Alkaid   作:深山瀬怜/浅谷てるる

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幼い頃から同じ夢を見る寧々。生まれながらに背負った寧々の使命とは何なのか。そして、寧々が握るこの世界の真実の一端とは。


運命の白き焔
1.運命を夢に見る


 

 幼い頃から時折同じ夢を見ていた。誰かを探す夢だ。けれどそれが誰かはわからない。何か大事なものが寧々には欠落していて、そのせいで探しているものが自分自身でもわからない。それでも何かに急かされるように、ある日はビルが立ち並ぶ街を、ある日は一面の草原の中を、またある日は桜の花が咲き誇る丘を走っている。早く見つけなければ消えてしまうそれを、必死で掴もうとしている。それが何かもわからないまま、けれどきっとそれに会えたらわかるのだ。運命。あるいは宿命。おそらくその夢が、生まれたときから知っている寧々の使命と繋がっていることもうっすらと理解していた。

 

 この世界を変えること。最悪の結末を回避すること。時折聞こえる誰かの声が寧々の運命を決定づけていた。子供の頃、それなりに言葉を話せるようになってからずっとそうなのだ。そしてそれを打ち明けた父親も協力してくれた。寧々の話をどこまで信じていたかはわからないが、父は父で己の目的のために進んでいた。寧々とは利害が一致していたのだ。

 自分は誰を探しているのだろう。運命とは誰のことなのだろう。自分は何のために世界を変えようとしているのだろう。わからない。わからないのにそれが寧々を突き動かしていた。

 

 これは渚寧々という一人の少女が、探し続けた運命と出会う話だ。

 

 

 ある日、小学五年生になった寧々は父の書斎に呼ばれた。夢の話を打ち明けた二年後のことだった。そこには今まで立ち入ることが禁じられていた。父の仕事に使う大切なものがたくさんあるのだと。そして寧々は父の仕事の内容をそれまでほとんど聞かされていなかった。

「寧々にもそろそろ話しておこうと思ってね。僕の仕事のことを」

 壁一面の本に囲まれた父は、いつもと違う顔をしていた。しかしそれよりも寧々は壁一面の本が気になっていた。幼い頃から寧々は知識を、物語を求めていた。それは寧々の能力が寧々自身の知識を動力にして発動するものだったからというのもある。知識がなければ能力は使えない。左目の能力は常時発動型であるため、生きている限り、新しい知識を詰め込まなければ能力が寧々の知識を食い尽くすこともわかっていた。だから寧々は常に知識に飢えていたのだ。

「お父さんの、仕事?」

「そうだ。――これがどこかわかるかい?」

 父は寧々を呼び、目の前のモニターを寧々に見せた。そこには七つの大穴が空いた荒野がある。寧々はそれを教科書の写真で見たことがあった。

「立入禁止区域?」

「そう。アルファベットで区切られた旧23区を超えたところにあるんだ。ここがどういうところかわかるかい?」

「ここに昔、隕石が落ちたんでしょう? そしてその隕石が未知の有害物質を出していたから、半径五キロメートルが立入禁止区域になっているって」

「そうだ。よく勉強しているね。僕の仕事はこの場所を守ることだ。誰かが入ってしまわないように。そして仮に入ってしまった人がいるならその人をすぐに助け出す」

「すごい……!」

「特別なことではないよ。普段は書類を作ってばかりだからね。在宅勤務のサラリーマンと同じ」

 父の表情が不意に曇る。寧々は首を傾げた。これだけの話であれば今まで隠す必要もなかったし、物々しく呼び出す必要もなかった。何か他にあるのだろう、と予想しながら父に向き直る。

「これはまだ公に発表されていないことだから秘密にして欲しいんだが……実はこの七つの隕石と能力者(ブルーム)には深い関係があることがわかっているんだ」

「どういうこと?」

「ここに一定期間滞在した人間は、もともと無能力者(ノーマ)であっても後天的に(シード)が生成され、能力者になることがある。そして記録を遡れば、最初に能力に目覚めたのは隕石が落ちたときにそばにいた人たちだということがわかる」

「そこから出ている何かが人を能力者にするってこと?」

「そうだね。ただし(シード)そのものは人間の体が作り出したものだ。隕石から出ているその何か――仮にXとしよう。Xは本来は人体にとっては異物だ。だから人間の体が自分を守ろうとXを覆う殻のようなものを作り出した。それを持った人たちが子孫を作ることによって(シード)が人体の一器官として定着したのではないかと言われている」

 それなら寧々の目で立入禁止区域にあるものを見たらどう見えるのか。そしてXを右眼で定義することはできるのか。右眼の能力は喰われる知識量が段違いだ。寧々の知識が足りずにまだ使いこなせてはいない。それでも、いつかは見ることができるのだろうか。

 それができたら、自分の目的は達成されるのかもしれない。寧々は真っ直ぐに父の目を見据える。

「――もし、私がそのXを定義できたら……最悪の結末は回避できる?」

 父は暫く顎に手を当てて考えているようだった。寧々の目的は、今世界が突き進んでいる最悪の未来を変えること。このままいけば、望まぬ未来がやってくることを寧々は知っているのだ。

「世界を定義することは知ることに繋がる。もし寧々にそれができれば、世界で一番世界のことを知っている人間になれれば、その手で世界を変えることができるかもしれない」

「本当に?」

 寧々は目を輝かせた。自分の使命は理解していても、どうすればそれができるのかはわからないままだったからだ。当座の目標でいい。何か、自分が前に進んでいると思えるものが欲しかった。

「ああ、きっとね。そうすれば寧々の探しているものもきっと見つかるだろうし……それを救うこともできるはずだ」

 寧々がこの世界でやらなければならないこと。それは世界が最悪の結末を迎えることを回避すること。そしてそれが――未来で救えなかった運命を変えることに繋がる。

「それなら……私がそれを定義する。今は多分無理だけど」

 それに耐えられるだけの知識をもって、相対することができれば、世界の秘密でさえ暴くことができる。世界を知れば変えることもできる。決意を秘めた寧々の顔を見て、父は優しく微笑んだ。

「話はもう一つあるんだ。僕が知っている世界の秘密のこと」

 父は机の引き出しから小さな布張りの箱を出した。骨張った手が箱を開けると、そこには鍵が入っていた。

「七つの隕石が落ち、能力者が生まれて世界が混乱し始めたとき、ある科学者が七つの人工知能を開発したんだ。外から来たものである能力者を排除するか共生するか……あるいは無能力者の方が淘汰されるか。未来の人間が下す選択の助けになるようにってね。これはその七つのうちの一つ――Eta Ursae Majoris(アルカイド)の鍵だ」

「人工知能……」

「寧々は言っていたね。最悪の未来を避けるのが自分の使命だと。おそらくその使命を遂げるためにこれは必要になるはずだ」

 寧々は知っていた。このままこの世界が変わらずにいたら起こってしまう、悲惨な運命を。能力者と無能力者の断絶が進み、血で血を洗う凄惨な戦争が起きたのちに、人類のほとんどが死に絶えてしまう未来を。そしてその未来の中で、人類救済のシミュレーションをする人工知能が生まれ、それが作った仮想世界で大切なものが失われるということを。

 寧々の使命を決めたのは、仮想世界に生きた未来のもう一人の寧々だ。もう一人の寧々は、寧々に未来を変えるようにと言った。未来を変えて、自分が生まれない世界線を作り出してほしいのだと。

 未来の寧々は、仮想現実の世界で大切なものを失った。それを回避するために、その世界そのものが生まれないようにして欲しいのだと言った。

「寧々の夢と使命の話を聞いたとき、僕がこれを父から受け継いだのも何かの運命だったと思ったよ。七つの人工知能はそれぞれに学習し、やがて統合されることがプログラムされている。学習によって人間に絶望してしまったのが、おそらく寧々が知る未来なんだろう」

「じゃあ……人工知能が何を学ぶかを変えれば。七つのうちできるだけ多くを、私が望む世界へ向けさせることができれば」

「おそらく、寧々の目的は達成されるだろうね」

 寧々は思案する。七つのうちの一つはもう手元にあるも同然だ。しかし残り六つが誰の手の中にあるのか。そして今の段階でどんな考えを持っているかは分からない。

「これはまだ僕が持っていなければならないものだ。けれど然るべき時が来たら寧々に渡そう。寧々の使命は僕の願いでもある。能力者と無能力者が共に生きていける世界を僕は模索したい」

 父は無能力者で、母は能力者だった。二人の結婚は誰もに反対され、駆け落ち同然で結婚したらしい。だから寧々は父母の他に血縁というものを知らなかった。無能力者と能力者の対立さえなければ、寧々の両親は祝福された幸せな結婚をしていただろう。小学生の寧々でもわかるほどに両親は仲睦まじかった。だからこそそれが許されなかった世界を悲しんでいることもわかっていた。

 動機は違っていても、求めるものは同じ。寧々は父の澄んだ瞳を見つめた。父は寧々を決して子供扱いしなかった。寧々の言う荒唐無稽な話を真摯に聞いてくれた。だからこそ応えたいと思った。寧々は寧々の使命を必ず果たすのだ。夢で見る、姿も知らない誰かのことを探し出して、もう二度と失わないために。

 

 

 寧々は知識を積み上げていた。けれど世界を変える手がかりも、夢の中の誰かのこともわからないまま月日は流れていった。そして寧々が中学に上がってすぐの頃、唐突に平穏は破られた。

 いや、唐突ではなかったのかもしれない。その一年ほど前から父が管理する立入禁止区域に不正に入り込もうとする者が急増するようになった。彼らは一様に虚ろな目をしていて、世界の平和の為に立入禁止区域の中にある七つの隕石を破壊しなければならないと言っていた。同時にインターネット上でもそれを呼びかける団体――いわば宗教のようなものが生まれていた。昨日まで普通に生活していたサラリーマンまでもが能力者の排斥を謳い、拳を突き上げる。これまでも能力者は差別されてきた。けれど徐々にそれは過激さを増していたのだ。

 どうすればこの事態を解消できるのか。寧々は日々懊悩していた。今のこの事態を解決できないようでは使命を果たすことはできない。夢は日を追うごとに鮮明になっていくのに、探している人間が誰なのかだけはわからないままだった。焦燥感だけが募っていた。このままではまた失ってしまう。彼女を失う世界が生まれてしまう。――探しているのは女性なのだと、それだけはわかり始めていた。

 父は度重なる侵入未遂への対応に追われ、絶えず忙しそうにしていた。それでも渚家の決まりで、食事はなるべく一緒に摂るようにしていた。両親とも凝り性だったためか料理が好きで、食事だけは世界がどんな状況でも充実していた。

 そして寧々は眠る時間も大切にしていた。眠らなければ夢は見られない。夢を見なければそこにいる彼女の正体を知ることはできない。毎日同じ時間に布団に入り、同じ夢の入り口を潜って、なるべく同じ夢を見られるように念じた。誰かを探している夢。彼女の姿も形も、何も知らないけれど、きっと会えばわかるのだと信じていた。

 その日、夢の中の寧々は学校にいた。寧々の通っている学校の制服ではない。ブレザーを着た少女や学生服を着た少年たちが黒板を見つめているのが朧気に見える。自分以外の人間にはピントが合わず靄がかかっていて、この中に探しているものがあるはずなのに寧々はまだそれを見つけることができていなかった。

 どんな人なのだろう。別の世界の自分が心から愛していたのに失ってしまった、運命の少女は。この中のどこかにいるはずなのにどうしても見つけられない。この目なら見つけられるはずなのに。人の能力を見透かす左眼と、世界の全てを定義できるはずの右眼。その双眸を使って世界を見ているはずなのに、何故か届かない。寧々がもどかしさを感じ始めたその瞬間、寧々は自分の胸に何かが突き刺さったように感じた。

 何かが突き刺さった場所から熱が広がっていくように感じて、寧々は服の左胸のあたりを強く握った。心臓が煩いほどに高鳴っている。それを強く握り締め、血を滲ませながら必死で前を見る。もう少しで届くような気がした。けれどじきに今日の夢は終わってしまう。

 私はあなたを探している――。虚空に向かって寧々は叫んだ。そこに誰がいるのかすらわからない。でも何よりも大切なものがあることだけは知っている。寧々の叫びに応えるように目の前の靄が動く。そして夢の世界が少しずつ解けていく中で、寧々は確かに見た。

 一瞬だった。けれど一瞬で十分なほどにそれは寧々を貫いた。

 鋭くて、けれど優しくて、強いのに覗き込めば奥底に怯えたような色がある。深く深く知りたいと見つめるほどに吸い込まれて、目を合わせた人間の意識すら呑み込んでいきそうなほどの引力を持つ、それは紛れもなく寧々が求めた少女の視線だった。

 布団を跳ね上げるようにして起きた瞬間、寧々は自分の頬が涙に濡れていることに気が付いた。それは苦痛から流されたものではなかった。違う時空の自分が何よりも大切に思っていたもの。けれどこれまで寧々にとってはどこか他人事だった。他人のように認識していながらも心の根元が繋がっていて、その焦燥だけを感じていたのに、今は。

 人を好きになるというのはこんなに痛くて、胸が締めつけられるものなのか。それまで知らなかった感情に心が満たされていて、まだその眼を一瞬見ただけなのに、寧々は探し求めていた少女に惹かれていた。

(私の、運命――)

 美しい瞳は宝石に例えられる。けれどあの眼になぞらえることができる宝石を寧々は知らなかった。透明で、どこまでも見通せる泉のようでもあるのに、底が知れない。そして宝石にはない温度が確かにあって、静かなのに触れれば燃えてしまいそうなくらいの熱を湛えている。

(いつか必ず、私はあなたを見つけてみせる)

 これが自分の使命だと言い聞かせて生きてきた。けれどその動機が今まではぼんやりとしていた。そう決まっているから、それが運命だから。そして父の願いでもあるから。けれど今、それを塗り替えるだけの熱を寧々は手に入れた。彼女を探し出して、そして失わずにいるために、世界を変えなければならないのなら――目に映るものが、昨日よりも心なしか鮮やかだった。寧々は拳を握り締めてベッドから抜け出す。

 

 けれど寧々の決意を嘲笑うように、轟音が寧々の耳を貫いた。

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