Alkaid   作:深山瀬怜/浅谷てるる

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星音と勉強をしていたカナエは、ふと思い出す。2年と少し前、それは由真と出会ったばかりの頃の話。



もふもふコミュニケーション

 最初に能力を使ったのは、ミルクを飲んでいるときだったらしい。お腹が満たされたことで気分が良くなったのだろう。実に単純な話だ。でも最初は大豆くらいの大きさのものを出すくらいで、大きいものを出すようになったのは小学生になってからだ。

 能力者の多い学校だったこと、そしてその能力がただ白くてふわふわした物体を生み出すだけだったこともあり、カナエはそれなりに友人にも恵まれていた。友人はカナエの能力で癒されてくれたし、友人が喜ぶ顔を見て、テンションが上がってさらにもふもふを生み出していた。けれどどれだけ気持ちが良いものでも、毎日そこにあると慣れてきてしまう。いつまでも新鮮な反応をくれるのは、目の前にいる最近できた友人――瀧口星音と、星音とよくバディを組んでいる柊由真くらいだ。

「これは気持ちええわ……勉強やる気なくなってまう……」

「赤点取ったら減給なんじゃないの?」

「手当結構もらってるんやで、実は……」

「それは危ない目に遭う可能性が高いからもらえてるやつじゃん……」

 テストの結果がそれなりに酷かった星音に、寧々が「次のテストで赤点取ったら減給」と言い出したのが二日前。付け焼き刃だけれど勉強して減給だけは免れようとカナエの家で勉強することになったのだが、星音はカナエの部屋に溢れるもふもふのせいですっかりダメになっている。

「だいいち、最近出る回数減ってるって聞いたけど」

「せやなぁ……由真さん一応病み上がりやもん。どうしようもないときは駆り出されとるけど」

「そりゃああれだけ怪我したらそうなるよ……」

「治したの私なんやけどな」

 普通だったらまだベッドの上にいてもおかしくない怪我だったと聞いている。けれど星音の能力で段階的に治して、今では普通に戦えるくらいには回復しているのだ。本人はそうは思っていないだろうけれど、恐ろしい能力だ。

「人の怪我治せるってすごいなぁ……」

「いや、でも私はカナエが一番強いと思うで?」

「怪我も治せないし攻撃もできないよ?」

「アルカイド最強で、何なら一人で機動隊ともやり合えるはずの人が、このもふもふで毎回毎回大変ダメになるんやで……? 絶対敵にならんでほしい」

 カナエは微笑んだ。自分が敵になることはない。たとえ何があっても、由真の味方でいることを決めたのだ。

「はぁ……勉強せんとなぁ……」

「私もテストやばいわ……」

「カナエはもうおもろいからええやん。天然であれば才能やで」

「補習は避けたい……」

「まぁ、それもそうやな。しゃーないから勉強するかぁ」

 星音はだるそうに体を起こし、問題集を開いた。カナエも同じようにノートと参考書を開きながら、二年と少し前のことを思い出していた。

 

 

 親の仕事に付き添ってアルカイドに行くようになったのは中三になる直前の春休みだった。引っ込み思案でなかなか友達もできなかったカナエにとっては、親の仕事を手伝って様々な喫茶店を見て回るのがカナエの趣味のひとつのようになっていた。その店が気になったのは主に働いていたのが自分と同じ年頃の女の子だったことと、その割に落ち着いた店構えだったからだ。そして何よりも気になっていたのは、いつも一言も発さない、どこか暗く鋭い目をした少女――柊由真だった。接客業だというのに微笑みもしないその姿は異様としか言いようがなかった。

 その頃のアルカイドはまだ開店したばかりで、能力者の子供二人が店員をしていることと、蓮行晴の仕事を手伝っているということで、無能力者からも能力者からも攻撃を受ける立場にあった。しかしカナエが行くときは空いている時間を目掛けて行くとはいえ、経営は大丈夫なのか不安になる程静かな場所だった。

「それは倉庫にお願いします。由真、手伝ってあげて」

 由真は軽く頷いて、トラックに積んだコーヒー豆をおろしていく。女性では一袋を持てない人もいるようなものを軽々と持って運んでいく由真の姿を見て、カナエは少なからず驚いていた。

(あんな腕ほっそいのにどこにそんな力が……)

 贅肉という概念がないのだろうか。そんなことを考えながら運んでいたら軽くよろめいてしまい、転びそうになったところで急に体が軽くなった。

「……大丈夫?」

 低くて、すっと入り込んでくるのにどこか耳に残る声。これまでずっと暗い色を湛えていたその目の奥が意外に優しいことに気が付いて、カナエは慌てて体勢を整えた。

「あの……ありがとうございます」

 頭を下げた瞬間に、ぽんっと間抜けな音が響く。それほど大きくはないが片腕で抱えるほどの大きさのもふもふが生まれ、カナエがそれを片手で捕まえると、由真の視線がそれに注がれていることに気が付いた。

「あ、これ……私の能力で、ただこれを生み出すだけで他には何もないんですけど……」

「そうなんだ」

 由真はそれだけ言うと、豆が入った袋をしまってから倉庫の鍵を閉めた。店に戻ろうと歩き始めたそのとき、由真が躊躇いがちに口を開く。

「あのさ……それ、触ってもいい?」

「あげます。どうせ三日で消えちゃうし」

「そっか。ずっとあるわけじゃないんだ」

「ずっとあったら、今頃家中もふもふだらけで大変なことになってる……」

 カナエは由真にもふもふを手渡した。最初は静かに表面を撫でているだけだったが、徐々に指に力を入れてみたり、顔を埋めてみたりと、これまでの印象を覆すような行為を繰り返している。

「……これすっごい気持ちいいね」

 そう言って由真がカナエを見る。その顔は今までにないほどに緩んでいて――有り体に言えば、笑顔だった。その顔が思っていたよりもあどねないことに気がついた瞬間、ぽんっと音がして、いま由真が持っているものよりも大きいもふもふが現れた。

「……良ければこれもどうぞ」

「いいの!?」

「うん」

 二つのもふもふを手にした由真は、今までに見たことがないような表情を浮かべていた。由真と寧々は自分より一つ年上だと聞いている。けれどもっと上のようだと感じていたし、笑うと逆に自分よりも幼く感じる。

「あ、戻ってきた。……って由真はなんでそんなご満悦な顔を」

「……これすごく気持ちよくて……」

「私の数ヶ月の努力がもふもふに負けたんだけど……」

 寧々が小声で呟いて肩を落とす。けれど寧々の数ヶ月の努力も無駄ではなかったとカナエは知っている。何せ最初はカナエと目を合わせようともしなかったのだ。カナエ自身が人見知りなのもあるが、永遠に会話なんてできないのではないかと思っていたのに、少しずつ由真にも変化が生まれてきている。

「ありがとね、カナエちゃん」

「いや……偶然というかなんというか……特に何もしてないんですけど」

「――もしかしたらそれが良かったのかもしれないわね」

「どういうことですか?」

 一人でもふもふを堪能している由真を一瞬だけ見てから、寧々が答える。

「あの子、ああ見えて普通の子なのよ。いや、普通より純粋すぎるし真っ直ぐすぎる気もするけど。……色々あったのは事実だけど、それを知らずに普通に接してくれる人が必要だったのかも」

「本当に特に何もしてないんですけど……あのもふもふもコントロールできるわけではないし」

「それがいいのよ、きっと。少なくとも私にはできないことだから」

 由真は大きな事件に巻き込まれたのだ、ということだけは聞いていた。けれど今の彼女はそんなことなど感じさせないほどに和らいだ表情をしている。

(あんなに喜んでくれるなら、もふもふも浮かばれるな……いや、浮かばれるだと何か違うな。まあいっか)

 今まで、カナエの生み出すもふもふでここまで喜ぶ人はいなかった。癒されるとはよく言われるけれど、たったこれだけでこんなに笑ってくれるなんて。

(ずっとこの笑顔を見ていたいなんて――変かな?)

 それほど話したこともないのに、何故かカナエは心の底から由真が幸せであることを願っていた。それを願わせるだけの何かが彼女にはあるような気がした。生まれたばかりの赤ん坊を見ているときと少しだけ似ている感情だ。けれどカナエはそれを口には出さず、小さな音ともに生まれた手のひらに乗るほどのもふもふをそっと手で包み込んだ。

 

 

(私は誰かを守れるほど強くはないけど、あのとき私は――守りたいって思ったんだ)

 それから月日が流れて、アルカイドにも人が増えて、由真が笑顔を見せることが珍しいことではなくなっても、相変わらず由真はカナエが生み出すもので喜んでくれる。それがカナエにとっては何よりも嬉しいことなのだ。そして、それを守りたいと、失われてほしくないと願っているのだ。

「ignore……って何やったっけ意味」

 真面目に勉強している星音が言う。独り言なのかカナエに聞いているのか判別がつかなかったが、とりあえずわからないので予想で答えてみる。

「イグアナの仲間っぽい感じじゃない?」

「それが違うことだけは(うち)でもわかるわ」

「あ、そこに辞書あるよ」

「ちょっと借りるわ。……無視するって意味やって」

「よし覚えた……休憩しよう」

「いや休憩はやいな。もうちょっと頑張らな」

「だねー……補習になるとテンション下がってもふもふ出せなくなるし」

「それは由々しき事態や……勉強するで! うちの店にはあんたのもふもふを待っとる人がおるんやから」

「はーい」

 カナエは眠くなりそうな英語の羅列に視線を落とす。勉強は嫌だけれど、補習を避けるためには最低限やらなければならない。

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