Alkaid   作:深山瀬怜/浅谷てるる

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ある日、服を買いに行った黄乃がたまたま由真に出くわしてしまう話。


砂糖とスパイス、それから。

 黄乃はもらったばかりのバイト代を握りしめ、C-5地区にあるファッションビルに乗り込んだ。緊急で戦闘になったときは手当てもつくのだが、今月は由真が動けない日もあったためにいつもよりバイト代が多かった。いつもは高過ぎて変えなかった服やメイク道具も、これなら手が届く。そう思ってやってきたのだ。けれど目的の服屋に辿り着く前に、ジャラジャラとアクセサリーを大量につけた日焼けした男たちに話しかけられてしまった。

「ねえねえ、一人? 俺たちと遊ばない?」

「え、えっと、あの」

 今時珍しいくらい古典的なナンパだが、予想外の事態に黄乃は固まってしまった。そもそも彼らは黄乃が男であることに気がついているのだろうか。前に女装だということがバレた瞬間に悪態を吐かれたこともあり、黄乃は何も言えずに酸素不足の金魚のように口をパクパクさせることしかできなくなってしまった。

(ど、どうしよう……)

 これから服を買いに行くところで、一人だけど忙しいんです、と毅然とした態度で言う、なんてことはできなかった。黄乃が体を縮こまらせていると、不意に後ろから声が聞こえる。

「この子に何か用?」

「なんだぁ? この子の彼氏か?」

 聞き覚えのある声に黄乃が振り向くと、そこには黒いパーカーとジーンズに身を包んだ由真が立っていた。ビッグシルエットのパーカーが体型を隠しているせいで、男のように見えたのだろう。

「そうだよ。俺の彼女になんか用?」

 由真は男たちの勘違いに話を合わせていく。彼氏持ちの女には興味がなかったのか、男たちはすぐに「彼氏いたんだ。ごめんねー」と軽く謝って立ち去った。

「あ、あの! すいません助けてもらっちゃって!」

「いや……別にいいんだけど。そんなに男に見えるのかなこの格好……」

 知らずに見たらイケメンが歩いているとしか思えない。喫茶店の制服よりもラフな格好なだけに、さらに男性的に見える。

「まあ、わりと楽しいからいいんだけど」

「あ、楽しいんですねそれ……」

「小さい頃からたまにお兄ちゃんのお下がり着て遊んでた」

 振る舞いを見ると女性的な部分は多いし、顔立ちも男っぽいわけではないのだが、とにかくかっこいいがために、男と間違われることも多いと言う。アルカイド唯一の男性店員は黄乃なのだが、それを由真だと勘違いしている客もそれなりにいると寧々が言っていた。

「黄乃は、買い物?」

「バイト代入ったので、可愛い服欲しいなぁって。由真さんは?」

「今日、まさかの緊急水道工事になっちゃって、店が休みになったから……服買いに。あとはここの二階にあるカフェのモンブランが美味しいって聞いたから」

「あ、そこ知ってます! ぼくもまだ行ったことないけど……タルトとかもすごく美味しいって」

「そうなんだ。じゃあ一緒に行く?」

「え?」

「あ、でも服とか一人でじっくり見たいタイプ?」

「い、いや欲しいのは決まってるから! 買い物はすぐ終わるんですけど! そういうんじゃなくて」

 まさか由真と買い物をすることになるとは思わず、嬉しさが半分、もう半分はほとんどパニックになっていた。結局流されるままに一緒に服を見て回ることになった。

 

「うーん……」

 由真は二枚の服を持って悩んでいた。黄乃はいつもは近付かないモード系のブランドの店に緊張して、体を縮こまらせながら由真の様子をうかがう。

「こっちは形が好きなんだけど、色はこっちが好きなんだよね……」

 どちらも似合っている。明らかに着こなすのが難しそうな服でも、由真が着れば着ているだけなのに様になってしまうのだ。

「あ、これならいいかも」

 結局悩んでいた二枚とは違う服を手にとって由真が言う。相変わらずモノトーンの服だ。ちらりと見えた値札に書かれた数字は思ったよりも大きかったが、由真はためらうことなくそれをレジに持っていく。

 由真の買い物が終わったので、次は黄乃の番だ。気になっていたけれど手持ちが足りなくて買えなかったブラウスを見つけ出してレジに持っていこうとすると、その手前で真剣に服を見ている由真に気がついた。

(絶対ああいう服も似合うんだよなぁ……)

 由真は頻繁に戦闘に出なければならないこともあり、基本は動きやすい格好をしている。喫茶店の制服でも、スカートを穿いている姿を見たことはほとんどない。けれど寧々が好むようなクラシカルロリータの服もきっと似合うだろう。

「由真さん。試着とかしてみますか?」

「え? いやでも買うつもりないし……あ、でもこれいいかもな」

「着てみましょうよ、試しに!」

 由真は楽しそうに服を持ったまま試着室に入っていった。由真は自分自身に無頓着なところがあるから服にもあまり興味がないのかと思っていたが、どうやらそれは違うらしい。

「どうかな?」

 その店の中では比較的シンプルなデザインの、白いワンピース。背中のレースアップと、動くたびに姿を見せるスカート部分の青色が綺麗だ。湖で遊ぶ妖精のような服は、恐ろしいほどよく似合っていた。

「すっごい似合ってます……!」

「ほんと? じゃあ買おうかな」

「え、でもこの店結構いい値段……」

「普段あまりお金使わないから、わりと貯まってるんだよね実は……」

 戦闘に出たときに手当が黄乃と同じ基準で出ているとしたら、普通の会社員よりも稼いでいるのではないだろうか。そのことに気がついて、黄乃は持っていた服を思わず取り落としそうになった。

「あとね、さっきこれ見て……黄乃に似合うんじゃないかと思って」

 由真が指し示したのは、由真が今から買おうとしているワンピースと同じシリーズの、薄い黄緑色のものだった。森の妖精をイメージしたというそのワンピースは、ふわりと広がるAラインと腰と肩の長いリボンが特徴だった。確かにとても可愛い。でもこの店の服は、黄乃のバイト代では一着が限界なのだ。でも欲しい――そう思っていると、由真がその服も手に取り、さっさとレジに向かってしまった。

「え!? ちょっと待って!」

「どうかした?」

「いや、その……な、なんでぼくの服を由真さんが買おうとしてるのかなって……?」

「お金なら足りてるよ?」

「そうじゃなくて!」

「いや、単純にこれ似合うかなぁと思ったのと、黄乃がこれ着てくれば寧々とかすごく喜びそうだなって思って」

 言いながら服を店員に渡してしまったので、もう後には引けない。深緑色のシンプルな財布から出された数枚の紙幣と引き換えに、服が入った大きめの袋が出てきた。

「あ、あの……ありがとうございます!」

「私がやりたくてやったことだし、別に。モンブラン食べに行こうか」

 喋りながらもあまりに自然に荷物を持たれてしまい、黄乃は慌てた。いくら何でも女性である由真に荷物を持たせるのは申し訳なさすぎるだろう。黄乃が荷物を持とうとすると、由真がくすりと笑った。

「じゃあ……自分のやつは自分で持って」

「あ、はい……」

 エレベーターで二階まで降り、モンブランが美味しいというくだんのカフェに行くと、窓際の席に通された。カフェの客の視線を感じる。女性客が多い店で、由真の姿はそれなりに目立っているらしい。「あの人イケメンじゃない?」なんて声まで聞こえてくる。しかも黄乃を完全に彼女だと思い込んでいるらしい。

「どこまでバレないか、やってみたら面白そう」

「え?」

「私が彼氏役で、黄乃が彼女役。で、今からしばらくやってみるの。どう?」

「いやいやいや無理ですって! 恋人同士がどうすればいいかもわかんないし!」

「私もあんまり知らないけどね……まあ楽しく過ごせばいいんじゃないの? あと壁ドンと顎クイは知ってるよ」

 ここに星音がいたら「知識浅すぎやろ」とすかさずツッコミを入れているところだ。由真が恋愛の類に全く縁がないことは黄乃も知っている。そもそも店員以外特に話をするわけではないのだから、バレているのかバレていないのかすらわからないのではないだろうか。

 どうなることかとハラハラしながらも店員を呼び、由真が二人分の注文を告げた。しばらくすると二人分のモンブランと飲み物が運ばれてきた。黄乃はアイスミルクティー、由真はアイスカフェラテだ。目の前に置かれたそれに、由真はガムシロップを注ぐ。それから噂のモンブランをフォークで切り分け、口に運んだ。

「あ、これ本当に美味しい。すっごい栗の味する」

「ほんとですね……!」

「これはうちのケーキも改良の余地あるよなぁ」

「そういえばお店のケーキって、誰が作ってるんですか?」

 カレーなどのフードメニューは寧々と或果が中心になって作っているが、ケーキを作っているところは見たことがない。本当は働き始めたときに聞くべきことだったのかもしれないけど、と思いながらも黄乃は尋ねた。

「うちのケーキと、あとクッキーはね、あるケーキ屋さんと契約して作ってもらってるんだ。もううちでしか食べられないんだけどね、そこのケーキ」

「そうだったんですね……」

「昔はその人自身がお店を持ってて、そのケーキの一部をうちに卸してもらってたんだけど、今はそのお店がなくなっちゃって。いつも或果と寧々とメニューの打ち合わせしたりはしてるんだけど、最近会ってないな……」

「どんな人なんですか?」

「俺の三個上の、うーん……ケーキがすごく似合う人」

 取り止めもない話をしているうちにケーキを食べ切ってしまって、そろそろ店を出ようかということになった。由真は伝票代わりのカードを持ってレジに向かう。そのままさっさと会計を終わらせてしまった。

「暗くなってきちゃったね。送って行くよ」

「いや、あの……一応逆では……?」

「え、だっていま彼氏役だし」

「あれ続けてたんですか!?」

「続けてたよ! ずっと俺って言ってたじゃん! ちょっと声低くしてたし!」

「た、確かに違和感あったけど……!」

 行こ、と手を引かれ、黄乃は頬を赤らめた。これも彼氏役の演技なのだろうか。それとも天然か。どちらにせよ破壊力がすごい。改札をくぐると、ほとんど待たずに電車が来たのでそれに乗る。中は満員で黄乃たちが座る場所はなかった。

「あーなんかどっかでイベントあったみたいだね。同じ服着た人がいっぱいいる。大丈夫? 潰されてない?」

「あ、はい大丈夫です……っ!」

 壁際に押しやられているが、息苦しさは感じない。それは由真が壁に手をついて、黄乃に覆い被さるようになっているからだ。漫画でしか見ないようなシチュエーションだ。

「こういうのって、『俺が守ってあげる』とか言うとこなのかな?」

「ど、どうなんでしょう……」

「でも、守ってあげるなんてそんな簡単には言えないけどね」

「由真さん……」

「今は俺のことその名前で呼んじゃダメ。まだ続けてるんだから」

「まだ続けてたんですか……っ!?」

 由真は悪戯っぽい笑みを浮かべる。本当に楽しんでいるという顔だ。楽しいならそれでいいけど――と思いつつも、この変な状況は心臓に悪い。寿命が縮んでいるような気がする。

 電車を降りて、由真は宣言通り黄乃の家の近くまで黄乃を送ってくれた。

「今日は楽しかった。ありがとね」

「いえ、こちらこそ……なんか色々奢ってもらっちゃった気もするし……」

「いいんだよ。使わないで貯め込むよりは、誰かに喜んでもらえることに使った方が。あ、あと彼氏ごっこも楽しかった……けど彼氏って結局何をすればいいのかわからなかったな……」

 多分何もしなくても、男言葉を使わなくても、十分成立したと思う――とは言わなかった。

(どういう人なんだろうなぁ、由真さん……)

 かっこいいように見えて、子供のような遊びに興じてみたり、ワンピースを着れば可憐で清らかな女性にもなり、けれどその芯は失われない。何だかとても自由だと黄乃は思った。

「そうだ。さっき買ってもらったワンピース、今度バイトのときに着ていきます」

「じゃあ私もその日に着ようかな。楽しみにしてる。寧々たちもきっと喜ぶし」

 自分が着たいというよりは、由真がそのときに買ったワンピースを着ているところをもっと見たいのだ。角度によって色が変わる不思議な宝石のような彼女を見ていたい――由真に見送られながら、黄乃は火照った頬を冷ますように、両手でそこに触れた。

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