Alkaid   作:深山瀬怜/浅谷てるる

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13.幽霊の名前

「ある程度は寧々に調査を進めてもらっていて……あの子が生前どんな子だったのか、そして、怪談として伝わっている話がどこまで真実に近いのかが何となく見えてきたの」

 理世子はホチキスで綴じられた数枚の紙を由真に渡す。星音は由真の手元を覗き込むようにしてそれを眺めた。どうやら寧々が調べたことをまとめたレポートのようなものらしい。

「それで……あの子にはお兄さんがいるらしくて、その人に会いに行きたいの」

「それに私が同行すればいいってわけね。そういうことなら問題はないよ」

 由真があまり読んでいないレポートを、星音は密かに読んでいた。そこには幽霊の少女の、生前の名前も確かに記されていた。

「進藤環……? なんかこの名前どこかで……」

「この子のお兄さんは今、星音ちゃんたちの学校で働いているんだって」

「――ていうか依頼主でしょ、進藤先生」

 理世子の説明だけで受け流してしまうところだった。けれど由真の言葉で気付いてしまった。

「……てことは、自分の妹の幽霊を退治しろって言ってきたってこと?」

「あれが自分の妹だと気付いてるならそうなるね。そうあっては欲しくないけど……単なる偶然だった方が」

 星音の頭に最悪の予想がよぎる。もし、それが妹だとわかって依頼してきたのなら、それは妹を成仏させたいという思いからなのか。それとも――。

「幽霊っていうのは何の力も持たない浮遊霊みたいなものが噂話だったりで、歪に大きく成長してしまうこともあるの。……あの幽霊が自分の怨念だけであそこまで成長したなら話は単純だけど……そうではない可能性もあるわ」

「意図的に幽霊を大きくするっていうのもできなくはないってことですか」

「できるわ。恨みを持った相手だけでなく他人に害をなすほど大きくなってしまった怪異にはそういうものも多くいる。大抵は噂を面白がって尾鰭をつけてしまったっていう……悪気はないのだけれど……というパターンね。とりあえずは一番生前の彼女を知っていそうな人に話を聞く必要があるわ」

「――だったら、最初は私が先生と話をするっていうのはどうですか?」

 理世子と由真が最初から行ってしまったら警戒されるかもしれない。けれど星音は最初に幽霊の話をその張本人から聞いたのだ。生徒と教師という関係上、学校内ならアポも簡単に取れるだろう。

「それがいいかもね。でもすぐに出られるように待機はしておくから」

「いやまさかそんな取って食われるようなことはないと思いますけど」

「幽霊と繋がりがあるのが偶然だったり、知ってはいたけど成仏して欲しくて、というパターンならそうだね。でも――違うかもしれない。しかもあの学校の先生ってことは能力者でしょ。それに或果の家と同じくらいの旧家の人だって言うし」

「そうですね……えーと確か気配を消す能力とかそんな感じやった気が……」

 能力者ばかりの学校で、発火能力や水を操る能力などの派手な能力者ばかりが目立っている。気配を消す能力はおそらくそこまで注目はされていないだろう。

「寧々の調査では、家系全体が姿を消したり気配を消したり、消すことに特化しているみたいね。或果のところは空間支配だけど……この能力で名門になる能力者って不思議ね」

「隠密行動とか、そういうのに向いているのかも……陰で暗躍して大きくなったとか」

 理世子と由真は最悪の可能性を考えているようだったが、星音はまだ信じていたかった。単なる偶然であってほしい。そうでなければ妹のことを真に考えた結果であってほしい。世界が悪意で満ちているなんてことを信じたくはなかったのだ。

 

 

「うろこ雲……」

 数日後、昼休みに教室で昼食を食べていた星音は、カナエの言葉に顔を上げた。窓の外には青い空と、千切れて並ぶ白い雲。

「あれをさ、空に泳ぐ魚って表現した人がいるんだって」

「詩的な表現やな」

「鯖雲とか鰯雲って呼び名もあるんだって。昨日補習のときに進藤先生が言ってた」

 そういえば進藤の担当は地学だったか。星音は補習は免れたものの、カナエはしっかり赤点を取って、昨日補習に呼び出されたらしい。

「進藤先生の妹さんが、昔この学校の文芸部に所属していて……そのときに書いた詩にそういう表現があったんだって」

「へえ……って先生、妹の話したんか」

「うん」

「他はなんか言ってへんかった?」

「昔は懐いてくれてたけど、今はすっかり変わってしまってとか……まあ妹ってそんなもんだよね」

 今はすっかり変わってしまった――その言葉が何を意味するのか。少なくとも何も知らないカナエは妹はまだ生きていて、兄と疎遠になってしまったのだというように捉えている。けれどその妹がとっくの昔に亡くなっているなら話は別なのだ。

「カナエ、進藤先生の補習って今日もある?」

「うん。めんどくさいなぁ……」

「……補習って赤点でなくても受けたきゃ受けてええって言ってたな」

「星音?」

 あの先生、クロかもしれん――星音はそう思いながら、今のカナエの話をアルカイドのグループチャットに投下した。誰かは見てくれるだろう。できれば寧々が――そうでなければ由真に気付いてほしい。

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