SAO:TS~アインクラッドで合法的に美少女になる方法~   作:スプライト1202

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第003話『キャリブレーション』

 

 リンゴーン、リンゴーンと音が響く。

 それと同時に身体が鮮やかなブルーの光に包まれていた。

 

「んな……っ!?」

 

「なんだ!?」

 

「はえ?」

 

 やがて視界は光に埋め尽くされ……。

 次に目を開いたとき俺たちは石畳の上に立っていた。

 

「《転移(テレポート)》!? ここは《はじまりの街》の中央広場か?」

 

 近くでキリトと名乗った青年の声が聞こえた。

 周囲に続々とほかのプレイヤーたちも《転移》されてくる。

 

「あ……上を見ろ!」

 

 だれかの声につられて視線を上げる。

 そこには深紅の市松模様。【Warning】と【System Announcement】の文字。

 

『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』

 

 巨大な赤ローブが現れ、そう言った。

 

『私の名前は茅場晶彦』

 

 俺でもその名前は知っていた。

 いや、このゲームのプレイヤーで彼の名前を知らない人はいないだろう。

 茅場晶彦こそがナーヴギアを作り、そして《ソードアート・オンライン》を作ったと言っても過言ではないのだから。

 

 そして彼は驚愕の真実を語った。

 

『ログアウトボタンが消失していることは仕様である』

 

「えっ!? みんなメニューが開けなかったわけじゃないの!?」

 

 俺は愕然とした。

 そっか……みんなメニュー画面を開けないわけじゃなかったのか。そっか……。

 

 しかし、そんなことで落ち込んでいるヒマはなかった。

 なにせ茅場晶彦の語った内容はあまりに現実離れしすぎていたのだから。

 

 彼の言っていることを要約するとこうだ。

 

 曰く、デスゲームである。

 曰く、クリアしないと脱出できない。

 曰く、ナーヴギアを外そうとしたら死ぬ。

 曰く、すでに人が死んでいる。

 

 ……バカげてるにもほどがある。

 

「たかがゲーム機に人を殺せるわけ――」

 

「可能かもしれない。ナーヴギアは内部に電磁波を発生させて、俺たちに疑似的感覚信号を与えてるから。いうなれば電子レンジだ」

 

 俺が思わずこぼした呟きにキリトが答える。

 マジか、そうなのか……。

 

「いやいやいや。けど、なんだよナーヴギアを外せないって。それくらいパッとやればいいだろうが」

 

「いや、それは――」

 

「じゃあ、液体窒素で本体冷却して――」

 

「それこそ――」

 

「電磁波シールドを頭とナーヴギアの間に挟んで――」

 

「その場合――」」

 

「じゃあ――」

 

「だから――」

 

 ……。

 

「……そっかー」

 

「あぁ、そうなんだ」

 

 なんだコイツ、天才クンか? 頭ん中いったいどうなってんだ?

 なに聞いても答えが返ってくるんだが……。

 もしかすると彼はエラい大学の教授かなにかかもしれない。

 

「キリトさん教えてくださってありがとうございます」

 

「な、なんで急に敬語?」

 

 どうやら本当に脱出は難しいらしい。

 少なくともこの場でパッと思いつくような、簡単な方法では。

 だからといっていつまでもこの状況が続くとは信じたくないが。

 

『最後に、私からのプレゼントを用意してある』

 

 茅場晶彦がアイテムストレージを確認しろ、と告げる。

 この世界が現実である証拠を見せるという。

 

 周囲のプレイヤーたちが右手の指二本を揃え、縦に振っている。

 俺もそれを見よう見まねする。

 

 電子的な効果音を伴い、視界内にいくつかのアイコンが出現した。

 これがメインメニューか。こうやって開くのか。

 

 一番上のアイコンをタップしてみる。

 その中に《Items》の項目があった。

 

「アイテムストレージってこれか。……《手鏡》?」

 

 一番上にあった《手鏡》というアイテムのオブジェクト化? というのをタップする。

 目の前に出現した小さな手鏡を手に取る。

 

「これがどうかした……なっ!?」

 

 身体が白い光に包まれた。視界がホワイトアウトする。

 それはほんの2、3秒で晴れた。

 

「うっ…いったいなにが」

 

 ふたりは大丈夫か、と周囲を確認する。

 あれ? そういえば俺の視点、なんだかさらに下がって――そこまで考えて、固まった。

 

 キリトとクラインがいた場所に、赤の他人が立っていた。

 

「お前ら……だれ?」

 

「おめぇらこそだれだ!?」

 

「キミたち、だれ?」

 

 思わず顔を見合わせる。

 そこには見知らぬ黒髪の少年と髭面の成人男性。

 

 黒髪の少年がなにかに気づいたかのように、慌てて自身の手鏡を確認していた。

 

「なにをして……」

 

 俺もハッとして手鏡も覗き込んだ。

 それは、そこにいたのは間違いなく。

 

「これは……俺!?」

 

「オレじゃねぇか!?」

 

「ユリカ!?」

 

 ……ん? あれ? なんか俺だけちょっとリアクションちがくない?

 しかしふたりは気づかなかったようで、お互いの顔を見合わせて「お前がクラインか!?」「おめぇがキリトか!?」と納得していた。

 

 それから改めて俺を見て、目を丸くしている。

 

「てことは……おめぇがリリリか!? オレぁてっきり男だとばかり。それに……」

 

「ごめん。じつは俺も男だと思ってた」

 

「いや、待ってくれ。違うんだ。俺は――」

 

 説明しようとして、しかしその言葉を俺が持ち合わせていないことに気づく。

 俺自身、なぜ妹であるユリカの姿になっているのかさっぱりわからないのだ。

 

 いや、姿だけじゃない。

 声もユリカにそっくりになっている。

 

 その答えはすぐにもたらされた。

 

「おいキリト、こいつぁいったいなんだってんだよぉ!」

 

「そうか、ナーヴギアの初回起動時に……」

 

 言われて俺も思い出した。

 ユリカがキャリブレーションだなんだの言いながら、あれこれ設定していたのを。

 

「うわぁああああ、それでか!?」

 

 俺の使っているナーヴギアはユリカのものだ。アカウントも。

 まさか、設定をサボった結果がこんな形で返ってくるとは予想していなかった。

 

『プレイヤー諸君の健闘を祈る』

 

 巨大な赤ローブがまるで空に溶けるかのように消える。それに伴い、頭上を埋め尽くしていた真っ赤なシステムメッセージもまた消失した。

 

 そして本当の意味で《ソードアート・オンライン》というゲームが始まったのだった。

 

   *  *  *

 

 広場に混乱の声や悲鳴、怒号が飛び交っていた。

 頭がうまく働かない、なんだこの状況は? 本当に現実なのか?

 

「クライン、リリリ、ちょっと来い」

 

 腕を引かれ、ハッと我に返る。

 キリトに連れられて人の輪を抜け、裏路地へ。

 

「俺はすぐにこの街を出て次の村を目指す。ふたりも一緒に来い」

 

「いったいどうして? 危険じゃないの?」

 

「いや、逆だ。MMORPGってのはプレイヤー間のリソースの奪い合いなんだ」

 

 キリトにMMORPGの宿命たるリソースの有限性を説かれる。動くなら今だ、と。

 判断が早いなキミ!?

 

「ふたり、なら……なんとか、ギリギリ連れていけると思う」

 

 キリトはおいしい狩場や危険なポイントについても熟知しているとのこと。

 レベル1でも安全に次の村に辿りつけるだろう、と。

 

 もしかすると彼はベータテスターなのかもしれない。

 あるいは俺とは真逆で、事前にがっつり情報取集して効率的にゲームを進めるタイプのプレイヤーなのだろう。

 

 この判断力と知識量。

 なんかオメー主人公みてーだな。

 

「すまねぇキリト、ほかにもダチがいるんだ」

 

「そう、か。……リリリはどうする?」

 

 俺は――。

 すこしだけ考えて答えを出した。

 

「ムリムリムリ。俺――いや、わたしもここに残ることにするよ」

 

 肩をすくめ、その提案を断った。

 まだVRの操作に慣れず、満足に跳んだり走ったりできない。あいにく、そんな状態で死のリスクが高いエリアを進む勇気はない。

 そしてなにより……。

 

「……」

 

 じーっ、とキリトの顔を見る。

 リアルの姿を再現しているとはいえあくまでアバター。外見で年齢は判断しづらい。

 

 しかし、それを差し引いても子どもであることはあきらかだった。

 その知識量で誤解しかけたが、せいぜいが中高生だろう。

 

 ……彼はきっとすなおでいい子なのだろう。

 考えていることがそのまま顔に出ている。

 

 本当はだれかを連れていくなんてかなりのムチャだ、と顔に書いてあった。

 だが知り合った俺たちを見捨てて行くこともできない、と。

 

 俺たちはいい歳した大人だ。こんな子におんぶに抱っこになるわけにはいかない。

 クラインが誘いを断ったのには、そういった理由も含まれているのだろう。

 

「……わかった。なら、ここで別れよう」

 

 キリトが掠れた声で言った。苦渋の滲んだ声だった。

 やさしい少年だな、と思った。

 

「ふたりとも、死ぬなよ」

 

 俺はキョトンとした。

 むしろこれから死地に臨むのは自分のほうだろうに。

 

 最期まで俺たちの心配とは。まったく。

 思わず苦笑しながら言う。

 

「こっちとしちゃ、キミみたいな子どもをひとりで行かせるほうが心配なんだけどね」

 

 だれかひとり、この場にキリトと同じくらいこのゲームに詳しい大人がいてくれればよかったのだけれど。

 そういう思いから発した言葉だったのだが。

 

「「……」」

 

 なぜかふたりがポカンと口を開けていた。

 それからこちらの顔をまじまじと見て、声をあげて笑った。

 

「……?」

 

 え、なんで俺、笑われたの? そんな変なこと言ったか?

 わからず首を傾げていると、ますます笑われた。

 

 ひとしきり笑ったあと、キリトは先ほどよりはいくぶんかマシな表情で言った。

 

「俺は大丈夫。けどありがとう。そろそろ行くことにするよ」

 

「おう、気をつけてな」

 

「……そっか。行ってらっしゃい」

 

 最後にふたりとフレンド登録し合った。

 

「なにかあったらメッセージを飛ばしてくれ」

 

 キリトが背を向け走り出す。

 その背に向けてクラインが叫んだ。

 

 もしかするとこれが今生の別れになるのかもしれない。

 クラインはひとりの大人として、先に発つ少年へとなにを告げるのであろうか。

 

「おい、キリトよ! おめぇ、本物は案外カワイイ顔してやがんな! 結構好みだぜオレ!」

 

 俺はドン引きした。

 あっ、クラインってそーゆー。

 

 俺は二重の意味で「気にすんなよ!」とキリトの背に声を掛けた。

 




主人公のプレイヤー名について。

じつは《Lirili》という名前はSAOのアニメ内に登場してる。
見つけられた人はスゴイ。

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