生放送の歌番組での由真の行動は、
人の小さな悪意が集まったものを制御することは非常に難しい。自分一人だけにそれを向けさせるつもりでも、周りに波及していくこともある。今回の場合は、由真を雇う喫茶アルカイドがその対象だった。ネットに悪評を書かれるのはもちろんのこと、迷惑電話やわざわざ店に出向いて罵詈雑言が書かれた紙を貼っていくなどの営業妨害も続いていた。星音はそれでも仕事に来て、店の状況を気にせずに来店してくれる客の相手をしながら、どこか心に穴が空いたような気分になっていた。
「……はぁ……」
深い溜息を吐くと、隣にいた梨杏が笑う。
「由真に会いたい?」
「……え、今の溜息はそういうわけじゃ……あるんやけど……」
由真が店に出ると過激な人たちの襲撃を受けかねない、という寧々の判断で、現在は謹慎中だ。もちろん由真にしか対処できない仕事があれば出動することになっているけれど、そうでないときは待機という名の休みだ。滅多に休んでいることがないので丁度いいのかもしれないが、顔が見られないのは少し寂しい。
「最近はB-4地区の河川敷によく行ってるらしいよ。個人的にやりたいことがあるらしくて」
「そうなんや」
個人的にやりたいこととは何だろうか。でも確かにまとまった休みがあるときにしかできないこともあるだろう。星音が納得しかけたところで、梨杏が口元に手を当ててくすくすと笑っていることに気がついた。
「いや、だからね……会いたいなら行けばいいよっていう意味で言ってるんだよ、私は」
「あ、そういうことか!」
「今日はもうすぐ上がりでしょ? 閉店作業は一人でやっておくから、行って来なよ」
何だか色々と察されている気がしてならないが、星音は梨杏に礼を言った。会って何をするというわけではないけれど、ただ顔を見て、元気かどうか確かめたかったのだ。
制服から私服に着替え、バイクに跨る。エンジンキーを回そうとして、出動のときはいつも後ろに由真を乗せていることを思い出して星音は手を止めた。その温もりを背中に感じないことが寂しいと思うようになるなんて。緋彩の話を聞いてもらってからだろうか。気が付けば星音はふとした瞬間に由真のことを考えるようになっていた。
「いや待て、何やこれ」
もうそれは恋やない? と頭の中で声が響いた。『青の向こう側』で楓が呉羽に言うセリフの一つだ。呉羽は相手をぼかして楓に自分の気持ちが何なのかわからないと相談する。そして楓は何も考えずに答えるのだ。相手が自分だとは気付かないまま。そのシーンも緋彩と二人で再現した。楓の言葉で自分の気持ちを自覚した呉羽の表情が当時はかなり話題になったりもした。
もうそれは恋やない?――緋彩の声で、その言葉が頭に響く。
「恋って何やねん……
星音は溜息まじりに呟いてからバイクを走らせる。今は余計なことは考えないでおこう。邪念を振り払うため、いつもよりもっと交通法規を意識して運転した。十数分走ると目的の河川敷が見えてくる。バイクを近くに停めて由真の姿を探すと、橋の支柱を背もたれにして座っているのが見えた。由真は全身黒の服を着ていて、一歩間違えれば見逃してしまうくらいには夜の中に溶け込んでいた。
「……由真さん」
「梨杏に聞いてきたの?」
「そうです。で、こんなとこで何してるんですか?」
由真は無言で、星音が来たのとは反対の方向を指差す。そこには河川敷の草むらに本を片手に立っている緋彩の姿があった。時折その声が聞こえてくる。発声練習なのだろう。けれどそれだけでは由真が何をしているのかはわからなかった。
「個人的に……ボディーガードみたいなことを」
「え、何でそれ今まで黙ってたん!?」
「寧々にもハルさんにも話してないから。梨杏は知ってるし……多分寧々たちにもバレてると思うけど」
「緋彩から依頼があったってことですか?」
「いや、私が持ちかけたんだけど。結局何もなかったけどね」
自分で持ちかけたから「個人的にやりたいこと」なのか。けれどどうしてそんな提案をしたのだろう。この前の依頼はもう報酬も支払われて、完全に終わったはずなのに。
「どうして……」
「色々心配だったし……あとは、個人的にちゃんと話してみたいなと思って」
「何話したんですか?」
「んー……たいしたことではないよ。どうして役者になりたいと思ったのかとか、あの役をどうしてもやりたい理由はなんなのかとか。なんか、聞いてみたくて」
本人もどうして聞きたかったのかはわかっていないのだろう。けれど緋彩は由真に正直に答えたのだ、というのが由真の表情からわかる。少し力を抜いた、優しい目をしていた。
「私には演じるってどういうことなのかすらわからなかったんだけど、でも、それを通して誰かに何かを伝えたいからやってるんだってのはわかった。少なくとも彼女はね」
「誰かに何かを伝えたい……って結構抽象的やな」
「それは演じる役によって変わるらしいよ。じゃあ今度の役は誰に何を伝えたいのかな、と思って」
緋彩が楓役にこだわるにはそれなりに理由があるのだろう、と星音はそのとき初めて思い至った。二人の思い出もある。けれどそれ以上のものを緋彩は伝えようとしているのではないか。
「『役を見せる前にそれを言っちゃうのは嫌なので』って言われちゃったけど。まあそうだよね。言葉で簡単に説明できたら演技なんてする必要ないんだもん」
「それは確かに。……緋彩にも理由があるんやって、わかってたつもりやけど……全然わかってなかったんやな、私」
「この前車で言ってたこと?」
「聞いてたんですか、あれ……」
「本当に寝てたんだよ? でもちょっと目が覚めたタイミングだったから」
慌てて言い訳をする由真に、星音はふっと笑みをこぼした。別に聞かれて困るほどの話ではない。星音はその場に腰掛けながら、言葉を置くように話し始めた。
「私は、緋彩が役を降りれば……全部解決するような気がして」
「そんなことないんだよ。叩きたい人は何だっていいんだから、降りたら降りたで『その程度の気持ちだったのか』って言うし、続けたら続けたで『降りろ』って言うし。それなら私は本人がどうしたいかが一番大事だと思う」
星音は思う。この言葉を発するまでに、由真が辿ってきた道の険しさを。能力者関連の事件を解決する
「あの子が何したって叩かれるなら、標的が変わればいいと思ったんだけど……正直私も見通しが甘かった。私だけでどうにかなると思ったけど、店にまで影響出ちゃったし」
「寧々さんは『ただでさえバイトに能力者多すぎて星1レビューばっかりだから今更増えたところで』とは言っとったけど」
「いやそんなレビューサイトとかどうでもいいんだよ」
由真が笑う。由真が本当に気にしているのは別のことだというのは星音もわかっていた。由真が起こした一件以来、脅迫の電話や営業妨害は日常茶飯事になってしまった。幸い今のところ誰も負傷することなく撃退できているけれど、それもいつまで続くかわからない。
「やる前にひとこと言ってくれればもうちょっとあったと思うんやけど」
「でも言ったら止めるでしょ?」
「当たり前やん。何でそんな自分一人で背負おうとするん?」
「……何でかな。自分ではそんなつもりないんだけど」
力のない声で由真が言う。きっと悲劇のヒロインになりたいだとか、ヒーローになりたいだとか、もしかしたら誰かを救いたいとすら思っていないのかもしれない。ただ手を伸ばしたいと思ったときに手を伸ばしているだけ。数ヶ月一緒にいて、由真がどんな人間なのか少しずつ見えてきたような気がした。
「
「うん。でも……私のために誰かが何かを諦めなきゃいけないなら、そっちの方が私はつらい。今みたいにみんなを巻き込むのも本意じゃなかったんだけど」
「みんな巻き込まれたのは気にしてへんで。だって私らがどれだけ悪かったとしても、だからって嫌がらせしていいことにはならへんやろ」
由真は何も言わずに練習を続ける緋彩を見つめている。街灯の光がその大きな目に反射して、一瞬濡れているように見えた。
「嫌がらせがなくなって、緋彩も心置きなく楓を演じられるように出来へんのかな」
「いろいろ考えてみたけど、上手い方法は見つからなかった。人の心を自由にできるわけじゃないし」
「いや嫌がらせとかしてる奴のことなんて人とは思えへん。緋彩なんて殺されかけてんねんで?」
生放送で緋彩を襲撃しようとした男たちは、殺人未遂の現行犯で逮捕された。ニュースによると、彼らは正義の行いをしたと主張しているらしい。けれど一人だけ、由真に
(あんときの由真さん、めっちゃ怖かったしな――)
怖い気持ちはわかる。けれど自業自得だ。星音はそう思っていた。
「ああいうことする人って根っからの極悪人だと思ってる?」
「性根が腐った奴だとは思ってますけど」
「でもね、普通に付き合ってると本当に普通の人だったりするんだよ。普通の人なのに、多くの人が正しいと思っていることに乗っかれば人を殺すことだってできてしまう。それが凄く怖いけど――でも、それに負けたくはない」
これまで由真に何があったのかを星音はほとんど知らない。けれど誰も知らない空白の時間を除いても、アルカイドで働き始めたあとも、様々なことがあったのは想像に難くない。本当なら目を閉じて、耳を塞いで逃げてしまってもいいようなことに、由真はずっと闘いを挑んできたのかもしれない。
(負けず嫌いって言うてたしな)
理不尽に傷つけられることから逃げることも大切だ。本当は戦う必要なんてないと今でも星音は思っている。けれど負けたくないと言うのなら、それでも立ち向かいたいと言うのなら、無理に止めることもできないと思っていた。
(ああ、そうや。緋彩もああ見えてめちゃくちゃ負けず嫌いだったわ)
緋彩がオーディションの前日に神社の階段から突き落とされて泣きながら星音に電話をしてきたとき、緋彩はこう言ったのだ。「私、こんなことに負けたくない」と。星音はそれを聞いて、緋彩の怪我を全て治そうと決意した。泣きながら負けたくないと言っていた緋彩に心を動かされたのだ。
(今もそう思ってるんやろな。『こんなことに負けたくない』って)
それなら、やることはたった一つだ。星音は立ち上がって、服についた土を軽く払った。
「……少し、緋彩と話してきてもいいですか?」
「いいよ。ていうか私に断る必要ないし」
笑顔で背中を軽く押されて、星音は緋彩のところに走って行った。走ってくる星音に気が付いた緋彩は練習をやめて軽く首を傾げた。
「今日バイトだったんじゃないの?」
「もう終わっとるわ。スタバやないねんから」
「ふふ、そっか。どうしたの? そんな必死な顔して」
「――この前、役を降りろとか言ったの謝りたくて」
緋彩は星音から目を逸らして微笑んだ。生温かい風がどこからか吹いてきて、肩あたりで切り揃えた緋彩の髪を揺らす。
「いいよ。星音の気持ちはわかってるし。好きなんでしょ、あの人のこと」
「い、いやまだ本当にそうなのかはわからへんけど……」
「それにね、私は誰に何と言われようと楓役だけは譲らない。だから星音が気に病むことはないんだよ」
「緋彩……」
「お母さんにも反対されたんだよ。でも私は必ずこの役をやり遂げてみせる。もう埒があかないからさ、記者会見することにしたんだ。『誰が何と言おうと降りるつもりはない』ってね」
それは危険ではないだろうか。星音は眉を顰めた。犯人は既に捕まったとはいえ、一度殺されかけているのだ。けれど緋彩の表情には迷いはないように見えた。
「大丈夫だよ。記者会見のときは警察も配備してもらえることになったし。それに――私は負けたくないの」
「負けたくない、か。今回は泣きながらやないんやな」
「もう、恥ずかしいこと思い出させないでよ。小学生のときの話じゃない」
星音は緋彩の体をそっと抱き寄せた。昔は同じくらいの身長だったのに、今では星音の方が十センチ近く大きい。星音の中にすっぽりと収まるほどの華奢な体。星音は自分にも言い聞かせるように、深呼吸をしてから言った。
「『あんたの夢は
けれどその言葉が消えるその直前に、目を灼くような強い光が星音たちを照らした。光源に向かって目を凝らすと、そこには男女合わせて十五人ほどの集団が立っている。由真が星音たちとその集団の間に割り込むようにして立ちはだかり、右手に剣を出現させる。
「……星音。寧々と杉山さんに連絡して。この数の能力者は私一人じゃ厳しい」
「わかりました。行くで、緋彩」
星音は緋彩の手を引いて安全な場所へと移動しようとする。寧々への連絡は携帯電話の緊急ボタンを押せば自動的にできるようになっている。警察はそのあとでもいいだろうという咄嗟の判断だった。
「……星音。あの人たちやばいよ、中継してる」
緋彩が小声で言う。星音たちの方に人を行かせないように能力者たちをいなしている由真を横目で見ながらも、星音は緋彩の示した携帯電話の画面を見つめた。
「『処刑』って……おかしいやろ。私らのやったことはそんなにあかんことやないやろ!?」
「マネージャーさんから聞いたんだけど、サイバーカスケードって言ってね、同じ意見の人ばかりが集まるようになるとどんどん排他的になったり過激になったりするんだって」
「そのなんたらカスタードってのはわからんけど、とりあえずあのまま一人で戦わせるわけにもいかん……せや、悠子さんにも連絡……」
星音は教えてもらった悠子の電話番号を選び、電話をかける。コールが鳴り止まないうちにすぐに繋がった。
「悠子さん、今すぐ来てくれへんか!? えーと、場所は」
『場所は把握してる。もう動画サイトで生中継されてるから警察はもう動いてる』
「せやったら……」
『申し訳ないんだけど、機動隊に先を越されてしまったみたいなのよ。こっちも今急行してるけど、間に合わないかも』
星音は舌打ちをしながら電話を切った。悠子たちならまだしも、機動隊が先に到着されてしまうと事態はもっと悪いことになる。由真は並の能力者に後れを取るほど弱くはないが、束になって向かってこられると苦戦することが多い。
(向こうは死んでもかまわへんと思ってやってるやろうし)
寧々たちが駆けつけてくるにも時間はかかるだろう。どうしたらこの事態を解決できるのか星音が頭を悩ませていると、緋彩が立ち上がってゆっくりと歩き出した。
「緋彩……?」
「私が行く。元は私の問題だし」
「駄目に決まってるやろ! あんた何の能力もないねんで!?」
「そんなことないってのを今から見せてあげる。――星音の知らない私を」
緋彩は大きな瞳で星音を見据えた。意志の強いその瞳に吸い込まれそうになって、星音は息ができなくなる。緋彩が由真たちのところに向かって足を進めていく。その間も由真は多数の能力者を相手に戦っていた。けれどいつもよりその動きは精彩を欠いている。その理由は、緋彩が星音に預けたままの携帯電話の画面を見れば明らかだった。
無能力者の犬。あるいは能力者殺し。他人の種を抜き取る能力から、由真がそう呼ばれていることは知っていた。けれど今この瞬間に由真が浴びせられている言葉は、そんなものの比ではなかった。その言葉は何らかの手段で由真に届いているのだろう。言葉が重い鎖になってその動きを鈍らせていく。
(由真さん……攻撃できへんのか)
全員を吹き飛ばすくらいは可能なはずだ。けれどそれは相手の多少の怪我は気にしないと割り切っているからできることだ。擦り傷くらいならすぐ治るし、骨が折れようと命までは奪っていないからいいという考え。けれど世間の声は、清潔な正義がそれを赦さない。この状況で攻撃すれば相手も無傷では済まない。だからこそ自分から仕掛けることはせずに、防戦一方の闘いを強いられているのだ。
一人の能力者が手を動かす。見えない空気の塊が由真の体を吹き飛ばした。地面に叩きつけられた由真は、それでも剣を支えにして立ち上がる。けれど由真が再び剣を構える前に、緋彩が両者の間に立ち塞がって両手を広げた。
「『
それは『青の向こう側』に出てくる、楓の台詞の一つだった。二人で作りあげた迷路は、途中で大人たちに壊されてしまう。大人たちは二人の目を覚まさせようとしたのだ。現実を見ろと。迷路を作るなんて馬鹿馬鹿しい。そして、無能力者と能力者が友達でいることなんて不可能だと。
そこにいるのは本宮緋彩ではなかった。星音の目には、良く見知った友人ではなく、憧れた実在しない少女が、石動楓がそこにいるように見えた。
「『私は嬉しかったんや。呉羽が一緒にやろうって言ってくれて。私でも、こんな役にも立たん力があっても、やりたいことをやっていいんだって初めて思えたんや!』」
本当に楓が叫んでいるようだった。物語のクライマックス。二人で何度も再現していたシーン。けれどあのときはただの真似事で、楓はただの憧れの存在でしかなかった。けれど今は、そこに楓がいる。緋彩は楓を自分のものにしたのだ。憧れではなく、そのものになったのだ。
生放送の画面を見ると、コメントが嵐のように流れているのがわかった。急に役の台詞を言い出した緋彩の行動に唖然としながらも、その演技を賞賛する声も出始めている。熱に浮かされた頭に冷水を浴びせるには十分すぎるほどの、鮮烈な演技だった。画面の向こうの人間までもを引き込む力があるなら、実際に目の前にいる人たちは言わずもがなだ。緋彩の迫力に押され、誰もが動くことすらできなくなっている。
(「星音の知らない私」ってそういうことか……それがあんたの本気ってわけやな、緋彩)
もしかしたらこのまま解決できるかもしれない。このまま、配信を見ている大多数の人間の心を動かすことができたのなら。星音が希望を見出したそのとき、武装した屈強な男たちが次々と河川敷に現れた。
(機動隊……こんなときに!)
星音は走り出した。こうなったら動画配信者たちは機動隊に任せて、自分たちはさっさと逃げるしかない。機動隊は事件を解決するために動いてはいるが、能力者に対する扱いは本当に酷いのだ。その証拠に、機動隊員たちは問答無用で特殊光線を動画配信者たちに向け始めた。その光線によって作り出された隙を利用して能力者たちを逮捕していく。
「由真さん……! 大丈夫ですか!?」
「ちょっと疲れたけど、あの子のおかげで何とか……機動隊に助けられてる状況なのは気に入らないけど、暴走してそうな人は一人もいなかったし大丈夫」
特殊光線は暴走した能力者には致命傷になり得る。けれどそうでない能力者に対してなら、短い時間なら、照射されている間の能力消失と動きの硬直だけで済む。だから由真も手を出さないでいるのだろう。
しかし全ての能力者を捕まえて輸送車に放り込んだあとも、機動隊員はそこから一歩も引こうとはしなかった。由真が溜息を吐きながら言う。
「今回はこっちは被害者なんだけど……」
「お前のしたことを誰も立証できないからお目こぼししてもらっているだけだ。警察にいるなら、お前が何をしたかはみんなわかってるんだ」
由真は何も言わずに目の前の機動隊員を睨み付けた。一瞬気圧されるほどの眼光。それを振り払うように、その男が特殊警棒を振り上げた。
「由真さん!」
そこから出る特殊光線は由真にとっては致命的だ。星音は由真を庇うように覆い被さって、背中に光線を浴びた。星音にとっては初めての経験だ。背中あたりに痛みが走り、体が動かなくなる。金縛りに遭ったときにように体が自由にならないのを感じながら、星音は反射的にその時間を測っていた。
「何をしてるの!?」
悠子の鋭い声が響き、特殊光線の照射がその瞬間に止まる。約五十秒。星音にとっては何の問題にもならないはずの短い照射時間。それなのに、体が動くようになってからも酷い眩暈がした。
「……大丈夫でしたか、由真さん」
「私は大丈夫。星音は……」
「ちょっとキツいですね……初めてだったから……?」
星音が素直な疑問を口にした瞬間、由真の目が見開かれた。由真が星音の背中に手を回す。
「由真さん?」
「ごめん、ちょっと黙ってて」
真剣な目と低い声に気圧されて、星音は体を硬くした。由真の手が触れている場所が熱を持ち、身体の中に何かが入り込んでくるような感覚に襲われる。
「由真さん、何が……?」
「――ごめんね、星音」
その瞬間、首筋に痺れるような痛みが走る。由真の手にスタンガンが握られているのを見たのを最後に、星音の意識はそこで途切れた。