Alkaid   作:深山瀬怜/浅谷てるる

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2.逢瀬

 屋上にある段差に腰掛けている少女は、上から下まで黒い服に身を包んでいた。紐やら金具やらがついた細身のパンツに、身体のシルエットを隠す大きめのパーカー。短く切った髪。遠目に見ればその姿は少年のようにも見える。冴えた光を投げかける月を見上げるその姿があまりに様になっていたから、歩月は一瞬彼女に声をかけるのをためらった。けれどそもそも歩月をここに呼び出したのは彼女――柊由真だ。しかもわざわざほとんど使われていない雑居ビルの屋上なんてところに呼び出すのにはおそらく何か理由があるのだろう。

「ゆーちゃん」

 歩月が呼びかけると、由真は歩月を見て笑みを浮かべた。歩月は由真の横に腰を下ろす。

「ごめんね、こんなとこで」

「それはいいんだけど……うちとか、アルカイドじゃ駄目な用事なんでしょ?」

「……駄目ってわけではないんだけど。あんまり他の人に見られたくなくて」

 最近、星音を通してアルカイドに持ち込まれた依頼に何か関係あるのだろうか。ある高校の旧校舎で起きている幽霊騒ぎ。歩月はその被害者である少年たちの診察をした。既に大きな病院に紹介状を書いて、歩月の手を離れてはいるけれど。そして彼らを診察した後から由真が何かを気にしていることも気にかかった。そして彼らに会って能力者が関係しているかどうかを見極めようとした寧々を強く止めたことも。

「そういえば、星音ちゃんたちはどうだったの?」

「私が見た限り変なところはなかったよ。多分鍵を置いていけば本当に大丈夫なんだと思う」

「能力だとしたら、その鍵が発動条件に何か関わってくるのかしらね。でも、ゆーちゃん」

 歩月は他人の体の中から毒を抜くことができる能力を持っている。そしてその毒の中には精神汚染の能力も含まれている。だからこそ歩月にはわかっていることがひとつだけある。

「あの子たちには精神汚染の能力は使われてなかった」

「それは私も何となくは思ってた。よく似てるけど違うものだって」

「それならどうして……」

「能力者には、他の人にはないものがあるでしょ」

 精神汚染の能力は、精神を持つ人間になら使うことができる。それは能力者も無能力者も関係はない。しかし能力者の中には、対能力者でしか使えない能力の持ち主も存在する。由真もその一人だ。

「でも、種の汚染もこの前のアズールみたいなやつなら私でも取り除けるはずなんだけど……」

 能力者の間で少し前に出回ったアズールというドラッグもまた、種に作用するがゆえに能力者以外には何の意味もないものだった。けれどその特殊な毒に関しても歩月の能力で問題なく取り除けたのだ。

「アズールは基本的には、種の表面にしか取り付かないものだったから」

 そう言いながら、由真は歩月の背中に手を当てた。ちょうど前から抱きしめられている形だ。由真の能力はこの体勢でなければ発動できない。

「ゆーちゃん、もしかして――」

「ごめん。今から私がすることを、誰にも言わないでほしい」

 背中が暖かい。由真は能力者の種に直接触れることができる。でもその能力を使うところなら今まで散々見てきた。体の中にある、自分の根幹に触れられているような気がするのに、なぜか不快ではなく、逆に心地よさすら感じる。その暖かさは今までも体験したことがあるはずなのに。

 歩月がその疑問を口にしようとした瞬間、それは鈍い痛みに掻き消された。何かに体の一部を押し広げられているような感覚。思わず漏れた呻き声を聞いた由真が小さな声で謝る。体の奥に入り込んできているように感じるのは由真の指だろうか。痛みはあるが決して不快ではなかった。

 不意に何かを引き抜かれるような感覚に襲われる。その瞬間に由真の手は歩月の背中から離れていった。鈍痛から解放された歩月はゆっくりと呼吸を整える。見れば、由真の呼吸も少し乱れているようだった。

「ゆーちゃん、今の――」

「あそこに何がいるかはわからないけど……あれは種の内部に作用してるのは間違いない。しかも人から人に感染するんだと思う」

 歩月の状態を見てそう判断したから、寧々を会わせなかったのか。けれど歩月は自分自身では自分に異変が起きていることを見抜けなかった。そして気になることはまだある。

「……種の中にまで触れるなんて初めて聞いたけど」

「言ってなかったから……」

「主治医には全部言ってよ……。内側にも触れられるってわかったから何か変わるわけではないけど……」

「――あんまり使いたくないんだよね。使えることも知られたくはなかった」

 由真はその理由は言わなかった。けれど歩月は自分自身で味わった感覚から、確かに由真は使いたがらないだろうと思った。何重にも守られた自分自身の一番奥をこじ開けられているような感覚だった。それが不快でなかったのは、相手が由真だったからだ。

「それを使って調子悪くなったりはする?」

「相手による。歩月は大丈夫だった」

 そう答えられるくらいには使ったのか。どこで――というのは聞かなくてもわかる。寧々が把握していないということはアルカイドに来てからは使っていなかったということだ。つまり使っていたのはその前。歩月はそれについては深くは触れないことにした。由真も触れられるのは嫌だろう。

「さっきのやつ、能力かどうかはわからなかったの?」

「精神じゃなくて種を汚染するものなのは間違いないんだけど、能力かどうかは……」

「そっちはやっぱり寧々の得意分野ね。でも、本当に大丈夫なの?」

 由真は何も言わずにとんでもない無理をしていることがあるので心配になる。歩月の疑問に由真は微笑みながら頷いた。

「でもちょっと疲れたかな……あと、あんまりいい思い出はないかも」

「ゆーちゃん……ありがとう。私のために」

 ゆるゆると首を横に振る由真を歩月は抱きしめた。由真は相変わらず「助けたつもりはない」と言うのだろう。あくまで自分自身のためにやったのだと。

(こんなに優しい子がこんなに苦しんでる。――どうしてこの世界はこんなにも理不尽なのかしら)

 由真が歩月の肩に寄りかかり、その重さを感じる。歩月は由真が落ち着くまで、暫くその背中をさすり続けていた。

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