楽しいトロピカる部との掛け合いと、コミカルな逃亡劇、洋樹とローラの徐々に進展する恋模様…お楽しみください。
あおぞら中学校の校門の近くに、所在無げにポケットに手を突っ込んで立っている若者の姿がある。ロゴの入った緩めの白いTシャツに、薄い色合いの膝上の丈のカーキのショートパンツ、柄の入ったカラフルなスニーカーを履いている。
春波洋樹だ。
先日電柱にぶつけたおでこの傷はまだ残ってはいるものの、だいぶ自然治癒が進んだらしい。
あおぞら中学校の生徒達は放課後の部活を終えて、夏休みの予定を語ったりしながら賑やかに家路についている。
「何をやってるんだ、俺は……」
洋樹は自らの現在の状況に恥ずかしくなって独りごちた。
数日前に洋樹のアルバイト先であるあおぞら水族館の屋外のプールで人魚のローラと出会った。それから彼はバイト後に毎日のようにプールに足を運んでいたが、あれきりローラには会えず、アルバイトのない今日も居ても立っても居られずここまで来てしまった。
ローラは普段は人間に変身し、このあおぞら中学校に留学生として通っているようだった。水族館の寮に住んでいることは知っているとはいえ、一度会ったきりで家にまで押しかけるのはさすがに忍ばれる。
とはいえ、校門の前で待つ、というのもかなりの忍耐力が必要とされた。特段自分のことを気にする者はいないとはいえ、長時間こんなところに突っ立っていれば明らかに怪しい。
「あいつ、もう帰ったかな……」
そもそも部活動に所属していなければ、とっくに家に帰っている時間だ。一年中温暖なあおぞら市はすでに夏へと衣替えを済ませ、空は明るい。西の空に向かう太陽に焼かれないように、柱の影に隠れて洋樹はローラを待った。
三十分ほど経ってさすがに諦めかけていたその時、連れ立って歩く賑やかな五人の女子生徒達の中に、洋樹は水色の制服を着て歩くローラを見つけた。
途端に心はときめいたが、次の瞬間には焦りにとって変わった。こんなところで待ち伏せしておきながら偶然を装うわけにもいかず、なんと声をかければいいものか。しかし、洋樹は意を決してそのグループに歩み寄った。
「よ、よぉ」
我ながらわざとらしい声の掛け方であったが、ローラの前に歩み寄った洋樹は、なんとか声を振り絞った。
ローラは驚いて彼の顔を見上げる。
「あなた、この前の……、洋樹」
「あれーっ!?春波君じゃん!なになに?ローラになんか用?あれ?てゆうか知り合い?」
まなつは首を傾げながら洋樹とローラの顔を交互に眺めた。
「この前、水族館のプールで、ちょっとね」
ローラがまなつに簡潔に説明すると、飛鳥は血相を変えてローラに詰め寄る。
「おい!てことは人魚の姿を見られたのかっ?見つからないように気をつけろってあれだけ言ったのに!悪いこと企む奴だっていっぱいいるんだぞ!」
「うっ、飛鳥……!私だって、正体を名乗る人くらい選ぶわよ」
苦し紛れに言い訳をするローラに、洋樹は口を挟んだ。
「そうか?二言目には人魚って名乗ってた気がするけど」
「ちょっと余計なこと言わないでよ!」
ザッ……!飛鳥は一歩前に踏み出すとローラを手で制しながら洋樹を睨んだ。
「まなつ、コイツのこと知ってんのか?」
「うん、お母さんの水族館でアルバイトしてる春波君だよ。確か高校二年生だったと思うけど」
「ふーん……」
飛鳥は鋭い視線で再び洋樹を一瞥する。
飛鳥に睨まれた洋樹は、頭を掻きながらヘラヘラと努めて明るくこう言った。
「いや、ほんと怪しい者じゃないんだって。こいつと、ちょっと話したかっただけっていうか……。で、ちょっとお借りしても、いいかな?」
すると、「えー!なになになになに!?」とまなつはローラの肩を掴んで洋樹の方に前のめり、さんごは「はゎゎゎゎ」と今後の展開に目をきらめかせている。みのりは「ほぅほぅほぅほぅ」とお気に入りの推理小説の主人公、ピカリン探偵の星形メガネを取り出し、飛鳥は「なかなかいい度胸してんじゃないか」とさらに洋樹に詰め寄って睨みを効かせる。
当のローラはまなつに突然肩から重心をかけられ、重圧に耐えられずバッターン!と大きな音を立ててズッコケタ。
「い、いったぁーい!ちょっとまなつ、何すんのよ!」
「ご、ごめんローラァ〜」とまなつは申し訳なさそうにローラを助け起こす。
飛鳥はさらに洋樹を威嚇する。
「で?何の用だよ。用があるなら今ここで言ってもらおうか」
「い、いや、用っていうか、なんていうか……。あ、あの〜、とりあえずこいつ、ちょっとお借りしますっ!」
洋樹は飛鳥の横をすり抜け、ローラの手を引っ張って一目散に逃げ出した。
「え!ちょ、ちょっと何!?」
ローラは突然のことに頓狂な声をあげながらなす術もなく連れ去られ、洋樹とローラの背中はあっという間に遠ざかっていく。
まなつが呆気に取られつつ「ぅほうっ!ローラがさらわれたぁ〜!」と目を丸くして叫ぶと、「こ、恋の予感……!」さんごは興奮して目を輝かせる。みのりは「ほうほうほうほう!」とピカリン探偵の星形めがねをくいくいと上下させている。
「追うぞ!」「オォー!」
飛鳥の掛け声を受けて、トロピカる部は二人を追って走り出した。
そしてもう一人、その後を追う人影が…風紀委員長の角田だ。先ほどの洋樹とトロピカる部のいざこざを、素早く察知して駆けつけたらしい。
「トロピカる部!風紀の乱れは許しませんよ!」
洋樹とローラはあおぞら中学校から海辺まで、息も付かずに全力でかけてきた。距離にしたら3キロメートルぐらいはあるはずだ。夏の強い西日を反射して、波はキラキラと四方八方に光を放っている。
ローラは洋樹から手を振りほどくと、息を切らして膝に手を当てた。
「はぁ、はぁ、ゼェ、ゼェ、ちょっと、何キロ、全力疾走、させる気……!はぁー、いくら私が、運動神経、抜群でも、走るのはまだ、慣れて、ないんだからね……!」
息を切らして途切れ途切れにそう言った。
「はぁ、はぁ、あ〜悪い。はぁ〜、いや、あれから何度か水族館のプールに行ったんだけどさ、なかなか会えないし、あお中の制服着てたから、行けば会えるかなって思って……」
「え?」ローラは顔をしかめ、訝しげに洋樹を見つめた。ローラの首筋に滴り落ちる汗が、西陽で光る。
「えっとその、ほら、人魚の国のことも色々知りたいし、海のことも、まだ話したいこといっぱいあったし、それで……」
「ふぅーん……」
ローラに顔を覗き込まれ、洋樹は顔が熱くなるのを意識せざるを得なかった。
「その傷、どうしたの?」
「あぁ、ぶつけただけ……」
まさか前回、ローラのことを思い出していたらスケボーで電柱にぶつかったとは言えない。
その時、二人の背後から飛鳥の声が響いてきた。
「あ!いたぞ、あそこ!待てコラ〜!」
「い!あいつらこんなとこまで追ってきやがった!」
驚いた洋樹が声のする方に目を向けると、先ほどのローラの仲間達、と、もう一人誰かがこちらにかけてくる。
「ふ、風紀委員長まで!なんでっ!?」
仰天しているローラの手をとって逃げようとする洋樹に、ローラは怒鳴った。
「もう走れないわよっ!」
「あそっか。ちょっとごめん」
「へ?ちょ、ちょっと!」
「うおりゃー!」
洋樹はローラをおぶって全速力で逃げ出した。
「うへー!また逃げられたぁ」さすがのまなつも息を切らしている。
その後ろでさんごは目を回して息も絶え絶えだ。「も、もう、走れ、ない、よぉ」
みのりに至っては、その横で砂浜に突っ伏して倒れている。
「うむ、左に、同じく。ゼー、ゼー」
「ふーむ。おぶってここからまたあの速さで逃げるとは、なかなかの体力だな」と飛鳥が感心していると、その後ろから何やら執念深いオーラが漂ってきた。
「ローラさん、風紀の乱れは、許しませんよ……!」
えっ!?後を追ってきた風紀委員長の存在にようやく気づき、ギョッとするトロピカる部一同であった。
一方、洋樹はローラをおぶってあおぞら市街に逃げ込み、中心街に位置する、吹き抜けの開放的なショッピングモールまでやってきた。
「はぁ、はぁ、あいつら、ようやく撒いた」
「ねぇ、もうそろそろ下ろしてくれない?ちょっと恥ずかしいんだけど」
「あ!」突然ローラをおぶっていた事実に気づき、洋樹は赤面してパッと手を離した。二人は近くにあったベンチに腰掛け、洋樹はぐたっとベンチの背にもたれた。ローラは手足を組んでプンプンと怒っている。
「はぁー、大変な目にあった」
「それはこっちのセリフでしょ!全く、何で逃げたりしなきゃなんないのよ」
「いや、だってあいつらの圧がすごくて、普通に会話できなそうだったから、ああするしか……」
洋樹がそこまで言うと、グゥ〜ッ!突然ローラのお腹の虫が大きな音を立てた。
「あ〜、腹減った?俺、とりあえずなんか食べるもの買ってくるよ。ちょっと待ってて」
「じゃあ、トロピカルマンゴーアイスとチョコベリーミックスのダブル、チョコチップクッキーとマシュマロトッピングでお願い」
「げぇ、コンビニのアイスとかじゃダメ?」
それを聞くとローラはつんと澄まして、洋樹の言葉を一蹴する。
「無理やり連れ出したんだから、それくらい責任取りなさいよね」
「はいっ……」
しばらくすると、洋樹はローラが注文したアイスと、飲み物を持って帰ってきた。
「ほれっ、ご所望のトッピング増し増しアイス。と飲み物、お茶でよかった?」
「あ、ありがとう。なかなか気が効くのね」
「まぁ、あれだけ走れば。俺も喉乾いたし」
洋樹はベンチにどっと勢いよく腰掛けると、自分用に買ってきた1リットルパックの麦茶をガブガブと飲んだ。
「はぁーっ!生き返る!」
「すごいっ」渡されたアイスを見てローラは目を丸くして洋樹を見る。
「ちゃんと私が言ったの全部入ってる。よく一回で覚えられたわね」
「俺もここのアイス屋好きでよく行くから、メニューは全部把握してるんだよ。てゆうか、やっぱり覚えられないこと前提で頼んでたのかよ」
「間違ってても大目に見てあげようと思ってたんだから、心が広いでしょ?」
「うわー、性悪〜っ」
「あら?何事もユーモアは必要じゃない?今度はもっとトッピング増やしても大丈夫そうね」
そう言ってローラは悪戯っぽく笑う。
「はぁ〜?なんだよそれ!」
やはりローラとの会話は楽しい。
自分が買ってきたアイスを美味しそうに頬張るローラを見て、洋樹は今までに感じたことのない、胸の奥がくすぐられているような幸福感を覚えた。
「……さっきは、無理矢理連れ出して悪かったな」
「ん?まぁでも、なかなかエキサイティングで楽しかったわよ。映画みたいで」
「はは!とんだコメディ映画だけど!それにしても面白そうな仲間だったな。あいつらもプリキュアなのか?」
「まぁね。一人違う人もいたけど」
そう言うとローラは、「高校二年生」と言っていたまなつの言葉を思い出し、洋樹に尋ねる。
「そういえば、洋樹は制服とか着てないけど、学校行ってないの?高校生なんでしょ?」
「ん?俺は、中学まで親父の都合でアメリカにいて、高校入学でこっち帰ってきたんだけど、学校に全然馴染めなくてさ。今は水族館でバイトしながら、通信制で勉強してる」
「ふーん、通信制って、通わなくてもいいところってこと?」
「うん。もともと苦手なんだよね。団体生活は。決まり事が多いっていうか」
「ふぅーん。まぁ、分からないではないけど」
「時間も自由に使いたいし。人間関係も、気を使わないで、気の置けない人といたいっていうか。そうじゃなかったら、一人の方がよっぽどいいし」
そこまで言って、洋樹はふとこの前ローラに初めて会った時のことを思い出した。
「それで、俺もびっくりしたよ。初対面で夢なんて語っちゃったの、お前くらいだし」
「海のような深くて寛大な私の心が、あなたの凍りついたハートも溶かしたってことね」
ローラが特段気にする風もなくさらりと言ってのけると、その様子を見て洋樹は腹を抱えて笑い出す。
「クククッ!はははっ!ほんと面白い奴!」
「なにが可笑しいのよ!」
「いや、だって、ことごとく儚く美しい人魚のイメージをぶち壊してくるんだもん。可笑しくてさ」
「美しいは当てはまってるじゃない!まぁ、人間のイメージなんてあてにならないわ。人魚姫なんて、人間のために声を奪われ、泡になって消えるって、ほんと冗談じゃないわよ」
洋樹は人魚姫とローラを頭の中で重ね合わせ、「ほんとだな、お前は泡になって消えそうもないや」と苦笑した。
すると、ローラはふと何かに気づいたようで、洋樹に向かって眉を吊り上げる。
「ねぇ!ところでさっきからお前お前って、仮にも未来の女王に向かって失礼ね。ローラってこの前言ったでしょ?ちゃんと名前で呼びなさいよ!」
確かにその通りだった。ローラに痛いところを突かれ、洋樹は慌てて詫びを入れる。
「あ、わ、悪い!え、えええっとぉ〜、ロ、ローラ……」
名前を呼ぼうとすると気恥ずかしくなって、洋樹が頬をぽりぽりと掻きながら顔を赤らめると、ローラはそんな洋樹を見て笑い出した。
「ぷっ、あっははは!」
「な、何だよ、自分が名前で呼べって言ったんだろ」
「名前を呼ぶくらいで何照れてるのよ!可愛いとこあるわね」
「う、うるせー!」
その時、ベンチの後ろから、ニョキっと数人の人影が現れた。
「ひぇっ、な、何っ!?」
トロピカる部一同がベンチの後ろで息を潜めて二人のやりとりを聞いていたのだ。
「い!お前ら、いつからここにいるんだよ!」
ピカリン探偵の星形メガネをかけたみのりが口を開く。
「君がアイスを買いに行っている間にローラ君を見つけ、張り込んだのさ。そして、君がベンチに腰掛けたのを見計らって、ゆっくりと後ろから忍び寄った……」
さんごは「ご、ごめんねローラ!盗み聞きみたいなことして!」と申し訳なさそうに頭を下げた。
みのりは顎に指を当てて飛鳥を見る。
「うーむ、飛鳥君。このウブな青年だったら、人魚を売り渡すとか、まず犯罪的な匂いはしないと思うが、いかがかね?」
「まぁそうだな。悪い奴じゃなさそうだ。最低ラインの第一関門は突破ってとこだな。これ以上深入りしようってんなら、その時はその時だ」
まなつはというと、「ねぇねぇローラァ、そのアイス、ひと口ちょうだい?」と、ぐぅ〜っとお腹を鳴らしながらよだれを垂らしてローラににじり寄っている。
「ダメよ!お腹減ってるんだからぁ!」
ローラは横から手を伸ばすまなつから、カップを奪われまいとアイスを引き離した。
「えー、いいじゃん、ひと口だけ〜」
そんなまなつをさんごはそれとなく嗜める。
「ま、まなつ、せっかく買ってもらったやつだし、遠慮しといた方が、いいんじゃないかなぁ……」
「よーし、じゃあ、探偵ごっこはおわりだ、アイスでも食べて帰ろう」
飛鳥の提案に、「ぃやったぁー!さんせーい!」と、まなつは諸手を挙げて走り出し、その後を飛鳥、みのり、さんごがついていく。
「あ、待ちなさいよ!」
ローラが慌てて後を追おうとすると、洋樹も「じゃあ、俺もそろそろ行くわ」と立ち上がった。
「あ、洋樹。アイス、ありがと」
「あぁ、うん。ロ、ローラ……」
洋樹は照れ臭そうに首に手をあてながら、やはり気恥ずかしさでつかえながらもローラの名を呼んだ。
「ん?」
「また、会いに行くから」
「……うん」
そう返事をすると、ローラはカバンから手帳を取り出し、何やら走り書きをすると、ビリッとちぎり、膨れっ面ではいっ!と洋樹の目の前に紙切れを差し出した。
「これ……?」
「連絡先!またあんなとこで待ち伏せされたら、たまったもんじゃないわ!」
そう言うと、プイッと顔を背けて仲間達の方へ走っていった。
「あ、ありがと」
洋樹はしばらく茫然と突っ立ったままその後ろ姿を見送った。ローラが去って行った後、再び手渡された紙切れに目を落とした。
「て固定電話……。まぁ、そりゃそうか……」
次回 エピソード3 トロピカる部の恋愛談義
「ねぇねぇ、ローラァ?もしかして春波君と付き合ってる?」冷やかしながら尋ねるまなつに、「付き合ってるって何?」と逆に質問するローラ。
友達と恋人の違いがいまいちよくわからない中、まなつはトロピカる部で話し合おう!と提案する。