「え、機動隊が動いちゃったんですか!?」
「そうなんだよ……上の意向でね」
「だってあの人たち、
「まさかこっちに相談もなしに動くとは思わなくて……それだけ大変な能力なんだろうけど」
「わかりました。こっちはこっちで、できる限りのことをしましょう」
能力者絡みの事件を担当する部署は、どこの警察署でも閑職だ。けれど
「ひとまず連絡入れとかないと……」
デスクの電話の受話器を取り、外線をかける。相手はある喫茶店の店主・
「ハルさん? うん。そう……機動隊が動いちゃったみたいだから……」
流石に事件のことは把握しているようだ。けれどハルが続けた言葉に、悠子は深い溜息を吐くことになった。
「やっぱり出したよね、あの子のこと……」
『仕方ないだろう。あれは由真でないとどうにもならない』
「機動隊と喧嘩になるのだけは避けて欲しいけど……無理だろうなぁ」
『私はそれよりも懸念してることがあるがな。まあ、そんなところで電話してないで、さっさと現場に急行することを勧めるよ』
「わかってる。私はあそこにあの子がいるかどうかを確認したかっただけ」
電話を切って、現場に向かうために準備をする。悠子の後輩である
「置いていくんですか、それ」
「この光線は能力者の能力を一時的に止めることができるけど、長時間使うのは危険だし、暴走している能力者にとっては致命傷になってしまう。だから今日は使っちゃダメ」
「じゃあ私はお守りがわりに持っていきます」
松木が運転席に乗り込み、悠子は助手席に座る。シートベルトを締めるなり、祈るように手を組み始めた悠子を横目で見て、松木が怪訝そうに尋ねた。
「杉山先輩?」
「……あの子が、無茶なことしてなきゃいいんだけど」
松木は悠子が気にかけている「あの子」に数回会ったことがある。警戒されているのか、松木とはほとんど話してはくれなかったが、普通にしていれば、とても強大な能力を持っているとは思えない少女だった。しかしその少女が最近、この街の能力者と無能力者の両方から注目される存在になってしまっていることは知っている。悠子がそれを気に病んでいることは明らかだった。
「それなら、早く到着しないとですね」
松木は頭の中に叩き込んだこの街の地図を呼び出し、現場までの最短ルートを計算する。その間も、悠子はきつく目を閉じたままだった。
*
能力者の能力を一時的に奪う特殊光線。
それだけなら警察内部の抗争だが、事態をややこしくしているのが能力者の調停人である蓮行晴と、彼女が雇っている少女たち――特に、柊由真だ。由真は由真にしかできないやり方で事態の収拾を図る。それが機動隊のやり方とぶつかってしまうことが多いのだ。
「……もう既にやっちゃってますね」
車を止め、外に出た松木が呟いた。悠子は溜息を吐いたが、次の瞬間には毅然とした表情を浮かべる。暴走した能力者に特殊光線を浴びせるのは、その人の命を奪いかねない行為だ。けれど機動隊は躊躇いなく光線を使う。由真はそれを止めさせようと、機動隊とやり合っているようだった。
「あの子の能力、この光線まで切れるんですね……」
「基本的に種の近くに照射しないと効果がなくて、能力で生み出したものを光線で消したりはできないって研修で言われたでしょう? 自分の体には当たらないようにしてるのよ。でもあのやり方、体力的にはキツそうね……」
己の体のことは顧みず、まるで舞い踊っているような動きで光線を躱しながら、機械そのものを破壊していく。剣に能力で作った刃を纏わせている状態なので、どこまでが攻撃範囲か他人には見えない。そのためか由真の方が優勢ではあるが、由真が既に肩で息をするほどに体力を奪われているのは明らかだった。
「暴走してる能力者は?」
「あっちも結構厄介ですね……報告によると、あの周りに浮いている球体が一定時間超えると飛んできて、人の肌に触れるとそこから毒物を流し込むっていう」
「……それは機動隊が出るのもわからなくはないわね」
松木が言う一定時間が過ぎたのか、由真が助走をつけて跳ね上がり、空中で体の向きを変える。そして飛んできた五つの球体を一太刀で叩き切った。
「今日は寧々がいるのね。じゃないとあの戦い方はできない」
「解析能力の子でしたっけ」
「そう。飛んでくるタイミングが直前にわかってるんだと思う」
寧々はその能力を活かして、優秀な司令塔になっている。けれど二つのものを同時に相手にするのはさすがにつらそうだ。悠子はその場を松木に任せ、機動隊と由真の間に割って入った。
「……杉山さん」
「ここは私たちが預かります。機動隊の皆さんは一旦手を引いてください」
口々に文句が上がる。舐められているのだ。悠子が女であるから。そして、能力者に肩入れするような変人だから。けれど悠子には悠子の信念がある。ここで折れるわけにはいかないのだ。
「俺たちだって勝手にやっているわけじゃない。上からの命令が――」
「上から何と言われようと、事件が解決する方が大事でしょ!? それが警察なんじゃないの!?」
悠子は両手を広げ、機動隊を押しとどめるように立ちはだかる。背後に由真の気配を感じる。彼女は振り返って、暴走した能力者の方を見ていた。
「由真」
悠子は後ろを見ずに言う。
「行って。こっちは私が何とかしておく。早く行かないと間に合わないんでしょ?」
「わかった。任せるよ」
由真が短く答えて走り出す。機動隊がそれを見て由真を追いかけようとするのを、悠子は特殊警棒を使って押し返した。
「見てなさい。あの子が今から何をするのか。――あの子は誰よりも苦しい闘いをしてるの」
由真は呼吸を整えながら、球体に取り囲まれた能力者に近付いていく。高校生くらいの少女だ。何があって能力を暴走させたのかはわからない。けれどその球体の中にあるのは毒だと知っているはずなのに、由真は躊躇いなく足を進めていた。触れられるほど近付かなければ、能力を使うことはできないからだ。
由真と少女の間があと1メートルほどの距離になったとき、少女の周りの球体が動き出した。先程は五つだったが、今度は二十はある。その全てが由真を目掛けて飛んでいく。由真は強く踏み込んで、飛んでくる球体を斬り伏せた。しかし取りこぼした数個が由真の首筋に当たる。
「……っ!」
由真は首を押さえて一瞬ふらつくが、それでも少女との距離を詰めていく。少女がそれを見て、怯えたように一歩後退った。
「大丈夫」
由真はそう言って、手に握っていた剣を消し、さらに少女に近付いた。少女はそれを拒むように球体をひとつだけ飛ばす。由真は、今度はそれを斬り伏せることはなかった。
「どうして……っ!」
「私はあなたを助けたいと思ったからここに来た。――私はあなたを絶対に一人にはしない」
由真は少女を抱きしめる。この行為には、そうしなければ力が使えないという以上の意味があることを悠子は知っていた。誰かの痛みに寄り添いたいと思う由真の願いがそこに詰まっているのだ。
少女の口が微かに動き、由真が頷いて目を閉じる。由真の背中に回された少女の掌に球体が生まれ、少女はそれを由真の首筋に押し付けた。由真は全く抵抗せずにそれを受け入れた後で、少女の背中に軽く手を押し付けた。
悠子の後ろにいる機動隊の隊員が声を上げる。きっと見るのは初めてだろう。
由真の手の中の種からは、黒い煙のようなものが噴き出していた。由真の口が微かに動く。由真はどこか悲しそうな顔をしながら、手の中の種を強く握り締めた。
種が壊れた瞬間に少女はその場に崩れ落ち、由真はそれを支えるように、少女を抱きしめたままゆっくりと膝をついた。悠子は二人に駆け寄る。ここからは悠子の仕事だ。
「……よろしく、杉山さん」
「うん。由真は大丈夫なの? 結構食らってたけど……」
「この子が最後に解毒剤打ってくれたから。抵抗もなかったし」
由真が種を抜く直前に少女が由真の首筋に押し付けていたのが解毒剤だったのだろう。暴走するにはそれだけの何かがあったはずだが、あの一瞬で、この少女は由真に心を許したのだ。
「ありがとう、杉山さん。あの人たちのこと、押し留めててくれて」
「能力者絡みの事件を解決するのが私の仕事。私は職務を全うしただけよ。解決するなら何でもいいの」
「でも……能力者を殺せば解決するって思ってる人もいる」
「私はそれを許さない。だって、能力者だって、能力があるだけで同じ人間なんだから」
その考え方が珍しいことは、悠子もわかっていた。けれど幼い頃から積極的に能力者と交流を重ねてきた悠子は、彼らが無能力者と何も変わらない心を持っていることを知っていた。だから、彼らのために何かできないかと考えて、警察官になる道を選んだのだ。
*
「この能力のせいで、周りの人からずっと怖がられてて……でも、そんな私にも友達ができたんです。
取調室で、少女は悠子に暴走までの経緯を語った。無能力者の少女が、毒を作り出せる能力で人を殺させるために少女に近付いた。そしてそのことが受け入れられずに能力を暴走させるに至ったということだった。
その無能力者の少女にも同情すべき点は多かった。上級生から酷いいじめを受けていたらしい。自分を守るために、自分を傷つける人たちを殺してしまおうと思って、少女の能力を利用することを思いついたらしい。
結局、少女が暴走することによって、ほとんど誰も傷つくことなく終わった。あの球体の毒もひとつひとつは大したことがなく、ひとつだけなら一時間眩暈がするくらいで自然に治っていくものだった。暴走時にばら撒かれてしまったものはあるが、毒が弱かったことが幸いした。
懸念があるとすれば、かなりの数を食らった由真だったが、由真も少女が最後に打った解毒剤のおかげで体調に問題はないらしい。どちらかといえば戦闘で大分疲れてしまったことの方が問題だと、寧々が嫌味たっぷりに悠子に報告してきた。
「あの……私を助けてくれた人のこと、聞いてもいいですか? 良ければお礼を言いたくて……」
由真はお礼なんていい、と言うだろう。けれど悠子はなるべくそれを伝えるようにしていた。由真には早く気が付いてほしかった。助けられなかった人は確かにいる。けれど、その手で助けた人の数だって着実に増えているのだと。
「あの子は、能力者の事件を独自に解決する仕事をしてるの。他にも何人か仲間がいるんだけど……でも、普段は普通に喫茶店で珈琲淹れたりしてるのよ。あなたは珈琲飲める?」
「ケーキと一緒に飲んだりはしますね、たまに」
「それなら今度行ってみるといいわ。あの子の淹れる珈琲、案外美味しいから。紅茶淹れるのは苦手らしいけど」
「ありがとうございます。……あの人に抱き締められたとき、もう誰のことも信じないって思ってたはずなのに、何故だかこの人のことは信じてもいいって思えたんです。傷つけてしまったのに、それでもまっすぐ向かってきてくれた。一人じゃないって言われた気がして、それがすごく嬉しかった――」
悠子は少女に微笑みかけた。由真は能力を使う前に、暴走した能力者を必ず抱きしめる。それは背中に触れなければ能力が使えないという理由もあるが、何よりも由真が暴走するに至ったその人の苦しみに寄り添いたいと思っているからだ。どんな言葉も届かないような人にまで心を砕き、その苦しみを共有しようとする。そしてその方法はあまりにも真っ直ぐだ。だからこそ由真の想いは届くのだ。
「それは、あの子に直接言ってあげて。あの子はきっと照れて、そんなことないとか言うと思うけど」
「はい。今度、その喫茶店に行ってみようと思います」
少女を送り届けるのは松木に任せ、悠子は取調室で細く長く息を吐いた。悠子が由真に初めて会ったのもこの部屋だった。けれどあのときの由真は、何を聞いても「話したくない」の一点張りだった。結局ある程度の事情は、由真を引き渡したハルから聞くことになったのだ。だからこそ、由真の過去については未だにわかっていないことが多い。
――そのときハルから聞いた情報を組み合わせれば、自ずと導かれる答えもあるのだが。
『由真には、その光線を絶対に当てるな。寧々の見立てでは三十秒ほどで二、三日動けなくなって。二分半を超えると命に関わるそうだ』
暴走した能力者にとって、能力を奪う特殊光線は致命傷になる。三十秒で大抵の能力者は昏倒してしまい、一分を超えると命を落とす可能性が高い。それよりも耐えられる時間が長いということは、完全には暴走していないということ。けれど普通の能力者より耐えられる時間が短いということは――暴走状態に限りなく近いということ。
(その状態のあの子に頼らなきゃいけないっていうのは情けない話よね……)
けれど、種を取り出して破壊することができる能力も、剣に力を纏わせて闘う能力も、彼女を闘いの場に立たせるには充分なほど「役に立つ」力なのだ。そして由真はハルに闘わされているというわけではない。彼女はあの場所に、自らの意思で立っているのだ。
――自分の力で、誰かを助けることができるならと願い続けて。
自分の身を省みず、辛い思いをしている能力者に寄り添い続けている由真を見ていると、時折心が痛む。本当はあんな子供にそこまでさせてはいけないのに。もっと、大人がすべきことは沢山あるのに。悠子はそれでも、由真を止めるようなことはしてこなかった。
闘い続けなければ、きっと背負った何かに押し潰されてしまうだろうから。
だからせめて、由真に救われている人は沢山いるのだと、いつか彼女の心の奥にまで届けばいいと思う。過去の全てを知っているわけではない。何を思っているのかが完全にわかっているわけではない。それでも闘い続ける彼女が、誰を許せないでいるのかだけはわかるのだ。
――いつか来るだろうか。彼女が自分自身を許せる日は。