エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を   作:江藤えそら

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タイトルフォントの異常は意図してやっておりますが、媒体によっては意図したとおりに表示されていないかもしれません。深い意味はないので本編をお楽しみいただけますと幸いです。


非縺҇͛̍͌̒̑ヲ繧҇͂͑シ編④ 繧ヲ縺ョ、そしてシ҇͛壹の螂ウ҇̇̅̀̚逾

 

 

「津川が犯人……? そんなバカな!」

 最初に声を荒げたのは前木君だった。他の面々も訝しげな顔で俺を見つめる。

「土門は必死に三ちゃんを庇おうとしてたじゃんか。三ちゃんが真犯人なのは明確だろ!」

「いや、彼は事件の真実を知らないまま捜査と事件に臨んでいたに過ぎない。だからこの裁判でも釜利谷君が真犯人だと信じ込んだまま共犯者として動いた」

 土門君が釜利谷君を犯人と認識していたことと、津川さんが真犯人であることは矛盾しない。土門君は釜利谷君を真犯人と勘違いしたまま事件に加担していたのだ。つまり、釜利谷君の電子生徒手帳を使って土門君にメッセージを送ったのはやはり津川さんということになる。

「ど……どうなってやがるんだ? オレっちはどうすりゃいいんだ!」

「事件究明に協力すればいいのだ。具体的に言うなら、俺達の質問に正直に答えればいい」

 混乱する土門君にリュウ君が発破をかけた。

「釜利谷三瓶の電子生徒手帳から読み取れたメッセージでは、予定されていた計画と乖離が生じたようなことが書かれていたな。…その乖離こそ、津川梁が釜利谷三瓶の事件計画を乗っ取った可能性を示すものだったというわけか。私ともあろうものが危うく不確定の決断に身を任せるところだったな…」

「しかし……津川様は放送室のトリックなどは事前に知らなかったはずですよね? 釜利谷様になりすまして土門様とやり取りをするのは些か難しいのではないでしょうか?」

 入間君が浮かべた疑問は最もだ。電子生徒手帳自体は本人でなくとも使用できることは土門君が述べた通りだが、事前に犯行計画を知らなかった津川さんがその計画を乗っ取って土門君を動かすことは可能だったのか。

「津川さんが真犯人であり、かつその場で釜利谷君たちの計画の全容を知ってそれを乗っ取ることができたと仮定するにはいくつか条件が必要だね。

 ①津川さんは土門君と直接顔を合わせていないこと。

 ②津川さんが釜利谷君が行おうとした犯行の内容を把握することができる状況だったこと。

 この条件が整うと仮定した上で、彼女の動きを一つ一つ追いかけながら整理しよう」

 俺はみんなの顔を見回してそう告げる。手帳の新しいページを開き、自分が話していることをメモとして記載しながら話し始めた。

 

 


 

「まず、停電が起きると同時に津川さんは『万一の際はダクトから焼却炉に向かうように』という御堂さんの指示に従い、食堂の通気口に入った。この時点では焼却炉は動いておらず、津川さんは迅速に焼却炉の中に到達できた。

 同じ頃、トラッシュルームでは釜利谷君が御堂さんを襲い、殺害しようとしていた。津川さんはちょうどその時にトラッシュルームに辿り着いた。ここまでは今までの推理と同じ。

 問題はここから。これまでは揉み合いの末に焼却炉が起動し、その中に津川さんが入ってしまったと推測したけど、実際は逆だった。釜利谷君の方が焼却炉に投げ込まれ、生きたまま焼き殺された。予想だにしない状況に津川さん自身も動揺しただろう。その後、津川さんはトラッシュルームに置いてある釜利谷君の電子生徒手帳を見つけた。しかもそれが録音状態になっていることから、何らかの理由で釜利谷君がトラッシュルームの音声を必要としていたことに津川さんは気付いたはずだ。

 同時に彼女は釜利谷君の電子生徒手帳のメッセージ欄を確認した。そこには共犯者と思わしき人物とのやり取りの後が残っていた。そこで彼女は釜利谷君が立てた犯行計画を咄嗟に乗っ取ることを思いついたのだろう。ただし共犯者に自分の姿を見られればすぐに状況は破綻してしまう。だから彼女は「死んだふりをして身を隠す」とメッセージ上で告げることで共犯者に対して姿を現さずに犯行を継続する方向に話を持っていったわけだ。

 だけど、メッセージ上で姿を隠せても実際に誰かがトラッシュルームに入ってくれば自身の生存が知られてしまい都合が悪くなる。だから彼女は釜利谷君を殺害した後にすぐ焼却炉を止め、焼却炉の中に飛び込んで真っすぐに煙突を登ったんだ。そして姿を消すと同時に施設外にも出た扱いになり、裁判の参加義務からも逃れた。

 一方、津川さんが釜利谷君に成りすましていると知らない土門君は釜利谷君の「予定が変わったが、身を隠す」というメッセージを信じ、釜利谷君が本来行うはずだったトリックを代わりに行うべく音声ファイルの送付を求めた。このメッセージを見て津川さんは先ほど録音された音声がトリックに用いられることを推察。もみ合っている部分の音声は本当の被害者を特定させる情報が含まれているかもしれないからトリミングして、ファラリスの雄牛を通した悲鳴の部分だけを送った。これにより土門君は釜利谷君の死を知らないまま放送室の仕掛けを行い、事件の時間を誤認させるトリックが行われた。

 


 

「―――こんなところかな」

 喋りながら殴り書きした手帳には見るに堪えないほど汚い文字が並んでいた。しかし、この過程を経ることで一応のシナリオは完成した。ところどころ飛躍や想像はあるが、このストーリーラインなら津川さんが真犯人であると仮定することは不可能ではない。

「凄いな、葛西は。()()、どうやってるんだ?」

「え…? ”それ”って?」

 前木君が感嘆の情と共に奇妙な言葉を漏らした。俺は思わず聞き返した。

「いや、その、なんていうか―――。さっき事件の流れをおさらいした時もやってたけど、議論に上がっていないところまで筋道立てて補完できる力…って言うのかな。断片的な情報だけで綺麗にストーリー作れるなって。やっぱ脚本家だからなのか?」

「腐っても超高校級ってことね。流石は私の第一助手」

「いやいや、腐ってなどおりませぬぞ! 拙者は素直に尊敬致しまする!」

 前木君や丹沢君に思わぬ賞賛を受け、俺は「あぁ……そうかな。どうも」と歯切れの悪い感謝しか伝えることができなかった。気恥ずかしいとか、こんな状況で褒められても響かないとか、そういう感情ではない。ただ何か違和感がある。俺は今までどうやって脚本を作ってきたのか思い出せないのだ。思えばこのコロシアイが始まってから、自分が超高校級であるという実感も全く浮かんでこなかった。

 今までに作った脚本のタイトルや内容は覚えている。しかしそれをどうやって作ってたか、どのように着想していたのかは思い出せない。だから、彼らの賞賛に対しても実感を得ることができないのだ。もしかすると、釜利谷君が言っていた記憶の処理によってその部分を消されているのかもしれない。

 

「議論に上がっていない部分をどう推測するのも勝手だが、今のシナリオには明らかにこれまでの議論と矛盾する点があるな。そこは見過ごせん」

 と、御堂さんがそんな言葉を投げかけてきた。俺は慌てて手帳のページを見返す。

「えっと……矛盾。…どこかな?」

「貴様が述べたシナリオでは、津川梁は釜利谷三瓶を殺害した後に焼却炉を止めて煙突に入ったと言ったな。しかし実際にはリュウがトラッシュルームに突入時、焼却炉を停止させていただろう。つまりその間、焼却炉はずっと稼働していたのではないか?」

「確かに……そうなると津川様が煙突に入ることのできるタイミングはありませんね…」

「あ……」

 御堂さんの鋭い指摘に俺は思わず閉口してしまった。確かにリュウ君が突入した時に焼却炉を止めたのだから、逆説的にそれまで焼却炉は動いていなければならない。焼却炉が稼働し続けている以上、津川さんが煙突に到達する手段はない。

 

「違ぇ……オレっちが」

「……?」

「オレっちが焼却炉の電源を付けたんだ! オレっちがトラッシュルームに入った時は焼却炉は付いてなかった! ただ、これから行われる放送室のトリックが成り立つには、誰かがトラッシュルームに突入するまで焼却炉は起動してなきゃ辻褄が合わねえ。だからオレっちは咄嗟に焼却炉の電源を入れてすぐにトラッシュルームを出たんだ」

 土門君が声を張り上げる。これまで共犯者という立場が彼の口から事実を述べさせることに対する枷となっていた。しかし、ここに至りついに彼はその枷を自ら破ったのだ。

「つまり―――津川さんは釜利谷君を焼き殺した後、一旦焼却炉を停止。焼却炉の中を通って煙突を駆け上がった。その後に土門君がトラッシュルームを訪れ、再び焼却炉を起動したと」

 伊丹さんがまとめた。確かにその流れならば津川さんが煙突を駆け上ったことと、リュウ君達がトラッシュルームに突入した瞬間まで焼却炉が燃え盛っていたことは矛盾しない。この状況でわざわざ土門君が嘘をついているとも思えない。

 


【時系列まとめ】

停電

釜利谷三瓶がトラッシュルームに入り、御堂を殺そうとする

津川梁が焼却炉から現れ、もみ合いの末に起動した焼却炉の中に釜利谷を入れて焼き殺す

津川が焼却炉を止める

津川が焼却炉に入り、煙突を登って屋外に向かう

土門がトラッシュルームに現れ、焼却炉を起動させる

土門が放送室に電子生徒手帳を仕掛ける

リュウ達がトラッシュルームに突入し、焼却炉を止める

死体発見


 

「で、でもよ……結局それって”それでも成り立つ”って話でしかなくて、津川が犯人じゃないとあり得ないってシチュエーションは無いんじゃないか?」

「そうですねぇ…。正直、ここまでの話を聞いてもまだあの子がこんな犯行をするとは私には思えないんです。どっちかって言うと人柄的には…失礼ですが釜利谷君の方が想像ついちゃうというか…」

「本当に失礼でありんすね…いやあちきも人のことは言えないけども」

 前木君の戸惑い交じりの言葉に山村さんが同調する。確かにこれまでの議論では”津川さんが犯人であっても説明がつく”という話しか出てこなかった。だが、ここに至るまでの道筋を辿ればおのずと”津川さんが犯人でなければならない理由”もあるはずなんだ。その鍵を握るのは―――。

 

「それならば、そもそも何故津川君の名が犯人候補として挙がってきたのかを思い返したまえ。それは”釜利谷君の電子生徒手帳がどこから来たのか?”という話題からだ」

 俺が口を開く前に夢郷君が告げる。

「その通り。この電子生徒手帳は捜査時間の最中に煙突から落ちてきた。そして、体格的に煙突の中を登れるのは津川さんだけだ」

「うぅむ…そうなりますとやはり津川殿が犯人で、煙突に上ったということになりまするか…」

「本当にそう? 仮に津川さんがそうしたとして、なんで電子生徒手帳を煙突から落とすなんて行為をしたわけ? わざわざ自分が犯人って教えるようなものじゃない?」

「それは……共犯者と釜利谷君であろう人物のやり取りを敢えて見せることで、釜利谷君の犯行であることを強く演出したかったんじゃないかな」

「そうかしらね。明らかにメリットよりデメリットの方が大きいと思うけど。現に一度、釜利谷君が犯人って結論がこの電子生徒手帳のせいで変わりかけてるわけでしょ?」

 相変わらず小清水さんは鋭い質問をする。

「それに、”釜利谷君なら煙突を登れない”っていう仮定もちょっと弱いかな。だって彼は隠し道とか隠しアイテムとか隠し設備とかを自由に使える立場なんでしょう? それなら煙突の上に上がる方法だっていくらでも想定できると思うけど」

「それは……その通りだ」

 と、返すことしかできなかった。”津川さんにできた”ことを説明することは不可能ではないが、”釜利谷君にできなかったこと”を説明するのは非常に難しい。彼は黒幕の内通者という特権を最大限に生かし、俺達には想像もつかない行動を取っていた可能性すら排除できないのだから。

 

「ど…どうすんのさ! 手詰まりになっちゃったじゃん! 結局、釜利谷とリャンちゃんはどっちが犯人でどっちが被害者なわけよ!?」

 亞桐さんが頭を抱えて叫ぶ。

『ん? ん? 手詰まり? じゃあもう流石に投票に移っていいよね? こんだけ待ったんだからこれ以上待ってやるギリはないぞ!』

「フィ、フィフティフィフティならワンチャン命賭けてみるしか…」

「イヤイヤ、ありえねーでありんしょ!!! 50%で全員死ぬなんてそんな賭け無理に決まってるでありんす!!」

 場の雰囲気が焦燥に包まれる。このまま微妙な結論で裁判を終わらせるわけにはいかないのに。

 ―――と、紛糾する議論にリュウ君が一石を投じた。

「一つ、思い至ったことがある。少し俺の議論に付き合ってはくれないか? 俺も思考を整理しながら話すゆえ、やや遠回りな話し方になってしまうかもしれんが…」

「リュウ君……一体何を思いついたの…?」

「まず考えてみろ。”釜利谷の電子生徒手帳を捜査時間中に落とす”という行為は、犯人が津川であっても釜利谷であっても悪手と言える行動だ。犯人がどちらにせよ、事件の真相に大きく近づく情報をわざわざ与えているわけだからな。そうなると犯人が誤って落としたか。それとも別の意図があって敢えて落としたのか、だ」

 彼の言う通り、釜利谷君の電子生徒手帳が捜査中に落ちてきたのは不思議な話だ。まるで、俺達にヒントを与えようとしているような―――。

「偶然の可能性は否定できないが、それでも誤って落としたにしてはタイミングが良すぎる気がするな。僕達に目撃されず、かつ落としたものには後で気付けるような絶妙なタイミングで落ちてきたわけだからね」

「俺も夢郷の意見に同意する。故に俺は犯人の目的、動機にこそこの事件の真相が隠されていると踏んだ。この事件には、俺達が思っているよりもさらに厄介な事実が眠っているかもしれん」

 

「リュウ、それは危険な議論だぞ。動機などそれこそその人物の胸中にしか存在しない。我々が真実を知り得ないものを推測して根拠とするのは危険が過ぎる」

 と、御堂さんが指摘した。

「その通りだ。だが、現状では津川も釜利谷も犯人と断定するには決定的な根拠を欠いているだろう。俺がこんな話をしたのは、事件発生前の釜利谷の言動に気になるものがあったからだ」

「どういうこと?」

「事件前、俺は脱出に使用するロープを取りに食堂を出ていたから、お前達の会話は直接聞いていない。だが、夢郷が食堂での会話を全て暗記して転記してくれた。これを見て俺は気になるやり取りを見つけたのだ」

「ええっ、食堂の会話全部覚えてるの? 凄いけどちょっとキモいな…」

「お褒めに預かり光栄だよ亞桐君。僕は一時間前程度までなら過去に行われた会話は大体暗記している。入間君ならもっと長い時間に渡って記憶する能力を持っているだろうが、彼は葛西君との捜査に付きっきりだったからね。僕がリュウ君に捜査協力したというわけだ」

 リュウ君がみんなに向かって差し出した手帳には食堂でのみんなの会話が事細かに記載されていた。それにしても通常の日常会話を一定時間完全に暗記しているとは凄い能力だ…。

 

「俺と御堂が食堂を出た後、釜利谷はお前達に何か話しかけていたようだな」

「あぁ……黒幕がどうとかそういう他愛のない話だよ」

「……”しりとり”だ」

「…?」

 リュウ君が唐突に言い放った言葉に、一同は困惑する。しかし俺と御堂さんは違った。俺は過去にしりとりという概念をリュウ君から聞いたことがある。そう、数日前に大浴場で聞いた”暗号会話”で聞いたのだ。

 

 


【(非)日常編③ その唇をよく見せて】

「えぇ…? でも、”暗号を解いたことの証明”なんてどうやってやるの…? リュウ君はそれをやったの?」

「もちろんしたさ。それも、暗号のトリックが分かっていれば簡単に行える。これも初歩的な暗号術になるが、言葉遊びの応用だ。暗号が語頭を取るなら、こちらは語尾を取ればいい」

「……? 御堂さんがやったように、語尾の文字でメッセージを送るってこと?」

「それでも良いが、それでは数文連続で言わなければ単語や文を完成できず手間がかかる。もっと簡単に、暗号同士でやり取りをする方法がある。それが”しりとり”だ」

「しりとり……?」

「御堂の語尾をこちらが語頭で拾って返答すればよい。そうすれば、それが”お前の暗号を読み解いた”のメッセージになる。ただし、一回だけでは偶然を疑われる恐れもあるからな。可能な限り多く、相手が納得するまでしりとりで返し続けることが肝要だ。それを踏まえて暗号を発し終わった後の御堂と俺の会話を思い出してみろ」


 

 御堂さんは自身の課した暗号を解いたかどうかを確かめる手段としてしりとりでの意思疎通を図り、それにリュウ君が応えた。リュウ君は御堂さんからのやり取りのことは伏せつつ、暗号の手法としてしりとりでやり取りをすることがあるという内容のみを紹介した。

「へえ~、そんなやり方があるんでありんすね……」

「私も暗号を学んだことはありますが、咄嗟に行うレベルの簡易なものは盲点でした」

『面白いコト思いつくもんだね~! 今度教頭に試してみよ、アイツ絶対気付かないけど! うぷぷぷ』

 みんなが各々感嘆の声を上げた。”読唇術”という核心に触れていないまでも、この暗号をモノクマがいる前で公言するという事実が、リュウ君の覚悟を物語っていた。

「それで? 食堂の釜利谷君の会話が何だっての?」

 遅々とした議論に嫌気がさしたのか、小清水さんが苛立たし気にまくし立てる。

「釜利谷の会話を見返すと、どうも奴は直前に話した相手の語尾を取り、しりとりを試みていたように思える。唯一それに応えたのが津川だ。その後、釜利谷と津川には意味ありげな無言の瞬間がある。つまりその瞬間、津川と釜利谷には二人しか知り得ない会話があったのではないかと推測した」

「……!?」

 リュウ君の話は驚くべきものだった。釜利谷君がしりとりでの意思疎通を試みていたというのだ。俺達は夢郷君の助けも得つつ、食堂での会話を振り返った。

 


【(非)日常編⑥ 私が、私であること ――リュウと御堂が去った後の食堂の会話―――】

 

入間:「仮に彼が悪いことをしたとしても、きちんと外に連れて行って正当な方法で裁く必要があるはずです。彼にも外に付いて来て頂く以上、対話は必要不可欠です。と、いうより…それくらいしないと私が何も皆様に貢献していない気がしまし…」

釜利谷:「んさいサマの考えるコトは違うな。誰かがやってくれるなら自分はサボってればいいだろう

小清水:「ろまくが誰か言えないのならさ、黒幕とどうやって知り合ったかは言えない?」

→ しりとり不成立

 

小清水:「黒幕が誰か言えないのならさ、黒幕とどうやって知り合ったかは言えな?」

釜利谷:「うほどのことでもねえよ。ちょっと前に知り合ったくらいの仲だ。いろいろあってこうなっただけ

前木:「のいろいろが気になるんだけどな…」

→ しりとり不成立

 

釜利谷:「言うほどのことでもねえよ。ちょっと前に知り合ったくらいの仲だ。いろいろあってこうなっただけ

津川:「っきから適当なコトばかり……いい加減にして!」

→ しりとり成立①

釜利谷:「う、オレを殴ってスッキリしたいのか? メシ終わった後ならいい

津川:「んぜん……納得なんてできないなりよ!! 大事なことは適当にはぐらかしてばっかりで…。さんぺーきゅん、キミがリャン様たちの仲間でいたいなら変に誤魔化さないで全部教えて!!」

→しりとり成立②

し、分かった。お前は何が知りたいんだ?

 

「………」

(釜利谷君がそう問いかけると、津川さんは釜利谷君の肩を掴んだままガクリと頭を落とした。)

→ この時に二人だけの会話をした?

 


 

 釜利谷君は確かに直前の人の語尾を取り、しりとりをしていた。しかし津川さん以外の人はそれに気付かず、しりとりで返すことができずにいた。津川さんだけは違った。釜利谷君のしりとりに気付いて同じくしりとりで返した。釜利谷君は偶然の可能性を加味してもう一度しりとりをしたが、これにも津川さんはしっかりとしりとりで返した。

 あの時、なんとなく彼の話し方や言葉選びに違和感を覚えていた原因はこれだったのだ。

「しりとりを返したことで釜利谷は津川を”何らかのメッセージを伝えるに値する相手”として認識し、実際にそれを行った。そして、その直後にこの事件が起きた…。釜利谷は拘束されている間に既に事件の伏線を己の手で張っていたというわけだ」

「でも……しりとりを暗号として使うなんて二人はどこで知ったんでしょう? まさか初見で気付いたわけじゃないですよね?」 

 と、山村さんが言う。リュウ君は御堂さんの暗号に初見で気付いていたが、食堂での会話は回数も少なく、会話の内容を吟味しているほどの余裕はなかった。つまり、津川さんは予め「しりとりで意思疎通すること」を知識として知っていたということになる。

「………!!」

 ハッ、と息を吞んだ。彼女は、釜利谷君はその暗号を知っている。知っているはずなのだ。リュウ君から暗号についての秘密を教えてもらった後、俺はそれを津川さんに対して実践した。ただし、それはしりとりではなく、「語頭を取ってメッセージを伝える」という別物の暗号だ。問題はその後だ。

 


【(非)日常編③ その唇をよく見せて】

「すっかり仲良しじゃん」

 気まずさに頭を抱えている俺を嘲笑うように皮肉を飛ばしてきたのは、釜利谷君だった。昨日は全く起きることができずに机に突っ伏していたのに、今日は元気そうにヘラヘラと笑っている。

「あ、いや、これは……しがない世間話、だよ!」

 世間の話など全くしていないので、我ながら苦しい言い逃れだと思う。そもそも言い逃れなければいけない理由もないのだが…。

「よく喋るじゃんか。お前そんな奴だったっけ?」

「いや、そんな、俺は―――」

 釜利谷君の人を小ばかにしたような態度に少しムッとなった俺だが、すぐにその思考は新しい思考に上書きされた。彼が俺の言葉の語尾を取ったしりとり会話―――つまり、リュウ君が言っていた『暗号を理解したサイン』を送っているのだ。まさか今の会話を盗み聞きして見破ったのか? 

「―――と、とにかく! みんな集まってるしご飯食べようよ」

 俺はとりあえず明確に文章が終わるように発言し、彼が再び語尾を取ってくるかどうか見守ることにした。しかし…。

「そうそう! ご飯冷めちゃうなりよ! ご飯取ってくるね!」

「………」

 釜利谷君は両肩をすくめ、とぼけたように笑いながら厨房へと入っていった。二回、彼は俺の語尾を取った。しかし、二回きりでは偶然の可能性もある。彼は暗号に気付いたのだろうか? しかし直接聞くのは暗号の内容を暴露することになるため、それもできない。モヤモヤした感情のまま、朝食会を過ごすことになった。

 


 

 あの時、釜利谷君がしりとりで俺の言葉に答えていたのは偶然などではなかった。あの時、彼は気付いていたのだ。そして、その場に居合わせた津川さんもまたそれを知った。

 俺が不用意に暗号を伝えようとしなければ、この事件は起きていなかったというのか? そんな俺の後悔を知ってか知らずか、リュウ君はこう告げた。

「全てのことは成り行きだ。葛西が気に病むことではない。それに、その件があったからこそ御堂も葛西を信用するに値する相手だと判断できたわけだしな」

「喋り過ぎだぞ、リュウ。まあ、こんな子供騙しなど遅かれ早かれバレるだろうとは思っていたがな」

「いや気付くわけねえだろ!」

 前木君の言う通り、いくら簡単なロジックと言っても自然に会話をしている限りは初見で気付くのは難しい。が、俺が津川さんに伝えようとした時はあまりに不自然な会話運びですぐに気付かれたのだろう。

 

「ずーっと回り道な会話ばかりで嫌になっちゃうんだけど。要は、釜利谷君と津川さんがどんなナイショ話をしてたかってところが大事なんでしょ?」

「小清水の言う通りだが、肝心の内容までは俺も分からん。何しろその場に居合わせていないのだからな。だが、あの場で釜利谷が津川に何を伝えたかったのか、津川に何をさせたかったのかは推測できるだろう」

 釜利谷君が津川さんに何を伝えたか…? 彼と津川さんの間に何か特別な関わりがあるとも思えないし、特に思い浮かぶものは無いように思えるが…。

「あの時は御堂様の脱出が今まさに行われようとしていた時ですから、コロシアイの主催者側としては何としても脱出を阻止しなければいけない状況でしたよね…」

「でもさ入間。実際に釜利谷はコロシアイを邪魔するために自分の手でコロシアイを起こそうとしたじゃん? あの状況でリャンちゃんに何かさせる必要あった? むしろリャンちゃんは実際には釜利谷の殺害計画を邪魔しちゃってるわけじゃん」

「釜利谷様は津川様が通気口を通ってトラッシュルームに来られることは把握していなかったはずですから、そこは無関係と見ていいでしょう。あの状況で釜利谷様が誰かにさせたいことと言えば、それこそコロシアイくらいしか思い浮かびません」

「でも、実際にはそこから間髪入れずに釜利谷が停電を起こして、コロシアイを起こしたわけじゃん? コロシアイを人にさせようとしてるなら自分で動くのはヘンじゃんか」

 亞桐さんと入間くんの言うことはどちらも正しい。結局釜利谷君は津川さんに何を伝えたかったのか。そのヒントでも残っていれば……。

 

「…リュウ君。津川さんの電子生徒手帳は持ってる?」

 俺はふと一つの想定を頭に浮かべた。

「あぁ、釜利谷のものと一緒に回収してある」

 と、リュウ君はそれを自身の裁判台の上に置いた。

「この電子生徒手帳は捜査時間の最初には既に焼却炉にあった。津川さんが焼死した場合でも釜利谷君が焼死した場合でも、事件の最中に焼却炉に置かれたことは間違いないだろう。その電子生徒手帳、起動できる?」

 モノクマの情報通りなら、電子生徒手帳は焼却炉の高温においても機能を損ねることなく起動ができるはずだ。

「煤で汚れているが、起動は可能だ」

「そこに、釜利谷君が津川さんに告げた内容のヒントがあるかもしれない」

「…これのことだな」

 俺が言うが早いか、リュウ君は全員に見えるようにタブレットの画面を掲げて見せた。そこにはローカルフォルダ*1にダウンロードされた動画ファイルが表示されていた。そのファイル名は、『動機_津川梁』と書かれており、保存された時間はつい先程…恐らく事件が起きた時間の周辺だ。

「動機って……小清水とリュウがよく分からない記憶を思い出したってやつか?」

「まさか津川殿はこれをダウンロードして視聴してしまったのでござりまするか…?」

 フォルダが中に入っている以上、そう判断するのが自然だろう。

「実は俺も捜査中にこのフォルダは見つけていてな。そこで釜利谷が津川に与えたメッセージとが線で繋がったのだ。”奴は津川に動機映像を見せたがっていたのではないか”、とな」

 リュウ君がそう告げた。これが、彼が動機面から事件の真相に迫ろうと言い出した理由だったわけだ。彼が言うには、事件直後に釜利谷君が津川さんに告げた何かこそ、動機映像の視聴を誘導する言葉だったらしい。

「そんなことを暗号とか使ってまで伝えるでありんすかねぇ…?」

「だからこそ、だ。ただ動機を見ろと告げても何の説得力も感じないが、暗号という手続きを経ることで同じ言葉でも重みが変わる。釜利谷三瓶も津川梁を狙い撃ちしたわけではなく、暗号に気付けた者に伝えるつもりだったのだろうがな」

 山村さんの問いに御堂さんが答える。リュウ君と小清水さんの暴露によってほぼ見られることが無くなってしまった動機を見させるために考えた釜利谷君の作戦が、俺から盗んだ暗号の手法を使うことだった。本来なら俺がそこに気付かなければいけなかったのだが……。

「でも考えてみて。仮にそのタイミングで釜利谷君が動機映像の視聴を誘導したとして、動機のメモリも配布依頼、彼女が肌身離さず持っていたとしましょう。だとしても、その直後に彼は停電を起こして事件を発生させているのよ? 莉緒も言っていたけど、動機を見せてコロシアイを起こさせるなら、自分自身でアクションを起こす必要はなかったんじゃないかしら。それに、彼女も停電直後にトラッシュルームに行って事件に巻き込まれているのよ。釜利谷君の意図がどうあれ、動機の映像を視聴する余裕はなかったと思う」

 と、伊丹さんが指摘した。確かに直後の行動まで加味すると釜利谷君の行動は矛盾しているように思えるな…。一体何が正しいんだろうか?

「前者の指摘については、釜利谷や黒幕が俺達に動機を見せたい理由はコロシアイのためではなく、それ以上の意味があるのではないかと実際に映像を観た身として俺は推察している。そして後者については、確かに”津川が焼死した場合”では奴が動機を観る暇はない。それはこれまで事件の流れを一通り整理した事実からも明らかだ。だが、奴が”釜利谷を殺して煙突の上に逃げた”場合では、煙突上で待機して捜査が始まるまでの僅かな時間でそれを視聴するチャンスがある」

「おい、まさかそれって…」

「”この動画が既に一度視聴されたかどうか”。それが分かればどちらが犯人で被害者なのか確定するということだな」

 と、御堂さんが総括する。

「かなり遠回りになって申し訳ないが、俺が気になったのはまさにこれなのだ。これさえ分かれば犯人に辿り着けるのだが、肝心の"この動画が既に一度視聴されたかどうか"を見分ける方法が分からなかった。故に言い出すのを躊躇っていた」

 この動機映像が既に視聴されているのかどうか。それを見分ける鍵がどこかにあれば。俺は動機に関してメモした手帳を見返す。

 


【(非)日常編⑤ ジカンの問題 】

 

「つまり、だ。オイラの目の前で映像を観てくれた人には、どんな質問にでも一度だけオイラが答えるぜ! ただし、答えは『はい』『いいえ』『どちらとも言える』『どちらとも言えない』『分からない』のどれかだ。逆に言うとこの五択で答えられない質問には答えないぜ!! 分かったかヒヨッコども!! こんな絶体絶命のチャンスを逃すんじゃねーぞ!!」

 

「あと、質問をしたい奴はちゃんと映像を見たって証拠を示せるよう、オイラの目の前でしっかり見るんだぞ。見たフリや実際は違う画面を開いているとかはノーカンだぞ」

 

「いや……内容については異論はない。ただ、小清水よ……映像を観た後、数時間をかけて何か頭の中の認識が変わった感覚を覚えなかったか?」

 

【(非)日常編⑥ 私が、私であること】

 

「ああ。モノクマは”思い出しライト”とか呼んでたな。映像の最初の方にピカッと変なフラッシュが出ただろ? あれを浴びると数時間かけて記憶の一部が復活していく。ただし復活できる記憶は抑制されたものの中からランダムに選ばれる。復活する量もまた然りだ。そこまでを細かく制御できる技術はまだ無い」

 


 

 動機に関する会話の数々を思い返す。

 この映像は必ずモノクマかモノパンダの立ち合いの元で観なければならない。そして、映像の中で釜利谷君が"思い出しライト"と呼んでいた記憶を再生させる光が一度放たれる。これがランダムな記憶を再生させ、俺たちの認識を上書きしていくらしい。その情報から一つの可能性が俺の頭に連想された。

 

「……もし、"思い出しライト"の照射が一度きりだったとしたら? 今この場で動機を再生して思い出しライトが照射されなければ、津川さんが既に映像を視聴したことが確定するんじゃないかな?」

 頭に浮かんだ仮定はそれだった。もしそうならモノクマやモノパンダが自分の目の前で映像を観るよう念を押したのも納得できる。

「そうか、その可能性を見落としていた。でかしたぞ葛西。少し待て」

 そう言うが早いか、リュウ君は自身の電子生徒手帳を取り出し、素早く操作した。

「…うむ、俺の動機映像、特に光が照射された記憶のあるシーンをピンポイントで見返したが、光の照射は無い。例の光は一度しか出ないもののようだ」

「おいおい、てことは!」

「うん。この津川さんの動機映像を観て”思い出しライト”が出るかどうかを確認すれば、犯人がどちらか確定する」

 遂に俺達はここまで辿り着いたのだ。一旦は白紙に戻りかけた議論にトドメを指す最後のピースが出揃った。

『よくぞこの映像のギミックに気付いたね! 思い出しライトはまだ試作品で、機能上の不具合も多いってワケ。万が一の事故を防ぐために一度きりしか照射されないようにしてんの』

 モノクマが背伸びしながら言った。

「お前、散々投票を急がせようとしてたくせに今は楽しんでんのかよ」

『面白ければイイの! 今はつまらなくない展開だから助かってるよ』

 モノクマは不敵に笑う。学級裁判が最終局面に達しつつある事に奴も気付いているようだ。

 

「となりますと、どなたが映像を観るか、ですな。50%の確率で光を浴びるわけですから、ノーリスクではありませぬ。もちろん拙者でも構いませぬが」

 丹沢君が不安そうに言った。この議論の終着点に辿り着くには、誰かが動機映像を観なければいけない。しかし、まだこの映像を誰も観ておらず、思い出しライトが放たれる可能性も残っている。誰がそのリスクを負うのかが問題だ。

「いや、丹沢君がリスクを負う必要はないよ。俺が観よう」

「オレっちでもいいぜ。…自分で言うのもなんだが、立場上リスクのある役回りをやるなら信用のないオレっちが適任だろ」

「つか、そこは全員じゃね?」

 と、俺や土門君の言葉に前木君の言葉が被せられた。

「え!? 全員!? なんで無駄にリスクを大きくする必要があるの?」

「前木、これは動機映像だぞ。万が一全員が光を浴びるようなことがあれば何が起こるか分からん」

「あちきも全員で観るに賛成!」

「吹屋さんも?」

「ウチも賛成。なんていうか、この議論ずーっと葛西とリュウと秋音ちゃんで進んでる感じがしてさ、ウチら何にもしてないじゃん!? この期に及んで突っ立ってるだけって耐えられないって!」

「…とのことだが、この中に動機映像を観ることに抵抗のある者はいるかね?」

 亞桐さんに続き、夢郷君が全員に問いかける。みんな不安そうな顔は覗かせているが、それでも観ないという選択肢に手を伸ばす者はいなかった。そこまでされたら俺も食い下がるほかはない。

「zzz…観る……」

「安藤殿!? 寝言で同意を!? ていうか起きて下され!」

『うぷぷぷぷ! こりゃ面白い展開になってきたねえ! 本当はオシオキの時に使うものだけど、これを使わせてあげようか』

 モノクマが意気揚々と指を鳴らすと、モノクマの玉座の真上に一枚の大きなスクリーンが降りてきた。『オシオキの時に使う』という発言は気になるところだが…。

『津川さんの電子生徒手帳で動画を再生してごらん。こっちにも映像を同時再生するから』

「命知らずどもめ、どうなっても知らんぞ」

 全員が観るという非合理的な選択に苛立っているのか、御堂さんがそう吐き捨てた。しかし今更目を背ける人はいない。

「では再生するぞ…」

 リュウ君が画面をタップし、映像が再生される。俺は生唾を飲んでその映像を見守った。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 スクリーンに浮かび上がったのは、病室。正面に病衣を着た少女がベッドから半身を起こし、こちらを向いていた。その顔、その髪型は間違いなく―――津川さんだった。

「……もう始まってるなり?」

 津川さんは少し緊張している様子で画面外の誰かにそう尋ねる。その後、軽く頷いてカメラ目線に直った。

「えっと…この映像を観て混乱するかもしれないけど、まずは落ちついてリャン様の言葉を聞いてほしいなり。まず、あなたは私―――津川梁じゃない。本当のリャン様――つまり私はね、もうすぐ死んじゃうんだ。現代では治療が不可能な難病で、ね」

 津川さんの口調は何かを堪えているような、力の籠ったものだった。

 この映像は津川さんに向けて作られた動機映像だ。つまり、”あなた”とはこの動画を見ている津川さん自身を差すはずである。この動画を見ている(俺達と一緒にコロシアイに参加している)津川さんは津川さんではなく、今映像の中にいる人物こそが本当の津川さんであると映像の中の津川さんは言っているのだ。

「今は忘れてしまっていると思うけど、あなたは未来から来た人造人間”キリウ”。きっとこの映像の”思い出しライト”で全て思い出せるはず。訳あってこれから行われるコロシアイに”リャン様として”参加してもらってるなり。―――どうか混乱しないで。きっとキミなら理解できるなりよ」

 津川さんはそこまで言うと息をつき、少し間を置いて再び話し始めた。映像を観ている俺達の混乱をよそに映像は続く。

 

「リャン様はね、生まれた時から長く生きられない身体だったなり。両親は長生きできないリャン様よりも元気な兄妹姉妹ばかりを愛して、リャン様から目を逸らした。リャン様に優しくしてくれたお婆ちゃんも中学に上がる前に亡くなっちゃって、リャン様が心を開けるのは漫画やアニメのキャラクターだけだった…。だから、コスプレはリャン様が心を開ける相手との唯一の交流手段だったなり。こうやってリャン様自身をキャラクターにしたのも、そうしないと自分自身を見つめることすらできなかったから。―――結局、このキャラ付けのせいで気持ち悪がられて、ずっと虐められてたけどね。それでも、リャン様は自分の信じたコスプレを裏切りたくなかった」

 津川さんは自身の身の上を淡々と語る。

「正直、人間なんて嫌いだったなり。キャラクター達とだけ関わっていればいい、コスプレだけで生きていけばいいって。でも、結局はキャラクターも人間が生み出したものだし、コスプレも人間に見られるから評価される。どれだけストーカーやセクハラに悩まされたって、誹謗中傷に悩んで死にたくなったって、人間という存在を断ち切っては生きていけない。それに、この学園のみんなに出会えて、リャン様は変われた。リャン様のことを認めてくれて、心から守りたい愛したいって思える仲間ができた。やっと―――人間として生きたいって、心から思えた」

「思い出すなりね。八か月前にキミに逢って、正体を聞いて驚いた時が遠い昔のよう。リャン様の身体がまだ動いていたうちに世間知らずのキミを連れて、二人でいろんな所行ったなりよ。いろんなことを話して、いろんなものを食べて…。でも、寿命が近づいたみたいにここ数週間で動けなくなっちゃって……もうお迎えが近いみたい。

 ごめんね。全部全部、幸せな記憶を奪っちゃって。本当にごめんね。病気のことも黙ってて……こんな形でお別れすることになっちゃって…」

 津川さんの頬を一筋の涙が伝う。彼女の声は震え、今にも途切れそうだ。

「キミが何故、どうやって現代にやってきたのかも分からない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の意味も、リャン様には分からなかったなり。キミ自身も分かってなかったみたいだし。だけど、未来の技術を肉体に宿すキミだからこそ、現代で成し遂げられることもあるって、リャン様は信じてる」

 津川さんは両目から溢れる涙を拭うと、真剣な目つきでカメラを見つめる。

「キミから未来の話を聞いて、リャン様はいろんなことを考えた。正直、リャン様は自分の寿命が長くないって知った時からずっと、自分が死んだ後のことなんてどうでもよかった。けど、キミからハッキリと未来に起こることを聞いて、考えが変わったなり。リャン様は、この学園で出会ったみんなが大好き。キミのことも、心から大好き。できることならみんなとみんなが遺した人達が、いつまでも幸せに生きていてほしい。だから―――」

 

―――”ハジマリの聖女”になって。キリウ

 津川さんの声色が変わった。今までとは明らかに違う何かがその声には含まれていた。

「世界は今、”希望”と”絶望”が戦っているなり。その結果、”希望”のみんなの活躍で一時的に世界に平和がもたらされる。それは素晴らしいことなりね。―――でも、最後には結局またコロシアイを初めて、滅びてしまうと知った。一時的に平和に戻っても、一度壊れた環境は元に戻らない。一度植え付けられた憎悪は消えない。地球環境は激変して人類は滅び、ほぼ全ての生命体が滅びる。リャン様の好きな人達も、その子孫も、遺した物も、記録も、全ては無に帰り、何も残らない。そんなのリャン様はイヤだ! イヤなの!」

 津川さんはそう叫んで幾度となくベッドに自分の拳を打ち付けた。その拳から血が滲むほどに。そして彼女はぐしゃぐしゃになった顔を上げ、乱れた髪もそのままに再び口を開く。

「―――リャン様は許せないなり。優しい心、人々の痛みを理解し、寄り添おうとする心を持つ人間ばかりが淘汰され、他者を蔑み、奪い、傷つける者達ばかりが得をする世の中が。

 確かにリャン様は元々人間が嫌いだったなりよ。けどそれはあくまで個人レベルの話だし、なんだかんだ世の中は何事もなく回っていくんだって、その程度にしか思っていなかったなり。けど、キミから未来の話を聞いて変わった。リャン様を傷つけて自覚もしていないような奴らが、自分のことしか考えられない奴らが、殺し合い奪い合った末に地球が滅ぶと知ったから。

 ―――リャン様にだってこれくらいは分かる。優しい人間は暴力を忌避し、悪人は暴力を肯定する。だから悪人が善人を暴力で弾圧し、支配するこの腐った世界が許せない。こんな世界に対して何もできないリャン様自身も許せない」

 いつしかその目からは光が消え、何かが瞳の奥でとぐろを巻いているように思えた。

「キリウ。誰よりも優しくて、誰よりも強いキミなら、この腐った世界を”選別”できる。世界を浄化する”善の暴力”になれる。700年後*2の未来技術を肉体に宿すキミならそれができる。リャン様を愛してくれたキミなら、きっとやってくれるって信じてる。世界には、リャン様が心から愛せるような人だけが生きていければいいの。誰かの痛みが分かる、優しい人だけがいればいいの」

 強張っていた彼女の表情は再び穏やかなものに戻った。そして、興奮したように上体を起こし、早口でまくし立てるようにこう言った。

「キリウ。リャン様にコスプレして(なって)。リャン様の苦しみを、怒りを、どうかその身に取り込んで。そして、その怒りで世界を裁いて。リャン様はいつでもキミの中に生きてるから。それを成し遂げた時、キミとリャン様は新しい世界を開拓した”ハジマリの聖女”になるの。そうすれば、リャン様が生まれた意味があったって思えるの。リャン様の好きなみんなと、みんなが遺す人達を幸せにでき……ゲホッ、ゲホゲホゲホッ!!」

 突然、津川さんは上半身を折り曲げて強く咳込んだ。

「あっ…ぐぁあ、ゲホッゲホッ…ぁぁああぁぁぁ!!! 痛い、痛いいだい痛いいだいいだい!!! ゲホッ…いだぃ……痛いよ……」

 爪が皮膚に食い込みそうなくらい両胸を強く掴み、大量の血を吐き出す。

「もっといっぱい…コスプレしたかったなり……。気になる漫画もアニメも、完結まで追いたかった…! 学校も卒業したかった!! ……ゲホッ…痛い…苦しい……! 死にたくない、キリウ…リャン様死にたくないなりよ…!! …助けて、キリウ……助けて……」

 再び津川さんの目に涙が溢れ、とめどなく頬を伝い降りた。彼女がこれまでの人生でひた隠しにしてきた疑問が感情の濁流として吐き出される。

「リャン様が何か悪いことをしたの……? なんで…リャン様が…こんな目に遭わなきゃいけないの……? 毎日ずっと、今みたいな…発作が来るのが……怖くて…怖くて……もう、痛いのにも疲れた…。キリウ……助けて…」

 津川さんは自分の頭を抱えてブルブルと震えていた。それは恐怖に怯えるか弱い少女以外の何者でもなかった。映像にノイズが走り、砂嵐になっていく。

 

 暗転の後に次の画面が映し出された。

 それは今さっき映っていたベッドを斜め上から映したものだった。ベッドには津川さんが寝かせられていた。彼女は最早言葉を発していなかった。虚ろに半開きになった眼からは血涙が流れ落ち、呼吸器を付けられた口元はパクパクと言葉を紡ぐことのないまま微かに動いていた。彼女の頬とベッドから僅かに見える手は異常なまでに細くやつれており、骨が浮かび上がったそれは最早彼女が助からないことを如実に示していた。

 先ほどの映像からどれくらい時間が経ったのかは分からないが、この様子では彼女はこの映像のあと間もなく息を引き取ったのだろうと嫌が応にも理解させられた。

 映像は再び暗転し、もう二度と次の映像を映し出すことはなかった。

 

 ◆◆◆

 

 あまりにも壮絶な映像に誰もが戦慄していた。ある者は吐き気に耐え、ある者は泣き咽び、阿鼻叫喚と呼んでも差し支えないほどに皆がショックを受けていた。

 俺もまた、言いようのないショックと驚きに感情を支配されていた。俺達が津川さんと思っていた人物が津川さんではなかっただけでなく、その正体が”未来人キリウ”という情報は全く信じがたい。そしてそれ以上に、最後の津川さんの姿があまりに痛々しくて悲痛に耐えられなかった。

 ―――いや、さらに俺の心を揺さぶったのは、読唇術を学んだことで最後の彼女の口がどう動いているか理解できてしまったことだ。

 


「いたい くるしい にくい ぜんぶ こわして キリウ」


 

 その言葉に、理不尽な苦痛と死を押し付けられた津川さんの、全身全霊を込めた最大級の絶望が込められていたのだ。本人は直接は言わなかったが、その目が語っていた。”どうして自分がこんな目に遭っているのに、私が憎む奴らはのうのうと生きているのか”。

 もはやその憎しみに因果など無い。道理など無い。ただ耐えがたいほど痛く、苦しく、ゆえに全てが憎い。自身が愛していると語っていた俺達同級生すらも記憶から消え去り、ただキリウと呼んだ親友だけに己の憎悪を託すことしかできない。病気と死に身体を蝕まれた彼女を最後に突き動かしたのはキリウへの思い。それと同時にどうしようもない絶望と、そこから転化した世界への憎悪だった。

 

「―――映像の中で”思い出しライト”は発生しなかった。つまり、この映像は既に一度再生されていたということだ。これで犯人は決まったな」

 誰もが言葉を発せないでいる中、リュウ君が冷静にそう言った。

「真犯人のリャン様…もとい未来人キリウとやらは来ないのかのう? 本当に未来人なら取材したいことだらけだぞよ」

 いつの間にかパッチリ目を覚ましている安藤さんが裁判場を見回しながら言った。しかし、煙突から脱出したと思われる彼女の姿はこの裁判場には無い。そして、安藤さんとリュウ君以外の面々は言葉を発することすらできずにいた。無論、俺も含めて。

『オシオキの対象になれば嫌でも出てくるさ! こんだけ待ったんだからもう流石に待たないよ! 今から全員の名前が記されたボタンが裁判台に出てくるから、クロだと思うボタンを押しちゃってね! 前にも言ったけど、煙突に上った誰かさんの正体がどうであれ”津川梁”としてこのコロシアイに参加している以上津川さんとして扱うからね! そこんとこヨロシク』

 モノクマの言葉通り、俺の目の前の裁判台の一部分が開き、下からボタンが並んだプラスチックケースがせり上がってきた。

 

 自分たちの生死を分ける非常に大事なボタンなのに、それよりもさっきの津川さんの断末魔と顔が頭から離れなくて俺はボタンに集中することができなかった。とはいえ、投票しなければ自分たちの身が危ういことは確かだ。俺は震える指で津川さんのボタンを押した。

 ―――本当に、これで良いのだろうか。本物の津川さんはこれで浮かばれるのだろうか?

 

「みんな、うろたえ過ぎよ。あの映像がフェイクの可能性だって十分にあるでしょ?」

 小清水さんがそう言った。彼女自身も少し曇った顔をしており、まるで自分に言い聞かせるかのような口調だった。一方、轟音と共にモノクマの玉座の背後には巨大なスロットマシーンがせり上がり、グルグルとリールが回転を始める。

「真犯人さんに話を聞かないことには安易にいろいろ判断するのは危険ってことよ。今はとにかく」

 そんな裁判場の様子を無視して話を続ける小清水さんの言葉がそこまで進んだ時だった。

 

 

 

 

 俺達の視界が閃光に包まれ、凄まじい圧力で体が吹き飛ばされるのを感じた。一瞬遅れて背中の痛み。この感覚は、この施設で最初に吹屋さんに雷が落とされた時のそれに近かった。しかしその時よりもさらに規模が大きいことも確かだった。一瞬で生じた巨大な圧力差に両耳が激しく痛む。鼓膜が破れそうなほどの爆音が耳を超えて脳を揺らす。そして、今起きたものが”爆発”であると理解した。

 

「みんな!!」

 俺は目も開けないまま叫んだ。

「葛西は大丈夫か!? お前が一番近くだったぞ!」

 前木君の声が返ってきた。「背中が痛いけど…大丈夫!」と答え、目を擦って視界を取り戻す。煙と埃の中でこちらを心配そうに見つめる前木君と、その背後に裁判台の配置を保ったまま立っている数名の姿があった。どうやら、爆心地の近くにいた俺やその周りにいる人だけが吹き飛ばされたらしい。

「立てますか?」

「ありがとう…」

 咄嗟に駆け寄ってきて差し出された山村さんの手を取り、俺はゆっくりと立ち上がる。

 

「爆発だ! 皆、玉座から反対側の壁に寄れ」

 リュウ君の指示に従い、みんなは慌てて爆心地に離れる。俺が爆心地の方に目を向けると、先ほどまでモノクマの玉座、そしてその背後にそびえ立つ巨大なスロットマシーンの姿は無くなっていた。代わりに焦げた台座、散らばった機械の破片、そういったものがそこら中に四散していた。

「何が起きたんでありんすか!?」

「ウチが聞きてーよ!」

 みんなが混乱する中、俺は足元に転がっている他とは異なる残骸に気が付く。ほつれたヌイグルミの中から機械が露出している―――モノクマの残骸だった。

『ギ……ギ……オシ…オキ……』

 断末魔のような壊れた機械音声はすぐに途切れた。無論、モノパンダのようにすぐに代わりが出てくるのだろうが……問題は誰がどうやって”これ”をやったのかだ。

「おい! 床に火が残ってるぞ! 裁判を中止して消火しろよ!」

 前木君が叫ぶが、モノクマが壊れた今それに応える声はない。代わりのモノクマはまだ出てくる気配がない。彼の言う通り、爆発が起きた周囲の箇所では火が揺らめき、床や木製の装飾を侵食しつつある。このままでは火か煙で俺達の身すら危うい。

 

 一瞬、俺の時間が止まった。

 見覚えがある。この光景に見覚えがあるのだ。そんなはずがない。そう思って頭を振るが、その光景が消えることはない。この光景は、あの夢そのものだ。

 


【Prologue-Episode:5 Re:たったひとりの最終裁判(けっせん)

 

 居心地の悪い浮遊感を全身で感じる。これは夢なのだと自覚している冷静さが妙に不気味だった。俺はこの世界で、()()()()()()()()()()()()()

 

 夢の中で作られた偽りの記憶が脳裏に流し込まれる。その記憶は徐々に実体を形成し、固形化する。そこは、炎に包まれた裁判場。俺は、()()()と対峙していたのだ。弾丸を握りしめ、対峙していたのだ。

 

 

「スクッてよ」

 そんな声には応えず、()()()は今までとは違う少し苦しそうな、まるで助けを求めるような声でそう言った。

「スクいたいんでしょう、”全人類”を。ならスクッてよ、”全人類(たったひとりの私)”を」

 


 

 爆心地の中から、炎の中から、()()は現れた。

 彼女がどんな姿をしているか、俺にはとうに想像がついていた。ブロンドの髪、丸く()()瞳。人形のように可憐な顔には僅かばかりの希望すらなく、ただ純然たる絶望に支配されていた。

 それは、津川梁さんの姿をした別人。このコロシアイに”津川梁”として参加し、津川梁の見た目を有しながら、しかし津川梁ではない別の誰か。俺の視界にはその背後に本物の津川梁さんの亡霊が宿っているように見えた。この世の全てに絶望し、自らにも絶望し、ただ死んでいった哀れな少女。その巨大な絶望が怨念となって彼女に乗り移り、突き動かしているのだ。

 

 絶望の女神と化した少女・津川梁。その津川梁に成り代わることで絶望そのものとなった悲劇のコスプレイヤー。”キリウ”と呼ばれた少女が炎の中から現れ、光の失せた虚ろな瞳で俺達を見回した。

 

「やっと……やっと―――”続き”ができる」

 少女は口を開く。その声は津川さんにも似ているが、やや異なったものだった。

 

 

「私はもう、()()()()()()じゃない。リャン様がいる。キミ達がいる」

 

 

「さあ、ツマラナイ世界を壊そう。コロシアイを抜け出して、一緒にみんなをスクおう」

 

 

学級裁判・再開

 

 

 

【挿絵表示】

 

*1
この場合、外付けメモリやインターネット上ではなく、この電子生徒手帳内に直接保存されているフォルダを指す。

*2
これまで「Epilogue: 終焉、そしてハジマリの聖女」では1500年と設定していたが、再考証の結果今後は700年として設定する。(該当箇所も修正済)




扉絵の背景はibisPaintの背景素材を用いております。
前話のラストシーンを描いた絵ですが、タイミング的に前話に入れるとネタバレになってしまうので悩んだ末に今話に持ってきました。
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