Alkaid   作:深山瀬怜/浅谷てるる

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番外編
猫の魔法


「……何があったんですか、由真さん」

 由真はカウンターの片隅で、フードを深くかぶって壁に向かっている。見たことのない状況に、星音はとりあえず隣で笑いを堪えている寧々に事情を尋ねた。寧々は時折笑いながら答える。

「いや、さっきね……近所の子たちが来て、暇だったから一緒にトランプで遊んでたんだけど、由真がババ抜きで超大人気ない勝ち方をして」

「私普通にやってただけだもん……」

「子供相手に全く手加減せずに普通にババを引かせたり、子供が頑張ってババ引かせようとしてんのに普通に見破って引かなかったりして、ぶっちゃけ一人勝ちしまして」

「それは大人気ない……」

 由真が勝負事になると熱くなってしまうのは昔から、と梨杏が吹聴していたけれど、それはどうも間違いないらしい。子供相手にも本気で勝ちに行ってしまうのは大人気ない。

「で、悔しがった子供たちの一人が能力使って由真にイタズラをしまして」

「遊んであげたのにこの扱いひどくない!?」

 そう言いながらフードを取った由真の頭には、真っ白な猫耳が生えていた。

「か、かわいい……」

「可愛くない! あと半日はこのままなんだよ!?」

「いや……似合っとるよ、うん」

「めちゃくちゃ笑ってるじゃんもう……」

 星音も確かに笑ってしまったが、寧々はツボに入ってしまったらしく、笑い死にしそうなくらいに笑っている。本人は不本意そうだが、星音から見れば、結構似合っているからそのままでもいいのではないかと思うほどだった。

「まあでも由真さんが大人気なかったのが悪いやん」

「でも手加減されても嫌じゃない?」

「だからって百パーセント本気なのもどうかと……あ、もういっそ開き直って語尾に『にゃ』とか付けたらええやん」

「ねえ絶対面白がってるよね!? あ、でも私猫の鳴き真似めっちゃうまいよ?」

 そんな言葉とともに披露された由真の猫の鳴き真似は、確かにとても上手かった。星音が素直に褒めると、白い猫耳が僅かに動く。

「でも猫耳生やす能力なんてあるんやね」

「猫耳って言うか、動物の部位? 尻尾とかもできるらしいよ。仮装パーティーのときは大活躍だね」

「いや、仮装パーティーでも半日以上元に戻せないのは困るやろ……」

 能力は人によって違う。正直、一体何の役に立つのかわからない能力の方が多いのだ。けれど、ここを一歩出れば能力者(ブルーム)とひとまとめにされてしまう。きっと今日遊びに来て、由真に悪戯をした子たちもそうなのだろう。だから、能力者が多く働くこのアルカイドは、能力者の交流の場にもなっているのだ。

「その猫耳、消してもらうとかは出来なかったん?」

「それが、出すことはできるけど、消すことはできないらしくて……でも二十四時間は保たない能力だから、ほっとけばいいって寧々には言われたんだけど」

 寧々の能力は、能力者の持つ能力を解析するというものだ。その寧々が言っているのだから間違いないのだろう。

「じゃあもうやっぱ開き直って、今日だけ猫耳キャラで行くしかないっすね」

「絶対面白がってるでしょ、星音……」

「話聞いてると、八割由真さんの自業自得じゃないですか」

「いや待ってよ。別にズルとかはしてないんだよ!?」

 でも子供相手にババ抜きで本気を出したのは事実だ。それに星音は知っている。正直由真も悪戯を仕掛けた子供たちと大差ないことをしていることを。

「由真さんもたまにしょーもない悪戯してるから同レベルやで……この前も寧々さんの制服に変な人形入れてたし」

「あれは一瞬で終わるじゃん! 私しばらくこのままなんだよ?」

「可愛いからええと思うで」

「いや可愛くはないでしょ……もっとこう、或果とか寧々とか星音とか黄乃の方がさ……」

「さりげなく梨杏さんだけ抜いとるな……」

「じゃあ星音、あいつに猫耳つけられる? 酷い目見るのがオチだよ」

 それは確かに、と星音は思った。梨杏の場合はそもそも素直に猫耳をつけられてくれなさそうだし、そんな悪戯を仕掛けようとした人にはくすぐり攻撃をしそうだ。星音は何度か梨杏に返り討ちに遭う由真を目撃している。

 散々文句を言っていた由真だったが、徐々に慣れてきたのか、気にせずに普段の仕事をこなし始める。そうしているうちに星音の携帯が鳴り響いた。ハルからの着信だ。

『エリアA-3で能力者同士が喧嘩しているらしい。今から出られる?』

「行けますよ。由真さんも大丈夫ですよね?」

「うん」

 そのとき、その場にいる全員が状況に慣れすぎて、大事なことに気が付いていなかった。いつものように店の外に出た星音は、自分のバイクにキーを挿す。

「え、いつの間にバイクなんて手に入れたの?」

「ああ、この前免許取りました。このバイクは中古で安かったんで。この方が徒歩で行くよりええかと思って。はい、ヘルメット……」

 由真にヘルメットを渡そうとした星音は、由真の頭を見て噴き出した。猫耳をつけている人にヘルメットをかぶらせて大丈夫なのだろうか。

「神経通ってるわけじゃないから大丈夫でしょ」

「それならええんやけど。しっかり捕まっとってくださいね」

 由真が腰に手を回したのを確認してから、星音はバイクのエンジンを噴かす。ここからエリアA-3までは、バイクなら五分で着く。

「いいな……私も免許欲しい……」

「止められてるんでしたっけ、ハルさんに」

「うん」

「まあ気持ちはわからんでもないけど。――私がいるときならいつでも乗せますよ」

「本当に? あ、じゃあ今度海行きたい!」

 無邪気に笑う由真を背中に感じながら、星音は微笑んだ。戦闘に関しては非常にストイックで、厳しい表情をしていることも多いけれど、そうでないときは普通の女の子と変わらず、よく笑う人だ。そして優しすぎるくらいに優しい人。喫茶アルカイドで働いて半年近くが過ぎて、徐々にそれがわかってきた。

「あ、あれやな」

 二人の男が喧嘩をしている。それなりに距離を取って能力をぶつけ合っているという大変迷惑な喧嘩だ。一人はペイント弾のようなものを指から飛ばす能力で、もう一人は周囲の小石などを念動力(テレキネシス)で浮かせて飛ばしている。能力的にはどちらもそれほど強くない。由真が出るまでもないような小競り合いだ。

 バイクを止めると、喧嘩をしていた二人が星音たちを同時に見る。由真はバイクを飛び降りてヘルメットを外す。その瞬間に、喧嘩をしていた二人の視線は由真の頭の上で止まった。

 その目は異口同音に、無言で語っている。

 

 ――なんでこの人猫耳つけてるんだ? と。

 

 由真は髪の毛と猫耳を直しつつ、心なしか顔を赤らめながら言った。

「これに関しては……気にしないでいただけると」

「いや気になるわ!」

 そのせいでもう喧嘩どころではなくなっている。ほぼ何もせずに事態が解決したのはよかったのかもしれないが、由真の勇ましい登場は台無しだ。

「それで、何で喧嘩なんかしてたわけ?」

「あ、もう気にせず続けるんや……」

 由真はガードレールに腰掛けて二人から事情を聞き始める。突然の猫耳少女の登場で戦意を削がれた二人は素直に事情を説明した。どうやらゲームをしていて、相手が不正をしたんじゃないかと言い争いになった末に、能力を使った喧嘩に発展してしまったらしい。

「しょーもな……」

「まあでもゲームの恨みって意外にでかいって、いま身を以て体験しとるやん」

「あとは警察に引き渡してこってり搾ってもらおう。もう疲れた」

「さっき連絡したからもうすぐ来ると思うで、杉山さん」

 杉山(すぎやま)悠子(ゆうこ)とは、由真たちアルカイドの面々に協力してくれている警察官だ。最終的に警察に引き渡さなければならないときは、必ず悠子を通すことになっている。由真は溜息を吐いてフードを目深にかぶった。

「あ、隠すんや」

「あの人絶対笑うもん」

「癒やされてくれるかもしれへんで?」

「ないでしょ。もっと可愛い子なら別だけど」

 かなり似合っているし、よく見ると由真は可愛らしい顔立ちをしているということには気が付いていないんだろう。星音はフードの布が不自然に盛り上がった部分を軽くつまんだ。

「これ、明日には消えちゃうんだよな……」

「早く消えて欲しいんだけど」

「え、でも今日みたいに何にもしてないのに解決する確率上がるかもしれないですよ?」

「星音が生やした方が絶対効果あるってそれは」

「いや、由真さんみたいな人がやるから破壊力あるんやで?」

「私の意思でやってるんじゃないし!」

 騒いでいると、パトランプを回した黒い車が到着した。助手席から髪の長い女性が現れる。杉山悠子だ。

「お疲れ様です、杉山さん」

「いつもありがとね、星音ちゃん。あと由真も」

 由真は悠子に頭を下げる。律儀に深めの礼をしてしまったせいで、顔を上げたときにフードが頭から外れてしまった。

「あ」

 急いで深くフードをかぶり直すものの、もうしっかり見られてしまっていた。

「え、どうしたのそれ?」

「可愛いやろ? 今日は一日猫キャラで行くそうです」

「ちょっ……星音!? 何その口からでまかせ!?」

「猫キャラなんだ……じゃあ……猫じゃらしとかあったかな……」

 悠子は鞄の中を探っている。どうやら猫を飼っているらしく、たまに鞄に猫の玩具が混入していることがあるようだ。

「仕事してください、杉山さん……」

「あ、そうだった。じゃあこの二人は連れて行くけど……星音ちゃん、後で由真の写真送っといて」

「了解しましたー」

「なんなのこれ……もうさぁ……」

 由真が深く溜息を吐く。けれどこれは徐々に諦め始めた兆候であることを星音も悠子も知っていた。そういうときは意外に写真を撮らせてくれるのだ。

 悠子たちがいなくなり、由真は再びバイクに乗ってヘルメットをかぶった。星音に体を預けながら由真が小さな声で呟く。

 

「……あとであいつに頼んで全員に猫耳生やしてやろうかな……」

 

 星音はそれを聞かなかったことにして、笑いながらバイクを走らせた。

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