理世子がケーキとともに再びアルカイドを訪れた。旧校舎の事件を解決するために本格的に動き出すので、その前に作戦を立てようということになったのだ。今回の作戦は理世子、寧々、由真、そして星音とカナエの五人でいくことになった。正直、理世子以外は幽霊退治に役に立つのかはわからないが、寧々には一つ考えがあるらしい。
「まあでも、とりあえずケーキを食べましょうか」
由真が淹れたコーヒーをお供に、理世子の作ったケーキが並べられる。金木犀とオレンジのムースケーキ。ビスケット素材の上に白いムースが乗り、その上に薄いオレンジの層と金木犀のゼリーの層がある。カナエがそれを見た瞬間に大きめのもふもふを出したので、それは早速由真さんのものになっていった。
「これめっちゃうまいやん……」
「来週から期間限定でお店にも出すよ。ようやく芋でも栗でもかぼちゃでもない秋のケーキが作れたの」
ケーキの話をしている理世子はいつもよりも目が輝いている。そんな理世子の隣に座る由真は、理世子を見てほっとしたように笑っていた。
「甘いものは幸せの源やなぁ……」
「星音ちゃん、本当に美味しそうに食べるね。作りがいがあるなぁ」
「それが私の一番の特技なんで」
能力を使うと空腹になるのもあるが、星音は人よりもご飯を美味しく食べられるのだ。母親には「何食べても美味しいっていうから味見役には向いていない」と言われたけれど。
「でも由真もわりと顔に出るよね」
「え?」
「美味しいものいっぱい作ってあげたくなっちゃう」
クールな印象の強い由真だが、案外表情はコロコロ変わる。ただ正直なだけで、笑いたくもないときには笑っていないだけなのだろう。
*
ケーキを食べ終わった後で、寧々が旧校舎の見取り図を広げる。星音とカナエはそこに思い出せる限りの情報を書いていく。由真たちは旧校舎に初めて入ったそのときに作戦を決行しなければならないのだ。できるだけ正確にイメージしてから事に臨んだ方がいい。
「基本的にはこの前星音たちがやった通りに鍵を置いて戻ってくるだけなんだけど――理世子なら、おそらくそこに何かいる気配くらいは探知できると思う」
「うん。何となくこの写真からも感じるし……何かあるのは確実だと思う」
確実に何かいると分かっていて突入するのはそれなりに勇気がいる。しかも星音たちは幽霊に対抗する手段をろくに持たないのだ。
「で、幽霊がいたとして、それが攻撃してくるってのも考えられるのよ。由真の攻撃は基本的に物理攻撃だから幽霊に効くかはわからない。だから理世子の能力と組み合わせるの」
そんなことができるのか。星音が驚きつつも頷くと、由真が急に理世子を抱きしめて、その背中に触れて小声で何かを尋ねた。そして逆の手で、テーブルの上にあったケーキ用のフォークを手に取る。何をするつもりなのか――と星音が問う前に、由真が持つフォークの先で青色の光が散った。
「え、何今の!?」
「理世子がなんか鬱陶しいのがついてきてるって言うから」
「全然説明になってへんやん!」
星音には全く見えていなかったが、どうやらそこに浮遊霊のようなものがいたらしい。だから折角なので寧々が考えた攻撃方法を試したみた――ということのようだ。
「あれはどういう仕組みやったん……?」
「私が理世子の種に触れて、私の体を伝って理世子の力を流してもらって、こっちの手で二人分の力を混ぜてぶつける……みたいな感じなんだけど」
「カナエ、今の理解できた?」
星音が尋ねると、カナエは首をぶんぶんと横に振った。おそらくそれ以上説明することのないような仕組みなのだろうが、そもそもそんな荒技が使えるとは思いもよらなかったので面食らってしまう。
「理世子が種に触れられなくても力をうまく流せるようになれば、相手が由真でなくても応用できると思うのよね。星音とかも」
「幽霊の傷治してどうすんねん……」
「傷が治ったら成仏する幽霊もいるかもしれないわよ?」
由真たちの方は、これがちゃんと使えるようになれば理世子の行動範囲も広げられるかもしれない、などと話をしている。今まで悪いものに対抗する方法がなかったから、理世子は自由に外に出られなかったのだ。でも戦うことができるのなら、自由を手に入れることもできるかもしれない。
「というわけで、種に触れないといけない状態ではあるけど、幽霊に対抗できるようにもなったので……そろそろ行動を起こそうと思うの」
寧々はそれから、一週間後に旧校舎に突入する計画を話し始めた。要となるのはやはり由真と理世子だ。星音たちはそのサポートにあたることになる。
「なんか今からもう緊張してきたな……」
「大丈夫。理世子は私が守るから」
あまりにさらりと放たれた由真の言葉に、星音は思わずテーブルを叩きたくなった。あまりにもかっこいい台詞だ。理世子が隣で頬を赤らめてしまっている。
(自覚ないんだよなぁ……この人)
見た目だけなら完全に王子と姫だ。先程二人で能力を使ったときもそうとしか見えなかった。正直に言えば羨ましい――と思ったところで、星音ははっとして熱を持った頬を押さえた。
「星音って、由真さんのこと好きでしょ」――少し前に親友の緋彩に言われた言葉が蘇る。理世子を羨ましいと思うのは、由真のことが好きだからなのか。自分もそんな風に抱きしめられたり、守られたりしたいと思ってしまっているのか。
(あかんあかんあかん! 私そんなキャラやないねん!)
どうにか頬の火照りが鎮まってほしいと思っていると、急に由真の顔が近くにあることに気が付いて、星音は飛び上がるほど驚いた。
「大丈夫? 顔赤いけど、体調悪い?」
(大体あんたのせいやわ! 無自覚怖すぎる!)
叫びは心の中で押し留め、星音は金木犀のケーキの最後の一口を口に運んだ。
「大丈夫です。ちょっとコーヒー熱くて」
「それならいいんだけど」
金木犀のケーキはオレンジの部分に少しだけ苦味がある。理世子も由真のことが好きなのだろう――。舌の上の苦味は、暫く後を引いた。