エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を 作:江藤えそら
(非)日常編① 机上の黙示録
◆◆◆
形あるものは必ず終わりを迎える。
全ては滅び、最後に残るのは永遠の無だけ。
だから。
私はただ、一度限りの人生を幸せに生きて幸せに終わりたかっただけなんだ。
私は聖女なんかじゃない。
ただ最期の一人だったというだけだ。
私はただ私の為すべきことをして死んでゆく。
さあ、わたしを、ころして――――
【Chapter1 Kill me, Kill us, Kill forever.】
◆◆◆
俺の机の上に置かれた青いプラスチックのファイル。表紙に刻まれたタイトルは『希望の蔓に絶望の華を』。このタイトルが何を意味するかも分からない。何故、中身が一ページもないのかも分からない。そして、何故こんな空っぽのファイルにこんなに心揺さぶられるのかも分からない。だが、俺が寝ている間にあのヌイグルミ達が用意したものだとしたら勝手に処分するわけにもいかない。
俺は机上に置かれた謎のファイルから目を逸らすように最低限の身支度をするとそそくさと部屋を出た。
「あ」
「おや」
部屋を出ると、目の前を人が歩いていた。昨日はあまり話さなかった彼の名前は…えーと…。
「哲学者の夢郷郷夢だよ。忘れたかい? おはよう」
「あっ…ごめん。おはよう」
夢郷君は笑みと共にそう言った。まだ会話し慣れていない人の名前は頭に入りづらい。
「ちょうどいい、食堂までご一緒しようか。昨日はよく眠れたかい?」
「ありがとう…。あんまり……かな」
嘘をつく理由もないので素直にそう言った。まだこの状況を現実と認識しきれていない。
「ふむ。状況が状況だけに無理はないね」
電子生徒手帳のマップを見ながら彼は俺を食堂の方へと案内してくれた。彼は目にクマもなく、壮健に見える。俺はどんな顔をしているのだろう。顔を洗った時にもっとよく見ておくんだった。
「やあ、おはよう」
食堂のスライド式扉を開けると、よくある学食のような食堂が姿を現した。数十人くらいは収容できそうだが、ここに集められた生徒数を考えるとこの場所が混雑することはないだろう。そこには、昨日俺と顔を合わせた生徒達が集合していた。当たり前だが、皆一様に表情が重い。
「おう、夢郷に葛西! 無事に集まってくれて良かったぜぃ!」
そんな中で土門君は爽やかな笑顔で俺達に呼びかけてきた。気丈なのか抜けているだけなのか分からないが、恐らく前者なのだろう。
「…食いもんは奥の厨房にある。大体何でも揃ってる。俺はまだ食ってないけど、既に食った奴によると毒とかはないらしい」
「おかわり!!」
前木君が説明するすぐ横で山村さんが空のお椀を突き上げた。
「山村様、もう三杯目ですが」
「食べる子は育つんですよ!! 成長期の今食べなくてどうするんですか!!」
”翻訳者”の入間ジョーンズ君が厨房のカウンター越しに配膳役をやらされていた。
「誰がいつ用意したかも分からない食材なのによく平気で食べられるわね」
そう声をかけてきたのは、黒髪ショートヘアの女性……あれ? そういえば昨日体育館にいたけどいつの間にかいなくなってた人だ。彼女の名前は聞いてなかったな。
そんな俺の戸惑った目線を感じてか、彼女ははぁ、とため息をついて名乗った。
「”超高校級の薬剤師”
「あ、うん…。葛西幸彦です。よろしく…」
妖艶なまでに美人で大人びた雰囲気の彼女の視線は、心なしかこちらの顔を貫通して脳に突き刺さるような鋭さを感じる。この学園に集まった人はみんなこういう強そうな目つきの人達ばかりだ。これが”超高校級”なのだろうか……。
「話を戻すけど。山村さんが毒見をしてくれたからいいものの、今後は軽率にこの学園にあるものに手を付けるような真似は避けてほしいものだわ。今私達が置かれている状況を考えると何が起きても不思議じゃないんだから」
と、伊丹さんはその場に集まった全員を見回すようにそう言う。一番の当事者であるはずの山村さんは能天気に入間君が盛ったレトルトカレーを平らげている。
「とはいえ食わねば吾輩達も死んでしまうでな~、トモエが毒見してくれて助かったぞよ~」
”超高校級の漫画家”安藤さんが山村さんの横で缶詰と白飯を帆張りながら言った。
「なんとっ! 私さっそく皆さんのお役に立ってしまったんですね! 強い上に毒見もできちゃうなんて…自分の才能が恐ろしいです!」
「食いながら喋るな」
恍惚の表情を浮かべる山村さんに前木君の鋭い指摘が入る。
「ところで、まだ全員揃ってない? 釜利谷君とか小清水さんとか津川さんとか…」
俺が食堂を見回した感じ、この空間には全員揃っていないように思えた。
「ああ…そういえば起きたら食堂に来るようには言ったけど、何時に来いとは言ってないしな」
「オレっちみてぇな早起きならまだしも、三ちゃんとかは絶対起きないタイプだろ」
「インターホン鳴らさなかったの?」
「いや……勝手に集まるかと思って」
「何かあったらどーすんのさ! ウチ呼んでくる!」
「あぁ…行っちゃった」
誰かが声をかける間もなく、ダンサーの亞桐さんが食堂を飛び出していった。確かに状況が状況だけに顔を見られないだけでも十分不安になる。昨日リュウ君が語ったところによるとリュウ君でも開けられないドアのようだから、個室から出てさえいなければ安全だとは思うが…。あの卑劣なヌイグルミに何かされた可能性もゼロとは言えない。
そういえば、そのリュウ君は?と思い食堂を見渡すと、隅の方の席でコーヒーを飲みながら本を読んでいるリュウ君がいた。声は……かけづらい。
亞桐さんを待っている間、各々自分が食べたいものを盛って食事をとった。厨房の冷蔵庫を覗いてみると、食品ロスを気にしてか、生食材よりも出来合いのレトルト品が大半を占めていた。…こんな狂ったコロシアイをさせている割にロスなんて気にしてるのか。
厨房には「食材リクエストボード」なるホワイトボードが壁掛けされており、これに欲しい食材を書き込むと夜時間の厨房閉鎖時間の間に用意し、翌日解放された時には冷蔵庫の中に入っているのだという。そんな便利な食品宅配システムが果たして本当に実装されているのだろうか。
「…いただきます」
何もかもが理解を超えた異空間で取る食事。これがただの修学旅行とかであればただのレトルト食品でもたいそう美味に感じたことだろう。この食事に対しては、ただ空腹という本能に対する強引な供給という以上の意味合いを見出すことができない。
「お待たせ~」
鬱屈とした食事が続く中、食堂のドアが開く。そこには明るい笑顔の亞桐さんがいた。彼女の両脇に抱えられているのは……津川さんと釜利谷君だった。釜利谷君は抱えられたまま寝ている。どんだけ図太いんだ。
「ふぁあ……メイクの途中だったのに……恥ずかしいなり…」
目元を擦りながら津川さんが弱々しく言った。確かにアイシャドウが左目だけ薄く、メイクの途中なのだと分かる。しかし身だしなみを整えている最中の姿であっても昨日見た姿とほとんど変わらない人形のような可愛らしさを保っており、恐らくメイクがなくても彼女の美貌はほとんど変わりがないことが分かる。
「とりあえずコイツ置いとくね」
亞桐さんは釜利谷君をテーブル席の一つに座らせた。連れてこられたということは亞桐さんが部屋に呼びに来た時は起きて扉を開けたのだろうが…その後に二度寝したのか。昨日の安藤さんを思い出させる図太さだ。やはり彼の頭の中がどうなっているのか気になってしょうがない。
「小清水と御堂がいないみたいだけどあいつらは大丈夫なのか?」
「ああ、2人とも道中で会ったんだけど、秋音ちゃんは貴様らと馴れ合うつもりはないとかで来そうになかったし、彌生ちゃんはナメクジを追いかけてて聞こえてなかった」
前木君の問いに亞桐さんが答える。なんと言うか、想像通りの光景だな。まだ知り合ってほとんど時間も経っていないのに、既に2人がどんな日常を過ごしているかなんとなく分かってしまう。
「小清水はともかくとしてよう…御堂はちょっと問題じゃねぇか…? こんな状況で敵意剥き出しにされちゃたまんねぇや」
「どうしようもない連中だな。下らん妄想に囚われおって」
「!?」
土門君の声に応えるように御堂さんの声が響いたものだから俺は驚いた。食堂の入り口に腕を組んで立っている御堂さんは、その場にいるメンバーをジロリと見回してため息を一度ついた。
「死んでいないことをこうして証明しに来てやったのに歓迎の言葉の一つも出ないのか?」
「出るワケねーだろ、言い方考えろや」
と、今度は机に突っ伏したままで釜利谷君がそう呼びかけた。
「釜利谷君いつの間に起きてたの!?」
「蚊帳の外になりたいわけではないらしいな」
突如、食堂の隅の方で終始無言だったリュウ君が言葉を発した。読んでいた本を閉じ、御堂さんの顔をじっと見つめている。御堂さんは再度大きくため息をついた。
「自由に捉えてもらって構わんが、私は自分の物差しから脱却できないお子様が幼稚な勘違いをするからわざわざ訂正しに来てやっただけだ。つまるところ、貴様らと関わる気はないが、害を与える意志も暇もない。
「なるほど! つまり御堂さんが私達に抱く感情はマイナスじゃなくてプラマイゼロってことを言いたかったわけですね!」
「この量の罵倒をしておいてプラマイゼロは無理があるだろ」
山村さんの解釈に前木君が至極まっとうな返事をする。確かに、これだけ刺のある言葉の数々を発しておきながら「害を与える意志はない」と言われても…という感じはする。元々こういうコミュニケーションをする人なのかもしれないが。
「大体言いたいことは理解できた。だがそんなことをわざわざ伝える理由はなんだ? 関わりたくないのであれば一人で勝手にそうすればよかろう」
リュウ君が冷徹な眼差しを御堂さんに向けたままそう告げた。
「ちょっとリュウ君! こういうことをわざわざ言う人は構ってほしい人なんですよ! 察してあげなきゃ可哀想ですよ!」
「山村は一回黙ろうか」
「五月蠅い手合いもいたものだな。私は私のスタンスを伝えると同時に害意がないことの証明としてせめてものアドバイスを与えに来たのだ」
御堂さんは苛立たしげに舌打ちをしながらそう言った。罵倒しながらも自らの狙いを丁寧に教えてくれるのは、敵意がないことを不器用ながら証明しようとしてくれているからなのだろうか。不器用が過ぎる気もするが。
「打算で今更そんなことを言うとも思えんな。一応話を聞いておくとしようか」
リュウ君は相変わらず表情一つ変えずに言葉を告げる。冷静さの奥に底知れぬ怖さを感じる。
「賢いものなら誰でも理解できる話だ。即ち、自分達の物差しで相手を測るなと言っているのだ。ただでさえ思春期の子供というものは妄想一つでいくらでも自己の世界を肥大化する生き物だ。ましてや我々は皆"超高校級"、常軌を逸した感性の一つや二つ珍しくはなかろう。少なくとも貴様らも、リュウや私を見てそう感じたはずだ」
御堂さんはリュウ君以外の全員を見回しながらそう言った。自分の性格が常軌を逸している自覚はあるんだな、と呑気に考えている場合ではない。彼女の言うことが何を意味しているのか俄かには分からないが、その真剣な表情からは、冗談や気晴らしでこんなことを言っているわけではないことだけは確かに伝わってくる。
「このコロシアイという異常な状況でそういった感性、価値観の差異がどのような事故を生み出すか頭を働かせて考えてみろ。そうした事故のリスクを最小限化するために、私は貴様らと積極的に関わらないと宣言しただけの話だ」
彼女が語ったのは、側から見れば奇怪としか思えない自分自身の態度を説明したものだった。理解し難い感性の違いが取り返しのつかない結果を招くと…。コロシアイに絡めて言ったということは、その違いが殺人に発展していると真剣に思っているのだろうか。
「つまり君は、あのヌイグルミ…モノクマの甘言に乗って殺人を起こし得る人物がこの中にいると言いたいのかな?」
夢郷君が不敵に笑みを浮かべながら問いかけた。彼も彼でなかなか腹の底が見えない感じがする。殺人…なんてする人はいないと信じたいが。
「当然だ。あのヌイグルミはそれをさせたくて私達を集めたのだろう? ならばどんな手段を用いても我々の心情を翻弄し、殺人に駆り立てようとするだろう。私は初めから貴様らのような未熟な子供が語る浅はかな団結など微塵も信用していない。己の心の真髄すらも信用していない。だからこそ、物理的に殺人が起き得ぬよう、誰とも関わらず、近付かないのが最適解なのだ。ここまで嚙み砕けば流石に理解もできるだろう?」
「…確かに貴方の言うことも一理あるかもしれませんが、協力なくしてわたくし達の一番の目的である”この謎の場所から脱出すること”は果たされないのではないでしょうか…?」
入間君が反論するが、御堂さんはフン、と呆れたように鼻を鳴らすだけだった。
「貴様らの小賢しい知恵を振り絞って出し抜けるような敵とは到底思えんがな。例えば昨日見た落雷。あれはどういう原理でどのようにして落としたのだ? どうすれば対処できる?」
「……それは……」
「我々の知性など所詮はそんなものだ。こんな大掛かりな施設まで用意して狂ったゲームを仕掛ける黒幕など、我々の知性で推し量れる相手ではない。だからこそ、
彼女はそう言いながらぐるりと俺達を見回した。彼女が言う”今を凌いで機を待つ”とはいったい何を意味しているのだろうか?
「本当にそうなのかしら? 共同生活をしている以上、誰ともずっと関わらないなんて不可能に近いわ。そんな状況でお互いに不信感を募らせることが本当に最善手なの?」
そんな御堂さんに、伊丹さんが反論の声を上げた。伊丹さんは大きな瞳でじっと御堂さんを見つめた。超高校級ゆえか、底知れぬ迫力がある。
「また出過ぎた勘違いをしたな。私は私のスタンスを伝えに来ただけだ。貴様らにああしろこうしろなどと指示するつもりは毛頭ない。仲良くしたいのなら仲良くすればいいだろう。私抜きでな」
「そんなこと言って、後で仲良くしたいって思っても遅いかんね!」
亞桐さんが怪訝そうに言い放つが、御堂さんは肩をすくめてくるりと俺達に背を向けた。
「言いたいことは言った。後は好きにするといいさ。…せいぜい長生きすることだな」
「ちょっと、御堂さんったら」
山村さんの呼びかけも空しく、御堂さんはチラリとリュウ君の方を見た後、食堂を後にした。呼び止めようとはするけど、食堂を出てまで追いかけようとはしない微妙な距離感。追いかけて話しかけようとしたところで何を言われるか容易に想像がつくからだ。嫌な静寂だけが食堂に残された。
「縁起でもねえこと言うけどよ、ああいうタイプが一番最初に死ぬんだよな」
「本当に縁起でもねえな!!!」
「サンペーの言うとおりだぞよ! 吾輩もああいうキャラは真っ先に殺すぞよ!」
「お前も縁起でもないこと言うな!!!!」
釜利谷君が口火を切ったかと思うと、安藤さんがそれに乗っかって不謹慎な会話を繰り出す。前木君が青ざめた顔で突っ込んでいるが、他の人たちは怪訝そうな顔で二人を見つめている。雰囲気を和らげようとしたのかもしれないが、むしろ気まずさが増したような感じだ。
「でも普通に考えてさ、俺たちレベルの有名人が集団で行方不明ってなったらマスコミとか警察とか大騒ぎ…だよな?」
そんな空気を見かねてか、前木君が続けざまにそう言った。
「わかんねぇぞ……ひょっとしたらこの狂った計画自体が国家レベルのデカい組織によって操られてるかも」
「いや土門マジで言ってんのかよ。三ちゃんとか安藤に思考毒されてるって」
「あれこれ考えていても仕方ないわ。とにかく今は身の回りの安全を確保して変な気を起こさないこと。コロシアイなんて真に受ける人が絶対現れないように互いをケアしていくのが最優先じゃないかしら」
「それについて一つ思うことがあって……そもそも、こんなルールでコロシアイなんて起きるなりか?」
そう言って津川さんは俺達に電子生徒手帳にインストールされているアプリの一つである「希望ヶ峰学園特別分校規則」の起動と閲覧を促した。起動すると、この場所におけるルールと思しき文言が箇条書きで記載されていた。
そこには、殺人を起こした後の流れも大まかに記載していた。即ち、殺人事件が発生した後に生徒全員が集められ、一定の捜査時間の後に”学級裁判”が行われる。裁判で殺人事件を起こした
「殺人を起こしたうえでその後の調査と学級裁判……悪趣味だな」
「脱出を条件に仲間を殺させたうえで、その罪を我々同士で裁きあうなんて…まさに仲間割れの二重奏ですね!!」
山村さんは上手いことを言ったつもりなのか、満面のどや顔を浮かべていた。それにしてもこのルール、読めば読むほどつくづく寒気が走る。この狂ったコロシアイ生活を仕組んだ人物はどう考えても正気ではない。だが、あの時落ちた落雷を鑑みると本気で俺達にその”仲間割れ”をやらせようとしているのも間違いないだろう。
「これ…”オシオキ”ってなんなんだろうな」
前木君が口を尖らせた。ルールには裁判で正しいクロを指名できればクロのみが”オシオキ”、指名できなければクロ以外の全員がオシオキと書いてある。
「一人の犠牲の上に行う裁判なのだから生易しいイベントではないだろうね。裁判に負けた時に何が起こるのか……皆まで言わずとも想像がつくんじゃないかな?」
夢郷君がさらりと発した言葉によって、その場の全員に衝撃と緊張が走った。脳裏をよぎったのは、”あの人”を襲った落雷。人を一瞬で炭の柱に変えてしまった、恐るべき力。
「そんな……じゃあ裁判が起きた時点でクロかそれ以外のどっちかは死ぬということですか?」
「そうなるね。まあこれは僕の推測に過ぎない。後でモノクマに聞いてみようか」
「そんなこと聞きたくねぇけど……聞かねぇわけにもいかねぇよな…」
土門君がため息交じりに呟いた。彼でなくても、この場にいる全員が同じように気の重さを感じていることだろう。
「やっぱりそう考えるとこのルール…どう考えても殺人を起こした人に不利なりよ」
不穏な空気の中、津川さんがぽつりと告げた。
「ひとたび殺人を起こせばその他の全員が血眼になって犯人を捜す…。全員命が掛かっているから。クロ一人とその他全員の戦いとなると当然クロが不利なのは言うまでもないわ。ましてや、それが命がけの勝負というならなおさらそんな危ない賭けはしたくないはずよ、普通の神経ならね」
と、伊丹さんが続ける。
「でも、捜査されないために自分以外のメンバーを全員ぶっ殺してしまえば問題ないのではないでしょうか!!」
「山村はどうしてそういう危険な発想をサラッと言えるんだ?」
「バーカ、ルールちゃんと読めよ。クロが殺せる人数は最大二人って書いてんだろ」
釜利谷君が指さした通り、ルールにはクロが一度に殺害できる人数が示されていた。この人数を超えれば即座にあの落雷のような制裁がある…と考えればそんなことを行えるクロはいないはずだ。
「まあ、フツーに考えたらこんなルールで殺人が起きるとは思えねぇけどよ……それこそ御堂がさっき言ったようにモノクマが想像もつかねぇ手でオレっち達の心を揺さぶるかもしれねーぞ」
土門君が不安そうに呟くと、呼応するようにリュウ君が立ち上がった。何人かは警戒して一斉に彼の方を向いた。
「警戒を怠らないのは必要な心構えだ。だが、状況を悲観視することはない。相手が何であれ、ヌイグルミの向こうにいるのは人間だ。人間である以上、必ず弱点がある」
そう言いながら本を閉じ、空のコーヒーカップを厨房の流し台に置くと悠然と食堂を後にする。
「…まだ、俺のことを信用しきれない者もいるだろう。しばらくは静かに過ごすさ。何かあれば遠慮なく呼んでくれ。力にはなる」
そんな言葉を残して。
いつの間にか時刻は10時を過ぎようとしていた。微妙な空気のまま終わった朝食会の後、それぞれ施設内の探索や生徒手帳の機能確認などを手分けして行うことになった。できる限り三人以上のチームで。三人いれば、一人が変な気を起こしても二人で止められる、最悪止められなくても助けは呼べるという一応の根拠に基づいていた。そして俺は丹沢君、伊丹さんとチームを組んで探索することとなる。丹沢君はともかく、伊丹さんは冷静沈着で怒らせると怖そうな人だ。変なことを言わないようにと緊張が走る。
「じゃ、よろしく」
厨房で皿を洗い終わった後、キュ、とゴム手袋をはめながら伊丹さんは挨拶してきた。
「あ、うん、よろしく…。結構ちゃんとした装備なんだね」
「備品倉庫にあったから。本当はマスクもしたかったんだけど、そっちは見つからなかった。いずれにせよ何があるか分からない以上、装備はきちんとしておくに越したことはないわ。あなた達の分もあるけど、使う?」
「あ、いや、俺は別にいいかな…」
俺は苦笑い交じりで遠慮した。確かに何があるか分からないとはいえ、流石に警戒しすぎじゃなかろうか。もしかしたら伊丹さん、言い方は悪いが潔癖の気があるのかもしれないな。ゴム手袋なんてつけたら手が蒸れて気持ち悪いだろう。
「………」
「丹沢君、大丈夫?」
伊丹さんの問いかけにも答えないうわの空の丹沢君に俺が声をかけると、やっと彼は「あ?ああ…」と返事をした。思えば彼は今朝の朝食会の間にも一度も言葉を発していなかった。何かに怯えているというか、心の底に重大な不安ごとを抱えているような様子だ。不安はみんな同じだろうが、彼にはそれ以上の何かがあるのだろうか?
「丹沢君。何か気になることがあるのなら遠慮なく言って頂戴。こんな状況ですもの、隠し事は互いの不信を招く可能性もあるわ。話せば気も楽になるというものよ」
同じ疑問を抱いたのか、伊丹さんがそう問いかけた。丹沢君は数秒間視線を横にずらした後、閉ざされていた口を開いた。
「実は……昨日…体育館から個室に戻る際のことなのでござりまするが……。落雷に打たれた……吹屋殿、でございましたか」
「葛西殿たちが体育館を去った後……拙者は確かに見たのでござりまする。彼女の亡骸が…動くさまを!!」
「………?」
一瞬、彼が何を言っていたのか分からなかった。吹屋産の亡骸が動いた? 彼女は落雷に打たれて全身が焼け焦げ、ついでにリュウ君によって腕を捥がれた。その生死など今更問う意味もない。
「ほんのわずかですが……確かに動いたのです! 腕がピクリと……。しかしそれ以降は何もなく…。拙者の見間違いと思いたいのですがどうにも動いた瞬間の光景が目に焼き付いて…。恐ろしくて恐ろしくて」
「……それで、その死体はそこに置いてきたの?」
伊丹さんが顎に手を当てて考え込みながら尋ねた。彼女も丹沢君が語った奇怪な事象には少なからず興味があるようだ。
「はい……間もなく夜時間を知らせるアナウンスが鳴りまして、体育館の掃除をしていたモノパンダ氏に追い出されるような形で個室に帰されたのです。吹屋殿を置いたまま……」
「その動く様子を見た人は他にいなかったの?」
「いえ……その場には安藤殿が同席されていたのですが、寝ていて見ていなかったと仰っておりまして……」
つまり、彼の証言を立証できる人間は現時点ではいないということだ。そうなるとその証言の信憑性は疑わざるを得ない。彼には申し訳ないが、精神的に追い詰められてそういうオカルトチックな事象が発生していると頭で思い込んでしまうのはよくあることなのかもしれない。
「う~ん……悪いけど俄かにはそんな話信じられないな…」
「いえ、彼の言うことが嘘とも断定できないわ」
俺が意見を言った直後に真逆のことを伊丹さんが言うので驚いた。理詰めでモノを考えそうな伊丹さんがそんなオカルトじみた話を鵜呑みにするなんて意外だ。
「え、なんで…? だって彼女は落雷に打たれて、腕も取られて…。どう考えても生きてるわけないと思うんだけど…」
「彼女が普通の人間ならそうでしょうね。でも、リュウ君が証明した通り彼女はアンドロイド。だとしたら、人間が死ぬような損傷を受けてもまだ死んでいない…言い換えると、機能停止していない可能性も十分に考えられるはずよ」
伊丹さんはすらすらと己の考えを述べる。彼女の鋭い視線に射抜かれるとそれだけで罪悪感というか、自分が間違っているような気持ちになってくる。
「では……吹屋殿があの状況でまだ生きていたと? では体育館に置き去りにされた後、吹屋殿はどうなったのでしょうか……」
「さあ、そこまでは分からないわ。あのヌイグルミに聞いて教えてくれるとも思えないし…。いずれにしろ、彼女は私達とは一線を画す特別な存在であることは間違いないわ。丹沢君の証言が本当なら、彼女は普通の人間と生死の条件が異なるのだから。特別扱いだからこそ、
独り言なのかこちらに向けて話しているのか分からない考察を彼女はブツブツと述べる。この空間にいるメンバーは御堂さんと言い、リュウ君と言い、釜利谷君と言い、頭の回転が速い人達ばかりでその思考についていけない。
「ともかく、これで私達のチームが最初に行くべき場所が決まったわね。体育館に行きましょう」
そんな伊丹さんの先導で俺達は体育館に赴くこととなった。しかし、昨日はあまり意識していなかったけど校舎などがある建屋の”下”に体育館があるとは何とも不思議な構造の建物だ。本当にここは学園と呼べるような場所なのだろうか?
昨日の恐怖を思い出して足をすくませる丹沢君の背中をポンと叩いて、俺たちは体育館へと足を踏み入れた。
「…………」
静かだ。昨日と全く同じ体育館の光景が広がっている。ゴミ一つ落ちていない広くて清潔な、しかし窓の一切ない閉鎖的で息が詰まりそうな体育館の光景。そして、そこに吹屋さんの遺体はなかった。床の焦げ跡すら残さず、まるで最初から彼女が存在していなかったかのようにまっさらな空間がそこにはあった。
「いない……」
「片付けられた……? 一晩で…?」
「そのようね。一応ステージ裏も見てみましょう」
伊丹さんと手分けして正面の台やそこから繋がっているステージ裏なんかも調べてみたが、一般的な学校に置いてあるような用具が綺麗に整頓されて置いてあっただけで特に不審なものは置いていなかった。
「何もない……ね。じゃあ、彼女はどこに…?」
「なんだかますます不気味な状況になっておりますぞ…」
「現時点では何とも言えないけど……。この状況も一つの情報にはなるはず。リュウ君とか夢郷君辺りに報告すれば何かアドバイスをくれるかもしれないわ」
結局、体育館の調査は収穫無しという結果で終わった。
「その……伊丹殿はリュウ殿のことを信用しているのでしょうか? 葛西殿も…」
体育館から1階に戻るエレベーターへの道すがら、丹沢君が俺達に問いかけてきた。
「その口ぶりだとあなたは信用していないようね。私は”とりあえず”味方と思っておくことにしているわ。言動の内容はともかく、嘘はついていないみたいだし」
「分かるの?」
「完璧じゃないけどね。私は嘘が嫌いだから、大体仕草や視線で嘘をついているかどうかは読み取れるようにしているの。だから、私に嘘はつかないでね」
彼女の言葉には少し圧があった。過去に嘘で嫌な思いとかしたことがあるんだろうか。ただでさえ怒らせたら怖そうな伊丹さんにおいそれと嘘はつけないな。
「先ほどの話に戻りますが……拙者はやはりまだ彼を信用できない…というかちょっと価値観的なところで拒否感があるのかもしれませぬ。機械と分かっていたとはいえ、躊躇いなく腕を捥ぐなど…。もちろん緊急事態ではありましたが、もっと他にやりようがあったように思えてならぬのです」
彼のまなざしはいつしか怯えから真剣なものに置き換わっていた。造形家として数々のフィギュアや模型を製作してきた彼にとって、人の姿をした造形を壊すのは、人間を壊すことと同義に感じてしまう感覚があるのかもしれない。だからこそそれを躊躇いなく壊せてしまったリュウ君の言動に拒否感を覚えたのだろう。命が掛かった事態でもそういう感覚を保てるのは、彼が才能に対して文字通り命がけで向き合っている証左とも言えるだろう。
「丹沢君の価値観を否定するつもりは全くないんだけど、奇しくもさっき御堂さんが言ったことが現実になった形だね。価値観の違いが亀裂を生むって…」
御堂さんはこれを予言していたのだろうか。所詮は高校生、絶対に価値観の違いは生ずる。モノクマはそれに付け込んでコロシアイをさせるよう仕向けてくると。
「そうかしら? だから誰とも関わらないのが正解なんて私は一ミリも思わないけど」
丹沢君が言葉を発する前に伊丹さんが声を上げた。心なしか少し苛立ちが籠っているように思える。御堂さんの宣言にも真っ先に反論していたのは伊丹さんだった。
「それに関しては俺もそう思うよ。価値観なんてみんな違って当然だし、それを全部理解して受け入れるなんて難しいと思うし。でも、別に完全に理解しなくても協力することはできるとは思う」
「その……拙者のワガママで迷惑をかけてしまい申し訳ございませぬ…」
真面目な顔をしていた丹沢君が再びしおれた顔になってしまったので、俺は慌ててフォローした。
「あ。いや、丹沢君が悪く思うような話じゃないよ。自分の価値観に自信持ちなって。むしろこうして違いを一つ一つ洗い出して理解していけば、変な事故に至ることも防げると思うし」
「同感ね。少なくともリュウ君なら話せばそのあたりの違いは理解してくれると思う。私にはそう感じた」
二人にフォローされ、丹沢君はため息をついて「そうですな。ご心配をおかけしました」と顔を上げた。変に引きずらないでいてくれるといいんだけど。言葉を慎重に選んだつもりだが、傍から見ると下手くそな言葉選びになっていたかもしれない。どうも俺はコミュニケーションが下手なんだよな。
「出たぁーーーーーーーっっっ!!!!!」
やっと一階の調査を始めようという時に、何の脈絡もなく大声が差し込まれた。思わずびくりと体が反応し、すくみ上がってしまった。
「何、何!?」
「ただごとじゃなさそうね」
伊丹さんも流石に驚いた様子で廊下の角へ駆けてゆく。俺と丹沢君は慌ててその後を追った。
まず目に入ったのは、腰を抜かして廊下に尻もちをつく入間君と、そんな入間君の両肩を掴んで身を隠している山村さんだった。彼らに話を聞くよりも先に、彼らの視線が向いている先に目が行ってしまった。
「………!!!」
あまりの衝撃に声が出なかった。目の前に広がっている光景は、昨日見たそれをもさらに上回っていたからだ。
「もう! 人をオバケみたいに! 失礼でありんしょ!」
忘れもしない声。忘れもしない和服姿。昨日、確かに落雷に打たれたはずの吹屋喜咲さんが、昨日出会った直後の綺麗な姿のままで目の前にいたのだから。
「あら、ユキマル! お久しぶりでありんすね」
吹屋さんは俺を見つけると、嬉しそうに駆け寄ってきた。そして、ただただ戸惑う俺の頬を親指でなぞって、にっこりと笑った。
「
リメイク一章始まりました。ここから本当に長い。長い。
終われるか分からないけど、頑張ります。
”超高校級の薬剤師”
女子生徒/158cm/50kg
【好きなもの】ポエム、実験、剣道
【苦手なもの】うるさい人、嘘、偏見
【人称】「私」「あなた」「苗字+君」「名前呼び捨て」
黒髪ショートヘアで黒のコートを羽織った少女。15歳にして海外大学から特別入学許可を受けるほどの薬学の天才。その頭脳は幼少期から発揮されており、単なる小学校の自由研究で「家庭で作れる対リウマチ薬」を編み出し、一瞬にして学会に注目される存在となった。その後、中学生にして世界的に流行した新型ウイルスへの特効薬の開発に参画、見事に成功を収めたという。常に物静かで冷静に振舞い、無駄や偏見を排除した合理的な思考を好む。特に科学者として真実を求める体質からか、嘘を極度に嫌う。その美貌から歳の離れた姉と共に隠れファンが多く、ファンクラブが存在しているが彼女自身は認知していない。所謂中二病な部分があり、黒ずくめの格好もクールな言動もキャラとして好んで演じている節がある。
”超高校級の噺家”
女子生徒/166cm/??kg
【好きなもの】おしゃべり、マッチョな人、和食
【苦手なもの】ビリビリするもの、暗い雰囲気
【人称】「あちき」「あだ名」
茶髪を