「な、なんで……! ぼく何にもしてないよぅ……!」
「わ……! 来ちゃう!」
お願い、早く青になって――スクランブル交差点の信号機に祈ると、その瞬間に信号が青に変わる。急に変わった信号に驚く人や車の混乱に巻き込まれながらも逃げようとした黄乃だったが、人の波に逆らえずに、元いた場所に戻されそうになっていく。
「まって……! だから本当にぼく何もしてないんだって……っ!」
少なくとも警察や警備ロボットに追いかけられるようなことは何も。黄乃はただ普通に買い物をしていただけだった。とはいえ予算が足りずにウィンドウショッピングだけだったが。
能力者は少しでも問題を起こせば追われる身になる。それがこの世界の常識ではあるが、黄乃は可愛いものが好きなだけの、普通の子供だったのだ。それなのに今、機動隊を相手に大立ち回りを演じる羽目になっている。派手な銀杏色の髪を揺らしながら、黄乃はわけもわからず逃げ続けていた。
その後ろで、黄乃を追いかけていたはずの警備ロボットが、逆に機動隊の邪魔をしていることには気が付かないまま。
*
「じゃあ杉山さん、よろしく」
「いつも悪いわね、由真」
「今日はちょっと手こずった。ありがとう、フォローしてくれて」
エリアC-5とC-4の境目。由真と悠子は気を失った能力者に電子手錠をかけながら話をしていた。今日は往来の中心で能力を使用して大暴れした少女を捕まえるのが任務だった。しかしたっぷりと膨らんだスカートの中から繰り出される多数の小型爆弾に苦戦させられたのだ。暴れ出した少女がどんな事情を抱えていたのかは推測できる。けれど、その能力をわざと人を傷つけるために使うことは、能力者全体の立場を悪くすると言われ、能力者からも疎まれる行為だ。しかし少女にも事情はあったのだ。
「手荒にはしないであげて。まあ、罰は受けることになるだろうけど」
「私たちが担当するから大丈夫よ。機動隊の方に渡ると危なかったけど……でも、あの人たちどこ行ったんだろう……?」
悠子は首を傾げた。今日も機動隊に先を越されたと先輩の警部から言われて慌てて出てきたのに、そこには由真しかいなかったのだ。そして暴走した能力者ではないことがわかったので、特殊光線を使って由真をサポートし、二人で捕まえたのだ。その間機動隊の姿は全く見かけていない。
「星音も何にも見てないよね?」
「そうですね。……あ、由真さん脇腹のところも怪我してるじゃないですか」
「いいよこんなの。かすり傷だし」
「ダメです。私が嫌なんで」
星音と由真が話している最中に、悠子の無線に連絡が入る。それを聞いて悠子が叫んだ。
「え、どういうこと!? それ完全に誤認逮捕でしょ!?」
『いやまだ逮捕はされてないらしいんですが』
ただならぬ様子に、星音が小声で尋ねる。
「何かあったん?」
「実は……どうも機動隊の奴ら、見た目が良く似た別の能力者を追いかけてるらしくて」
「え、何にもしてない人を追いかけてるってことやんそれ」
「そうなのよ……で、その子はその子で能力駆使して逃げ回ってるらしいんだけど……まあまあパニックになってるみたいで」
横で話を聞いていた由真は、溜息を吐きながらヘルメットを被った。そして運転手の星音を差し置いてさっさとバイクの後ろに跨る。
「行くよ、星音」
「あ、はい。でもハルさんに報告――」
「時間がない。杉山さん、ついでにそっちもよろしく。エリアはC-5でいいの?」
「うん。中心街にいるみたい」
それだけ聞くと、由真は星音に出発するように言った。先程の戦闘でかなり疲れているはずだが、大丈夫だろうか。悠子は気を失ったままのロリータファッションの少女をパトカーの後部座席に乗せた。
「……松木。やっぱり私も向こう行くから。こっちは任せていい?」
「署に着くまで寝ててくれることを祈ります。署に戻れば先輩たちもいるのでどうにかしますよ」
「よろしく。あとトランク開けてくれる?」
「使うんですね、あれ」
「由真たちバイクだから。徒歩じゃ追いつけないもの」
悠子はトランクからパワードスーツを取り出して、素早く身につけ始めた。これは能力者対応のために作られた試作品で、署内でも限られた人にしか使用許可が出ていない。身体能力を向上させる効果、そしてバイク並みのスピードで走ることができる機能。しかし悠子があまりこれを使いたがらないことは署内でも有名だった。
「今回は足の速さが求められそうだもの。じゃあ行ってくるわね」
「了解です。武運を祈ります」
*
「あれか……」
「予想以上にしっちゃかめっちゃかやな……何なんやろ、あの子の能力……」
「多分警備ロボがめちゃくちゃ妨害してるのはあの子の能力に関係してると思うんだけど……うん、寧々じゃないからわかんないわ」
由真はバイクから降り、ヘルメットを取った。そして逃げ惑う少年の前に躍り出る。少年は由真に気が付き止まろうとするが、勢いを殺しきれずにそのまま前に倒れてしまった。
「うわぁっ!」
「いった……背中打った……」
「え、大丈夫ですか!? ごめんなさい、ぼく急いでて……っ!」
「急いでる理由は知ってるから大丈夫。何もしてないのに追いかけられてるんでしょ? 私はあなたを助けにきた」
地面に倒れたまま言っても格好がつかないな、と思いながらも由真が言う。少年――杏木黄乃は、由真の顔をまじまじと見つめた後、何故かそのまま固まってしまった。
「おーい、大丈夫? とりあえずどいて欲しいんだけど」
「あ、ごめんなさいっ! ちょっとある人にあまりにも似てて」
「あんまり特徴のない顔だしね。他人の空似だと思うけど……とりあえず、あいつらは私が何とかするから、もう大丈夫」
黄乃に涙目で見つめられながら、由真はゆっくりと立ち上がった。右手に剣を出現させ、ひとまず機動隊を妨害している警備ロボットを叩き斬る。
「――柊由真」
「あの子は無実。本当の犯人は私と杉山さんが制圧して警察に引き渡した。だからさっさと手を引いて」
「駄目だ。あいつはここに来るまで沢山の事故を引き起こした。それにお前がさっき壊した警備ロボを乗っ取って俺たちの仕事を妨害した。公務執行妨害の現行犯で逮捕する」
「それは何の罪もない人を間違えて追いかけてたからでしょ?」
由真は低い声で言いながら、先頭の男を睨みつける。その視線の強さに男は一瞬怯むが、今度は横の男が口を出した。
「何の罪もないなら、大人しく事情を説明すればすぐに解放されるだろう。なのに逃げたということはやましいことがあるということになる」
「……それはあんたたちがまともに話を聞いてくれる場合の話でしょ。いつもこっちの事情なんてろくに聞かずに逮捕して、無理やり自白させてるくせに」
能力者はそれだけで人に疑われる。何も悪いことをしていなくても、何かが起これば真っ先に犯人だと断定されてしまう。それを悲観して実際に犯罪に走ってしまう人が後を絶たず、そういった能力者が起こした事件を見て更に無能力者が恐れを募らせる。そんな悪循環が起きているのだ。
「あの子はこっちで預かる。あなたたちは手を引いて」
「そういうわけにはいかない。彼が出した被害は甚大だ。警備ロボットの破壊に留まらず、逃げ回る中で周囲の機械をいくつも破壊した。それは立派な犯罪だ」
「それはあなたたちが追いかけたからでしょ? あの子は何にもしてないのに」
「こちらはこちらの信念があって動いているんだ。今すぐそこをどかなければ、君も公務執行妨害で逮捕するぞ」
「――やれるならやってみればいい」
由真は低い声で呟き、剣の切っ先を地面に突き立てた勢いで宙に舞い上がった。空中で美しい放物線を描き、数歩後ろの地面に着地する。その瞬間に機動隊が一斉に特殊光線を出す警棒を構えた。
「やっぱそれ使ってくるよね……っと。星音! とりあえずその子は安全な場所に避難させて!」
「了解です!」
星音は素早く黄乃を連れて、安全な物陰に隠れる。それに気が付いて動いた機動隊員が走り出すが、背後に回った由真が首筋にスタンガンを押し当てて気絶させる。
「どうする? 全員でかかってくる?」
由真は挑発的な笑みを浮かべる。勝算があるわけではない。けれど引くこともできない状況だ。
(さっさと諦めてくれればいいんだけど……それは無理か)
機動隊員が警棒を構える。由真は特殊光線を避けるようにしゃがみ込み、その勢いのまま走り抜けた。訓練を受けた人間を相手にしてまともに闘えるとは思っていない。まずは警棒を破壊してある程度の無力化を狙う。それが由真にとっては一番危険な武器だからだ。
「く……っ!」
しかし、由真一人で捌ききれる量ではなかった。由真にとっては致命傷となり得る特殊光線が容赦なく降り注ぐ。三十秒以上は危険だとわかっている。頭の中で浴びた時間が積み重なっていくけれど、ここで戦闘をやめるわけにはいかなかった。
「由真!」
パワードスーツを着た悠子が現場に到着する。由真はその瞬間に剣を利用して宙を舞い、悠子を目がけて落下した。悠子は両腕で由真を受け止める。パワードスーツを着ているからできる芸当だ。
「上からの命令です。あなたたちは今すぐ手を引きなさい」
悠子が言うと、機動隊員は口々に文句を言う。彼らもまた上からの命令で動いているのだ。由真は悠子にしか聞こえないような小声で吐き捨てた。
「お前ら自分の意思で動けないのかよ……」
悠子は一瞬苦笑いを浮かべてから、再び機動隊員に向き直る。由真はあまり好まない手ではあるが、使うしかない。
「あー、そういえば誤認逮捕しかけてるって、どっかのメディアが情報を掴んでこっちに向かってるって聞いたなぁ?」
ちなみに嘘だ。由真が胡乱げな視線を向けてくるが、悠子は気にしないことにした。
「……チッ! 次はないからな。覚えておけよ! 杉山、お前もだ!」
隊長らしき男がそう吐き捨て、機動隊は撤退していく。その姿を見送りながら、由真は杉山に向かって呟いた。
「演技下手すぎじゃない……?」
「警察官は基本的に真実を追い求めるんだから、演技なんて素人でいいの!」
「あれで騙される奴よっぽど馬鹿でしょ……」
由真は悠子の手を借りて立ち上がるが、その瞬間にふらついて悠子に支えられた。
「……ごめん」
「何秒くらい浴びたの?」
「十五秒くらい……だから大丈夫。吐き気やばいけど」
「それは大丈夫って言わないから。早くハルのとこ行かないと……!」
由真は首を横に振る。まだやらなければならないことが残っているのだ。由真は剣を使って体を支えてから、深呼吸をひとつする。次の瞬間には普通に歩き出した由真を見て、悠子は目を瞠った。本来ならしばらく動けなくなっていてもおかしくないはずだ。それなのに歩けているのは、その精神力で無理矢理体を動かしているだけだ。悠子は慌てて由真を支えるように、その肩を持って歩き始めた。
「由真さん……! 大丈夫ですか!?」
「うん。そっちは? えーっと……名前聞いてなかったね」
「杏木黄乃です! あの、ぼく……」
由真はふっと笑みを零しながら、黄乃の体を優しく抱きしめた。黄乃の背中に当てた手の下が一瞬光るが、すぐに元に戻る。
「災難だったね。何にもしてないのに追いかけられるなんて」
「あの……助けていただいて、ありがとうございます……!」
「礼なんていいよ。私は私のやりたいことをやっただけ」
その瞬間に緊張の糸が切れたのか、黄乃は由真の腕の中で泣き始めた。何かを言っているようだったが、泣きながらだったために何を言っているかは判然としなかった。
「うん……怖かったね。もう大丈夫だから」
能力者とはいえ、何もしていないのに急に機動隊に追いかけられるのは怖いだろう。銀杏色の髪にロリータファッション。機動隊は見た目に気を取られて間違ってしまったのだ。由真は黄乃を抱き締めたままで悠子に尋ねる。
「この子、一旦アルカイドに連れて帰っていい? 落ち着かせた方がいいと思うし」
「うん。そう思っていま松木に車を回してもらってるところ」
「じゃあ星音は申し訳ないけど一人で戻ってもらっていい?」
「わかりました。先行って寧々さんたちにも事情説明しときますよ」
星音はそう言うと、バイクに跨ってエンジンを噴かした。その場に残された三人は、特に言葉を交わすこともなく、けれど由真は泣き続けている黄乃の頭を優しく撫でていた。
*
「なんか飲めそうなのものある?」
「うう……ココアとかなら……」
「わかった。私は紅茶で。よろしく梨杏」
カウンターの向こう側で梨杏が動き始める。丸テーブルを由真、黄乃、そして寧々の三人で囲みながら、由真は寧々に事の顛末を説明していた。
「あいつら、やるならちゃんとしてほしいわ……由真の体調は大丈夫なの?」
「うん。落ち着いてきた」
寧々は一瞬眉を顰めるが、ここで問い詰めることはせずに、今度は黄乃の方に体を向けた。
「そして……黄乃、でいいのかな? 黄乃は機械を操ることができる能力……だね?」
「な……何でわかるんですか!?」
「私は解析能力持ちなの。あ、名前は渚寧々。呼ぶなら下の名前でお願いね。苗字で呼ばれるとそっちが名前みたいで嫌なのよ」
「は、はい」
「見たところ機械に自らの意思を伝えて動かす能力……けれどまだうまく使いこなせてないってとこかな」
黄乃は寧々の大きな目にまじまじと見つめられ、照れて俯いてしまった。由真が咎めるような視線を寧々に向ける。
「初対面の人にそれ使うのあんまり良くないと思うんだけど……嫌な人もいるでしょ」
「だって見えるんだもん……オフにできないのよこの能力」
「あ、あの……ぼくは大丈夫なので! 寧々さんの言う通りだし……っ!」
そうなんだ、と由真は呟いた。同時に星音が梨杏の淹れた紅茶とココアを運んできて、由真と黄乃の前に置いた。
「まあとりあえず飲みなよ」
そう言いながらも由真は紅茶に息を吹きかけて冷ましている。黄乃はココアの上に咲くホイップクリームで作られた花に感動していて、こちらもなかなか飲み物に手をつけられないでいた。
「梨杏も或果も、何でそんな器用なんだ……」
「由真さん、大丈夫ですよ。
「でもかわいいトッピングとか出来るじゃん……私そっち方面の才能なさすぎて……」
由真は紅茶を冷ましながら、ちらりと黄乃を見た。今回は災難に遭う原因となってしまったロリータファッションだが、よく似合っている。あとはもう少し服に合わせたメイクもすれば――そこまで考えて、自分の格好を思い出してやめた。
「由真は天然で可愛いから頑張らなくていいんだよ」
「寧々に慰められても説得力ない……まあ可愛いやつ試しに着てみたいとかは思うけど……どう考えても似合わないでしょ」
由真はそう言って、ようやく飲める温度まで下がった紅茶を一口飲んでから顔を上げた。星音と寧々と黄乃の目がすぐそこにあって、由真は気圧されて固まってしまう。
「絶対似合うと思う」
「そんな三人同時に言わなくても……ていうか黄乃は初対面なのに私の何を知ってるの……」
「あ、いや……多分……すごくお似合いになると……」
カウンターの向こうの梨杏はというと、そのやりとりを見て肩を震わせて笑っている。由真は頬杖を突いて溜息を吐いた。
飲み物がなくなる頃には、寧々と黄乃は可愛いものが好きな同士で盛り上がっていて、寧々が鞄から化粧ポーチを出してメイク道具を広げ始めていた。由真は紅茶を飲みながら二人のやりとりをぼんやりと眺める。星音はカウンターの向こう側に戻って、自分で淹れたハーブティーを飲んでいた。梨杏は紅茶を片手に堂々と漫画を読んでいる。それぞれが思い思いの時間を過ごしているのを見て、由真はふっと笑みを溢した。
「ん? どうかした、由真?」
「いや……何かいいなって。みんな自分の好きなこと好き勝手やってて」
昔、梨杏の家に遊びに行ったのに、二人で別々の遊びをして終わったことがある。思えば会話もほとんどなかった。大人にはせっかく一緒に遊んでるのに、と言われたけれど、自分一人ではない場所で、それぞれ好きなことをしているあの空間は実は心地よかったのだと由真は思った。梨杏はもう忘れてしまっているかもしれないけれど。
「由真は何してんの?」
「私はぼーっとしてる」
「ふふ。それも大事だね」
飲み干した紅茶のカップの底に、イルカの絵が描かれていた。梨杏が由真に紅茶を淹れるときはいつもこのカップを使う。確かに昔イルカのぬいぐるみがお気に入りだった時代はあるけれど、いつの話だよ――そう思いながらも、梨杏には何も言わずにそれを受け入れている自分がいた。
カップをソーサーの上に戻したと同時に、壁の時計が六時を知らせる。寧々が残念そうに言った。
「黄乃、そろそろ帰らなきゃね。コスメの話もっとしたかったけど……。あ、ハル姉が車出してくれるって」
「あ、ありがとうございます……! お化粧のことも色々教えてくださって……」
「いいのいいの。聞いてくれる人が欲しかったとこだし。だって由真なんて説明しても全部『へぇ』で終わらせるし。トリビアの泉かよ!」
「寧々、ネタが数百年単位で昔すぎて誰も理解できてない」
梨杏が冷静に言う。寧々と梨杏は古いという次元ではないくらい昔の文化をなぜかよく知っている。ハルが所有している大昔の資料をよく閲覧しているから、というのがその理由らしい。
「トリビアの泉……?」
黄乃が首を傾げる。寧々は使ったテーブルの上を片付けながら簡単にその単語について説明した。
「視聴者から集めた、役に立つのか立たないのかわからない知識を品評する番組なんだよ。審査員長がタモリっていうサングラスのおじさんで――」
「あ、そのおじさんはなんか見たことある気がします!」
「え、うそ!? ちょっと車の中で詳しく話聞かせて」
興奮気味の寧々は、黄乃を連れて、店の前に停められたハルの車の後部座席に乗り込む。由真は助手席に乗り込んでシートベルトを締めた。
エリアB-7にある黄乃の家の近くまで車を走らせている間、由真は盛り上がっている後部座席の会話を聞き流しながら窓の外を眺めていた。由真は少しずつ夜が近づいて来るこの時間が好きだった。少しずつ暗闇に沈み、灯りが増えて来る街。何も考えずに見ていると不思議と心が凪いでいく気がするのだ。けれど今日は後ろから楽しそうな笑い声が聞こえて来る。話している内容はよくわからないけれど、こういうのも悪くはない、と由真は思った。
「それじゃあ、気をつけて帰ってね」
「はい! ありがとうございます……!」
着替えを入れているというロッカールームがある駅まで黄乃を送り届け、寧々が黄乃に手を振る。二人はいつの間にか連絡先まで交換していたようだ。
「気が向いたらまたうちに来るといいよ。寧々と積もる話もあるだろうし」
「は、はい……! あの……由真さん」
「なに?」
「今日は本当に、助けてくれてありがとうございました!」
改まって頭を下げる黄乃に、由真は優しく微笑みかけた。
「お礼なんていいよ。私は私のやりたいことをやっただけだから」
またね、と手を振って、由真は黄乃を送り出す。黄乃が駅の構内に入り、その背中が見えなくなったところで、ゆっくりと息を吐いた。
「……帰ろうか。今日は疲れた」
「そうだね。お疲れ様、由真」
今度は後部座席に寧々と由真の二人が乗り込む。由真はシートベルトを締めるなり目を閉じた。それを見て寧々が呆れたように呟く。
「……やっぱり無理してた」
「だってキツそうにしてたら、あの子が自分のせいでって思うかもしれないじゃん。私がやりたくてやってるだけなのに」
たったそれだけの理由で、由真は黄乃が見えなくなるまで気を張っていたのだ。寧々はスカートの布を膝の上で強く握った。
「優しすぎるんだよ、由真は……」
三十秒の照射で二、三日動けなくなるような特殊光線を十五秒近くも浴びたのだ。しかも状況から考えると浴びた光線の量もかなり多いはずだ。さっきまで普通に動けていた方がおかしいくらいなのだ。それなのに、助けた子に「自分のせいで傷ついた」と思わせないがために無理やり体を動かしていたのだろう。
「なのに、自分自身には全然優しくない」
眠っている由真の横顔を見つめながら、寧々は思った。どうしたら由真を守れるだろうか。せめてこれ以上傷つかないように、何かできることはないだろうか。せめて自分の能力が戦闘向きだったなら――考えても仕方ないとわかっていても、どうしても考えてしまうのだ。
どうしてその力は、その運命は、他の誰かではなく由真のものになってしまったのだろう――と。