Alkaid   作:深山瀬怜/浅谷てるる

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由真のほっぺをむにむにしたかっただけの話です←


番外編
白くて、やわらかくて


「ほら、早く腕出してください」

「いいよ、今日の傷そんなに深くないし」

「つべこべ言わず早よ出してください」

 由真は渋々と言った顔で腕を差し出す。袖を捲り上げてみれば、腕に走った赤い線からはまだ血が滲んでいた。星音はこの傷が元からつくものではなかったという話を先日聞いたばかりだ。自らつけていた傷が、いつしか種を壊すごとに自動的につくようになってしまったのだという。今のところ、由真以外にその事実を知っているのは星音だけだ。そのせいか、腕を差し出す由真はどこか気まずそうな顔をしている。

 今日の傷は浅いから、明日には治っているだろう。星音は能力で作った包帯を由真の左腕に巻く。巻き終わってからも、由真は星音と目を合わせなかった。星音は唇を尖らせる。こんな気まずそうな顔をさせるために聞いたわけではないのだ。

「……由真さん」

 星音は、なに、と小首を傾げた由真の頬に手を伸ばす。そして無言で横に引っ張った。由真の頬は想像していたよりも柔らかくて、その肌の白さとあいまって、アイスクリームを求肥で包んだかの有名な冷菓のようだった。

「……にゃにしゅるの、きゅうに」

 頬を引っ張られているせいでうまく喋れなくなっているのが可愛くて、星音はなかなか手が離せなくなっていた。思わずやってしまっただけで、本当はこんなことをするつもりではなかったのだが。しかしだんだん楽しくなってきたところで手首を掴まれ、強制的に終了させられた。

「何なの、急に……」

「いや、つい……でも由真さん。私はあんな気まずそうな顔させたくて傷のこと聞いたんやないんですよ」

「気まずいっていうか……自分がやったことのせいでこんなことになってんのに、星音に力を使わせるのは悪いなっていうか……」

「確かに自分で自分を傷つけるのはあかんことやけど、そうでもしないと耐えられないようなことがあったんやろ? それに私が治したいから治しとるわけやし、そんな気に病まんでええと思いますけど」

 負い目を感じる必要なんてない。それは他人から見れば自分の体を傷つける行為だが、それでも生きようとした闘いの証でもあるのだから。

「……ところで由真さん、アイス食べたくないですか? 雪見だいふくとか」

「確かになんか久しぶり動いて疲れたな……コンビニ寄ってから帰ろうか」

 

 

「何だか疲れた顔してない、ゆーちゃん?」

「そんなことないと思うけど……最近あんまり出動してないし」

「まだ動けるようになったばかりなんだからそりゃそうでしょ……」

「休んでる間に体力落ちたかな……」

 タリタとの戦闘で受けた傷を治すのに、一ヶ月以上かかってしまった。それでも星音の能力を使ったので、通常の十倍は早いという。一ヶ月はほぼ寝ているだけで、一週間でリハビリをして、その後戦闘になったのは一度だけだ。それも比較的楽な仕事だったのだが。由真は肩を落とした。

「体力はよく食べてよく寝て適度に動けば回復するわよ。もっとよく顔見せて」

 診察とはいえ、歩月の端正な顔立ちが目の前にあると思わず見惚れてしまう。由真がぼんやりとしていると、歩月の手が由真の頬に伸ばされた。特に文句の声をあげるでもなくされるがままになっている。

「ゆーちゃんって結構ほっぺ柔らかいのね」

「ねえこれ流行ってんの? この前星音にもやられたんだけど」

「これから一大ブームが来るかもしれないわ」

「歩月ってたまに真顔で冗談言うよね……」

「まあ確かに流行ってはないけど……何だか落ち込んでるんじゃないかって思ってたのよ」

「……生き残ってたのがあいつじゃなきゃなぁ」

 あの事件のとき、自分以外はみんな死んでしまったのだと思っていた。けれどタリタは何故か生き残っていた。混乱に乗じて逃げたのかもしれない。タリタならやりかねない。ともかく、生き残りは二人だったのだ。――今はもう、一人になってしまったけれども。

「……色々思い出しすぎたのかも。星音に話せて少しスッキリしたところはあるけど。それに……私は、今の方が大事だと思うし」

 それでも、心の中に薄く雲がかかってしまっている。星音に話すことであの日に引き戻された心が、まだ戻りきれていない。

「急ぐ必要はないと思うわ。そもそもゆーちゃん、切り替えが器用にできるタイプでもないわけだし」

「まあ、そうなんだけど。でも心配かけちゃうかな、みんなに」

「そういうときは正直に言えばいいのよ。ちょっと今落ち込んでるからって。でもみんなにはいつも通りにしててほしいんだって。正直に言うのは得意でしょ?」

「得意かどうかはわからないけど……嘘よりは、正直に言う方がいいかな……」

「うん、それでこそゆーちゃんよ」

 歩月が由真の頭を撫でる。歩月と初めて会ったのはあの事件の直後だったけれど、そのとき既に由真は十五歳だった。それなのに歩月は当時から由真を子供のように扱う。子供扱いされるのは嫌なはずなのに、歩月のそれには何故か安心してしまうのだ。

「ゆーちゃん、もう一回顔見せて?」

 由真は唐突な歩月の言葉に首を傾げながらも、言われた通りに歩月を見る。歩月はにこにこと笑いながら、由真の頬を人差し指でつついた。

「癖になる柔らかさだわ……」

「何言ってんの急に」

「いいじゃない。私も癒しが欲しいのよ」

 由真は溜息を吐きながらも、楽しそうな歩月にされるがままになっていた。これまでは歩月にしか感じていなかった感情を、最近は星音にも感じるようになってきた――そんなことを思いながら。

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