Alkaid   作:深山瀬怜/浅谷てるる

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20.後夜祭

「宣言通りの食い道楽だね」

「バザーも一応見たやん」

「なんかチョーカー買ってたね。しかも二つ」

「う……まあ……そうやな」

 バザーで見かけたチョーカーが由真に似合うような気がして、それだけならいいものの自分の分まで買ってしまった。お揃いのものを買ってしまったと改めて自覚すると少し恥ずかしくなってしまう。そもそも気に入ってくれるかもどうかもわからないのに。

 前夜祭から三日続いた文化祭も今日で終わる。残すところは後夜祭だ。一週間前に進藤が捕まったおかげでいつもより少しざわついてしまったが、生徒の縁者しか一般客を入れないという体制を取り、校門の中でだけは非日常な穏やかな祭りの日が過ぎていった。

「そういや後夜祭ってミス&ミスターコンの最終審査なんやな」

「今年は三年生同士の三つ巴だっけ」

「一組明らかにコメディ枠おったけどな」

 星音たちの学校のミス&ミスターコンテストは普通のものとは違い、各クラスの代表が異性装をして文化祭の三日間を過ごし、後夜祭でその中で一番良いと思った組が生徒の投票によって決められる。今年は前夜祭の最初の審査で三組に絞られ、そこから優勝を決めるという形だ。

「某夢の国のネズミたちとか、著作権が怖くて直視できひん」

「でも確かに女装と男装だよね。その発想はなかった……」

「着ぐるみやけどな……」

 一体中に誰が入っているのかもわからない。文化祭実行委員はちゃんと異性装ではあるので問題ないということにしたらしい。

「本命は残り二組やろ……まあどっちでもええけど」

「別枠でアルカイドの人でたら絶対優勝できると思うよ」

「私もそれはそう思う」

 黄乃は日常的に女物の服を着ているし、それが良く似合っている。そして由真は時折男物の服を着ていて、しかもそれが恐ろしく似合っている。喫茶店に来る客の数名は由真の性別を勘違いしたまま、イケメンなどと口々に言っているのを星音は知っている。

「でもあの人出したら反則レベルやろ……」

「うちの学校にファンクラブ出来ちゃうかもね」

「出来んでええわ」

 由真はそれでいて、ワンピースを着ても普通に似合っているので、一体どうなっているのかと聞きたくなる。そして本人にはその自覚は全くないのだ。

 他愛もない話をしながら校内を歩いていた星音たちは、途中で足を止めた。

「せや、後夜祭始まる前にトイレ行っとこうかな」

「じゃあ私ここで待ってるよ」

 

 手洗い場には長方形のなんの変哲もない鏡が設置されている。手を洗った星音は髪の毛を少し整えてからその場を離れようとした。

 けれどその瞬間、視界の片隅に黒いものが映った。

「え?」

 それが何かを確認する間も無く、黒い腕が星音の体を拘束していく。

「っ……!」

 叫び声を上げようとした口を別の黒い腕で塞がれ、音がその中でくぐもっていく。咄嗟にポケットから携帯電話を出したが、気付かれてしまい、刃のように鋭くなった黒い腕が携帯電話を貫いた。

 星音の力では黒い腕を振り解くことはできなかった。これが理世子や由真だったら――そう思った瞬間に由真の美しい横顔が脳裏を過ぎった。

 

 

 気が付いたときには、星音はどこかの柱に両手と両足を縛られていた。この場所には見覚えがある。由真が戻ってきて以来閉鎖されていたはずの旧校舎だ。試しに体を動かしてみるが、ロープが食い込むばかりで外れる気配はなかった。

「――目が覚めたみたいだね」

「進藤……! 何でここに」

「警察に突き出したから安心だと思ったか? 簡単なことだ。僕の罪を『なかったこと』にしたんだ。僕の能力は『免罪』――罪を消す能力だからね。残念ながら一人に対して一度しか使えないけど」

 厄介な能力だ。でも一人一度の制限があるのなら、もう一回ぶち込めば何もできなくなるということか。星音は進藤を睨みながら尋ねた。

「こんなことして……何のつもりや」

「この前言っただろう。供物が必要なんだ。妹が怪異として完成するためには、怪異が人を殺したという物語が必要だ。そしてその供物として僕が選んだのが瀧口だったというだけの話だよ」

「……私にしたのはなんか理由があるんか?」

 進藤は星音に近付き、ポケットから出したライターで星音の髪の先端を焦がした。焦げた匂いが辺りに広がる。

「君には消すべき罪がない。そんな人間はとても珍しいし……僕としては殺したいほど憎らしくて愛しい」

「――気色悪い」

「そんな状態で凄んでも無駄だよ。君の能力ではここから抜けるのは無理だろう」

「……っ」

「ここからでは、仮に叫んだとしても後夜祭でかなりうるさいから見つけられることはないだろうね。君はここで一人死んでいく」

 進藤は笑いながら言う。その目の色を見て、星音は進藤が本気であることを悟る。歯噛みする星音を見て、進藤はさらに笑みを深くした。

「最後にいいことを教えてあげるよ。供物は二人いる。一人は君で――もう一人は妹がこの前殺し損ねた娘。君が死んだ後ならきっと今度は成功するだろうね」

「由真さんは……由真さんは、殺さないで」

「自分より彼女の命乞いか。それは彼女のことが好きだからかな?」

「そんなことあんたに関係あらへんやろ」

 自分だって死にたくはない。けれど由真がいなくなってしまうことを考える方がつらい。ただそれだけだ。

「どちらにしろその想いは無駄になる。君はここで死ぬんだからね」

 進藤は部屋の片隅に置いていた赤いポリタンクを持ってきて、口を開けたそれを床に倒した。匂いで灯油だとわかる。

「旧校舎と言っても建てられた当時の最新の防火設備を備えている。特に理科室は事故が起こる可能性が高いから、ここの火は外に漏れないように設計されている。そして消火用の設備はさっき全部壊しておいた。これがどういうことかわかるか?」

「あんたの考えなんてわかってたまるか」

「おそらくここで君が死ぬまで誰にも気づいてもらえないだろうね。そしてここの灯油だとかポリタンクだとかの証拠は、全部あの子が消してくれる。君は怪異によって死んだことになるんだよ」

 こんな奴に殺されてたまるか――そう思うけれど、体は自由にならなかった。そうしているうちに灯油を撒き終わった進藤が火の点いたライターを床に落とす。

 

「それじゃあ、永遠のお別れだ――瀧口星音」

 

 

 自分はこのまま誰にも気付かれずに死んでしまうのだろう。どう足掻いても体を拘束するロープが外れることはなく、火は部屋全体を舐めつくすように広がっていた。

「っ……死にたくない……」

 自分が死ぬことなんて本気で考えたことはなかった。危険な仕事もあったけれど、隣にはいつも由真がいた。一人きりで、足掻くこともできずに死を待つ覚悟なんてできてはいなかった。

 できるだけ何も考えないようにしなければ、怖くてこの状況に耐えられそうにもなかった。耐えたところで死んでしまうけれども、その前に自分の心の方が壊れてしまいそうだった。

 目を閉じて、心を空っぽにする。死が近づいて来る恐怖から逃げるにはそれしかなかった。後どのくらいで炎は自分を焼き尽くすのだろうか。焼け死ぬのはかなり苦しいと言うけれど、それはどのくらいの苦痛なのだろうか。

「どうせ死ぬなら、チーズケーキもう一個食べとくんやった……」

 そう星音が呟いたそのとき、急に呆れたような溜息が聞こえてきた。

 

「――チーズケーキならあとでいくらでも理世子に作ってもらえばいいでしょ」

 

 その声に星音は目を見開く。冷静に星音の手足を拘束しているロープを切っている由真の姿を、星音は一瞬受け入れることができなかった。誰も助けになんて来ないと思っていたのに、どうしてさも当然かのように由真がここに来ているのか。

「言ったでしょ、必ず助けに行くって」

「由真さん……」

「とりあえず無事でよかった。動けそう?」

「いや、あのすいません……腰抜けてて……」

 由真はそれを聞くなり、星音の体を軽々と持ち上げて左肩に担いだ。

「詳しい話は後で。まずはここを出ないと」

 理科室の外には本当に炎が漏れていなかった。由真は星音を担いだまま、廊下を走る。けれどその息がいつもよりも上がっているのに星音は気付いた。当然だろう。星音の身長は由真とほとんど同じくらいなのだ。そんな人間を担ぎながら走れる人は少ない。

「由真さん! 私降りて走るから!」

「いいからじっとしてて。何なら火事より厄介なのがいるんだから」

 由真の言葉に星音ははっとする。進藤が狙っていたのは星音だが、妹が――あの幽霊が狙っているのは由真だ。

「由真さん!」

「何?」

「急いで逃げてください。進藤が言ってました。今あの幽霊が狙ってるのは由真さんなんです」

 由真は星音の言葉を聞くと、口元に笑みを浮かべた。

 

「――私を狙ってるなら好都合。あの幽霊をこの建物から引き摺り出すよ」

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