幼い頃に発現した能力のせいで、理世子には不幸では片付けられないことが次々と起こっていた。他人には波及しないから良かったものの、道を歩けば物が飛んできたり、青信号を渡っているのに居眠り運転の車に轢かれたり。一年の半分は体調が悪く、いつしか理世子は家の中の一室に閉じ込められるようにして生きてきた。それが愛ゆえのものだったことは理解している。けれど外に出られない生活はつまらなかった。
そんなとき、理世子は一冊の本を読んだ。理世子のために父親が買ってきた大量の本の中にその一冊はあった。そこには悪い魔物に幽閉されているお姫様がいて、姫は誰かに助けてほしいと、窓の鉄格子の隙間から願いを込めた紙飛行機を飛ばしていた。無論、現実の紙飛行機はほとんど飛ばずに近くに落下してしまう。けれど一回くらい自分もやってみてもいいのではないか。そう思って、理世子は折り紙で作った紙飛行機にメッセージを書いて、窓の外へと飛ばしたのだった。
どうせ拾ってくれる王子様なんていないと思いながらも。
「……痛っ、何これ」
誰も拾わないと思っていたのに。偶然真下に人がいて、しかもその頭に紙飛行機が直撃するという奇跡。下から聞こえてきた声に驚いて理世子が窓から顔を出すと、そこには二人の少女がいた。
一人は深緑色のチェックのワンピースを着た少女。大きな目が可愛らしい髪の長い女の子。もう一人――紙飛行機が直撃してしまった方の少女は、黒一色の、体の線がわかりにくい上着を着ているせいか、少年のようにも見えた。睨んでいるようにも見えるその目が、理世子の姿を捉える。
「……外に出たいの?」
紙飛行機にはたった一言、そう書いた。何も気にせずに外に出たい。それが無理でも誰かと関わっていたい。一人きりで閉じこもっていれば確かに何も起こらないけれど、今の生活はあまりにも寂しかった。
「ねぇ、由真。あの子が――」
もう一人の少女の言葉で、理世子はその少女の名前を知った。由真はそれまで真剣な顔で理世子を見つめていたが、不意に柔らかな笑みを浮かべる。
「今からそっちに行くから」
夢見がちだと笑われるかもしれない。けれどその瞬間、理世子は物語に出てくるお姫様だった。高鳴る心臓をフリルのついたクッションを体に押し付けてごまかす。
その日のことを、今でも理世子は思い出す。おそらく永遠に忘れることはないのだろう。
*
結論から言えば、理世子の能力を何とかできないかと両親が色々と調べるうちにアルカイドにたどり着き、相談するに至ったらしい。両親が呼び寄せたのだから家の近くにいるのは当然だし、紙飛行機を投げる前から理世子の前に由真が現れるのは決まっていることだった。
両親は噂で、他人の能力を奪う能力者がいることを知ったらしい。藁にも縋る思いで由真を頼ったのだ。種を取り出し破壊すれば、理世子は心置きなく外に出ることができる。けれど由真は暴走していない能力者にその能力は原則として使わないことにしていたし、理世子もそれを断った。自分の都合だけで由真に負担をかけることを是とするには、理世子は由真を好きになりすぎていたのだ。
結果として根本的な解決はできなかったが、由真との出会いは理世子に少しばかりの自由を与えた。理由はよくわからないが、由真と行動しているときは理世子が不幸に見舞われることが少なくなることが発覚したのだ。寧々は色々理由を突き止めようとしたが、どれも仮説に過ぎない段階で止まってしまっているという。けれど由真と一緒に少しずつ外に出るうちに、なぜか効くお守りを見つけたりしたのだ。そしてその礼がしたくて頭をひねった結果、両親が経営しているケーキ屋のケーキをアルカイドで提供するという結論に至った。
それからもいろいろなことがあって、今は両親のケーキ屋は閉店し、アルカイドにケーキを提供する仕事だけをしている状態だ。心置きなく外に出られるわけではないし、決して全てがうまく行っているわけではないが、紙飛行機を飛ばす前の生活よりはいいと理世子は思っていた。
けれど慣れてくると、欲もまた出てくる。外に出られなくてもいい。もっと由真のために何かできることはないのだろうか。そんなときに寧々が持ち込んできたのが、ある学校での幽霊騒ぎの話だったのだ。
由真が理世子の協力に渋々納得した理由はわかっている。由真は理世子に負い目を感じているのだ。本当は理世子の問題を解決する方法を持っているのに、それを使わないでいることに対する罪悪感。そんなものを感じる必要はないのに。あの日、紙飛行機を拾った由真が理世子をまっすぐに見つめた瞬間、もう何もかもが叶ったと思うほどに幸せな気持ちになれたのだから。