エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を   作:江藤えそら

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非日常編③ 黄昏に嘆くものたち

 その問いに、土門君は唖然とした顔でこちらを見つめるばかりで返事はしなかった。数秒間の沈黙の後、夢郷君が口を開く。

「ふむ、ずっと抱いていた違和感の正体はこれだったか。思えば土門君は釜利谷君が最初にトイレに行きたいと言った時も真っ先に付き添いを名乗り出ていた。もしかするとその時から既に彼はそうなることを狙っていたのではないかとすら思える」

 


「さーてと。メシ食ったらトイレ行きたくなっちまったな。誰か連れてってくれよ。オレ一人で行かせられねーだろ?」

 ご飯を食べ終わったかと思うと、次に釜利谷君はそんなことを言い出した。

「ご飯の次はトイレって…本当に拘束されてる自覚あるんですか?」

「生理現象に文句言われてもな。ごちゃごちゃ言ってるとここでブチまけるぞ」

「デリカシーのカケラもないでありんすね!! もうちょっと上品な言い方はないんでありんすか!?」

「分かった分かった、オレっちが連れてくよ」

 険悪な雰囲気になりかけたのを見かねて土門くんが再び腰を上げた。


 

「…おいおい、そんなの偶然だろ? お前ら一体何が言いてぇんだよ」

 土門君は引き攣った笑いを浮かべながらそう問いかける。まだ確信ではないが、可能性を挙げることならできる。それはーーー。

君が釜利谷君の犯行を幇助したのではないか―――という疑惑だよ」

 俺がそう言うと、土門君は「はぁ?」と上擦った声を上げた。

「葛西よ、こんな場で冗談言うもんじゃねぇ。オレっちが三ちゃんを助けて何の得があるんだよ?? 三ちゃんが勝ったらオレっちだってオシオキされるんだぞ?」

「動機の話は無意味だ。否定するなら状況証拠が無くてはな」

 と、御堂さんが返す。それまでの裁判で口数が少なかった土門君だが、流石に自分に矛を向けられては黙ってはいられない。額に青筋を浮かべて怒りを抑えている様子が窺える。

「…ショックだぜ、オレっちにそんな疑いを向けるなんてよぉ。オレっちは良かれと思って三ちゃんのお守りを買って出たんだぞ? それがこの言い様とはどういう了見だい!」

「いや、それについては申し訳ないとは思っているんだよ。だからこそ君が潔白であることは論理的に証明したい」

「潔白も何も、オレっちがどう三ちゃんのやったことを幇助できるんだよ! まさかランドリーで取り逃したのがワザとだって言いたいのかよ?」

「その疑惑はある、が…証明はできんな」

「人のやることに文句ばっか言いやがって! じゃあお前ら真っ暗な中で三ちゃんを捕まえられるってんだな!?」

「…話の腰を折って悪いんだけど、それも疑問だよね。どうやって釜利谷は真っ暗な中で土門の手をすり抜けて逃げられたの?」

 ふと亞桐さんが疑問を口にする。確かに、停電で真っ暗な中で正確にランドリーから逃げられたのであれば、それに関する説明は必要なのではないか。

「それについては考えても仕方が無い。何故なら、停電を起こしたのが釜利谷である以上、例えば暗視ゴーグルのようなものを事前に用意することは可能だったはずだ。黒幕側と繋がっているのならそれくらい準備できるだろう。そして、使用後は津川を殺害した時にでも焼却炉に放り込めば灰となり完全な隠滅が可能だ」

「…仮に私を襲ったのが釜利谷三瓶だとすると、暗闇の中で正確に私の頭を殴れたのも何かしらの視覚方法を得ていたと見るべきだろうな。食堂で奴の持ち物を調べた時はそのような物は持っていなかったが、おおかたランドリーのブレーカーボックスの中にでも仕込んでいたのだろう」

 と、リュウ君と御堂さんが説明する。焼却炉が犯行に関わる場所として存在する以上、証拠品によっては完全な隠滅が可能だ。それが今回の事件の予想を難しくさせている。

 

「だったらオレっちが三ちゃんを捕まえ損ねたのも納得だよな? オレっちは何も見えなくて、三ちゃんだけが見えていたんだから」

「それはそうでござりまするな……」

 釜利谷君だけは停電の制限を受けないと考えると、彼ができる行動は飛躍的に多くなる。体格の良い土門君が彼を捕まえられずに逃がしたというのも一定の説得力は生まれる。

「そもそも、停電中に三ちゃんがトラッシュルームに行って御堂を殴ったって推理してたよな? そこまでは分かるけどよぉ、そこで津川まで殺すのは不可能だろ!」

「なんでそう言い切れるんだ?」

「なんでって、さっきの議論を忘れちまったのかぁ? 津川が殺されたのはオレっちたちがトラッシュルームに突入する直前だっただろ? あの放送が聞こえたタイミングだったんだからよ。でも、今の議論だと津川が殺されたタイミングは停電中ってことになる。明らかに矛盾してるじゃねえか」

「……!」

「そ、そうなのか?」

「ちょっと待って。いったん整理するね」

 俺は手元の手帳のページをめくりながら時系列の整理に取り掛かった。まずは、これまでに明らかになっている事象からまとめていこう。

 


・安藤さんは津川さんの後を追って通気口に入った。その後煙を浴びた。その間、安藤さんは津川さんとすれ違っていない。

・かつ、津川さんは煙を感じたらすぐに引き返すよう御堂さんから言われていた。

・通気口を通る練度や体格による通りやすさを考慮すると、津川さんが通気口を通る速度は安藤さんよりも早かったと思われる。

・恐らく津川さんは煙を感じる前―――つまり焼却炉が稼働する前に焼却炉に到達していた。だから通気口を引き返してくることはなく、安藤さんと出くわすこともなかった。

・つまり津川さんは停電の後、ほぼノンストップで通気口を通り抜けて焼却炉に到達していたことになる。

・しばらく後、安藤さんは煙の量が減った=焼却炉が停止したことを感じて通気口の奥に進んだ。この時焼却炉が止まったのは、リュウ君がトラッシュルームに突入して焼却炉を停止させたタイミングで間違いないだろう。

・俺達がトラッシュルームに突入したのは停電が終了し、電力が回復した後だ。よって、安藤さんが通気口の進行を再開した時には停電は終わっていたことになる。

 

 以上の事柄を整理して時系列にするとこうなる。

①停電発生→津川さんが通気口に入る

②安藤さんが通気口に入る

③津川さんが焼却炉に到達する

④焼却炉が動き出す

⑤安藤さんが通気口内で煙を感じ、立ち往生する

⑥停電終了

⑦焼却炉の稼働が停止する(=トラッシュルームに突入したリュウ君が焼却炉を停止させた)

⑧死体発見

⑨安藤さんが意識を失って焼却炉内に落ちる

 

 一方で、御堂さんがトラッシュルーム内で襲われたのは停電中の出来事だった。仮に御堂さんが襲われたのが③~⑤の間なら、御堂さんが襲われた現場に津川さんも居合わせていないと辻褄が合わない。そこで、先ほどの議論で「御堂さんを襲った犯人がそのまま居合わせた津川さんを殺した」という結論が出た。その犯人候補として釜利谷君が上がったのだ。

 しかし、最初の方で行った議論に立ち返ると、そもそも俺達は放送で「ファラリスの雄牛」の叫び声を聞いたことで「トラッシュルームで事件が起きた」ことを認識したのだった。まさにその時に津川さんが亡くなっていたのだとしたら、それは俺達がトラッシュルームに突入する直前の事ということになる。

 土門君が指摘している矛盾はまさにここだ。

 

・御堂さんを襲った犯人がそのまま津川さんを焼却炉に押し込めて殺したのなら、その殺害タイミングは停電中ということになる(=⑤以前)。

・しかし、実際に俺達がファラリスの雄牛を通して悲鳴を聞いたのはトラッシュルーム突入直前、停電から回復した後だ(=⑥と⑦の間)。

 この矛盾から、「御堂さんを襲った犯人がそのまま居合わせた津川さんを殺した」という仮定は成り立たないということを彼は言っているのだ。


 

「な、なるほど……?」

「確かにそうだな」

 理解できた人もそうでない人も、俺がまとめた話を聞いてみんなは思い思いの反応をする。

「…で、随分躍起になって話題を逸らしていたけど、結局はあなたが釜利谷君の犯行を手助けしていないっていう証拠にはならないんじゃないの?」

 と、小清水さんが指摘する。土門君は「はぁ…」とため息をついて続けた。

「そんなにオレっちを疑いたいのかよ。じゃあオレっちも一つ言わせてもらうぞ。そもそも三ちゃんが犯人で津川が被害者だって安易に決めつけること自体が危険なんだよ」

「え……?」

 彼の口から発せられたのはこれまでの議論を根底から覆すような発言だった。

「ちょっと。この流れでまた話題逸らすの?」

「小清水様、一旦彼の話を聞きましょう」

「だってよ、これまでの議論だと津川が殺害されたタイミングに明らかな矛盾があるだろ? 津川が焼却炉に着いた後、殺人事件が発生するまでの間何をしてたんだ?」

「う~ん、それは確かに気になるでありんす…」

「津川がトラッシュルームにいたのなら考えられるのは一つ―――待ち構えていたんだ、自分が殺す相手を。そして御堂を殺さず気絶に留めたのは、それが自分のターゲットじゃなかったからさ」

「えぇっ!? まさか、津川さんが犯人だって言いたいんですか!?」

「津川は御堂から脱出計画を知らされていた。それを三ちゃんに邪魔されようとした。津川が三ちゃんを殺してでも止めようと思っても不思議じゃねぇ。だから津川は三ちゃんがトラッシュルームに来るのを待ってたんだ。脱出計画が筒抜けになっていたのなら、必ず三ちゃんはトラッシュルームを確認しに来る。津川はそこを待って、奇襲をかける形で焼却炉に投げ入れようとした」

「……だが、三ちゃんの予想外の抵抗で津川は巻き込まれる形で自らも焼却炉に引きずり込まれた―――こう考えると辻褄が合うんだよ」

「ほう、苦し紛れに考えたにしては中々筋の通った話だったな」

 御堂さんの言う通り、最初は俺も苦し紛れの話のように思っていたが、彼の主張はこれまでの議論の矛盾を解決しつつ一応の結論に達している。

「……あれ? その場合はクロって誰になるでありんすか?」

「それは……一応殺意があった方がクロってことになるんじゃないのか? この場合だと津川か?」

『うん、まあそういうケースなら殺意がある方がクロっていう解釈で良いよ。クロ解釈の勘違いで投票ミスって全滅とかは流石にボクも見たくないので、そういうのは事前に宣言しとくよ!』

「変なとこで良心的なの腹立つな……」

「とにかくよ。オレっちが言った説が真実かどうかなんて分からねぇけどよ、津川が被害者で三ちゃんがクロっていう前提で話を進めるのがアブねえってことは伝わっただろ。オレっちは三ちゃんの怪しい動きを手助けなんてしてねえし、してるならこんな意見も出さねえだろ」

「いやでも、釜利谷君を庇おうとしているようには見えますけど…」

「アホか! オレっちは真実だと思われる可能性を提示してるんだぞ! 議論を前に進めてんだぞ! オレっちの言うことが疑わしいなら山村が議論進めてみろい!」

「それは無理です!」

「流石に即答すぎない?」

 土門君の言動は確かに怪しい、怪しいが……何かそれだけではない違和感が残る。彼を問い詰めるだけではこの議論のゴールには辿り着けない気がする。

 直接ゴールできないなら、まず外堀から埋める。急がば回れだ。

 

「じゃあ、こうしよう。それが土門君であるかどうかは別として、”犯人に共犯者がいた証拠”は提出できる―――これだ」

 俺はそう言って裁判台の下に隠していた物品を取り出す。

「それは……電子生徒手帳?」

「うん……釜利谷君のだ」

「三ちゃんの!?」

 その事実に一番驚いていたのは土門君だった。

 俺はその電子生徒手帳を手に入れた経緯を簡単に説明し、そのチャット画面をみんなに見せた。

 


宛先:『秘匿』

(釜利谷)「多少予定が変わったが、任務は達成した。ただ、傷を負ってしまったので焼却炉で死んだふりをしてしばらく身を隠す。御堂は殺せなかったが、気絶していて犯行を見ていない」

(相手)「了解。代わりに放送室の仕掛けをやっておくから音声ファイルを送ってくれ」

(釜利谷)(音声ファイル添付)


 

 そんなやり取りが繰り広げられている画面を、みんなは食い入るように見つめていた。

「え、なにこれ……どういうこと……?」

「信じたくはありませんが、これを見る限りは……」

「おいおいおい、どういうことだよ! ()()()()()()()()()()()()()()()!」

 みんなが驚くのも無理はない。このメッセージ欄はあまりにも多くの情報を含み過ぎている。それこそ謎解きという場には相応しくないほどに多くの情報を。ともすれば一瞬で事件の真相に近付きかねないほどの要素を孕んでいる。だからこそ提示するタイミングは慎重に選ばなければいけなかった。今がその時だ。

 


コトダマ:【釜利谷三瓶の電子手帳】

 釜利谷の電子手帳。何者かとのたチャットのやり取りと、録音データが残っている。

 捜査終了直前に焼却炉の中、煙突の下で発見した。最初に煙突を確認した時はこんなものは落ちていなかったはずだが…?

 

コトダマ:【謎のチャット履歴】

 釜利谷の電子手帳に残されていた、何者かとのチャット履歴。コロシアイメンバーの名前とは別に「秘匿」という表示名のチャットが存在し、以下のようなやり取りが交わされていた。

釜利谷: 「多少予定が変わったが、任務は達成した。ただ、傷を負ってしまったので焼却炉で死んだふりをしてしばらく身を隠す。御堂は殺せなかったが、気絶していて犯行を見ていない」

相手: 「了解。代わりに放送室の仕掛けをやっておくから音声ファイルを送ってくれ」

釜利谷:(音声ファイルを送信)


 

「”焼却炉で死んだふり”…? ”放送室の仕掛け”…? 意味深なことしか書いてないじゃないですか! 長々と議論しなくても、一番最初にこれを見せてくれれば良かったのに!」

「そうムキになるな、山村。何事にも順序というものがある」

 山村さんが怒るのも無理はない。これだけの情報を含むものをこれまでひた隠しにしていたのだから。そんな山村さんをリュウ君が宥める。

「このメッセージをそのままの意味で受け取るなら、御堂殿を気絶させたのは釜利谷殿ということになりまするな…」

「じゃあやっぱり釜利谷君が犯人ということになるんじゃないかな…」

「いや、ちょっと待て! そもそも三ちゃんは電子生徒手帳を没収されてたんだぞ! ほら、黒幕側だってバレた時に! だからこのメッセージは三ちゃんじゃない奴が電子生徒手帳を拾って打ったんだ!」

 議論が進むとそれに呼応するように土門君が叫ぶ。

 


「寄ってたかってボコられようが、爪剥がされようが骨砕かれようが臓物引きずり出されようが、何されても言わねえ。お前らのためを思って言わねえんだ。オレから言えるのはそれだけだ。この話はもういいだろ。さっさとオレをふん縛って脱出しろ」

「ふむ……。彼の意志は相当固いようだね。これは押し問答を続けていても時間の無駄ではないかね? そもそも僕達の目的はここから脱出することだ。黒幕が誰なのかは分かるに越したことはないが、必須ではないと思うよ」

 ここまで言われても釜利谷君の意志は固く、それを察した夢郷君がそう提案した。飄々としていて自由な釜利谷君だが、今の彼には普段からは想像もつかないくらい壮絶な覚悟を感じる。一体何が彼をそうさせようとしているのか。

「では望み通りそうさせてもらうか。リュウ、体育館横の倉庫にロープがあっただろう。持ってきてコイツを椅子に縛れ。電子生徒手帳も預かっておく。怪しい真似は何もさせない。私は脱出経路の最終確認をする。その間、貴様らは釜利谷三瓶から目を離さないように好きに過ごしていろ」

「……あぁ」

 リュウ君は冴えない返事と共に立ち上がる。何か気がかりなことがあるのだろうか。まあ、この状況で気がかりが無い方がおかしい気もするが…。


 

 土門君が言う通り、御堂さんの指示で釜利谷君は電子生徒手帳を没収されている。となると、彼が電子生徒手帳のメッセージで誰かとやり取りすることはできない…?

「じゃあ、没収された生徒手帳は誰が持ってたんだよ?」

「当然、私が持っていたさ。襲われた時も肌身離さず持っていた。だが、治療を受けて目覚めた時には無くなっていたな」

 御堂さんがそう告げる。と、なると…。

「御堂さんを襲った犯人が釜利谷君の電子生徒手帳を奪って使用した、と考えるのが妥当か。そして、それが釜利谷君であれば、自分の電子生徒手帳を取り戻すのは当然の行動とも言える」

「だから何度言わすんだぁ! それは津川だって同じだろぃ! 別に電子生徒手帳にはロックとかがあるわけじゃねえ、津川だって三ちゃんの電子生徒手帳を使うことはできるんだ!」

 土門君の言葉に直ちに反論ができるわけではない。確かに、これだけでは『釜利谷君が犯人で、土門君が共犯者』だという証拠にはならないのだ。電子生徒手帳を使ってこのメッセージを送った誰かがいるということが分かるに過ぎない。

 外堀を埋める―――今はそれが最優先事項だ。地道に真実に近づいていけばいい。

 

「その通り、これだけだとこのメッセージを送ったのが釜利谷君なのか津川さんなのか断定することはできない。そこで次に、このメッセージに添付されている音声ファイルに着目したい」

 俺はそう言って添付されている音声ファイルに手を伸ばす。

「イヤなものを聞くことになるけど……覚悟は良い?」

「な、なんでありんすかその言い方……」

「イヤも何も……このような状況で好き嫌いは言っておれませぬぞ」

 丹沢君の言うとおり、流石にこの状況で嫌だと言い出す者はいなかった。俺が一息ついてそれを再生すると、先ほどトラッシュルームの前で聞いた石臼を挽くような低い雄牛のうめき声が響き渡った。

「きゃっ!」

「この通り……この音声ファイルは”ファラリスの雄牛”を通して変換された悲鳴が収録されている。これは恐らく電子生徒手帳の録音機能を使って録音されたものだ」

 


コトダマ:【録音データ】

釜利谷の電子手帳に残されていた音声ファイル。電子生徒手帳本体で録音したデータらしい。

【謎のチャット履歴】にて相手に送付されており、「ファラリスの雄牛」を通した断末魔の音声が記録されている。


 

「ひょっとして…エレベータで降りる前に聞こえたのってこれでありんすか?」

「あぁ…あの時は内容確認するために廊下で流しちゃってたからね……申し訳ない」

「しかし悲鳴を録音というのは不思議な話です。そもそも我々が悲鳴を聞いたのはトラッシュルームに突入する直前ですよね? あのタイミングで録音などできたのでしょうか?」

「その時点で釜利谷の電子生徒手帳がどこにあったか分からない以上、否定も肯定もできんな」

 入間君の問いにリュウ君は曖昧な答えしか返せなかった。仮にあのタイミングで録音を行ったとしても、そんなことをする必要性はどこにあったというのだろうか。

「いや、あんなタイミングで録音してチャットに送る意味も必要もない。俺が思うに、俺達が聞いた悲鳴はまさにこの音声ファイルから再生されたものだ―――と思う」

 電子生徒手帳に記されたメッセージと音声ファイル。噛み合わない仮説と死体発見のタイミング。土門君の不自然な態度。それらを総合して俺は一つの結論に辿り着いた。

「ああ、そういうこと。放送室ね」

 即座に反応したのは小清水さんだった。

「これ、予め録音した悲鳴の音をチャットで相手に送って、その相手が放送室で設備をオンにしたままこれを再生すれば、施設内に悲鳴の音が響き渡るわよね。私達からすればその瞬間に誰かがトラッシュルームで焼かれていたと思い込むことになる」

「事件発生時間を誤認させるトリックですか!? なんて大胆な…」

「チャットで言っていた『放送室の仕掛け』というのはこれのことね」

 伊丹さんが小清水さんの意見に同調する。釜利谷君の電子生徒手帳でメッセージを送った人物は明らかに何かしらの犯行を終えた後であり、その上で相手が『放送室の仕掛けをやっておくから音声ファイルを送ってくれ』と言っている。これは犯行の助けになるようなことに音声ファイルが使われたと見なすのが普通だろう。

 

「空想を広げるのは勝手だが、少々飛躍が過ぎるな。それならそうなった証拠は無いのか?」

 と、これまで俺達の議論を支えてくれていたと思っていた御堂さんが急に突き放したことを告げた。いや、もしかすると彼女は敢えて議論を前に進めるためにこんなことを言っているのかもしれない。

「証拠って……そんなの必要なの? ここはリアル裁判所じゃないんだから」

「じゃあここは妄想語る場所かぁ? 事件発生時間を誤認させるトリックなんて、後付けでいくらでも言えるだろうが! やっぱりクロは三ちゃんじゃなくて津川なんだよ!」

 ここぞとばかりに土門君は議論の穴を指摘する。チャットの内容が証拠―――と言いたいところだが、これは”根拠”であっても”証拠”ではない。それこそ土門君が言ったように、他の誰かが釜利谷君の端末でこれを送った可能性も否定はできない。彼を納得させるには、放送室の仕掛けが実際に行われたという客観的な事実を保証する何かが無ければいけないのだ。

 

「―――いや、ある」

 手帳のさらに前のページ。随分前に記録したそこに答えはあった。

「事件発生時に放送室で放送が行われていた決定的な証拠。それは―――”死体発見アナウンス”だ」

「え? なんでありんすか、それ」

「モノクマが説明していたでしょう。事件が起きた後、三人以上の人間が死体を発見すると施設内に流れるという放送のことよ」

 頭の上にハテナを浮かべる吹屋さんに伊丹さんが解説した。しかし彼女がそのアナウンスの存在を知らないのも無理はない。何故なら、そんなアナウンスは鳴っていないからだ。

「でも、実際にはそんな放送は鳴らなかった。モノクマは”放送が鳴らなかったのは故障でもこちら側の不手際でもなく、何か他の理由があるからだ”と言っていた。その言葉を信じるなら、思い当たる理由が一つだけある」

「一つだけ…?」

「それは、この施設内における放送の仕組みだよ。放送は”早いもの勝ち”であり、先に放送していた内容が優先して流れ、後から放送しようとしたものは流れない。この仕組みがモノクマの死体発見アナウンスを阻止した」

 


コトダマ:【死体発見アナウンス】

 施設内で死体が発見された際にモノクマが流す放送。施設内の全ての場所に届き、死体の発見を知らせる。モノクマによると、このアナウンスは通常3人が死体を発見した際に行われ、複数の死体が一度に発見された際は死体の数の分だけアナウンスを繰り返す。しかし、何故か今回の事件では一切アナウンスが流れなかった。

 

コトダマ:【放送室の仕組み】

 モノクマが数日前に語っていた放送設備の仕組み。施設内にはモノクマの放送を始め幾つか施設内に放送を行う設備があるが、生徒達が取り扱うことができるのはこの放送室のみ。また、同じ時間帯に複数の放送が行われた場合「早い者勝ち」となり、早く放送を始めた方の音声だけが放送される。なお、放送室ではマイクのスイッチをONにしておけば音声を入力していなくても放送している扱いとなる。


 

「うぅん……? それだと死体発見アナウンスがあったはずの時間に何か他の放送が流れていないといけないよな? でも実際には死体発見後に施設内を流れていた放送なんてなかったよな?」

「前木君の疑問は最もだね。でも、実際には音声を拾っていなかっただけで放送室のマイクの電源はオンになっていたんだと思う。だから放送は続いている扱いになっていた」

「ど…どういうことでありんすか?」

「今までの議論を踏まえて釜利谷三瓶の電子生徒手帳でやり取りをしていた相手が何をしていたのか行動をまとめてみるがいい。そうすれば自ずと答えは見えてくる」

 御堂さんが分かりやすいパスを出してくれた。直接情報を集めていなくてもこれまでの議論で大筋を理解してくれたということか。やはり彼女の頭脳は恐ろしい。

「じゃあ、釜利谷君の電子生徒手帳でやり取りをしていた相手―――今は仮に”共犯者”と呼称するけど、この人が何をして、その結果どうなったのかをまとめよう」

 


①釜利谷君の電子生徒手帳から「ファラリスの雄牛」の音声ファイルを受け取った共犯者は、放送室に向かう。

②電子生徒手帳の予約再生機能を使い、一定の時間が経過した後に音声ファイルの音声が流れるようにした上で放送室のマイクをオンにして、放送室を出る。

③一定の時間が経過した後、音声ファイルの音声が流れて施設内に「ファラリスの雄牛」の音声が流れる。

④その後、トラッシュルームで死体が発見され、死体発見アナウンスが流れる。しかし、放送室のマイクがオン状態のままであるためそちらの入力が優先され、アナウンスは流れなかった。

⑤捜査時間になると、共犯者はすぐに放送室に行ってマイクをオフに切り替え、マイクの前に置いてある電子生徒手帳を回収する。


 

「こんなところじゃないかな」

 俺はこれまでの情報を整理して導いた共犯者の動きを述べた。土門君はこちらを睨みつけたまま言葉に窮している。やはり、彼が…。如何なる事情があろうと、心を鬼にして真実に辿り着かなければ。

「さて。ここまで明らかになったところで思い出してもらおうか。捜査時間に最初に放送室に入ったのは誰だ?」

 御堂さんが全員に問う。俺も記憶を辿る。捜査時間の最初はトラッシュルームにいたため放送室に入った人は分からないが、それに繋がる情報は聞いていたはずだ。ちょうど、食堂とキッチンを調べていた時に前木君に捜査場所を聞いた時の会話だ。

 


「え? あぁ…二階に上がったらすぐに土門が放送室に向かってな。最初に放送室を調べたんだ。人の確認をしてただけだからそこまで詳しく見たわけじゃなかったんだけど、壁に設置されてる配電盤が開いてたから見てみたら、施設内の部屋の名前と全員の名前が書いてあるいかにも怪しいツマミが並んでてさ」


 

 あの時、俺は後半のブレーカーの話にばかり気を取られていた。そっちはそっちで重要な情報だったが、それ以上の貴重な情報が前半に詰め込まれていたのだ。最初に放送室に向かったのは…。

「―――土門だ。土門が真っ先に放送室に向かった」

 俺が告げるまでもなく、前木君が指名した。

「ぐ……ぐぎ…ぎぎ……」

 これ以上ないほどに顔を皺だらけにしてこちらを睨む土門君。その余裕のなさこそが、彼自身の本性を示唆しているように俺には思えた。

「ですが、仮に彼が捜査時間に放送室に行って電子生徒手帳を回収したとしても、電子生徒手帳を置く際にも放送室に行かなければいけませんよね? それはどのタイミングだったんでしょう?」

「無い! 無い! そんなタイミングねぇよ!」

「貴様は黙っていろ! どうせ論理的な反論などできまい」

 騒ぎ立てる土門君を御堂さんが叱りつける。事件前の彼の動きを立証するものは何かなかったか…。

「停電前後の彼の動きなら、彼自身の証言として記録しているね」

 


コトダマ:【土門の証言】

 停電発生後、釜利谷の腕を掴んでもみ合いになったが、振りほどかれてしまった。彼の動向も気になったが追いかけるよりも夢郷や山村と待機することを優先した。しかししばらく待っても停電が回復する兆しを見せなかったため夢郷と山村に待機するよう声をかけた上で廊下の奥に進んだ。

その後、床を這って進みトラッシュルームを通り過ぎ階段下まで到達したところで停電が終わった。すると、階段の踊り場に山村が倒れていたため、背負って一階に戻ったところで葛西達と合流した。


 

 それは、捜査時間に土門君自身から情報として聞き出した証言だ。彼は事細かに自分が停電中に何をしていたのかを語っていた。

「いやいや、土門が怪しいって言ってんのに土門自身の証言なんか参考にしたらダメっしょ! それくらいウチでも分かるよ!」

「いや。存外人間というのは一から百まで嘘で固めるというのは難しいものだ。そういう嘘はすぐにバレてしまうからね。自分に不都合が生じない範囲で真実を述べておいて、不都合な部分だけを嘘にすり替える。つまりこの証言のどこか一部分だけが嘘であり、それが何なのか分かれば良いわけだ」

 怪訝そうな亞桐さんに夢郷君がそう解説した。

「嘘なんかついてねえって……信じてくれよぉ……」

 怒ることもできなくなったのか、土門君は裁判台にうなだれて泣きそうな声を出している。正直、かなり心苦しい。心苦しいが、命が掛かっている以上やらなければいけないんだ。

「…まず、確実に分かっている部分から整理しよう。俺達が廊下で合流した時、土門君は山村さんを背負った状態で階段を降りてきた。つまり、山村さんを背負って階段を降りたという証言の最後の部分は真実だ」

 


「おい、お前ら無事か!?」

 今度は階段の踊り場から声が投げかけられかけてきた。そこに立っていたのは、山村さんを背負った土門君だった。

「土門に…山村!? 一体どうしたんだよ!」

「あー…話すとめっちゃ長いんだけどよぉ…」

 土門君は山村さんを背負ったままゆっくりと階段を下る。状況は飲み込めないまでも、クラスメート達は次々に姿を現す。残りは……。


 

「…山村が踊り場で倒れたってのは? そもそも山村はどうして倒れたんだよ?」

「ええっと、その話をするとまた長くなるのですけど……」

 土門君の話の真偽を精査するためには、彼と行動の一部が被っている山村さんの話を聞く必要もある。俺は山村さんが語る一部始終に耳を傾けながら、その内容が先ほど手帳にメモしたことと相違ないことを確かめた。

 


コトダマ:【山村の証言】

 釜利谷と土門がランドリーに入った後で停電が起きたのは夢郷と同じ。土門が去った後、廊下のトラッシュルーム方面から扉の音と足音が聞こえたような気がしたため、音を頼りにその人物の方向へ向かった。階段へと到達後にも二階から物音が聞こえたため階段を上がるが、踊り場の部分で背後から何者かに襲われてハンカチのようなものを口に当てられ、失神させられてしまった。気付いたら土門に背負われていた。

 失神する直前、その人物に当身を浴びせた記憶がある。


 

「ハンカチで顔抑えられて眠るって、そんなベタな話あり得んの…?」

「ベタ過ぎて私もビックリですよ! でもめっちゃ臭かったんで、たぶんなんかそういう薬みたいなの染み込んでたんだと思います」

「ていうか、そんな猛毒をともちん以外が吸ってたら気絶じゃ済まなかったかもでありんすね…」

「今更ですがそんなアイドルみたいな呼び方されてたんですね私!」

「とりあえず、山村が踊り場で倒れてたのは事実っぽいな。となると、問題はその眠らせた奴が誰かって話になるが……」

「そこを詰めるのもいいけど、先に証言の前半部分を考えよう」

 御堂さんを襲った犯人の話でさえ、だいぶ議論が二転三転してしまった。また被疑者の話をするとややこしくなりそうなので、一旦分かりやすいところから攻めることにした。

「停電の後、土門君と釜利谷君が揉み合い、釜利谷君が逃げた。夢郷君、山村さん、土門君の三人は真っ暗な廊下で10分ほど待機したが、やがて土門君が廊下を進み、それを山村さんが追いかけた。三人ともこの部分については一致しているから、これは事実と考えていいだろう」

「確かにそうですね……。しかし、それで証言内容は全てさらったのでは?」

「いや、間の部分が残っている。そこが一番大事な部分だ。特に山村さんと土門君の証言を照らし合わせると分かりやすいんじゃないかな」

「ええと……確か山村様は土門様を追いかけて廊下を進み、階段の上から物音が聞こえたため手探りで階段を上がり、踊り場で誰かに襲われた、と」

「一方で土門殿は廊下を這って進み、階段下に到達したところで停電が終わり、山村殿が踊り場に倒れているのを見つけたと……んんっ!?」

 入間君と丹沢君が二人の証言を相次いで述べ、その違いが鮮明になる。ここに二人の証言における決定的な矛盾が隠されていたのだ。

「土門殿は先に廊下を進み、それを山村殿が追いかけたのでしたな。しかしお二人の証言を聞くに山村殿は停電中に階段に到達している。つまりお二人の証言が正しければ、山村殿は途中で土門殿に追いついていなければいけませんぞ…!」

「あれ? 本当だ」

「でも…暗闇で相手の存在を認識できない状態なら、廊下を並走して追い抜く可能性ならあり得るんじゃないの?」

 と伊丹さんが指摘する。確かに彼女の言うことも一理あるが…。

「でも、二人とも階段を認識できているよね。廊下の側面に位置している階段に手探りで辿り着くには、少なくとも廊下の片側の壁を触っていないといけない。仮に廊下の中央の床を触りながら進んでいたとしたら、階段に気付くことなくそのまま廊下を進んでしまう。階段とは反対側の壁を触っていたとしても同じだ。このことから土門君と山村さんは同じ側の壁に沿って進んでいたことになる」

「あぁ……それなら追いついたことに気付かないとおかしいよな」

「ふぅん。じゃあそこが土門君の証言に隠された嘘ってことになるのね」

「ぐぅうう……それは……」

「正確には、夢郷郷夢達に声をかけてから廊下に向かった後の行動についての証言が全て噓であろう。実際には夢郷郷夢達の元を離れてからまずは他者の目に触れぬ場所で電子生徒手帳で犯人とやり取りを行い、音声ファイルを入手。その後迅速に階段を駆け上がり、放送室に自身の電子生徒手帳を置き、マイクをオンにして階段に戻った。だが一階に戻ろうとした道中、踊り場で山村巴が階段を上がろうとしているのを見つけた。このまま停電が回復し、予約再生された音声が再生時間を迎える前に山村巴が放送室に入るようなことがあれば計画はオジャンだ。故に予め不測の事態に備えて用意した薬液入りのハンカチで眠らせ、急を凌いだ。――こんなところか」

 俺が話そうとしていたことの続きを御堂さんがまとめた。というか、俺も話しながら考えをまとめていたのでここまで綺麗には纏まっていなかった。

「ま、待てよぉ!! そもそもあんな停電の中で」

「おっと、暗闇の中でそんな迅速に動けるわけがない―――という言い訳は聞かんぞ。釜利谷三瓶とグルなら暗視ゴーグルでも持っていても何ら不思議ではないからな。なんなら、事件が発生してから人目を盗んで私物を処分する時間などほぼ無かっただろう。今この場でそのポケットの中でも検めるか? 山村巴に使用した薬液入りハンカチも入っているだろう」

「ま、待て、待てよ!! オレっちだけ私物検査だなんて、そんなのズルいぞ!! やっていいわけねえ!!」

 土門君はますます狼狽して後ずさる。これで、彼が放送室のトリックを行って犯行時刻を誤認させたことがほぼ確定した。しかし、それと同時に彼がこの事件の犯人ではないこともほぼ確定している。彼の動線を辿る限り、トラッシュルームに近付く時間はあっても中に入って何かをする時間があったようには思えないからだ。彼はあくまでも共犯者―――犯人は別にいる。

 

「…土門君の話はもういいんじゃないかな。彼のこの事件の立ち位置はハッキリした。彼はこの事件の真犯人に何らかの理由で協力した”共犯者”だ。犯人ではない…と思う」

「土門…! なんでこんなことを……!! コロシアイゲームなんかに屈しないって言った言葉は大ウソだったのかよ!!」

「違う、違う、オレっちは……」

 前木君が怒りを露わにして問い詰めるが、土門君は目に涙を浮かべて弱々しい言葉を返すばかりだ。

「と言っても、犯人はもう明らかじゃないですか? だって土門君、明らかに釜利谷君を庇い続けていましたよね」

「それはそうなんだけど……一応潰せる可能性は全て潰しておきたい。疑問点は全て解決しておこう」

 何か違和感がある。あまりに明け透けな結論と土門君の態度。いや、土門君がわざとヘマをして見せたり透かしたりしているようには見えないのだが―――何か言いようのない違和感があるのだ。何か掌で踊らされているような…。

 

「…いや、いやいやいや!! まだだ!! まだ綻びはあるぜぇ!!」

 と、急に土門君が声を張り上げる。

「まだ、何かあるの……?」

 困惑半分、呆れ半分といった様子で亞桐さんがぼやく。正直、この状況から土門君が自分の疑いを晴らせるとは到底思えない。それでも彼が吠えるのには何か理由があるのか、単なる悪あがきなのか。

「そもそも!! 放送室のトリックで事件発生の時間を誤魔化すっていう前提がおかしいんだよ!! だってよ、実際にはそれ以前に事件が起きて被害者は焼かれていたんだろ? だったらその時点でファラリスの雄牛が施設内に放送されてるはずだろぉ!!」

「確かに、死体発見直前まで叫び声のようなものは一度も聞こえなかったな…」

 最初の放送を録音してその後に流したのであれば、施設内に悲鳴の放送は二回流れているはず。その指摘は確かにその通りだ。しかし、そうならなかった理由がある。むしろ、その事実は事件が起きたタイミングを如実に示すものだ。

「本当に事件が発生した時の放送が聞こえないのは当然なんだ。何故なら、事件が発生したのは停電中だから。停電中であれば放送設備は当然動いていない」

 


コトダマ:【停電】

 釜利谷達が食堂を出た少し後に発生した停電。校内中が真っ暗になり、電子生徒手帳の明かりを頼りに行動するほかはなくなった。また、食堂の扉やエレベーターもロックされ、使用不可となった。また、食堂の外で行動していた夢郷、山村、土門の3人は電子生徒手帳の電源も入れることができなかった。


 

「ぐっ……!」

 土門君は答えに窮する。この事実があることで「事件が停電中に発生したこと」が確定し、ますます事件の時系列が明らかになっていく。

「でも、放送が行われていない状況でどうやって録音したんですか?」

「トラッシュルームの中で録音を行ったのだろうな。施設内には放送されなくても、トラッシュルーム内であればファラリスの雄牛本体から出た声を直接拾うことができる」

 山村さんの問いにリュウ君が答える。録音がトラッシュルームで行われたというのも事件の真相に近付くための大事な情報になる。

 

「だいぶ事件の情報も見えてきたじゃない。意外となんとかなるもんね。でも、結局犯人が釜利谷君で被害者が津川さんっていう決定的な証拠ってあるんだっけ? そこ明らかにしないと最終的な結論には至れないと思うのよね」

「それについては、リボンの焼け跡とかで決まったんじゃないのか?」

「でも、それは土門君が言っていたストーリーでもあり得る状況だと思うのよね。津川さんだけが被害者じゃないと説明がつかない事象とかってあったっけ?」

 小清水さんはその部分が未だに引っかかっているようだ。土門君の態度や行動がほぼ真実を物語っているとはいえ、それだけで犯人を確定させるのは確かに怖さもある。しかし、これ以上状況を進展させるような情報はあるのだろうか?

 

「あるさ。津川梁が被害者でなければ説明がつかないであろう状況というものが。今がまさにそれだ」

 と、しばらく黙って俺達の議論を聞いていた御堂さんがそう告げる。

「今が? どういうことでござりましょう?」

「この学級裁判がこのメンバーで行われていることが何よりの根拠だと言っているのだ」

「……?」

 御堂さんの言葉は、ぱっと聞いただけでは意味を理解できなかった。しかし―――。

 俺ははっと息をのんだ。確かによく考えてみれば、少なくとも津川さんが犯人で、実は生きているという可能性は排除できるのではないか。

「事件の直前に追加された校則によれば、死体発見アナウンスが鳴った時点で生きてこの建物の中にいる人は学級裁判に参加しないといけないはずだ。津川さんが実は生きているのなら、この学級裁判に参加していない時点でオシオキされていることになる」

 


コトダマ:【追加校則】

コロシアイ発生直前にモノクマが追加した校則。

“以下の条件を満たす者は必ず学級裁判に参加すること。参加を拒否する態度を露わにしたものはその場でオシオキします。なお、学級裁判の結論として投票できる対象には、裁判に参加していない者も含まれます。

・生徒名簿にプロフィールを記載されている生徒であること。

・死体発見アナウンスが鳴った時点で生存していること。

・死体発見アナウンスが鳴った時点でこの建物の内部にいること。”


 

 あの時はコロシアイを脱出したメンバーの扱いをどうするのかという文脈で出た校則だったが、ここにきてこんな意味を持つとは。

「でも、それだと釜利谷君も同じ状況ですし、それこそ土門君が言うように二人とも亡くなった可能性もあるのでは?」

「いや、釜利谷の電子生徒手帳から送られたメッセージは明らかに犯行が行われた後に送られたものだ。このメッセージ機能には予約送信機能も無い。つまり犯行後には少なくともどちらかは生きていたことになる。しかし今ここには二人ともいない。ならば、どちらかがこの校則の対象外になっているということだ」

 リュウ君がそう説明する。土門君を含め釜利谷君の電子生徒手帳に触れたと言い出す者がいない以上、それを使ったのは津川さんか釜利谷君しかあり得ない。そして、その人物は少なくとも焼却炉でもう片方の人を殺害した後も生きていてメッセージを送った。しかしその人物はこの学級裁判にはいない。それは、その人物が何らかの方法で”校則逃れ”をしたということを意味する。

 

「その件についてモノクマに一つ確認してもいい?」

『急に呼ばれてビックリしたよ! ずっと出番無くて退屈だったんだから』

 伊丹さんがモノクマに問いかけると、玉座にもたれかかって眠りかけていたモノクマは慌てて飛び起きた。

「この校則の『生徒名簿にプロフィールを記載されている生徒であること』という部分なんだけど……。仮にプロフィールに書いてあることと実際の情報が違う場合はこの校則の対象外になるの? 例えば偽名とか」

「なるほど、釜利谷君や津川さんが実は彼らの名前を騙った別人としてコロシアイに参加しているかもしれないってわけね」

 俄かに信じがたい話だが、仮にそうであればこの校則の対象外になるのだろうか。

『いーや、そういう例外は認めてません! 釜利谷君の本性が何であろうと、釜利谷三瓶としてこのコロシアイに参加してる以上校則は彼という人間に対して適用されます! 津川さんも、他の人も同じです!』

 偽名などの状況も加味するとますますややこしくなりそうではあったが、今のモノクマの回答からすると少なくともそういったケースは想定しなくてもよさそうだ。つまり、仮にプロフィールに書いてあることに誤りがあったとしても、俺達がコロシアイ生活の中で接した釜利谷君や津川さんに対して校則は適用されるということだ。

「分かった、もういいわ」

『アッサリしてるなあ…。校長のこと便利ツールとしか思ってないだろ』

「一応の確認だな。そうなると条件の一つ目は誤魔化しが効かないという結論になる。二つ目の生存の有無、これも誤魔化しようがないから考えなくてもよかろう。死体発見アナウンスについてもモノクマ側が”鳴った”と認識している以上、校則的にも”鳴った”という扱いで間違いあるまい。問題は三つ目だ」

 御堂さんが自分の電子生徒手帳をスクロールし、校則を確認する。

「死体発見アナウンスが鳴った時点でこの建物の内部にいること。これこそがこの校則の抜け道と考えられる」

 このルールは『脱出した人はもうコロシアイのメンバーじゃないから裁判に参加する義務はない』というモノクマの意思表示によって追加されたものと考えられる。もし、生きたまま学級裁判に参加する義務を逃れたのだとしたら、その人は既にこの施設からの脱出を成し遂げたことになる。

「そこで肝になるのが先ほどの釜利谷三瓶の電子生徒手帳に書いてあったメッセージの一部だ」

「まだ何かありましたでしょうか…?」

「『焼却炉で死んだふりをしてしばらく身を隠す』と書いてあった部分だな。これはこの施設内に特定の人間だけが知っている隠し場所の存在を強く示唆している。そして、そんな空間を知っているとすれば当然津川梁ではなく釜利谷三瓶ということになるだろう」

 黒幕側との繋がりがある釜利谷君は、これまでもランドリーのブレーカーなど内通者の特権とも言える設備を有効に使ってきたと思われる。そんな彼が彼しか知らない隠し部屋に到達していたとしても不思議ではない。

「でも……”この建物”内というなら隠し部屋も含まれるのでは?」

「”この建物”というワードの定義を明確にしていない以上、どうとでも言えるだろう。もしかすると隠し通路を通った先が別の建物に繋がっている…という可能性もある」

「釜利谷殿は……今もどこか他の建物で拙者達の裁判を見ているということでござるか!?」

「彼は土門君の立てたストーリーに沿って『自分が津川君と一緒に焼却炉で死んだ』という風に見せようとしたのだろう。が、彼にとって予想外だったのは土門君が裁判であっさりとボロを出してしまったことかな」

 夢郷君が総括した。釜利谷君には裁判に強制参加させられる校則を逃れる方法があったが、津川さんには逃れる方法が無い。そして、今この裁判には二人ともが存在していない。この二人の間に存在する非対称性こそが、彼らを被害者と加害者に切り分けるカギだったのだ。

 

「ぐぐぐ、ぐぅうぅぅぅう……」

 ここに至り、土門君は呻き声を上げるだけになっていた。最早反論の道筋は微塵も残されていない。

「もう十分だろうが、一応奴が内通者である決定的な証拠をこの場で洗うこともできるぞ。先ほど言った荷物検査もだが、貴様は山村巴を気絶させた際に当身を喰らっているはずだ。腹部のどこかに痣でもあればそれが証拠となる」

「ち、違う! 確かに痣はあるけど、これは昨日転んでだな……」

「転んでピンポイントで脇腹を打つなんてことがあるのかね?」

 土門君が何かを言えば言うほど彼の立場は苦しくなる。……やはり違和感だ。土門君のリアクションは決してわざとやっているようには見えない。が、あまりにも()()()()()()。彼らは本当にこんなトリックでこのコロシアイに勝とうとしたのか。

 

「しかし不思議だのう~。タカノブは何故共犯などやったぞよ?」

「わっ! ずっと喋らないからまた寝てるのかと思ってたら!」

 ふと安藤さんがそう尋ねる。

「共犯することでコロシアイを成功させた三ちゃんと一緒に逃げようとしたんじゃないのか?」

「い~や、吾輩この前モノクマに聞いたぞよ。クロが勝ったら共犯者は一緒に出られるのか?と」

『これが答えはNoなんですなあ~! いやこれ認めちゃうとクロの方が多数になっちゃう可能性があって学級裁判の根本が揺らぐから認めるわけにいかないんだよね。というわけで共犯者は共犯損です!』

 と、モノクマが意気揚々と告げる。

「命がけの学級裁判があるというのにこの事実を事前確認せずに共犯を実行するなど考えにくいと吾輩は思うの~」

 安藤さんが言う通り、共犯を行うなら脱出の条件に含まれるかの確認ぐらいは行って然るべきだ。そうなると土門君は釜利谷君が裁判で勝つと自分も死ぬと分かっていて協力したのか…?

「簡単な話だ。土門隆信もまた、黒幕側の人間なのだろう。故にコロシアイから脱出者を出さないためになりふり構わずこんな事件を起こしたのだ。自分たち以外の人間を全員始末してしまえば、脱出のルールなど最早どうでもよくなる」

 御堂さんがそう指摘しても、土門君は頭を抱えて裁判台に突っ伏したままだ。

「いずれにせよ、今ここでこんな議論は無意味だ。先に結論を出すべきだろう。葛西幸彦」

「……どうしたの?」

「貴様の書いた脚本を見せてみろ。貴様はこの事件に対してどのような脚本を書いた?」

「………!」

 それは、捜査時間と裁判時間の間に手帳に書き綴った雑多なメモ書きに過ぎない。しかし、いつしかそれらは一連の時系列の下で俺の頭の中に一本の脚本を形成していた。

「これまでの議論で得た各結論を順番に繋いでいくだけだ。ただし、各々欠けている部分は周囲の情報から補完する必要があるな」

「分かった……俺が思う事件のシナリオを今から話すね。何か間違いがあったら指摘してほしい」

 そうして俺は手帳の最初のページに戻り、事件の脚本を述べ始めた。

 

《クライマックス推理 ――真実の脚本――》

 

Act1.

 この事件の始まりは、御堂さんがこの学園から脱出するカギとなる場所を見つけたことだった。それは、トラッシュルーム内にある焼却炉。その中から上方に向かって空間として繋がっている煙突だった。この煙突は外と空間的に繋がっており、この施設から脱出できる唯一の出口にもなりうる。彼女は早い段階でこの煙突が外部に脱出する経路になり得ることに気付いていたが、脱出には問題があった。それは、ほとんど足場のない煙突を垂直に登るという行為は自分の身体能力では困難であること。その能力を持っているであろうリュウ君は大柄すぎて煙突を通れないこと。この問題を解決するために、御堂さんは小柄かつ身体能力に優れる人物に目を付けた。それが津川さんだった。実は津川さんは数日前の時点で御堂さんの暗号に独自で気付き、彼女と読唇術で交信を重ねていた。

 御堂さんが立案した脱出計画はこうだ。まずトラッシュルーム内に体重の重い人が待機する―――これはリュウ君が担当する。そして、体重が軽く煙突を登れる実行者―――津川さんが自身とリュウ君の身体に長いロープを括りつけ、繋げる。津川さんは地力で煙突内を登り、頂上に出たらリュウ君が持つロープを命綱にして煙突の外側を降りる。その間、リュウ君は自身の身体に何重も巻かれたロープをひと巻ずつほどいていく。仮に津川さんが足を滑らせて落ちることがあっても、リュウ君自身の体重が錘になって彼女が地上に落下することはない。そして、リュウ君がトラッシュルーム内にいれば人感センサーによって焼却炉が起動することもない。御堂さんはその間、トラッシュルームの内外を見張ってモノクマの邪魔を阻止する手筈だったのだろう。

 しかし、この学園から脱出されると当然困る人物がいた。それはこのコロシアイの黒幕、そしてその内通者だ。黒幕は俺達に脱出の糸口を見せることで一縷の希望を与え、それをコロシアイという形で粉々に壊そうとした。

 

Act2.

 御堂さんは脱出の手筈を整え、内通者である今回の犯人の捕縛にも成功した。しかし、黒幕側のメンバーはこの脱出劇を阻止すべく動き出した。まず、内通者の一人であるこの事件の共犯者が同じ内通者である犯人をトイレに連れ出すという名目で一緒に食堂の外に出た。その際、山村さんと夢郷君も護衛について一緒に出ることになった。途中、犯人は言葉巧みに用事をでっちあげてランドリーへと進路を変えた。そして、ランドリーに入るといち早く床に隠してあったブレーカーを意図的に落とすことで焼却炉を除く全設備を停電状態にさせた。そのため、体育館横の倉庫でロープの準備をしていたリュウ君は体育館階に閉じ込められる形となり、食堂や各個室のように夜時間の間閉鎖される空間もロック状態になってしまい俺達は食堂に閉じ込められた。そして、犯人はランドリーに隠していた暗視ゴーグルを付け、共犯者とのもみ合いを演じつつ廊下へと逃れた。

 しかし、津川さんは万が一のイレギュラー自体を想定した御堂さんからこの施設の秘密を事前に共有されていた。それは、全ての部屋に存在するダクトがトラッシュルームの煙突に繋がっているということ。そして、ダクトから煙が逆流しないように設置してあるフィルターを切り裂くためのナイフも津川さんは持っていたのだろう。停電が起きると同時に津川さんは黒幕に悟られぬよう、密かにダクトを通って御堂さんが待つトラッシュルームへと向かった。小柄な彼女だからこそ行える芸当だ。

 

Act3.

 その頃、停電を成功させた犯人はトラッシュルームへと向かっていた。その目的は、恐らくはこの脱出計画を計画した御堂さんを殺害すること。停電でその場にとどまった山村さんと夢郷君の注意を引き付ける役は共犯者が担った。犯人はトラッシュルームに辿り着くと、まず停電で身動きが取れない御堂さんに襲い掛かった。御堂さんの頭を壁に打ち付けて気絶させると、焼却炉のスイッチを入れて御堂さんを焼き殺そうとした。焼却炉の人感センサーは一度焼却炉が起動状態になると働かなくなるという落とし穴があったんだ。御堂さんを気絶させた犯人は彼女に没収された自らの電子生徒手帳を取り戻し、それを起動して焼却炉内の音声を録音した。これは、後に御堂さんを殺害した際の断末魔を録音し、放送室で流すことで自らの犯行時間を誤認させようとしていたんだ。あとは焼却炉の電源を入れ、気を失った御堂さんを焼却炉に投げ入れれば、犯行は完成するはずだった。

 しかし、ここで犯人の予想外の事態が起きた。今まさに電源を入れようとした焼却炉の中から津川さんが現れたんだ。彼女はダクトの中を通って焼却炉の煙突に入り、そこから焼却炉内へと侵入した。目的は御堂さんと合流することだったけど、そこで襲われている御堂さんの悲鳴を耳にして止めに入ったというわけだ。そして、ダクトの中では津川さんの後を追って安藤さんも焼却炉に向かっていた。

 

Act4.

 犯人は突然現れた津川さんに驚き、もみ合いになった。もみ合いの拍子にスイッチが押されてしまったのだろう、焼却炉は赤々と燃え始めていた。そしてもみ合いの末に津川さんは焼却炉に倒れ込み、炎に巻かれた。彼女の絶叫はファラリスの雄牛の声となって施設内に響くはずだったけど、この時は施設内が停電状態だったためにトラッシュルームの中でしか絶叫が響くことはなかった。これら一部始終の音声は釜利谷君の電子生徒手帳に録音された。やがて津川さんの身体は完全に燃え尽き、灰になって焼却炉内に散らばった。

 犯行を終えた犯人は自身の電子生徒手帳を回収した。しかし彼にとって新たな誤算となったのは、津川さんともみ合った際に負傷してしまったことだ。このままでは自分がクロであることが傷や状況から容易に判別されてしまう。そこで釜利谷君は津川さんの遺体が完全に灰になっている状況を利用し、津川さんと共倒れしたかのようなストーリーをその場で構築し、その実現のために共犯者を動かすこととした。

 

Act.5

 一方、犯人と共犯者が事前に立てた計画では既に犯人が御堂さんを殺害して放送室に忍び込み、電子生徒手帳を放送設備に仕掛けて共犯者の元に戻ってきているはずだった。だけど、一向に戻ってこない犯人にしびれを切らした共犯者は犯人と御堂さんの安否を確かめるために暗視ゴーグルを付けてトラッシュルームへと向かった。その場にいた夢郷君と山村さんには自身の動きを察知されないよう、伏せて物音を立てないよう指示をした。

 トラッシュルームを訪れた共犯者は驚くべき光景を目にした。殺しているはずの御堂さんは何故か殺されずに気絶しており、犯人の姿はない。そして、焼却炉には津川さんのものと思われるリボンが燃え残っている。一体どういう状況なのか理解できず、混乱したかもしれない。

 そんな中で犯人は自身の電子生徒手帳を用い、共犯者に向けてメッセージを送った。「予定が変わったが、任務は達成した。ただ、傷を負ってしまったので焼却炉で死んだふりをしてしばらく身を隠す。御堂は気絶していて犯行を見ていない」と。メッセージで犯人の状況を把握した共犯者は「了解。代わりに放送室の仕掛けをやっておくから音声ファイルを送ってくれ」と返信。犯人はファラリスの雄牛で収録した悲鳴を共犯者に送付した。

 

Act6.

 トリックの仕上げとして共犯者は犯行時間をずらすことで犯人の候補を増やす作戦を取った。まず急いで放送室へ向かい、ファラリスの音声を録音した電子生徒手帳を予約再生状態にして放送室に置き、みんなの元へ戻ろうとした。しかし、そこで彼の予想外の事態が起きた。何者かがトラッシュルームから出てくる音を聞いた山村さんが暗闇の中、音を頼りに一階と二階を繋ぐ階段まで追いかけてきていたんだ。共犯者は仕方なく踊り場で山村さんを襲い、携行していた薬液入りハンカチで彼女を失神させた。けど、彼女の反撃を受けて腹に当身を喰らってしまった。

 思わぬ相手に時間を割かれた共犯者は、急いで放送室に電子生徒手帳を置いた上で放送スピーカーのスイッチをオンに切り替え、放送室側のブレーカで施設内の電力を復旧させた。そして電気が復旧した後、何者かに襲われた山村さんを助けたという体で彼女を背負い、階段を降りたところで他のメンバーと遭遇した。

 最後に、捜査時間に自ら放送室に行くことでそれとなく電子生徒手帳を回収することに成功した。

 

「御堂さんの脱出計画を阻止するために共謀し、津川さんを死に追いやったのは―――」

 

犯人・釜利谷三瓶君。そして―――共犯者・土門隆信君だ!」

 

 数秒間、場が静まり返る。俺がまとめた意見に反論するものはいなかった。

「本当に……ここにいない釜利谷が犯人なの…? アイツに投票するってことで、いいの…?」

「投票の対象には裁判に参加していない者も選ぶことができるそうだからな。最も、校則上は既に学園を脱出した扱いとなっている奴がオシオキとやらの対象になるとは限らんがな。今もどこかの部屋で高みの見物を決め込んでいるのだろう」

『決まった? 決まったの? じゃあ投票に移るよ! 文句ないね?』

「こ、怖い………間違っていたらみんな死ぬんでしょ…?」

「それでも…やるしかありませぬぞ」

「…………」

 自分でまとめた結論とは言え、やはり胸に引っかかるものは落ちない。本当に、これでいいのか?

 

『キミがさっきから何に対して引っ掛かっているか、当ててあげようか?』

 ふと、モノクマが声を発する。声は同じなのに、これまでのモノクマとは別人のような声色を感じる。

『”ツマラナイ”、だよ。わざとらしく置かれた釜利谷君の電子生徒手帳。追い込まれた土門君の稚拙な言い逃れ。最初っから怪しさ満点の釜利谷君。ボクも実際にやってみて思ったよ。―――”ああ、現実はこんなにもツマラナイんだ”って』

「……なんだと!?」

『キミもそう思ったでしょ? こんなの脚本としてどうなんだろうって。こんな物語で()()()は満足するのかなって。どうぞこれから面白くなるといいね』

「黙れ! そんな不謹慎なことを考えるわけないだろ!」

「葛西!? どうしたんだよ急に!」

 前木君の慌てた声で俺はハッと我に返った。視界がぼんやりとしている。まるで一瞬だけ、立ったまま寝落ちていたかのようだ。

「いや……モノクマが変なことを言うから…」

「モノクマ? 投票するぞって言った以外、何も喋ってないだろ」

『そうだぞ! みんなの会話を尊重して黙ってあげてるのに、空耳でイチャモンつけるんじゃないよマッタク!』

「……???」

 みんなの表情を見るに、本当にモノクマは何も言っていないようだ。では今のは俺の幻聴だったのか? そんな馬鹿な。俺の身に何が起きている?

 

『じゃあ、投票初めてもいいね? お手元のボタンは確認できてる?』

「いよいよですな…」

「クソっ! クソっ!! なんでこんなことになっちまったんだい……」

「安心しろ、土門隆信。貴様が現行のルール下でオシオキとやらをされることはない。今後の貴様の立場を思うと大変同情するがな」

 俺は裁判台に設置されている16個のボタンを見る。俺達全員の名が示されたボタン。これを押すと投票が完了する。本当に、この結論に命を預けていいのか? 俺達は、本当に正しい決断をしているのか?

 先ほどの幻聴を振り返る。モノクマの声が言っていた通り、釜利谷君の電子生徒手帳の情報はあまりにクリティカルすぎた。釜利谷君が犯人だとして、そんなものを何の管理もせず手放すのだろうか? いや、そもそもこの電子生徒手帳って……。

 

「それ、どこから来たのだぞよー?」

 俺が思い浮かべた問いと同じ内容を安藤さんが口にした。安藤さんは俺の裁判台の上に置かれた釜利谷君の電子生徒手帳を指差している。

「え? 電子生徒手帳ですか?」

「…そういえば、それの出所をまだ洗っていなかったな。俺としたことがすっかり頭から抜けていた」

 リュウ君の言う通り、これはトラッシュルームにいた小清水さん達が偶然見つけたものだ。そしてそれは捜査時間にあたかも突然現れたかのように焼却炉内に出現したのだ。その経緯を俺が告げると、その事実を知らなかったみんなは次々に狼狽した。

「どういうことでありんすか!? 最初は無かったのに突然現れるって!」

「こっちが聞きたいわよね。でも、灰の中は最初にくまなく調べたんだから間違いなく捜査時間の最中にそこに現れたはずよ」

 吹屋さんの問いに小清水さんがそう告げる。

「これまでの論理が正しければ釜利谷三瓶の電子生徒手帳は釜利谷三瓶自身が持っていたはずだ。そうなると釜利谷三瓶がその場所に置いたとしか思えん。百歩譲って場所については釜利谷三瓶しか知り得ない隠し通路などを想定すれば納得できないこともないが、タイミングと動機は謎だな。釜利谷三瓶にとってこの電子生徒手帳は自身の犯行の致命的な証拠の数々が並んでいる。こんなものを捜査時間の最中に我々に与える理由がない」

『ちょ、ちょっと! なにサラッとまた議論始めてんのさ! もうクライマックス推理までやったでしょ! 投票じゃないの!?』

「クライマックス…何? なんの話だ?」

「モノクマは静かにしてて。まだこの事件の議論は続いているということよ」

『初っ端からグダるなあ……まあ初っ端だからこそか。次はもっとスムーズに頼むよ』

「次なんてあってたまるか!」

 モノクマが口を挟むが、伊丹さんや前木君が押し退けて議論を再開する。この電子生徒手帳の謎は解明しておかないといけない。そうみんなが思い始めていたのだ。

 

「…くそっ!! そうだよ、その電子生徒手帳さえ見つかってなければオレっちは()()()()()()()はずなんだ!! よりにもよってなんでそれを焼却炉なんかに落としてんだよ、三ちゃんよぉ!! 全部全部台無しだよ、畜生!」

「あ、ついに認めたでありんすね!!」

 土門君が自白とも言えるような悲痛な声を上げた。

「ああ、ここまでやられたらもうお手上げだ! 煮るなり焼くなり好きにしやがれ! 三ちゃんよお、すまねえ……オレっちはもうダメだ。もう出てきてくれよぉ!」

 しかし、土門君のその声に答えるもの―――この事件の犯人であるはずの釜利谷君は現れなかった。

「釜利谷様はオシオキなどというイベントを避けるために裁判に参加していないという話ではありませんでしたか?」

『ごめん。一つ言い忘れてたんだけど。脱出した人については、裁判への参加は免除されるけどオシオキは免除されないよ。地球上のどこにいても捕まえてオシオキは果たすからね。だからこそ、脱出した人も投票の対象にできるようになっているんだよ』

「なんだと……?」

 モノクマの言う”オシオキ”がどういうものかは分からないが、地の果てまでも追いかけてそれを果たすという言葉にはどす黒い意志を感じずにはいられない。かつ、コロシアイの最初に簡単に吹屋さんを焼き殺してしまったような力を考えれば、なまじ奴の言うことが嘘や空虚な脅しにも思えない。外に出れば公権力や法が守ってくれるはずだが……果たしてモノクマはそんなものに屈するのだろうか? そうとすら今は思えてしまう。

「まさか……私達も脱出を試みればオシオキというものをされてしまうということなのですか!?」

『いや、ルールはルールだからね。オシオキを行うのは裁判で負けた時と、校則違反をした時。脱出自体は校則違反ではないからそれだけで即座にオシオキされることはないよ。ただ、今回みたいに欠席裁判でオシオキの対象になっちゃうリスクはあるってことを言いたかっただけ』

「ほう。貴様にとって釜利谷三瓶は使い捨ての駒に過ぎなかったというわけか」

『いやいやいや。ボクはただ特別扱いをしないってことを言っているだけだよ。ボクと内通していようが、隠し部屋を知っていようが、生徒名簿にプロフィールのある生徒である以上はコロシアイの参加者であり、平等に扱うと言っているだけだよ』

 御堂さんの威圧にもモノクマは涼しい顔をしている。つまり、ここで釜利谷君がクロだったとして、それが正解だったとすれば、彼はどこにいてもオシオキというものを受けるということになる。

「そうなると、この裁判に彼が現れない理由も無いがね。希望は薄くとも、ここにいれば反論を行う余地はあるのだから。何か出てこれない理由でもあるのかな?」

 夢郷君の問いに答えられる人はいない。「死んだふりをして身を隠す」と彼の電子生徒手帳からはメッセージが送られていたが、彼は今どこで何をしているのだろうか。

 

 一つの可能性が脳裏をよぎる。

 

「小清水さん。この電子生徒手帳は焼却炉内のどこに落ちてたっけ?」

 


「おいおい、本当に三ちゃんの電子生徒手帳じゃん」

「これ、どこで入手したの…!?」

 俺の問いに、リュウ君と小清水さんと伊丹さんの三人が順番に目を合わせたのち、リュウ君が答えた。

「”落ちていた”のだ。焼却炉の中にな」

「落ちていた…? 焼却炉のどこに?」

「煙突の真下よ。あなたと私で探した時はこんなものなかったのに、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()みたいよね」

 小清水さんがそう告げた。確かに俺と彼女で焼却炉内、煙突の真下を調査した時には電子生徒手帳など見つからなかった。足元の灰まで丹念に掘り起こしたわけではないが、それでも電子生徒手帳のような大きさものがあれば流石に気付いたはずだ。しかし、その時は見つからなかったものが後になってその場所から発見されたというのだ。これは一体何を意味しているのか?

「まさか、煙突の中に誰かが…」

「そう思って電子生徒手帳に気付いた時にすぐ上は見たんだけどね、うっすら空が見えるだけで人影らしいものは何にも見えなかったわ。あ~ヤダヤダ」


 

「―――煙突の下よ。でも、煙突を見上げた時には誰もいなかったわ」

 組み上がってしまう。俺の中で一つの答えが。だが―――そんなことがあり得るのか?

「……それは当然だ。()()()()()()()()()()()()()んだ―――位置的に」

「ど、どういうことでござるか葛西殿……」

「この裁判の参加を逃れるためには校則の条件から外れないといけない……」

 

“以下の条件を満たす者は必ず学級裁判に参加すること。参加を拒否する態度を露わにしたものはその場でオシオキします。なお、学級裁判の結論として投票できる対象には、裁判に参加していない者も含まれます。

・生徒名簿にプロフィールを記載されている生徒であること。

・死体発見アナウンスが鳴った時点で生存していること。

・死体発見アナウンスが鳴った時点でこの建物の内部にいること。”

 

 悪夢のような結論だ。そんなことがあり得ていいはずがない。

 これが俺の求める”楽しい結論”だとでも言うのか―――モノクマ!

 

「煙突の外だ。煙突の外に逃れることで裁判への参加義務を逃れ、そして釜利谷君の電子生徒手帳をそこから投げ落としたんだ」

 

 

「釜利谷君はこの裁判に来ないんじゃない。来られないんだ。何故なら彼こそがこの事件の被害者だから」

 

 

 

 

「犯人は今も煙突の外で裁判の終わりを待っている―――この事件の本当の犯人である、津川梁さんが!

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 遥か高空。

 見渡す限りの赤い空。遠い空に黒煙が伸び、空を覆う薄暗い雲に接続していた。荒廃した街も、汚れた海も、全てを見渡すことができるほど高い高い塔の上に少女は腰を掛けていた。

 

 大して変わらない。

 ()()()()()()()()と、大して変わらないのだ。

 人類(わたしたち)は、永遠に殺戮を繰り返している。

 いつの時代も、どんな場所でも。

 

 金色の髪が風に靡く。大きく丸い瞳から一筋の涙が零れ落ち、虚空に舞う。

 

 

「―――スクエナイ」

 

 

 

学級裁判・中断




次話も早めに出せるよう頑張ります。
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