Alkaid   作:深山瀬怜/浅谷てるる

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始まる前に終わる恋・記憶・焚き火

7・始まる前に終わる恋(ラブレター)

「あ、あの! 好きです!」

「う、うん……?」

 由真は急に押しつけられた手紙と、押しつけてきた小学生の少女を見て首を傾げた。相手は間違いなく初対面だ。喫茶アルカイドにも来たことがない。由真はおそるおそる少女に尋ねた。

「人違い……ではないよね……?」

「違いますよ! でも好きになるんです!」

「好きになるってどういうこと……?」

 更に戸惑う由真に、少女は目を輝かせながら言った。

「夢で見たんです! 私はあなたに恋をするって!」

「確認したいんだけど、初対面だよね?」

「そうですよ?」

 初対面の人間にこれだけグイグイいけるのもすごいな、と思いながら由真は渡された手紙に視線を落とした。そこには由真の記憶にない出来事と、それで自分は由真に恋をしたのだということが書いてあった。

「もしかしてこれ、全部未来の話?」

「はい、そうです! 実は私、未来が少しだけわかるんです。とはいえ夢で見るのでほぼ覚えてないっていう感じなんですけど」

「ということは、これがこのあと起こるってことだよね」

「そうですね。明日になるのか、それとも十年後かはわからないんですけど」

 それで先回りして告白してくる人はなかなかいないだろう。そもそも未来を他人に教えてしまって、未来が変わったりしないのだろうか。時間が関係する能力は厄介だと寧々が言っていたことを由真は思い出した。

「それは大丈夫です。どうやっても私が夢見た部分だけは変わらないので。その分私は断片的なことしか予知できないんですけど」

「そうなんだ……でもこれがいつ起きるかはわからないと……」

 だったら起きてしまってから告白してもいいのではないかと思ったが、それは言わないことにした。このタイミングで告白してきたことに理由がアル可能性もあるからだ。

「うん、わかった。でもね……」

 未来がどうあれ、答えはきっと変わらない。だから由真は少女の目を真っ直ぐに見つめた。

「あなたと恋人になることは出来ない。少なくとも今は……好きな人がいるから」

 そう言った瞬間に、胸がズキリと痛んだ。好きな人がいる。いや、もしかしたら「いた」と言うべきかもしれないから。

「少なくとも今は、なんですね」

「だって、未来のことは私にはわからないし」

「ありがとうございます。やっぱり未来の私が惚れる人はさすがですね」

 由真は少女の言葉の意図を掴みかねた。けれど少女はどこか満足そうな顔をして去って行ってしまった。まるで嵐のようだと由真は苦笑しながら、今では珍しいランドセル姿の少女を見送った。

 

8・記憶(雷雨)

 空が明るくなってから五秒後に響く轟音。雷は少しずつ近付いてきていた。大粒の雨が地面を打つ。目も開けられないほどの勢いの雨。その中に柊由真は佇んでいた。

「……どうして」

 雨の中蹲る、髪の長い少女。

 少女がすでに死んでいることは明らかだった。血が激しい雨によって洗い流されていく。

 少女の横に膝を突く由真に、一人の女が近付いた。由真は女の青い目を睨みつける。

「これが彼女の望みだった。君だってわかってるだろ」

「それでも、私は……」

「君が何を言おうと、君は彼女を助けられなかった。それだけのことだよ」

 冷たい女の声に由真は唇を噛み、拳を握りしめた。ゆっくりと手を開くと、そこに細身の剣が現れる。しかし由真がそれを女に向ける前に、女は手の中に隠れるほどの小さな拳銃を由真の額に突きつけた。

「彼女は自分の能力を捨てたがっていた。それについて、死を考えるほど悩んでいた。でも君はそれができるのに何もしなかった」

「それは……」

「彼女の能力が暴走しているわけではなかったから、と言うんだろう? それに種を取り出すことでその体にどんな影響があるかわかっていない。でもそれは彼女が生きているから出来る心配だ」

 自死を選ぶほど追い詰められていたなら、その種を取り出して壊すべきだったのだろうか。けれど由真にはできなかったのだ。

「……私は、あの能力が好きだった。あの子が嫌いだって言っていたものが、すごく綺麗だと思っていた」

「でももう遅い。死んでしまったら取り返しがつかないんだ」

「っ……あなたに……あなたにだけは、言われたくない!」

 雨が体を打つ。一瞬だけあたりが明るくなった。同時に踏み込んで女に斬りつけるが、ギリギリのところで躱されてしまった。

「僕は彼女が望んだことを手伝っただけだ。もう疲れた、何も考えたくない、楽になりたいと言うから、全ての苦しみから解放してあげただけ」

 言い返すことができなかった。苦しんでいたのは知っていた。そして死ねば確かにそれらからは解放される。本人がそれを選んだのならば、責めることはできない。

 それでも激しい怒りが湧いてくるのは、彼女を失いたくなかったからだ。

 激しく降り続く雨の中、由真は去っていく女の姿を見送ることしかできなかった。怒りをぶつけたところで死んだ人間は戻らない。膝をついて天を仰いだ瞬間に、音と光がほぼ同時に降ってきた。

 

9・焚き火(ぱちぱち)

「カナエ、何聞いてんの?」

 カナエは休み時間にヘッドホンをつけてぼんやりしていた。星音が話しかけると、カナエは黙ってヘッドホンを星音に手渡す。それをつけてみると、何が爆ぜるようなぱちぱちという音が聞こえてきた。どこか落ち着く音だとは思うが、あまりに予想外のものを聞いていたので星音は驚いた。

「何やこれ?」

「焚き火の音」

「何でそんなん聞いてるん?」

「んー……なんか落ち着く」

「夏に聞くとちょっと暑苦しいような……」

「でもキャンプは夏にもやるでしょ?」

 確かに、と納得しかけたが、そもそも焚き火と言えばキャンプの認識で問題ないのだろうか。そう思いながらも星音はカナエにヘッドホンを返した。

「で、その写真集は一体……」

「これはねぇ、廃墟の写真集。いいでしょ」

「綺麗なのもあるけど不気味なのも結構多いな」

「それがいいんだよ。あ、星音も今度いっしょに廃墟探索に行く?」

「ちょっと前に旧校舎でえらい目に遭ったやろ……」

 旧校舎も廃墟と言える。そしてそこにいる幽霊のおかげで大変な目に遭ったのは記憶に新しい。そもそもカナエに廃墟探索の趣味があったとは知らなかった。

「廃墟行って何するん?」

「まあ写真撮ったりとかもするけど、だいたいぼーっとしてる。面白いんだよ。そこはもう使われてないけど、誰かがいた痕跡だけは残ってるの。静かで落ち着く」

「わかるような……わからないような……やな」

 カナエはそれからも淡々と、けれど少しだけ楽しそうに廃墟の話を続ける。友人の新しい一面を知った星音は、微笑みながらその話を聞き続けていた。

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