エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を   作:江藤えそら

14 / 16
非日常編① 灼熱地獄と鉄の檻

「ぎーっひゃっひゃっひゃっひゃ!!!! あーひゃひゃひゃひゃ!!!」

 

 モノパンダの笑い転げる声で俺は意識を取り戻した。焼却炉の前で、立ったまま意識朦朧としていたのだ。目の前にある()()()()()()()()()を認識するたび、視界が小刻みに揺れて平衡感覚を失いそうになる。膝を付き、喉までこみ上げた胃液を体内に戻しながら俺は息を整えた。

 

「起こった……遂に起こったぞ!! コロシアイは起こったんだ!!」

「起こった? あなたが起こしたんでしょ」

 喜びに身を震わせるモノパンダに、小清水さんの言葉が刺さる。

「御堂さんが脱出計画を進行していると知って大慌てで手を下したんでしょ? あんな停電まで起こして」

 常に冷静な小清水さんも今ばかりは焦燥の籠った早口でまくし立てるように言い放つ。

「おいおい、せっかくサイコーのコロシアイが起きたところなのに水を差すんじゃねーよ! オイラ達は直接コロシアイには関与しないっつの! そもそも脱出を阻止したいんならなんで御堂さんに手を下さねーんだよ?」

 そう言ってモノパンダはトラッシュルームの隅で倒れ伏す御堂さんを指差す。青い顔をした伊丹さんが容態を見ているが、息はあるようだ。

「オメーラ、現実逃避はここまでだ! このコロシアイは正真正銘間違いなく()()()()()()()()()()()()()()コロシアイなんだよ!!!」

 

 俺達の中の誰か。

 俄かにそう言われたところで信じられるはずがない。だって俺達は今まさに御堂さんの手引きで脱出する直前だったんだ。今更コロシアイなんて起こす理由がどこにあると言うんだ。

「それよりも、だ」

 モノパンダの前に進み出たのは夢郷君だった。

「そこで亡くなっているのは一体誰なんだ? 遺体―――というより遺骨に近い状態だが。本当に僕達の中の誰かが殺されたというのか?」

 彼の言うとおり、俺達は今誰が亡くなったのか把握できていない。この場におらず行方も分かっていないのは津川さん、釜利谷君、安藤さんの三人だが…。いや、そもそもこんな短時間で人体がここまで燃え尽きることなどあり得るのだろうか? あまり考えたくはないが、この遺骨自体前々からここにあったものではないのか?

「殺されたのも殺したのも間違いなくオメーラの中の誰かだ! だが、遺体が誰なのかまでオイラが教えてやるギリはねーぞ! 知りたきゃ自分たちの脳ミソで考えるんだな! もしかしたらそこに今回の事件の肝がグエッ」

 モノパンダが最後まで言い終わる前に、どこからともなく現れたモノクマがドロップキックをかました。

『オマエはさっさとエレベーターを直してこい! コロシアイ発生直後の説明っていうオイシイとこをオマエが持ってくんじゃないよマッタク!』

「へ、へい…」

 しょぼくれたモノパンダが去ると、モノクマは咳払いと共に語り出す。

『えー、無事にコロシアイが起きましたね! というわけでこれから一定の捜査時間を設けます! その間にオマエラには事件の証拠なるような情報をたくさん集めて、学級裁判で犯人を当ててもらいます!』

 このコロシアイ生活の最初にも説明されたルールを改めて詳細にモノクマは語る。慣れ親しんだ同級生が死んだかもしれないという動揺の中でそれを冷静に受け止められる人間はそう多くないだろう。

『と言ってもオマエラは探偵ごっこすらしたことないであろうド素人集団だからね。ボクから最低限のお膳立てくらいはしてあげるよ。電子生徒手帳にモノクマファイルを追加しておいたから見ておきな』

「モノクマファイル……?」

 震える手で電子生徒手帳を起動すると、「モノクマファイル」というアプリが追加されていた。嫌な予感を覚えつつそれを開くと、今目の前にある遺体の写真がメッセージと共に表示された。

 

『被害者は???。死因は焼死。遺体はほぼ灰と化しており、原形を留めていない。』

 

「何よ、これ。見りゃ分かることしか書いてないじゃない。意味あるの? これ」

 小清水さんは呆れ顔で電子生徒手帳の画面を閉じる。

『これだからコロシアイ素人は! あのね、モノクマファイルと死体発見アナウンスはボクからオマエラに与えられた最大のヒントなんだぞ! こういうのを上手く使えるヤツがコロシアイを制するんだから』

「死体発見アナウンス…? なんだ、それは」

 モノクマが発した聞き覚えのない言葉をリュウ君は見逃さなかった。

『え? さっき鳴ったでしょ。死体発見アナウンスは3人以上が死体を発見した瞬間に校内中に鳴るアナウンスだよ。複数の死体が同時に発見されたらその人数分律儀に鳴るスグレモノさ!』

「……そんな放送を聞いた覚えはないが」

『ええっ!? そんなバカなっ!?』

 モノクマは狼狽する。奴が言うには、そのアナウンスは死体を3人以上が発見した際に鳴るらしい。しかし、俺たちはこのトラッシュルームに入る前に悍ましい叫び声を聞いたきり、それ以外の放送は聞いていない。

 

「早速レギュレーションがめちゃくちゃだけど大丈夫なの? 釜利谷君も言ってたけどやっぱりあなたデスゲーム初心者なのね」

『そそ、そんなわけない!! ボクは絶対に死体発見アナウンスを流しました! みんなに聞こえなかったのは()()()()()()があるからです! そうに決まってる! そうじゃないとボクの立場が無いよ!』

 モノクマは動揺しながらも小清水さんにそう言い返す。仮にモノクマがアナウンスを流したのだとしたら、何故俺達にはそれが聞こえなかったのだろう。

 

「え……? 待ってよ……? 捜査とか、裁判とか、本気で言ってんの…? ウチがおかしいの…?」

 両の頬から大粒の涙を流しながら、亞桐さんが呟く。

「お前ら分かってんだよな…? これガチだぞ? ホントに人死んでるんだぞ…? ゲームみたいな話なんてしてる場合かよ…?」

 青白い顔をした前木君もそれに続いた。後ろにいる入間君も、吹屋さんも、いつの間にか目を覚ましていた山村さんも、みんな身体を震わせて互いを見ていた。

「至極本気だ。脱出を目指して行動をした結果、脱出できなかったばかりか死者が発生してしまった。死体が発見された時点で生存している全ての人物には学級裁判への参加義務が課せられるのは先ほど確認した。そしてモノクマにはルールに違反した人間を自由に処刑できる権力がある。よって、俺達がこの施設を脱出するためには、まずは来る学級裁判とやらを乗り越えなくてはならない。今すぐモノクマ共を排除して脱出できるのなら、話は別だが」

 リュウ君は冷静に、理路整然と今の状況を整理した。彼の言うとおり、コロシアイが発生した時点でこの建物の中にいる全員に学級裁判への参加義務が付与され、何人たりとも逃れることは許されない―――という校則がコロシアイの前に追加されていた。

 彼の言っていることは正しい。正しいが、それを飲み込めるかどうかは別の話だ。俺もどちらかと言えば前木君や亞桐さん側の感性で間違いない……はずなのに、何故か頭の中は思ったよりも冷静だ。冷静であることに自分で不快感を覚える。

 

「お、お待ちを! 今は口論よりも大切なことがあるでしょう!! まだ安藤殿と津川殿と釜利谷殿の安否が確認できておらぬのですぞ!! 亡くなられたのが誰であるにせよ、まずは他の方を探しましょうぞ!」

 混沌とした場を制するように丹沢君が声を張り上げる。その言葉で疑心暗鬼に陥りかけていた俺達はハッと我に返った。推理とかよりも先にするべきことがある。

「そ、そうだ! みんな、まずは手分けして―――」

 そんな俺達の声を聞いてか聞かずか、ドサッと鈍い音が焼却炉の奥の方から聞こえてきた。

「わっ! な、なんだよ」

「待て、俺が確認する」

 リュウ君が躊躇いなく遺骨と化した死体を跨ぎ、焼却炉の奥へと進む。それは、暗がりになっている奥まった空間に落ちてきたもののようだ。

「…これは驚いたな」

 リュウ君の感嘆の声が聞こえた。数秒の後、リュウ君は焼却炉の入り口の方へと戻ってきた。その腕に抱えられていたものは―――。

「安藤!?」

 前木君を始め、複数人が驚きの声を上げる。彼が抱えていたものは、黒い煤に覆われた安藤さんだ。煤に覆われてはいるが、身体が焦げているわけではなく衣服もそのままだ。しかし、意識は無いのかぐったりと頭を垂らしている。

「安藤殿! これは一体…!?」

「意識を喪失している。恐らくは…酸欠か。自力で呼吸はできているから命に別状はないだろうが、いつ意識を取り戻すかは分からん」

 そう言ってリュウ君は安藤さんを焼却炉の外、トラッシュルームの壁際に寝かせた。改めて見て見ても、顔すらほとんど見えないほど煤に覆われている。特徴的な赤い三つ編みが見えなければ安藤さんだと気付くことすら危ういだろう。一体何がどうなってこんな姿になってしまったのか。そもそも、彼女は何故焼却炉の中にいたのだろうか? 考えれば考えるほど謎は深まるばかりだ。

 

「そうだ―――伊丹。御堂の様子は?」

 思い出したように前木君が伊丹さんと、彼女が手当てをしている御堂さんを覗き込む。

「こっちも命にまでは別状はないと思う。頭を強く打っているみたいだったから急性硬膜下血腫の疑いがあったけど、今のところ脳血種の兆候はないから脳震盪で気を失っているだけだと思う」

「楽観的な考えかもしれないが、もし御堂君が犯人を目撃しているのなら、それで解決するのではないかね? 彼女が起きるのを待って話を聞くだけだ」

「犯人とは……貴方までそんなことを疑うのですか」

「疑いたくないからこそ、だよ。モノクマか、それを動かしている者が犯人なら御堂君はそれを見ている可能性があるだろう? もちろん、背後から襲われた可能性もあるがね」

「あのねえ、モノクマがそんなことした奴を生かしとくと思う?」

『ボクはノーコメントで』

 夢郷君が発した意見に呆れ顔で反論する小清水さん。なんにせよ、犯人らしき人に襲われたうえで生存している御堂さんの証言は貴重な情報になるだろう。

 

『とりあえず安藤さんと御堂さんはボクが責任を持って裁判に出席できるよう治療しとくから、一旦預かるよ』

「な、何言ってるでありんすか!! 渡したら何されるか分からないでありんす!! 絶対に渡さないでありんすよ!!」

『オイ! 何回このめんどくさいくだりやるんだよ!! いい加減ボクをちょっとは信頼しろっての! ボクは校則違反とオシオキ以外で生徒に絶対手は下さねーの!!』

 御堂さんに張り付こうとする吹屋さんを押しのけて、モノクマは軽々と彼女を持ち上げた。

「…二人を治療してあなたに何のメリットがあるの?」 

『ゲームを公平適切に行うのがボクの唯一にして最大のメリットだよ! ただでさえ人で減ってんのに二人の治療に人手割いてられないでしょ? 少子高齢化社会なんだから若者という人的資源は有効に使わないと!』

 コロシアイを強制しておいて何が人的資源は有効に使わないとだ、と苛立つ気力も起きないままに、俺達はモノクマに運ばれてゆく御堂さんと安藤さんを見送ることしかできなかった。どちらにせよ、邪魔をすれば懲罰の対象になるのは俺達だ。

 

「ほんとに―――やるんですか?」

 泣きそうな声で呟く山村さんに、「ならモチベーションを与えておこうかしら?」と小清水さんが人差し指を立てる。

「この事件、状況的に黒幕が絶対に何かしらの手段で関与しているはずよ、だって私達が脱出を遂げるまさにその瞬間に起きたんだもの。ということは、事件の情報を集めていけば見つかるかもしれないのよ……このコロシアイを仕組んだ黒幕の手掛かりが」

「ですが、モノクマがそんな手掛かりを残すはずがないとあなた自身が仰ったではありませんか。わたくしもそう思いますが」

「そうね、入間君の言うとおりだとは思うわ。けど、モノクマが”ゲーム性”をあそこまで強調するってコトは、例え自分に不利な証拠があったとしても変な隠蔽はしない可能性もあるんじゃない?」

「俺はその意見に同意する。黒幕がそのレベルのサイコパスであると考えた方がこれまでのモノクマの行動も理解ができる」

 と、リュウ君が続く。

「辛いものは休んでいて構わない。既に俺達は常識や日常では到底理解できない領域に足を踏み入れている。何がどうあれ俺は捜査と推理を行うつもりだ。ここから生きて脱出するためにな」

「や……んなこと……俺だって分かってるよ……分かってるけどさ…」

 そう言って前木君は焼却炉の方を覗き見る。

「三ちゃん……津川……お前らも、こんな時だったら迷いなく捜査するって言えんのか?」

 その言葉に答えるものはいない。彼らは忽然と姿を消してしまった―――そのいずれか、あるいは両方がそこにある骨の欠片であるという事実が、どうか空虚な妄想であってほしいという願いは届きそうにない。

 

《捜査開始》

 


コトダマ入手:

【モノクマファイル】

 被害者は???。死因は焼死。遺体はほぼ灰と化しており、原形を留めていない。

 

【死体発見アナウンス】

 施設内で死体が発見された際にモノクマが流す放送。施設内の全ての場所に届き、死体の発見を知らせる。モノクマによると、このアナウンスは通常3人が死体を発見した際に行われ、複数の死体が一度に発見された際は死体の数の分だけアナウンスを繰り返す。しかし、何故か今回の事件では一切アナウンスが流れなかった。

 

【追加校則】

コロシアイ発生直前にモノクマが追加した校則。

“以下の条件を満たす者は必ず学級裁判に参加すること。参加を拒否する態度を露わにしたものはその場でオシオキします。なお、学級裁判の結論として投票できる対象には、裁判に参加していない者も含まれます。

・生徒名簿にプロフィールを記載されている生徒であること。

・死体発見アナウンスが鳴った時点で生存していること。

・死体発見アナウンスが鳴った時点でこの建物の内部にいること。”

 

【安藤未戝の所在】

 コロシアイ発生前、安藤は食堂で津川を探していたが、突如として行方不明になった。その後、捜査時間の最初の方に焼却炉の煙突から焼却炉内に落ちてきた。発見された際、煤だらけの格好で意識を失っていた。同じく気を失っていた御堂共々モノクマに連れ去られ、治療を受けている。裁判には意識がある状態で参加する予定。

 

【御堂秋音の所在】

 コロシアイ発生前、御堂は脱出計画遂行のため食堂を後にした。全員がトラッシュルームに入った時、御堂が入り口付近で気絶していた。伊丹によると頭を強く打った形跡があった模様。同じく気を失っていた安藤共々モノクマに連れ去られ、治療を受けている。裁判には意識がある状態で参加する予定。


 

「―――とりあえず、今最優先すべきは津川と釜利谷を見つけることだ。あそこの遺体が一人であれば…もう片方はどこかにいる可能性がある」

 前木君の言葉に異論を唱える人はいなかった。亡くなったのが一人なのか二人なのか分からない以上、釜利谷君と津川さんのどちらかは生存している可能性がある。

「ああ、もうじれったい! あちきが片っ端から見てくるでありんす」

「待ちたまえ。一人で行動させると怪しい動きをしたものを判別できない。最低でも二人、可能なら三人以上で行動すべきだ。最初の調査の際にそうしたように」

「組み分けなんかどうだっていいから行くなら早く行こうよ! こうしている間にもリャンちゃんか釜利谷が死にかけてるかもしれないんだよ!?」

 感情が濁流となってこの場を支配する。冷静さを欠いた一同の話が収束するには少しの時間を要したが、結局のところ吹屋さん、亞桐さん、山村さんのトリオと丹沢君、土門君、前木君のトリオがそれぞれ1階と2階を隅々まで調査するということで慌ただしくこの場を去っていった。

 

「はぁ、こんな短絡的な人間さんばかりで大丈夫かしら」

「他人の心配をする暇があるなら早く調査を進めることだな。…俺はまずこの死体を改めて見てみよう」

 リュウ君につつかれた小清水さんはため息をつきながらも焼却炉を覗き込む。

「ほら、ボサっとしてないで手伝ってよ。あなた助手の自覚あるの?」

 小清水さんは俺の腕を焼却炉に向けて引っ張った。そういえば完全に忘れていたが、俺は彼女の助手に任命されたのだった。

「捜査って言っても…何から見ていけばいいのかさっぱり分からないな…」

 推理ドラマの脚本の編集に携わったことはあっても、現実の事件に直面してそれを捜査するなんて経験は当然皆無だ。何から手を付ければいいのかさっぱり分からない。

「まずはこの場で気になることの確認でしょ。安藤さん落ちてきた場所が気になるわね。煤だらけになるのはイヤだから葛西君見てきてよ」

「――人が亡くなってるのに汚れなんか気にしてるの!?」

 思わずムッとして大きな声を張り上げてしまった。こんな状況でも冷静になりかけている自分への自己嫌悪を自分よりも冷静な小清水さんへ吐き出す形になり、俺は一瞬のうちにさらなる自己嫌悪に苛まれた。一方で小清水さんは俺が感情的になったことに驚いたのか、少し目を丸くした。

「ごめんなさい、ちょっと言葉が悪かったわ。私も一緒に確認するね」

「あ、いや、こっちもごめんなさい…」

 呆れ半分のようにも見えたが、彼女は素直に謝って俺と共に焼却炉の中に入り込んだ。俺は気まずそうな顔をしながら謝り返す。俺はなんて自分勝手な男なのだろうと自分に嫌気が差すが、この期に及んでウジウジしていても埒が明かない状況になっていることも事実だ。

「………!」

 足元に転がる小さな白い破片、これが元々人体の中に収められていた骨だというのか。恐ろしくもあり、物悲しさもある。先ほどまで生きて動いていた人間がこんな物言わぬ欠片と化してしまうとは。

「うっかり踏むなよ。骨の位置でさえ手掛かりになる可能性があるからな」

 近くで慎重に灰を取り除いているリュウ君の忠告に小さく頷いて、俺は慎重に足を踏み出し、焼却炉の奥へと迫った。

 

 俺は電子生徒手帳のライトで奥を照らしつつ、先ほど安藤さんが落ちてきた箇所を見た。煤や燃え尽きた灰が散乱する焼却炉の中で、その場所は小部屋のように少し開けた空間になっていた(と言っても人ひとりが縮こまってようやく入れるくらいの広さではあるが)。

「どう? 何かある?」

「ゲホッ、ゲホッ…。うーん…特に何かあるようには見えないけど…」

 その場を見渡してみても、灰や煤、燃え残りのゴミがあるばかりでめぼしいものは見つけられない。そこで安藤さんが落ちてきた方向―――上にライトを当てて見てみた。そこには狭い焼却炉の天井が―――。

「……ない? 天井が」

 俺は思わず声に出していた。電子生徒手帳の光は天井に当たることなく虚空へと吸い込まれていった。上を見上げた俺の眼前に広がるのは暗い暗い闇だけだ。―――いや、その闇の奥に微かに光が見える。かなり遠いが、確かに光が存在している。

「どういうこと?」

 小清水さんの問いに答えるのも忘れて俺は思考した。安藤さんがここから落ちてきたのだとすると、彼女が煤だらけだった理由は一体なんなのか、ここが焼却炉であることと遥か上方に向かって空間がある理由。それらを結びつける概念は一つしか考えられなかった。

煙突だ。ここにあるのは焼却炉の煙突だよ。安藤さんはここから落ちてきた」

 この小さな空間は、焼却炉がゴミを燃やした際に発生する煙を排出するための煙突、ということになる。確かに大規模な火力発電所やごみ処理場には必ず煙突がある。それがこの焼却炉にも備えられていたのだ。

「ふうん、こんなところに煙突がね。もしかしたらこの事件を解決する大きなヒントになるかもね。人間さんにしては上出来だわ」

 俺に続いて煙突を見上げた小清水さんが、珍しく俺を素直に称賛した。と、おもむろに彼女の足が焼却炉から消えた。煙突をよじ登り始めたのだ。

「小清水さん!? 何やってるの!?」

「何って、煙突の中を確認しないと。なんで食堂にいた安藤さんがこんなところにいたか、気にならないの?」

 煙突の中から小清水さんの声がくぐもって聞こえてきた。確かに食堂にいた安藤さんが煙突の中に入り込んでいた理由はとても気になるが…。

 少しして小清水さんは俺の目の前にヒョイと飛び降りた。意外と彼女も身体能力が高いことが窺える。

「やっぱりね。ちょっと登ったところに横穴があったわ。この煙突、他の部屋の通気口と繋がってるみたい」

「通気口と?」

 思い返してみれば、食堂にも通気口があったし、他の部屋にもあったような気がする。それらがこの煙突と繋がっているのだとしたら、新たに考えなければいけない事象が増えそうだ。

 

「あー、もう。顔も服も煤だらけよ。私、一旦シャワー浴びてくるわね。後はお願い」

 俺が考え事をしている間に、小清水さんはそう言って焼却炉を出て行ってしまった。

「ちょ、ちょっと! 今は捜査時間だよ! 命がかかってるんだよ!?」

「なら葛西君が煙突に登ってくれれば良かったのよ。すぐ上がるから頑張って調べといてね〜」

 俺が呼び止めるのも聞かずに小清水さんはトラッシュルームを去ってしまった。命が掛かっているのに汚れを気にしているのか、とさっき問い詰めたばかりだというのにこの有様だ。こんな非常事態においても彼女のマイペースさは変わらない。君が有無を言わさずに煙突に登ったからじゃないか、と負け惜しみを言いたい気持ちはありつつ、俺の身体能力では煙突を駆け上るのは難しかっただろう。

 煙突は四角形のフレームを縦に重ね合わせたような構造をしており、フレームとフレームの継ぎ目には段差があるため小清水さんははそこに手をかけて登ったのだろうが、下手な人間が真似をしたらすぐに手が痛くなりそうだ。

 

「…リュウ君、死体の状況はどう?」

 小清水さんが去ってしまったため、俺は仕方なく死体を調査しているリュウ君の方に目を向けた。彼は散らばっている骨の位置をずらさないように慎重に灰を取り除いていた。相変わらず人間の本物の骨が視界に入ると吐き気が込み上げてくる。

「…まばらな骨片が見つかるばかりで手掛かりになりそうなものは見つかっていない。せめて骨格が明確に分かるレベルのものがあればこの死体が男性のものなのか女性のものなのか、大柄な人間なのか小柄な人間なのか、はたまた2人分の死体なのかも分かるのだがな」

 現在行方不明になっている釜利谷君と津川さんは、性別も違えば体格も全く違う。今ここにある骨からその手がかりが見つかれば、この骨が誰のものなのかを特定することにも繋がりそうなのだが。残念ながら、ここまで細切れになってしまった骨片からそれを推測するのは難しそうだ。

「…そもそも、釜利谷も津川も俺が出て行った時には皆と共に食堂に居たはずだ。何か逸れるような事態になったのか?」

「それは……」

 俺は、ずっと食堂を出ていたリュウ君に食堂で起きたことをざっくりと伝えた。釜利谷君がトイレに行きたいと言って複数の監査と共に出て行ったこと。停電が起きてその後に津川さん、安藤さんが食堂から消えたこと。停電が回復した後にみんなで食堂を出たこと。話せば話すほど、訳のわからない事象が次々に起きたことが思い起こされる。本当に、こんな捜査でその全てを明かすことができるのだろうか?

「――大雑把に聞いているだけでも実に多様な事態が発生していたようだな。一見すると複雑怪奇に思えるが―――。案外一つが分かれば芋づる式に理解できるやもしれぬ」

「そう、上手くいくかなあ……?」

「上手くいかせるしかないのだ。俺達の命が掛かっている以上はな。俺も色々と迂闊だった…。改めて覚悟を決めなければならないようだな」

 リュウ君が浮かべる壮絶な表情を他人事だと思っている余裕はない。俺達全員が命を賭けなければいけない戦いの舞台にいるのだから。

 


コトダマ入手:

【煙突】

 焼却炉の奥部から上方に伸びる煙突。かなり長いが、先の方に微かに光が見えることから外に繋がっている模様。四角いフレーム状の金属を繋ぎ合わせて作られており、継ぎ目の部分に手や足を引っ掛けることで登ることができる。

 

【リュウの検死結果】

 リュウによると、焼却炉にある死体の特徴は以下の通り。

・ほぼ完全に灰と化しており、僅かな骨片が残るのみ。

・身体的特徴や性別が明らかになるようなサイズの欠片は無い。

・死体の人数も判別できない。


 

「…ねえ、そっちは何か分かった?」

 焼却炉の外から声がした。先ほどまで御堂さんの様子を見ていた伊丹さんがトラッシュルームに残って調査をしていたようだ。

「まあ、分かったことも分からないこともたくさんあるって感じかな。焼却炉に煙突があったり、遺体の方は結局誰か分からなかったり…」

「そう。…知りたくない事実かもしれないけど、あなた達が入っていった焼却炉の入り口にこれがあるのを今見つけたの」

 そう言って伊丹さんは俯きながら手に持っているものを俺達の方に差し出した。それはピンク色のリボンだった。どことなく見覚えがあるような…。

「…もしかして、津川さんの」

 思い出した。これは津川さんが足や靴に付けていたリボンと同じ色に見える。しかもこのリボン、片方が焼け焦げていて焼き切れたように見えるのだ。それはつまり…。

「傷口に塩を塗るようで申し訳ないが、葛西がさっきまで立っていた煙突付近の足元の灰の中にこれが落ちていたぞ。煤で汚れているが、問題なく起動するな。中身は後ほど複数人で検めよう」

 背後から投げかけられた声に振り向くと、リュウ君が電子生徒手帳をこちらに突きつけていた。その画面には、この電子生徒手帳の持ち主であることを示す津川さんの顔と名前が映し出されていた。

「そんな……じゃあ、まさか、この遺体の正体は……」

「…まだ確定するのは早いけど、こうも状況が揃うと、可能性としては濃厚と言わざるを得ないわね……」

 悲痛な面持ちで俯く伊丹さん。俺は一体どんな顔をしていたのだろうか。つい1時間ほど前まで何事もなく見られていた津川さんの可愛らしい顔が脳裏に浮かぶ。信じたくはない、けれど…。

 

「…でも、思えば不思議よね。状況的にこの焼却炉で焼き殺されたんでしょうけど…。そもそもこの焼却炉には”人感センサー”が設置されていて、人間が入っている間は起動しないんじゃなかったの?」

「あ……確かに」

 重い空気に耐えかねたのか、伊丹さんが別の話題を口にした。様々な事象が続いたためにすっかり忘れていたが、確かに初めてこのトラッシュルームを訪れた時にそのような説明を受けた記憶がある。人感センサーなどと言うものがありながら実際には焼却炉で人が死んだ。モノクマが嘘をつかないという前提のもとにこれまで行動していたが、やはりモノクマの言っていることは嘘だったんじゃないか。

「モノクマの言うことを信用すべきじゃなかったわ。全部私達を騙すための罠だったのね…!」

「…どうかな。モノクマが嘘を言っていない可能性もまだ捨てきれはしない」

 伊丹さんの言葉に異論を呈したのはリュウ君だった。

「どういうこと?」

「俺は直接モノクマの説明を聞いたわけではないが、今の話を聞くに人感センサーとは『焼却炉の中に人がいる間は燃焼を開始できない』ようにするものなのだろう。『既に燃焼を開始した焼却炉に人間が入る』ことは想定していないかもしれん」

 言葉の綾にも思えるが、リュウ君はそう説明した。慎重な彼だからこそモノクマの言葉に隠された真意に辿り着けたのかもしれない。

「確かにそれなら嘘は言っていないかもしれないけど……燃焼を開始した焼却炉に飛び込むなんて自殺行為をする人がいるとは思えないよ」

「煙突から落としたり、気を失わせて中に放り込んだりとやりようはある。或いは、殺した後に死体に残る証拠を隠滅するためにここで燃やすという可能性も十分に考えられる。ここまで燃えてしまえば死因の特定すら危うくなるからな。本気でコロシアイに勝とうと思っているのならそれくらいの手段には出るだろう」

「あまり考えたくない話ではあるけど…。現に誰かが燃やされている以上は考えるしかないのよね…」

 人感センサーの話を聞いて俺はてっきりこの焼却炉で人を殺害することは不可能だと思い込んでいた。しかしリュウ君の説明によるとその考えは誤りであり、人感センサーはコロシアイを防ぐものでも何でもなかったということだ。モノクマの説明は、嘘は無いとはいえミスリードを誘った悪質なものだったということになる。実際に焼却炉で死者が出た今、そのモノクマのあくどさに反吐が出る思いだ。

 

「そういえばこのモノクマファイルには死亡推定時刻が書いていないけど…つい今さっき亡くなったという認識で問題ないわよね?」

 伊丹さんが念を押すようにそう尋ねてきた。俺はそれに頷く。俺達がこのトラッシュルームに入ってきたのは、直前に廊下であの悍ましい声を聞いたからだ。これもモノクマの悪趣味すぎる意向で追加された、焼却炉『ファラリスくん4号』の音声変換機構だ。この焼却炉は、中に入っている人の声を雄牛の声に変換して校内中に届かせるという機能があるのだ。

「私が気になったのは、こんな短時間で人間の身体をここまで灰にできるのかということなんだけど」

「確かにそれは気になるけど……。現にこうなっている以上、それだけの火力が出ていたってことなんじゃないかな」

「俺が炉を止めた際に扉の覗き穴越しに中が見えたが、相当な火力で燃焼しているようには見えたな。その代わり、停止ボタンを押した途端に急速に炉内は冷却されていったようだが」

 この焼却炉はかなり強い火力が出せ、その上で停止ボタンを押せばすぐに冷却される。現にトラッシュルームに突入した後、リュウ君は停止ボタンを押してすぐに焼却炉の扉を開けて中に入ったが、特段衣服にも皮膚にも焼かれたような跡はないし、その後に焼却炉に入った俺や小清水さんにも煤がついただけで身体的な影響はなかった。

「…でもこの電子生徒手帳、人間を燃やせるくらいの火力にも耐えてたってこと?」

 ふと気になったのは、今しがたリュウ君から渡された津川さんの電子生徒手帳だ。この電子生徒手帳がずっと焼却炉の中にあったのなら、灼熱の火力の中で無傷だったということになる。

「葛西は電子生徒手帳のアプリケーションの中にある仕様表を見ていないのか? そこに耐荷重や耐熱温度などの詳細データが記載されている」

 そう促されて自分の電子生徒手帳を確認すると、数あるアプリケーションの中で一番後ろに「オプション」というアプリがあり、その中に「仕様表」という形でこの電子生徒手帳の詳細な規格や仕様が載っていた。こんなものが載っていたなんて今の今まですっかり気付いていなかった。これを見ると、電子生徒手帳は炭化タンタルとエアロゲルの複合シールドにより数千度の熱にも長時間機能を損ねることなく耐えると記載してある。また、試したことが無いため気付かなかったが、本体のカバーを外した瞬間にモノクマに通知されるため、電子生徒手帳自体の改造や分解も厳禁とのこと。

 思えばこの電子生徒手帳、(全く使っていなかったが)チャット機能や写真・動画撮影機能、録音機能に音声や動画などの予約再生機能など、一般的なタブレットでできそうなことは一通り行うことができる。これらの機能についても一応覚えておくこととしよう。あまりに便利なものは、何か良からぬことに利用されている可能性も高いのだから。

 


 

コトダマ入手:

【焼け残ったリボン】

 焼却炉の入り口、ゴミの投入口に燃え残ったリボンが引っ掛かっていた。津川が身に着けていたリボンと同じものと思われる。

 

【津川の電子生徒手帳】

 焼却炉の煙突下付近に落ちていた津川の電子生徒手帳。灰の中に埋もれていたことと煤が付着していたことからある程度焼却炉の中に放置されていたものと思われるが、電子生徒手帳自体の耐熱性により機能は損なわれていない。

 

【人感センサー】

 焼却炉内に備え付けられているセンサー。これが人間を検知している間、焼却炉は動作しない。ただし、一度焼却炉が起動すると人感センサーは機能しなくなる―――つまり、起動中の焼却炉に人間が入っても焼却炉が動作を止めることはないのではないかと疑われている。

 

【焼却炉”ファラリスくん4号”】

 校内で発生したゴミを処理する焼却炉。中は小部屋程度の広さがあり、灰や炭で溢れている。人感センサーを備えている。ゴミ投入口は人間が入れるほど大きく、分厚い扉が備えられている。上部に排気口となる煙突があり、上方に向かって伸びている。稼働した際の火力は非常に強く、遺体も急速に灰と化してしまう。

 また、モノクマが設計したこの焼却炉には、中にいる人間の絶叫を牛の頭の形状をした装飾から牛の鳴き声に変換して発する機能が備えられている。この鳴き声は自動で校内中に設置されているスピーカーを通して放送される。牛の装飾は焼却炉のゴミ投入口の真上についており、トラッシュルームの中では放送を通さない生の雄牛の声を聞くことができる。

 

【電子生徒手帳】

 葛西達コロシアイの参加者に配布されたタブレット状の電子手帳。簡易プロフィールや校則の確認はもちろん、個室の電子キーやチャット、録音、音声ファイルを予約再生するなど様々な機能を有する。本体も非常に耐久性に優れ、象が乗っても壊れない上に耐熱構造も有し、トラッシュルームの火力でも無傷で機能を保てるという。本体カバーを外した時点でモノクマに通知されるため、個人での改造も不可。

 


 

「そろそろトラッシュルーム以外の場所からも情報が欲しいところだが……念のため灰の中に何かが無いか探る役目も必要だろう。葛西、情報を集めてきてくれないか?」

「えっ、別にいいけど……俺より君の方が頭もいいし、聞き取り役には向いてるんじゃないかな」

 リュウ君から唐突に白羽の矢を立てられたことに驚きつつ、俺は率直に自分の意見を述べた。

「いや、お前は俺より信頼を得ているという点で聞き取りには適任だ。何より御堂がお前を素直に信用したというのが俺にとってはなかなか驚きだったな。お前には人の懐に入り込む才能があるのかもしれん」

「そういえば、小清水さんにもやけに気に入られていたものね」

「そ、そうかなぁ…」

 こんな状況で褒められても素直に喜べないが、こんな状況だからこそリュウ君の言葉が嘘偽りでないことも理解できる。彼もまた俺を信頼してくれたのであれば、不安ではあるがその役はこなすこととしよう。

「悪いが伊丹はここに残ってくれ。俺が一人にされると疑いの対象にもなるからな」

「OK、気は進まないけど灰漁り役も誰かがやらなきゃいけないものね。葛西君も可能な限り道中で人を拾って複数人で行動してね」

「二人とも、ゴメンね…。必ず事件の手がかりを持ち帰って来るから」

 モノクマが説明した学級裁判というものが本当に行われるのだとしたら、この場において情報は命に直結する。そんな情報集め役を俺に託してくれたのだから、その期待を裏切るわけにはいかない。俺は意を決してトラッシュルームを出た。

 

「おや、葛西様ですか」

 廊下に出ると、すぐ目の前で入間君と夢郷君が会話をしていた。

「中の調査を任せきりにしてしまい申し訳ありません。私は彼から食堂を出た後の話を聞き取りしていたところです」

「いや、手分けできた方が効率は良いから助かるよ。せっかくだからその話、かいつまんで俺にも聞かせてくれないかな?」

 食堂に残っていた俺達と別行動していた夢郷君たちの行動に関する証言は事件の謎を解くうえで貴重な情報になることは間違いない。俺は記者のようにペンと手帳を持って夢郷君の話に耳を傾けることとした。

「僕も入間君に話しているうちに自分の状況を頭で整理できたよ。では頭から順を追って話そうか。

 まず釜利谷君が用を足したいと言って食堂を出た僕達だったが、用を足した後、食堂に戻る際に釜利谷君が『ランドリーに忘れ物があるから取りに行きたい』と言い出してね。もちろん怪しかったから却下して食堂に戻るつもりだったんだが…」

 食堂を出た直後に釜利谷君からの提案。そもそもトイレに行きたいという話すら怪しかったのに、さらなる要求ともなるといよいよだ。当然、夢郷君は却下しようとしたようだが…。

「結果的にはランドリーに連れて行くことにしたんだ。土門君が電子生徒手帳のチャットで密かにメッセージを送ってきたんだ。『黒幕に繋がる動きが見られるかもしれないから、泳がせたい』と」

 土門君の言い分も理解はできる。ただでさえ御堂さん主導の脱出劇が始まろうとしている中、コロシアイを目論むモノクマ陣営が焦るのは当然。ならば彼らと繋がっている釜利谷君が何かしら動こうとするのも当然。現にあの短時間でトイレにランドリーと二箇所も移動しようとしているのは露骨すぎる。

「そして、釜利谷君は土門君が見張っている中でランドリーに入った。念のため山村君には廊下を見張ってもらって、僕はランドリーの入り口を開けっぱなしにしてそこに立ち、ランドリーと廊下の双方に気を配っていた。…その直後に停電が起きた」

 廊下からランドリーに至るまで点々と配置に付くことで何かモノクマ達が変な動きをしていないかを監視するとともに釜利谷君の動きを見ようという試み。一見すると万全を期した布陣に見えるが、停電という思わぬアクシデントが彼らの思惑を狂わせてしまった。

「その言い方だと、停電に釜利谷君が関与していたってことかな?」

「それは僕には分からない。ランドリーの中で彼はしゃがみ込んでいたように見えるが…。彼の動きについては土門君が一挙一動見逃していなかったはずだ。後で彼に話を聞くべきだろう」

 釜利谷君がランドリーの中で何をしていたのか。その答えは土門君が知っているようだが、何やら嫌な予感がする。釜利谷君が何をしたにしろ、停電がその直後に起きたというのは偶然には思えない。

「…結果論にはなってしまいますが、やはり釜利谷様に一瞬でも自由に動かせてしまったのはミスと言わざるを得ません。御堂様がこれを知ったらなんと言われるか…」

 入間君は眉間に指を当ててため息をつく。土門君の意図もそれを汲んだ夢郷君や山村さんの判断も理解はできるが、今こうして釜利谷君が行方不明となっている以上、釜利谷君をがんじがらめにしておくべきだったという結論に至らざるを得ない。しかし入間君が結果論と言ったように、後からどうとでも言える話でもある。常に移り変わる事態にリアルタイムで完璧な判断は下せないし、その瞬間はそれがベストだと判断したのなら彼らを責めても仕方がないだろう。

「それについては僕も強く反省している。土門君もだろう。だから停電直後、土門君が暗闇の中で釜利谷君と揉み合っているような声が聞こえた。『捕まえた!』とか『放せ!』とかね。僕は一瞬パニックになっていたが、少し経って電子生徒手帳を起動すれば光が得られるはずと気付いた」

 食堂で停電が起きた際も、伊丹さんが冷静になって電子生徒手帳を起動したことで真っ暗よりはマシな状態になっていた。夢郷君もそれに気付いて起動を試みたようだが…。

「―――起動しなかったんだ。電源を押しても全くね」

「…え? そんなことがあるの?」

「ああ。もちろんバッテリーは十分にあったはずだし、現に今はきちんと起動できている。あの時、何らかの要因で停電と一緒に電子生徒手帳の起動も封じられてしまったんだ」

「…でも、食堂にいた俺達の電子生徒手帳は普通に起動できてたよ」

「ええ、私も自分の電子生徒手帳をライト代わりに使用していました」

「ふむ…? では何故食堂の外にいた僕達だけ起動できなかったのだろうか」

 停電に続き、夢郷君から不思議な現象が語られた。電子生徒手帳の起動ができないなどと言う事象は食堂にいた俺達には一切起きなかった。夢郷君だけでなく山村さんや土門君も起動しなかったのであれば、停電時の暗闇の中で視界を得る方法は皆無だったということになる。

 

「それはそれで気になるけど……。もみ合いになっていた土門君と釜利谷君はどうなったの?」

「ここから先のことは視界が真っ暗の状態だったから、音で推測した範囲の話になるがね。僕が電子生徒手帳のことに気を取られている間に、2人の声はしなくなっていた。山村君と電子生徒手帳が起動しない旨を確認した直後、暗闇の中で土門君がこう言った。『三ちゃんに逃げられた』と。その後はしばらく三人で廊下に待機していたのだが、一向に停電が回復しないのを見て土門君が『解決の方法を探してくる。お前らはここにいろ』と告げてどこかに去ってしまった。僕は止めたんだがね、彼は床を這って廊下の奥に行ってしまったようだった。その後は、僕は土門君の言う通りに廊下に伏せて待機していたというわけだ」

「土門様を追わなかったのですか?」

「正直、彼や釜利谷君のことも気にはなっていたがね。既に予想外の事態が何度も起きている以上、これ以上イレギュラーな事態を起こすことを警戒してしまったんだ。僕は山村君に声をかけながらその場に待機していたのだが、途中から山村君も呼びかけに答えなくなっていたことを加味すると、彼女もまた自分の足で土門君を追いに行ってしまったようだね」

 そうして夢郷君の話は停電回復後、俺達と合流するところまで繋がった。彼が開口一番にランドリーを気にしていたのも、ダメ元とはいえ一応ランドリーの中に釜利谷君が残っていないか確認したかったとのこと。今の話を聞くに釜利谷君は暗闇の中で廊下を抜けてどこかに行ったようにも思える。視覚が全く機能しない状況でどうやってそんなことをしたのだろうか?

 


 

コトダマ入手:

 

【夢郷の証言】

 停電前、釜利谷が所用でランドリーに入ろうとしていた。口論の後、結局は土門が同伴することでランドリーへの入室を認めた。その後、停電が発生した。電子生徒手帳を起動しようと試みたが、ボタンを押しても起動せず、真っ暗闇の中で行動することになってしまった。黒幕に襲われる可能性があったため、声や物音を立てないように土門から声をかけられた。夢郷は廊下に伏せて待機していた。しかし足音や扉を開くような音が続いたため、少し後に周囲の人間に声をかけたが、誰からも返答はなかった。

 それからさらに後、停電が回復した時には廊下には自分しか居なかった。

 


 

「お話、ありがとう。夢郷君が置かれていた状況はだいたい理解できた。…そうだな、今の話を聞くに……ランドリーが気になるかな」

「同感です。釜利谷様がそこに入りたがったことと、その直後に停電が起きたことは無関係とは思えません。ランドリーに何かが隠してあると考えた方が自然でしょう」

「うむ。僕もランドリーの中は細かく確認できていないからね。調べてみるとしようか」

 俺たち三人の足は自然とランドリーに向かっていた。中央に長椅子と小さな机がありその横には雑誌などが並べられたラックとゴミ箱。壁一面にはズラリと並んだ洗濯乾燥機。

「一見すると変わりはないようだが」

 そう言いつつ夢郷君は次々に洗濯乾燥機を開けていく。乾燥が終わったままの状態で服が放置されているものもいくつかあったが、気になるものはない。

 ―――そういえば、さっきの夢郷君の話では釜利谷君はランドリーで”しゃがんでいた”と言っていたな。ということは。そう思い、俺はしゃがみ込んで床を端から凝視していった。

「…うん? ここ、何かない?」

 すると、ランドリーの中央付近の長椅子の下、そこの床に四角を描くように細い溝が彫られているのを見つけた。よく観察しなければ見つけられないほど細く浅い溝だった。その四角の中央には窪みがあり、それを押すと取っ手が飛び出てきた。

「これは……床下収納や配電盤なんかによく使われるような蓋じゃないか」

「こんなものが床に仕掛けられていたとは全く気付きませんでした」

「…開けるよ」

 一抹の不安を覚えつつも、俺は慎重に取っ手を引っ張って蓋を持ち上げた。だが、毒ガスや電流が襲い掛かる、などと言うことはなく――。

 

「ブレーカー…?」

 そこにあったのは、黒いレバースイッチが何個も並んだブレーカーだった。部屋ごとに電気の供給を遮断でき、「1F」「2F」と書かれたスイッチは恐らくその階の電気を丸ごと切り替えられるものだと推測できる。部屋の電気だけでなく、扉の電子ロックもオンオフを切り替えられるようになっている。食堂のように夜時間は入れなくなるような部屋はこれを使ってロックをかけているのかもしれない。

「なるほど、これで停電の原因が分かりましたね。釜利谷様はここで密かにこのブレーカーを落とし、施設内に停電をもたらした。入り口からは位置的に長椅子に隠れていますし、即座に蓋を開けてスイッチ操作ができれば目撃される前に停電を起こすこともできたはずです」

 入間君の予想は概ね正しいだろう。停電を起こし得る決定的な要因だし、釜利谷君の行動とも整合性が取れる。だが、ブレーカーのスイッチを見てもう一つ気になることがある。

「僕達の名前が書かれたスイッチがあるね。これは何の電源を切り替えるものなのか」

 ブレーカーの端の方に、俺達16人の名前が書かれたスイッチが意味深に並んでいる。スイッチは全て「ON」に設定されている。

「普通に考えたら個室の電気だと思うけど…。それっぽいのがこっちにあるんだよなあ」

 一方で、「個室①」「個室②」…「個室⑯」と書かれたスイッチも別に並んでいる。こっちは名前ではないが、16個あるということは俺達の個室を指していると考えるのが自然だ。

「…一つ、思いついた仮説がある。予想外の結果になるリスクはあるが、今は緊急事態だし躊躇ってはいられない。これを見ていてくれ」

 そう言って夢郷君は自分の電子生徒手帳を起動した。その画面は何の問題もなく光り、情報を映し出す。しかし、夢郷君が自分の名前の書かれたスイッチを「OFF」に切り替えた数秒後、電子生徒手帳は強制的にシャットダウンして画面は暗転してしまった。

「…!? これは…」

「やはりね。おかしいと思っていたんだ。停電の折、極めて耐久性も高いこのタブレットが故障したわけでもなく突然起動しなくなった理由。それはこのブレーカーだ。どういう仕組みかは分からないが、この名前付きのスイッチはその人の電子生徒手帳を遠隔で強制的にシャットダウンさせる機構のようだね」

 夢郷君がブレーカーを「ON」に戻して再度電源をつけると、電子生徒手帳は問題なく起動した。試しに俺も自分の電子生徒手帳で試してみたが、やはりブレーカーのスイッチに呼応して強制的にシャットダウンさせられた。

「施設内の電気だけでなく電子生徒手帳まで停止できるとは。まるで予め停電を起こすことを想定されているかのような機能ですね」

「やはり迂闊だったな。釜利谷君は黒幕側の人間だ、こういう裏手段はいくらでも持っていたのだろう。停電もその中の一つに過ぎないと思われる」

 確かに黒幕と繋がっていると自ら明かした釜利谷君には、彼しか知らない施設の仕掛けがあったとしても何らおかしくはない。御堂さんが彼に最大限の警戒をしていたのも頷ける。結果的には彼に出し抜かれる形となってしまったが。

 


 コトダマ入手:

 

【停電】

 釜利谷達が食堂を出た少し後に発生した停電。校内中が真っ暗になり、電子生徒手帳の明かりを頼りに行動するほかはなくなった。また、食堂の扉やエレベーターもロックされ、使用不可となった。また、食堂の外で行動していた夢郷、山村、土門の3人は電子生徒手帳の電源も入れることができなかった。

 

【隠しブレーカー】

 ランドリーの床下に隠されていたブレーカー付き配電盤。これを下ろすと施設内を意図的に停電させることができる。また、各生徒の電子生徒手帳のオンオフを切り替えるスイッチも存在し、これを落とすことで対象の生徒の電子生徒手帳を遠隔で強制シャットダウンできる。

 


 

 俺達の身に起きた異常な事態の数々。それらを解き明かすための鍵が少しずつ明らかになってきた気はする。しかしこれだけではまだまだ全ての謎を解明するには程遠い。まだ釜利谷君と津川さんの安否も分からないし、彼らを探しに行った面々が戻るまでにできる限りの情報を集めておかなければならない。そう思っていた矢先に階段を降りてきた前木君達が視界に入った。

「葛西達か。そっちの調査はどうだ?」

「少しずつ、だけどいろいろ見えてきたってところかな…。そっちは?」

「残念ながら二階には津川も三ちゃんもいなかった。机の裏や掃除用具入れ、男女のトイレも山村たちのグループと手分けして探したんだがダメだった。まだ解禁されていないエリアにいるんじゃないかと思ったけど、モノクマが”そこにはいないから探そうとするな”ってうるさくてな…」

 二階には二人ともいなかった。その情報が最悪の想定を加速させる。やはり、あの焼却炉で二人とも…。

「女子グループは一階の他の場所を当たったのでしょう? 彼女らの報告を待ちましょう」

「いや…二階の女子トイレを探してもらう時に話したんだが、やっぱり一階にもいなかったそうだ。二人ともどこにもいないんだ」

「そういうわけでして、拙者達は最後の望みをかけて体育館の方を探してくる所存にござりまする。とはいえ、停電でエレベーターが停止していた以上可能性は限りなく低いですが…」

 と、丹沢君が付け加える。

「待ってくれないか。土門君。停電した後の君の行動について話を伺いたいのだが…」

「あ? あぁ…そうだな、オレっちもいろいろ整理したいと思ってたんだ。三人で動かなきゃいけないんだったら丹沢と一緒に体育館を探しながら話そうや」

 前木君たちの後ろで何かを考え込んでいるように見えた土門君を夢郷君が呼び留める。一緒に行動していた彼の行動履歴を知るのは夢郷君にとって最優先事項なのだろう。

「じゃあ体育館は丹沢たちに任せる。葛西、こっちはこっちで調査を続けよう。どこか調べたいところはあるか?」

 仕方ないとはいえ、三人組でしか動けないというのはなかなか不自由なものだ。だが、調査を止めるわけにはいかない。次に向かうべき場所は…。

「一旦食堂を見ておきたい。さっきはバタバタしていたし、煙が出てきた件についても気になる」

 先ほどまで俺達が集まっていた食堂。そこにも何か情報が残っているのではないかという予感がした。それに、停電を終えて食堂を出る際に煙が発生したことについても事実確認をしておきたい。

 

 入間君と前木君を伴い食堂へと戻った。食堂はさっき飛び出した時と何ら変わらない状態のままであり、唯一食堂内に充満していた煙がほとんど無くなっていることだけが変化と言えるだろう。いくつかの椅子や机が倒れたり位置がズレたりしている様子が、先ほどまでの切迫した状況を示しているように思えた。

「まだかすかに焦げたような臭いはしますが…煙はほぼ無くなっていますね。それにしてもイヤな臭いですね…。ただ何かが焦げたのとは違うような…」

 入間君は思い出せていないようだが、俺はこの臭いが何故不快なのか知っている。初日、吹屋さんがモノパンダによって雷に打たれた後に釜利谷君が話していた言葉だ。

 


 

「ホラ、焼肉とか行くと服に残るだろ? 何とも言えない独特なニオイがさ。タンパク質と脂肪組織が焼けるニオイってすぐ分かるんだよ。焼死体を見慣れてる奴にはな」

 


 

 こんな形でその豆知識の裏付けをすることになるとは。目を背けていた現実がいよいよ我が身に重くのしかかる。やはり、釜利谷君と津川さんの少なくとも片方、もしかすると双方が焼却炉で焼け死んだのは間違いない。

「そういえばその煙って、確か食堂の奥の方から出てきたんだよな」

 そんなことを考えていると、前木君がそう言いながら食堂の隅の方へと進んだ。彼の言うとおり、あの煙は食堂の隅の方から発生した。さらに厳密に言うなら…。

「これ、かな」

 俺は食堂の隅に位置する通気口の前に立った。天井から垂れ下がるようにして壁沿いに開口している通気口からは、そのイヤな臭いがより強く漂っている。先ほど焼却炉にいた時に散々浴びた臭いではあるが、一度廊下に出たからこそひと際強く感じる。

「さっき小清水さんとトラッシュルームで調査していた時に、焼却炉に煙突があるのを見つけたんだ。俺は煙突の中までは見られなかったんだけど、彼女が確認したところでは横穴があったらしくて、”他の部屋の通気口と繋がっているんじゃないか”って」

「…では葛西様は、食堂の煙はトラッシュルームの焼却炉から通気口を逆流して現れたと? 確かにそれならこのイヤな臭いも説明が付きますが、それなら普段焼却炉が稼働するたびにここに煙が充満してしまうはずではないでしょうか?」

 入間君の言う通りではある。普段からトラッシュルームはゴミを焼却するため何度も稼働していた。それなのに食堂に煙が充満したことは一度もなかった。何か今回限りの違いがあるはずだ。

「なあ、この通気口ってこんな風に口が開きっ放しだったっけ? 何か金網みたいなのが付けてあったと思うけど…あ、これか?」

 前木君が拾い上げたのは通気口を塞ぐ金網だった。しかし実際に通気口にあてがってみると、変形可能な突起で簡単に抑えてあるだけで誰でも簡単に付け外しできてしまうものであることが分かった。

「なるほど。この金網は簡単に取り外しができるけど、今こうして外れてたってことは誰かが外したってことになるね。誰か、外さなきゃいけない理由のある人がいたってことになる」

 …一つ、思い浮かぶ可能性はある。まだ確信ではないため前木君たちに話すのはためらわれるが、この仮説が正しいならこの通気口は…。

「ちょっと中を照らすね。椅子倒れないように支えてて」

 バランス感覚の優れた人ならば壁際の棚に足を引っかけて通気口にアクセスすることも可能なのだろうが、俺は自信が無いのでそのあたりの椅子に乗っかって通気口の中を覗くことにした。

 通気口は焼却炉の煙突と同じく、小柄な人であれば辛うじて通れそうな程度の幅となっている(俺は厳しそうだ…)。内部を電子生徒手帳のライトで照らしてみると、僅かに煤が付着した通気口の内壁には、破れたフィルターが外枠だけ取り付けられていた。フィルターが壊される前は、通気口の流路を塞ぐような形でフィルターが掛かっていたと推測できる。それが破られているということは、つまり―――。

 

「そのフィルターは恐らく空気は通しつつ煙などの有害な物質のみをブロックするものなのでしょうね。引き裂かれていたというのは気になりますが…」

「やっぱりこの通気口、何かありそうだよな。それが何なのかって言うとピンと来ないけど…」

 前木君と入間君が話し込む中、俺は顎に手を当ててじっと考え込んでいた。この食堂で他に気になることと言えば、やはり忽然と姿を消した津川さんと安藤さんのことだ。津川さんは未だに行方不明、安藤さんは煙突の中から焼却炉に落ちてきたところを発見された。二人の動線を辿るなら、やはり可能性は一つしかないのではないか。

 


 

コトダマ入手:

 

【津川梁の所在】

 コロシアイ発生前、津川は葛西達と同じく食堂にいた。しかし停電直後、忽然として姿を消してしまった。停電中に電子生徒手帳の明かりを元に探すが、見つからず。停電回復後も姿を見せておらず、捜査時間にも見つからなかった。依然として行方不明のままである。

 

【通気口】

 施設内を駆け巡るダクト。小柄な人物なら這って通ることができるくらいの幅になっている。食堂を始め施設内のあらゆる部屋に繋がっており、トラッシュルームの煙突にも繋がっている。

 煙突からの煙が逆流しないように通気口内にはフィルターが設けられているが、食堂の通気口に設けられていたフィルターは鋭利なもので裂かれていた。

 

 


 

「時間が無いから今聞いておきたいんだけどさ、前木君たちは二階で釜利谷君たちを探している時に何かめぼしいものは見つけてないの?」

 続けて俺達は食堂とキッチンで何か変化はないか調べていた。冷蔵庫の中まで徹底的に、調べ残しが無いように変化を洗い出す。今のところはあの通気口以外に変化はないが、変化が無いと分かるだけでも収穫だ。その合間、調査の時間を少しでも削減するために前木君に二階での調査状況を尋ねることにした。

「え? あぁ…二階に上がったらすぐに土門が放送室に向かってな。最初に放送室を調べたんだ。人の確認をしてただけだからそこまで詳しく見たわけじゃなかったんだけど、壁に設置されてる配電盤が開いてたから見てみたら、施設内の部屋の名前と全員の名前が書いてあるいかにも怪しいツマミが並んでてさ」

「おや、それは……」

「あ、そういえばそれで一つ思い出した。その時は他の部屋を早く確認したかったからスルーしてたんだけど、二階を全て見終わった後に気になってもう一回放送室を見に来たら、その時に”夢郷”って書かれたツマミが勝手に降りたんだ。そんで数秒後にまた勝手に上がった。ビックリしたんだよ。まあ夢郷本人は何ともなさそうだったから安心したけど…。あの配電盤、なんだったんだろうな」

 俺と入間君は同時に目を丸くした。前木君が話しているその怪しい配電盤というものは、さっきランドリーで見つけた隠しブレーカーによく似ている。似ているというより、同一の物の可能性が極めて高い。

 

「…え? ランドリーにもあったのか?」

 俺と入間君がさきほどランドリーで見つけたブレーカーの話をすると、今度は前木君が目を丸くして驚いていた。

「しかも、さっき夢郷君の名前が書かれたツマミが勝手に降りたと言っていたよね? たぶんだけどまさに同じタイミングで俺達もランドリーでブレーカーを見つけてて、夢郷君が試しにと自分の名前のブレーカーを落としていたんだ」

「ということは、そのブレーカーはランドリーだけでなく放送室にもあり、かつ両者の操作状況は共有されるということですね。片方で特定のブレーカーを落とすともう片方の同じブレーカーも落ち、逆に上げるともう片方も上がると」

 入間君がそうまとめた。放送室の方のブレーカーはランドリーのように隠匿されていたわけではないようだが、元々配電盤や操作パネルのようなものがたくさんある部屋だったから特に気にしていなかった。思えばモノクマが放送室をアトリエと称して気に入っていたのも、そういうギミックのある部屋だったからなのか。

「なんでそんなもんが放送室にあったかは分からないけど、黒幕と繋がってた三ちゃんなら知っててもおかしくはないか…」

「そうですね。最も、彼がこの放送室を訪れてこれを操作する暇があったかは別ですが」

「ん? 葛西、なんか気になることでもあったか?」

「いや、ごめん。ちょっと考え事をしてた」

 2人が会話をしている間、俺は自らの手帳のページを戻って過去に記載した内容を見返していた。放送室と聞いて思い出すことが他にあったからだ。それは確か、"放送の優先度"に関する情報だ。

 


 

『まあ結論だけ先に言っちゃうと、ここの放送は"早い者勝ち"なんだよね! 先に放送を始めた方の放送が終わるまで後から放送を始めた方の声は届かないんだ』

「…?? と言うと?」

『日本語ってムズカシイね〜。ボクもクマなりに頑張って説明してるつもりなんだけど、どーもこういうのはニガテなんだよね〜。じゃあ具体的な事例で話せば分かる? 例えば毎晩22時、ボクは自動放送で夜時間のアナウンスを流しているよね』

「夜時間は食堂が閉鎖されます〜的なヤツだろ?」

『そうそう。もし仮に21時58分に放送室に忍び込んで自分の歌声を放送した不届きものがいるとするよ。まあ校則で禁じられてはいないからこっちは何もできないんだけど、その放送が22時を過ぎても続けられていた場合、ボクの夜時間のアナウンスは流れずにソイツの歌声だけが流れ続けるってコト』

「…じゃあ、逆にその人が22時すぎ、モノクマのアナウンスが始まった後に放送しようとしたら?」

『その場合はボクの放送だけが流れてソイツの歌声は一切流れないよ! ザマーミロ! ただ、ボクの放送が終わった後も歌声を流し続けていた場合、ボクの放送が終わった瞬間にソイツの放送に切り替わるから施設内の人はビックリするかもね』

 若干ややこしい話だが、要は二つの放送が同時に行われた場合、二つの音声が重なって放送されるということはなく、開始が早い方の放送が優先されて流れるという仕組みのようだ。

 


 

 放送は早い順。そんな情報がこの事件に対して関係しているとは思えないが、モノクマがわざわざこんな複雑なルールを提示してきた以上、何かしらに関わっている可能性も否定できない。何か放送に関する懸念事項があったような気がしたけど、なんだったっけ…。情報が錯綜しすぎて上手く思い出せない。…裁判が始まる前には情報を整理しておこう。

 


 

コトダマ入手:

 

【放送室の仕組み】

 モノクマが数日前に語っていた放送設備の仕組み。施設内にはモノクマの放送を始め幾つか施設内に放送を行う設備があるが、生徒達が取り扱うことができるのはこの放送室のみ。また、同じ時間帯に複数の放送が行われた場合「早い者勝ち」となり、早く放送を始めた方の音声だけが放送される。なお、放送室ではマイクのスイッチをONにしておけば音声を入力していなくても放送している扱いとなる。

 

コトダマアップデート:

 

【隠しブレーカー】

 ランドリーの床下に隠されていたブレーカー付き配電盤。これを下ろすと施設内を意図的に停電させることができる。同じものが放送室の機材の中にも存在し、両方で電力のオンオフを切り替えることができる。ブレーカーの状態は共有されているため、片方が落ちるともう片方も落ちた状態となり、逆もまた同じ。

 また、同じ配電盤には各生徒の電子生徒手帳のオンオフを切り替えるブレーカーも存在し、これを落とすことで対象の生徒の電子生徒手帳を遠隔で強制シャットダウンできる。

 


 

「…結局、キッチンは変化なしか」

 放送室についての情報交換をしつつキッチンの調査を進めたが、結局思い当たるような変化は見つからなかった。これも一つの収穫…と言いたいところだが、全ての部屋にこんなことをしていたら丸一日ではきかないだろう。モノクマが捜査時間と言っていたこの時間がどの程度のものか分からないが、流石に丸一日は待ってくれないはずだ。

「時間がありません。次はどこを調べますか?」

「次、か…。二階も気になるところだけど……」

「あ、葛西君ではありませんか!」

 次にどこを調べようかと思案に耽りながら廊下に出ると、山村さんに声をかけられた。亞桐さんと吹屋さんもおり、ちょうどさきほど前木君たちと手分けして二階を探索していた女子メンバーが集っている。

「さっき土門と夢郷と丹沢に会ってさ。巴ちゃんの話とすり合わせてたんだよ。あの停電の時間に何をしていたかって」

 亞桐さんが言うには、俺達が丹沢君たちと別れて食堂に入った直後に山村さん達が彼らに会い、ランドリーで停電した後の話を少し交わしたとのこと。せっかくなので俺も山村さんの証言を改めて聞くことにした。

 

「えっと…私は停電が起きた時、ランドリーの入り口前の廊下にいたんですけど停電でパニックになっちゃって。夢郷君の声で電子生徒手帳を起動しようとも思いましたがそれも上手く行かなくてますますパニックになっちゃって。冷静さを取り戻すのに時間がかかったんですけど、夢郷君や土門君の声掛けでなんとか冷静さを取り戻し…。体感10分くらいは三人で待っていたと思うんですが、やがて土門君が『停電の原因を探してくるからお前らは待ってろ』みたいなことを言いまして。夢郷君が止めていたんですけど彼は廊下を這って奥の方…ちょうどトラッシュルームとか階段がある方向に行ってしまったんです」

 山村さんの証言は今のところ夢郷君のものと矛盾はない。土門君が向かっていった方向については新情報だ。俺は手帳にその情報をメモしながら次の情報に耳を傾けた。

「土門君が去った少し後、彼が去った方向から足音と…扉を開くような音が聞こえたような気がしたんです。私は嫌な予感がして、真っすぐそっちの方に向かいました。夢郷君から声をかけられていた気はしたのですが、無我夢中で…。とはいえ視界も全く役に立たない中だったので、私も土門君を真似て床に手を当てながら辛うじて這って行くような形で…。しばらく進むと階段に触れて、いつの間にかトラッシュルームを通り過ぎて階段に出ていたことに気が付いたんです。すると今度は二階から再び足音が聞こえて来たので…怖いな~怖いな〜と思いながら一歩一歩ゆっくりと階段を上がり、踊り場に差し掛かったところです…」

「なんか怪談噺みたいな喋り方になってないか?」

「階段だけに、でありんすね!」

「こんな時にふざけたこと言うなよ」

「突然背後から襲われたんです! 睡眠剤を仕込んだハンカチというベタな感じで襲われて意識が抜けてしまいまして。ただ、意識が抜け落ちる直前にその暴漢に当身(肘打ち)を食らわせてやったんです! それだけはハッキリと覚えています」

 吹屋さん達の余計な合いの手はともかくとして、山村さんの話は重要な証言となりそうだ。彼女は暗闇の中で階段まで赴き、そこで何者かに襲われた。その相手は一体誰だったのか。そして、何故彼女を襲う必要があったのか。

 

「…で、気付いたら土門君に背負われて階段を降りるところでした。彼の話を聞いたところによると、最初に停電をした後に釜利谷君の腕を掴んでもみ合いになったそうですが逃げられてしまったらしく、私達に『ここにいろ』と言ってそのまま廊下を進んでいって―――彼が言うところによれば釜利谷君に逃げられた際に彼の足音が聞こえた方にゆっくりと進んでいったそうですが…。つまりトラッシュルームの方角ですね。ただ、彼も床を這っていたこともあってトラッシュルームを通り過ぎてしまい、階段に辿り着いたと。そこで停電が回復したところ、踊り場で私が倒れているのを見つけ、背負って階段を降りたところで葛西君たちと合流したそうです」

「………?」

 これで、ランドリーで停電があった後の証言を夢郷君、山村さん、土門君の目線からそれぞれ聞くことができた。しかしこれらの話を照らし合わせると妙な違和感があるような気がする。彼らの話は本当に正しいのだろうか?

 


 

コトダマ入手:

 

【山村の証言】

 釜利谷と土門がランドリーに入った後で停電が起きたのは夢郷と同じ。土門が去った後、廊下のトラッシュルーム方面から扉の音と足音が聞こえたような気がしたため、音を頼りにその人物の方向へ向かった。階段へと到達後にも二階から物音が聞こえたため階段を上がるが、踊り場の部分で背後から何者かに襲われてハンカチのようなものを口に当てられ、失神させられてしまった。気付いたら土門に背負われていた。

 失神する直前、その人物に当身を浴びせた記憶がある。

 

【土門の証言】

 停電発生後、釜利谷の腕を掴んでもみ合いになったが、振りほどかれてしまった。彼の動向も気になったが追いかけるよりも夢郷や山村と待機することを優先した。しかししばらく待っても停電が回復する兆しを見せなかったため夢郷と山村に待機するよう声をかけた上で廊下の奥に進んだ。

その後、床を這って進みトラッシュルームを通り過ぎ階段下まで到達したところで停電が終わった。すると、階段の踊り場に山村が倒れていたため、背負って一階に戻ったところで葛西達と合流した。

 


 

「山村さん、その話なんだけどさ」

 と、俺が彼女に切り出した直後、施設内に設置されたスピーカーから唐突にチャイムが鳴らされた。授業の開始時、下校時なんかに鳴らされる、あのチャイムだ。

「うわっ、びっくりした」

『オマエラ、初めての捜査は順調かな? 最初ってコトもあって時間は長めにとったけど、もうそろそろ十分だよね? ボクもう楽しみで待ちきれないの。それじゃ、1Fのエレベーター前に集合! 善は急げだよ、モタモタしてオシオキされても知らないよ!』

 モノクマの声が施設中に響き渡る。考えるまでもないことだが、このアナウンスは俺達に与えられた捜査時間が終了したことを意味している。

「おいマジかよ! まだ全然調べられてないことだらけだぞ!」 

「…少なくとも我々はランドリー、食堂、キッチンなどは調査できました。あとは他の方々がどれだけ調査を進められているかですね」

 焦燥する前木君に入間君がそう告げる。確かに二階については放送室以外の話は聞けていないし、体育館を調査しに行った組の情報も気になる。

「本当に始まるの……? ”学級裁判”とかいうイカれたイベントが…」

 亞桐さんがぽつりと呟く。俺も、未だに実感が湧かない。つい一、二時間ほど前まで生きて動いていた生徒が死んで、その犯人を明かす裁判をするなど。―――と、喚いていてもその時は来てしまうのだが。そんなことを考えながら重い脚を動かす。

 

 曲がり角を曲がって廊下の奥、エレベータ前に集合するとそこには意外な人物が立っていた。

「…安藤さんに御堂さん!」

「おひさだぞよ~」

「………」

 安藤さんは先ほど身体中に付着していた煤はどこへやら、すっかり綺麗ないつもの姿に戻っている。御堂さんもまた綺麗な姿をしているが、その顔は見るからに憂鬱そうだ。

「お二人とも大丈夫でしたか!? モノクマにあんなことやこんなことされてませんか!? あっ、別にエッチな話じゃないですよ!」

「洗脳や催眠の類を疑っているのなら……恐らくそれは杞憂だ。最も、私自身の自己認識すら操られている可能性はゼロではないがな」

 御堂さんは事件前の高圧的な様子はなく、あくまでも冷静に答えた。

「我々は一切捜査を行っていない。私の知っていることは裁判の場で全て話すが、ほとんどの情報は貴様らから得るしかない。貴様らがミスをすれば私も共倒れだ。……頼むぞ」

 言葉の節々は相変わらずキツめであったものの、その言葉には素直に俺達に対する協力を仰ぐ意味合いが感じ取れる。コロシアイを起こす前に彼女が起こそうとしていた脱出計画とはどのようなものだったのか、それもこの事件を語る上では外せない謎だ。これから待ち受ける裁判を乗り切るために、彼女が持つ情報もきっちり語ってもらおう。

 

「あら、あなた達。お久しぶりね」

 その声に振り向くと、リュウ君、伊丹さん、そして小清水さんの三人がトラッシュルームを出てこちらに向かってきていた。

「お元気そうで何よりだぞよ~」

「御堂に安藤もいるか。無事そうではあるが…どこに行っていたのだ?」

「吾輩も分からぬぞよ。気が付いたら五体満足健康体でそこの空き教室に寝ておったからのう。アキネも同じく」

 治療をするとモノクマは言っていたが、彼女たちが具体的にどこに運ばれてどんな治療を受けたのかは全く分からない。その間の意識や記憶もないとなると、彼女たちがモノクマに何かされていないか心配になるのも当然だ。御堂さんの受け答えを見るに、今のところは問題なさそうだが。

 

「そんなことよりも、捜査は順調に済んだのだろうな」

 怪訝そうな顔で御堂さんと安藤さんを見つめるリュウ君に、御堂さんが鋭く問いかけた。

「私が立案した脱出計画は破られ、コロシアイが現実に起きた。こうなってしまった以上、我々には裁判に勝つしか道はないぞ」

「ええ、そうね。でも失敗したからって貴方を責める権利は私達にはないわ。貴方に頼りっきりだったわけだし。この裁判は貴方を頼れないからこそ、真に私達の実力と結束が試されるわけね」

「フン、物は言いようだな」

「御堂の話は裁判で聞くとして、葛西。お前に共有しておくことがある」

「え?」

 小清水さんと御堂さんの神妙なやり取りの後、唐突にリュウ君から名前を呼ばれた俺は驚きの声を漏らした。

「これの話ね」

 そう言って伊丹さんが差し出したのは一つの電子生徒手帳だった。

「これは……誰の?」

「起動してみて。ビックリするわよ」

 俺は不思議そうな表情を浮かべながらもその端末のスイッチを入れた。すると、いつも通りの起動画面の後に生徒名が表示された。

 

『釜利谷 三瓶』

 

「釜利谷君の!?」

「なんだなんだ、ちょっと見せてくれ」

 リュウ君たちの間に入るようにして前木君や入間君達も画面を覗きこむ。二人とも一様に驚愕をその顔に浮かべた。

「おいおい、本当に三ちゃんの電子生徒手帳じゃん」

「これ、どこで入手したの…!?」

 俺の問いに、リュウ君と小清水さんと伊丹さんの三人が順番に目を合わせたのち、リュウ君が答えた。

「”落ちていた”のだ。焼却炉の中にな」

「落ちていた…? 焼却炉のどこに?」

「煙突の真下よ。あなたと私で探した時はこんなものなかったのに、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()みたいよね」

 小清水さんがそう告げた。確かに俺と彼女で焼却炉内、煙突の真下を調査した時には電子生徒手帳など見つからなかった。足元の灰まで丹念に掘り起こしたわけではないが、それでも電子生徒手帳のような大きさものがあれば流石に気付いたはずだ。しかし、その時は見つからなかったものが後になってその場所から発見されたというのだ。これは一体何を意味しているのか?

「まさか、煙突の中に誰かが…」

「そう思って電子生徒手帳に気付いた時にすぐ上は見たんだけどね、うっすら空が見えるだけで人影らしいものは何にも見えなかったわ。あ~ヤダヤダ」

「出所も無論気になるが、さらに衝撃的なのは中身だ。時間が無い、手短に確認してくれ」

 リュウ君に急かされるように俺達は電子生徒手帳の起動画面を確認した。えっと……校則とかは特にみんなと変わらないはずだから…まずはチャットを見よう。

「俺は晩飯一緒に食わね?とかで何回かチャットは送ったな」

 画面を覗き込む前木君が言うとおり、前木君とは何回かメッセージのやり取りの痕跡がある。他はほとんどやり取りをしていないように思えるが…。

「ん? なんですか、これ……”秘匿”?」

 人名が並ぶ中、そのチャット欄のタイトルは「秘匿」と如何にも怪しいものだ。生唾を飲んでそのチャット欄を開くと、こんなやり取りが残されていた。

 


(釜利谷)「多少予定が変わったが、任務は達成した。ただ、傷を負ってしまったので焼却炉で死んだふりをしてしばらく身を隠す。御堂は殺せなかったが、気絶していて犯行を見ていない」

(相手)「了解。代わりに放送室の仕掛けをやっておくから音声ファイルを送ってくれ」

(釜利谷)(音声ファイル添付)


 

「………!!??」

 リュウ君が語った通り、衝撃的な内容だった。これは明らかに犯行の相談を行っている内容だ。相手は一体誰なんだ? モノクマを動かしている人間か? そして放送室の仕掛けとは…?

「考え込んでるところ悪いけどこれ聞いてみないか? もう時間が無いんだ」

 そう言いながら前木君はメッセージの最後に添付されている音声ファイルをタップした。俺は慌てて音量を最大にし、聞き逃すまいと構えたが―――。

 

『ゴゴゴ、ゴゴォォォオゴゴゴォォオオオ……』

 

「わっ!!」「ひぃっ!!?」

 俺を含め、その場にいたほぼ全員が恐怖に飛び上がる。忘れもしない、これは事件発覚直前にスピーカーから流れていた”ファラリスくん4号”を通した断末魔だ。聞くだけで心の底から寒気が止まらない。一体何故、こんなものが釜利谷君の電子生徒手帳に?

 


 

【釜利谷三瓶の電子手帳】

 釜利谷の電子手帳。何者かとのたチャットのやり取りと、録音データが残っている。

 捜査終了直前に焼却炉の中、煙突の下で発見した。最初に煙突を確認した時はこんなものは落ちていなかったはずだが…?

 

【謎のチャット履歴】

 釜利谷の電子手帳に残されていた、何者かとのチャット履歴。コロシアイメンバーの名前とは別に「秘匿」という表示名のチャットが存在し、以下のようなやり取りが交わされていた。

釜利谷: 「多少予定が変わったが、任務は達成した。ただ、傷を負ってしまったので焼却炉で死んだふりをしてしばらく身を隠す。御堂は殺せなかったが、気絶していて犯行を見ていない」

相手: 「了解。代わりに放送室の仕掛けをやっておくから音声ファイルを送ってくれ」

釜利谷:(音声ファイルを送信)

 

【録音データ】

 釜利谷の電子手帳に残されていた音声ファイル。電子生徒手帳本体で録音したデータらしい。

【謎のチャット履歴】にて相手に送付されており、「ファラリスの雄牛」を通した断末魔の音声が記録されている。

 


 

「オイオイオイ、いい加減にしろよオメーラ!! いつまで待たせんだ!!」

 尻もちをついたついでに視界に飛び込んだのは、顔を真っ赤にして腕組をするモノパンダの姿だった。そして、エレベータ前には津川さんと釜利谷君を除く全員が集まっていることが確認できた。

「か、葛西殿……悪い悪戯はやめてくだされ……一体どこでそんな声を録音したのでござるか」

「申し訳ありません、丹沢様。これは不可抗力というやつなのです。詳しくは裁判で説明しますので…」

「…それで結局、三ちゃんもリャンピーも見つからなかったでありんすか」

「調べれば調べるほど謎は増えるばかりだし……ハッキリ言って状況は最悪だぜぃ…」

 皆が不安そうな表情を覗かせている。当然だ。こんな経験人生で初めてなのだし、分からないこと、怖いことだらけだ。

 

「ウダウダ言ってねーでさっさとエレベーターに乗れ! 裁判の時だけの特注仕様だぞ」

 モノパンダがボタンを押して扉が開くと、それは普段使っているエレベーターとは打って変わって別物だった。鉄の檻のような、鉄骨の隙間から周囲や下を見下ろせるタイプのものに変わっている。エレベーターを変えるなど、一体どういう意図の芸当なのだろうか。

「ま、まさかこれに乗れと…!?」

 入間君が足と声を震わせている。高所恐怖症のようだが、確かにこのタイプのエレベーターは俺にとっても怖い。

 俺達は恐る恐る足を踏み出す。扉が閉まると、エレベーターは下に向けて降り始める。周囲が見えると言ってもエレベーターの垂直通路はとても暗く、ほとんど何も見えない。何も見えない地の底に俺達はただ降りてゆく。

 これから行われるのは命を賭けた学級裁判。最低でも一人、最悪の場合クロ以外の全員がオシオキと呼ばれる恐らく処刑クラスの罰を受けることになる。そう考えると、ここにいるメンバー全員が揃って地上に戻ることはもうないのではないか。

 みんなの息遣いと鼓動、そしてエレベーターの駆動音だけが響く暗黒の時間。永遠とも思えるほどに長い時間。土門君が先ほど言ったとおり、「状況は最悪」と言わざるを得ない。

 

「そういえば、まだ答えを聞いていなかったな」

 そんな俺に、ぽつりと御堂さんが言う。

「私は貴様を信じた。貴様は私達を信じるのか?」

 エレベータの通路の僅かな光が御堂さんの顔に当たる度、彼女の鋭い眼差しが見えた。それは、覚悟を決めた眼差しだった。真実に向き合うこと、そこから生まれる犠牲から決して目を逸らさないこと。―――俺も、覚悟を決めないと。

 

「うん。俺もみんなを信じるよ。みんなで答えを導こう。このコロシアイで何が起きたのか」

 

 ―――ついに始まる。命がけの騙し合い。命がけの弁論。命がけの質問。命がけの反論。命がけの信頼。命がけの裁判が。




〈コトダマ一覧〉

【モノクマファイル】
 被害者は???。死因は焼死。遺体はほぼ灰と化しており、原形を留めていない。

【リュウの検死結果】
 リュウによると、焼却炉にある死体の特徴は以下の通り。
・ほぼ完全に灰と化しており、僅かな骨片が残るのみ。
・身体的特徴や性別が明らかになるようなサイズの欠片は無い。
・死体の人数も判別できない。

【電子生徒手帳】
 葛西達コロシアイの参加者に配布されたタブレット状の電子手帳。簡易プロフィールや校則の確認はもちろん、個室の電子キーやチャット、録音、音声ファイルを予約再生するなど様々な機能を有する。本体も非常に耐久性に優れ、象が乗っても壊れない上に耐熱構造も有し、トラッシュルームの火力でも無傷で機能を保てるという。本体カバーを外した時点でモノクマに通知されるため、個人での改造も不可。

【追加校則】
コロシアイ発生直前にモノクマが追加した校則。
“以下の条件を満たす者は必ず学級裁判に参加すること。参加を拒否する態度を露わにしたものはその場でオシオキします。なお、学級裁判の結論として投票できる対象には、裁判に参加していない者も含まれます。
・生徒名簿にプロフィールを記載されている生徒であること。
・死体発見アナウンスが鳴った時点で生存していること。
・死体発見アナウンスが鳴った時点でこの建物の内部にいること。”

【津川梁の所在】
 コロシアイ発生前、津川は葛西達と同じく食堂にいた。しかし停電直後、忽然として姿を消してしまった。停電中に電子生徒手帳の明かりを元に探すが、見つからず。停電回復後も姿を見せておらず、捜査時間にも見つからなかった。依然として行方不明のままである。

【御堂秋音の所在】
 コロシアイ発生前、御堂は脱出計画遂行のため食堂を後にした。全員がトラッシュルームに入った時、御堂が入り口付近で気絶していた。伊丹によると頭を強く打った形跡があった模様。同じく気を失っていた安藤共々モノクマに連れ去られ、治療を受けている。裁判には意識がある状態で参加する予定。

【安藤未戝の所在】
 コロシアイ発生前、安藤は食堂で津川を探していたが、突如として行方不明になった。その後、捜査時間の最初の方に焼却炉の煙突から焼却炉内に落ちてきた。発見された際、煤だらけの格好で意識を失っていた。同じく気を失っていた御堂共々モノクマに連れ去られ、治療を受けている。裁判には意識がある状態で参加する予定。

【釜利谷三瓶の電子手帳】
 釜利谷の電子手帳。何者かとのたチャットのやり取りと、録音データが残っている。
 捜査終了直前に焼却炉の中、煙突の下で発見した。最初に煙突を確認した時はこんなものは落ちていなかったはずだが…?

【謎のチャット履歴】
 釜利谷の電子手帳に残されていた、何者かとのチャット履歴。コロシアイメンバーの名前とは別に「秘匿」という表示名のチャットが存在し、以下のようなやり取りが交わされていた。
釜利谷: 「多少予定が変わったが、任務は達成した。ただ、傷を負ってしまったので焼却炉で死んだふりをしてしばらく身を隠す。御堂は殺せなかったが、気絶していて犯行を見ていない」
相手: 「了解。代わりに放送室の仕掛けをやっておくから音声ファイルを送ってくれ」
釜利谷:(音声ファイルを送信)

【録音データ】
 釜利谷の電子手帳に残されていた音声ファイル。電子生徒手帳本体で録音したデータらしい。
【謎のチャット履歴】にて相手に送付されており、「ファラリスの雄牛」を通した断末魔の音声が記録されている。

【死体発見アナウンス】
 施設内で死体が発見された際にモノクマが流す放送。施設内の全ての場所に届き、死体の発見を知らせる。モノクマによると、このアナウンスは通常3人が死体を発見した際に行われ、複数の死体が一度に発見された際は死体の数の分だけアナウンスを繰り返す。しかし、何故か今回の事件では一切アナウンスが流れなかった。

【焼却炉“ファラリスくん4号”】
 校内で発生したゴミを処理する焼却炉。中は小部屋程度の広さがあり、灰や炭で溢れている。人感センサーを備えている。ゴミ投入口は人間が入れるほど大きく、分厚い扉が備えられている。上部に排気口となる煙突があり、上方に向かって伸びている。稼働した際の火力は非常に強く、遺体も急速に灰と化してしまう。
 また、モノクマが設計したこの焼却炉には、中にいる人間の絶叫を牛の頭の形状をした装飾から牛の鳴き声に変換して発する機能が備えられている。この鳴き声は自動で校内中に設置されているスピーカーを通して放送される。牛の装飾は焼却炉のゴミ投入口の真上についており、トラッシュルームの中では放送を通さない生の雄牛の声を聞くことができる。

【人感センサー】
 焼却炉内に備え付けられているセンサー。これが人間を検知している間、焼却炉は動作しない。ただし、一度焼却炉が起動すると人感センサーは機能しなくなる―――つまり、起動中の焼却炉に人間が入っても焼却炉が動作を止めることはないのではないかと疑われている。

【煙突】
 焼却炉の奥部から上方に伸びる煙突。かなり長いが、先の方に微かに光が見えることから外に繋がっている模様。四角いフレーム状の金属を繋ぎ合わせて作られており、継ぎ目の部分に手や足を引っ掛けることで登ることができる。

【通気口】
 施設内を駆け巡るダクト。小柄な人物なら這って通ることができるくらいの幅になっている。食堂を始め施設内のあらゆる部屋に繋がっており、トラッシュルームの煙突にも繋がっている。
 煙突からの煙が逆流しないように通気口内にはフィルターが設けられているが、食堂の通気口に設けられていたフィルターは鋭利なもので裂かれていた。

【焼け残ったリボン】
 焼却炉の入り口、ゴミの投入口に燃え残ったリボンが引っ掛かっていた。津川が身に着けていたリボンと同じものと思われる。

【津川の電子生徒手帳】
 焼却炉の煙突下付近に落ちていた津川の電子生徒手帳。灰の中に埋もれていたことと煤が付着していたことからある程度焼却炉の中に放置されていたものと思われるが、電子生徒手帳自体の耐熱性により機能は損なわれていない。

【放送室の仕組み】
 モノクマが数日前に語っていた放送設備の仕組み。施設内にはモノクマの放送を始め幾つか施設内に放送を行う設備があるが、生徒達が取り扱うことができるのはこの放送室のみ。また、同じ時間帯に複数の放送が行われた場合「早い者勝ち」となり、早く放送を始めた方の音声だけが放送される。なお、放送室ではマイクのスイッチをONにしておけば音声を入力していなくても放送している扱いとなる。

【停電】
 釜利谷達が食堂を出た少し後に発生した停電。校内中が真っ暗になり、電子生徒手帳の明かりを頼りに行動するほかはなくなった。また、食堂の扉やエレベーターもロックされ、使用不可となった。また、食堂の外で行動していた夢郷、山村、土門の3人は電子生徒手帳の電源も入れることができなかった。

【隠しブレーカー】
 ランドリーの床下に隠されていたブレーカー付き配電盤。これを下ろすと施設内を意図的に停電させることができる。同じものが放送室の機材の中にも存在し、両方で電力のオンオフを切り替えることができる。ブレーカーの状態は共有されているため、片方が落ちるともう片方も落ちた状態となり、逆もまた同じ。
 また、同じ配電盤には各生徒の電子生徒手帳のオンオフを切り替えるブレーカーも存在し、これを落とすことで対象の生徒の電子生徒手帳を遠隔で強制シャットダウンできる。

【夢郷の証言】
 停電前、釜利谷が所用でランドリーに入ろうとしていた。口論の後、結局は土門が同伴することでランドリーへの入室を認めた。その後、停電が発生した。電子生徒手帳を起動しようと試みたが、ボタンを押しても起動せず、真っ暗闇の中で行動することになってしまった。黒幕に襲われる可能性があったため、声や物音を立てないように土門から声をかけられた。夢郷は廊下に伏せて待機していた。しかし足音や扉を開くような音が続いたため、少し後に周囲の人間に声をかけたが、誰からも返答はなかった。
 それからさらに後、停電が回復した時には廊下には自分しか居なかった。

【山村の証言】
 釜利谷と土門がランドリーに入った後で停電が起きたのは夢郷と同じ。土門が去った後、廊下のトラッシュルーム方面から扉の音と足音が聞こえたような気がしたため、音を頼りにその人物の方向へ向かった。階段へと到達後にも二階から物音が聞こえたため階段を上がるが、踊り場の部分で背後から何者かに襲われてガス缶のようなものを口に当てられ、失神させられてしまった。気付いたら土門に背負われていた。
 失神する直前、その人物に当身を浴びせた記憶がある。

【土門の証言】
 停電発生後、釜利谷の腕を掴んでもみ合いになったが、振りほどかれてしまった。彼の動向も気になったが追いかけるよりも夢郷や山村と待機することを優先した。しかししばらく待っても停電が回復する兆しを見せなかったため夢郷と山村に待機するよう声をかけた上で廊下の奥に進んだ。
その後、床を這って進みトラッシュルームを通り過ぎ階段下まで到達したところで停電が終わった。すると、階段の踊り場に山村が倒れていたため、背負って一階に戻ったところで葛西達と合流した。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。