エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を   作:江藤えそら

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(非)日常編⑥ 私が、私であること

 

 

 時刻は午前1時を回ったところだった。人影―――釜利谷君は体育館の中央に進み出る。そこに向かい合うように画面外から現れたのは―――モノクマだった。

 

 彼が立ち入り禁止であるはずの場所で、モノクマと何かを話している。それが何を意味するのか、俺のような凡人でも十分すぎるほど理解できた。

 ―――”内通者”。小清水さんが今朝言っていた言葉が否が応にも思い起こされる。確かに初日から彼の言動は怪しいものばかりではあったが、彼も彼なりに俺のことを信頼して、腹を割って話してくれているのだと思っていた。…現実は残酷だ。

 しかし、俺の意識はすぐにこの映像への違和感へと向くことになる。釜利谷君はモノクマに向けて口を開け、何かを話している。モノクマもまた、身体を微かに動かして何かを答えているように見えた。しかし、その音声は一切聞こえてこない。付属のイヤホンを耳に付け、音量を最大限に調整しても何も聞こえない。ある程度の距離があるとはいえ、体育館という広い空間においてこの隠しカメラが設置されている場所と彼らの間を隔てるものは何もない。数秒の思考の後、「そもそもこの隠しカメラには音声を拾う機構自体が付いていない」という回答に至った。この隠しカメラ自体、モノクマなどが用意したものではなく御堂さんが自力で作成したものであることは容易に推察できる。であるならば、資材や設備の制約で機能が縛られることも想像に難くない。

 つまり、釜利谷君とモノクマがこの場で話していること自体は分かったものの、その内容までは窺い知ることはできないということになる。それこそ、釜利谷君の口の動きでも注視しなければ…。

「……あれ?」

 俺の脳内でいくつかの情報が線で繋がった。即ち、御堂さんが俺を始めとする同級生たちに読唇術を覚えさせようとしたのは、この映像を解析させるためだったのではないか。 …いやいや、御堂さん自身が読唇術をマスターしているのなら、そんなことをしなくたって自分で映像を観て解析すればいいだけだろう。わざわざ俺に読唇術を勉強させて映像を確認させて、そんな回りくどいことをする理由が分からない。まさか、モノクマに隠しカメラがバレるリスクを考えて万が一の際の身代わりに…などということがあり得るのだろうか。…あり得る。御堂さんなら、大いにあり得る。

 

 肝心の映像だが、解像度が低いこともあって釜利谷君の口の動きを解析するのは相当大変だった。釜利谷君だって人に見せるつもりで話しているわけではないのだから、ゆっくりはっきりと口を動かしてはくれない。一応この映像は自動でメモリ内にバックアップが取られるようなので、後でまた再生して確認するしかなさそうだ。

 釜利谷君は10分ほどモノクマと何かを話していた。途中、彼の眉間には何度か皺が寄っていた。ヘラヘラしている姿ばかり見てきた俺としては、彼が苛立った姿を見せることに意外さを感じていた。いったい彼は何を話していたのだろうか。

 モノクマが画面から去ると、釜利谷君は一人ため息をついて肩を落としているように見えた。そして―――。

「っ!!??」

 ―――釜利谷君は()()()を見て、笑いながら()()()()()()()()のだ。

 気付かれていた? いつから?

 俺は汗びっしょりになりながらタブレットを伏せ、しばらく布団の中で息を整えた。数秒後、恐る恐るタブレットを再度覗き込むと、そこにはもう誰もいなかった。どうしよう。何とかしてこの事態を御堂さんに伝えなくてはいけない。しかし今は夜時間で、恐らくリュウ君も見回りをしている。その中で御堂さんのところに向かうのは怪しまれてしまうだろう。―――そういえば、釜利谷君はリュウ君の見回りがある中でどうやって部屋を後にしたのだろう?

 

「……」

「っうわぁぁぁぁ!!!!??」

 サウナのように蒸しあがった布団から顔を出した俺は、更なる衝撃にひっくり返った。俺の目の鼻の先にモノパンダが立っていたのだ。

「布団の中にくるまったままずっと出てこねーから何事かと思ったぜ。オメー正直に言えよ、電子生徒手帳でエロい動画見てただろ」

「ちっ、違う違う!! 電子生徒手帳でそんなことできないだろ!」

 聞くに、布団の中に潜り込んだまま出てこない俺が持病か何かで倒れていないか見に来たとのこと。あらぬ疑いをかけられた俺は必死にそれを否定するが、モノパンダに対してやましいものを見ていたことは事実だ。代替の言い訳を用意できていない状態に焦燥が募る。

「じゃあ、何をしてたんだよ。ナイショのチャットか? エロ話か?」

「一旦エロから離れろよ! …お前に教えてやる義理なんかないだろ。ここは俺の部屋だぞ、早く出ていってくれ!」

 俺は電子生徒手帳を胸に抱え、必死にモノパンダに向かって吠えた。言い訳が思いつかない以上、ごり押しでもなんでもこの場からモノパンダを追い払うしかない。幸いにもモノパンダは今俺が見ていた映像については気付いていないようだ。

「分かったって。オイラはオメーが倒れてないか心配で見に来ただけだからな。そんな悪態つく元気あるならオイラは用無しだ。そういや葛西クンよ、動機映像は観たか?」

「観るわけないだろ! さっさと帰ってくれ!」

 帰るようなそぶりを見せてくるりとこちらに向き直ったモノパンダに心底イライラしながら俺はなおも怒鳴りつけた。

「つれないもんだな。葛西クンの映像は観といた方が今後のためだと思うんだけどな。()()()()も…かなり大事な情報だったりして…。ぎひゃひゃひゃ…」

 悪趣味な笑い声と共にモノパンダは通気口へ消えた。大きなため息とともに俺は倒れ込んだ。短時間の間にいろいろとあり過ぎた。モノパンダの動機を観させようという見え見えの誘導は無視しておくとしても、さっきの映像の方は非常に気になる。何よりカメラの存在に気付いていた釜利谷君が、その向こうで観ているのが俺であることに気付いていたかどうかが一番重要だ。それを探るためにも、彼が何を言い放っていたのか読解しなくてはならない。早急に読唇術をマスターしなくては。

 

 汗をかいた俺はもう一度シャワーを浴びると、冴えてしまった頭を無理やり枕に押し付けて夜を過ごした。しかし、やはりどうにも寝付けない。この数日間で起きたいろんなことが次々に脳裏に浮かんでは目まぐるしく消えていく。この数日であまりにも多くのことが起きすぎた。…そうだ、どうせ寝られないならこれまでに起きたことをメモしておこう。少しは最近のことを整理できるかもしれない。俺はそう思ってベッドから起き上がり、机に手帳を広げてペンを走らせた。

 


 

【一日目】

・希望ヶ峰学園の入学式に参加しようとしたところまでは覚えている。気付いたらこの施設の中にいた。

・同じような境遇の生徒達に会った。彼らは俺と同じく”超高校級”の生徒達だった。

・謎のヌイグルミ「モノクマ」と「モノパンダ」が現れ、”コロシアイ”を命じられた。

・逆らおうとした吹屋さんが落雷によって死亡?した。

 

【二日目】

・丹沢君、伊丹さんと共に施設内の探索をした。不思議な機能のあるトラッシュルームなどを確認した。前木君たちは二階の探索をしていた。

・亡くなったはずの吹屋さんと再会した。

・夜、大浴場でリュウ君から御堂さんの暗号について情報を共有された。御堂さんが実は脱出のための仲間を募っていること、そのためのコンタクト方法として読唇術を用いていることが分かった。

・密かに読唇術の勉強を始めた。

 

【三日目】

・夢郷君の奇妙な一面を知ってしまった…。

・津川さんに暗号を用いた会話を試みたが、上手くいかなかった。

・安藤さん、土門君、吹屋さんと二階を探索した。モノクマから放送室の機能について説明を受けた。

・読唇術の勉強をしたが、あまり成果はなかった。

 

【四日目】

・モノパンダから動機の映像を配布された。動機の映像を観た者は一つモノクマやモノパンダに質問をすることができる。

・小清水さんとリュウ君が動機を観た。小清水さんがした質問は「この中に”超高校級の才能”を認可されていない者はいるか」リュウ君は「自分(リュウ)の才能は希望ヶ峰に認可されているか」を質問した。答えは両方とも「Yes」だった。

・御堂さんから謎のメモリーを渡された。

・しばらく後、リュウ君は動機映像によって「自分の記憶が書き換えられた」と証言した。

・御堂さんが突如食堂に現れ、「脱出の準備が整いつつある」と宣言した。

・御堂さんから渡されたメモリーを見ると、体育館内のリアルタイム映像が映っていた。

・釜利谷君が深夜にモノクマと話している様子を確認した。

 

【動機について】

・メモリーから読み取り、電子生徒手帳で再生する形式の映像

・内容は小清水さん曰く「最初にピカーっと画面が光って、1500年後がどうとか、人類の滅びとか、博物館で流れてるようなゆったりしたBGMにゆったりとしたナレーション」

・映像を観た者はモノクマかモノパンダに一つだけ質問できる。質問に対しモノパンダたちは『はい』『いいえ』『どちらとも言える』『どちらとも言えない』『分からない』のいずれかで答える。

・動機映像を観ると時間差で記憶が書き換えられる効果がある。その記憶が正しいものなのか間違ったものなのかは分からない。

 


 

 一旦こんなところだろうか。動機が出てきてから一気に自体が動き始めた気がする。しかし動機映像は未だに謎だらけだ。質問権というオプションをつけたこと、小清水さんが語っていた断片的な映像内容、そしてリュウ君が語っていた記憶の補正効果……それぞれが繋がりそうで繋がらない。一番確実に動機のコトを理解する方法は今俺の手元にある動機映像を観てしまうことなのだろうが……。それを試すのはあまりにリスキーだ。

 そこに来てさらに御堂さんから提供された映像と釜利谷君の行動だ。釜利谷君が黒幕と何らかの繋がりがあるとするなら、初日からの彼の行動も洗わなければいけなくなる。考えるコトが多すぎる。

 

 そんなことを考えているうちに、疲労した俺の脳は眠気に苛まれていた。熟睡というより、居眠りのような浅い眠りに包まれて俺は夜を明かした。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 ピンポンと激しいチャイムで目が覚めた。そういえば前木君が毎日生存確認のためにチャイムを鳴らすと言っていたのを思い出した。善意であることは間違いないのでありがた迷惑とまで言うつもりはないが、ここまで激しく鳴らさなくてもいいのではないかとは思ってしまう。

「んぁ……おはよう」

「おはよ。今日も全員無事だな」

 朝早いにも関わらず前木君は元気そうな様子でガッツポーズを決めた。食堂に行く道中、いろいろなことが頭の中を目まぐるしく駆け巡ってしまい、前木君の話にもうわの空といった様子だった。動機のこと、釜利谷君のこと、気になることが多すぎる。

 

「おはよ……ってあれ? 御堂さん…?」

 食堂に着くと、思わぬ人物の存在に狼狽することとなった。これまで一度も食事会に出席することのなかった御堂さんが、テーブルに足を上げていちごミルクの紙パックを握りしめ、座っていたのだ。チューチューとストローでいちごミルクを吸い上げながら、いつも通りの鋭い目でこちらを見つめている。なんというか、態度と飲んでるもののギャップが凄い。

「さっさと座れ。時間が惜しい」

「御堂君。もうちょっと、もうちょっとだけ足を上げギャッ」

 夢郷君のスケベな要求に対して足のベルトに差していた定規を投げつけつつ、御堂さんはそう促した。俺は怪訝な顔をしながらも席に着く。

 

「どういう風の吹き回しだ…」

「どうも何も、この時間にここにいれば貴様ら一人一人に声をかけて全員集合させる手間が省けるからだ。昨日私が話した内容について補足があってな」

 警戒心を隠さないリュウ君の言葉に、澄ました様子で御堂さんはそう返す。

「補足…でござりますか?」

「このコロシアイ生活が既に佳境に入っていることは貴様らも認識しているだろう」

『オイ!! 一人も死者が出ないで佳境ってどういうことなのさっ!!』

「うわぁっ!?」

 いつの間にか俺達の後ろにいたモノクマがいきなり声を発したものだから、俺を含め何人かは飛び上がりそうになった。

「貴様ら黒幕どもの見通しが甘かったということだ。もうすぐ我々の脱出の手筈は整う。だが、その前に―――排除しておかなければならない不安要素もあるはずだ」

『ずっとぼっちだったクセに急に仕切りだしやがって! オマエラももっと文句言ったら? 裏アカで思いっきり誹謗中傷したら?』

「いや、普通に御堂さんの言うこと気になるし…」

「無視無視。御堂、続けろ」 

 釜利谷君があくび混じりに吐き捨てると、呼応するように御堂さんは続ける。

「先日、小清水彌生が興味深い話をしていたな」

「ああ、メキシコジムグリガエルさんの近縁系統種の考察ね」

「いやなんの話だよ!」

「そもそもカエルは昆虫ではないのでは…?」

「なんなら天敵ですね…」

 小清水さんは御堂さん相手でも平気でハチャメチャな回答をする。悪意も疑問もなくこういう返しをしてくるから本当にタチが悪い。悪態をつくのも面倒と思ったのか、御堂さんは素直に軌道修正をはかった。

 

「”内通者”の話だ。そこを明らかにしないことには喜んで脱出、というわけにもいかないだろう」

「……!」

 小清水さんが先日語った内容で俺達が気になる話と言えばただ一つ。動機の映像と引き換えに彼女がした質問とその答え。”この中に才能を認可されていない人物がいる”という答えから推測された怪しい人物―――内通者の存在。もし、俺達の脱出を阻む者がモノクマたち以外に存在するとしたら、それは間違いなくその内通者だろう。

「まあ、才能を認可されていないというだけで内通者と決めつけるのもどうかと思うがな。少なくともこの施設内で怪しい動きをしている者は見つけた」

「怪しい…!? マジで…!?」

 亞桐さんが身を乗り出す。怪しい人物などいないと信じたかった彼女にとってはその真偽を確かめたいところだろう。

「その人物が誰なのか…知っているのは私ではない。そうだろう、葛西幸彦」

「え?」

 

 全員の視線が俺に集中する。一瞬、何が起きたのか分からなかった。この流れで俺の名が呼ばれるという事象を全く想定していなかったのだ。

「深夜帯、封鎖されているはずのとある場所に人が侵入した形跡があった。そこに細工をしてカメラを仕込んでおいた。映っていただろう? その人物の名を言え」

 御堂さんの鋭い視線が俺の身体を貫く。昨日見た光景ははっきり覚えている。釜利谷君が体育館に侵入し、モノクマと何かを話していたこと。しかし、今ここでその暴露を求められるとは全く思っていなかった。

「ちょ、ちょっと待つでありんすよ! なんでユキマルに話が飛ぶんでありんすか? そのカメラを設置したのはママでありんしょ?」

「設置したのは私だが、映像を見たのは葛西幸彦だからだ。仮に私が『内通者はコイツだ』などと言ったところで貴様らそれを信用するか?」

「せ、拙者は信じまするぞ!」

「吾輩は信じないぞよ」

「安藤殿〜!!」

『イヤッフゥ! 流石安藤さん! そういう良い意味で空気読まないトコ、最高にイカしてるねえ!』

「お前はアキネの5億倍信用してないから安心するぞよ」

『ゲハッ』

 仲間達から出てきた疑問に滑らかに御堂さんは答える。初日に敢えてあんな言動をしたこととで、自分自身が周りから信頼を得られていないことも承知済みでこの計画を練っていたということだ。

「この数日間貴様らの行動を観察し、誰が1番貴様らの中で信用を得られる人物かを推定した。その結果、この男が適任だと思った。それだけの話だ」

「………」

 恐らくそれは建前で、本当はあの読唇術のメッセージを見破ったかどうかが選出基準だったのだろう。しかし、リュウ君は俺よりも先に見破っていたし、釜利谷君もあれを見破ったような素振りを見せていた。彼らではなく俺を選んだ理由は分からない。…まさか人格面とかで信用に値するからだったりするのか? いや、それは流石に調子に乗り過ぎか。

 

「確かに俺は昨日…御堂さんから隠しカメラの映像にアクセスできる媒体を受け取った」

 御堂さんにこうまで言われてしらばっくれる意義も度胸もない。俺は素直にそう打ち明けた。しかし、その前に俺からも彼女に聞いておかなければいけないことがある。

「けど…御堂さん。俺がその映像をきちんと見たっていう確証も、その映像に内通者が映っている確証もないわけでしょ? この場でそれを打ち明けたらもう後戻りはできないのに、どうして今この場でそれを?」

 イチャモンをつけたり、嫌味を言いたかったりしたいわけじゃない。実際、俺はちゃんと映像を見たし、そこに釜利谷君も映っていた。けれど、今ここでその話を切り出すのは、わざわざ暗号や読唇術まで使って脱出計画を遂行しようとした彼女にしては博打が過ぎるのではないか、彼女を信じたいからこそその根拠は明らかにしておきたいと思ったんだ。

「ほう、貴様如きが私の肚を試すとはな。ならば答えよう。―――私自身の勘と貴様の誠実さを()()()からだ。この答えでは不満か?」

 今までに見たことがないほど真剣な目で彼女はそう言った。

 初日に『誰とも関わるな』『誰も信用するな』と忠告したはずの御堂さんが『信じる』と告げた事実。それは、紛れもなく初日の発言がブラフに過ぎなかったことを証明する証拠であり、脱出に向けた計画が最終段階に映ったことを意味していた。後戻りなどできない、しなくていいところまで来たのだ。

 

「さあ、次は私が試す番だな。私の信頼を無為にするなよ、葛西幸彦。貴様が見た内通者の名を正確に言え」

 彼女の真意を聞こうとして放った質問が、かえって自分の首を締めることになってしまった。逃げ場も何もないこの場で俺は今、内通者…釜利谷君の名を告げなければいけない。彼は今、何を思っているのだろうか。いや、それよりも……俺は本当にその名をここで告げなければいけないのか?

「葛西幸彦。今更何を躊躇うことがある? ここで何も言わなければ私の博打は全て水泡に帰す。早くその名を言え。言うのだ」

「……………」

「葛西様、本当に内通者をご存知なのですか…?」

「シッ。今は彼の心を整理させてあげたまえ。落ち着いたら名前を聞かせてくれないか、葛西君」

「ゆっきゅん……」

 みんなが俺の顔を見つめる。俺の位置からは見えない釜利谷君の表情は一体どうなっていただろうか。

 

 

 

 


 

 

「自分の好きなように生きることに理由なんてねーだろ。それが自然な生き方だからだ」

 

 確かに最初から彼の言動は怪しいものばかりで、吹屋さんはじめいろんな人に対するデリカシーのない発言も目立っていた。けれど、昨日自ら身の上と信念を語っていた彼の言葉が嘘には思えなかった。俺がお人好し過ぎるだけなのだろうか。きっとそうなのだろう。どう考えたって今この場で容赦なく釜利谷君の名を告げた方がいいに決まっている。

 けれど、ここまで言い逃れのできない状況になってなお、あの映像が見間違いだと思いたい自分がいる。見間違いじゃなかったとしても、何かのっぴきならない事情でモノクマと話していたんじゃないかと好意的に解釈したい自分がいる。まだ俺は、彼のことを知らない。知り尽くしていない。もっともっと、彼のことを理解できるはずだ。そうすれば、彼が何を思ってこれまでの言動をとったのか、理解できるはずなんだ。それなのに、俺は…。

 

 


 

 

 

 

「もういい、御堂。そこまでだ。オレの負けだよ」

 汗だくになりながら必死に口を動かそうとする俺を止めたのは、釜利谷君の声だった。

「コイツが体育館で見た内通者……このコロシアイの一部管理を任されているモノクマの協力者はオレだ。そうだろ、葛西」

「それは………」

 ハッキリと言葉にして返しはしなかったが、俺のリアクションを見てそれが真実であることは誰の目にも明らかだった。

「ま…まさか…。そんなあっさりと……」

「三ちゃん…?? 嘘だよな…?」

『そんな…まさか釜利谷君が…!?』

「なんでオメェが驚いてるんだよ!」

 当然、その場にいるほぼ全員からどよめきが湧き上がる。内通者がいるかもしれないという事実だけでも受け入れがたいものだったのに、それをこんなにもあっさりと本人が認めたのだから。

「…こう言っては悪いけど、初日から貴方の言動が怪しかったのは事実だわ。じゃあ、貴方は学園から才能を認可されていない自称"超高校級の脳科学者"ってことでいいのね?」

 場のどよめきに上から被せるように伊丹さんが念押しする。小清水さんが動機で聞き出した”自称超高校級”の存在。小清水さんの推理ではその人物が内通者ということだったが……本当に彼がそうなのだろうか。

「いーや、オレは正真正銘"超高校級の脳科学者"だよ。小清水が言ってた才能自称奴はオレじゃねえ。オレは()()()()()()だ」

「えぇ!? じゃあ今までの前提が崩れるじゃないですか!! 内通者=才能自称者だっていう話でしたよね!?」

「私は内通者()()()って言っただけよ。別に他の事情で才能があるフリをしなきゃいけないこともあるんじゃない? 知らないけど」

 頭を抱えて叫ぶ山村さんに小清水さんがココアを呷りながら澄ました顔で答えた。結構重大な推理だったはずだが、彼女にとっては何の執着もないいち仮定に過ぎなかったらしい。

 

「待て。話題がとっ散らかるから一旦才能自称奴の話は忘れて三ちゃんの話を聞こうぜ」

 と、土門君が制した。才能を認可されていない人のことも気になるが、今は釜利谷君の話を聞く方が先だ。

「三ちゃんよぉ……本当にモノクマの一味だって言うなら…何をどこまで知ってるのか嘘偽りなく話してくれねえか…。オレっちだってまだ三ちゃんがモノクマみてぇな悪い奴だって信じたくねぇんだよ。何か事情があったんだろ…?」

 土門君が問いかけると、釜利谷君はいつものヘラヘラした笑みを消して神妙な面持ちで語り出す。

「オレの担当は”記憶”だ。今までに培った脳科学の技術を記憶の分野に活かして黒幕に協力したってワケだ」

「記憶…?」

「ああ、このコロシアイを実現するために邪魔になる”記憶”を人為的に()()したんだ」

「どういう…ことでしょうか?」

「まあ端的に言うとお前らは既に希望ヶ峰学園に入学し、同級生として一年以上を過ごしていたのさ」

 釜利谷君がさらりと語った言葉には、俺達を動揺させるのに十分な重みがあった。俺達が既に一年以上共に過ごしていた? そんなバカな。

「一年…!? 私達が…? でも私達はつい先日入学しようと思って学園を訪れたはずで…合ってますよね…?」

「ソコがまさに記憶の操作箇所だってコトだよ。お前らは今、学園で過ごした一年余りの記憶を失っている。…ま、失ったと言ってもあくまで()()だ。オレの研究成果をもってしても、脳を傷つけずに記憶を()()するってのは難しいんだ。今は記憶機能の一部を意図的に眠らせてる状態だ。何か()()()()があれば蘇ることもある」

 釜利谷君は淡々と記憶の処理について語る。言葉に詰まることもなく、滑らかに話していく姿には、動揺や焦りは感じられなかった。かといって今までのような透かした態度も感じられない。

「そ、そんな…。いきなり一年間過ごしていたなどと言われましても俄かには…」

「貴様らがどう喚こうと、我々が認識している時間と実際の時間に乖離があることに間違いはない。その証拠がそこにいるのだからな」

 御堂さんは動揺する俺達の言葉を遮ってそう告げ、一人の人物を指差す。その指先にいるのは…吹屋さんだった。

「こら! 人を指差さない!」

「今そんなコト気にしてる場合か!」

「この女が今こうして動いていること自体がその証拠だ。何故なら私はアルターヒューマンの開発をするために希望ヶ峰学園の入学を承諾したのだからな」

「そ…そうなの?」

 吹屋さん自身が語ったところによれば、アルターヒューマンとは”超高校級のプログラマー”が開発した人工知能”アルターエゴ”に人間型のアンドロイドを組み合わせ、さらに電子化された超高校級の才能を搭載することによって生まれた”人工の超高校級”だという。彼女の目的がそれを開発することだとしたら、確かにその完成品が既にこの場にいることはおかしい。その矛盾を解決する答えこそ、俺達の記憶から失われた一年余りの日々ということになるのか。

 

「アルターヒューマンを開発し得るのは現生の全人類においてこの私ただ一人だ。その私にしか生み出せないものが目の前にいる…。これこそ即ち自分自身が認識している時間と実態の乖離。我々に失われた時間が存在することの証拠だ」

「なんと申しますか…ものすごい自信ですな…」

 全人類の中でアルターヒューマンを生み出せるのは自分だけ。その自負が彼女に失われた時間への気付きを与えた。しかし、そう告げられてもなお信じがたい事実だ。今この場にいる全員が、実は既に一緒に学園生活を繰り広げていた同級生だったなんて。仮にそうだとしたら、俺たちは一年以上連れ添った仲間たちとコロシアイをさせられているのか? ますます気が狂いそうだ。

 

『ちょっと!! 何サラッと明かしちゃってんのさ! ”今までコロシアイしてたのが実は仲良しこよしの同級生でした”っていう絶望を味わうための要素じゃん! コロシアイ起こる前に判明したらダメじゃん!』

 モノクマが両手を振り上げて怒っているのか泣いているのか分からない形相を浮かべている。こいつの話に耳を傾けるだけ無駄だと思うが…。

『まあでも、原作知ってる人なら慣れた展開だし別にいいか。続けて』

「なんだコイツ…」

 モノクマの意味不明な発言に戸惑いつつ、一同は釜利谷君へと視線を戻す。

「…ま、すぐには信じられねえだろうが事実は事実だ。お前たちの記憶は”抑制”されてるが、技術的にはまだ未熟な領分の操作だ。ちょっとした衝撃で唐突に思い出すこともある」

「なるほど! では試しに誰かを殴ってみてはいかがでしょう!」

「空手家が言うとシャレになりませぬぞ!!」

「何も思い出すための衝撃は物理だけとは限らねえ。感情や心理的ストレスがそれを担うこともあるが…どっちにしろ意図して狙うのはオススメしねえが―――そういう危険な方法を取らなくても人為的に抑制された記憶の一部を復活させる方法もある」

 いつしか俺達は釜利谷君の話に聞き入っていた。内通者であることを自認している彼の話を鵜呑みにしていいはずもないのに、その内容は俺達を夢中にさせるのに十分だった。

「それが”動機映像”か」

 ふと口を開いたのはそれまで沈黙を保っていたリュウ君だった。

「ああ。モノクマは”思い出しライト”とか呼んでたな。映像の最初の方にピカッと変なフラッシュが出ただろ? あれを浴びると数時間かけて記憶の一部が復活していく。ただし復活できる記憶は抑制されたものの中からランダムに選ばれる。復活する量もまた然りだ。そこまでを細かく制御できる技術はまだ無い」

「だから、私とリュウ君が動機映像で思い出した内容に差異があったのね。変なコト思い出さなくて良かった!」

 小清水さんがガッツポーズと共にそう言った。リュウ君は自身の境遇について相当数の記憶を思い出し、そして動揺していた。対して小清水さんは「自分が昔内気だった」ということを思い出したに過ぎない。釜利谷君が言うには、思い出しライトによる思い出し効果は完全にランダムで、それによってそのような差が生じたという。

「待て。お前の口ぶりだと”失われた記憶が蘇る”という言い方だったが…俺は”既に存在する記憶が書き換えられる”ように感じた。この差はなんだ?」

「ああ。元々お前の頭にあった記憶ってのは、脳が消えた記憶を補完しようとして生み出した幻想だろ。夢を見ている間とかに見たモノを本当の記憶だと思っちまうんだ。これはオレの操作じゃなく人間の脳自身に備わった機能だよ。それが思い出しライトによる本来の記憶に書き換えられたんだろ」

「難しくてよく分かんねえけどよ……要は動機映像を観ればオレっち達の失われた記憶の一部が戻って来るって…ことなんだろ?」

「そういうことだ。これが、昨日御堂が語っていた”動機による記憶の書き換えと自分の記憶との乖離”の真相だよ」

 昨日、御堂さんはこの動機について「自分の記憶を信用できなくさせることで外に出る欲を高める」ことが目的だと語った。そして、今の釜利谷君の話で動機によって呼び起される記憶が「失われた一年余りの記憶」の一部であることが分かった。釜利谷君の話は御堂さんの話と齟齬はなく、むしろそれを補強している。

「むむっ、それを聞くとむしろ動機が観たくなってきたの~。吾輩はどんな一年を過ごしていたのか…」

『おっ、いいねぇ安藤さん! 観ちゃお観ちゃお』

「いけませぬぞ、安藤殿!」

「でも、動機で得られる記憶が確実に有益なものって分かっただけでも結構観る価値が出てきたでありんすよ!」

「それはそうですが…」

「いい加減にしろ。この期に及んで釜利谷三瓶の口車に乗せられてどうする」

 場のざわめきを沈めたのは御堂さんの一声だった。

「記憶がどうこうなど関係あるものか。今の我々に必要なのは脱出、それだけだ。釜利谷三瓶の悪あがきに諭されてわざわざ動機映像を観る馬鹿がどこにいる」

 そりゃあ、モノクマが用意した映像なんだから動機なんて観ない方がいいに決まっている。確かに釜利谷君の言葉は巧みで、動機映像に関する興味が深まってしまった。しばらく真面目な顔をしていた釜利谷君は久しぶりに笑顔に戻り、肩をすくめた。

 

「回りくどい問答はこの際必要ない。釜利谷三瓶、貴様がどういう動機や経緯でそのポジションに就いたのかは私には興味が無い。ただ一つ私の質問に答えろ。このコロシアイの"黒幕"…貴様の雇い主は一体何者だ?」

 御堂さんは威圧的に問う。釜利谷君に聞きたいことは山ほどあるが、それらを全てすっ飛ばして核心的な質問に移った。俺達に狂気のコロシアイを強いた者。謎のヌイグルミを操り、天変地異のような不可思議な事象まで操る黒幕。希望ヶ峰学園を模したこんな施設を用意し、ありとあらゆる周到な準備で俺達にコロシアイをさせようと目論む能力と意志を持つ者。その正体が一体誰なのか、気にならないはずがない。―――だが。

「あー。それ聞くのか。なら答えはこうだ。”知ってるが、言わねえ”。()()()()()()()()、言わねえ」

 釜利谷君は首を横に振って重い口調でそう告げた。”言わない”。自らモノクマの内通者であることをあっさり独白した彼が、黒幕の名は言わないと告げた理由は、一体…。

「この期に及んで駆け引きができると思っているのか? それとも私達が貴様を殺せないからと高を括っているのか? リュウ、拷問術は心得ているだろう?」

「気は進まんが……必要ならば」

 御堂さんの言葉に応じるように、リュウ君がそう答えた。

「ちょ、ちょっと! 拷問なんてやめてよ! そんなことしたらモノクマと一緒だって!」

『失礼な! ボクはそんなハンパなコトはしません! 殺るか殺らないか、それだけなの! クマにはクマの美学があるんだよ!』

「亞桐の言うとおりだと思うけど…。三ちゃん…。黒幕の事、知ってるなら教えてくれよ…。俺もいきなりいろいろ告げられてホント混乱してるんだけどさ…。でも俺、三ちゃんの事まだ信じたいんだよ」

 前木君が縋りつくような声でそう言うと、釜利谷君は大きくため息をついた。

「寄ってたかってボコられようが、爪剥がされようが骨砕かれようが臓物引きずり出されようが、何されても言わねえ。()()()()()()()()()()言わねえんだ。オレから言えるのはそれだけだ。この話はもういいだろ。さっさとオレをふん縛って脱出しろ」

「ふむ……。彼の意志は相当固いようだね。これは押し問答を続けていても時間の無駄ではないかね? そもそも僕達の目的はここから脱出することだ。黒幕が誰なのかは分かるに越したことはないが、必須ではないと思うよ」

 ここまで言われても釜利谷君の意志は固く、それを察した夢郷君がそう提案した。飄々としていて自由な釜利谷君だが、今の彼には普段からは想像もつかないくらい壮絶な覚悟を感じる。一体何が彼をそうさせようとしているのか。

「では望み通りそうさせてもらうか。リュウ、体育館横の倉庫にロープがあっただろう。持ってきてコイツを椅子に縛れ。電子生徒手帳も預かっておく。怪しい真似は何もさせない。私は脱出経路の最終確認をする。その間、貴様らは釜利谷三瓶から目を離さないように好きに過ごしていろ」

「……あぁ」

 リュウ君は冴えない返事と共に立ち上がる。何か気がかりなことがあるのだろうか。まあ、この状況で気がかりが無い方がおかしい気もするが…。

「え? 最終確認って……あちき達今日脱出できちゃうんでありんすか?」

「私の予想通りなら、な。そのための最終確認だ。上手くいけば今から一時間程度で最初の脱出者が出るだろう。脱出手法は最終確認のうえ、手法が確定したら伝えてやる」

 御堂さんは淡々と告げる。本当にこのコロシアイはこんな形で幕切れなのだろうか? と思いモノクマを見てみると…。

『えぇ~っ!! あと一時間って! ちょっと、そんなの前代未聞だよ!! 仮にもロンパの名前背負った作品がそんなことしたらタイトル詐欺もいいところだよ!!』

 モノクマは手足をばたつかせて騒いでいる。その慌てぶりは演技には見えない。

「相変わらず訳の分からないことしか言わないわね。素直に負けを認めたらどう?」

 伊丹さんの呆れ半分の言葉にも耳を貸さず、モノクマは腕を振りまわして叫ぶ。

『認められるわけないだろーっ!! 仮に一人二人脱出したって、コロシアイが起きうる限りこのコロシアイ生活は終わらないんだ! ボクはぜーったいに諦めないぞ!』

 モノクマはなおも吠える。

「一つ、いいかな? 仮にここにいるメンバーの何人かが脱出した状態でコロシアイが起きてしまったら、脱出したメンバーも学級裁判とやらをしなければいけないのかな?」

 ふと、夢郷君が挙手と共にそう尋ねた。

「おいおい、これから脱出って時にそんなこと考えるもんじゃ…」

「前木君、こういう時こそ最悪の想定は必要だよ。後出しでルールを追加されては僕達もたまったものではないからね」

『そんなコト言い出したら、そもそもボクはコロシアイに勝つ以外の脱出なんて想定してないんだよ!! 仮に百億万千歩譲ってそんなことができたとしたら、もうそんな人のことは知りません! ボクの管轄外です!』

「…じゃあ、コロシアイが起きたとしてもその時点で脱出していた人は裁判に参加する必要はないってことでありんすね!」

『逆に! どんなに脱出ギリッギリ手前だったとしても、死体が発見された時点で学級裁判への参加は強制です! 従わない場合はその場でオシオキ! グングニルのハリネズミになってもらうよ! 口頭ベースで伝えて後からグダグダ言われるのもアレだから校則に追加しとくね♪』

「グングニルのハリネズミ…?」

 そう言ってモノクマがその場でくるくる回ると、俺達の持つ電子生徒手帳がピロリンと音を鳴らす。何事かと思って画面を起動すると、ホーム画面に表示されている「校則」に通知マークがついていた。開くと、下記の校則が最後に追加されていた。

 

”以下の条件を全て満たす者は必ず学級裁判に参加すること。参加を拒否する態度を露わにしたものはその場でオシオキします。なお、学級裁判の結論として投票できる対象には、裁判に参加していない者も含まれます。

・生徒名簿にプロフィールを記載されている生徒であること。

・死体発見アナウンスが鳴った時点で生存していること。

・死体発見アナウンスが鳴った時点でこの建物の内部にいること。”

 

 言ったことはすぐに実現する。モノクマやモノパンダは確かにそういう強権の持ち主だったことを思い出した。しかし、これだけの強権を持っていながら脱出自体を禁止できない理由は一体なんなのだろうか?

「…随分と準備がいいのね。まるでこれからコロシアイが起きると確信してるみたい」

 伊丹さんが敵意の籠った目つきでモノクマを睨みながらそう言い放った。

「下らん悪あがきだ。我々の動揺を誘いたいだけだろう」

 そんな伊丹さんには目も暮れず、御堂さんは背を向けて食堂の出入り口に向けて歩き出した。

「これ以上待ってもいられんのでな、私は脱出の最終準備に取り掛かる。貴様らは余計なことをせずここにいろ」

 御堂さんの背中が扉の向こうへ消えると、全員の視線はわなわなと震えるモノクマへと戻る。

『ここまでやっても冷や汗一つ流さないなんてっ…! それでもボクは諦めないぞ! 絶対に、絶対にコロシアイは起こるんだ! とうっ』

 その言葉と共にモノクマは通気口へと消えた。果たして黒幕がこのまま黙って引き下がるのだろうか。彼らは吹屋さんに雷を落としたようにその気になればこの場の全員を簡単に殺せる力を持っている。しかし、そうやって脅してコロシアイを起こさせたところで彼らの目的とも異なった結末になってしまうことも想像がつく。結局のところ、俺達は自分たちの行く道を信じて脱出に向かうしかない。

「俺も行くとしよう。お前たち、あまり不必要に釜利谷と会話するなよ。まだ何か企んでいるかもしれないからな…」

 意味深な言葉を残してリュウ君は食堂を後にし、御堂さんもその場を去った。後に残されたのは、すごく重苦しい雰囲気の俺達だけだ。このコロシアイ生活に残された最後の一時間…俺達はどう過ごすべきだろうか?

 

「は~、朝っぱらから疲れるわ。メシ食ってていいか? どうせしばらく食えなくなるだろ」

 二人が去るや否や、釜利谷君はいつもの表情に戻った。

「あぁ……いや、一人にさせたらダメなのか?」

 一瞬同意しかけて慌てて考え直す前木君。友達がデスゲーム主催者の仲間なんてシチュエーションは当然みんな初めてだから、何をどう対応していいのか混乱しっぱなしだ。

「オレっちが厨房についてくぜ。オレっちなら何かあっても力負けすることはねえし…」

 と、土門君が名乗り出た。今いるメンバーで腕っぷしで確実に釜利谷君に負けないと言えるのは彼と山村さんくらいだろう。そんな彼が監視役を願い出てくれるのは俺達としてはありがたい話ではある。

「しねーよ、何も。疑われたモンだな…」

 釜利谷君の乾いた笑いと共に二人は厨房に入っていった。

 

「これで上手くいくんでしょうか…? 私にはモノクマ達が黙って私たちを見逃すとは思えませんが」

「あの山村君がマトモな指摘をするとは。この状況の異常さが伝わってくるね」

「褒められちゃいました♡」

「山村殿、恐らく褒められてはおりませんぞ…」

 夢郷君の皮肉はともかく、山村さんが不安を覚えるのは至極当然だ。結局、俺達は御堂さんの言われるがまま振り回されているだけで自分では何もしていない。だからこそ、いきなり脱出と言われても何も実感が無いのだ。

「三ちゃん…本当に黒幕の手下だったのか…? 未だに信じられねえよ…昨日だってあんなに楽しく遊んでたじゃんか…」

「それは……土門様が仰られたように、何か事情があってやむを得ず協力させられていた可能性もありますから。残された時間で彼と対話しましょう」

「しかし入間殿……リュウ殿は釜利谷殿と不必要に話すなと…」

「ですが、このような状況だからこそ信じあい対話しなくては。仮に御堂様が脱出を成功させた場合、彼を置いていくのですか? 仮に彼が悪いことをしたとしても、きちんと外に連れて行って正当な方法で裁く必要があるはずです。彼にも外に付いて来て頂く以上、対話は必要不可欠です。と、いうより…それくらいしないと私が何も皆様に貢献していない気がしまして…」

 入間君のその言葉は、前半は力強く意志に溢れ、後半は弱々しく自信を失っているように聞こえた。彼もまた御堂さんに任せきりな状況を歯がゆく思っているのだろう。

「天才サマの考えるコトは違うな。誰かがやってくれるなら自分はサボってればいいだろうに」

 そんな入間君を茶化すように、土門君に連れられた釜利谷君が戻ってきた。衆人環視の中、持ってきた(温めてもいる)レトルトのグラタンを美味しそうに頬張っている。

 

「黒幕が誰か言えないのならさ、黒幕とどうやって知り合ったかは言えない?」

 そんな釜利谷君に、小清水さんが興味深そうにテーブルから身を乗り出して尋ねた。

「言うほどのことでもねえよ。ちょっと前に知り合ったくらいの仲だ。いろいろあってこうなっただけさ」

「そのいろいろが気になるんだけどな…」

「さっきから適当なコトばかり……いい加減にしてよ!」

 と、釜利谷君に近付く人影がいた。さっきからほとんど何も喋っていなかった津川さんが、すごい勢いで釜利谷君の方に掴みかかった。

「ちょ、落ち着けよ津川!」

「よう、オレを殴ってスッキリしたいのか? メシ終わった後ならいいぜ」

「全然……納得なんてできないなりよ!! 大事なことは適当にはぐらかしてばっかりで…。さんぺーきゅん、キミがリャン様たちの仲間でいたいなら変に誤魔化さないで全部教えてよ!!」

「つ、津川さん……」

 津川さんの目には涙が浮かび、本気度合いが伝わってくる。みんながみんな、御堂さんや小清水さんのように冷静に事態を受け止められるわけじゃない。俺だって何が何だか分からないんだから。

「よし、分かった。お前は何が知りたいんだ?」

「………」

 釜利谷君がそう問いかけると、津川さんは釜利谷君の肩を掴んだままガクリと頭を落とした。

「つ、津川さん? どうしたの?」

「…ごめん…なさい。…ついムキになっちゃったなりね。ちょっと落ち着いた」

 急に津川さんは頭を上げると、そう言って椅子に座り直した。

「不安になる気持ちは分かるし、僕も同じ気持ちだ。そういう気持ちをため込まないで吐き出すのは大事なことだよ、津川君」

「なんかコイツがマトモなこと諭すの…ムカつく。でもリャンちゃん、コイツの言うことも一理あるよ。嫌なことがあったらウチにも相談してね?」

 そんな津川さんに、夢郷君と亞桐さんがねぎらいの言葉をかけた。恐らく、津川さんにも相当な心理的ストレスが蓄積されていたんだろう。

「どうせこの後脱出するんだからよ、変なコト考えないで出た後何するかでも考えてればいいじゃねえか。後ろめたいコトばっか考えんなよ」

「いろいろはぐらかしといていいご身分だわ」

「君が腹を割っていろいろ話してくれれば済む話なのだがね。ま、それも脱出までの暇つぶし程度に僕は思っているが」

「きっちり話したじゃねえか、記憶の話をよ。皆まで聞くなよ」

「聞くなと言われても気になりますし…」

()()()()()()()()()んだって」

「………!」

 グラタンを食べ終わった釜利谷君はコップの水を飲み干すと、ぐっと背伸びをした。とても正体を暴かれた内通者とは思えない、のんびりとした態度だ。しかし、彼の話し方というか言葉選びというか…若干不自然に思えるのは俺だけだろうか?

 

「さーてと。メシ食ったらトイレ行きたくなっちまったな。誰か連れてってくれよ。オレ一人で行かせられねーだろ?」

 ご飯を食べ終わったかと思うと、次に釜利谷君はそんなことを言い出した。

「ご飯の次はトイレって…本当に拘束されてる自覚あるんですか?」

「生理現象に文句言われてもな。ごちゃごちゃ言ってるとここでブチまけるぞ」

「デリカシーのカケラもないでありんすね!! もうちょっと上品な言い方はないんでありんすか!?」

「分かった分かった、オレっちが連れてくよ」

 険悪な雰囲気になりかけたのを見かねて土門くんが再び腰を上げた。

「ですが、流石に廊下まで出られるのであれば土門様お一人では不安ではありませんか?」

 と、入間君が忠告する。厨房と違いトイレは一度廊下に出ないといけない分、釜利谷君が何かするのではないかという不安はより大きい。

「分かりました、では私がトイレの手前まではご一緒します! 私なら絶対に遅れは取りませんからね!」

「しかし頭脳という面では不安が残るね。僕も着いていくよ」

「…おぉ、そうか、助かるぜ」

「わあ、ありがとうございます!」

「山村殿はもう少し夢郷殿の皮肉に敏感になった方がよろしいかと…」

 と、山村さんと夢郷君がそれぞれ土門君たちに同行することを名乗り出た。男子トイレにも土門君と夢郷君は入れるし、これだけの見張りがいれば変なことはできないだろう…と思いたい。

 

「もう…リュウがさっさとロープ持ってきてくれればこんな不安になることもないのに」

「言ってもまだ食堂出てから10分経ってないくらいだからな。あの倉庫広いし結構探すの時間かかると思うぞ」

「怪しいことなんか何もしねえってのに」

「アンタのそれを信用できたら苦労しないんだっつーの!」

 そんな亞桐さんの苛立たしげな声を背中に浴びながら、釜利谷君たちは食堂を後にした。土門君と夢郷君にガッチリ二の腕を握られていたし、流石に大丈夫だろう。

 

「にしても濃い数日間だったの〜。吾輩ここでインスピレーションをいっぱい貰えたぞよ」

 だいぶ気が早い気がするが、安藤さんはもうここでの生活の総括を始めていた。確かに人生で経験したことのないことをたくさん経験した。

「本当に無事に脱出できるんだよな、俺達…?」

「トコナツ、そういうの言いまくるとフラグになるから言わない方がいいぞよ」

「暇なら動機でも観てればいいじゃない。映像作品としては結構面白かったわよ?」

「また小清水はそんなことを…」

 みんなが各々思うことを話している中、一人じっと俯いている津川さんが俺の目に留まった。

「…津川さん。どうかした?」

 今朝からずっと黙っていることや、先ほどの釜利谷との会話を思い返しても何かがおかしい。彼女の心中に何かがあったのだろうか。

「ううん、ごめんね。外のこととか考えたらちょっと不安で…」

 津川さんは目を伏せながら唐突に俺の袖を握ってきた。ちょっとドキッとした。…と思ったら小清水さんが怖い顔で近付いてきた。イヤな予感しかしない。

「ちょっと。前にも言ったけど葛西君は私の専属雑用奴隷兼専属汎用召使い契約を結んでいるの。勝手に色目を使わないでくれる? 女の子の手はおろか服すら触ったことのないオス序列最下位の葛西君はそういうことするとすぐ勘違いして調子乗っちゃうんだから」

「もう何からツッコめばいいか分からないよ!」

 流れるような罵詈雑言を並べ立てて津川さんに謎の牽制をする小清水さんだが、津川さんは俺の袖から手を離しつつも表情を変えることはなかった。

「あなた、さっきから様子が変だけど何かあったの? 人間さんの生態になんか興味ないけど脱出前にトラブルを残されるのも面倒だから何かあるなら吐いちゃいなさい」

 そんな津川さんに小清水さんが呼びかける。小清水さんは小清水さんなりに津川さんを気にかけているのが伝わってくる。

「あ、私に吐かないでね。解決するのは葛西君だから」

「じゃあなんでしゃしゃり出てきたんだよ!」

 思わず素で突っ込んでしまった。君が声をかけなくても俺が話を聞こうとしていたのに。

 

 そんな俺の様子を横目で見た津川さんは、ポツリとこう呟いた。

「ゆっきゅんは信じられる? ―――()()()()()()()()()()()を」

「え?」

 一見して意味の分からない問い。何か哲学的な背景を孕んでいそうなその問いに、俺が答えることはなかった。

 

 バチン。そんな音と共に俺の視界は漆黒に染まった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「おおっ!? これは思わぬ展開!」

「え、え、何!? 何!?」

「ちょ、押さないでギリポン!」

 真っ暗な視界の中、安藤さん、亞桐さんと吹屋さんの声に混じってガタゴトと激しい物音がする。一体何が起きた? 

 食堂の照明が落ちたのだと数秒かけて俺は理解した。

「みんな、慌てないで。停電よ。仕掛けたのはおそらく黒幕ね…」

 伊丹さんの声と共にぼんやりとした光が俺の視界に取り戻された。それは、伊丹さんが起動した電子生徒手帳の光だった。続いて何人かの人が電子生徒手帳を起動した。まだ暗いとはいえ、とりあえずこの場のある人の顔くらいは見えるようになった。

「停電!? 黒幕も追い詰められたとはいえ大胆なことをしますな…」

「皆様、大変です! 食堂のドアが開きません!」

 丹沢君の声に続いて入間君の慌てた声が聞こえてきた。見ると、食堂のドアがロックされた状態になってしまったようだ。

「おい! こんなことまでするなんてズルもいいとこだろ! 出てこいよモノクマ!」

 前木君が叫ぶが、モノクマもモノパンダも出てくる気配はなかった。

「やっぱりなり振り構わずあちき達の脱出を阻止しにきたでありんすね。あちき達、どーなるでありんしょ…」

「ていうか脱出方法の確認をするって言ってた秋音ちゃん達の方がヤバくない!? こうしてる間にも始末されちゃうんじゃ…」

 亞桐さんの語る不安は最もだ。なんとかして助けに行きたいが、食堂が閉鎖されている以上はどうにもできない。リュウ君がいればまだ扉を破ることもできたかもしれないが…。

 

「あーらら。もうちょっとゲーム性を大事にする黒幕かと思ってたけど、ここまでされちゃどうしようもないわね。黒幕の機嫌が直るまでここで待ってるしかないんじゃない?」

 相変わらずマイペースに小清水さんが告げた。こんな状況でも肝が据わっているというか…。

「そんなことしてたら御堂達が殺されるぞ! みんなで扉を破ろう!」

「そ、そんなことをしてわたくし達が黒幕に何かされたりしませんか…?」

 前木君はいきり立って扉に蹴りを入れる。もちろん扉はびくともしない。

「校則には扉を壊したらダメなんて書いてないだろ。これで殺されるならもう何しても殺されるんだから考えるだけ無駄だ! みんな手伝ってくれ!」

「わ、分かりましたぞ!」

「無駄だと思うけどねえ。ま、試行錯誤するのも人間さんの生態か」

 そして食堂にいる全員が扉の方に集合する。俺も隣にいた津川さんに声を掛けようとしたが…。

「…あれ?」

 いない。俺の隣にはもちろん、食堂のどこを見てもいない。そんな馬鹿な。停電するまで彼女は俺の隣にいた。そして停電してからは扉にはロックがかかっている。彼女が食堂からいなくなる可能性は無いはずだ。

「みんな、大変だ! 津川さんがいない!」

「え…? だってさっきまでいたじゃん」

「いや、本当にいないぞ。どこ行った? 津川ー!!」

 またも前木君は渾身の力で叫ぶが、その声にも返事は一切なかった。

「ちょっと待ってよ本当に怖いんだけど…頼むからみんな無事でいて…」

「とりあえず男子は扉破るの手伝ってくれ! 女子は机の下とか厨房とかくまなく見てくれ!」

 

 慌ただしく俺達は手分けしてそれぞれできることをやった。みんなで一生懸命扉にタックルをしたり蹴りを入れてみたりしたが、扉はビクともしない。この場にいるのは俺、前木君、入間君、丹沢君と男子の中では比較的非力なメンバーだけだ。リュウ君や土門君、山村さんのように力のありそうなメンバーはみんな出払っている。この場の男子よりもパワーが出るかもと思い吹屋さんにも手伝ってもらったが、やはり扉は壊れるどころかヒビ一つ入る気配がない。一方、女子勢も食堂と厨房を片っ端から見ていったが、津川さんを見つけることはできなかった。

「はあっ、はあっ……。ダメだ、この扉硬すぎる…!」

「こっちもリャンちゃん見つからなかった…どこ行ったのホント…」

 どちらのチームも成果らしい成果は無い。この状況はいつまで続くのだろうか。

 

「…あれ? 安藤さんは?」

「へ?」

「嘘だろ!? アイツまでいなくなったのかよ!」

 全員を見回して俺は安藤さんがいないことに気付いた。そんな馬鹿な。一体この食堂で何が起きているんだ?

「安藤様を最後にお見かけしたのは?」

「私と莉緒が厨房を探している間、彼女は食堂内を調べると言っていたの。だから、男子のみんなと終始同じ空間にいたはずよ」

 冷静な伊丹さんも流石に少し動揺した表情を見せていた。しかし、彼女の言うことが本当なら安藤さんはずっと食堂にいたのか?

「小清水は何か見てないのか?」

「私もずっと食堂にいて机の下とか見てたけど、安藤さんは見てないわね。ていうか、ヘビさんじゃないんだからこんな暗い中で目の前のモノ以外を見てるなんて無理よ」

「やっぱり前木君たちが一番視界に収めていた可能性が高いんじゃない? どう?」

「確かに電子生徒手帳を持ってウロウロする安藤はいた気もするけど……扉に集中しすぎて全然周り見れてなかった。悪い」

「拙者も同じくですな…」

 当然、俺達はこの扉を破ろうと全員必死になっていた。安藤さんが食堂で何をしていたかに意識を向けることはできなかった。

「クソッ! 意味分かんな過ぎるだろ! 一体何がどうなってこんな…」

 前木君の悔しそうな言葉が最後まで紡がれることはなかった。今度は突然視界が真っ白になったのだ。

 

「わっ! 何!?」

 徐々に目が慣れてくると、食堂の照明が戻ったのだということが理解できた。

「光……戻った? ってアレ何!?」

 亞桐さんが悲鳴交じりの言葉と共に食堂の隅を指差す。そこは白い煙に包まれていた。ちょうど通気口がある方だ。

「おいおいおい火事かよ!! みんな外へ出ろ!!」

「あ、ドア開きますよ! 出ましょう!!」

 半ばパニック状態で俺達は慌てて食堂の外へ出た。あれだけ蹴っても殴ってもビクともしなかった扉はあっさりとスライドした。もういろんなことが起きすぎて全く理解が追いつかない。

 廊下に出ると、床に這いつくばる夢郷君がいた。彼は俺達を見てゆっくりと起き上がる。

「おい夢郷!! 大丈夫だったか?」

「あ、ああ……急な停電で身動きが取れず、姿勢を低くして待機していたんだ。君達こそ大丈夫かね? 相当ドアを叩く音が聞こえたが…」

 彼もこの状況に相当動揺している様子だった。

「聞きたいことも説明したいことも山ほどござりまするが……まずは他の皆様は?」

「それが…停電してからいろいろあってね……山村君も土門君もどこかに行ってしまったようで……そうだ、ランドリーだ! ランドリーを確認しなくては」

 と、言うが早いか夢郷君は慌ててすぐ近くのランドリーに駆け込んだ。

「ちょ、ちょっと待つでありんすよ!! なんでランドリーに…?」

「い、いない……やはり逃げられたか…」

 愕然とする夢郷君。彼の身に何が起きていたのか詳しく聞く必要がありそうだが…。

 

 俺達が情報を整理する暇すらなく。

 ドズン、と凄まじい音が廊下中に響いた。

「こ、今度はなんだよ…!!」

 身構える俺達。そういえば食堂で広がっていた煙は食堂以外の部屋では特に広がっている様子はない。ただのボヤなのだろうか。

「あ、エレベーターが…」

 入間君が指を差した先は、長い廊下の終着点。エレベーターだった。その扉が、大きな音とともにこちらに向かって凹んだのだ。ドズン、ドズンと何度も音が響き、その扉が歪む。

「イヤァン!!! あちき達を脱出させたくないからってクリーチャーを呼ぶなんて卑怯すぎるでありんす!! 死にたくない!! 死にたくなーい!!」

 泣き叫ぶ吹屋さん。一方俺は、理解を超えた事象が起きすぎて逆に冷静になっている自分を実感していた。

「いや、あれは…」

 俺の目には、歪んだ扉の隙間からのぞく見覚えのある手が映った。それはギギギと音を立てて扉を両開きにこじ開け、廊下に現れた。

「リュウ……??」

 エレベーターの扉をこじ開けて廊下に降り立ったリュウ君は、真っ先に廊下の真ん中にいる俺達の方に駆け寄ってきた。肩にはロープをかけている。いや、こんなクリーチャーみたいな登場する高校生初めて見た。

「すまない、不覚を取った。全員無事か」

「いろいろと聞きたいことはあるけど、全然人が足りない。食堂でも津川さんと安藤さんが消えたし、御堂さんと釜利谷君と土門君と山村さんも」

『ボクは?』

「お前は黙ってろ!」

 あまりに衝撃の連続だったせいか、いつの間にか俺達の間にいたモノクマが急に声を発しても誰も驚いていなかった。

「モノクマこの野郎!! 散々好き勝手しやがって!! 脱出は止められないって昨日言ってたじゃんか!!」

『ボクだってふざけんなだよ!! 扉蹴ったりエレベーターの天井ぶち抜いたり好き放題して!! あれ直すのにどんだけ手間かかると思ってんだよ!!』

 前木君が怒号を飛ばすと負けじとモノクマも言い返す。

『こんなことなら監視カメラだけじゃなくて校内のモノ全部壊すなって校則に書けばよかったよ! こんな当たり前のことすら校則に書かなきゃいけないなんて校長は情けないよ全く』

「今はこんなヤツ相手にしちゃダメよ! 早くみんなを探しに行かなきゃ!」

 伊丹さんの声で冷静に戻った。そうだ、今はみんなを探しに行かないと。

『そうそう、ボクもこんなところでアブラを売ってる場合じゃないんだよ。これから忙しくなるからね』

 モノクマが去り際に放った不穏な言葉は聞かなかったことにした。これ以上嫌な予感なんて感じたくない。

 

「おい、お前ら無事か!?」

 今度は階段の踊り場から声が投げかけられかけてきた。そこに立っていたのは、山村さんを背負った土門君だった。

「土門に…山村!? 一体どうしたんだよ!」

「あー…話すとめっちゃ長いんだけどよぉ…」

 土門君は山村さんを背負ったままゆっくりと階段を下る。状況は飲み込めないまでも、クラスメート達は次々に姿を現す。残りは……。

 

 土門君が次の言葉を発しようとした瞬間、建物の中を埋め尽くすような凄まじい音…いや、”声”が響き渡った。

 

『ゴゴゴ、ゴゴォォォオゴゴゴォォオオオ……』

 

 擬音で表記するにはあまりにも不気味で、生々しい声。明らかに人間の声ではないのに、何故か人間の泣き叫ぶ顔が鮮明に浮かび上がる。石臼を挽くような重く、潰れた声が響き続ける。頭が割れそうなくらい痛い。痛く、怖い。心臓が胸の中で引き千切れそうだ。それは、誰かの声なき声。絶望の声だ。

 爆音のせいで誰の声も聞こえない。みんな耳を塞いでいる。そんな中で、リュウ君だけがとある場所へ向けて歩みを進めた。…トラッシュルームだ。

 俺は戦慄する。思い出したのだ。モノクマが過去に語っていたトラッシュルームの話を。

 


 

 

『なんとこの焼却炉…『ファラリスくん4号』はですね、中にいる人の悲鳴をこの牛の頭から雄牛の鳴き声に変換して流してくれるこだわり機能が備わっているのでーす!

 

 モノクマが指さした先は、焼却炉のシャッターの上。薄暗くて気付かなかったが、そこには確かに牛の頭を模した像が突き出ていた。その口はあんぐりと空けられている

 

「は?……悲鳴を鳴き声に変換……?」

 

『そう! しかも!! この雄牛を通った鳴き声はこの部屋だけでなく! 放送設備を通じて施設内全体にリアルタイム放送されちゃうのです! ドキドキワクワクの緊迫生放送のはっじまりー♡ だからうっかり焼却炉の中で大声出さないでね♡』

 

 悪趣味すぎて吐き気がする。焼却炉の中でもがき苦しむ死者の声を動物の声に変えて娯楽化し、あまつさえそれを施設内の全員に聴かせるなんて。この焼却炉のモチーフである処刑器具を作らせた僭主と同じ狂気を感じる。

 


 

 今、施設内に響いている恐るべき声が何を意味するのか、俺やリュウ君を含め数名の人は気付いてしまったのだ。

 

 俺達は何を間違ったのだろうか? 御堂さんに全てを任せ、自分たちで答えを得ようとしなかった報いなのか? 答えは一体どこにあったのか? 

 

 トラッシュルームに入ってまず一番に目に入ったのは、入り口付近で倒れ伏す御堂さんと、赤々と燃え盛る焼却炉だった。亞桐さん達が御堂さんに駆け寄る。リュウ君は黙して焼却炉のスイッチを切る。

 

 もう声は聞こえなくなっていた。なのに頭はガンガンと傷む。絶望的な結果を想定してしまっているのに、心はやけに静かだ。まるで、()()()()()()()()()()()()()かのように。

 

「葛西君」

 ビクッと体が震えた。小清水さんが後ろから俺の両肩を掴んできたのだ。

「落ち着いて。よく見て。目を背けないで」

 後ろから囁くように静かな声でそう告げる。焼却炉の火は消え、黒煙は奥の方へと吸い取られていく。

「これが―――人間さんの”生態”よ。私たちが直視しなければいけない、生態」

 彼女が何を思ってそう告げたのかは分からない。俺の目は瞬きすることもなく、焼却炉の中を見据えていた。

 

 焼却炉の中には”灰”があった。ゴミが燃やされた後に残る、灰。そのはずだ。…が、本当にそれはゴミの残り滓なのだろうか。

 リュウ君は躊躇いなく焼却炉の中に入り込み、その灰に手を突っ込む。まだ熱を帯びているはずの灰の中から、彼が探り当てたもの。それは、人間の骨の欠片だった。

 誰かの悲鳴が聞こえる。人の死を明確に暗示するものが現れたということ。それは即ち、俺達の絶望への長い長い旅路が始まったことを意味する。

 

 釜利谷君と、津川さんと、安藤さんが、まだ見つかっていない。

 この死体は一体誰なんだ。

 

 いや、もしかしたら三人とも?

 

 

 意識が現実に引き戻されると同時に俺の膝がガクンと曲がり、その場に力なく尻もちをついた。結局、俺達はコロシアイの未来を避けられなかったのだ。

 吹屋さんの時とは違う、正真正銘の人の死。その重みが俺の心臓を押さえ込んで息を止めた。酸素を取り込んでは吐き、吐いてはまた取り込み、終わりない苦しみに床を這いずる。

 

 息を吐くこと。心臓が動くこと。皮肉にも、俺は同級生が死んだ絶望の中でこそ自分が生きていることを最大限に実感していた。

 

 

 

 

《生存人数:??人》

 




リメイク開始から最初の死体発見まで三年かかるそーろん。
完結には二十年かかります。冗談です。冗談にできるよう頑張ります。
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