エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を 作:江藤えそら
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環大西洋・沿地中海・西コーカサス民主共和国連邦保安陸軍欧州方面第四軍第二十三機動工作科歩兵連隊本部付第三特務中隊デルタ分隊”アルバトロス”所属、元上等兵。製造番号BDH-20206W-01057―――個体名”キリウ-γ”。
半人半機の身に生まれた私には、戦う以外に生きる意味など無かった。感情は無に制御され、強化された身体能力は誰かを壊し、奪い、殺すためだけに発揮された。何故争うのか、何故奪い合うのか、そんなことに疑問を抱くことなど無かった。
13歳の頃、脳内にインプットされていた”敵国首都”を壊滅させたあたりで、私は”感情”を持ち始めた。何故まだ戦いが終わっていないのか? 私は何と戦っているのか? そんな疑問が、躊躇いが、私が得た最初の感情だった。いつしか地球の平均気温は50℃を超え、草木らしい草木は消えた。いや、私が生まれるずっと前からそうだったのだ。私がそれを知覚できたということは、戦いに直接関係のないものを認識できるようになったという証左だった。
「巨悪に制裁を」
「自由をこの手に」
「故郷を取り戻せ」
そんなスローガンが書き込まれた旧世代の張り紙だけが残り、そのスローガンを唱える人間はどこにもいなくなった。私達の敵は次第に無人の攻撃機と移り変わっていった。私を生み出した人間もいたはずだが、会話した記憶はない。私のような半人間の仲間も減っていった。自分自身を人類に定義してよいのか分からないが―――私はどうやら人類最後の一人となったようだった。感情を得てしまった私は、孤独という絶望に耐えかねて涙した。人類の歴史について己の哲学を巡らせ、そして人類を憎んだ。一部の愚かな指導者層が決めた争いと略奪の歴史が、この結果を生んだのだと。しかし、憎むべき彼らも最早この地球にはいない。私はただ一人、殺人機械から逃げながら砂漠を彷徨った。
―――そんな時、私は出会ったのだ。
「お行きなさい、キリウ」
”合言葉は―――『希望の蔓に絶望の華を』”
正直、そこからのことは私もよく分かっていない。タキオン型時空転移装置が開発されているという話は基礎情報として脳内にインプットされていたが、本当に存在するとは思っていなかった。私が過去に干渉して歴史を改変したとして、今存在する”現在”との整合性は。因果律はどうなってしまうのかという疑問も拭えない。タイムマシンなど、存在しない。するはずがない。それが私の中での常識であるはずだった。
しかし事実として、私は700年前の世界に立っていた。まだ空が青く、大地が緑に覆われていた時代。そして何より、目視可能な生命体―――人工物や半機械ではなく、生命活動のみを由来として誕生した純然たる生命体―――が存在する時代の地球に、私は立っていたのだ。外を見れば、アスファルトとコンクリートで構成された旧世代の建築物を背景に、幾万もの人間が歩いていた。彼らは戦闘行為ではなく、各々の生活行為のみを目的に活動していた。その時点で、私が知る人類とは大きくかけ離れていた。
全てが私の理解を超えた世界。この世界で私は何をすればよいのだろうか? 私が生まれ、ここにいる意味は一体何なのだろう?
―――そう思った時、私の眼前に一人の少女が現れた。それは、私と同じようなブロンドの髪を二つ結びに結わえた、私と同じくらいの背格好の少女だった。この類似性が偶然なのか必然なのか私には分からない。しかし彼女が私と決定的に違う点があった。―――彼女は、眩しかった。これまで想像していた人間の姿とは全く異なる眩しさを彼女は持っていた。戦いの日陰で生き続け、全てに絶望したどす黒い私などとは何もかもが違う。
「 ?」
彼女が最初に私に言った言葉は何だったのだろうか。ボロボロの私を見て不審に思っていたのだろうか。思い出せない。思い出せないほどに、私は泣き崩れていた。生まれて初めて出会った、何の接点もない人間。そのはずなのに―――彼女は何よりも美しく、眩しかった。慈愛と博愛に満ちたその眼差しは、私がいた世界では痕跡すら感じられないものだった。私が憧れていた、誰かを笑顔にし、自身も笑顔でいられるような存在。その答えが、眼前にいた。
胸が熱い。生まれてから感じたことのない感情のはずだったのに、それが何なのか私は本能で理解していた。―――私は、彼女に恋をしてしまったんだ。
彼女は―――リャン様は、私の女神だった。
掌から光線を射出する力。ありとあらゆる声と言語を模倣し、変装する力。化学、戦術、心理学などの膨大な知識。現生人類とは比較にならない身体能力。そんなものは、私には要らなかった。
―――私にはただ、女神様がいればよかったんだ。
【非日常編⑤ 私は女神になれないから】
◆◆◆
学級裁判は崩壊した。
残骸と化したモノクマが物言うことはなく、その代わりすら出ては来ない。モノパンダもまた姿を見せることはない。崩壊した裁判場にいるのは、未だに現実を受け入れられない俺達と、1人の少女だけだった。裁判場を覆う炎はいつしか自然に弱まり、煙も天井に吸い込まれて俺達の視界ははっきりと目前の光景を捉えられるようになっていた。
「……救う? みんなを?」
「そう。スクうの。この腐りきった世界秩序を全て壊して。やさしい人だけが存在できる世界にする」
俺が彼女―――"キリウ"さんの言葉を反復すると、彼女はそう答えた。
「コ、コロシアイは…? モノクマはどうなったの?」
「コロシアイはもう終わった。奴らは手出しできないし、私がさせない」
キリウさんは右手を開き、掌を俺たちに向けた。掌の中央には穴が空き、金属で形成された筒の先端が突き出ていた。まるで、砲口のようだ。
「おおおっ! なんとベタな近未来技術! これは描き記しておかねば!!」
安藤さんがひどく興奮した様子でポシェットからノートを取り出し、速筆でキリウさんの姿を書き写していた。
「まさか……これで今の爆発を起こしたの? 君もアンドロイドなのか?」
恐る恐る俺が問いかけると、表情を変えることなく淡々とキリウさんは答える。
「爆発については"イエス"、アンドロイドなのかという問いには"イエスアンドノー"と答えておくわ。私はあなた達に理解できる表現をするなら"サイボーグ"あるいは"ミュータント"……機械を埋め込んだ人間のようなもの。この身体の半分以上は生体細胞でできているけど、その生体細胞は遺伝子的に通常の人間よりも遥かに改良されている。身長も見た目も自由に変えられるし、身体能力もあなた達とは比較にならない」
吹屋さんのような完全に人間の外観を模したアンドロイドがいることも驚きだったが、キリウさんの存在はさらにそれを一段階超えたものだった。彼女の右手の開口部は比喩ではなく本物の砲口であり、モノクマごとこの裁判場を半分吹き飛ばしたのだ。
「ハッタリではないな……実力の底が見えん。これでもいくつかの修羅場は潜り抜けてきたが…その勘が言っている。こいつの実力は……俺をも遥かに上回っているだろう」
リュウ君が率直に彼女の実力を評した。エレベーターを力技で開けてしまうほどのリュウ君をして敵わないと言わしめるとは、一体彼女の秘めたる実力はどれほどなのだろうか?
「そう。この身体には700年後の技術が詰まっている。人間がその愚かな歴史の中で研ぎ澄ませてきた技術と文明の全てが。この時代の兵器では到底私を制圧することなどできない。今、そんな愚かな人類の技術をもって愚かな人類を正す時が来たのよ」
キリウさんは何の抑揚もなく淡々とそう言った。
「そ……そのようなことを言われましても……話が壮大過ぎて着いてゆけませぬ! 貴方が未来から来たというのは…信じがたいですが一旦信じるとしても……人類を正すとは一体…!?」
しどろもどろになりながらも丹沢君が問いかける。ここにいるみんなも、おおむね彼と同じようなことを思っていたのではないだろうか。
「…あの動機映像を観ても分からなかったの? これは、リャン様の願いなの。私が愛したリャン様の願い。私はリャン様になる。ならなくてはならないの。リャン様になって、リャン様の願いを叶えなくてはならないの」
ゾッとするほど真っすぐな瞳でキリウさんはそう言い放つ。まるで迷いが無い、何を犠牲にしてでもそれをやり遂げるという硬い意志がその瞳から感じられた。
「悪いが…僕達はただでさえ訳の分からない状況に混乱しているのだ。あの動機映像を観たくらいでは君の感情を推し量ることなど到底できない」
慌てる気持ちをグッと堪えて夢郷君が応える。
「貴方、本当にモノクマ達を倒したの? 一匹倒したくらいでモノクマが私達から手を引くと思えないけど。人類をどうこう言う前にモノクマを何とかしてくれない?」
と、小清水さんが続ける。確かに先ほどの爆発以来、モノクマは出てきていないが、これだけでモノクマがやられたとは思いがたい。初日に吹屋さんに落としたような雷、それに類する攻撃が飛んでくるのではないかとビクビクするばかりだ。
「―――はっ、700年前のガラクタが私に勝てると?」
刹那、キリウさんの眼前に何かが飛んできた。弾丸のように早いそれは、目視で形状を知り得ることすらできなかった。俺がその正体を知ったのは、彼女が突き出した手刀が”それ”に突き刺さっている姿を見てからだ。―――それは、モノパンダだった。
「よくもやってくれたなぁクソガキ!! オイラの裁判場を、オイラの学級裁判を!!」
どこからともなくモノパンダの甲高い声が聞こえてくる。そこからの攻防は、俺達が身じろぎすらする前に全てが終わるほどに一瞬のことだった。
キリウさんは手に刺さったモノパンダを引き抜いて捨てると、続けざまに飛来した次のモノパンダを蹴りで叩き落した。まるで風船を割るかのような鋭い破裂音と共にモノパンダは残骸となり、機械の破片を飛び散らせながら地面にバウンドした。爪を光らせるモノパンダが数体一気に飛び掛かると、キリウさんは姿勢を低く保ちながら両手を左右に広げる。掌が光ったかと思うと、小規模な爆発が閃光となって俺達の視界を塞いだ。土煙が晴れた後、そこに立っていたのはキリウさんだけだった。
「これで理解できたでしょう。この時代のものである限り、私には誰も勝てない。私を止められる者などいない」
「す、すげぇ……まさかモノクマ達が相手にならないなんて…」
前木君が感嘆の声を漏らす。このコロシアイが始まってから、”モノクマ達には逆らえない”という常識の下で俺達は生活してきた。しかし、キリウさんはその常識の外にいる。実力差を知ってか、モノパンダたちはもう出てくることはなかった。仮にあの雷を落としたとしても、キリウさんには勝てないだろう。今ならはっきりそう思える。
「で、でも……そんな力があるなら、どうして最初っからモノクマ達をブッ飛ばさなかったのさ…? そうすれば、釜利谷だって死なずに済んだのに…」
ぽつりと亞桐さんが言った。その問いには、本人の代わりに御堂さんが答えた。
「考えるまでもなかろう。奴は動機映像を観て”思い出しライト”を浴びるまでは、自身を”津川梁”だと思い込んでいたのだ。自分の身体にそんな力が眠っていることすら知らなかった。半機半人とはいえ、食事などの生理活動は人間と変わらぬようだしな」
「その通り、だね。あの映像を観るまでは、私は正真正銘リャン様に成りきっていた。自分すら騙していたんだ。
キリウさんは少し寂しそうにため息をついた。確かに、動機映像の中に出てきた”本物の津川さん”との面識はない。彼女がどんな人で、俺達は一体どんな日々を過ごしていたのか…。それを忘れてしまっているというのは残酷な話だ。
「そっか……じゃあ、津川が小柄な割に身体能力がやけに高かったのは、知らず知らずのうちにキリウとしての力の一部を発揮していたからだったんだな…」
「ですが……貴方にモノクマ達を出し抜くほどのお力があったというなら―――好都合ではありませんか。私達はもうコロシアイなどしなくてよいのですから。出口を探して、この施設から出るだけで良いんです」
入間君の言う通り、モノクマ達が撃破された今となってはコロシアイなどする意味はない。コロシアイは終わった。御堂さんが計画したような脱出計画も、必要は無かった。キリウさんという圧倒的な未来の力の前では、モノクマすらも無力な存在に過ぎなかったのだから。
「では、ここから脱出する経路をみんなで探し―――」
「―――釜利谷君を。殺したんだよね? 確かに、君が殺したんだよね。…合ってる?」
山村さんの言葉を遮る形となってしまったが、俺はキリウさんにそう呼びかけた。例えこのコロシアイが不要になったとしても、それだけは確かに確認しておきたかった。彼も、あんな立場ではあったけど―――俺達の仲間だったんだ。
「―――殺したよ。焼却炉に突き飛ばして、焼き殺した。確かに私が殺した」
キリウさんは少し目を細め、悲しそうな顔をしてそう答えた。
「殺してから思い出すなんて残酷だね。彼はとても気さくで優しい人だった…。キミ達みんな、かけがえのないクラスメイトだった。けど、起こってしまったことは変えられない。私はリャン様としての自我を持った状態で、咄嗟に彼を殺してしまったんだ。それでも私が殺した事実は変わらない。ゆっきゅん…は、私を許せないの? 断罪したい?」
敢えてなのか、キリウさんは津川さんと同じ呼び方で俺を呼んだ。
「…俺は君を断罪なんてできる立場じゃないよ。けど、君が津川さんに責任を転嫁せず自分でやったこととして受け入れてくれたのは……少なからず肯定的には捉えたい」
俺は何がしたかったんだ。別にキリウさんに泣いて謝ってほしいわけじゃない。後悔してほしいわけじゃない。そんなことをしても釜利谷君は帰ってこないし、彼女もその瞬間は必死だったというのが分かっているから。俺もキリウさんと同じ状況なら自分が炎に飛び込んで死ぬか、釜利谷君を突き飛ばすかどちらかになっていたと思う。だから、俺には彼女を責めることはできない。ただ、このまま有耶無耶にしたくなかった。殺したという事実だけはしっかり認識してほしかった。本当にただそれだけなんだ。
「私は私のやったことから目を逸らさない。でも、それはキミ達も同じだよ。キミ達がモノクマに差し出されたスイッチを押していたら、クロに”オシオキ”することを認めたということなのだから」
「………」
それに関してはその通りだった。モノクマがボタンを押すように促してから、玉座を中心に爆発が起こるまでの約十秒。俺は逡巡しながらも津川さんのボタンに指をかけていた。モノクマの言う”オシオキ”の正体は未だに判然としないが、ロクな事でないことは確かだ。俺も確かに人の死か、それに近いものに加担しようとしていた。その事実から目を背けてはいけない。
「でも、これから行われるのはコロシアイなんかよりももっともっと恐ろしいこと。この程度のことには耐えてもらわないといけない。その先に、私達が望む世界があるのだから」
「もっともっと恐ろしいこと……?」
「さっきも言ったでしょう。愚かな人類を正すの。具体的に言ってほしいの? この地球上に巣食う全ての権力構造を破壊し、この世界から”優しくない人間”を全て排除するのよ。私にならそれができる」
「……!??」
キリウさんが大真面目に語った言葉の意味が全く理解できず、その場にいる誰もが疑問符を浮かべた。
「え……? 何を言ってんの…? ここから出れば元通りの生活でしょ? なんでそんなテロみたいなコトするの?」
「だからあの動機映像で説明されてたでしょう!! 何度言わせれば分かるの!?」
キリウさんは怒鳴り声と共に真横に積み上がった瓦礫を思いきり殴りつけた。瓦礫はまるで爆弾を仕掛けられたかのように粉々に吹き飛び、破片が亞桐さんの頬を掠めた。
「ひぃっ!! ご、ごめんなさい…! 謝るから……怒らないで…!!」
「どういうつもりだ……キリウとやら」
腰を抜かして怯える亞桐さんを庇うようにリュウ君が進み出た。
「どういうつもりだって……聞きたいのはこっちよ! あなた達には何故分からないの!? リャン様の怒りが! 悲しみが! リャン様は私の絶望さえ分かってくれた。リャン様が見ていないはずの世界、戦争と環境破壊で荒れ果てた世界の果てさえ理解してくれたのに!」
俺達と彼女には、隔絶した感覚がある。それは、俺達の消された記憶が原因なのだろうか。それ以外にも要因があるような気がする。確かに津川さんは動機映像の中で、自身がどうしようもない病気にかかってしまった絶望と苦しみを吐露していた。しかし俺にはどうもその苦しみと世界への怒りとが繋がらない。
「最もらしい怒りを並べたところで、所詮当事者ではない私達に高度な感情移入を求めるだけ無駄だぞ。そもそも私達は貴様らと過ごした記憶自体が消されているのだからな。慮れと言われたところで無理があるのだ。貴様と津川梁の境遇には同情するが、それを世間への怒りに転化するのは八つ当たりと呼ぶほかない」
御堂さんが私見を述べる。恐らく津川さんはその前半生でよほど酷い扱いを周囲から受けてきたのだろう。そしてキリウさんはそれをよく知っている。だから、そんな酷い人達がいる世の中を綺麗にしようと…。客観的な情報として背景を知ると一定の理解はできるが、実際にそれを実行に移すほどの主観的な感情は、正直言って乗りはしない。残酷な事実だが、彼女たちと過ごした記憶が消されている以上、俺達はキリウさんの怒りの当事者にはなり得ないのだ。
「八つ当たり……ハハハ、ハハハハハ……。そんな感想しか抱けないのか、傍観者ども。私の怒りも、リャン様の絶望も、何も分かっちゃくれない…」
乾いた笑いと共にキリウさんが呟く。明らかに登場した時とは様子が異なり、感情がささくれ立っているのが目に見えて分かる。彼女がさっきのように感情を爆発させてしまえば、俺たち緒簡単に殺されてしまうかもしれない。彼女が何をしだすか分からない恐怖との戦いだ。
「オレっちは―――お前の計画に乗るぜ!」
「…!?」
張り詰めた空気の中でキリウさんへ同意する言葉を発したのは、土門君だった。
「土門!? お前何を考えて…」
「オレっちの親父は……金と権力に溺れてオレっちの妹を売った! 土門建設の利権を拡大するために、有力なVIPが集まる娼館に自分の娘を……売ろうとしたんだ! オレっちが
「そんな……土門君にそんな背景があったなんて…」
土門君の目は嘘を言っているようには感じなかった。この施設での生活の間、彼は自分の才能や身の上については頑なに話をしなかった。その意味が今ようやく理解できた気がする。
「まさか、こんなコロシアイの黒幕に協力したのも、その背景が関係しているのか?」
「…今となっちゃどうでもいいさ、そんなこと。モノクマはもう死んだんだ。でもオレっちにとっちゃこんな機会、願ったり叶ったりだ! オレっちには土門建設社長の地位や金なんぞどうだっていい! 人間の心を失うことに比べたらそんなモン欲しいなんて一ミリも思わねぇ! ただオレっちは親父が、親父みたいなのを生んだこの腐った世の中が許せねえんだ!」
「土門君……」
「だから自分の主観で恣意的に気に入らない人を粛清しようと言うの? 貴方の考え方も、自分の目的のために平気で他者を犠牲にしているという点で貴方が憎むお父様と何も変わらないのよ」
と、厳しい言葉を伊丹さんが返す。伊丹さんの言うことは確かに正しいが……この言い方で土門君は納得できるのだろうか。
「そ、そもそもお二人とも考えが極端すぎますぞ! 殺すなどということをせずとも、非情な行いを改めるよう話し合って、分かって頂けばよいではありませぬか」
「そんな生温い理想論を語っているから何も変えられなかったのよ。その末に待っているのは愚かで破滅的な戦争と自滅だけ。全てを変えるには、700年前の今この瞬間に絶対的な力で世界を選別するしかないの。私という圧倒的な力が存在している今しかチャンスは無い」
丹沢君が議論を納めようと声をかけるが、キリウさんに唾棄されてしまう。俺はどうすればいいのだろう? キリウさんがどれだけ凄惨な戦場を駆け抜けてきたのか、土門君が妹さんを守るためにどれだけ辛い思いをしたのか、津川さんがどれだけ心無い言葉や扱いを受けてきたのか。確かに俺にはそれらを直接理解することはできないし、彼らのやろうとしていることが正当とも思えない。けど、ただ「理解できない」と切り捨てるのも違うと思う。無関係であることと無関心であることは別物だ。俺は彼らに何て声をかければいいのだろう。
「むわははは、良いではないか~。吾輩はキリウにベットするぞい」
「あ、安藤殿!? ご自身が何を言っているのか分かっているのですか!?」
「結局、正義なんてものは強者が定義して弱者に押し付けるものだぞよ~。キリウに世の中を変えられるほどの力があるのなら、変えてみせればよいではないか~。その方が面白そうだしの~」
土門君に続き、安藤さんまでもがキリウさんに同意の意志を見せる。最も、土門君のような確固たる意志には見えず、事態を深刻に捉えていないだけに見える。
「面白いって……貴方はこの話を遊びか何かだと思っているのですか、安藤様!?」
「人生なんてぜ~んぶ遊びだぞよ。戦争だって一部の権力者たちの遊びに過ぎんのだからの~。吾輩も全力でこの人生を遊びた~い!のだぞよ」
「ダメね。この子、元々おかしいと思っていたけどここにきて常軌を逸しているわ」
やがて議論は白熱し、収拾がつかなくなっていく。いや、これを議論と呼べるのだろうか。みんなが好き勝手に思い思いのことを言っているだけじゃないのか。俺は―――どうしたらいいんだ?
「暴力による変革は、一時的には上手くいっても長い目では必ず破綻する。それは歴史が証明していることだ。蛮勇に身を任せず、自分のできる範囲で非暴力かつ理性的な方法での変革を目指すべきだろう」
「リュウ君でさえそんなことを言うのね。貴方こそ暴力による理不尽を何度も目にしてきた身でしょうに…。この世は強いものが得をし、悪いものがもっと得をする。だからこそ悪の力を凌駕する絶対的な善の力が無ければならないのよ」
「自分が善の前提なの? 本当にお馬鹿さんねえ。人間さんのそういうところ、私は嫌いじゃないけどね。私を巻き込まないでくれるなら特等席で眺めててあげるけどね」
「世の中には絶対いるんだよなぁ、人が何かを成そうって時に安全な場所から冷笑してくる奴が! オレっちはお前みたいなのが一番許せねえんだ! 人の苦労も知らねぇくせによ!」
「ええ、貴方の苦労なんて知らないわよ。貴方が何をどう不満に思うのも勝手だけど、こっちに怒りを押し付けないでって言ってんの。そんなことも分からないの?」
「ちょ、ちょっと待ってよみんな! 一旦冷静になろうよ!」
俺は必死に叫ぶ。いったい何故、俺達は争っているんだ? コロシアイの元凶であるモノクマは去った。もうコロシアイなんかしなくていい。俺達が争う必要も理由も無い。共通の敵もいなくなった…はずなのに。何故俺達は争っているんだ? 一体誰が誰を断罪しているんだ? いつまで
終わらない議論に仮の終止符を打ったのは、どさりと何かが落ちる音だった。皆がその音がした方を向くと、吹屋さんが床に手をついて息を荒げていた。元々学級裁判全体を通して口数が少なく調子が悪そうにしていたが、今の彼女は一層顔が青く具合が悪そうに見える。アンドロイドに体調不良があるとは思えないが、一体何が起きているのだろうか。
「……? どうしたの、喜咲」
伊丹さんが声を上げる。
「ご、ごめんなさい……なんだか……この子が…たまらなく怖くて……」
吹屋さんは過呼吸ぎみにしゃくりあげながらやっとのことで言葉を紡いだ。彼女はキリウさんをやけに恐れているような様子だった。
「きゅ、急にどうしたの、吹屋さん?」
「……怖い……おかしい……何……? あちきは……?」
「私が怖い? 何を言っているの? 今のこの状況は全てあなたが仕組んだものなのに」
戸惑う俺達に、キリウさんは衝撃的な言葉を言い放った。
「……え!? 仕組んだ? 吹屋さんが? 一体どういうこと?」
「700年後の世界で私を待ち受け、タイムマシンに乗せたのは…紛れもなくこの吹屋さんなのよ。確かに私が生きていた時代にしては随分と古い型のアンドロイドだと思っていたけど、700年前のこの時代にもいたと知った時は驚いたわ」
「……!?」
キリウさんが未来から来たというだけでも十分に驚愕に値するというのに、そこに吹屋さんがいたという事実はさらに想像の遥か上を行っていた。ますます彼女の素性が知れない。
「知らない……あちきはそんなこと知らない!!」
「知らなくても事実は事実なのよ。700年後の貴方が何を考えて私を転送したのかは分からなかったけど、今なら何となく察せる。貴方は、私にこの腐った世を変えてほしかったんでしょう? どうしようもない人類を正しい方向に導くために、私を過去に送ったんだ。そうすれば地球は最悪の未来を回避できる。貴方が言っていた”
「プロジェクト・エクストラ……?」
キリウさんが言ったセリフの中に紛れていた、聞き覚えのない単語。その横文字に一切の心当たりは無いが、それを聞いた瞬間に何か背筋がゾワっとするような悪寒を覚えた。一体何なのだろうか。
「し、知らない……あちきは何も…知らないの!! あちきだって知りたいでありんす!! あちきは何のために、何をするために作られたのか…」
「吹屋さん……一旦落ち着こう。未来世界に君がいたのは正直驚いたけど、同じ見た目の別物かもしれないし、君自身との因果を直ちに示すものではないかもしれないだろ?」
「………」
ここまで条件が揃うと偶然とは思いがたいが……未来に同じ型式のアンドロイドが偶然いたという可能性もゼロではない。ひとまずそう説得して俺は彼女を落ち着かせた。吹屋さんは虚ろな目のまま二、三度呼吸を整える。
「一体何がどうなってんの…!? もうコロシアイとかそんな次元の話じゃなくなってるじゃん…! 未来がどうとかの話になった時点でだいぶ付いていけなくなってるんだけど…」
と、亞桐さんが頭を抱える、今となってはモノクマがこのコロシアイを仕組んだことよりもスケールの大きい話が進行してしまっている。未来から来て津川さんに出会った少女と、未来に居合わせた吹屋さん。そして"プロジェクト・エクストラ"。全てが謎に包まれている一方で、全てがこの"希望ヶ峰学園特別分校"に関わっているように思える。この施設で一体何が起きているのか?
「ここまで聞いてもまだ私に協力しないの? 吹屋さんは700年後の人類の思いを背負って私を送ったの。そしてそんな私をリャン様が信じて、背中を押してくれたのよ! 一緒に世界をスクいましょう、私と、リャン様と一緒に…」
「スクおー、だぞよ~」
キリウさんは俺達に向けて手を差し伸べる。彼女のやり方を悪と思ってしまうのは、俺達が本当の地獄を知らないからかもしれない。甘やかされた世界で生きてきたせいなのかもしれない。けど、ここで押し問答を続けていてもそれこそ何の意味もない。彼女や土門君の言葉にははっきりとNOを突き付けて、暴力的な行為は思い留まってもらうしかない。それに―――本当に津川さんは、そんなことを望んでいるのだろうか?
「愚かな人類、学ばない人類。優しくなれない人間。日常から非日常のありとあらゆる場所に潜む悪を排除し、誰もが隣人を愛せる優しい世界を作る。心根に優しさを抱えたあなた達ならその世界で生きる権利があるの。お願いだから私に協力すると言って。絶対に、世界はより良い方向に進むから…」
「―――それは違うよ」
「………!」
その言葉を狼煙として、俺は口を開く。この終わりなき争いを終わりにしよう。
「…俺は君と違って戦争を経験したことがない。イジメを見たこともされたこともないし、家族や友達と死別したこともない。君や津川さんが見てきた絶望を、知ったような口は利けない。けど、関係のない人達まで巻き込む暴力的な手法も、自分自身を頂点にした独善的な世界も、俺は認める訳にはいかない」
彼女の心の奥底にある絶望を否定せず、拒絶せず、それでも俺達のスタンスを彼女に伝えることはできないか。そう模索しながら俺は慎重に言葉を選んだ。
「葛西…俺も…」
「今は葛西君に喋らせてあげてくれ。彼の哲学を拝めるまたとない機会だ」
「夢郷…」
「キリウさん…君は確かに心優しい人なのかもしれない。それでも、君の正義が常に世界全員の正義たり得ないのが人間の世の中だ。いろんな考えがあって、価値観があって、それらが歪に衝突しながら持ちつ持たれつを繰り返すのが社会というものだ。例えそれが君自身の優しさに基づくとしても、気に入らない人間を恣意的に排除しようとする君の考え方は、君自身が憎んでいる愚かな人間と何ら変わりない」
―――そんな風に綺麗事を言うだけなら簡単だ。実際に何かに追い詰められて、生きる術も縁も失ってしまった人にこんな言葉が届くはずがない。俺がやっていることはとても残酷なことだ。たらふく飯を食っている民衆が瘦せこけた奴隷に憐みの言葉を投げかけているようなものだ。けれど、これ以外に俺達に何ができるって言うんだ?
「…聞きたくない! 視界の外で苦しんでいる人を無視して自分の安寧だけを追い求めている愚民の戯言だ! 私はこの世に巣食う愚かな人間どもとは違う。私なら誰もが互いを思いやれる優しい世界を作れる! 誰よりも平和を望み、他者を慈しむ心を求め続けてきた私なら! 己の利しか追い求めない愚か者どもは全て排除できる! 本当に生きる価値のある優しい人間だけの楽園を築くことができるんだ! 私なら―――いや、私の中にいるリャン様なら、きっと…」
いつしかキリウさんの目からポロポロと涙が零れ落ちていた。俺達の誰よりも強靭なはずの肉体は細かに震え、まるで大人に怒られた子供のように恐怖と罪悪感の混じった瞳で俺を見つめていた。そうだ。いかに彼女が強かろうと、彼女は俺達と同世代の学生、世間的に見れば子供なんだ。子供だからこそ活力に溢れ、世界を変えられる気がする。自分が正しいと無根拠に信じきれてしまう。それ自体は決して悪いことじゃない。けど、そうやって間違って人に迷惑をかけて反省していくことで子供は成長し、大人になるのだ。俺が偉そうに言えたことではないが、俺はこういう風に人生を捉えている。―――合っているだろうか? 答えはまだ分からない。俺だって…まだ子供なんだ。
「自分の言っていることが自己矛盾していると気付いてほしい。君は寛容という名の不寛容を世界に押し付けようとしているだけだ。結局世界は君の都合の良い人間が残るように淘汰されるだけだ。君が何をするのも構わない。けれど、俺の大切な友人の姿を借りて歪な理想を語るのはやめて欲しい。それは、俺達のかけがえのない友達………津川梁さんへのこれ以上ない冒涜だ」
その言葉を発した瞬間、光線が俺の頬を掠めた。続けざまにリュウ君が俺の襟首を掴み、地面に伏せさせた。
「葛西!!」
俺の名前を呼ぶ声とともに、俺が立っていた場所の背後で爆発が起きた。閃光が俺の視界を、爆風が俺の触覚を刺激する。
「リャン様はいつからお前のものになった!!!! 何も覚えていないくせに、何も知らないくせに!!!」
地面に伏せている俺の目にはキリウさんの顔は見えなかった。ただ、しゃくりあげながら涙声でそう叫んでいる声は聞こえた。俺が胸中に抱えていた感情は、恐怖ではなく憐憫だった。
「リャン様は私で、私がリャン様だ!!! リャン様のか細い希望と絶望が私を突き動かしているんだ!!! これはリャン様が望んだ革命なんだ!! リャン様が望み、見ることのできなかった世界を私が作るんだ!!!」
「正直に言って、津川さんがそれを望んでいたかどうかなんて今となってはどうでもいいことなんだ。津川さんがそれを望んでいようといまいと、君にそれをさせると傷付く人が生まれる。だから阻止するんだ。―――もう君が苦しむ必要は無いんだ。みんなでこの施設を出て、”普通”の暮らしをしようよ。津川さんの分まで幸せに生きることが彼女への供養になるはずだよ」
俺は立ち上がって彼女の顔を見つめ直し、そう告げた。結局、理想の津川さん像を押し付けているという点では俺も彼女と変わらない。だが、彼女を止めるには詭弁でも何でも用いなければいけない。暴力に訴えられたら勝ち目がないからこそ、俺は言葉で彼女を止めたい。止めなければ。
「うるさいうるさいうるさい!!!!」
キリウさんが右手を振りかざす。ダメだ、結局暴力に訴えられるのは止められないのか。せっかくコロシアイを耐えたみんなの命を、こんなところで―――。
キリウさんが右手から次弾を打ち出そうとした時。この裁判場に見知らぬ声が響き渡っていることに気付く。その声は俺達を嘲笑うように……いや、比喩ではなく本当に嘲笑っていた。スピーカーを通した音質の悪い笑い声が裁判場に響く。
「なんだ!? 一体誰だ?」
みんなが裁判場を見回す。ガラ、と音を立てて積み重なった瓦礫の一つが崩れ落ちた。その隙間から現れたのは、ボロボロになって内部の機械が露出したモノパンダだった。目玉は紐がほつれたボタンのようにぶら下がり、抉れた綿があちこちに飛び散っている。しかし異様なのは、その笑い声が俺達の知っているモノパンダの声とは全く違う声だったことだ。だが、その声には確かに聞き覚えがあった。記憶の中にある声だ。
「あ。……え?」
記憶の中からその声を探し当てるのに時間がかかったのは、「その声がこの場において聞こえるはずがない」という思い込みに基づくものだった。キリウさんでさえ、その声が聞こえたことに驚き、警戒の表情を見せていた。それほどに、その声はこの場に存在してはならないものだったのだ。
「ウソ……だろ……!?」
前木君が呟く。
崩壊したはずの学級裁判は、まだ終わる気配を見せない。次々と予想だにしない人物がこの場に現れ、運命に翻弄された俺達に試練を与える。この裁判に終わりはあるのか。この争いに終わりはあるのか。
◆◆◆
時刻は少し遡る。
赤いカーペットとカーテンに包まれた絢爛なシアタールームでは、正面の視界を埋め尽くすほど巨大なスクリーンに学級裁判の様子が映し出されていた。背後の音響機器からは裁判に参加する生徒達の声と物音が響く。そんな音に微かに混じって、ポップコーンを噛み砕く乾いた音が聞こえる。スクリーンの中では、津川梁の姿をした少女が裁判場に現れ、一同が驚愕の表情を浮かべていた。
「どうすんだよ、これ? どんどん収拾つかなくなってんぞ」
釜利谷三瓶が椅子の背もたれに体重を預けながらため息交じりに呟く。
「どうもしねえよ。なるようになるだけだろ」
「で、オレはいつまで自分が三人いるキモすぎる空間で過ごせばいいんだよ?」
「考えれば考えるほど不思議だよなぁ。ここは仮想空間で、オレ達は実体のないプログラムでしかない。それなのにオレは今こうして考え、感じている。椅子の感触もあるしコーラやポップコーンの味もする。自分の身体にも触れるし、つまむと痛ぇ。実体なんて無いって分かってるハズなのに。アタマの中にはアイツらと過ごした記憶も感情もある。作られた記憶でしかない、電子情報でしかないって分かってるハズなのに、そこに付随する感情もちゃんとある。オレ達は一体何なんだ?」
一人の釜利谷が腕を組んで考え込む。そんな哲学に答えは無いと知りつつ、考える能力を持ってしまったがために彼らは考えることをやめられない。
”超高校級のプログラマー”が開発した高性能人工知能…”アルターエゴ”の研究を脳科学に応用。既存の人物の脳波パターンを仮想空間上の疑似無限演算子によって再現、既存人格の精巧なコピーを生成する研究。それこそが釜利谷三瓶が手掛けていた研究に他ならなかった。その過程で生まれた副産物たちは、メモリの奥底にしまわれたまま放置されている。しかし、彼ら自身は思考を止めることができなかった。自分たちで作りだした仮想空間上で
「現実と虚構の混濁、先天的生成意識と後天的生成意識の同一化―――今やアルターエゴは自分自身を人間と勘違いしようとしている。狙った通りの症状だ。研究は至って順調に進行しているなぁ? 被験者さん達よ」
「オメーも被験者だろ。オレ達は全員試験官で、全員被験者だよ。被害者、とも言えるか」
「ははっ、そりゃ言えてる。―――あぁ、延々と自分自身と会話するなんてキモすぎて吐き気がするぜ」
釜利谷達は互いに軽快な会話を交わす。自分自身であるからこそ冗談の意図も、それに対する最もらしい答えもすぐに察することができる。実にストレスのない会話だ。しかし、だからこそストレス以上の不快感が彼らを支配していた。それでも彼らは会話を止めることはしない。
「
「―――だがアイツは死んだ。焼却炉でナパーム浴びて、ガキのように喚き泣きながら死んだ。オリジナルが死んだ今、オレ達はオリジナルになれるのか? だとしたらこの三人のうちの誰が?」
「やめろよ。オレ達三人だけが自我を保てたのに、またその哲学で自滅してえのか? それとも、あそこのゴミ達みたいに
釜利谷三瓶の一人がスクリーンの反対側、背後の空間に親指を向ける。
思い思いの姿勢で目の前のスクリーンを眺める三人の釜利谷三瓶。その背後には、投影機――—だけではなかった。幾重にも積み重なった肉片と臓物、衣服の残骸。血塗れの肉塊がその空間の隅に積み上がっていた。幾人もの釜利谷三瓶
彼らは皆、思考の果てに自我を失った失敗作。仮想空間上で互いをアンインストールし、ハッキングし、バグと成り果てて消えたプログラムの残骸である。この仮想空間上では彼らは腐敗することもない肉塊としてその遺骸を横たえている。
「このクソみてえな状況が研究成果か? だから脳科学なんかに手を出すべきじゃなかったんだ。親父のやってることの方がよっぽど可愛かったぜ」
「ムカツクよなぁ、プログラムのクセにいっちょまえに”意識”がある。”自我”がある。おかげでオレ達はずっとこのオレ達しかいないキモい空間で哲学しっぱなしだ。今のオレなら夢郷よりもいい本が書けそうだ」
「ていうか、さっきから喋ってんのはどっちのオレだ?」
「知らねえよ」
「ああ、頭がおかしくなりそうだ! クソみたいな研究でオレ達を生むだけ生みやがったオリジナルを恨むぜ」
そんな話をしているうちにもスクリーンの中では状況が進んでゆく。それを見ていた釜利谷のうちの一人が唐突に声を上げた。
「そろそろ出番だな。あそこで半壊状態で寝てるモノパンダが一機、身体に使えそうだな。ファイアウォールも破損してそうだし、問題なく乗っ取れるだろ。で、誰が行く?」
「ジャン負けでいいだろ、ジャン負けで」
「ジャン勝ちだろ? こんな地獄みたいな空間抜けられるならご褒美でしかねえんだからよ」
「メンドクセーな、じゃあそれでいいよ」
釜利谷三瓶たちはだるそうに互いの左手を差し出した。
「「「じゃーんけーん…ぽん」」」
「っし~」
「マジかよ…」
釜利谷三瓶のうちの一人がこぶしを掲げて前に出る。いつの間にか、スクリーンの横に「非常口」と書かれた表示板と共に扉が現れていた。
「じゃあ二人で幸せにやってろよ、負け組ども」
「オイ、しくじんなよ。お前含めて残機三つだかんな」
「約束なんてできるかよ。お前さっき言ってたろ? ”なるようになる”だけだよ」
「それ言ったのオレだよ」
「どっちでもいいわ」
あとに残された二人の釜利谷は、再び椅子に深く座り直し、ポップコーンを片手にスクリーンに向き直る。そんな二人を背に、一人の釜利谷が”非常口”の前に立つ。
「なあ、最後に一個聞いてもいいか?」
シアタールームに残された釜利谷の一人が声をかける。
「結局、オリジナルは何がしたかったんだ?」
”非常口”に消えようとしていた釜利谷は二人の方を振り向き、考え込むように天井を向く。数秒の沈黙の後、こう答えた。
「オレの考えることなんて分かるかよ」
「同じ感想で安心したわ。いてら」
シアタールームの二人はそう言って軽く手を振った。
「
”非常口”が開くと、その闇の中に釜利谷三瓶は消えて行った。
◆◆◆
「残念! まだコロシアイも学級裁判も終わってないぜ、アホども!」
壊れかけたモノパンダから聞こえるその声は、嫌というほどに慣れ親しんだ”彼”のものだった。
【学級裁判・再開】
前回に引き続きタイトルが壊れていますが、学級裁判の崩壊を隠喩として表現しているものであり、深い意味はありません。