ローラの休日 真実の愛の物語   作:こえくぼ

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前回、連絡先をゲットした洋樹とローラの仲はその後いかに……?
トロピカる部の愉快な恋愛談義と、徐々に進展する洋樹とローラの恋模様!


エピソード3 トロピカる部の恋愛談義

 

 七月も半ばに入った午後八時過ぎ、自然が豊かなあおぞら市では、少し街を外れると、もはや夜道はどこを歩いていても虫の合唱団に四六時中囲まれているかのようだ。

 中でも、ジィーーーと電気の変圧器のようにクビキリギスが一際耳障りな音を奏でる中、夏海碧、まなつ親子とローラが暮らすあおぞら水族館の寮のコテージの前に、二人の人影がある。

 水族館のアルバイトを終えた洋樹とローラが、別れ際に何やら立ち話をしているらしい。

 すでに先日のトロピカる部との逃亡劇から1週間ほどが経っていた。ローラに連絡先を教えてもらった洋樹は、アルバイト後に決まってローラに電話をかけるようになり、二人は水族館の裏手にある、使われなくなったプールの客席で、洋樹のアルバイトの後に一時間程会うようになっていたのである。

 

「明日もバイトなんだけど、終わったら電話してもいい?」

「別に構わないけど…また同じ時間?」

「うん。七時までだから、帰る準備できたら連絡するよ」

「分かったわ」

「今日はメロンパンありがとうな。やっぱり噂通りめちゃくちゃ美味かった!」

「また気が向いたら買ってきてあげる。その代わり、倍にして返してよね?」

「分かってるって!じゃあ次はラーメンとかどう?」

「悪くないわね。じゃあ、デザートはアイスかパフェね?」

「えー、ひょっとしてデザートも俺持ち?」

「いいじゃない。けち臭いこと言ってると、幸運の女神が逃げてっちゃうわよ?」

「まぁ、そうだな。ラーメンだけじゃ物足りないし、俺もローラの食いっぷりをまじまじと見てたいし」

「じゃあ決まりね」

「うん。じゃあまた明日。おやすみ」

「おやすみなさい」

 ローラがそう答えると、洋樹はスケボーに乗って夜の闇へと漕ぎ出し、白いTシャツは点在する街頭にチラチラと照らされながら、あっという間に虫の合唱する薄暗い道の先へと消えて行った。

 

 ローラが帰ると、まなつは風呂上がりにヨーグルトを口いっぱい頬張っているところだった。

「ただいま」

「あっ、ホーア、おあえい〜。んぐっ、ゴクン。またプールのとこで春波君と会ってたんでしょ?」

「うん、まぁ。ていうか、口に物入れながら喋るのやめなさいよ。ていつも言ってるでしょ?」

 ローラが素っ気なくそう答えると、まなつはニヤニヤとローラの顔を覗き込んで肘で小突いてくる。

「ねぇねぇローラァ〜、もしかして、春波君と、付き合ってる?」

「えっ?どういうこと?」

「だって最近よく電話かかってくるし。今日なんて、お昼にトロピカルメロンパン二個買って、こっそり一個鞄に入れてたでしょ?放課後に食べるのかなぁと思ってたら、まさか春波君に持って行ってあげるなんてさぁ〜」

「それは、食べてみたいって言うから、この前のアイスのお礼に買って行ってあげただけよ」

「も〜、ローラったら健気なんだからぁ〜。こっちがキュンキュンきちゃうよ!トロピカってるね〜!このこの〜」

 まなつはそっぽを向いているローラを、更に肘でぐいぐいと突いて冷やかしてくる。

「ちょっとまなつ、やめてってば!そうじゃなくて、さっきの質問は、付き合ってるってどういうこと?って聞いてるの」

 まなつは、突然ローラに予想だにしない問いを投げかけられ、腕を組んで考え込み始めた。

「え?えーっと、それはぁ〜、やっぱり両思いで、一緒に遊びに行ったり、二人で頻繁に会ったり、とか?」

「それってまなつと私の関係とどう違うのよ」

「えーっとぉ〜、なんだろ?友達と恋人の違い?うーん……、ごめん!私も、よくわかんないよぉ〜」

「そもそもグランオーシャンではみんな家族みたいなものだから、恋愛ってどうゆうものかよく分からないのよね。人間界では、雑誌でも、テレビでも、学校でも、やたら話題にのぼってるじゃない?不思議でしょうがないわ」

「じゃあさ、明日は土曜日だけどトロピカる部で皆に集まってもらって聞いてみようよ!恋愛とは何か?友情とのちがいは?明日の議題はこれで決定!早速皆に連絡しておくね!」

 言い終わるか終わらないかのうちに、まなつはズダダダダっと電話のもとに走っていく。

「思い立ったが吉日って言うけど、まなつは思い立ったら寸秒ね。……ん?ちょっとまなつ!」ローラはため息をつきながら電話をかけるまなつを見守っていたが、目の前のヨーグルトを見ると、大きな声でまなつに詰め寄った。

 飛鳥に電話をかけているまなつが受話器越しにこちらを見る。

「このヨーグルト、私の分じゃない!何勝手に食べてるのよっ!」

「へ!?ご、ごめん!そうだったっけ?」

「まなつは自分の分、今朝食べたでしょっ!もう!帰ったら食べようと思ってたのにぃ〜!」

 ローラに肩を揺さぶられ、まなつがガクガクと震えながら「あ、すか、先、輩、たす、けて、えぇ、えぇ」と言うと、電話越しから『いいから早く用件を言えよっ!』という声が漏れ聞こえてくるのであった。

 

 土曜日の午後、トロピカる部の部室。議長席に立つまなつの背後のボードには、まなつの大きな文字で「れんあいとは何か?」と書かれている。

「というわけでぇ、ローラと春波君の今後を考える上で、今日は恋愛について皆んなで思う存分語りたいと思いまーす!」

 議長席に立つまなつの左手前にはみのり、奥側にさんご、まなつの右手前にはくるるんを膝に乗せたローラ、その奥に飛鳥が座っている。

 飛鳥は「まぁ、確かに今一番必要な話題かもな」と腕を組んでうなづいた。

「トロピカる部で恋バナなんて新鮮だね〜」

 まさかトロピカる部内でときめき純度の高い乙女チックな会話がなされるはずもないのだが、この時のさんごにはこの後に展開されるリアルな議論を知る由もない。

 みのりはおもむろにローラに一冊の本を差し出した。

「その前に、まず、ローラ、これを読んでおいた方がいいと思う。とても大切なことが書かれてる」

「何?この本……」

 みのりが手渡したのは、『性と生の科学』という本だった。さんごはその本のタイトルを見てドギマギしながら尋ねた。

「み、みのりん先輩、いきなりそこからですか……?」

「うん。ローラは、人魚の国で暮らしてたから、人間の身体の仕組みは知らないでしょ?恋愛を語る前提条件として、自分と相手の性の正しい知識は、まず知っておくべき必要な情報だと思う」

 みのりの提案に、飛鳥はうんうんと頷き「確かにそうだな。しっかりした知識がないと、自衛もできない」と言った。

 ローラはみのりから渡された本をペラペラとめくり興味深そうに眺めている。

「確かに、今まで気にしたことなかったけど、人間の誕生の過程とか、身体の仕組みってこうなってるのね……。なかなか興味深いわ」

 ローラは人間の生命科学に興味を示してページをめくっている。さんごは理系科目を得意とするローラの授業の様子を思い出していた。

「そ、そっか。ローラって、理系が得意だったよね……」

「確かにこれは重要な情報ね。読んでおくわ。みのり、ありがとう。他にも本があるけど、そっちの方はどんなことが書かれてるの?」

「今日午前中に図書館で色々探してみたんだけど、どうしたら恋愛が上手くいくかっていう指南本の方が多かった。気になってインターネットでも調べてみたけど、やっぱりそういう本が多いみたい」

 ローラが中身をめくってみると、みのりの言うように、仕草から分かる相手の心理や、相手の心を上手く掴む接し方など、逐一細かく書いてある。

「何これ?くーっだらないっ!ほとんどどうしたら自分が相手から好かれるかが書かれてるハウトゥ本じゃない!」

「そう。探してみたんだけど、恋愛について心理学的な切り口で研究してる本は意外に少なくて。行動心理とかを用いて、恋愛や人間関係に活かそうとする本が多いのだと思う」

 それを聞いてローラは熱り立つ。

「はぁー?人間の世界では相手に好かれようとする本が沢山読まれてるってこと!?」

 度を過ぎて我儘とも高慢ちきとも取られかねないが、常に自然体であるローラにとっては、人に好かれるために自分の行動なり考え方を相手に合わせるというのは、一番嫌厭する考え方であるらしい。

「確かに相手に好かれたいって頑張る気持ちは素敵だけど、あんまり意識しすぎると一緒にいても楽しめなさそうだよね」

 一定の理解を示そうとするさんごであったが、ローラは容赦ない。

「そもそも、相手に好かれるために頑張るって方向性が気に食わないわ!頑張るなら自分のために自分を磨くことを頑張ればいいじゃない、私みたいにっ。まぁ、何もしないでも万人に好かれちゃう私が罪なだけかもしれないけどぉ〜」

 そこまで言い切ってローラは悦に入って長い巻き髪をふぁさっと手でかき上げた。

「最終的には、どの本もローラの言う通り、自分を磨くことや自己肯定感の重要性が説かれてはいるけど…」みのりがそう言いかけたところで、「そんなのわざわざ本でご丁寧に教えていただかなくて結構だっつーの!」とローラはふんっと鼻を鳴らして切って捨てた。

 飛鳥は半ば呆れてローラを見る。

「まぁ、言ってることはわかるが……。こんな自惚れが強くて気性の荒い人魚を好きになるってんだから、あの春波って奴も相当な変わり者だな」

 飛鳥の言葉に、まなつは昨晩のことを思い出して「えー、でも、ローラ、何もしてない訳じゃないよ?昨日の夜だって、トロピカルメロンパン買って行ってあげてたじゃん」と皆の前で吐露してしまった。

「何!?そうなのかっ!」ローラの意外な一面に飛鳥は目を丸くし、さんごは「ローラ、可愛い……」と保護者のような目をローラに向けてくる。

 ローラの見えざる優しさに言及したかっただけのまなつであったが、ローラは途端に赤くなって慌てだした。

「ちょ、ちょっとまなつ!余計なこと言わないでよ!あれはアイスのお礼って言ったじゃないっ!」

 みのりは密かにキランと眼鏡の縁を持ち上げ輝かせた。

「七月×日、ローラが、トロピカルメロンパンを、春波君に……」

「みのり、メモをとるのをおよしなさいっ!」

 

 横道に逸れてなかなか話が前に進まない。まなつが仕切り直す。

「ご、ごめんごめん。じゃあ、仕切り直しってことで、恋愛とは何か、みんなに聞いてみよう!恋愛って、どんなの?さんご!」

「え、えと、やっぱり、トキメキというか、見てるとポーっとなって、近づきたくなるっていうか……」

「ほうほうほう!それは間違いなく恋だねぇ!で、お相手はどこの誰?!」

「そ、そ、そそそ、それは、ただの妄想だからっ!」

 まなつとさんごのやりとりを聞きながら、ポーッと赤くなるさんごを見て、ローラと飛鳥は「恋に恋する乙女ね」「さんごらしいな」とすかさずコメントする。

 次に、じっと考えていたみのりが口を開いた。

「でも、さんごの言ったことはかなり真実に近いかも知れない」

 まなつが間髪入れず「みのりん先輩!その心は!?」と尋ねる。

「トキメキとかポーッとなって近づきたくなるって、触れ合いたい欲求と、好きっていう強い感情に基づくものなんじゃないかな」

 みのりの考察は続く。

「心理学の本に少し書かれていたの。ライクとラブの違いについて。ライクは尊敬や親近感と言った単純な好意。ラブはそれに、独占や依存、情熱などが加わわる」

「な、なんか言葉にするとすごくリアルですね」とさんご。まなつが首を捻る。

「うーん。難しくてよく分かんないよ〜?どゆ意味?」

「つまり、相手に対してどこまでのスキンシップがオーケーか、他の誰かと親しくしてたらやきもちを妬くか、好きというのをどの程度意識しているか、って言うことかな」

「ほうほう、なるほど!友達にはハグはしてもブチューッとかはしないし、友達のことはもちろん大好きだけど、いっつも好きー!っとはあんまり意識してないもんね」

 まなつも合点が言ったようだ。

「なるほどなー。言葉にすると、確かにそんな感じなのかもしれないな。で?どうなんだよ。ローラは、あいつのこと好きなのか?」   

 飛鳥に唐突に不躾な問いを投げかけられ、一瞬ローラの動きがぴくんっと止まった。

「む……。嫌いじゃ、ないけど。恋愛かどうかは、やっぱりよくわからないわ……」

 いつもより異様に歯切れの悪いローラの返答を受けて、みのりはさらに続けた。

「傾向としては、女性の方が情熱は徐々に湧いてくるみたい。だからローラはまだよく分からなくても、彼にはかなりその気はあると思う」

「つまり、ローラのことが大好き!付き合いたいってことだね!トロピカってる〜!」

 まなつは右手の人差し指を高々と振り上げながらそう叫んだ。

 洋樹にしてみればまさか本人の目の前で自分の気持ちが高々と告白されていることなど思いもよらないだろうが。

「そりゃそうだろ。じゃなきゃあんなとこで待ち伏せて連れ出したりしない」飛鳥がそう言うと、さんごは「素敵な恋の予感だよねぇ」とうっとりしている。

 ローラはどこか決まり悪くなり、膝でスヤスヤと寝ているくるるんを両腕に力を込めてむぎゅーっと抱えた。くるるんが苦しそうに呻く。

「く、くるるん……」

「と、ところで、恋愛については少し解ったけど、付き合うって具体的にどう言うことなの?」とローラはさらにみのりに質問した。

「付き合うっていうのは、お互いが合意の上で、友達関係から恋人へと踏み込むってこと。流れで付き合ってたって話も聞くけど、基本的には告白という手順を踏むことになる」

「告白?」

 ローラの問いを受けて、みのりは飛鳥を見る。

「そう。つまり、こういうこと。飛鳥先輩、さんごに告白を、三、ニ、一、キュウ」

「はぁー!?なんだよそれっ!?」

「だって、実際に演じてあげた方がローラにも分かりやすいと思うし」

「わ、わかったよ。え、えーっと、なんて言えばいいんだ?」

 まごつく飛鳥をみのりが眼鏡を光らせて急かす。

「飛鳥先輩、いいからズバッと」

「わ、わかったよ……。こ、こうかっ?」

 飛鳥はものすごい剣幕で机を左手でズダンッ!と叩き、「おいっ、さんご!えーっとその、なんだ?と、とにかく、好きだ!付き合ってくれ!」と目の前に座るさんごに殴りかからんばかりの気合いで切り出した。

「ひっ!は、ははは、はぃっ!」

 飛鳥の猛烈な気合いにさんごは目を回して規律して飛び上がった。

 まなつは「飛鳥先輩、それじゃ告白というより、脅迫だよ〜」と呆れている。

「そ、そうか、すまん」

 飛鳥が面目なさそうに謝罪すると、みのりはメモをとりながら興味深そうにつぶやいた。

「でも、告白というのはとても勇気のいる行為なの。飛鳥先輩の演技はともかくとして、こうやって空回ることも無きにしも非ず」

「何か非常に屈辱的な気分だな……」

「まぁ、いいじゃない。どこかで役に立つかもしれないわよ?面白いものが見れてこちらとしては満足だわ」

 ローラが隣で小悪魔めいた笑みを浮かべると、「この、性悪人魚め……。そもそもお前のために私が一肌脱いでやる必要もなかったんだ」と飛鳥はどっと椅子に座ってペットボトルのお茶をグイッと飲んだ。

 メモをとり終わったみのりが顔を上げる。

「とまぁこんな風に、どちらかが相手に好意を伝えて、それが了承されれば晴れて二人は恋人として付き合うことになる」

「それで、付き合うと何かが変わるの?」

「変わるといえば、スキンシップに関しては人や年齢にもよるし。さっき言った独占に関してかな。誰かと付き合うと、他の誰かと恋愛関係になることは、浮気といって非難されるべき行為になる。ローラは、もし春波君が自分以外の人と手を繋いで仲良さそうに歩いていたら、どう思う?」

「えっ……」想像が形をなす前に、目の前を暗い翳がさっとよぎる。喉元に嫌悪感に近い感情が湧いてくるのを感じ、それ以上はその感情の表出をローラは咄嗟に飲み込んだ。

 と同時に、「そんなの絶対許さないっ!」とまなつと飛鳥の声がローラの両脇から響いてきた。

 驚いて二人の顔を見ると、「そんなことあったらただじゃおかないんだからね!」とまなつは両拳を握りしめながらプンスカ怒っており、飛鳥はグシャリと握りつぶしたペットボトルの口を開けて「そういうチャラい奴は許せない質なだけだ」とお茶を飲んで濁している。

 二人のそんな様子を見てローラは心が和らぐのを感じながら「何ムキになって怒ってるのよ、仮定の話じゃない」とくすりと笑った。

 それにしても先ほど少し顔を見せた忌むべき感情が、どうやら嫉妬というものらしいと瞬時にローラは悟った。

 自分の中にそのような感情があることは予想外だった。なるほど恋愛というものは、正にも負にも、自分の中の未知なる感情を揺さぶり起こすものらしい。

「そうして付き合うことで、よりお互いを深く知って愛情が深まっていく場合もあるし、その逆でやっぱり違いを感じて離れていく場合もある」

 みのりの説明を受けて、ローラは「なるほどね。なんとなく分かってきたわ」とうなづいた。

 恋愛の美しい側面に憧れを抱いていたさんごも、緊張の面持ちでみのりの話を聞いていたようだ。

「みのりん先輩の話、リアルで分かりやすい……」

 みのりの話が終わると、飛鳥はローラに眼差しを向けながら語りかけた。

「ローラ、これだけは言っておく。恋は足を踏み入れるまでは綺麗に見えるが、下手に踏み込んだら身を滅ぼすことだってある。絶対に、コイツだって思った奴以外とは、軽いノリで付き合うな」

 飛鳥の真剣な眼差しに「わ、分かったわ」とローラは再びくるるんを抱く腕に力を込めてうなづいた。

「飛鳥先輩、なんかお父さんみたい」というさんごの言葉に、「まぁな。ローラには親がいないから、私たちでちゃんと注意しておいてやらないとな」と、飛鳥は隣に座るローラの右肩にぽんと手を置いた。

 

 残りの時間で四月からの活動報告をまとめた五人は、校舎を出て歩き出した。

 所々に椰子の木々が並ぶ校門までの道を、まなつ、ローラ、さんごが肩を並べて前列を歩いている。

「いやー、なんか今日は、思った以上に真剣な話になったね〜!」

 まなつの言葉にさんごは「恋バナでこんなにディープになるとは思わなかったよぉ」と弱々しい声をあげた。

「そうね。でも、恋愛とか付き合うってどういうことか、かなり明確になったわ」

「みのりん先輩の話、分かりやすかったよね」

 さんごがそう言うと、ローラはみのりを振り返り、にやりとからかうような笑みを向ける。

「ふふっ、夜な夜な乙女なポエムを詠んでるだけのことはあるわね。みのりっ」

 まなつは「え?何それ?」とローラを見る。

 ローラがまだ人間の変身能力を獲得する以前、人魚のアイテムであるマーメイドアクアポットの特殊な反応によってローラとみのりは身体が入れ替わった経験がある。

 その時にローラは、みのりの部屋でノートにびっしりと綴られたみのりの極秘のポエムを発見したのだ。

 みのりは顔を翳らせゆっくりと鞄から小さなネタ帳を取り出した。

「ローラ、それ以上言ったら、この秘密のメモがその封印を解き放ち、呪いの火を吹くことになるであろう」

「なっ!?人の弱みを盾にするなんて、極悪非道だわ!」

 さらに顔に暗い翳を落としながら、みのりは人差し指で眼鏡をくいっと持ち上げる。

「ふふふ、それはお互い様だよ」

「くっ!現れたわねっ、ピカリン探偵!かくなる上は、その呪いのメモ、奪うのみっ!」

「強奪は許されないよ!」

「待ちなさいよ!プライバシー保護の名の下に〜!」

 校門に向かって走り出すみのりの後をローラが追う。

 空高く聳える椰子の木々の間を、まなつ、さんご、飛鳥の笑い声が、まばらになった蝉の鳴き声を抜けて、真っ青な絵の具を水で薄く溶いたように淡くぼやけ出した夕空に響いた。

 

 その夜、ローラの元に水族館のアルバイトを終えた洋樹から、約束通り七時過ぎに電話がかかってきた。ローラは腹を空かせているであろう洋樹の元に、夕飯で余った鮭でおにぎりを作って持っていくことにした。

 ローラがいつものプールに着くと、洋樹は両手を枕にして脚を組んでプールの客席に寝そべって寝息を立てていた。ローラは洋樹の頭の上の空いているスペースに、すとんと腰を下ろす。

「こんなところで寝てると風邪引くわよ」

 洋樹は目を開けて起き上がり、大きく伸びをすると、「夜風と虫の声が気持ち良くてさぁ」と欠伸をした。ローラはそんな洋樹の目の前につっけんどんにおにぎりを差し出す。

「はい、これ」

「お!ありがと…?」

 洋樹は渡されたおにぎりを受け取ってローラを見たが、ローラは目を合わせようとしない。洋樹は腕を組んでそっぽを向いているローラの顔を覗き込んだ。

「あの〜、何か、怒ってる?」

 ローラは洋樹からさらに顔を逸らして「別にっ。怒ってなんかないわよ」と吐いて捨てるように言う。

「あそぅ……。なら、いいけど」

 おにぎりを差し入れに持ってきてくれているところを見ると、確かに怒っている訳ではなさそうだ。洋樹は何かしら話が膨らみそうな話題を探して、「今日は何してたの?」とありきたりな質問をした。

「部活で学校行ってただけだけど」

「へー、そのトロピカる部って土曜日もやるんだ。今日はどんなことしたの?」

「べ、別に!洋樹には関係ないでしょっ!」

「はぁ……」

 まさか今日のトロピカる部の議題に自分が絡んでいるとは露知らず、いつも以上につんけんしているローラに洋樹もお手上げである。

 洋樹はどうしたものかと目を落とすと、ふとローラから先ほど手渡されたおにぎりに目が止まった。洋樹の両手にすっぽりと収まるほどの大きなおにぎりは、先程握ってくれたのだろう。まだほの暖かい。

「そ、そういえば、こ、これっ!ローラがにぎにぎコメコメしてくれたんだよね!」

「へ?当然じゃない。他に誰がやってくれるって言うのよ」

 それを聞いた洋樹の目は、途端に太陽の光を浴びたようにキラキラと輝き出した。

「これ、食べたら俺、変身しちゃいそう……」

「変身って、何に?」

「キュア何とかってやつに」

「はぁ?訳わからないこと言ってないでとにかく食べれば?お腹減ってるんでしょ?」

「いただきますっ!」

 そう言うと洋樹はガブガブと大きなおにぎりを勢いよく貪り出した。

「うま〜っ!何これ!何でこんなうまいのっ!何か魔法かけた!?」

 おにぎり一つで子どもみたいにはしゃぎ出す洋樹に、ローラは呆れ返って「何言ってんのよ。ただの鮭のおにぎりじゃない」と、溜息混じりにおにぎりにがっつく洋樹を見る。

 ……嫌いじゃ、ないけど。

 女王になるという自らの夢と、プリキュアの戦いと、まなつたちとの学生生活を楽しむことで頭がいっぱいだったローラにとってはそもそも恋愛に対して何の興味もなかった。

 それに、恋愛って物語とかで語られるみたいに、もっとロマンチックなものだと思ってたけど……。隣でおにぎりを貪る洋樹を横目で見ていると、何か拍子抜けである。

 ローラの視線に気づいた洋樹は目を上げ、もぐもぐと咀嚼していたおにぎりを飲み込むと、「ん?どうした?」とローラに尋ねた。

「だ、だから!何でもないってばっ!それより、口の周りに米粒ついてる」ローラが指摘すると、洋樹は「あ、そう?」と言って米粒を取ろうとしかけたが、ふと何かを期待して目を輝かせて顔をこちらに向けてきた。

 ローラはその意図を察し、そんな洋樹の額に向かって、指先にありったけの力を込めて、渾身のデコピンを放った。

「い、いってぇ〜っ!古傷がっ!古傷がっ!開く…!」額を押さえて涙ぐむ洋樹に、「自分でとりなさいよね!全く、冗談じゃないわっ」と、ローラは彼の淡い期待を一蹴するのであった。




◻️「グランオーシャンでは、皆んな家族みたいなものだし、恋愛ってどういうものなのか分からない」というローラのセリフについて

原作内ではグランオーシャンには女体の人魚と妖精達しかおらず、貝から生まれるから生殖もなく、結婚や出産もないし、恋愛という概念自体ない設定なのだと推測してます。
グランオーシャンの設定をそうしたのは、「ローラは2世にしたくない」という土田監督の意向を反映したものなのかなと思います。血のつながりとかあるとややこしくなるから、完全に公平な社会にするために。

次回 エピソード4 加速
 学校も夏休みに入り、海辺のカフェやツーリングでのデートに加速していく思い…ローラの中で芽生える感情とは!?

の前に……
みのり×河本はじめ(オリキャラ)の切なくも暖かい恋物語、
番外編 みのりの月夜の水面に想いを馳せて
を投稿予定です。
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