エピソード3 トロピカる部の恋愛談義でローラがみのりを追いかけるシーンからの続きです。
「みのり!待ちなさいよ〜!」
校門を曲がって少したったところで、みのりは足を止めた。
ローラがみのりに追いつき、「ちょっとみのり!そのメモ……」と言いかけたところで、みのりが口を開いた。
「さっきは、偉そうに話しすぎちゃったかな」
「へ?」
「自分だって大した恋愛経験ないくせに、ローラにあんな風に話す資格あったのかなって」
普段はあまり思ったことすら口にすることはないが、トロピカる部内では、気の置けない仲間達に囲まれて、少し話しすぎてしまうきらいがある。みのりは先ほどの恋愛談義でローラの内面に入り込みすぎたのではないかと気にしていた。
するとローラは溜息をついて、「全く、何言ってんだか」と呆れ顔になりつつも、みのりの杞憂を晴らすように続けた。
「複雑な事を理路整然と簡潔に話すことは誰でもできるものじゃないわ。みのりの特技じゃない。それに、図書館にまで行ってくれたんでしょ?なかなかためになったわよ」
特技、と言われてみのりはハッとした。自分では何でもないことだと思えることも、ローラに特技と言われると、本当にそうなのかもしれないと自信が湧いてくる気がする。
「そう、なら、よかった」
「なんなら、私が女王になった暁には、側近にしてあげてもいいのよ?」
「それは、遠慮しとく……」
「はぁ〜!?そこはありがたく了承しておきなさいよ!」そういうと、ローラとみのりは顔を見合わせてぷっと吹き出した。
後ろを見ると、まなつたちとはだいぶ離れてしまったようだ。まなつとさんご、飛鳥の三人は何やら談笑しながらのんびりと歩いている。
ローラとみのりは並んで歩き出した。
「みのりは、恋愛とかしたことあるの?」
みのりは少し躊躇ったが、「付き合ったことはないけど、意中の人なら、いる」と応えた。
誰にも打ち明けるつもりはなかったが、ローラの恋路を現在進行形で見守っており、先ほどあのような話をしておきながら自分だけ黙っておくことはできない。それに、ローラになら話してもいいような気がした。
「学校の人?」
「ううん。去年、一年生の時はクラスメートだったんだけど、転校してしまって、今はシンガポールにいるの」
「そう。切ないわね……。連絡は取ってるの?」
「うん。文通してる。月に一回くらいのやりとりだけど」
「文通って、手紙のやりとりってこと?みのりらしいわね」
「そう、なのかな?」
「うん。それに、相手の人もそれで返してくるんでしょ?なかなかレアだと思うけど」
確かに、携帯電話は持っていないが、パソコンを開けば電子メールでもやりとりはできる。しかし、みのりは送ってすぐに相手に読まれてしまうことに気恥ずかしさや違和感があり、さらに相手から届いたメールにはすぐに返信しなくてはいけないような強迫観念が働いてしまい、メールでのやりとりは苦手だ。
相手のことを思い、伝えたい事を頭の中で整理して、ゆっくりと文章にする。そして、時間と距離を超え相手に届く頃には、その手紙にしたためた思いが身体にしっかりと馴染んでいる。
みのりにとっては月に一回のその時間がかけがえのない幸せな時間である。電子メールなどで頻繁に連絡を取り合うことは、むしろ精神的に負担になる。
「即レス」が基本であり良しとされる世間の流れの中で、ローラが「レア」と言ったのもわかる気がした。
「それで、どういう人なの?」
「明るくて、ひょうきんな感じの人」
「えっ!意外っ。物静かな本の虫みたいな人かと思ってたけど。まぁ、みのりもヘンテコなとこあるしね……」
「でも、本好きというのは当たってる。それで仲良くなったようなものだし」
みのりの文通相手は、名を「河本(こうもと)はじめ」と言う。河本はサッカー部に所属していて、小柄だが明るくひょうきんな性格でクラスメートの中でも人気者だった。
そんな河本をみのりは遠目から見て好ましい性格だとは思っていたが、自分とは全くタイプが違うだけに、仲良くなれるとも思っていなかったし、特段意識はしていなかった。
そんなみのりに河本が話しかけてきたのは、夏休みが明けて数日が経ったある日、みのりがかつて所属していた文芸部の活動を終えて、教室で一人帰る支度をしている放課後の事だった。
「あ、一之瀬!まだいたの?」
河本はサッカー部の部活動を終え、一人教室に忘れ物を取りに来たのであった。
「こ、河本君」
河本の大きい声にビクッとしながら、みのりは教室の入り口を見た。
「う、うん、文芸部に入ってるんだけど、今、帰りで」
河本は教壇の目の前の自席から教科書を取り出し、窓際の後方のみのりの席を振り返りながら話しかけた。
「そういえば一之瀬、教室でもいつも本読んでるよね。……あ、それ!」
河本はみのりが鞄に入れようとしている本を指差した。
「俺も、そのミステリーすごい好きなんだ!」
「え?そ、そうなの?」
「うん。あんまり本好きとか言うと、皆んなに『キャラじゃねー!』とかイジられるだろ?だからあんまり言わないようにしてるけど」
「確かに、意外かも。河本君が本好きだったなんて……」
すると、河本は肩を落として、「一之瀬が羨ましいよ。自分が好きな本躊躇いなく教室で読んでて」と言った。
「えっ?」
教室で本を読んでいて、大人しい、勉強家、などと言われることはあっても、羨ましい、と言われたのは初めてだった。さらにクラスの中でも目立つ存在の河本にそのように言われるとは。
「私から見れば、河本君の方が皆んなの人気者だし、ずっと羨ましいと思うけど」
「うーん……。そうだ、もう帰るとこなんでしょ?一緒に帰らない?」
「う、うん」
部活動終了の時刻から少し時間が経っていたため、生徒もまばらな校舎を出て、河本とみのりは歩き出した。
河本は先ほどの話の続きをそれとなく始めた。
「小さい頃から本とか読んでると、他の人の気持ちがわかっちゃうこととか、ない?」
「あ、それ分かるかも。気持ち、想像しちゃうことある」
「そう、それで俺、すごい空気読んじゃうっていうか、皆んな今、こういうこと求めてるのかな〜っ、て、それに先回りして合わせちゃうとこあるんだよね」
「そう、なんだ。逆に私はそれができなくて、あまり人と関わらないようにしてるかも」
河本は両手を頭の後ろに組んで、空を見上げた。
「それでいいと思うよ。俺が人気者とか、人から好かれてるって、多分人に合わせてるからなんだよ。皆んな、俺の本性を知った上で一緒にいるわけじゃない」
河本の自虐ともとれる言葉に、みのりは河本に対して感じていた素直な印象を述べた。
「本性って言っても、河本君の明るくて面白いところは、すごく魅力的だし、皆んな河本君のそういうところが好きなんじゃないかな」
「そうかな?そう言ってもらえると嬉しいけど。大袈裟だけど、たまにちょっと孤独感じるんだよね。俺って、人に合わせすぎだなぁって」
「そっか……。そんな風に、思ってたんだ」
「さっきは羨ましいなんて言っちゃったけど、俺は一之瀬すごいと思うよ。皆んなの前でも自分の好きな本読んでて」
「私はあんまり友達いないし、教室でもそれしかやること、ないから……」
しばらく歩いたところで、みのりの自宅マンションが見えてきた。
「あ、私のマンション、こっちなの」
「そっか、今日は突然重たい話してごめん」
「ううん。私も、河本君の話聞けてよかった」
「そうだ、今度は本の話しようよ!俺、好きな本の話できる人周りにいないし、一之瀬とは気が合いそうだし!」
みのりは気が合いそう、というくだりが可笑しくなって噴き出した。
「どうしたの?」
「ううん、なんか、全然タイプが真逆なのに…気が合いそうっていう表現が可笑しいなと思って」
「あ、ほんとそうだね!はははっ!」
それから河本とみのりは、毎週金曜日の部活動の後に教室で待ち合わせをして、一緒に下校することになった。
その後、話をする度に二人の共通の話題は、本のみならず、ラジオやお笑い、漫才や落語など、多岐に渡ることが判明した。
「えー!土曜七時からの天晴れ放送のラジオ番組も聞いてるの!?」
「うん、面白い投稿者がいて、いつも笑ってる」
「え、その人のラジオネーム、なんていうの?」
「タコ八フグ男」
「ぶーっ!それ、俺だよ!」
「ぇええっ!?こ、河本君だったの……!」
「そんな話しても誰も知ってる人いないと思ってたけど、まさかこんなに近くに聞いてくれてる人がいたなんて感激だ!」
「ほんとに、河本君て面白い」
「面白いっていうのは最高の褒め言葉だよ!俺、お笑いとか好きだから、将来はそういうのやりたいってぼんやり思ってて」
「芸人てこと?」
「いや、コメディの脚本とか、そういうの。面白い話作って、皆んなを笑わせたいなぁって」
「そうなんだ。すごい、素敵」
「一之瀬も物語、書くじゃん」
「その、実は文芸部、辞めたんだ……」
「えええええっ!どうしてっ!?」
この話はまだトロピカる部内でもしていないが、みのりは河本に、文化祭で自分が書いた物語を先輩に否定されたことや、それがとても的を得ていたこと、そして自信がなくなって何も書けなくなってしまったことなどを話した。
河本は、自分が脚本を書きたいと思い始めたのはみのりの影響があったからだし、あの物語は面白かったと励ましてくれた。
ただし、みのりの負担になるような部活なら続ける必要はないし、そこにいなくても物語は書けるから、部活を辞めたことには特に異論ないとも言った。
「まぁ、今は充電期間なのかも。きっとそのうちまた、書きたくなるよ。そしたらまた、読ませてね」
「うん……。ありがとう」
河本はしばらく考えて、「てことはさ、俺が部活終わるまで待ってくれてるってこと?退屈だったら別の方法考えるけど」と尋ねた。
「大丈夫。図書室にもまだ、読んでない本沢山あるし、……」
それに、河本君のサッカーしてる姿見れるし、と危うく言葉を継ぎそうになり、みのりは慌てて口を噤んだ。
週に一度の河本との会話は、みのりの学校生活において唯一の楽しみだったと言っても過言ではない。二年生になって違うクラスになっても、そんな関係が続けばいい、と密かに願っていた。
しかし三月のある日、河本は父親のシンガポールへの転勤のため、四月からの転校が決まった、とみのりに打ち明けた。
河本はみのりに連絡先のメールアドレスを尋ねてきたが、みのりはメールは苦手だから、できれば手紙でも良いかと尋ねた。河本は、「一之瀬らしいね」と笑って、快く了承してくれた。
河本は春休みに入るとすぐに旅立っていった。みのりは胸にぽっかりと穴が開いてしまったような寂しさと虚無感に包まれて、それまで以上に本の世界に没頭した。まなつやローラ達に出会ったのは、まさにそんな時、新学期に入ってすぐのことだ。
もう学校生活に楽しみなんて期待できないと諦めていたが、プリキュアやトロピカる部の活動のおかげでみのりは再び息を吹き返した。いや、さらに充実した学生生活を送れるようになっていた。
みのりが河本との思い出をローラに簡潔に話したところで、ローラは「で、その、告白ってのはしたりされたりしたの?」と聞いてきた。
「ううん。そんな勇気ないし、河本君にとってはただの文通相手かもしれないし」
「そう?それはないんじゃない?かなり脈ありだと思うけど」
「そんなに自信は持てない、かな」
「バッカね〜。特別な思いがなければ、そんな文通なんて続けないわよ」
「そうなのかな?でも、今は手紙のやり取りだけで十分幸せだし」
「んも〜っ!なんか、人の恋愛ってのは、見てるとヤキモキするわね……」
ローラは少し苛立ちながらも、ふと考えて口を開く。
「まぁでも、みのりに気があるとしたら、そんなに簡単に他の誰かに惹かれるってことはないと思うわ」
「えっ?何で?」
「だってみのりみたいなヘンテコなタイプ、滅多にいないじゃない!」
揶揄っているのか褒めようとしているのかよくわからないが、ローラは自信満々にそう言った。
「ローラには、言われたくないけど」
「ん?私?そりゃそうよ。私に匹敵する人間および人魚なんて存在するわけないわ。この知性と勇敢さと美しさをもってしたら、グランオーシャンの女王どころか、世界の女王に君臨することも目じゃないわ!ゥワーハッハッハッハァ〜ッ…!」
ヘンテコからなぜ世界の女王にまで飛躍するのか、ローラの思考回路には毎度の如く舌を巻く。
「それは、断固阻止する…」
「む!何よ!さっきからぁ〜!言っとくけど!私が女王に君臨したら、世界中どんな悪党も正義のもとに一瞬にして跪かせてやるんだからね!」
一体どこからそんな自信が……、と言いかけたところで、みのりは少し考えて、「そっか。ほんとにそうかも、ね」と笑った。
「な、なによ。あっさりと認められると、それも調子狂うわね……」
みのりとローラが会話をしている間に、まなつたちが追いついてきたのであろう、遠くを歩いていた三人の声が次第に大きくなって聞こえてきた。
「まぁ、何はともあれ、その河本って人にとっては、みのりが一番の理解者であることに変わりはないんじゃない?みのりのペースで関係を続けていけばいいのかもね」
ローラはそう言うと「それにしても、安心したわ…みのり、私たちに出会う前まではよっぽど冴えない不憫な学校生活送ってたんじゃないかと心配してたから」とニヤリと笑った。
「余計なお世話……」
みのりとローラは近づいてきた三人と合流して、五人の後ろ姿は暮れなずむ空の下、長い影を伸ばしながら、賑やかに住宅街へと消えていった。
トロピカる部一同と別れ、みのりが自宅マンションに着いて郵便受けを開けると、一通の国際郵便が届いていた。
みのりはリビングにいる家族に帰宅を告げると、足早に部屋へと駆け込んだ。差出人は、まだ辿々しい筆記体で「Hajime Komoto」と書かれている。
封を丁寧に開けると、三枚綴りの手紙と、何枚かの写真が入っていた。写真はシンガポールの街並みや風景などが撮られており、最後の一枚を見て、みのりはぷっと噴き出した。河本がマーライオンの下で、それを真似て飛び切り変な顔で戯けているものだった。
「河本君、背が伸びた?」
みのりは椅子に座り、手紙を開いた。
河本の手紙には、前回のみのりの手紙の内容を読んで、トロピカる部での充実した様子が伝わってきてとても嬉しかったこと、最近ハマっている本や面白い動画のこと、そしてシンガポールでの生活の様子が具体的なエピソードを交えて生き生きと面白く綴られている。まるでその情景や出来事がありありと目の前に浮かんでくるかのようだ。
「やっぱり河本君、文筆の才能すごい」
そして最後に書かれた一文に、みのりはハッと息を呑んだ。
〈いつか、一之瀬と一緒に見たいものが沢山ある。〉
みのりは手紙を綴じると、窓際に向かい、部屋から遠くに見える海を眺めた。波はとても静かで、月の明かりを受けながら、その光はゆらゆらと波に揺られている。みのりの脳裏に、『みのりのペースで関係を続けていけばいいのかもね』というローラの言葉が甦る。
もし、この手紙が途絶えることなく、いつかまた会えたなら、その時は勇気を出して想いを伝えてみたい……。
「みのりー、ご飯よ〜」その時、台所から母親の声が響いてきた。
そういえば、今日は土曜日。また、午後七時の天晴れ放送のラジオ番組で、シンガポールのタコ八フグ男より、面白いネタをこさえた投書が読まれるかもしれない。
みのりは胸に期待を膨らませて、急いで夕飯を済まそうと部屋を出て、リビングに向かって行くのであった。
完
次回 エピソード4 加速
学校も夏休みに入り、海辺のカフェやツーリングでのデートに洋樹の加速していく思い。そしてローラの中で芽生える感情とは!?