『凜子先輩って、達郎のことどう思ってるんですか?』
日に焼けた顔をぐいと近づけ、
『どう、というと?』
『なんていうか凜子先輩、達郎のことかまいすぎというか、ちょっと愛が強すぎるとこがあるじゃないですか』
『たったひとりの家族だ。姉として気にかけてやるのは当然だろう』
『それはそうですけど……』
ゆきかぜが唇をつんと尖らせ、右手の人差し指で前髪をくるくると弄ぶ。
幼い頃から変わらない、困ったときの仕草だ。
『やきもちを焼かれるのはまんざらでもないが、私としては普通に家族に接しているだけのつもりだ』
『や、やきもちじゃないですって!ちょっと気になっただけで!』
『ふふ……』
恋する少女特有のいじらしさを見せつけられ、思わず顔が緩んでしまう。
しかし……それとは裏腹に、胸になにか鋭いものが突き刺さるような感覚を凜子は覚えたのだった。
――――――
――――
――
「……む」
いつの間にかまどろんでしまったらしい。
時計を見ると、すでに針は正午を回っている。
(懐かしい夢を見たな……)
ゆきかぜと2人で、失踪した彼女の母親“
娼婦に扮しての地下都市ヨミハラへの潜入――今思えば、とんでもなく無謀な作戦だった――を前に、彼女にも思うところがあったのだろう。
事実、任務中に敵からおぞましい辱めを受ける女性対魔忍は後を絶たない。まして娼婦として潜入となれば、純潔を守ったまま帰還できる可能性はほぼ無いと言える。
だから凜子は、悔いが無いよう伝えたいことは伝えておくようにとゆきかぜの背を押したのだった。
けっきょくはヨミハラに不知火が囚われているという情報そのものが敵の罠で、間一髪のところで任務は中止になったのだが。
(さて、買い物に行くか。弟の出陣にふさわしい献立を考えてやらねばな)
食器を片付け、食台に残してあったバナナを3口で食べ終えて外に出た。
忍びの隠れ里であった五車町には大型の商業施設がなく、小さな商店がいくつか営業しているのみとなっている。
そのかわり店先に並ぶ食材の品質は良く、とくに八百屋は露地物の新鮮な野菜を取り揃えているため主婦たちからの人気が高い。
店に着いた凜子は、先ず人参やじゃが芋といった長持ちする野菜を籠に入れ、夜の献立について考えを巡らせた。
(カレー……カツカレーはどうだ……?)
(いや、安直すぎるか……受験生のようで子供っぽいと思われるやも……)
あれこれと思案するうち、ふと店先に並べられたエンドウ豆が目に入った。
(久々に豆ごはんを作ってやるか)
豆ごはんは凜子と達郎、ゆきかぜの大好物だ。
小さい頃、水城家で遊んだときに不知火が出してくれたものを、夢中で食べていたことをよく覚えている。
豆ごはんに添えるなら、主菜と副菜も春らしいものにしよう――と思い魚屋を覗くと、大ぶりなニシンと生のめかぶが入荷していた。
(豆ごはん、ニシンの塩焼き、めかぶの味噌汁。うん、いいじゃないか)
白子が詰まっているであろう、丸々とした腹のニシンを選び、凜子は家路を急ぐのだった。
――――――
――――
――
スマホで検索すると、豆ごはんには最初から豆を混ぜて炊き上げる方法と、茹でた豆を後から混ぜ合わせる方法とがあるらしい。
前者は豆の味がご飯によくなじみ、後者は豆の緑色が美しく映える。
不知火が作ってくれたものは前者の作り方だったように記憶しているが、ネットのレシピに載っていた豆の色があまりに美しかったため、後者の方法で作ることにした。
ボウルを用意し、エンドウの莢を指で開いて中身を取り出す。
薄緑色でころころとしたそれを塩水で煮て、煮汁ごと冷ますことでシワの無い綺麗な煮豆ができる。
ニシンは白子を傷つけないよう丁寧につぼ抜きし、塩をふって1時間程度冷蔵庫で寝かせてから焼くことにした。
(料理は待つことも肝心……達郎のやつはせっかちだから、こういったことは苦手だろうな)
(まあ、せっかちさではゆきかぜも負けてないか……まったく似た者同士のカップルだ……)
ちくり、と針が胸に突き刺さる。
『凜子先輩って、達郎のことどう思ってるんですか?』
ゆきかぜの言葉が再び脳裏に蘇る。
本当は凜子も、自分が達郎に抱いている感情が家族に対するものと違っていることには気づいていた。
だが、気づいたところでどうすることもできない。
たったひとりの家族。血の繋がった姉弟。
それだけで全ては最初から終わっているのだから。