*
「能力者の犯罪集団……ってこと?」
アルカイドの店内で寧々が淹れたハーブティーを飲みながら悠子が言った。今は悠子以外客はいない。そもそもその日は定休日だった。だから悠子を店に呼びつけて話をすることにした。
ハルが調査を続けていたのは、最近全国的に広がっている能力者による殺人事件についてだった。寧々が感知した能力波の情報をもとに実行犯とその後ろにいる組織を突き止めた。悠子はハルに手渡された資料に目を通す。その組織は表向きは能力者専門の児童養護施設、しかし裏では人を殺すのに向いた能力者を集め、多くの犯罪に手を染めている。
「――ありがとう。ここからは警察で何とかするわ」
「え? ここまで調べさせといて私たちは蚊帳の外なの?」
「いや、だってどう考えても危険じゃない。ハルはまだいいとして、子供の寧々を巻き込むのは……」
「私がいなきゃ相手の能力もわかんないくせに。私は行くわよ」
寧々が介入を希望する理由は、その組織の後ろにいるかもしれないとハルが上げたものにあった。この世界に放たれた七つの人工知能。寧々が主に探している仇はその二番目である
「それにこの組織は……『開花』の研究をしている可能性も高いのよ。警察でどうにかなるような相手じゃないわ。まあ相手も人間ではあるから銃で撃てば死にはするけど」
「『開花』って、現実的に可能なの?」
「とにかく種が大きい人間の能力に負荷をかけて体内で種を割れば咲かせることはできる。けど……多くはその時点で死んでしまうし、強い力を手に入れても三日以上命がもつことはほぼないと思われるし、それを超える人間が仮にいたとしても、確率は一パーセントを下回るでしょうね」
「それなら……」
「普通に静かに死ぬわけではないのよ。そもそもあれは暴走状態が進行しきって、それにその人間の体が耐えたときに起こる現象よ。暴走状態の能力者一人に四苦八苦してる現状で勝てるとは思えないわね」
寧々も解析と定義はできるが、戦闘に関しては訓練を受けた普通の人間程度にとどまる。人を殺せる能力を持った人間が仮に咲いてしまったとしたら――対抗手段は存在しないも同然だ。
「……それに、まだ証拠は掴んでないけれど、ここの組織は『七星』を二人抱えているという話もある。それが本当なら、まあどの二人かにもよるけど……二人一気に来たら機動隊でも負けるかもしれないわね」
寧々も勝てる保証はないが、右目の力で対抗することは可能だろうとは思っていた。そもそも相手の生死を問わないのであればやり方はそれなりにある。
もちろんそんなことを悠子に言うつもりはないが。
「わかったわ。じゃあ寧々にも同行してもらう。日取りと作戦を決めて、万全の準備をして臨みましょう」
寧々は頷いた。悠子はハーブティーの代金を払って店を出て行く。その姿が見えなくなってからハルが口を開いた。
「ドゥーべのことは言わなくてよかったのか?」
「それを言うってことはハル姉が人間じゃないことも言わなきゃいけなくなるけど。まあ混乱に乗じて鍵を奪うわよ。最悪施設が警察に押さえられたら、悠子に頼んで探しに入るって手もあるし」
「長姉は相当好戦的だからな。私も気をつけはするが」
「あれだけ事件起こしといて平和主義だとは思えないから、実際そうなんでしょうね。でも、これは私の使命なのよ」
七つの人工知能の過半数を掌握し、世界の流れを変える。無能力者と能力者の争いが発展した結果滅びにつながっていく未来が訪れないように。
「その話を聞く度に思うんだが」
「何?」
「寧々が使命を果たせば、未来の仮想現実の中の寧々はもちろん、彼女が愛していた存在も消えてしまう――というか、生まれることすらなくなってしまうのだが、それはいいのか?」
ハルの疑問はもっともだった。愛した人間を失いたくないのはわかる。けれどもその世界が生まれない未来を作れば、その愛した存在は生まれることすらない。けれど寧々は、もう一人の自分が何を考えているのかは理解していた。
「世界のあり方そのものが彼女を殺してしまうから――仕方がないことなのよ」
それでも、生まれる前にその存在を奪うことの辛さも寧々は知っている。もう知ってしまった後で、出会ってしまった後で、その存在を最初からなかったことにするなんて本当は不可能なのだ。
「それにね、何となくだけど――この世界の方の彼女のためにもそうしなければならない気がするのよ」
もう一人の寧々が存在する世界が生まれるほどにこの世界が壊れてしまうのなら、まだ出会えていないこの世界の彼女もまた大きな苦痛を味わうような気がしていた。それは何の根拠もない、ただの直感に過ぎなかったけれど。
「人間は多かれ少なかれ世界に翻弄されるものだ。けれど――その世界を動かしかねない力を持った人間に押し寄せる力は並大抵のものではない。そういう業を背負ってしまう人間というのは、少なからず存在する」
「いずれにしても早く見つけたいところなんだけど……名前も知らないのよ」
「もう一人の寧々は肝心なことを教えてくれないんだな」
「そうなのよ。でもまあ、運命にあっさり辿り着いてしまうのは、なんだかつまらないしね」
名前がわかれば、ハルの調査ですぐにどこにいるか突き止められるだろう。でも運命だと言うのなら、そんなものは無しにして、磁石が引き合うように出会いたい。
「ところで、ドゥーべはどうして
「あれは能力者が支配する王国を作ろうとしているんだよ。それには王が、絶対的な存在が必要になる。そして無能力者を滅ぼすためには能力者を指揮する存在は不可欠だ」
「平和的に解決しようって思う奴はいないわけ?」
「最初の二体はわざと極端な考えを持たせられているんだよ。だからこそその二体を手に入れればかなりの前進と言えるんだが」
「そうね。それじゃあ早速、ドゥーべ攻略の作戦を練りましょうか」
*
「――なんで機動隊が一緒なのよ」
「仕方ないでしょ……制圧行為が得意なのは向こうの方なんだから。それに上から協力しろって言われちゃってね」
「まあいいけど。私は関わらないようにする」
警察の作戦に寧々とハルも参加するという形を取ることにしたが、既に刺すような視線を感じていた。指揮を取るのは悠子の上司だという男で、彼は能力者のことをきちんと人間として扱う真面目で敏腕な刑事だと聞いているから、そこは問題ないだろう。機動隊が余計なことをして被害が拡大することがなければいいけれど。寧々は不安を抱きながらも、これから突入する場所――『北斗の家』を眺めた。
「そろそろ時間よ、寧々」
「わかったわ。じゃあこっちも作戦通り行くわよ」
まずは警戒されないように寧々一人で忍び込む。そして目的のものの場所をおおまかに把握したところで、警察が時間通り突入するという作戦だ。寧々は悠子以外には気付かれないようにその場を離れ、裏口から施設の中に入り込んだ。
「こちら寧々。潜入には成功した――けど、何かが変ね」
インカムを通してハルと悠子に伝える。普通であれば能力者を集めた施設なのだから、もっと能力波が見えてもおかしくない。けれど、残留しているものは多いが、現在発されている能力波は極端に少なかった。まるで誰もいないような――。
「悠子。少しだけ突入を遅らせて。探ってみるから」
警察の作戦が漏れていて全員逃げた可能性が真っ先に浮かんだ。情報が漏れていたとは思いたくないが、可能性として排除することはできない。もしそうだとしたら完全に無駄足になる。寧々は注意深くあたりを観察しながら施設の中を進んでいった。
「残留してる能力波はかなり多いし、強い。でも……これは今のものじゃない」
『能力波を遮断する能力もある。油断するなよ』
「気をつけてはいるわよ。でも本当に誰もいないみたいなの」
寧々は右側にある扉に目を止めた。鍵が強引に壊されている。何か鋭い刃物で斬りつけたような痕だ。そしてそこに能力波が強く残っている。漆黒の能力波――寧々は何度かそれを目にしたことがあった。最近起きていた能力者による殺人事件。その現場で同じ能力波を見たのだ。寧々は警戒しながら扉を開ける。
「……何が起きたって言うの……?」
寧々は目の前の光景に思わずそう呟いた。施設の中はほとんどの場所が白で統一されている。けれど扉の向こう側にあった部屋は赤色に支配されていた。折り重なるように倒れる大人や子供。その誰もがもう息をしていなかった。刃物で斬りつけたような痕がその全員にあって、傷口からは例の漆黒の能力波が見えた。
「暴走……いや、これはもしかして……」
種が大きい能力者の暴走が進行し、体内で種が割れてしまったときに『咲く』と呼ばれる状態になる。その状態になった人間を今まで寧々は見たことがなかった。だから確信は持てない。いずれにしても何らかの理由で能力を制御できなくなり、無差別に施設内の人間を殺してしまうような事態になったのだろうと推察することはできた。
だとしたら、その能力者はまだ近くにいるかもしれない。咲いた人間の寿命は保って三日が限度と言われているから、もしかしたらもう命を落としているという可能性もあるが。
『何が起きてるの、寧々?』
「理由はわからないけど、多分中に
『今すぐ撤退よ、寧々』
そうするべきなのだろうと寧々も思った。幸いにもまだ寧々の侵入は発覚していない。この状況でここに留まることは危険だ。けれど寧々は首を横に振った。
「私はここで見つけなければならないものがあるのよ。でもハル姉は来て」
目的はドゥーベを自分たちの手中に収めることだ。寧々は左眼を使ってあたりを探っていく。けれど何も感じなかった。この事件を引き起こしたはずの漆黒の能力波さえも、見えるのは残留したものだけで、現在どこにいるのかが全く見えなかった。
寧々は部屋を出て、施設内を更に奥に進む。その途中でいくつかの部屋があったが、そこも全て似たような有様だった。もしかしたらもう生存者はいないのかもしれない――そう思いながら寧々は最後の部屋の扉を開けた。
そこには今までと同じようで、それよりも凄惨な光景が広がっていた。扉のところから部屋の中央まで、数人の男たちが血を流して倒れていた。これまでの死体にあった傷はほとんどが一つだった。これまで起こしてきた事件を思い返しても、一撃で決めて、死体を傷つけるようなことはしない人間だと推測できる。けれどこの部屋の男たちの死体だけは違っていた。まるで恨みをぶつけるかのように、何度も刺されたような痕が残っている。その中にはこの施設の施設長だと悠子が言っていた男もいた。名前は確か角田と言ったはずだ。けれど問題はそこではなかった。寧々は部屋の奥に進んでいく。
部屋の最奥部に、少年と少女が折り重なるようにして倒れていた。二人の足許に血に濡れた日本刀が落ちている凶器はこれだったのだろう。寧々は少年の下敷きになっている少女の顔を見て瞠目する。
「……どうして」
どうして、こんなところで。
こんなところで運命に出会ってしまうのだろうか。
神様がいるのなら、きっと楽しんでこの残酷な筋書きを描いたのだろう。ここに至るまで、生きている人間は一人もいなかった。少年の方ももう息はない。絶望感に苛まれながらも、寧々は少女の首筋に触れた。中指の先に本当に微かに脈動を感じる。視界が滲んでいく。
「生きててよかった……っ」
何があったのかはわからない。けれどずっと出会うことを望んでいた運命は、首の皮一枚と言えるだろうけれどその命を繋いでいてくれた。寧々は嗚咽を漏らしながら少女の上に乗っていた少年の死体をゆっくりとどかし、少女の身体をきつく抱きしめた。
「っ……う……」
少女が微かに呻き声を上げる。その瞬間に、少女から漆黒の能力波を感じた。寧々は目を見開く。
(もしかして、この子が――)
唯一の生存者。そして少女にだけは傷がない。疑念が頭をもたげる。
(この子がここの全員を殺したのだとしたら、仮に生きて戻れたとして)
理由はどうあれ、さすがに殺した数が多すぎる。そして子供であっても能力者には無能力者よりも厳しい判決が下されがちな現状もある。このまま彼女を救い出しても、おそらく彼女が死んでしまうという運命を変えることはできない。ようやく出会えた運命を失いたくはなかった。それだけを支えにこれまで生きてきたのだ。それを失った後でこれまでのように生きられるとはとても思わなかった。
「――寧々」
ハルが扉の近くに立ち、寧々に呼びかける。寧々はゆっくり振り返って、ハルの顔を見つめた。
「酷い有様だな。ここまで生存者は……」
「この子は生きてるわよ。この子は絶対に助ける。――私の運命なの」
その一言で、ハルは寧々の言いたいことが理解できたようだった。寧々は少女を抱きかかえながら立ち上がる。
「ドゥーベの制圧ができなかったのは心残りだけれど、それどころではないのよ」
「ああ、わかっている。だがその子を連れて帰ってもおそらく――」
「どんな手を使っても、この手を汚してでも、私はこの子を助けるわ。死なせるわけにはいかないのよ」
寧々の心は決まっていた。この状況を見たら、おそらく少女が何と言おうと彼女が犯人にされてしまうだろう。それならこの状況を誰にも見られないようにしてしまえばいい。
「管理者として命ずるわ。この建物を最も効率的に全焼させる方法を教えなさい」
ハルは静かに寧々に尋ねる。
「実行すればもう後戻りはできなくなるぞ」
「既に人を殺してるのに、今更放火くらいどうってことないわよ」
ハルは暫く迷っているようだったが、やがて頷いた。
「今から作戦を伝える。ここを燃やし尽くし、我々が無事に脱出する方法は二つある」
*
そうして寧々は北斗の家に火を点け、何もかもを灰にした。けれど話は勿論そこで終わるはずはなかった。そもそも唯一の生存者である少女――柊由真の意識は二週間を過ぎても戻らなかった。由真の治療は能力者を中心に診る医者である歩月が担当した。一般的な西洋医学を用いた治療と、彼女の能力を用いた治療が並行して行われた。
「様子はどうなの?」
「かなり酷い自家中毒を起こしていたのと、普通なら廃人になっていてもおかしくないくらいに精神汚染の能力を使われていて……毒抜きはしているんだけど、目覚めたとしてもまともな状態かどうかの保証はできないわね。彼女、精神汚染の能力に対してはかなり耐性があるようだけど」
「耐性があるからこそ普通の人なら廃人になるレベルまで使われたのかもしれないわね。能力については何かわかった?」
「私では無理ね。寧々もわからないの?」
「施設にいたときは一瞬能力波が見えたんだけど、その後全然見えないのよね。霧に包まれているみたいにぼんやりしてて」
その一瞬で見えたものについて、寧々は誰にも言わずにいた。折角火を点けてまで全てを隠蔽したのだ。寧々にしか見えないものは寧々だけが知っていればいい。
「かなり特殊な能力の可能性はあるわね。私が定義できてないからちゃんと見えないのかも」
北斗の家には「七星」の能力者がいるという噂があった。もし由真がその一人なのであれば、可能性は充分にある。「七星」の能力についての研究はほとんど進んでおらず、その能力を定義することが、他と区別するための線を引くことがまだできていない。そういったものに関しては、寧々が右眼で定義するまでははっきり見えないこともあるのだ。
「いずれにしても、意識が戻るまではこの治療を続けていくしかないわね」
「毎日能力使ってるけど、歩月先生は大丈夫なの?」
「大丈夫よ。睡眠時間は確保しているから」
歩月は能力を使いすぎると眠くなってしまう。鍼を使い効率的に能力を使うことで使いすぎによる眠気を抑えているが、それにも限度がある。
「最近父に頼んで昼寝の時間ももらっているし。それに……この子は助けなければならないって思うのよ。どうしてかはわからないけれど。話したこともないのにね」
歩月になら任せられると思った。だから大きな病院ではなくここに由真を運ぶように命じた。その見立てはおそらく正しかったのだろう。
それから三日後。寧々は由真が寝ているベッドの傍に座り、悠子からもらった資料に目を通していた。北斗の家での事件をまとめたものだ。けれど概ね何もわかっていないと言って差し支えない状態だった。当たり前だ。証拠となるものは全て燃えてしまった。暴走した能力者が無差別殺人を起こし、最後に火を点けた。寧々はその犯人に出会う前に火事になってしまったがために、その段階で発見していた生存者だけを連れて脱出。寧々が描いた筋書きがそのまま採用されていた。
(とはいえ、この子の疑いは完全に晴れたとは言えないわね)
証拠はひとつもない。だから目を覚ました彼女が自分の犯行ではないと主張すれば、おそらく立件することもできないだろう。
(本当に、この子がやったの……?)
疑いは確かにある。けれど彼女でない可能性も捨てきれない。犯人が寧々や警察に気が付かれないように逃亡していることも考えられる。生存者である由真は少年の下敷きになっていたがために犯人には見えなかった。だから殺されることがなかったと考えることもできる。
しかし、その場合は一瞬だけ見えた漆黒の能力波の説明ができなくなる。
(真実はどうあれ、生きていてくれれば――)
自家中毒と精神汚染。それだけでも北斗の家で彼女が酷い目に遭わされてきたということはわかる。捜索願が出されてから数年、ずっとそんな目に遭ってきたのなら、彼女を苦しめた人間は死んで当然だとすら思ってしまう。何しろ彼女は寧々の運命だ。本当は誰にも触れさせたくないほどに大切なものだったのに。
(早く目を覚まして……。私はずっとあなたに会いたかったのだから)
祈るように寧々は由真の手に触れる。その瞬間に、由真の長い睫毛が微かに揺れた。