ、間違いないな?」

「お、おう…観たのは確認したぜ」

「せっかくの質問権をこんなことに使うのは不本意だが…俺は正真正銘学園に認可された才能が存在する。それを証明するのに最適な方法がある以上、頼るしかないな」

 リュウ君はそう言ってモノクマの方に向き直る。

「質問をしよう。”この俺は希望ヶ峰学園に超高校級の才能を認可されているか?” ――ここで言う学園というのはもちろん学園長を含む学園運営部に…だ」

『うんうん、それがリュウ君の質問だね! では回答しましょう! 答えは正真正銘の『はい』です!! オメデトウ!!』

 モノクマは拍手と共にその言葉を送った。俺達の中で渦巻きかけた疑心暗鬼は先手を打たれる形で収束することとなった。

 

「随分強引に行くじゃん。俺達が何も言ってねえのにちょっと焦り過ぎたんじゃねえのか?」

 そんなリュウ君に、釜利谷君が鼻で笑いながらからかうように告げる。

「無駄な押し問答を省いただけだ。どうせこういう流れになることは分かっていたからな」

「そうは言ってもね、みんなの信用を得たいのなら君が自ら才能が何であるか告げればよかっただけなのではないかね?」

 すかさず夢郷君も詰めに入る。またリュウ君が疑われる流れになってしまった。彼が初日に告げたことは確かに刺激的な内容ではあったが、暗号のこととかを懇切丁寧に教えてくれた彼が敵だとはどうにも思えない。…俺がお人好しすぎるだけなのだろうか。

「前にも言っただろう。”一族の掟”があってな…」

「あんまりよその家族のことに口出ししたくないけどさ、それってこういう状況でも適用されるモンなの? そもそもアンタの家族はこの場所も、このコロシアイのことだって認知してるとは限らないじゃん? まあ、認知してくれた方が助けには来てくれそうだけど…」

「亞桐の言うことも一理あるな。だが…俺はあそこで生まれ育ったゆえによく分かる。彼らが俺から目を離すことはない。例えそれが地獄の底であったとしても、どこまでも追いかけて縛り続ける。そういう血なのだ…」

「言ってることがファンタジー小説すぎて頭に入って来ねえな」

 リュウ君は少し目線を下に向け、重い声でそう告げた。釜利谷君のヤジはともかく、俺にとっても俄かに信じがたい話ではある。だが、これまでに彼が見せてくれた洞察力や貫禄は間違いなく本物だ。ならこの言葉も素直な事実なのだろう。

「だから、俺はお前たちに迷惑が掛からないように最初に掟を明かしたのだ。知らず知らずのうちに掟に触れれば、お前たちの命まで危ういからな」

「…それ、上手く使ったらそれこそモノクマ達とか倒して…コロシアイから脱出したりできたんじゃね…?」

「前木、滅多なことは言うな。そんなことをすれば間違いなくこのコロシアイなどとは比較にならない破滅的な最期が待っているぞ」

「…!」

 リュウ君の声はドスの利いた威圧感のあるものへと変貌した。俄かには信じがたいその言葉が、決して虚構ではないと思い知らされるトーンを感じた。しかし、そこまでヤバい一族っていったい何なのだろう…? 明らかに一般的な家庭ではないのだろうが…詮索即ち死と明言されている以上パンドラの箱に触れに行くわけにはいかない。

 

「ねえ、せっかく面白いとこだったのにアナタの自分語りで話題持っていかないでよ」

 そんなリュウ君への追及は、小清水さんの苛立った声で最初の話題に引き戻された。小清水さんの質問によって、本当は超高校級と認可されていない人物がいる――ということが明らかになったんだった。

「小清水様の質問に対するモノクマの答えが真ならば…リュウ様以外で、この中に超高校級の才能を偽っている人がいるということになりますが…本当にそんな方がいらっしゃるのでしょうか?」

「いるんじゃない? リュウ君は才能を含む自身の素性を隠したいからその願いが反映されてこういう表記になってるってコトでしょ? 要は、電子生徒手帳に書いてある才能は”その人が自称したい才能”が好き勝手に書かれてるだけで何の根拠も認可もないのよ。だからこれに書いてあることなんて基本信じなくていいってこと」

 小清水さんはひらひらとタブレットを振りながら入間君の問いに答えた。

 

「ところで、何故小清水殿はそのような質問を…? 黒幕やモノクマ達ではなく、拙者達に関わる質問をした理由は…?」

 疑心暗鬼渦巻く重い空気の中で、丹沢君が口を開いた。

「そりゃあ、こういう状況になったらまず”内通者”の存在を疑わないと。デスゲームものには大抵身内に裏切り者がいるのよ!」

 びしっと指をこちらに向けて小清水さんは言った。

「小清水ってデスゲーム作品とか観るんだな……じゃなくて!! お前何言ってるか分かってんのか!? コロシアイしろって言われてる状況で、俺達がわざわざ疑い合うように仕向けてどうすんだよ!!」

「まあまあ前木殿、落ち着いて…」

「だからこそ、でしょ。誰が裏切り者か分かればそれ以外の人のことは安心して信頼できるんだから、願ったり叶ったりじゃない? 葛西君もそう思うわよね?」

「え、急に…!? いや、そうかもしれないけど……もうちょっと、こう…やり方があるんじゃないかな」

 突然話題を振られた俺はしどろもどろの回答を返すことしかできなかった。結局、初日から続いている悪い流れをどうにも断ち切ることができない。リュウ君に御堂さんに、今度は小清水さんまで…。そりゃあ無条件にみんなを信用しろって言うのも頭がお花畑な考え方かもしれないが…こんなに露骨に疑いにかからなくたっていいじゃないか。

 

「ワリィけどそもそも論の話していいか? 丹沢は『どうして【才能を偽っている奴がいるか】なんて質問をしたのか』って聞いたじゃん。今のお前の回答はそれの答えにはなってなくねーか? 裏切り者を探したいならまず【この中に裏切り者はいるか?】って聞けば済むだろ?」

「質問の質問に対する質問……あぁ、あちき頭がパンクしそうでありんす!!」

「奇遇ですね! 私は最初っからパンクしてますよ!」

「オレっちもちょっとキツくなってきたぜ」

 釜利谷君の問いかけは分かりづらい言い方だが、要は何故そんな回りくどい質問をモノパンダにしたのか、ということだろう。

「裏切り者ってひと口に言ってもいろいろ解釈できるでしょ? 脅されたり偶発的だったりして消極的に加担してしまう場合だってあり得るし、そういう人達は定義によっては”裏切り者”ではなく”被害者”と呼ばれる場合が多いわよね。そもそも自分が裏切り者だって自覚してない可能性だって十分にある」

「そんな可能性があるのでござりまするか…?」

「それに対して、”才能”は希望ヶ峰学園というただ一つの組織に認可されているかいないか…それだけなのよ。シンプルな唯一のフィルターを通っているかいないか、そこに解釈の余地はないの」

「さっきモノパンダが解釈がどうとかで悩んでなかったっけ…?」

「まあまあ、今はとりあえず小清水様のお話を聞きましょう」

「そして私の質問は『このコロシアイに参加しているメンバー16人の中に、希望ヶ峰学園に公式に認定された”超高校級”ではない人物はいるか?』。これに対する回答が『はい』だったということは、その人は才能を偽っているどころか才能自体が存在しない人物。”凡高校級”ってところかしら」

「酷い言いようだ」

「でも、このコロシアイ生活の中で既に超高校級の才能らしいものを発揮した人もいるんじゃない? その人たちを除くと何人残るのかしらね。そして、才能がないのに何故か()()()()になってこのコロシアイに参加している理由は? それこそ裏でこのコロシアイの調整や誘導を行っている”隠しスタッフ”だからなんじゃない?」

 小清水さんはにっこりと笑って持論を展開した。ところどころに飛躍はあれど、確かに彼女がそう主張するだけの一応の根拠は感じられる。しかし、やはり俺達が仲間内を疑う流れを避けることはできない。仲間の中に黒幕の内通者なんていない…と考えるのは理想論が過ぎるのだろうか。

 

「うーん…初日からズルズルと疑いあうフンイキが抜けないのう〜」

「みーちゃんってそういうの気にするタイプだったんだ……失礼だけど意外だったかも」

「そりゃ〜ギスギスした空気感ではギスギスした漫画のインスピレーションしか沸かんからの〜。たまにはほのぼの系も描きたいぞよ」

 全員がお互いを見合う微妙な空気に、安藤さんの素直な声が投げかけられる。みんな、頭が良いからこそあらゆる可能性を加味して行動している。彼らが各々の根拠を持って疑いにかかるのは何も間違ったことではない。だが、それでも俺や安藤さんのように不安に思う人がいるのも事実だ。

「勘違いさせちゃったなら申し訳ないんだけど、私は別にみんなにギスギスしてほしくてこんな質問をしたわけじゃないのよ。むしろしばらくは普通に仲良く過ごせばいいんじゃない? 私の考えでは心に後ろめたいことがある人って、日常の何気ないところでこそポロッとボロを出すモノなんだから」

 小清水さんはそんな俺達に対して、珍しくフォローするようなことを言った。裏表のない彼女のことだから本心で言っているのだろうけど。

「でもよう……こんなコトがあった後で普通に過ごせなんて言われてもなあ…」

「ま、まあそこらへんはさ、気持ちの持ちよう次第でしょ? なんか内通者?的なのがいる前提で話してるけどさ、もちろんいない可能性だってあるわけじゃん」

「まあ……希望的観測ではあるけどな」

「もうさ、一旦イヤなコト忘れてみんなでパーっと遊んだりしようよ。それで彌生ちゃんの言うボロっていうのも出るんでしょ? それでいいじゃん」

「…ま、それもそうだな。ちょっと難しく考えすぎてたな。要はポジティブにしてればコロシアイになることもないんだから、モノパンダが渡してきた映像とか、質問とか、一旦そんなこと考えずにみんなで明るく楽しくここから出る方法を考えようぜ!!」

「確かに!! あちきもそれにさんせーでありんす!!」

「そうですとも!! 私のような脳筋馬鹿にも易しいコロシアイ生活にしましょうよ!」

「山村だけちょっとズレてんだよな」

 亞桐さんの提案に前木君、続けて吹屋さんと山村さんが乗る。ともすれば楽観的で能天気、考えなしと言われてしまいそうだが、なんだかんだそれが1番大事だと思う。現実逃避ではなく、一致団結して脱出に向かうための戦略的楽観が今の俺たちには必要…なんだと思う。

 

「そんなコト言ってたらまたあの眉間シワ寄せ女になんか言われそうだな。ま、言われたところでシカトだけどな」

「御堂さんのこと? …いくらああいう人とは言え、あんまりそういう呼び方しない方がいいと思うけど…」

「カッカすんなよ葛西、冗談だって」

 吹屋さんへの不用意な発言で怒らせてしまったばかりなのに、全然反省してないな…。釜利谷君との小競り合いでちょっと場を乱してしまったことに申し訳なさを感じつつ、何か言いたげな前木君に顔を向ける。

「…んで、とりあえずこの場で一個決めておきたい。口約束だとしても。とりあえず動機の映像を見る時はみんなにそれを伝える。事後報告でも良いからちゃんと見たって言うようにしよう。それで、今後のことはまたみんなで考えよう」

 前木君の提案に異議を唱える者は現れなかった。疑心暗鬼を抱きながらもなんとか近付こうともがく俺達のあがきを満面の笑みで見守りながら、モノクマとモノパンダは去っていった。

 随分と強引な締め方ではあったが、ああでもしないと収拾もつかずギスギスとした空気が続いていたことだろう。前木君の言葉に表立って反論するものもなく解散する流れになったのも、少なからず疑心を抱くことにみんなが疲弊し始めていたことを示していた。

 

 

◆◆◆

 

 

 

「いよっしゃ!! 革命!!」

 しかし人間というのは意外と図太いもので、あんなギスギスした空気感だったにもかかわらず一時間後には俺達は男子6人(リュウ君と釜利谷君を除く)で大富豪に興じていた。

「あー無理!! 都落ち!」

「まあ、こんなものでござりましょうか…」

「なんとか勝てたね」

 大勝負に出て勝ち負けが激しい前木君、堅実に負けを避ける丹沢君、地頭の良さで勝ちを掴む夢郷君、意外と苦手な入間君、上手いのに引きの悪さでなかなか勝てない土門君。こんなところでも十人十色の性格が出ていて興味深い。俺は……まあ、順当に弱い。

 

「ほら男子、もう片付けて! お昼にするから」

 小一時間トランプに興じていた俺達は、亞桐さんのそんな声で今が昼時に差し掛かっていたことを思い出させられた。

「ここ広いんだから他の席で食えばいいじゃんか」

「ご飯は真ん中で食べたいでしょ! 男子こそ遊びたいなら端っこ行ってよ」

「まあまあ前木殿、拙者も腹が減りましたし一旦ここはお開きとしましょう」

「まあそれもそうか。何か作ってんの? 手伝うぞ」

「ん、まあゆきみちゃんとウチとリャンちゃんで適当におかずを何個か。簡単な炒め物とかがメインだけどね」

「ここ数日レトルトばかりだったから手料理は身に沁みるぜぃ!」

「ふむ。いい匂いがしてきたね」

 わちゃわちゃと談笑しながら、食器を配膳したり料理に参加したりと思い思いの行動を取る一同。こんな状況で思い浮かべるのも不謹慎かもしれないが、本当に修学旅行のような雰囲気になってきた。仮初めだとしても、少しはこんな空気感を楽しむ時間があってもいいはずだ。これでみんなが曲がりなりにも団結をしてくれればいいんだけど…。

 俺も何か手伝おうと席を立った時、ちょうど視線の先―――食堂の開いた扉の外からこちらを見つめる一人の少女と目が合った。彼女は俺と目が合うや否や、ほんの微かに口を動かした。間違いなく、読唇術によるメッセージだ。

「(ごめん御堂さん、全ッッ然分からない)」

 俺はそんな意図を込めて激しく首を横に振った。見る見るうちに御堂さんの表情にイライラが溜まっていくのが見えた。そしてくるりと背を向け、どこかへ去る。

 

「ごめん。ちょっとトイレ」

 そう言って俺は慌ただしい食堂を後にし、御堂さんの背中を追った。彼女は食堂を出た正面の廊下を進み、ランドリーへと入っていった。

「御堂さん…」

 俺は彼女の名を呼びながらランドリーへと入った。彼女はランドリーで俺を待ち構え、ゴミを見る目で俺を見ていた。比喩ではなく、本当にゴミを見る目で見ていた。

「………」

 はあ、とため息をつくと、彼女は俺に歩み寄ってきた。何をされるのか、と身構える俺に対し―――その横を通り過ぎてランドリーを後にした。…え?

 しかし、すれ違いざまに手に感じた違和感に気を取られた。彼女の手から俺の手に何かが手渡された。それに俺の意識が取られている間、彼女はさっさとその場を後にしていた。結局、彼女から俺に一言の言葉もなかった。あれだけ読唇術に腐心している彼女のことだから、監視カメラのあるところで言葉を発するのが嫌だったのかもしれない。

 彼女から手渡されたものを、監視カメラの死角で確認する。…それは、電子生徒手帳に差せるメモリー媒体だった。しかし動機の映像のものとは違い、各個人を表すイニシャルやドット絵が印刷されておらず、無地のメモリーだ。これは一体…。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「葛西? 葛西?」

 俺はハッとして前木君の方に向き直った。昼食後、男子勢から体育館でなんかしようと言われて、運動は得意ではないのだが断る理由にはならないと思い付いて来たのだった。しかし、さっき御堂さんから手渡されたメモリーが気になってぼーっとしてしまっていた。

「バドミントンしようぜ! 倉庫にラケットと羽あった」

「いいですねえ」

「んじゃ交代でダブルスすっか!」

 俺以外の男子勢は随分とアクティブなメンバーが多く、彼らのノリについていくのは随分骨が折れる。とりあえず俺は端で見ていよう…。

「葛西、考え事か? 動機のコトか?」

 前木君や入間君たちのバドミントンを見守りながら物思いに耽っていると、さっきの大富豪の時はいなかった釜利谷君が座り込んできた。ここまでの数日の生活の感触から、正直言って彼のことは得意ではない。二人きりで話すのは気まずいな…。

「あ、うん…まあ、いろいろね。釜利谷君こそ、こういう身体動かすのはキライだと思ってたけど来たんだ」

「あぁ~…。まあやりすぎんのは好きじゃねえけど身体動かすこと自体はそんなキライでもねえよ。メンドクセーことじゃなけりゃ基本なんだって好きさ」

 ふーん、と俺は冴えない返事をする。彼のデリカシーの無さはもう十分に理解できているはずなのに、それでも何か変なことを言われないか身構えてしまう。それでも、彼のことを知りたいという純粋な好奇心があるのもまた事実だった。

「釜利谷君ってマイペースだよね。よくも悪くも…。何かそういう風になったキッカケとかあるの?」

「自分の好きなように生きることに理由なんてねーだろ。それが自然な生き方だからだ」

「ま、まあ…そうか……」

 正論で返されてしまい言葉に詰まった。

「まあ、強いて言うなら『親父を見てて馬鹿らしくなった』からかねぇ。オレの親父は正義感に駆られて人助けに勤しむあまり、過労で倒れて入院中だからな。医者の不養生そのものだ」

 いつも通りの皮肉めいた口調ながら、彼は身の上を語った。人のことを茶化しつつも自分のことを語らなかった彼がこんな風に自分のことを語り出すなんて少し意外だった。もしかしたら、曲がりなりにも俺のことを信頼してくれた…のだろうか。

「そうなんだ…。釜利谷尚瓶さんって確か、すごい脳医学の権威だよね」

「らしいな。具体的に親父がどんな賞を貰ったのかとかオレはあんま知らねえ。興味もねーしな。親父の研究を手伝ったのも単に面白そうだったってだけだ。だけどまあ、一応肉親だしな、倒れられたら嫌でも意識はする。後を継いで研究を完成させてくれとかよく分からん奴らに言われたりもしたけど、ほとんど断ったよ。オレはオレがやりたいことしかしねえってな」

 彼ほどの頭脳を持っていると、凡人には分からない苦労や気付きもあるのだろう。それでもマイペースを貫く彼の姿勢には、ある種の美学を感じられた。これだけの状況でもその姿勢を崩さないのには彼なりの理由があったのだ。

「そうなんだね…。釜利谷君なりに考えあっての生き方なんだね」

「むしろ何も考えてないからこそだと思うけどな。お前も親が脚本家なんだろ? なんかこう、苦労とかねーのか?」

「いや、別に……父さんは厳しい人でもないし、そんなに教わってるわけでもないし…。結構独学なんだよね」

 俺が思うに、自分が脚本家になったのは”たまたま”なのだ。たまたま父と同じことが好きだったからに他ならない。父は脚本家として正直そこまで売れてる方じゃない。俺が生まれる前はアルバイトも掛け持ちしていたって聞いたし、生活費は母がメインで稼いでいたらしいし。

「なぁんだ、お前って凡人タイプかと思ったけど十分天才肌じゃねーか。ま、その才能大事にしろよ」

 釜利谷君はニカッと笑って俺の頭をわしゃわしゃと雑に撫でた。今のは彼なりの皮肉なのか称賛なのか、微妙なところだ。俺はコホンと咳払いをして話題を転換した。

 

「ところで釜利谷君、件の動機の件だけど…。小清水さんの質問のコト、どう思った?」

 やはりこの質問はしておきたい。変なところで不気味なまでの鋭さを見せる彼だからこそその考えを聞いておきたい。

「ん~? まあ割とイイトコ突いた質問だったんじゃねーか? 敢えて裏切り者って言い方をせずに才能の有無で攻めた理由は分かんねーけどな」

「…釜利谷君は動機の映像観る?」

「どうすっかねえ。アイツらの反応見てるとイケそうな気もするんだよな」

「ま~たその話かよ! お前らも飽きねぇなぁ…」

 と、俺達の会話に割って入ってきたのは土門君だった。タオルで汗を拭き、ひと休みついでにこっちに顔を出したらしい。

「いやいや、こんな状況なら動機のコト気にしない方がおかしいだろ。呑気にスポーツしてる神経の図太さには感心させられるぜ。あ、これ皮肉じゃなくてガチ賞賛だからな?」

「賞賛してるようには聞こえないけど…」

「オレっちは何があっても絶対に動機映像なんて観ねーぜぃ! 大体あのヌイグルミどもがオレっち達の脱出の手助けになるような答えを返すわけがねぇ。何聞いたって適当にはぐらかすに決まってんだ」

「ま、その意見にはオレも賛成だな。聞きたいことをドストレートに聞いたって欲しい答えは返ってこない、だから小清水はあんな回りくどいコトを聞いたのかもな」

 熱血系の土門君だが、結構頭も切れる。才能的に物凄い勉学を積んでいそうだからそれも当然なのかもしれないが、俺が会話に遅れないように着いていくので必死だ。特に釜利谷君は変わった言い回しをすることが多いから頭の中で意味をかみ砕くのに時間がかかる。

「しっかしよぉ、三ちゃんはなんで初日からあんなにヌイグルミどもに喧嘩売るんだよ? ムカつく気持ちは分かるけどよぉ、下手すりゃ殺されてんぞ」

「オレはこう見えてもウソはつきたくないタチなんだ。ムカついたら煽らずにはいられねえ。難儀な性格なのは分かってるさ、お前らに迷惑はかけないように努力はするよ」

 胡散臭い態度を幾度となく取ってきた釜利谷君だが、嘘をつきたくないという言葉は本心なのだろうか。

「言い方はともかく、筋を曲げねぇところはサイコーだな! ま、こんな状況になっちまった以上オレっち達は一蓮托生だ、三ちゃんだけに苦労はさせねえさ! 葛西もそう思うよな?」

「え? えぇ、まあ……」

 こういう押しの強い質問をするの、やめてほしい。ここにいる超高校級のみんなは我が強いからなぁ…。

 

「で、お前はどうなんだよ、葛西。動機観んのか?」

 と、今度は釜利谷君から鋭い質問が飛んできた。

「えっ……いや……観ないよ」

「その言い方だと三日以内には見るな。迷いがダダ漏れだぞ?」

 釜利谷君に見透かされてしまい、俺は赤面した。確かに小清水さんの意味深な問いかけ、リュウ君も平気そうにしていたところを見ると、案外動機と言っても大した影響はないのではないだろうかと考えてしまう。けれど、夢郷君が言っていたように自分自身を制御できる自信があるかと言われるとそこも不安ではある。それでも気になるは気になる。一体どんな映像がそこに秘められているのか、そしてモノクマ達から何を聞き出せるのか…。

「うぅ……」

「まあ、別に観るのが悪って言ってるわけじゃねぇからな。実際に殺さなきゃいいってだけなんだからよ」

 土門君はそう言うが、言うは易しだろう。吹屋さんに雷を落としてまでコロシアイをさせようとしたモノクマ達が何の理由もなく映像を用意するとは思えない。でも、やっぱり気にはなる…。一体いつまでこの葛藤を続ければいいんだろうか。

「気になってしょうがねえ顔してるし、モヤモヤすんなら見ちまった方が楽だろ。けど、お前みたいなタイプはメンタルがどうなるか分かんねえからな。そこでオレから一つ提案だ。”信頼できるヤツと一緒に動機観てみろ”よ。内容も分かってる相手だ、いろいろ吐き出す捌け口にもなるだろ」

 そんな俺の心を知ってか知らずか、釜利谷君はそう提案してきた。小清水さんは”プライベートな情報があるかもしれないから”と俺達が一緒に映像を見るのを拒否したが、逆に言えばそこの障壁さえ気にしなければ誰かと一緒に映像を見ることは可能なのだ。

「つってもよぉ、結局モノクマの回答なんてアテにしてたら一生脱出なんてできねーし、やっぱ見る必要性をオレっちには感じられねぇんだよな」

「ま、決めるのは葛西だ。もし一緒に観てほしいってんならいつでも呼んでくれよ。もちろん、オレなんかより信頼できるヤツも山ほどいるだろうしな。さて、オレもそろそろ身体動かすか」

 そう言って釜利谷君はバドミントン組の方に混ざっていった。

「オレっちも戻るかぁ。葛西も抱え込まねえでなんかあったらすぐ言えよ。動機のコトとかも、言ってくれたらいつでも手伝うからよ!」

 次いで土門君もコートの方へ向かった。結局、俺はどうすればいいのか分からないままだ。モノクマ達が張った罠と分かっていて飛び込むほど愚かなことはない。しかしそれと同時にそれは虎児を得るための虎穴にも見える。惨めな迷いが永遠に俺の胸中を掻き乱し続ける。結局、このモヤモヤは映像を見るまで消えることはないのだろう。

 しかし釜利谷君、インドア派かと思いきやスポーツも抜群に上手い。めんどくさがりなのに頭はいいし運動もできるなんて、天才肌と呼ばれるべきはどう考えても彼ではないだろうか…。

 

「っは~、疲れた」

 結局男子勢はバドミントンにバスケに卓球に、どんだけ身体動かしたら気が済むんだってくらいいろいろ遊んでいた。途中少しだけ参加させてもらったけど、自分の運動音痴ぶりを再確認するだけの時間となってしまった。

「流石に食堂戻るか~。シャワー浴びてからにする?」

「オレっちは浴びてから行くぜ」

「じゃあ先部屋戻るか」

 いつも輪の中心にいる前木君って凄いな…。彼の才能は”超高校級の幸運”らしいけど、それ以上に彼には何か人を惹きつける才能みたいなものがあってもいいんじゃないだろうか。

「ふふ、こんなに身体を動かしたのは久しぶりだ。いい機会だったよ」

「拙者も職業柄普段はあまり動きませぬゆえ。健康にいい一日でしたぞ」

「みんな元気だね……俺はヘロヘロだよ」

 みんなの底知れぬ体力に俺は呆れた声を出すことしかできなかった。

 

 夕食前に一度部屋に戻り、何気なくポケットに手を突っ込んで俺は御堂さんに手渡されたメモリーの存在を思い出した。釜利谷君たちとの会話に夢中になってすっかり頭から抜け落ちていた。

「………」

 いざ思い出すと非常に中身が気になる。それこそ、動機以上に気になる。そして、この映像は釜利谷君が言っていたように誰かと一緒に観ることはできない。そんなことをしたら御堂さんがあんな回りくどい暗号と読唇術まで使って俺やリュウ君にコンタクトを取った意味を無為にしてしまう。彼女は曲がりなりにも俺のことを認めて、信頼したからこそこのメモリを渡したんだ……って解釈で合ってるよな? 本当に信頼されてるのか…?

 

 結局、俺はそのメモリーも動機の映像も見ることなく夕食に出席した。やはり気になると言えば気になるのだが、ウジウジと勇気が出ないまま時間が過ぎ、もうそろそろ行かないと怪しまれると思い自分自身の胸の中に渦巻く好奇心と不安を有耶無耶にして夕食に現れたのだ。

 …相変わらず献立には力が入っている。ありがたい話ではあるが。

「ゆっきゅん? 顔色悪いなりよ」

 そんな俺の様子を知ってか知らずか、津川さんが俺の顔を覗き込んできてそう言った。

「無理もないわ。動機映像のことが不安なんでしょう。私も考え過ぎちゃう方だから気持ちはよく分かるわ」

 俺が答えに詰まっているうちに伊丹さんが代わりに答えた。

「葛西君! ナヨナヨしてたらみっともないですよ! 見ていて不愉快なので気合いと根性で立ち直ってください!」

「ちょっと気を遣ってる感出してるけど言ってることパワハラなんだよなぁ」

「あはは…」

 こんなの苦笑い以外にどうリアクションしろって言うんだ。とにかく今夜は早めに休んで、とりあえず御堂さんのメモリーの方を優先で確認しよう。

 

「結局、今日動機映像観たのは小清水とリュウだけか?」

 この場には御堂さん以外の全員が揃っていたが、前木君のその質問に答えるものがいないということは誰も映像を観てないのだろう。リュウ君は、顎に手を当てて酷く考え込んでいるようだった。一体何かあったのだろうか?

「なぁんだ、もう一人くらい観てくれればよかったのに」

 小清水さんがつまらなそうに伸びをしながら言った。観ないに越したことはないと思うのだが…。

「観ない観ない! 動機ダメゼッタイ」

「でもあちき……正直気になってるでありんす!」

「だーっ! 言ってるそばから! ダメだっての!!」

 亞桐さんと吹屋さんはそんなじゃれ合いをしているが、吹屋さんと同じ感情になってしまっている俺はその様子を笑って眺めることもできない。人間の好奇心とは恐ろしいものだ。本当は観なくても何も困らないものなのに、今や観ることを義務か何かにすら身体が勝手に認識しているようだ。

 

「今日葛西にも言ったけどよ~、観てどうにかなっちまう不安があるなら誰かと一緒に観ればいいんじゃねーか?」

「なんでそう観る方向に誘導しようとするんだよアンタは!!」

「気になって夜も眠れないんじゃ結局それがストレスだろ? 小清水もリュウも平気だったし、観た瞬間アウトな洗脳映像とかじゃねーなら観ちまった方がスッキリすんだろ。オレはまだ面白い質問が思いついてねーから観ねーけどな」

 相変わらず釜利谷君は空気の読めないことを言ってみんなを不安にさせる。しかし、こと今回に関しては彼の言うことも一理ある…というより、彼の言葉を肯定することで”動機を観ようとしている自分”を正当化したいだけなのだ。俺はつくづく器の小さい男だ。

「まあまあ、こんなことで揉めても仕方ありませんし、ここはわたくしに免じて矛をお納め下さい。少なくとも、”一人きりで動機映像を観る”ことだけはしないということで、ここはひとつ」

 入間君が宥めると亞桐さんも不承不承に応じた。

「みんな怖がり過ぎよ。はっきり言って私にはなんでこんなモノを観たらコロシアイがしたくなるのか意味不明だったわ」

「そうは言いましても…それは小清水殿の感性での話ですし…」

 小清水さんが呆れ半分にそう言うと、丹沢君が苦言を挟む。彼女の言い方もまた絶妙に動機映像に関する興味をそそらせる。…まさか彼女がモノクマ達と通じてる裏切り者ということはないと思うが。

「そこまで言うならどんな内容だったか口頭ベースでもいいから教えてくれよ。一緒に観るのが禁止されてないなら、教えるのだって別にいいだろ?」

「待て、前木」

 前木君が素っ気なく問いかけると、すかさずリュウ君が声を発した。しかし彼が続けざまに何か言う前に、小清水さんが答えていた。

「どんなって、言葉で説明しがたいくらい意味不明だったんだけどね。最初にピカーっと画面が光って、1500年後がどうとか、人類の滅びとか、博物館で流れてるようなゆったりしたBGMにゆったりとしたナレーション。聞いてて眠かったわ」

「…何それ。それがどうコロシアイに影響するの?」

「さあね、一応それっぽいところとして覚えてるのは、昆虫は人類によって絶滅させられるから、ここを出てそれを防げみたいなことは言ってたかな? そんな嘘っぱちでコロシアイなんかするわけないでしょ? 虫さん達の数と生存力を舐めすぎよ」

 驚くほどあっさりと、彼女は動機映像の内容を語った。博物館のような説明映像で何か未来に関する話を…? 確かに嘘と分かりきっている話を映像の中でさせられたとして、それでコロシアイに走るとは思いがたい。ならモノクマ達はどうしてこんな映像を…?

 

「あー…ごめん、リュウ。なんか言いたげだったけど」

「いや……内容については異論はない。ただ、小清水よ……映像を観た後、数時間をかけて何か頭の中の認識が変わった感覚を覚えなかったか?」

 前木君が申し訳なさそうにリュウ君に尋ねると、彼は予想だにしない言葉を口にした。

「何それ? どういうこと?」

「昼に言った話を撤回しなければならない。俺の実家……グラディウス家は既に滅びているのだ。20年も前に……。だから”掟”など最初から考慮する必要はなかったのだ」

「え? え?」

「グラディウス家ですって…!?」

 彼の言っている内容が全く理解できなかった。今日の昼、そしてここに閉じ込められた初日に彼は自らに課せられた掟について事細かに語っていたはずだ。その一族は既に滅びている…? 意味が分からない。

 そして、その家の名に入間君が大きく反応した。彼もまた何かを知っているのだろうか。

「いや、俺も混乱していてな…。映像自体に何ら感慨は抱かなかったのだが、昼前に解散した後、一人で過ごしている間にしばらく原因不明の頭痛に悩まされていた。そしてその間に自身の記憶が別の記憶に上書きされたように思えた。気付くと俺は自分の一族が既に滅びていることを思い出していた。だが、今までは…そのような認識はなかった。一族の者がいて、常に監視されているという常識の中で生きていたのだ」

 既に人知を超えた事象をいくつか目の当たりにした俺たちにとって、記憶の上書きなどという超常現象すらもあり得なくはないのかもしれないという常識の枠に収まりつつあった。それでも信じがたい話ではあるが。

「どういうことなの…? それって本当に映像がトリガーなの?」

「分からんが、トリガーとして考えられる事象はそれくらいしかない。…ゆえにこの場で小清水に確認したかったのだ。俺と同じように、何か重大な記憶が置き換わる感覚はあったのかと」

 俄かに信じがたい話だ。あのリュウ君が混乱しているのだから事の重大さは十分すぎるくらいに伝わってくる。あの動機映像に人の記憶を書き換える効果なんてあったのか…!?

 

「う~ん、私は特に……ああ、そういえば私って昔は結構内気だったなーっていうのはさっきまで忘れてたかも。これが動機を観ることで思い出したことなの? 随分ショボくない?」

 しかし、そんな重大な話を聞かされてもなお小清水さんの反応は素っ気ないものであり続けた。彼女が呼び覚ました記憶は、リュウ君が思い出したそれとは比較にならないほど軽いものだ。

「そうか。…だが、その映像にそう言った効果があるらしいことは分かった。やはりこの映像をお前たちが観るのは危険だ。やめておいた方がいい」

「ま、まあ……その話聞いたら、ね」

「モノパンダの奴、そんなコトひと言も説明しなかったじゃねぇか!」

 まさか動機映像にそんな恐ろしい効果があったとは。

 

「ふーむ、ならば俄然気になるのう~」

「みー様…? どうかしたなり?」

「もし動機を観ることで偽りの記憶が真の記憶に置き換わるのだとしたら、今吾輩達が思い浮かべている記憶はどこかに偽物の記憶が潜んでいるってコトになるぞよ」

 確かに、安藤さんの言う通りだ。俺が今持っている記憶は何が本当で、何が嘘なのか。それすらも分からない状態になってしまったということだ。

「ってことは…リャン様達の才能に関する記憶もウソかもしれないってコト…!? 才能を得たという自己認識自体が嘘で、実は才能なんて持ってない、とか…!!」

 津川さんが青ざめた顔でそう言うと、みんなも一様に顔色が悪くなる。小清水さんが昼前に質問で明かしていた”才能を持たない人間”の存在も、そう説明すれば納得できる。方法は分からないが、”自分は超高校級である”と暗示のようなものをかけられているだけの可能性も…。

 そう考えると、俺の才能も果たして本物の才能なのか疑わしくなってしまう。希望ヶ峰学園からの招待状が届いたことは紛れもない事実だから、認定はされているはずだが……いや待て、その招待状自体がモノクマの仕組んだ罠だったら? そもそも招待状なんて届いていない? じゃあ何で俺がここに誘拐された? ――ダメだ、一つ疑い出すと芋づる式に何もかも信じられなくなってしまう。

「あちき、本当はアンドロイドじゃなくて人間の可能性も…!?」

「雷打たれて生きてる時点でそれはないと思うけど……。でも、自分自身の何を信じていいか分からないって…凄く怖いな」

「ウチらの家族とか、友達とか……ちゃんと生きてるよね? そもそも、いるんだよね? ウチ、天涯孤独とかじゃないよね?」

「自己認識の正誤を脳内だけで完結させることは難しい。それを完遂するには、現実で起きている事象を観測し、自己認識との答え合わせをする必要がある」

「それってつまり……」

 全員が黙り込む。夢郷君が難しい言い回しで示したことに察しがついてしまったからだ。

 

 曖昧な記憶が正しいか確かめるたった一つの方法。それは、この施設の外に出ること。そして、その方法としてモノクマ達が示したのは―――。

 

 

「大馬鹿者め、それこそがヌイグルミ共の狙いだと分からんのか」

 怒鳴り声が聞こえてきた食堂の入り口を見ると、御堂さんが苛立たし気に腕を組んで立っていた。相変わらず彼女が言っていることの意味はよく分からない。

「リュウ、貴様は私の目に適う逸材だと思っていたのだがな。映像の”記憶修正”効果について口外しないと期待していた私が愚かだった」

「なんでかは知らねーけど、そう思ってんならリュウが喋り出したタイミングで止めに入れよ。こんなベストタイミングで出てくる時点で隠れて聞いてたのバレバレだぞ」

 釜利谷君も珍しくイライラした顔で言い返す。

「そんなことをするほど暇ではない。今しがた着いた時には全て手遅れだったのだ。

 いいか、愚かな貴様らに一度だけ教えてやる。この動機映像は、観た者に”視聴前後における記憶の乖離”を発生させ、自身が持つ記憶に対する信用を削ることでこの施設の外にある現実への渇望……即ちコロシアイによる脱出を刺激するという仕組みのものだ。この動機が成立するためには、全員が映像を観る必要はない。一人が視聴してその効果を話せば、全員が自身の記憶を信用できなくなる。そうなれば貴様らが思うことはただ一つ、『外に出て自身の記憶の正誤を確認したい』だ。これによって、全員が映像を観ることなく全員にコロシアイの動機を与えることができるのだ。モノパンダが提案した質問権などというのは記憶補正効果から印象を遠ざけるためのカモフラージュ的オプションに過ぎん。

 この動機が猛威を振るうことを防ぐには、記憶に関する効果を伏せた上で他のものが映像を見ないように説き伏せるしかない。小清水彌生はそれが理解できていたからこそ、その話題を自分から出さなかったのだ」

 御堂さんは動機に隠された真の機能を語っていった。そして、その機能について気付いているということは彼女自身もまた動機映像を見たと考えて間違いないだろう。

「いや、単に意識するまでもなかっただけなんだけど。そこまで考えてないから」

「それに御堂様、今ここでリュウ様が話さなくともいずれ他の方が視聴して記憶に何かあればその効果を話していたでしょうし……時間の問題だったと存じますよ」

 入間君がリュウ君をフォローし、リュウ君は俯いたまま考え込んでいる。結構な暴論で怒られている気がするのだが、彼本人は言い返さないのだろうか。

「時間の問題。そう、時間の問題だな。リュウが口走らなければ貴様らが動機の効果を知るのは明日かもしれなかった。この一晩が命運を分けると私は言いたいのだ。私達が脱出することは既に()()()()()なのだからな。()()()()()()()()()()()()()()()()、の話だがな」

「……え?」 

 さりげなく御堂さんもとんでもないことを言った。私達の脱出が時間の問題? もう間もなく俺達はこの狂ったコロシアイから脱出できるの?? ていうかそれをこんなオープンな場で話していいの?

 

『ちょちょちょ!! ちょうは問屋(ちょんや)が卸さんちょ!』

「噛みすぎだろ」

 そんなセリフと共に大慌てでモノクマが天井から降ってきた。もうこの登場には驚かない。

『え!? ちょっと待って!? 冗談だよね? もう脱出しちゃうの!?? まだ一章だよ!? Chapter1だよ!?』

「一章って何でありんすかね…」

「二度とは言わんぞ。()()()()()()()()()()()()と言ったのだ、意味は好きに捉えろ」

『いやいやいや!! そんなの認められるわけないでしょ!! ありとあらゆる手段を使って止めるよ!!』

 モノクマは冷や汗をまき散らしながらそう叫ぶ。そりゃあ、目の前でそんなことを言われたらそうなるよな。

「それは不可能だ。不可能だから私は堂々と言ったのだ。脱出を止めたいのなら校則にこう追加すればいい。『コロシアイの卒業以外でこの施設の敷地の外に出ることを禁じる』と。さあ、加えろ」

『ぐぬぬ、それは……』

「できないのだろう? 貴様に何ができて、何ができないのかはある程度把握した。その上で私達の脱出を止められないと確信したからこう言ったのだ。貴様にできることはただ一つ。私達が脱出する前にコロシアイを起こす―――いや、”起こさせる”ことだ。そのための切り札がこの動機だった。だが、今こうしてコロシアイを経ずに外の世界を観る手段―――”脱出”をこいつらに示してやった。今となっては貴様の切り札も無意味だ」

『ぐおぉぉぉぉ!! いちいち俺tueeeeキャラみたいなムーブしやがって!! お前なんて読者投票でビリになっちまえ!! 無様に敗北して命乞いさせられる三次創作描かれちまえ!!!』

 モノクマは御堂さんの言うことになんら効果的な反論ができていなかった。あれ、ひょっとして御堂さん、もう既にモノクマに勝ちかけてる? 周到に用意した読唇術とかは何だったんだ…?

「さあ、グズグズせずに一刻も早くコロシアイを起こす方法を考えろ。もう時間がないぞ」

『くっそぉぉ!! 絶対許さねーからな!! お前が赤ん坊みたいに地面に這いつくばって「助けてお母さん」って泣きじゃくる姿を全世界に配信してやるからなー!!!』

「………」

 そんな負け惜しみと共に天井に吸い込まれていくモノクマの方こそ、赤ん坊のように思えた。あまりに一瞬の出来事で、モノクマに動機の”記憶補正効果”について質問する暇もなかった。

 

「…話は以上だ。貴様らはただ吉報を待てばいいだけだ。せいぜい変な気は起こすなよ。無事に外の世界に帰りたいのなら、な」

 御堂さんもすぐに場を去った。嵐のような情報と感情の濁流の後、数秒の静寂が食堂を支配した。

「えぇと、私の上腕二頭筋が理解できるように状況説明をお願いします」

「なんで筋肉なんだよ。本体が理解しろよ」

「御堂が脱出の準備をしている。俺らはコロシアイをせずに待つ。以上」

 相変わらず不機嫌そうな顔で釜利谷君がまとめた。

「でも、脱出の準備が進んでるならなんでリュウを責めたんだ? どうせ外に出られるなら動機なんてあってないようなもんじゃん」

「…恐らくは、タイミングの調整だろう」

 前木君の疑問に答えたのは、他ならぬリュウ君だった。

「御堂はもっと効果的なタイミング―――それこそ脱出の準備が完全に整った段階で今の件を話すつもりだったのだろう。しかし、俺が動機の効果について話し、動機が真価を発してしまった以上、今この場でそれを言わざるを得なかったのだ。完全に俺の不手際だ。申し訳なかった」

 そう言ってリュウ君は深々と頭を下げた。

「謝るコトないなりよ! どうせ誰かが映像を観て同じことしてたと思うし」

「でも、そのタイミングが一晩遅れているだけで何かが変わっていた…ともアキネは言っていたぞよ」

「それはそうかもしれないけど…」

「なんにせよ、こうなってしまった以上最善を尽くすほかはない。今夜からはできる限り夜間に建物内を見回ってコロシアイが発生していないか警戒するようにしよう」

「おお! それなら私もお供しますよ、強敵(とも)よ!」

「いや、二人が見回ると万が一何かがあった時にどちらが犯人か分からなくなる。何かあった際に一人だけが疑われる状況の方が抑止力として機能する」

「おお! それならやめときます、強敵(とも)よ!」

「思考停止か」

 津川さんや安藤さんの言葉に対し、自ら深夜帯の警戒を買って出たリュウ君。ありがたい話ではあるけど、彼自身の健康を損ねないか心配ではある。

 

「なんか改めてとんでもねぇことになっちまったなぁ…。朝に続いてこんな状況動くとはよぉ…」

「でも、もうすぐ脱出できるって言うならそれは普通にチャンスだろ? ここは御堂を信じて待とうぜ。…どうせ手伝うとか言っても相手にしてくれなさそうだし」

「ママ……ファイトでありんす!!」

 前木君の言うとおり、今は御堂さんを信じて待つくらいしかできることはない。何か力になれることがあれば是非協力したいとは思いつつ、さっきのリュウ君じゃないけど、余計なことをしてむしろ彼女の邪魔をしてしまう方がよほど怖い。リュウ君のような知的な人物すらミスをしてしまうほどこのコロシアイの打破は難しいのだから、俺のような凡人レベルが下手に手を出さない方がいいに決まっている。

「私は未だに凡高校級さんもとい裏切り者さんが気になってるんだけどねえ。モノクマが手を出せないならその人が手を出してきそうだけど。ま、いいわ。ごちそうさま。そしておやすみなさい」

 小清水さんはそう言って食べ終わった食器を片付けると、食堂を後にしていった。

「あ、そうか。いろいろあり過ぎて才能偽ってる奴の件すっかり忘れてた」

「まあまあ。さっき津川殿が仰っておりましたが、もしかしたら自分を超高校級と思い込んでいるだけで裏切り者とは限らないわけですし…」

「スルガは楽観的だのう~。むしろこういう状況ならなおさらその者が何かしてきそうだがの~。不穏だのう〜。ニヤニヤ」

「ほのぼの系が描きたかったんじゃねぇのかよ…」

「…とにかく、リュウ君の見回りがある以上少なくとも隠れて個室から出ることはできないし、個室に籠ってさえいれば殺されることは絶対にないハズよ」

 伊丹さんの言うとおり、リュウ君が深夜帯に廊下から目を離してさえいなければ十分にコロシアイの抑止力にはなるはずだ。仮にこの中に内通者がいたとしても、少なくとも夜間に何かするのは難しいだろう。

「まあ、そうだな…。とにかく、今夜は大人しく部屋にいよう。それでまた明日、今後のコトを話し合いだな」

 奇しくも、今朝と同じようなセリフでこの日の出来事は幕切れとなった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 全く持って長く、怒涛の一日だった。いろいろなことがあり過ぎて頭の中で情報を精査するのもいっぱいいっぱいだ。しかし、俺にはまだやることがある。

 俺は身支度を整えて就寝する風に見せかけ、布団の中に潜り込んで電子生徒手帳を開いた。そしてそこに御堂さんから貰ったメモリーを差し込む。布団に隠れるなんて随分初歩的なやり方ではあるが、確実に監視カメラの視界に移らないようにするにはこれが一番手っ取り早い。風呂場やトイレにこれを持ち込んでも怪しいしな。

 差し込んだメモリーにはただ一つ、「test.exe」というプログラムファイルがあった。一抹の不安を覚えつつもそれをタップすると、突然電源が切れたかのように画面が暗転した。かと思うと、大量のウィンドウが現れては消えていく。

「え、え、壊れた!?」

 まさか御堂さん、ウイルス入りのメモリーなんて渡してきたのか!? …と、そんな戸惑いはよそに画面は再び暗転し、数秒後に通常の電子生徒手帳の画面に戻った。唯一、「test」と題されたウィンドウが出ていることを除いて差し込む前と何も変わりない画面だ。そして、そのウィンドウの中にはやや画質が悪い映像が映し出されていた。その映像が体育館の中を示していることに俺はすぐに気付いた。ウィンドウの左下には時間も記載されており、それは電子生徒手帳自体に表示されたものと全く同一だ。つまりこの映像は録画などではなく、今この瞬間のリアルタイム映像ということだ。一体どうやってこんな映像を?

 

 夜時間には体育館は閉鎖され、エレベーターで体育館階に降りること自体ができなくなる。にもかかわらず、体育館は日中と同じように明るい照明で照らされていた。画面に動きはない。こんな映像を撮ることに何の意味があるのだろうか。しかし脱出の準備を整えているという御堂さんがわざわざ渡してきたのだから、何か意味があるに違いない。

 そう思って小一時間画面と睨めっこしていたが、画面に変化はない。俺はウトウトと頭を垂れ、今まさに眠りに落ちようかというところで…。

 

 変わり映えしない画面に違う色が入り込んだことに気付いた。それは、紛れもなく人影だった。白い。白い服の人影が見える。

 

 

 

 体育館に現れたのは―――釜利谷君だった。

 




頭良いキャラの動きで何か間違ってるとそのキャラと作者が大間抜けになるので怖いです。
中途半端なところで終わったので次回は早めに出したい。
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