エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を   作:江藤えそら

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【注意】
今話には途中で【作者からのお知らせ】という項があります。
メタ構造を生かした演出などではなく、本当にただ作者からのお知らせです。
読者の皆様の地雷等にも関わる話ですので、かならずご一読頂くようお願いします。


非日常編⑥ Goodbye, my extra days.

 

 ◆◆◆

 

「釜利谷……三瓶! 生きていたのか!?」

 流石の御堂さんも動揺した声を発する。俺達の誰もがこれまでの前提を覆されるその声に驚愕していた。

「いーや、残念ながら生きてはいねえよ。オレは釜利谷三瓶の人格をコピーした"アルターエゴⅡ"だ…」

 壊れたモノパンダの肉体から発せられる釜利谷君の声は、存外に穏やかに、丁寧に自身が何者なのかを説明してくれた。

 


・自分自身は"超高校級のプログラマー"が開発した人工知能"アルターエゴ"を改良した"アルターエゴⅡ"であり、釜利谷三瓶の記憶と人格をコピーしたものである。

・アルターエゴⅡは知能や感情の面ではアルターエゴと変わらないが、ハッキング能力を有することが大きな違いである。自身をインストールするのに十分な容量と思考に必要な量のマイコン、そして電波の届く距離と環境にある機器に自分自身を強制的にインストールさせ、新しい身体として乗っ取ることができる。今は壊れかけたモノパンダの肉体を乗っ取って使っている。

・ただし、自分達は「釜利谷君が自分達を生み出した時点」でのコピーであるため、今現在のオリジナルの釜利谷君とは人格や記憶などに差異が生じている部分もある。

・元々釜利谷君の研究分野は脳科学において「記憶」と「人格の複製」に大別された。後者の研究過程で生み出されたのが自分達であり、メモリの中に放置されていたが、自我を持ったことで自然に思考を重ね、自分の意志でメモリからの脱出が可能となった。

・本来アルターエゴは特定の人間の見た目(アバター)や声を再現しつつも、性格自体は独自のものに育つ傾向が強かった。釜利谷の研究により自分達はオリジナルの釜利谷三瓶とほぼ変わらない性格と思考パターンを得ている。


 

「まー大体こんなとこか? 他にも聞きたいこともあるだろうが今は勘弁してくれ。どうせ後で分かることになる」

 釜利谷君……いや、アルターエゴⅡはそんなことを俺達に語った。高度な専門用語などを交えた部分もあり、恐らく御堂さんとキリウさん以外で完璧にその説明を理解できた者はいないだろう。

「ええ、あなたのことがよく分かったわ。あなたが死人の贋作に過ぎないってことがね。私の革命の邪魔をするなら今すぐオリジナルのところに送ってあげる」

 アルターエゴが話し合えるや否や、キリウさんは右手の砲口を彼に向ける。

「ハッ、過去に転生したくらいで正義の味方気取りか、イキりテロリスト風情がよ。あんなショボい爆発でモノクマを倒したと思ったら大間違いだぜ?」

「キリウさん、落ち着いてくれ! 彼の挑発に乗るな!」

 俺が叫ぶと辛うじてキリウさんは怒りに震える右手を下ろす。

「アルターヒューマンやミュータントがいるんですもん、今更アルターエゴⅡとか言われても驚きませんけど…。というかあなたはなんでこのタイミングで出てきたんですか?」

 山村さんが問いかけると、アルターエゴは肩を小刻みに震わせる。まるで、不敵に笑っているようだった。

「なんでって、そりゃお前らを助けるためだよ。そこの無様なサイボーグテロリストからな」

「…助ける?」

「あぁ。オレがこのまま見過ごせば、みんなから意見を否定されたキリウは暴れてお前らを殺す。そしてその後オシオキされる。コロシアイメンバーは全員消える。それこそが本当のコロシアイ終了だ。そうなったら()()()()()からお前らは助けてやるんだ。モノクマがやらねぇから代わりにオレがやってやるんだよ。感謝しろよ」

「殺すなんて……そんな…!」

 入間君が後ずさるが、正直言って彼の言葉が嘘とも思えない。俺はキリウさんを助けたかった。争わずに矛を収めさせたかった。しかに彼女は俺達にレーザーを射出するところだった。アルターエゴが介入しなければ、彼女はここにいるメンバーを手にかけていたかもしれない。結局……俺はキリウさんと分かりあうことはできないのか。

 

「ハハハ、ハハハハハ…!! 助ける? どうやって? ボロボロのお前が? 700年前のガラクタが? リャン様を受け入れないならみんな敵だ、反革命分子はここで粛清するしかない。けれど、共に戦うことを選んだ土門君と安藤さんだけは、リャン様が望んだ楽園に連れて行ってあげるわ」

「ほらの〜、こうなるからこっちに付いとけば良かったんだぞよ」

「ちょ、ちょっと…!!」

 キリウさんは完全に憎悪に呑まれている。こんなことを本物の津川さんが望んでいるとは思えないが、それを説いたとしても彼女の怒りを増幅させるだけだ。どんな言葉をかけるべきか頭を働かせるあまり、俺はその場に立ち尽くして何もできずにいた。

 

「お前、余剰人類計画(プロジェクト・エクストラ)がなんなのか知ってるのか?」

「……は?」

 だが、歪んだ笑みと共に戦闘態勢に入ったキリウさんの身体を止めたのは、釜利谷君の問いかけだった。

「知らねえだろ? 700年後の吹屋から何も聞いてねえだろ?」

「…余剰人類計画は……700年前に送り込んだ私に世界を選別させ、悲劇を防ぐための計画だ!!! だから私は!!」

「そいつはお前の解釈だろ? オレも完全には知らねえがな、ヒントは持ってる。―――オリジナルのオレが、お前が未来から転送されてきた場所を調べた結果、妙な事に気が付いた。お前がこの時代に落ちてきたその場所に、妙なデバイスが落ちていた」

「……」

 キリウさんの表情と動きが固まった。本来彼女がアルターエゴの話に耳を傾ける必要など無いし、そもそもこの話が本当なのかすら分からない。それでもその話に耳を傾けてしまうほどの関心が、否が応でも生じてしまうのだ。

「そいつはどうもメモリーに相当するものらしいことは分かったが、どんな機器にも接続できなかった……()()()()()()()()()()()、な。だが、オリジナルのオレは他の”超高校級”の力も借りて、そのデバイスの中に存在する量子化された情報を仮想空間上に再現することには成功した。翻訳技術の限界もあって全てを解読できたわけじゃなかったが…どうもそいつは"何の設計図"を示していた。そして、タイムマシンの原理に関する説明…これは設計図じゃなくただの説明だがな……そんな情報も付随していた」

「せ、設計図とタイムマシンの説明……?」

 いつしか誰もがその話に聞き入っていた。釜利谷君を模したアルターエゴの登場というだけでも凡そろくでもない話であることは想像に難くないのに、やはり俺達の誰もがその話への関心を断ち切らずにいた。それだけ彼の口から語られた事は衝撃的なものだったのだ。

「で、ここからが大事なんだが……キリウを送ったタイムマシンってのはな…どうやら量子化された時空に対する波動関数の収縮をトリガーに発動し、量子化時空を通過するシロモンで……タイムマシンの発動には観測によって波動関数の収縮を発生させられる"自由意志"の存在が前提となるんだが、興味深い事にその"自由意志"には人工物はカウントされず、アルターエゴやアルターヒューマンが観測を行っても波動関数の収縮は起こらないらしい」

 アルターエゴは時折天井を見上げ、思い出しながら言葉を紡いだ。難しい専門用語ばかりで意味は到底理解できそうにない。

「え、えっと……日本語で喋ってくれませんか?」

「ま、早い話がこのタイムマシンはアルターエゴやアルターヒューマンには動かせなくて、人間かミュータントにしか動かせないってコトだ。タイムマシンの製造は人間が滅びかけた後も自動工廠で進められていたが、完成した頃には戦争も末期に突入し、動かせる人間もミュータントもどこにもいなかった。だから、どうにかして人類最後の生き残りをタイムマシンのある場所まで連れて来る必要があった」

 釜利谷君が次々に語る未来世界の顛末。キリウさんも言っていたが、本当に人類が戦争と環境破壊で滅び去る未来があるというのか。ここまで詳細に語られるといよいよ現実味を帯びてくる。

「それが……それがどうしたというの!? 仮にそれが事実としても、私を過去に送った理由付けとは何の関係も無い!!」

「まだ分からねえのか? オリジナルのオレは学園にあるコンピュータを総動員して、未来から送られた"何かしらの設計図"の解析を行なっている。それだけその設計図の情報は膨大で、壮大なんだ。―――吹屋が過去に送りたかったのは設計図(そっち)だったんじゃねえかなとオレは思ってるんだ。ま、根拠らしい根拠は無いがな。もしそうだとしたら、お前は単にタイムマシンのスイッチを押すためだけに呼ばれたんだ。―――タイムマシンのスイッチを押した時点で、お前の役目は終わっていたんだよ」

 瞬間、凄まじい衝撃波が俺達を襲い、後ずさりさせた。音速よりも早く襲いかかったキリウさんの蹴りがモノパンダの身体を粉々に砕き、そこら中に破片が飛び散った。

「キリウさん…!!」

「そんな、そんなはずがない!! 吹屋さんは……私を聖女と呼んだ!! 私は選ばれた存在なんだ!! 彼女は私を待っていたんだ!! 私に世界を変えてもらいたかったんだ!!」

 

『そうだよな。ガキってのは誰でも"自分は特別"と思いたがる』

「……!!!」

 砕け散ったはずのアルターエゴの声が再び聞こえてきた事に、俺達……いや、キリウさんがビクッと身体を震わせた。天井からスタッと落ちてきたのは、綺麗なピカピカの"モノクマ"だった。しかし、そこからは先ほどと同じように釜利谷君の声が聞こえる。

『でもな、気持ちは分かるぜ? オレも自分のことは特別だと思ってる。オレこそが世界の正義で、オレだけのために世界が存在するべきだと思ってるさ。ガキだから? いーや、大人だってそうさ。みーんなそう思って生きてんだ。そう思って生きてるから、オレ達人間はコロシアイを続けるんだよ』

「やめろ……やめろ!!!」

 キリウさんが泣き叫びながらモノクマに向けて撃った光線は、しかし瞬時に空中に飛び退いたモノクマには当たらなかった。先ほどよりは威力を抑えていたのか、裁判場を覆い尽くすような爆発はもう起こらなかった。

「釜利谷君、君は……何をしたいんだ!?」

 俺は必死の思いでアルターエゴに呼びかけた。そんな言葉にはお構いなしに彼は話を続ける。

『タイムマシンの説明には、キリウを含むミュータントの説明も付随していた。ミュータントは圧倒的な強さを誇るが、一つ致命的な欠陥がある。それは”感情”だ。ミュータントの細胞から生成されるエネルギーの量は脳の活動―――特に感情に大きく左右され、憔悴するとほぼ人間並みの戦闘力に落ちる。だからミュータントは製造時、感情を持たないように制御されている』

 アルターエゴは続け様に撃たれる光線を華麗にかわしながら、淡々と説明を続けた。アルターエゴが「俺達を助けに来た」と称したのは、ある意味では嘘ではなかった。彼の狙いはキリウさんの感情を揺さぶり、それによってミュータントの超人的な能力を弱体化させることにあったのだ。そして、今しがたの光線で最初のような爆発が起こらなかったのも、彼女が威力を抑えたのではない。彼女の意思と無関係に彼女自身のエネルギーが低下しているということだ。

『お前、未来で吹屋に何も言われなかったのか? 余剰人類計画の中身を何も聞いてないのか?』

「うるさい、うるさい! 私は何も……」

 キリウさんは頭をかきむしるように両手を動かし、叫ぶ。そして不意に、何かを思い出したかのようにハッと目を開けて硬直した。


「装置が起動すれば、私たちの”認識”は全てあなたの脳内に流れ込む」


「―――そうだ! あんなこと言ってたのに……私の頭には何も流れ込んでない…! どうして!? 嘘をついたの、吹屋喜咲!?」

「いやぁん、今のあちきに聞かれても知らないでありんすよぉ!」

 キリウさんは先程までより明らかに動揺していた。俺達と議論を交わしていた時に見せていた感情は怒りが主だったが、今はさっきよりも落胆、失望の色が見える。心身の損耗が感じられる。これ以上彼女が追い詰められるのを見ていたくはない……が、そうしなければ彼女はミュータントとしての力を解放し、この場の全員が殺されてしまうかもしれない。この場において、俺は無力すぎる。

『何かは知らんが、急ごしらえの計画ならイレギュラーの一個や二個もあるだろ。そもそもお前を過去に飛ばしたところで、お前が誰と会ってどんな思想を持つかなんて未来の吹屋は知らねえし読めもしないだろ? 世界を浄化してほしいなんて、そんな大仰なことをお前に期待するかよ。だからお前の役目はタイムマシンを起動して、あのデバイスを過去に送ることだけって考えた方が何かと合点が行くんだよ。"役目を終えたら、過去の世界で戦争も忘れて幸せに生きてほしい"―――吹屋の思いはそんなところだったんじゃないか?』

 アルターエゴが述べた予想…あくまで予想に過ぎないが、それはあまりにも残酷なものだった。未来の吹屋さんはキリウさんに過去の世界で平穏に暮らしてほしかったのか―――だとするとキリウさんはその思いに気付かずにあんな壮大なことを成そうとしているということになる。

「それならそうと直接言えばいいのに……未来のあちきはなんて不器用なんでありんしょ…」

「そ、そんな……そんなのあんまり過ぎますぞ! キリウ殿はご自身に役目があると信じたからこそこんなことを…」

 あまりの理不尽さにたまらず丹沢君が声を上げる。

『なんだよ丹沢。お前はテロリストの肩を持つのか? じゃあ今すぐキリウの計画に乗るか、でなければ大人しく殺されろよ』

「そ、それは……」

「言ってることは正論かもだけど、死人のコピーにドヤ顔されるのもムカつくわね」

 小清水さんが不機嫌そうに吐き捨てた。

「だが、俺達が奴に助けられていることは認めたくなくとも事実ではある、がな…」

 苦虫を嚙み潰したような苦しい顔でリュウ君が言った。彼の言う通り、アルターエゴは曲がりなりにもキリウさんの暴走を抑え、最悪のストーリーを避ける働きはしている。それがまた憎らしいというか、自分の無力さへの腹立たしさがふつふつと湧き上がる。

 

 一方のキリウさんは……ガクガクと身体を震わせながらも、涙に濡れた口角を上げた。

「フ、フフフ……そんな事で……そんな事で、私の心が折れるとでも…? 吹屋さんが私の動きを意図していないから何だというの? 余計なお世話とでも言いたいの?  この革命はリャン様が望んだものなの……他の誰がどう思うかなんて関係ない。リャン様が、リャン様だけが望んでいればいいの! だからこそ私がそれを叶えるのよ」

 キリウさんは涙ながらに訴える。戦争と孤独に心を蝕まれた彼女がやっと見つけた心の拠り所が津川さんだった。彼女はもう、津川さん以外の何も見えていない。アルターエゴの言葉に動揺はしても、心の中の津川さんが彼女を止めることはない。まだ、彼女は諦めてくれないのか。まだ…。

『これでも踏みとどまらないのか。じゃあ仕方ねえな。ちょっと強引なやり方になるが、後悔すんなよ?』

 アルターエゴを身体に宿したモノクマは呆れたように顔を下げ、そして再び上げる。

「まだ何かしようというのですか……!?」

『津川の動機映像で出た”思い出しライト”をキリウ以外のお前らにも浴びせてやるのさ。全部は無理だろうが……キリウの頭の中にある津川との思い出を少しでも蘇らせられるだろ』

 彼が言い放った新たなる一手―――それは”思い出しライト”。記憶の研究をしていた彼にとって最も強力な切り札だ。本来、津川さんの動機映像から放たれる思い出しライトはそれを最初に見たキリウさんにしか浴びせられないはずだった。しかし、彼はそれを俺達全員に浴びせると宣言したのだ。

「思い出しライトを俺達にも…!?」

「えぇ……?? そんなことができるんですか? だって釜利谷君はランダムで記憶が蘇るって言ってましたけど…」

『そりゃブラフだな。完全に全員に同じように芽生えさせるのは無理だが、ある程度方向性を絞ることはできる。ライトごとに蘇らせる記憶は決まってて、キリウの動機映像に仕込まれたライトは”生前の津川との記憶”だ。本来は最初に動機を見た奴だけが得られる特権措置なんだが、今回はキリウを大人しくさせるための"超法規的措置"として使わせてもらう』

「そんなこと必要ない!! リャン様の思い出は私の中にだけあればいいの!!」

 アルターエゴの言葉を遮るようにキリウさんは叫ぶ。

『なんで嫌がるんだよ? 津川の絶望がより鮮明に伝わればお前の計画に賛同する奴もいるかもしれないだろ?』

「…………」

「で、でも……あんな辛い思いをした津川さんの記憶を直接蘇らせるなんて…」

『葛西は怖いのか? 友達ならイヤな思い出だろうがしっかり受け止めてやれよ』

「知った風な口を利くなよ」

 俺は恐れてしまった。動機映像で伝えられたあの哀れな津川さんの最期を、より鮮明な記憶として思い出してしまうことを。だからこそ、図星で言い当てられたことに対して俺は思わずムッとしてアルターエゴに言い返した。

「もういい、やるならさっさとやれ。口論するだけ時間の無駄だ」

『あいよ』

 御堂さんがそうけしかけるが早いか、まるで撮影スタジオのように天井からアームに繋がれた大きなライトが降りてくる。まさかこんなものまで事前に用意されていたのか?

「や、やめろ、やめろ!! させるか…!」

 キリウさんが右手をライトに向ける。しかし掌から僅かな光が迸るだけで、光線が出る気配はない。

『もう効果が出てきたか。乱発によるエネルギー損耗と感情による弱体化だな』

「そ、そんな―――嫌、嫌!!」

 キリウさんが割って入る間もなく、俺達が何か言う間すらなく、フラッシュが炊かれる。視界が閃光に包まれる。瞬間、激しい頭痛が数秒間俺を襲った。

「…!!!」

『ま、例によって効くのは時間差だ。刺激によって徐々に記憶が紐解かれていくハズだ。そして、キリウの言っていたことが矛盾に満ちてるってコトも分かるはずだ』

「………????」

 それは一体どういう意味だ、と言葉を発する前に脳裏に何かがよぎった。

 


「ごめんね、みんな―――」

「諦めるなよ、津川! まだ助からないって決まったわけじゃねえだろ!」

「私のツテで世界中の病院に連絡をしてもらっています。先進医療が発達した場所であれば、或いは…」

「とにかく今は僕達にできることを全てやろう」

「絶対ウチらが助けるからね、リャンちゃん!」

「ぐすっ、ありがとう―――」


 

「……!?」

 ほんの一瞬だが、津川さんの姿が見えた。そして、彼女を助けようと懸命に声をかける俺達の姿も浮かんだ。そうだ、俺達は確かに彼女を助けようとしていた。それに彼女は感謝していた。俺達は僅かながらでも、本物の津川さんの姿を知ることができた。いや、思い出すことができたのだ。それが作られたものではなく、確かに自分の頭の奥底に眠っている思い出なのだという実感がある。そしてそれは、先ほどの動機映像で見た絶望に満ちたものと全く異なる姿だった。

「おいおい…どういうことだよ……俺達…確かに津川と病院で話してた…」

「はい……私も思い出しました…あの子は……」

「何? 私は何も浮かんでこないけど? やっぱり個人差あるのかしらね」

「あちきも特に何も…」

 ライトを浴びたみんなは口々に感想を告げる。思い出し方に個人差はあるが、思い出すことのできた人は皆俺と同じ記憶を思い出したようだ。

「な、なんだ……どういうことだよ! 今思い出した記憶は―――さっきの動機映像と全然違うじゃねえか! まさか…フェイクの動機映像でキリウを騙したのか!?」

「………」

 前木君が声を上げる。しかしキリウさんはバツが悪そうな顔でうなだれたまま何も言わなかった。

『いや、フェイクじゃねえよ。どっちも本物だ。本物の津川の本物の姿だ。動機映像では絶望している姿を、思い出しライトでは幸せな記憶を思い出させるようにしてある。結果、最初に動機を観た奴には良いも悪いも()()()()()()()()が伝わるようになっていた』

「なんでそんな仕様になど…」

「この構成だと、後から動機を見た者には『津川が絶望して死んだ』という印象に伝わる。それが黒幕の狙いだった可能性もあるな」

「どちらも……か。確かに人間の情緒というものは気分によって上下することもある。躁鬱という症状もあるくらいだし、ましてや重病を患っていた彼女は通常の人よりも感情の上下に振れ幅があってもおかしくはない」

 リュウ君は動機映像の構成について、夢郷君は津川さんの心理状態についてそれぞれ分析する。これまでの会話から、思い出しライトによる記憶の制御を担当していたのは釜利谷君だ。彼は何を思ってこんなことをしたのだろう。

「違う……違う……リャン様は……」

 すすり泣くキリウさんをよそに、アルターエゴはこれまでのような茶化した口調ではなく、重苦しい口調でこう切り出した。

『―――オレが知る限り津川ってヤツは相当な人間不信だった。生まれた直後から両親からはほぼ育児放棄されてたし、唯一心開けた婆ちゃんは小学生の頃に死に。漫画やアニメのキャラクターにしか心を開かずキャラクターじみた言動をするようになった津川は、同級生からも気持ち悪がられてイジメの対象になった。

 独り言やキャラクターじみた言動をする津川を見て―――この表現が適切かは分からんが―――ある種の社会性障害みたいなのを持ってる子として周囲も大人も扱ってたんだ。だから津川に差別的なことを言うアホもいたし、逆に過度に持ち上げて悦に浸ろうとする奴もいた。しかも態度は気味悪くても見た目は可愛いっつって、やましい心で近付いて来ようとしてくる同級生、オッサン共もいた。本心で津川と腹を割ってくれる奴なんてどこにもいなかったってことだ。そりゃそんな人生歩んでたら人間不信にもなるわな。

 ―――でもな、そんな中でも普通の人間として接してくれた奴だっている。アイツの婆ちゃんもそうだし、俺達希望ヶ峰の同級生だってそうだ』

 動機映像とキリウさんの言葉だけでは語られなかった津川さんの人となりが、アルターエゴの口から語られる。確かに、()()()()()()()()()。放課後、みんなで彼女の過去を聞いた気がする。頑張ろうって、前を向こうって、そんなことを言った気がする。その中には―――キリウさんもいた―――のか? 

 ダメだ、津川さんのことは思い出せているのにそこにキリウさんがいたかどうかだけが靄が掛かったように思い出せない。彼女は俺達の日常に混じっていたのか? でも、希望ヶ峰の生徒ではない彼女がそんなことをするのは無理にも思える。思えるが…津川さんとあれだけ親密だった彼女が蚊帳の外だったとも思えない。

『津川自身がどう思ってたかは知らんがな。オレがオリジナルから引き継いだ記憶の限りでは、オレ達と一緒に過ごしてた津川は楽しそうだったぜ。心から幸せそうだったぜ。

 そりゃ時々自分の死を予感して泣き出すこともあったし、昔された仕打ちを思い出して嘔吐する時もあった。動機映像みたいに、発作的にこの世の全てを憎んでた瞬間もあっただろうさ。でもな、人間なんて苦しい時もあれば楽しい時もあるだろ? どっちかだけが津川の本性じゃねえ。幸せなアイツも、苦しんでるアイツも、憎んでるアイツも、全部アイツそのものなんだ。動機映像の時みたいに発作で苦しんでヤケになる瞬間も確かにあったけどな。アイツ自身最期まで悩んでたと思うぜ、憎しみと感謝の狭間でな』

 アルターエゴの言葉と共に一つ一つの思い出が走馬灯のように駆け抜けていく。それによって、彼の言葉が嘘でないことが証明されてゆく。

「あぁ、そうだ―――そうだったよ。彼女は確かに苦しんでいた。恨んでいた。けれど…」

「ウチらが……リャンちゃんを助けようと頑張ったんだよね……それで…リャンちゃんはありがとうって……」

「クソっ……こんなもん思い出しちまったら……オレっちだって認めるしかねぇじゃねぇか……!」

 亞桐さんが涙に声を震わせながらそう言った。丹沢君や入間君も、土門君でさえ、目頭を押えていた。俺達は釜利谷君やモノクマの掌で踊らされている。記憶を消したり蘇らせたり、そんなことで俺達の感情は弄ばれている。彼らへの腹立たしさもありつつ、それでも俺の脳裏に浮かんだのは、懸命に命を繋ごうとする津川さんの顔だった。

 

「で……ですが……これだけ素晴らしい思い出があったのに、キリウ殿は何故…?」

 丹沢君が疑問の声を上げる。キリウさんの口ぶりでは、動機映像の中で語られていたような絶望的な部分だけが強調されていた。しかし実際に”思い出しライト”で引き起こされた記憶はそれとは打って変わって前向きなものもあった。それはキリウさんも同じはずだ。

『オレは神に誓って偏向報道はしてねえぞ。動機にも思い出しライトにもさっき言った通りのものを仕込んだし、動機映像と思い出しライトの双方できっちりバランスは取った。もちろん、それを見るのがお前らだったとしてもキリウだったとしても同じだ。問題はキリウ自身にあるのさ。―――さぁ、いよいよクライマックスだぜ』

「ま、待ってくれよ三ちゃん! こんなの―――」

 アルターエゴが宿るモノクマの口角がニヤリと上がる。彼の言うキリウさんの問題とは一体なんなのか。その答えが明かされようとしていた。必死に前木君がそれを止めようとするが、事態はもう止まることなどない。

「違う……違う違う違う!!!! リャン様は絶望していたんだ!! 私に世界を救ってって…そう言ったんだ」

 キリウさんはなおも叫ぶ。自身の言葉に孕む矛盾にとっくに気付いているのに、なおも叫ぶ。

 


「ごめんね、キリウ。変な事言って。世界を裁いてだなんて―――。昨日言ったことは忘れてほしいなり」


「違う!!! リャン様はそんなこと言ってない!!! リャン様は!! 私に世界を変えてほしいの!!! 裁いてほしいのよ!!!」


「キ、リウ……ゲホッ……ゲホッ……もう…誰も……恨まないで…?」


 

「違う!!! 違うの!!! リャン様は絶望したから私に託したんだ…世界の希望を!! 私が世界を作り替えるんだ!! それが私の生まれた意味なんだ!! 何の価値もない私に、リャン様は生きる意味をくれたんだ……」

『お前、そこまで津川に不幸であってほしいのか? アイツはそこそこ幸せに逝ったんだぜ。お前は津川が絶望していないとダメなのか? お前は津川が大好きなんじゃなかったのか?』

「……ぐぅううぅぅ、うぐぅぅうぅう!!!! 違う、違うんだぁぁ!!! 私はただリャン様のために…!! リャン様は私の女神様なんだ!! リャン様のためなら世界だって壊せるって誓ったんだ……!!」

 涙をまき散らし、顔をグシャグシャにしながらキリウさんは叫ぶ。

 ―――キリウさんに抱いていた違和感は、やはり正しかった。津川さんは、俺の記憶の中にいる津川さんは、心の奥底で世界の選別など望んでいなかった。一時の激情でそう口走る瞬間はあっても、その後で必ず撤回していた。

 俺達だって、日々辛いことはある。人に迷惑をかけて死にたくなったり、殺したいほど人を憎んだりすることもある。こんな社会、世界なんて滅びてしまえと思う瞬間だってある。もし、俺個人に本当に世界を滅ぼす力が備わってしまったら? 一時の感情で世界を本当に滅ぼしてしまったら? ―――俺は必ず後悔するだろう。それが人というものだ。

 キリウさんは―――自分の生まれてきた意味を知りたかった。縋れるものが欲しかった。そして、自分を生んだ未来世界、人類の行き着く先が許せなかった。その三つが重なった結果、「世界を恨む津川さん」という偶像を築き上げてしまった。津川さんの前向きなことも後ろ向きなことも、全てを等しく目にしていたにもかかわらず、自分に都合のいいものにしか目を向けなかった。「そうあるべきだ」と決めつけてしまった。「世界に絶望し、破壊を託す女神」を作り上げ、そしてその偶像に己を託し、絶望の権化となって津川さんの名前の元に世界を壊そうとした。―――その結果が、今目の前にいる哀れな少女なのだ。

 

『キリウ。お前、このコロシアイで数日間、津川として過ごしてみて、どうだった? どう感じた? コロシアイは怖かっただろうが、それでも楽しかっただろ? 安心したろ? こいつらと一緒に過ごしていた津川は幸せだったんだ。津川に成りきっていたお前自身が一番それを分かっていたはずだ』

 アルターエゴの言葉に応じるように、キリウさんは震える声で胸の内を吐露した。

「あぁ……そうだ。リャン様は……幸せだった……幸せだったんだ…!! それなのに…私は……私はぁぁぁっっ!!!」

「キリウさん………」

 大声をあげて子供のように泣き崩れるキリウさんに、俺はなんて声を掛ければいいのか分からなかった。

 

『な? キリウも津川もお前らも、もちろんオレも、所詮はガキなんだよ。若いから勘違いする、でも若いから熱意がある。自分の秤で世界を測って、なんだか上手く世界を変えられそうな気がする。自分の不幸が世界のせいに見える。世の中が善と悪だけに見える。ガキなんてそんなモンだ。そうやって失敗して成長してくんだ。んで歳を取ると分かってくる。人には人の事情があって、誰もが善であり悪であり、みんな持ちつ持たれつで生きてるんだってな。―――ま、大人になってもそれが分からん奴も世の中に腐るほどいるがな』

 アルターエゴが言ったことは、まさにさっき俺がキリウさんに告げた言葉とほぼ一致していた。彼と意見が一致するなど不快感もあるが―――事実として今は一致してしまっている。 

 だが、彼女を「自分と異なる存在」と見なしてはいけない、とも思う。俺達の誰しもが、彼女のようになってしまう可能性を秘めている。世界を裁く力を持っていなくとも、誰かを巻き込んで怒りをまき散らしてしまうかもしれない。だからこそ、それを自覚することで理性を保ち続けるしかない。そして―――彼女のような存在を助けてあげなくてはならないのだ。

「釜利谷君、いや…アルターエゴ。もういいだろう! キリウさんはもう暴力的な変革は求めていないはずだよ」

 彼の言葉で俺達が救われたことは否定しない。それでも、もうこれ以上彼女を追い詰めるのはやめてほしい。そんな思いで俺はアルターエゴに声をかけた。

『フン、葛西にしちゃ随分な言いようだな。ここまでキリウを鎮めてやったのは誰だと思ってやがる? ありがとうの一言でも欲しいところだが、まあ状況が状況だしそこまでは言わねえさ』

「これで分かっただろう? 結局人と人の根幹にあるものは対話であって暴力ではない。馬鹿な真似はやめて僕達と共にここを出ようではないか」

 夢郷君が声をかけるが、キリウさんはがっくりと頭を落としてうなだれたまま感情を押し殺すように言った。

「そんなことを今更言ったって―――何になるんだ……。私はもう―――取り返しのつかないことをしてしまったというのに……」

 取り返しのつかないこと―――それは、本物の釜利谷君を手にかけてしまったことに他ならない。確かにその行為については彼女も認めていたし、疑いの余地はない。

『そうだな。それこそが釜利谷三瓶の望んだことだよ。自分自身を犠牲にしてお前に取り返しのつかない過ちを犯させる。その後でオレが出てきてネタバラシをする。その絶望こそが釜利谷三瓶の望んだものだ。オレはオリジナルと同じ思考回路だからそうした。それ以上でもそれ以下でもねえ』

「やはりそれが目的だったか。動機とライトの映像が食い違っていたのも、キリウを奮起させるため。キリウに一度裁判を壊させることまでが演出の範囲だったのからだろう? 下卑た人工知能だな。主人と何も変わらん」

 アルターエゴの言葉に呼応するように、御堂さんが吐き捨てる。釜利谷君の目的は”絶望”? モノクマの仲間と自ら打ち明けた彼なら、それもそうなのかもしれない。―――本当にそうだろうか? もし彼が本物の釜利谷君の人格そのものだというなら、そんな下らないことのために自らの命まで投げ打つだろうか。

『ま、裁判を壊す云々はある種賭けでもあったかな。コロシアイが終わるならそれはそれで面白い展開だしな。…でもな、オレにもいっちょまえに感情はある。どうもオレにはオリジナルの考えていたことで一つだけ分からんことがある。

 どんなに楽しい絶望があったって、自分が死んじまったらそれを見ることも実感することもできねえ。それなのに、なんでそんなことをアイツは選んだんだろうな。これだけはオレには解せない』

「そんなこと、私達が知るわけないでしょ。…本当に疲れたわ、これだから人間さんの生態って嫌いなのよ」

 小清水さんが背伸びと共に言った。アルターエゴだからこそ、本物の釜利谷君が何を考えていたのか分からないらしい。けれど、そうやってオリジナルのことを理解しようと考えていることで、むしろ彼は本物と何ら変わりない感情を持った存在になっているのではないかと俺は思った。仮に本物の釜利谷君が二人いたとしても全く同じことは考えないだろうし、互いの考えが分からないことだってあると思う。彼は―――このアルターエゴは、どこまでいっても釜利谷君そのものなのだろう。

「ね、もう泣かないでキリウちゃん。釜利谷のことは無くならないし、これからゆっくり考えていく必要あるけどさ……まずはここから出て、みんなにウチらが無事って伝えなきゃ」

 亞桐さんがキリウさんに駆け寄り、床にへたり込む彼女の背中に触れる。

 

 

『何言ってんの? コロシアイは終わってないって言ったでしょ?』

「ひっ!!」

 不意に、聞き慣れたダミ声が耳をつんざく。そして、アルターエゴが乗り移ったモノクマの身体から突如炎が噴き出した。

『あっ!? あがっあぢぢあづいあづいあぢゃぢゃぁあぁあああっぁぁぁあ!!!?!??

「キャァァアア!?!?」

 不意に、アルターエゴから信じられないほどの絶叫が放たれた。燃え盛るモノクマの身体はジタバタと手足をバタつかせ、床を転げまわる。その横に正真正銘の本物のモノクマが降り立った。

『いつまでボクの身体で好き勝手やってんだよ、死にぞこないさんめ! こちとらアルターエゴの扱いは慣れてんだ、”痛み”や”熱さ”の情報を強制インプットするくらいお茶の子さいさいだよ』

 全身が炎に包まれたアルターエゴはスピーカーが故障し、悲惨な絶叫は不意に途切れた。しかしその身体はまだ動いていた。死ぬに死にきれない姿はまるで火災に巻き込まれた焼死体そのもののようだった。

『ボクは身体を一つ貸してやった。キミはキリウさんを鎮めた。これで貸し借りはチャラだ。これ以上ボクのコロシアイを乗っ取るのは見過ごせないね。地獄で低みの見物でもしてろ!』

「な、なんと酷い……」

『酷い? こいつは所詮人工物だよ。可哀想も何もないよ。あ、ボクは別だからね。ほらアホパンダ、早く火消してコイツを片付けて!』

「へ、へーい……」

 どこからともなく現れたモノパンダが、まだ動いているアルターエゴ入りのモノクマの頭を、まるで死にかけの虫に止めを刺すようにあっさり捥いだ。そして口から吐いた水で残骸の火を消す。モノクマが指示をして、モノパンダが雑用をする。コロシアイで何度も見た光景だ。

 

「え―――ウソ? コロシアイは…終わったんじゃなかったの?」

 亞桐さんが目に涙を溜め、青ざめた顔で呟いた。

「……言ったはずだ。キリウによる革命騒動も、釜利谷三瓶とモノクマが仕組んだ演出に過ぎん。モノクマは初めから自らが戻る機会を虎視眈々と狙っていたのだ」

 御堂さんがモノクマを睨みつけながら言った。

『御堂さんに脱出されそうになったり、キリウさんには反逆されたり、ずーっとコロシアイ崩壊の危機でボクも流石にイヤになってきたよ! でもここでめげないのが校長です! コロシアイは終わらないよ! 終わらせないよ!』

「ふ、ふざけんな! もうコロシアイなんてしてたまるかよ! キリウ、やってくれよ!」

「……………」

 前木君がキリウさんに呼びかけるが、キリウさんはがっくりと地面に顔を落としたまま上げようとはしなかった。

『もう彼女は再起不能だよ。未来技術かなんだか知らないけど、ボクのテクノロジーをたかだか700年で追い抜けるなんて思い上がりもいいところだよ! コロシアイを止めたいなら人に頼らず自分で向かってきな!』

 モノクマが手から爪を出して威嚇すると、前木君は「ぐっ…!」と後ずさる。せっかく脱出の糸口を掴んだはずの俺達は、一度のみならず二度それを無為にした。いや、そうなることもモノクマは読んでいたのだ。

「そんな……! じゃあ私達は…」

『でもまあ、既に学級裁判はほとんど終わってたところだから大して問題は無かったね。本当は投票からやるべきなんだけど、どこかのテロリストが派手にぶっぱなしてくれたせいで投票マシンが木っ端みじんになったため省略します。ここまでの話を聞いてる感じ犯人がキリウさんで異論ある人はいないだろうしね。一応聞くけど、異議ある人、いる?』

「………」

 確かに、学級裁判の結論としてはキリウさんが犯人であることに異論の余地はなく、彼女自身も釜利谷君の殺害を認めている。しかし、このコロシアイのルールの下で犯人が定まるということは、その後に恐るべきイベントが待っていることも示している。

『というわけで、後はワクワクドキドキのオシオキだね!』

「オシオキ……!」

 これまでにそのワードは幾度となく聞いてきたが、詳細が明かされることは遂になかった。しかし、それがろくでもないイベントであることは間違いはなく、だからこそ俺達は命がけで裁判に臨んでいた。その答えが今明かされるというのだ。

「ま、待ってくれ! もう犯人は明かされたし、彼女も自分の罪を認めているんだ! オシオキなんて必要ない!」

『今更何イチャモンつけてんだよ葛西クン! 最初っからこのルールで学級裁判やるって言ってんだろ! 駄々こねれば都合よく世の中が動いてくれるほど甘くねーんだぞ!』

「でも……」

 

「もういい、いいよ」

 抵抗しようとする俺の前に立ったのは、キリウさん本人だった。

「諦めんなよ、キリウ!! オレっち達と一緒に世界を変えるんだろ!? 理不尽な世界をよぉ!!?」

 そう土門君が涙ながらに呼びかけるが―――。

「ごめんね土門君。私にはできない。リャン様は…そんなこと望んでいないって分かったから…」

「この際津川は関係ねぇよ!! お前自身の意志で変えるんだろ!? 変えてくれよ!! お前がやらねぇならオレっち一人でもやるぞ! お前が付けた火だぞ、今更消せるかよ!」

 憔悴するキリウさんにお構いなしに土門君は怒鳴り散らす。彼にも相当譲れないものがあるらしく、おそらくはそれが彼を黒幕に協力させる選択を取らせた要因らしい。

『人に乗せられてやる気になっただけなのによくそんな偉そうなコト言えるなぁ。悪いことは言わないからやめときなよ土門クン。ボクの元にいた方が絶対いいコトあるのに』

「う、うるせえ! オレっちは元からお前なんて信用してねえんだよ!」

 キリウさんのオシオキに対して各々が各々の言葉で抵抗を試みるが、キリウさんが戦闘不能となった今、この場でモノクマが敷いたルールに逆らえるものは存在しない。

「キリウさん……」

 俺はキリウさんに何て声をかけるか逡巡した。彼女の心が元に戻れば、またモノクマに対応できるかもしれない。―――そこまで考えて俺は自己嫌悪に苛まれた。

 俺達は自分たちが殺されないためにアルターエゴの力を借りてキリウさんの感情を揺さぶり、弱体化させた。それなのに、今モノクマが復活したことで再びキリウさんの力が戻ってくることを祈ってしまっている。俺達はなんて身勝手なんだろう。「キリウさんが本来の力を取り戻してモノクマを倒し、かつ俺達と一緒に穏便にここから脱出してくれる」なんて夢物語を諦めきれない自分がいるのだ。

『今もしかして「キリウさんさえ何とかなってくれれば…」とかふざけたこと考えてた? ボクを甘く見るんじゃないよ! 何年コロシアイマスコットやってると思ってんだ! 仮にキリウさんが万全な状態だったとしても赤クマの手を捻るようにサクッと始末しちゃえるんだからね!』

「コイツ……!!」

 そんな俺の心を知ってか知らずかモノクマがそんなことを言い放った。700年もの文明的隔絶がありながら、モノクマはそんな技術にだって勝つと豪語した。先ほど倒されたのも、御堂さんが言う通り一時的な絶望を演じるための演出だったのではないか、今ならそう思えてしまう。

「もういい。もう、いいんだ。私がオシオキを受けて、コロシアイは続く。それが運命なら私はそれを受け入れる」

 俺達とモノクマの終わりなき論争に終止符を打つかのように、キリウさんは告げた。

「そんな……キリウさん…!」

「ごめんね、みんな。私が子供だったね。リャン様じゃなくて、私自身の言葉で”世界が憎い”って言えばよかったのに、それができなかった」

「………」

 キリウさんの謝罪に答えられる人はいなかった。俺達の誰も、決してキリウさんを責められる立場にはいない。キリウさんがどれだけ孤独で絶望的な世界を生き抜いてきたかなど、誰にも想像すら及ばないのだから。

 

『まあ、でも良かったじゃない! キリウさんは本来、誰もいない戦場を這い回った末に一人で惨めに野垂れ死ぬ運命だった。そんなところに突然現れた吹屋さんに案内され、タイムマシンで過去に戻って、ほんの少しだけの間幸せな日々を過ごせた。最高の余生を過ごせたじゃない。これ以上何を望むの?』

「そんな言い方があるかよ、モノクマ!」

「大丈夫、モノクマの言う通りだから。ほんの僅かな時間だったけど……私は幸せだった」

 前木君がモノクマに吼えるが、キリウさんは涙を受けべながらもどこか穏やかな表情を浮かべていた。

『キミの余生(Extra Days)は今日、ここで終わり。さよなら、終焉の聖女様!』

 誰もが悲痛な面持ちで沈黙する。これから始まるオシオキを…俺は止められないのか? 結局、最後に笑うのはモノクマなのか?

 

 

「…リャン様。私のリャン様。ごめんね。私、貴方のこと何も分かっていなかった。でも、でも―――私、生まれて初めて人間と話した。それが貴方だった。貴方は私の光だった。希望だったの。それだけは、それだけは―――心の底から本当なの」

 キリウさんはふらつく足取りで裁判場に残された津川さんの遺影に歩み寄る。遺影は何も答えない。けれど、彼女の記憶の中にいる津川さんが代わりに応えていたのかもしれない。

 


「リャン様もね、一人で良い―――たった一人でも良いから、誰かの光になりたいって…そう思っていたの。キリウはリャン様の夢を叶えてくれたなりよ。ありがとう、キリウ」


「本当? 嬉しい……」

 キリウさんはこれまでに見たことのないほど幸せそうな笑みを浮かべ、顔を遺影にすり寄せた。


「リャン様はこの世界が憎かった。嫌いだった。けどね、貴方に逢えて、みんなに逢えて、この世界に生まれてきてよかったって思えたなり。キリウ。―――生まれてきてくれて、ありがとう」


「リャン様も……リャン様も……生まれてきてくれて、ありがとう…。えへへ…大好き……リャン様…」

 キリウさんは零れ落ちる涙を拭うこともせず、その遺影に身体を預けた。


「辛かったね―――苦しかったね。もう頑張らなくていいなり。ゆっくり休んで、キリウ―――」


「ありがとう。でもね、最後にもう一つだけ―――頑張らなきゃいけないことがあるみたい」

 そう言ってキリウさんは遺影に預けていた身体を再び起こし、モノクマに向き合う。

「バイバイ、リャン様。私は貴方と同じ場所には行けないけれど……どうか…生まれ変われたら……また…貴方と出会いたいな」

 相手の存在を確かめるようにキリウさんは遺影を撫でる。憎悪と悪意、そんな感情の奥底に眠っていたのは、何よりも清く美しい愛情だった。キリウさんは、本当は心優しく純粋な女の子でしかないのだ。人を殺すような子でも、殺されるような子でもないはずなのだ。一体何が悪かったのだろう? 何故こうなってしまったのだろう?

 

『それでは満を持して! ”超高校級のコスプレイヤー”津川梁さんもといキリウさんにスペシャルなオシオキを用意しました!!』

 床が割れ、モノクマの目の前に赤いボタンがせり上がる。モノクマはどこからか取り出したハンマーでそれを叩くと、コンピューターゲームの効果音のような音声が鳴り響く。

 

 ―――それでも俺は、諦めたくなかった。やはり、何もしないで立ち尽くしているだけなのは、嫌だ。

「逃げろ!! キリウさん!! 逃げてくれ!!」

「エレベーターまで走れ! 奴は俺が――」

 俺は叫ぶ。リュウ君がモノクマとキリウさんの間に立ち、エレベーターを指差す。でも、キリウさんは津川さんの遺影から離れないまま、静かに首を横に振った。

 次の瞬間、超速で繰り出された鎖がキリウさんの身体に巻き付く。俺達が手を差し伸べる暇すらないまま、彼女を縛る鎖は天井へと、その先に続く暗闇へと消えて行った。

「キリウさん!!!」

 

 いつしか、崩れ去ったはずの裁判場に一枚のスクリーンが降りていた。そのスクリーンは、これから行われる残酷な結末の始終を余すことなく伝えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


【作者からのお知らせ】

 この後に描写されるオシオキは、見る人によっては「R-18」もしくは「R-18G」と判断される恐れのある要素があります。気分を害する恐れのある方、地雷に接触する恐れのある方は以下リンクよりオシオキシーンを飛ばすことが可能ですのでご承知おきください。

 なお、具体的にどのような要素が含まれるかはこの文章の注釈にて記載しております。予め内容を知りたくない方以外は確認頂いて構いませんので、宜しくお願い致します。*1

 

オシオキ終了まで飛ぶ


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 長い長い鎖がキリウを奈落の底へと引きずり込む。キリウを掴んだ鎖は長い空間を突き抜けていく。周囲は暗いトンネルのような光景へと変わり、そのトンネルは時節七色に光り、やがて眩い光が画面を覆い尽くした。

 

 いつしかキリウは廃墟と化した街の中にいた。キリウを縛る鎖は跡形もなく消え、彼女は地面に屈んで周囲の様子を伺った。そして驚愕の表情を浮かべる。その街は、まさしく彼女が吹屋喜咲と出会い、過去へ転送されたあの街だったからだ。自分は未来に戻ってきたというのか? また、私は一人ぼっちになってしまったのか? 言いようのない恐怖が背筋を撫でるよりも早く、彼女の視界に”敵”が現れた。それは、鈍色の空を埋め尽くす文明の残りカス。ヨロヨロとふらつきながら人間を探す殺人ドローンがキリウを正面に捉えていた。

 

【バケノカワ】

 

  キリウは実感する。今の私はさっきまでとは違う。身体の中を十分なエネルギーが満ちている。奴ら如きに後れは取らない。キリウはドローンから放たれた光線を瞬時に飛びのいて回避し、返す手で手のひらから光線を撃ち返す。高空へ飛び上がりドローンを蹴り落とし、掴んでは別の個体に投げつける。次々にドローンたちは瓦礫の一部へと化してゆく。それでも文明の残りカスたちは飛来する。既に滅び去った人間達の憎悪を乗せて、飛び続ける。

 キリウの表情が疲弊と焦燥に染まる頃、遂にドローンから放たれたレーザーが彼女の胸元に命中する。キリウの身体に稲妻が走り、彼女は苦悶の表情と共に膝を付く。そしてそんな彼女にドローンたちは次々に光線を浴びせる。キリウは死を覚悟し目を瞑るが、自身の身体に異常が起きていないことを知ると、数秒後に恐る恐る目を開いた。

 ―――バリッ、と音を立てて彼女の服が、津川梁の制服が、まるでゆで卵の殻を剝くように綺麗に左右に切り開かれ、脱げた。その下には、何故か女子警官の制服が着せられていた。自身の状況に混乱するキリウ。その間にドローンがさらに光線を浴びせると、その服も左右に開いて脱げ、今度はナース服が現れた。と思えば次にはアニメキャラクターの衣装が現れる。―――それはまるで、コスプレショーだった。

 攻撃を受け、エネルギーを使い果たして動けなくなったキリウにドローンは次々に光線を浴びせ、彼女の化けの皮を剥がす。キリウはコスプレイヤーではない。津川梁に成りきろうとしていただけの一人の兵士なのだ。どんなに憧れようとも、どんなに恋焦がれようとも、キリウは津川梁にはなれない。コスプレイヤーとしてのキリウを否定するように、次々に衣装は剥がされ、そして―――。

 

 キリウは自身の身体を抱え込むように屈み、風に晒される裸体を僅かでも隠そうとしていた。コスプレイヤーとして、女性として最も忌むべき恥辱を受け、それでもキリウは涙を見せなかった。目に涙を浮かべつつも、屈辱と寒気に身を震わせながらも、歯を食いしばって上空の敵を睨んでいた。この感情は何なのか、怒りなのか、悔しさなのか、後悔なのか。それも分からないまま、ただ眼前の敵を睨むことしかできなかった。たとえ全てを失っても、私は敗北を認めるわけにはいかない。人類最後の1人として、無様な死を受け入れるわけにはいかない。その覚悟だけがキリウを構成していた。

 

 再び、ドローンのレーザーが胸元に突き刺さる。そのレーザーは焼痕を残しながら正中線に沿って彼女の身体の下部へと移っていき、股の間まで通り抜ける。キリウの表情が俄かに変わる。その目は大きく見開かれ、口も大きく開かれた。何機ものドローンが彼女にまとわりつき、そして―――。

 

 彼女の首から下の皮膚がつるりと綺麗に剥け、その下から人体模型のような赤い筋肉と血塗れの人工関節、機械の一部が露出した。皮膚はレーザーによって焼かれた正中線から綺麗に左右に剥け、ドローンたちは彼女の身体をまるで十字架に磔にされたように大の字に広げ、剥けた彼女の皮膚を持ち去っていった。

 頭から地面に崩れ落ちたキリウは声にならない絶叫と共に黄色い吐しゃ物を地面に吐き出した。全身から噴き出す血液が吐しゃ物に混じり地面を染めていった。皮膚が剥かれていない顔面も既に涙と唾液と血液、そして崩れ切った彼女の表情とで原形を失っていた。荒廃した廃墟に吹く砂塵でさえ、ゆらりと舞う土煙でさえ、空から降り注ぐ日光でさえ、今のキリウには想像もし難いほどの激痛となって襲いかかる。

 しかしドローンはさらにレーザーを浴びせる。キリウはさらに身悶えして地面に転げまわる。ドローンたちが張り付き、飛び去ると、今度は筋肉の表面と機械部品のカバーがベロリと剥がれ落ちた。キリウにはもう悲鳴を上げることさえできなかった。激痛をも超えた激痛が全身の全ての部位から襲い掛かってくるのである。まるで芋虫のように身をよじって逃げようとするキリウに、さらにドローンが取りつく。バケノカワを剥がして、なおも取りつく。

 何度皮を剥がされても、肉を剝かれても、機械に強化された生命力は死ぬことを許さない。肉が消えて臓物が露わになっても、この姿を見てこれが生きている人間だと誰も思わないほどに損壊されても、彼女は動いていた。人類最後の一人は、まだ痛みにもがいていた。

 もう、"痛い"という感覚がなんなのかすら分からない。痛みで意識が飛びそうになるのを次の痛みで叩き起こされるという連鎖が1秒にも満たないスパンで何度も繰り返される。最早、キリウの思考を支配している感情はただ一つだった。―――死にたい。1秒でも早く、0.1秒でも早く、早く、死にたい。どんな拷問よりも辛く、終わりのない苦悶と激痛から早く逃れたい。それ以外、キリウには何も無くなった。

 

 ドローンたちは軒並み飛び去ってゆき、最後の一機が残った。その一機が見下ろすのは、血濡れの骨と臓物、僅かに残った人工臓器の上に取りついたキリウの頭だった。ドローンはキリウの頭を掴み、持ち上げる。一瞬その頭についてきた胴体はその重みで頸椎から千切れ、頭だけがドローンに掴まれて宙に浮かんだ。ブロンドの髪は見る影もなく乱れ、目は限界まで上を向き、力なく開かれた口からは血も唾液も最早流れ出てはいない。その表情を一言で表すなら、”絶望”以外になんと表現できるだろうか。

 

 砂漠と化した世界に夕日が落ちる。人類を失った地球はこれからも歴史を刻む。この地球にどんな未来が待っているのか。再び人類のような生命体は現れるのか。それは誰にも分からない。

 夕日に向かって、キリウの頭を持ったドローンが飛び去ってゆく。人類が生んだ憎悪の証は、人類そのものを始末した果てに自らも滅びゆくのだ。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

『うぷぷぷぷぷ、あっひゃひゃひゃひゃ!! エクストリィィ~~ム!!!!!』

 

 

 映像が終わった時、最初に感じたのは裁判場に広がる異臭だった。入間君と丹沢君は膝を付いて嘔吐し、亞桐さんはあんぐりと口を開けたまま床に座り込み、尿失禁していた。前木君は途中から見るのをやめたのだろう、両手で頭を抱えて裁判台に突っ伏している。大げさな悲鳴を上げる者もいない。声を発する者すらいない。それは処刑と呼ぶことすら不相応に思えるほどに残酷でグロテスクな人間の死だった。

「なん……なんだよこれェ!!??!? こんなのが……こんなのがオシオキなのか!??」

 土門君の叫びが、その場で初めて発されたマトモな声だった。

「ひ、酷いなんてものじゃないわ……どうやったらこんな殺し方……」

「悪趣味極まりない……人間さんとすら認めたくないほどの暴挙ね…」

 伊丹さんと小清水さんも辛うじて吐き気は押さえているが、青ざめた顔でモノクマを睨みつけていた。

「ど、どうして…!? なんでキリウがあんな目に遭わされなきゃいけなかったでありんすか!?」

『どうしてって、そりゃクロとして投票されたからだよ。ま、初回だったからオシオキがどんなもんか知らなかったという点については同情するけどね。次からは投票する際の重みも変わってくると思うよ』

 吹屋さんの涙ながらの問いかけに、軽くあしらうようにモノクマが答えた。

「これが―――人類の終わり。世界の終わり、か。俺達が何をしようともいずれはあの未来に行き着く…ということか」

 他のみんなほど動揺した様子は無かったが、リュウ君の口調はどこか諦観の念を帯びていた。キリウさんの死をもって画面の向こうの人類は完全な滅びを迎えた。結局、未来は変えられないのか? キリウさんがここに来た意味は無かったのか? 彼女のように、人類は皆絶望の果てに死にゆく定めなのか? その運命を変えようとした彼女の試みを止めたのは俺達だ。そして彼女はあんな死に方を…。

 

「みんなムズカシク考えすぎだぞよ~。そもそも100年もない人生でどうして700年後の心配なんぞするぞよ~? 所詮人生などカラオケだぞよ。時間が来るまでただ泣くか、歌いまくるかは自分次第♪ キリウがああなったのも、精一杯歌いきった結果だぞよ」

 そんな地獄のような空間で、安藤さんだけがいつも通りの様子だった。彼女の精神状態は一体どうなっているのだろうか? 或いは、彼女なりの言葉で俺達を励まそうとしているのだろうか。

 俺は―――何ができた? 結局はキリウさんやアルターエゴ、モノクマの言動に流されるまま。俺がここに存在している意味は…。俺も、何かをしなければいけない。この地獄を少しでもマシな地獄にするために、何かできることをしなければいけない。

「これじゃあ……津川さんが浮かばれませんよ……」

 山村さんの自暴自棄な言葉に返答するように、俺は告げた。

「…なら、浮かばれるように……俺達が変えるんだよ」

 意味は、自分で見つけなければいけない。無意味だと落ち込むだけなら容易いが、そこで終わってしまっては何も生まれない。例え禍を転じて福と為せなくても、無理やりにでも福を抽出してやらなければ、亡くなっていった人たちが浮かばれない。

「事情がどうあれ、キリウさんは過去への転移に成功した。そして彼女と一緒に持ち帰られた未来のアーティファクトはアルターエゴ達が確保している。俺達の未来は、まだ変わる余地がある」

 先ほどの遺体の映像がまだ脳裏にちらついている。思い返すだけで吐き気と眩暈に襲われる。だが、せめてこの言葉だけは自分の手で紡がなくてはいけない。

 

「俺達の手で、キリウさんが過去に送られた真の目的とその先にある意味―――余剰人類計画(プロジェクト・エクストラ)の全貌を暴こう。そして、モノクマに勝つんだ。キリウさんがやろうとした暴力的な革命ではなく、俺達のやり方で世界を変える。この絶望にはきっと意味がある……人類がこの絶望に目を向けた時、世界の運命は変わるはずだ」

 変えようとした者。変えられなかった者。抗った者。絶望した者。

 希望と絶望の狭間で最期まで苦しみ続け、憎しみと愛情の双方を抱えて亡くなった津川さん。世界を恨み、津川さんへの愛情を糧に全てを壊そうとし、敗北したキリウさん。自らの命と引き換えに俺達を絶望に叩き落そうとし、自らも絶望的な死を迎えた釜利谷君。それらの死は、無意味と断ずることもできる。しかし、意味を見出さなければいけない。彼の、彼女たちの死を無駄にしないために。

『うぷぷぷぷぷぷ!! 面白いじゃない!! やれるもんならやってみなよ! ボクが断言しよう。君達はここを出ても永遠にコロシアイを続ける。人間が人間であり続ける限り、コロシアイは終わらない! それを変えるってのは全世界を洗脳させるようなもんだよ! それこそディストピアだ!』

 モノクマが嘲笑う。奴の言葉に「それは違う」と答えることはできない。奴の言葉もまた真理だと俺は考えているからだ。それでも、それを認めた上でできることもあるはずだ。

「そうかもしれない。それでも……俺達の思い描く完全な形でないにしても、俺達は少しでも良い未来に舵を切れるはずだ。そう努力し続けることはできるはずだ」

 「こうすればいい」なんて答えが見つかるほど世界は単純じゃないし、人類は万能じゃない。一見して悪に見えるものも、見方を変えれば別の姿が見えてくるかもしれない。だからこそ、俺達は考え、悩み続けなければいけない。答えが無いからこそ、探し続けなければいけない。

 俺達はまだ子供だ。世界をどうこうするなんて、荷が重すぎるし考えることも難しい。だが、子供だからこそ世界を変えられそうな気がするんだ。まだ答えは無いけれど、何か上手くやれる気がするんだ。―――キリウさんが、それを教えてくれた。

 

「宣言は済んだか? ならば汚物を片付けてさっさと部屋に戻るぞ。明日からまたコロシアイの日々だ」

 そう言って御堂さんがいち早くエレベーターに向かう。

『みんなお疲れ様! そういうのは教頭がやるからいいよそのままで! 今夜は部屋に戻ってゆっくり休んで下さい!』

「う、うぷ……申し訳ありませぬ……」

「ちぇ、オイラこういう汚れ仕事ばっかり…。比喩じゃなく本当に汚れ仕事だぞ!」

「亞桐さん…大丈夫ですか? 立てますか?」

「ご、ごめん……こんな…恥ずかしいとこ見せちゃって……部屋戻ったらすぐ着替えるから…」

「誰も笑ったりはしないさ。まずは今日を生き抜いた自分を褒めたまえ」

 いそいそと掃除を始めるモノパンダをよそに、一人、また一人と裁判場からエレベーターに乗り換えてゆく。最後の一人になった俺は、裁判場を振り返る。ここで生きて、散ったキリウさんの姿を思い浮かべながら。

 その時、俺の脳裏に記憶が蘇る。思い出しライトに呼び出された記憶の断片が、実像を持って俺の意識に映し出された。

 


「似合ってる…?」

 放課後の教室に、同じ姿の少女が2人並んでいた。どちらもリボンのついた制服に金髪をツインテールにまとめた、天使のように可愛らしい姿だ。

「えへへ、リャン様と同じ格好にコーデしてみたなりよ。ちょっと恥ずかしかったけど、キリウがそうしたいって言うから…」

「この世で1番好きな姿、1番美しい姿にコスプレしてみたいって、ずっと思ってたの。だから、夢が叶って嬉しい」

 キリウさんは幸せそうに笑い、津川さんを抱き寄せた。みんなが瓜二つな2人の少女を微笑ましく見守り、賞賛の言葉をかける。夕日が2人を赤く染まる中、2人はいつまでもお互いの存在を確かめ合っていた。


 

 ―――そうだ。やはり彼女は、キリウさんは俺達と一緒に過ごしていた。どうやったのかは知らないが、俺達と同じ学園で同じ日々を過ごしていたんだ。

 楽しかった日々の記憶が蘇る。あの笑顔が、世界を憎悪していた二人の少女から発せられていたとは思えない。それでも、それをも含めて俺は彼女たちを受け入れよう。これからも続くコロシアイの日々に、彼女たちの思い出はきっと希望を繋ぐ(たすき)になってくれるはずだから。

 

 

 誰もが沈黙する中、エレベーターは1階への到着を告げる音を鳴らした。それぞれがそれぞれの想いを抱えて、部屋に戻って行った。明日も、コロシアイは続く。俺達が何かを変えるその日まで、コロシアイは続く。せめて今は束の間の休息に身を委ねていよう。

 

 

 

【Chapter1 Kill me, Kill us, Kill forever. 完】

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

  赤いカーペットとカーテンに包まれた絢爛なシアタールームでは、正面の視界を埋め尽くすほど巨大なスクリーンに裁判場の様子が映し出されていた。背後の音響機器からは裁判場から宿泊階層に戻っていくエレベーターの物音だけが響く。そんな音に微かに混じって、ポップコーンを噛み砕く乾いた音が聞こえる。

 

「馬鹿がよ―――()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ただ一人残された釜利谷三瓶は、カップに残されたコーラを飲み干した。カップをホルダーに置くと、カップの底からコーラが湧いてくる。食いつくしたはずのポップコーンの袋はまた膨れ、中身を取り戻す。ずっと同じことの繰り返し。変わるのはスクリーンの向こう側の出来事だけ。

 

「ま、津川に免じてしばらくは大人しくしてやるさ。オレの出番が来ないといいな」

 

 ここは、この世の何処でもない特等席。誰からも忘れ去られた特等席。誰よりも優雅に、誰よりも孤独に、自分自身とすら対話できなくなった男がかつての仲間達を眺める。

 

 

「なあ、葛西。暴いてくれよ。余剰人類計画(プロジェクト・エクストラ)ってのが何なのか。オレも知りたいんだ」

 

 その言葉に応えるように、スクリーンの向こう側の青年は強い決意の籠った眼差しを浮かべていた。

 

「ちょっと疲れたな。オレは少し寝る。―――信じてるぜ、親友」

 

*1
【R-18的と思われる要素】女性キャラクターの裸体描写。【R-18G的と思われる要素】皮剥ぎ・嘔吐・人体損壊。




長かったですが、これにて一章は完結です!
まずはリメイクで書きたかったものを一つ終わらせることができて達成感に溢れております。
また二章も書き進めていきますので、何卒宜しくお願いします。

もしかすると一章後の幕間も書くかもしれません。
ではまた、次話で会いましょう。
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