「バイクで来ればよかった……」
由真が理世子の家に行くと言うので、星音もそれに同行することになった。由真が戻ってきてから一週間。心配されていた由真の体調も、本調子とまではいかないがそれなりに回復しつつある。
けれど心配ではあるので星音が一緒に行くことになった。あわよくばケーキをご馳走になろうという魂胆も少しだけある。だがその理世子の家の前にある坂はかなり心臓破りの坂だった。
「お金持ちって何でこう高台に家建てがちなんですかね」
「ここ歩いて登ることは考えてないんだよ。ていうか星音わりと体力ないね。鍛える?」
「息ひとつ切らしてへん人に言われると鍛えようかな……って思いますね」
能力者でそこまで金を持っているという人は珍しいが、そういえば或果の家もかつては名家だった。アルカイドにはそういう人が集まってしまうのだろうか。庶民中の庶民の星音としては住む世界が違いすぎて驚いてしまう。
「でもこの坂の上にケーキがあると思えば」
「やっぱりケーキ目当てか……」
「だって理世子さんのケーキめちゃくちゃうまいじゃないですか……」
「理世子も『美味しそうに食べてくれるから作りがいがある』って言ってたよ。すごいの出てきたりして」
期待値がどんどん上がっていく。星音は坂道を再び登り始めた。
*
「あそこの坂確かに大変だよね。今日はお昼ご飯も兼ねて用意したんだけど」
「こ……これはあれや……なんかお嬢様とかが食べてる三段のやつ……!」
「ケーキスタンドね。サンドイッチとかは普段あまり作らないからそこまで自信はないんだけど」
「これ一人で全部食べてええの? 全部? 一人で?」
大興奮している星音を見ながら由真が笑っている。けれど星音は目の前の宝石のようなサンドイッチやケーキたちに夢中になっていた。
「結構真面目な話をしにきたんだけどなぁ」
「まあお腹が減ってたら話もできないし」
「それもそっか。じゃあ腹ごなしから」
三人で各々のケーキスタンドに手を伸ばす。サンドイッチはアルカイドの食事として星音も作るが、正直それよりも美味しい気がした。それを正直に言うと、由真が苦笑いをする。
「予算があるからね……」
「え、じゃあこれどんな高級食パンを……」
「母に買ってきてもらったから値段がよくわからなくて……」
「この辺の店で買ってきたなら絶対一斤千円くらいするやつやん……」
お嬢様の金銭感覚はどうなっているのか。星音は恐ろしさを感じながらも、理世子の作った食事に舌鼓を打った。
「……それで理世子、話って?」
「実は……お出かけがしたくて」
理世子は普通に出かけるのが難しいほどの不幸体質だ。けれど由真がいれば少しなら大丈夫だと星音は聞いていた。
「寧々には、もう少し上手く力を使えるようになったら一人でも出かけられるかもとは言われたんだけど」
「うん。私もそう思うよ。今までは幽霊を攻撃することはできなかったけど、少しできるようになったし」
幽霊が見えて、触れたりすることができるせいで、理世子なら何とかしてくれるのではないかと、良いものも悪いものもたくさん寄ってきてしまうらしい。けれど理世子が幽霊を倒せるようになれば、害意を持つものは警戒して寄ってこなくなるのではないかと由真たちは考えているようだった。
「うん……まさか自分にこんなことができるとは思わなかった」
「寧々はずっと方法を考えてたんだと思うよ。だから今回のことがあって、私の力を借りる方法とか、自分一人で戦う方法だとかがすぐ思いついたんだと思う」
「そうだよね……今思いついたみたいに言ってたけど」
「素直じゃないよね」
寧々も由真には言われたくないだろうなと思いつつ、星音は何も言わなかった。理世子の問題を解決できなかったことを二人が気に病んでいるということは聞いている。けれどもしかしたら、これでだんだん事態が好転するかもしれないのだ。
「由真たちには本当に感謝してるんだよ。私を利用しようとする幽霊にあんなに怒ってくれるのは由真だけだし」
「だって理不尽でしょ……理世子はただ意思疎通ができるだけだったのに」
「由真……」
「話を聞いてほしいのはわかるけど、だからって理世子を危険な目に遭わせるのは違うと思う」
理世子は頷く。ただそういう力を持ってしまっただけで自由に外にも出られない状態に追い込まれるのはあまりにも理不尽だ。
「この前は理世子に助けられた。だから理世子は自分の力に自信を持っていい」
「寧々が言う通りにやっただけだけどね。狙い定めるのはまだ苦手だから練習中」
「梨杏が弓道やってたはずだから、もしかしたらアドバイスもらえるかも。うちで練習もできるし」
「うん。今度行こうかなって思ってる」
理世子にとっては色々なことが良い方向に向かっている。けれど由真の表情はどこか曇っているように見えた。
「……あの幽霊のことは、放置してる状態になってしまってるけど」
「一応寧々が建物そのものに入れないようにしてるみたいだけどね……。でも、由真だってあんなに怪我までしたのに」
「……忘れられたくないって言ってたんだよ。死んだあとに自分を覚えている人が誰もいなくなったら本当に死んでしまうって。その気持ちは私もわかるから」
由真は本当にお人好しだと思う。理世子もそう思っているだろう。星音なら自分を殺そうとした存在のことをそこまで考えることはできない。旧校舎ごとお焚き上げでもすればいいのに、と言ってしまいそうだ。
「でも、あの状態になってしまったら多分なかなか話は通じないからね……外側の部分を剥がさないと。簡単に言えば怨みとかそういう部分の内側に本心がある」
「何とかできないのかな……」
「あのね、由真。今度のお出かけはその事件を解決するためのものなのよ」
理世子の言葉に由真が目を見開く。理世子は強い意志の篭った目で、言葉を続けた。