「……で、それから二日間口をきいてないと」
「うん……」
「いや、そんな顔するならさっさと謝ればいいじゃない。ていうか由真ってわりとその辺はすぐに謝るタイプだと思ったけど」
「だって星音が露骨に避けてくるんだもん……」
自分が悪かったと認めているのに、それを相手が聞いてくれる状態ではない――ということらしい。内容は生死が絡んでいるのに、喧嘩の実態は売り言葉に買い言葉の小学生レベルだ。二人ともあまり喧嘩をしたことがないのだろう。寧々は半ばうんざりしながらも落ち込む由真の話を聞いていた。由真としては、まさか星音が露骨に自分を避けるとは思っていなかったというのも落ち込んでいる原因らしい。
「めんどくせぇ……」
「心の声が出てるよ寧々……」
「だって由真としてはもう結論出てるわけじゃん。だったら星音を羽交締めにしてでも謝りなさいよ」
「それ謝る態度ではないよね……」
「向こうが避けるんだから仕方ないでしょ」
おそらくは星音の方も言い過ぎたと思っているのだろう。だから気まずくなって避けてしまっているだけだ。そして寧々としては両方の言い分もわかるから頭が痛いところだった。
「……理世子には怒られたよ」
「珍しいね、それは」
「『外に出ると危ないって、心配してくれてるのはわかるんだけど、それで何にもできなくなるのは本当につらかったんだよ』って……。私がしたことってそう言うことなんだなって思って……」
理世子ならそう言うだろう。外に出ることは理世子自身を傷つける可能性はある。けれど家の中から一歩も出られない生活で、理世子が何にも自信を持てないような人になっていたのは事実だ。心配という言葉でやりたいことの芽まで全て摘まれてしまった。もちろん、理世子の両親はそれが間違っているとわかっていたから、理世子の体質を変えるために依頼して来て、寧々や由真と出会うことになったのだが。
「だからさぁ、由真の中で結論はもう出てるじゃん。私何のためにここにいるわけ?」
「んー……なんか話を聞いてほしくて」
「もっと聞き上手がいると思うんだけど。私はもうそんなうじうじ悩んでるくらいなら、壁ドンして追い詰めてでも謝ればいいじゃんとしか思わないわよ」
「だから寧々に聞いてもらってるんだよ。あとそれ謝る態度ではないよね……」
由真の表情が緩んだのを確認して、寧々は自分の部屋に戻ることにした。由真の中で結論は決まっていたのだ。ただ、踏ん切りがつかなかっただけなのだろう。
*
「由真さんの言ってることが正しいのはわかってるんだよ」
「……星音、それもう今日二十回聞いた」
「あんな言うつもりもなかったんやけど……」
「じゃあさっさと謝ればいいのに」
「……私、あんな風に人と喧嘩するの初めてやったから、謝り方がわからへんのや……」
カナエが溜息を吐いた。さっさと謝ってしまえばいいいのだとわかってはいるのに、どうしても気まずくて避けてしまう。
「確かにあのとき私らだけじゃやばかったよ。でもさ……由真さんなら大丈夫だからってやっていったら、全部あの人がやることになるやん」
「そうだね。戦闘できる人そんなにいないし」
「黄乃は寧々さんがいないときの咄嗟の判断にまだ不安があるし、純夏さんは手伝ってもろてるけどそもそもうちのバイトじゃないし……とかやってたらもう由真さんにやらせるしかないことばっかりになるやん」
由真の言っていることは間違っていないと思いながらも、何処か納得できない部分もあった。それもあってなかなか踏ん切りがつかないのだ。
「私だって一応鍛えてるんやで? そりゃあずっとやってた寧々さんとか梨杏さんとかには一度も勝ったことないけど、護身術くらいはいけるし、それで一緒に戦闘したことだってあるんやで?」
由真は進藤をほとんど能力を使わずに制圧した。おそらく一瞬で片がつくほどだったのだろう。それくらいなら、もしかしたら星音にも何かできたかもしれないのに――そんな風にも思ってしまう。
「星音は、由真さんに無理させたくないんでしょ、結局。でもそのためには、由真さん自身が、ある程度他人を危険に晒してでも任せるってことを覚えないといけない。それに星音も、危険な状況に飛び込まなければいつまでも実戦で戦えるようにはならないよね」
自転車だって転んで膝に傷を作りながら乗れるようになっていくのだ。けれどそれで死んでしまったら元も子もないのもわかる。
「でもさ、私は……由真さんはそれがわからないような人じゃないと思うよ」
ちゃんと話さなければならない。結論は単純なのに実行は難しい。もしそれで何もかもが壊れてしまったらどうすればいいのか。そんなことばかり考えてしまうのだ。
「水の中に飛び込まなければ得られないものがある……ってのは今も同じじゃない?」
カナエの言葉に星音ははっとした。危険を冒さなければ得られないものがある。今だってより傷ついてしまう危険をわかっていても踏み出さなければ、いつまでもこのままなのだ。
「勇気が出ないならもふもふあげるよ」
「なんでももふもふで解決できると思ったら大間違いやで⁉︎」
「由真さんならいけるかもしれないと思って……」
星音は笑みを浮かべた。確かに由真ならカナエのもふもふで解決するかもしれない。由真がもふもふでダメになっている姿を想像した瞬間に、胸に痛みのような、けれど暖かい感情が広がった。