「あ、そういやこの前のドラマ見たで?」
「どうだった?」
「いやなんかすごいアクションしとったやん。びっくりした。あれ全部自分でやったん?」
「ある程度はね。本当に危ないところとかは他の人がやってるけど、繋ぎの動きとかはしなきゃいけなくて――」
喫茶アルカイドの一画。バイトが休みだった星音は、久しぶりのオフになった緋彩を誘って遊びに行った。その帰りにお茶でもしようかということになり、流れでアルカイドに来たのだった。緋彩は先程黄乃が緊張で震えながら持ってきたアイスティーを飲んでいる。星音は或果が淹れたハーブティーだ。
「でもいい師匠を見つけたから」
「へぇ、そうなんや」
「星音も知ってる人だよ?」
「アクション教えられるような人知り合いにおらんけど……」
「まあ演技のアクションとは違うね。あの人本当に戦ってるし」
「そうなんや……ってそれ由真さんしかおらんやん! え、何? いつの間にそんなことになっとんの?」
そんなことは一言も言っていなかった。驚く星音に、緋彩がゆったりと微笑みながら説明する。
「由真さんに、私が出た映画のことで質問されて……それ教える代わりに、私はアクションの参考になればなと思って話を聞いたんだけど」
「そうなんや……」
「でも演技のアクションはダンスと同じで振付があるから、教えてもらったことを応用してみたりして……やっぱり実際の戦いは魅せるための動きではないから」
「へぇ……」
星音がハーブティーを一口飲んだところで、緋彩が笑う。そしてチーズケーキをフォークで切り分け、その一欠片を突き刺して言った。
「星音って、由真さんのこと好きでしょ」
「……っ! いやあんたいきなり何言うねん! ハーブティー噴きそうなったわ!」
「『その反応は図星やな。
「いきなり女優モードにならんといて!?」
星音は跳ね上がった鼓動を鎮めるために深呼吸をした。いきなり何を言い出すのか。
「私は先輩としてって意味で言ったんだけどなぁ?」
「いやそんなわけあるかい! 絶対今の……!」
「まあまあ。ていうかね、バレバレだよ星音」
「いや、好きって言うてもな、憧れの延長線というかな……?」
「好きの種類なんて何だっていいじゃない。恋愛じゃなかろうと恋愛だろうと好きは好きよ。そもそも恋愛の好きとかまだ私もわかんないし」
「……結構恋人同士になる役とかあったやん今まで」
緋彩が初めてキスシーンに挑んだ映画は、予告の段階ではちゃんと見られるか不安だった。ストーリーに乗って見ればその主人公として見られるのだが、切り取られてしまうとどうしても、緋彩なんだよな……と思ってしまうのだ。
「理解できなくたって演じられはするわよ。殺人鬼の役をやるのに実際人を殺す役者はいないわ」
「ま、まあ、せやな。ていうか演じるってどんな感覚なん? その役降ろしてくる感じ?」
「イタコの口寄せじゃないんだから……いやそういう人もいるけど。だから芝居のやり方は人によって違う。ていうかそれ、由真さんにも聞かれたな」
「あの人そんなこと聞くんやな」
戦闘のときは相手を騙す芝居も必要になることがある。悠子はそれが下手すぎるが、嘘が嫌いなはずの由真が案外演技ができることが最近わかってきた。本気で人を騙そうと思ったらおそらく騙せるのだろう。それをやろうとしていないだけで。
「『違う人間になるって感覚なのか、それとも自分を捻じ曲げている感覚なのか』って。でも人によって違うから……私は私の芝居のやり方を答えたけど」
「そうなんや」
「私はその役に関する資料を読み込んで、その人の核みたいなものを見つける。その核と自分の中にある一番近い感情を紐付けるみたいな。たとえば石動楓のときは『正義感が強くて、曲がったことが嫌い』ってところだったり。本来人にはいろんな部分があるから、私の中にある一つの要素を他よりも表に出してあげるって感じなのかな」
「なんか大変そうやな……」
「私は楽しいけどね。演じれば演じるほど、私の中の違う私に気がついていく」
「本当の自分がどれなのかわからなくなったりせんの?」
役者の感覚は、星音には完全には理解できなかった。演じすぎて戻れなくなったりするのではないか。浅い知識で思い浮かんだことを口にすると、緋彩は笑った。
「人って案外ずっと演じてるものだよ。先生の前と私の前じゃ、星音だって違う一面を見せてるでしょ? でも星音は星音で変わらない。役者はそれをもっと色々なところに広げているってだけ。だから何にでもなれるし、それでも私は私」
「なんか凄いなぁ……」
「もちろん危うい人もいるわよ。役に寄り添いすぎて心を擦り減らす人だとか。それこそ本当に自分がわからなくなる人とか。人によってはその役そのものになって生活する人もいるんだから」
想像を絶する世界だ。煌びやかな世界ではあるが、その裏側には大変な努力と、一歩間違えば自分自身が崩れ落ちてしまう危険がある。
「『本物を作りたい』って、今までの監督の誰よりも抽象的なことを言われてね……それはさすがに役者に言ったら陰で突っ込まれますよ、って言ったんだけど。まあまだ固まってないんだろうな」
「――ん? 何の話や?」
「映画のことで質問が来たときに、何でそんなこと聞くんですか? って聞いたら、『作りたいものがあるんだけど、それがどんなものか自分でもまだわからない』って言われて」
「知らん間にそんなことに……」
「すごい顔してるよ、星音」
緋彩に言われて、星音は慌てて顔を押さえた。緋彩はケーキを食べながら楽しそうに笑っている。
「星音の知らない由真さんを私が知ってるのが悔しいんでしょ?」
「う……悔しいっていうか……まあちょっとな」
「それを人は好きって呼ぶと思うんだけどなぁ」
緋彩の掌の上で転がされている気がする。星音は頬杖をついてハーブティーを飲み干した。
「ていうか、由真さんは何を作ろうとしてるん?」
「まだ本人もわかってないと思うよ。でも何かがあって、それを探してる。――見つかったら、あの人は多分すごいものを作ってしまうだろうなって思うけど」
「えらい持ち上げるやん」
「この前の映画のとき、能力者について色々調べたんだけど」
緋彩は真っ直ぐ星音を見る。緋彩の大きな瞳は、役者として最大の武器らしい。画面に映える上に、目だけで演技ができるのだと何かの記事に書いていた。
「能力使うときって必ず何かを能力に変換しているっていうのを見て」
「せやな。私とか或果さんとか黄乃は体力で、寧々さんは知識やったかな。由真さんは――」
「感情、なんだって。正確に言えば剣の能力の方は負の感情、種の能力は感情全般」
「確かそうやったな。で、それがどうしたん?」
「それで能力使い続けられるって、すごく豊かな感情を持ってるってことじゃない? そういう人はいいものを作るよ。経験則だけど」
「言われてみればそうか……」
「あれだけ大きな力を出せるものを他に向けたらどうなるのかは、ちょっと見てみたいなって」
「役者の顔しとるなぁ、なんか」
いい表情だと思う。本当に楽しそうだ。緋彩が役者として成功を掴むことに対してもやもやとしたものを抱えたこともあったが、今はこんな顔をしてくれるのなら、自分のしたことは無駄ではなかったのだと思える。
「由真さんのは、まだ夢とは言えないくらい小さなものだろうけど……個人的に興味があるかな。それがいつか夢になるのか、ここで終わるのかも含めて」
「夢かぁ……」
能力者が夢を見るのは難しい。それを嫌になるほど見てきた。けれど、その中でも何かをしたいと思うのなら――それが花開くことを祈りたい。
「私もなぁ……ちょっと最近考えてることがあるんやけどな」
「そうなの?」
「いや、まだそんなはっきりしたやつじゃないんやけど……まあもうちょっと固まったら教えたるわ」
能力者が夢を見ても誰かに邪魔されてしまうかもしれない。けれど本当はそんな世界こそが間違っているのだと思う。世界のことなど考えずに自分のやりたいことを考えてみたときに見えたものがきっと答えなのだろう。
「ふふ。楽しみにしてる。星音のことだからきっと素敵なことだろうし」
「ハードル上げんといて。そんな大したことやないし、ほんまに」
アルカイドを出て、駅まで緋彩を送っていく。今日はバイクではなく徒歩だ。緋彩は改札の手前で星音の方に向き直り、笑みを浮かべる。
「じゃあまたね、星音」
「また暇なときあったら連絡してや」
「今度は遊園地とか行きたいなぁ。仕事では行ったけど、プライベートだと行けてなくて」
「じゃあ今度は遊園地行こか」
それがいつになるかはわからない約束をして、星音は緋彩を見送った。約束は、そして夢を見ることは、少し遠くの未来を信じなければできないことだ。緋彩はずっとそれを信じている。星音はまだわからない。そして由真は――。
何かが少しずついい方に動いているのではないか。そんな予感を抱き締めながら、星音はその場をあとにした。